【〈災後〉に読む和辻哲郎Season2:共読研究「和辻哲郎と京都学派」第57回】西田に『善の研究』はあるが『悪の研究』はない。〈倫理〉は道徳と異なって善悪という相対概念自体に向けても作動し〈働くもの〉であり和辻は[倫理][倫理思想][倫理学]という3つの窓、作業概念を創設、これが

posted at 15:06:57

【〈災後〉に読む和辻哲郎Season2:共読研究「和辻哲郎と京都学派」第57回】これが戦前の井上哲次郎らの「国民道徳論」を批判する『国民道徳論』に効いている。もっとも3つの窓の創設、これを明確にしたのは戦後のことだ(そうだよね?)

posted at 15:10:36

【〈災後〉に読む和辻哲郎Season2:共読研究「和辻哲郎と京都学派」第57回】根柢が腐っておるんだ!(赤尾敏)というその根柢が既に底無しに抜けてしまっているかもしれないということこそ今日、真に恐るべき恐怖(テロ)であるはずだが、ともあれ昭和26年に和辻は次のように自己?批判する

posted at 15:20:29

【〈災後〉に読む和辻哲郎Season2:共読研究「和辻哲郎と京都学派」57回】「その[倫理思想の]時代的な特殊性を顧慮せずに”そのまま”他の時代に当為として通用させようとするような誤謬」「それ[倫理の原理的考察と倫理思想の歴史的理解]が間に合わず国民道徳論の弊害を防ぎ得なかった」

posted at 15:32:04

【〈災後〉に読む和辻哲郎Season2:共読研究「和辻哲郎と京都学派」57回】というわけで戦中、和辻哲郎は左右両翼から命を狙われることになったのであります(こうした事情は西田幾多郎も似たり寄ったりであります)。終わり。

posted at 15:41:37

【〈災後〉に読む和辻哲郎Season2:共読研究「和辻哲郎と京都学派」57回】蛇足:『善の研究』はあるが『悪の研究』はない、は西田に限った話でないが和辻には『原始基督教の文化史的意義』があり『原始仏教の実践哲学』も。疎外論(救済あり)/物象化論(救済なし)の両翼に翼広げたとも。

posted at 16:25:27

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