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授業で出会った子供達の言葉、表情、そして児童文学の紹介など、
小学生をお持ちのご家庭に情報を提供していきます。
また、子供達の社会環境や自然環境についても発信し、皆さんとご一緒に、子供達の生きていく時代を考えていきたいと思います。

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  アメーバ児童文学で人間力を育てる国語 アメーバ実験も採り入れ応用力を育てる算数


        2016年度 小1~小6 語算数コース中学生 読解・記述コース 開講/ 無料体験受付中!

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5日の朝、あるお宅を弔問した。

私の父が自治会長を務めていた頃、父と伴に活動し、父と親しくして戴いた方のご主人が亡くなったからだ。

帰り際に、私の仕事の話に触れた時、その方は「私は佐藤さとるさんのファンで、コロボックルが大好きでしたから、子どもが小学生の時、シリーズを読むように薦めたのよ。」とおっしゃった。

意外な所で、意外な時に、「コロボックルファン」に出会い、驚いた。

 

三代続いた物でなければ、子どもの本とは言えない」という言葉を耳にしたことがある。

日本の児童文学に、「三代続いた物」があるとすれば、それは、唯一『コロボックル物語』のシリーズではないだろうか。佐藤さとるさんの書かれた作品である。

 

そのシリーズの第一作目は『だれも知らない小さな国』だ。

 

                

 

1959年に初版が出てから、すでに60年近くが経つ。

日本初の「ファンタジー」作品とも言われる。

私の教室でも4年生の教材に配当しているが、毎年、圧倒的な人気を博し、読んだ子ども達は例外なく、「面白かった!」という。

私は、小学生の国語教材として約70の児童文学を配当しているが(他の作品には申し訳ないが)、その人気度は断トツである。

文字通り、「三代続いた、不朽の名作」である。

 

では、子ども達を引き付ける魅力は何なのだろうか?

私は、4年前にもこの作品について書いたことがあるのだが、再考してみたい。

 

                 雪一人称=「ぼく」の魅力雪

 

毎年私は、この作品を授業で扱った後、4年生にチョッカイを出す。

この物語は、絶対にあり得ない話なんだから、読んだって意味がない・・・って言う人がいたんだけど、どう思う?」と。

今年は、猛烈な声が返ってきた。

むかっチョーむかつく!むかっゆるせない!

 

そこで、反論を求めた。

真顔あのさ、ずうっと主人公の名前が書いてなくて『ぼく』って使っているでしょ。だから、読んでいるうちに、自分が物語の中にいるように思えてくるの。それを、『意味がない』なんて、あったまにきちゃう!

 

うーんこういうの何て言ったっけ?ねえ、先生・・・何とか人称だったよね」(「一人称」のこと)

 

さらに、4年生達は、実在しないコロボックルが本当にいるように思えて、会ってみたいと思ったとも話してくれた。

おそらく、読み手が「お話の中にいるように思える」から、コロボックルと虚構の世界で出会い、本当にいるような親しみを感じてしまうのだろう。

 

   雪「ぼく」を媒体として、作者の熱い想いを共体験する魅力雪

 

では、一人称(登場人物が物語を語る文体)であれば、どんな作品でも、こうした効果が望めるのだろうか?

 

それは否、である。

最近の作品には、一人称が多い。

だが、「一人称」であれば、子ども達は「コロボックル」のような切実な共体験ができるのか、というと、それは違う。子どもたちの様子で分かる。

 

では、同じ一人称なのに、「コロボックル」は、どこが違うのか?

 

私には、作者の想いの強さ、思いの深さなのだろうと思える。

前回のブログで紹介した斎藤惇夫さんの言葉を借りるなら、「胸がはりさけそうな感情」のレベルと、その「感情」にふさわしい「言葉」のレベルなのだろうと思える。

 

毎年、4年生達が「コロボックルは本当にいるように思える」という理由に挙げる場面がある。

主人公が、出会った「こぼしさま」という小人達の祖先を調べる場面だ。

「ぼく」は、ついに、北海道のアイヌに伝わる「コロボックル伝説」の祖先と、「こぼしさま」の祖先は同一ではないかという結論に至る。

そして、同一の祖先は、日本の神話に登場するスクナヒコナノミコトではないだろうか、という結論を導き出す場面である。

本文の一部を抜粋する。

 

   小人の話は、もともと日本ではあまりきかないようだった。一寸法師はだれでも知ってい

   るが、これはほんとうの小人とはちがう。話の中でも、両親はふつうの人間になっている

   からだ。ほんとうの小人は、こぼしさまのように、小人の一族でなければいけない。そう

   いう小人族の話は、日本にはほとんどない。・・・・・(中略)・・・・・

   ところが、しばらくたつと、ぼくは、とうとうすばらしい話を見つけだした。日本にも、こぼし

   さまそっくりな、小人族の話が、ちゃんとあったのだ。

   北海道のアイヌがつたえているコロボックルの物語だった。・・・・・(中略)・・・・・

   『コロボックル・・・・・アイヌ語(ふきの葉の下の人という意味) ①アイヌの伝説にでてくる

   小人のこと。②またはその伝説をもとにして、アイヌが住みつく前から、北海道に住んで

   いたと考えられる小人種の名。』・・・・・(後略)

 

創作文学とは言え、実在する青年の真剣に「小人」を調べている姿が、ノンフィクションのような感触で描かれている。

言葉に、迫力を感じる。

おそらく、作者は、作品に出てくる小人族を、とことんリアリティを込めて描きたかったのではないだろうか。そうした息遣いが感じられる文章である。

 

一人称という文体は、あくまでも文章の形式である。

その形式に魂を入れるのは、作者の「胸がはりさけるような感情」であり、その感情にふさわしい表現なのではないだろうか。

「コロボックル」シリーズは、そうした児童文学の原点を教えてくれているように思える。 

 

雪誤魔かしのない現実の中でコロボックル達が行動する魅力雪

 

実は、今年の4年生の書いた記述に、面白い意見があった。

彼女の文章から引用する。

 

  たとえば、明けがたのねむりがあさくなっているところに、耳もとでささやいてつごうのいい

  ゆめを見させようとした。でも耳もとでねむりがあさくなっている時に言うと、その言われた

  ゆめを見てしまうのは事実だからそういうところが本当にある話みたいで、この本を読んで

  いて楽しいのだと思います。 

 

この作品のクライマックスの場面だ。

道路建設のために、コロボックス達の住む小山が壊される、という危機に際して、コロボックル達が、地主の寝ている時に、耳元で田畑を売らないように囁いて夢を見させるところだ。

主人公の「ぼく」は、こんなふうにコロボックルに指示を与える。

 

   ゆめの中にでるなんて、できないと思うかもしれないが、それができそうなんだ。ゆめと

   いうものは、まだほんとにねむっていないときに見るもので、つまり、ねむりはじめと、目

   がさめかかっているときのわずかな時間に見るんだ。そいういうときに、きみたちがその

   人の耳もとで、いろいろなことをささやく、・・・・・(後略)

 

4年生達は、ここにもリアリティを感じる。

「眠りの浅い明け方に、耳元で囁いて夢を見させる」という作戦に納得し、だからこそ、切実な感情で作戦の成功に期待を寄せるのだ。

 

コロボックルという小人族は架空なのだが(しかし、読み手は実在するかのような感覚で読み進む)、小人達が登場する場の設定は、すべて、具体的な「現実社会」であり、コロボックル達は、その誤魔かしのない「現実」の中で行動する。

だから、読み手にとって絵空事ではなくなり、コロボックルに、自分達の想いを重ねてゆけるのではないだろうか。

 

佐藤さとるさんが、「初版」のあとがきに書いた文章から引用したい。

1959年の言葉である。

   人は、だれでも心の中に、その人だけの世界を持っています。その世界は、他人が外からのぞいたくら

   いでは、もちろんわかりません。それは、その人だけのものだからです。そういう自分だけの世界を、正

   しく、明るく、しんぼうづよく育てていくことのとうとさを、わたしは書いてみたかったのです。

 

ファンタジーは架空だから、子ども達に都合の良いような結果を、いくらでももたらすことができるのだ、と考えたら大間違いである。

現実に生きる作者が、どのように現実に向き合っているのか?

現実をどう認識し、どう生きようとしているのか?

そして、だからこそ、子ども達に、どうしても伝えなければならない想いに根ざして作品に向かうことが重要なのだ。

佐藤さとるさんの「コロボックル物語」からは、そんなメッセージが聞こえてくるように思える。

 

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*小3国語算数コース 毎週土曜日   *小4国語算数コース 毎週水曜日   
*小5国語算数コース 毎週火曜日   *小6国語算数コース 毎週木曜日 

*中学生のための読解・記述コース 隔週土曜日

 

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