いつだって忘れないでほしい。
何もかも全て一匹のねずみから始まったということを。』
ウォルト・ディズニー

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今日12月15日は、
ディズニー映画やディズニーランドで有名な
ウォルト・ディズニーの誕生日です。
ウォルト・ディズニーは、
1901年に
アメリカのイリノイ州シカゴの
農場の子として生まれました。
過酷な体罰と労働を強いられる家庭で、
上2人の兄は逃げ出してしまい、
ウォルトは3番目の兄ロイとふたりで
その生活に耐えていました。
でも、
8歳の時に父は農場経営に失敗し、
8歳の時に父は農場経営に失敗し、
一家は農場を追われ、
ウォルトは新聞配達をしながら
家計を助けることになりました。
子どもらしい生活ができなかった
ウォルトの楽しみは、
寝る前に
母が聞かせてくれるおとぎ話と、
絵を描くことでした。
子どものころのある日、
「ゼリー工場でいい仕事があるが……」と
聞かされたときウォルトは
「ゼリー工場で働くつもりはない。
私はアーティストになる。」
と答えたそうです。
ウォルトは、
シカゴ美術アカデミーの夜間コースに通い
商業画家となりますが、
せっかく就職した新聞社で
編集長から解雇を告げられます。
その理由は
「彼は創造力に欠け、よい発想は全くなかった。」
ということでした。
はじめのころ、ウォルトの作品は、
かなり品質が悪かったようです。
その後、ウォルトは
いろいろと研究を重ねて
Laugh-O-Gramという会社を設立
でも、
お客さんの破産により
自らも破産しなければならなくなりました。
ウォルトは22歳の時、
ニューヨークの兄のロイを説得して
共同でビジネスをはじめ、
ウォルトは制作活動
兄はディズニー・ブラザー・スタジオを設立しました。
そして、「アリスと不思議な国」シリーズ
「ラッキーなウサギのオズワルド」がヒットが生まれました。
しかし、映画配給会社とゴタゴタがあり、
ウォルトはまた全てを失います。
でも、
ウォルトは、
ニューヨークから引き上げ
カリフォルニアへの列車の中で
「ミッキーマウス」というキャラクターを
作り上げたのです。
そして、自分の夢を託した新キャラクター
ミッキーマウスの仕事に専念しました。
1928年11月19日に
「蒸気船ウィリー」が公開され
ミッキーマウスは世界中の人に愛される
キャラクターになりました。
ウォルトがミッキーマウスに託した思いは、
「ミッキーマウスが世界中の人々と一緒に笑い
人々を笑わせ続けてくれること」
でした。
ウォルトが残した夢の国
ディズニーランドでは
ミッキーマウスが、
今もウォルトの分身として
訪れる人を楽しませています。

東京ディズニーランドHPより
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ウォルト・ディズニーは世界中に夢を与える人になりました。
でも、
ウォルト自身が自分の夢を諦めてもおかしくないようなたくさんの障害があったのです。
若いころは、新聞社を最初は首になったように
絵に対して素晴らしい才能を発揮していたわけではありません。
でも、ウォルトには夢があり
「自分にはそれを成し遂げる力がある」と
思い続けることができました。
心の力があれば、
たとえ目の前に障害があっても
「自分がこの問題を解決することができる」
「自分なら乗り越えられる」
「決してあきらめない」
と考えることができます。
そのことを確信できないだけです。
まず、そのことを覚えてくださいね。
心の翼を育てていきましょう。


