2009-04-27 06:00:00

二度と繰り返さないためには・・・

テーマ:ライティング・リテラシー


      She said , “ My hair is sick .”
(「私の髪は病気なの」と彼女は言った。)

      I did not know what to say .
      (私は言うべき言葉がなかった。)

    
      ~ 「A Red Ribbon」より一部改変して抜粋 ~

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  ※今日は長いです。でも、みなさんに伝えたい大切なお話を
   書きました。時間がある時にお読みください!


  「この話を知っている」という方も多いかもしれません。


  今日取り上げた「A Red Ribbon」は中学の英語の教科書
  に載っているお話です。


  しかも、私はこの話で中学生に英語を教えるたびに
  涙がとまらなくなります。


  かっこ悪い話ですが、
  生徒に教えながら本当に泣いていますから・・・(笑)。


  もちろん“ My hair is sick .”(「私の髪は病気なの」)
  のところは、何か受け狙い?の表現ではありませんので
  よろしくお願いします。


  長くなりますが、あらすじを書くと・・・


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  家族で終戦の前年に広島の村に疎開してきたルミちゃん
  という小さなかわいい女の子がいました。


  筆者(村に住む女性)が最初にルミちゃんを見たのは
  海辺でした。彼女はずっと海のほうを見ていました。


  お母さんとお父さんは、
  「たった一晩泊まってくるだけで帰るから」と言って
  広島の町のほうへ出かけていきました。
  それは8月5日のことでした。 
  (本文にはありませんが、8月6日に原爆が落ちる前日です)


  1日が過ぎ、2日が過ぎ、3日過ぎても
  お母さんとお父さんは帰ってきませんでした。


  とうとうルミちゃんのおじさんがルミちゃんを連れて
  広島の町に行き、焼け野原の中、4日間探し続けます。
  それでもお母さんとお父さんは見つかりませんでした。


  村に戻ってからもルミちゃんは
  海辺で、ずっと海のほうを見つめ
  お母さんとお父さんの帰りを待っていました。


  頭にはいつも、お母さんに作ってもらったという
  かわいい黄色いリボンをつけています。


  しかし・・・やがて、髪が少しずつ抜け始めます。
  (本文にはありませんが放射能の影響でしょう)
  とうとうそのリボンをつけられなくなってしまいました。
  ある日、ルミちゃんは代わりおじさんからもらったという
  帽子をかぶっていました。


  その時、ルミちゃんが筆者に言った言葉が
  “ My hair is sick .”(「私の髪は病気なの」)です。


  さらに数日後、ルミちゃんはおじさんに抱かれて
  海辺にいました。意識がもうろうとする中でも
  お母さんとお父さんが船で帰ってくるのを待っていたのです。


  ぐったりしているルミちゃんを見て
  筆者は以前ルミちゃんとした約束を思い出します。
  「髪の毛が治ったら、赤いリボンを作ってあげるね。」

  
  筆者は急いで家に帰り、赤いリボンを作り戻ってきました。
  それを受け取ったルミちゃんは、目をゆっくりと開け、
  筆者に微笑みかけてくれました。
  しかし、その歯はすでに血で真っ赤に染まっていました。


  数日後、ルミちゃんは同じ海辺で海のほうを向いたまま
  おじさんの腕の中で死んでいきました。


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  大学時代に国際政治学の授業で
  「日本人はもう戦争に参加しないか?」
  というテーマで同輩の友人と真っ向から対立したのを
  よく覚えています。


  友人は、
  ・日本には平和憲法があるし
  ・あんな悲惨な戦争も体験した
  だから、もう戦争に参加するなんて絶対あるはずがない!
  と熱意を持って迫りました。


  私は、
  ・日本人は権力に弱い
  ・おまけにメディアの誘導にさらに弱い
  だから、状況次第で同じように戦争に参加する・・・
  とあきらめの気持ちをもって反論しました。


  今考えると、友人の論も一面的ですが
  私の論も「こうあってほしい」というハートが感じられない
  非常に浅はかなものだったと思います。


  しかし、学生時代の私の危惧はまだ完全に払拭されてはいません。


  尊敬する先輩より紹介されたある有名ブログに書いてあったのですが
  「日本人」と「韓国人」が戦争を起こすなどというのは
  「栃木県」と「茨城県」の人が意見が違うからと言って
  戦争を起こすくらい滑稽なものだそうです。


  つまり、同じ地域に住んでいる人間同士に
  根本的に対立する要因があるはずがない。


  あるとすれば、どこかでそのように見せる構造が
  つくられているだけということなのです。


  私たちは「栃木県」と「茨城県」が今から戦争をする、
  と言ったら笑い転げるでしょう。


  しかし、某大統領がお隣の国の将軍を「悪の枢軸」と名指しし
  メディアがさも面白おかしく取り上げると・・・


  状況次第で戦争も辞さないとみんなが考え始めます。



  アウシュビッツはヒトラーが起こしたのではありません。
 

  いくらヒトラーがやろうと言っても
  それに賛同する圧倒的多数のドイツ国民がいなければ
  彼には何もできなかったでしょう。
    

  私たちの国でも、過去に過ちがあったとしても
  それは国家元首のせいでも
  軍部のせいでも、他国のせいでもありません。


  一人ひとりのせいなのです。


  戦前には「治安維持法」という戦争に反対する人を
  取り締まることのできる法律がありました。


  しかし、それを運用するのは人間である役人です。


  たとえ、戦争はイヤだといえない状況があったとしても
  その状況は圧倒的多数の人がそちらに流れたからこそ
  作られるものなのです。


  圧倒的多数の一人ひとりが消極的にでも
  賛成しているからこそ、その状況が作られます。


  やはり一人ひとりなのです。


  あくまで個人的な参考意見ですが、
  勢いに任せて言うと(笑)・・・


  私たちがメディアで面白おかしく取り上げられることを
  裏付けもなく信じてしまうことは、
   

  (今は見ていないのでわかりませんが・・・)
  徳光さんと江川さんが日曜日にやっていた某番組の影響で
  清原選手がまだ巨人にいたころ
  巨人の選手たちは、清原番長の子分のような存在で
  野球よりも番長の一挙手一投足に戦々恐々としていた・・・
  と固く信じてしまうのと同じくらい滑稽なことだと思うのです。


  このメルマガで「深い思考力」を強調しているのも
  一人ひとりが、自分の中にリテラシー(良識)を持たなければ、
  また、同じことを繰り返してしまいかねない危険性が
  すぐそこにあると感じているせいかもしれません。



  みなさんのご意見をお聞かせください。

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