デジタル編集者は今日も夜更かし。

出版社に在籍していながら、仕事はネット、携帯などデジタル企画のプロデュース。

もし雑誌をやっていたら記事にしたかもしれない様々なネタを、ジャンルにこだわらずコラム風に書いてみる。アナログ志向のデジタル編集者は、相も変わらずジタバタと24時間営業中!

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休みの国


この文庫、
表紙が今日、2007年4月3日(火曜日)の日めくりだ。
そしてフツーの日なのに、祝日扱いなのである。
フツーの日とはいえ、
今日も「日本橋開通記念日」で、「清水寺・みずの日」「いんげん豆の日」「ペルー日本友好の日」で、さらに「愛林の日」(どうやら妖しい記念日ではなく植樹関連らしい)なのだが、そんな事とは関係なく、作者・中島らも氏が1952年のこの日に生まれた、つまり誕生日だから、ということらしい。


前書きによれば、年365日に記念日が五百数十あるという。
法で定められた国民の休日でもなく、国連で決議されたわけでもないそんな非公式の「記念日」の設立には、ギョーカイやら協会の思惑が見え隠れするのである。
本書は、そんなこんなを考察したり、疑ったりのエッセイ集。


ちょうど1年前からボクの隣に座っているアシスタントは、仕事で毎日ブログを書いているのだが、そうそうネタがあるわけではない。
そんなとき、厳しい(?)ボクのチェックを受けるために申し訳なさそうに探してくるテーマが「記念日」なのだ。何せ、ほとんど毎日、何かしらかの記念日なのだからネタには困らない。いままでに登場したのは、2月25日の「笑顔の日」や、12月21日「回文の日」やらの罪のないダジャレ系が多いのだが、彼女もボクも、特に記念日好きなワケではない。乱立する記念日とその日に行われる“祭”には懐疑的な立場なのだが、この本は、皆が共有できないグループローカルな記念日をキッチリと茶化してくれている。


しかしまあ、この文庫が特別に面白かったわけでもない。
先日たまたま、Amazonの送料を無料にしようと1,500円の帳尻合わせに買ってみたら、偶然表紙が今日の日めくりだった。なので、写真を撮ってみた。
それだけのことなので、明日、アシスタントの在籍1年目のプレゼントにしてしまおう。


ちなみに短くも破天荒な人生を駆け抜けた中島らも氏が亡くなった7月26日は、“幽霊の日”。
才能ある人は、人智を越えて選べないはずの自らの命日さえも選ぶ。

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終着駅 白川道



男に生まれて良かったと、心底思う。


守るべき者を、守りたいと自然にこみ上げる気持ち。
男には、それがあるからだ。
男として生まれて成長し、やがて自分に男を意識してから、命を賭してまでも守りたいと思う人に出会っているだろうか。
愛する人でも、片想いの相手でも、か弱い子どもでもいい。老いた両親かも知れない。
彼らを守りたい、という湧き出でる気持ちを感じたことがあるだろうか。
男がオトナになるのは、つまり、そんな気持ちを抱いた瞬間のような気がする。
それは、女性が母性に喜びを感じるのと同じような本能なのかも知れない。
守りたい対象があるとき、男は本当の幸せを感じることができる。
ボクは、その喜びを知っている。


白川道の『終着駅』 は、ストイックでハードボイルドな男の恋愛小説だ。


主人公は若い頃を身勝手に生き、かつて、男としてオトナになる前に守るべき恋人を亡くしている。終いにはヤクザの世界に身を置いた主人公は、守るべき者を持つことが叶わなかった。男としての喜びを味わうことなく生きてきた彼が中年を迎えた時、初めて愛することのできる女性に出会う。そして、彼女を守りたいと、心から思うのだ。


結末は、主人公が彼女に出会ったときから、想像がついた。
なにせ、主人公はドンパチが当たり前の世界に身を置いているのだ。死と裏切りが身近にある世界。
最後の数十ページを残すところまで読み進んだとき、
頼む! お願い! 違う結末だっていいじゃないか!とココロのなかで叫んでいた。
主人公だけではなく、ボク自身も彼女を守りたくなっている。読み進めるのが辛い。
それでも、ぐいぐいと小説の世界に引き込まれていく。
結末を読むために、文庫を深夜の風呂に持ち込んで最後を読むことにする。
ゆっくりと味わいながら読むには辛すぎる。胃が痛くなる。
なるべく感情移入をしないようにしながら、猛スピードで活字を読み飛ばす。
それでも、主人公の、あるいは彼女のココロがボクの感情を揺さぶる。
涙が止まらない。
鼻水が流れ、嗚咽を抑えることができない。
この前、声を上げて泣いたのはいつのことだっただろう…


こいつ、馬鹿だ。バカヤローだ。
でもね、でもね、おい、良かったな。
ボクは半身を湯に沈め、鼻水と涙で顔をグチャグチャにしながら、深夜の風呂場でひとり悲しく、満足感に微笑んでいた。

男は、こうでなくっちゃね。


■終着駅/白川道■ (文庫)
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一陽来復


日経平均が6年9か月ぶりに1万8千円を超えた。


ボクは数年前から、少しだけれどネットで株をやっている。
いわゆる“ゴミ投資家”。
競馬やパチンコ、宝くじといったギャンブルにはまったく興味がないのだが、ボクの株投資は利殖と言うよりはゲームの感覚に近い。これが、かなり楽しい。


もちろん、株をやるのは儲けるためではあるのだけれど、確率からすれば、マジメに日々働いていて給料をいただいた方が確実ではある。
着実に生きていくための収入源を確保した上で、そこから捻出したほんの少しの余剰金を、ネット証券の口座に入れて切り離し、株投資というゲームで遊ぶ。


株は簡単に言えば、騰がるか、下がるかの2分の1を予測して投資をするワケだが、当然ながらそんなことが分かるわけがない。人には5分後の未来も、分からない。
昨日の日銀の短期金利引き上げの発表で、もし、今日の株価を予測できていれば確実に儲かったわけだが、逆に下がるという予測ももちろんあったのだ。全ては結果論。


それでも株価のチャートをみていると、世間の流行や、ニュース、時にはウワサなど、つまり世の中と連動しながら騰がったり下がったりする波を繰り返し、それが大きなうねりとなって見えてくることがある。
銘柄によってそのうねりには特徴があり、一日の波、一週間の波、一か月の波が掴めると利益を出せるようになる。


『波の上の魔術師』は、そんな相場の世界を舞台にしたエンタテインメント。
2001年発行で、すでに文庫化も、長瀬クンと植木等でテレビドラマ化もされているが、株友だちに貸してあげたのを機に、再び読んでみた。
相場の波を読み切りながら、巨悪に立ち向かうちょっと歪んだ正義の味方。
こういう話、じつは大好き。
スッキリ痛快で、ちょっとホロリとして、しかもモチベーションが上昇する。


今年の節分の日、早稲田にある穴八幡宮の「一陽来復」のお守りをリビングの隅に貼った。
これは、金融融通のお守りともいい、つまりは儲かるおまじないなのだ。
しかも!
このお守り、冬至、大晦日、節分の3日のウチ都合の良い日を選び、
その日の夜中十二時に、その年(翌年)の恵方に向けて、
家のなるべく高い位置に貼らなくては効果がないという。
さらに、さらに、一旦祭ったお守りは一年間動かしてはダメで、引っ越しなどでやむを得ず外すときは、神社に納めよ、と言われる。
こういうのは、ハードルが高いほど、御利益があるように思えてくるから不思議だ。
去年の内に用意してあったのだが、冬至の日も、大晦日にも貼るチャンスを逃し、節分が今年のラストチャンスだった。


事前に、家の中心を定め、方位磁石で今年の恵方、亥子(真北から少し西寄り。北北西ではない!)に表面を向けて、反対側のなるべく高い場所に貼る位置を決める。ゼッタイに剥がれて落ちないように木工用ボンド片手に、夜中十二時の15分くらい前から待機した。
電波時計を横目でにらみながら、何度かシミュレーションして、いざ、パシッと貼る!
緊張するなぁ。
これが、交通安全とか、健康とか、命や人生そのものに関わるお守りなら、ボクは手を出さないな。“金銀融通”だから、ある意味気軽にできること。


このところの株価上昇。
ほ~ら、さっそくに御利益が現れた♪ とお気楽に思えるのだ。

ボクにとって株はギャンブルだし、ゲームだ。だから楽しいし、リスクもある。
良い子は手を出さない。ボクは少し悪いコなので、こんな楽しみも知っている。


ちなみに、余剰金で始めた株取引のボクの目標は、生涯賃金を稼ぎ出すことである。
無理、だと思う?


■波の上の魔術師/石田衣良■


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caramel


久しぶりに、山田詠美を読んだ。
彼女の文章は、上質で繊細で、魅力的な描写に溢れている。自然への造詣も深く、そして意外なことに、日本的な世界を描くのが本当にうまい。
読まない人にとったら、もしかしたら20年前のデビュー作『ベッド・タイム・アイズ』や直木賞受賞作の『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』のイメージがいまだに強いかも知れない。もしくは、人気エッセイの『熱血ぽんちゃん』か。
が、ボクは初期の『蝶々の纏足・風葬の教室』 で彼女の文章に惚れ込み、『ぼくは勉強ができない』 で、彼女の描く男のコに憧れた。
そして現在の山田詠美は、堂々、芥川賞の選考委員なのである。


この『風味絶佳』は、デビュー20周年の区切りとして書かれた渾身の恋愛短編集だ。

彼女が小説に登場させる人々は輪郭が明確で、読む者はたやすく彼ら、彼女らの姿をイメージすることができる。
また、たとえば季節をイベントからではなく観察による視覚と肌の感覚で描写するので、深い記憶とシンクロしながら気温や音や湿度を感じることができる。
しかし山田詠美が描く恋愛は、登場人物たち個々のプリミティブな欲望に根ざしているので、シンプルではあるが、一見、万人の同調を得ることが難しそうに思える。
幸せとは何か、愛とは、あるいはその愛が成就するとはどういうことなのか。その判断は、誰がすべきなのか。ある意味で、この小説にはその答えがあり、迷いはない。


最近、林真理子三昧だったので、少し比較をしてみる。
同じように恋愛を描いていても、林真理子の恋愛は、いつも観客を意識している。登場人物たちは、常に、他者と自らを比較し、幸せの基準は相対的である。
恋愛が社会性に満ちていて、ワガママに振る舞っているように見えても、社会的規範や時代の潮流に沿っていることがわかる。
根源的な欲望としての恋愛に違いはないけれど、両者には根本的な相違があるように思えてならない。

だからこそ、林真理子の小説はエンターテインメントとして、ボクにはとても面白い。ココロにも響くし、モチベーションに繋がったり、逆に落ち込んだりと、毎日の生活に対する影響力も絶大だ。

一方、山田詠美の描く恋愛小説は、ボディーブローのようにジワジワと効いてくる。
クリスマスのようなラブ・イベントも、結婚届も離婚届も、恋愛当事者の根源的な欲望には影響しようがないのだと思い知らされる。
クリスマスが近づくとあたふたするボクのように、社会的な生物である我々にとってはじつは理解し難いのだけれど、同時に、羨ましい率直さである。


短編集は、装飾や虚飾を取り払った“男と女”の6編の物語だ。
たとえば、『アトリエ』という話のなかに、「だらしない幸せは、憂鬱を流してしまう作用があると思うのです。」という一文がある。

“だらしのない幸せ”…。何という素敵な表現なんだろう。

そこには、“男と女”以外、誰も邪魔者は介入していない。憧れるけど、そんな境地に辿り着くには、ココロも人生もデコラティブ過ぎる。
彼女からすれば、ボクなんて、まだまだ尻が青いんだろうな。


もちろん、素直に読めば、素敵な素敵な恋愛小説集。
山田詠美自身によるあとがきのエピソードまで、格好いい。
彼女は、本当に人間の輪郭をスケッチするのがうまい。


※タイトルの『風味絶佳(ぜっか)』は、本作収録の、甘いキャラメルがモチーフとなる格好いい短編の表題から。懐かしい“森永ミルクキャラメル”のパッケージに印刷されている「風味絶佳、滋養豊富」による。撮影用に久々に購入して食べてみたけど、やっぱり甘い。隣に並んでいた、“黒糖キャラメル”と“あずきキャラメル”をついでに買ってみた。“あずき”美味しい!



■風味絶佳/山田詠美■


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名もなき毒


無差別連続殺人事件が起きて、それを解決していくのだからちゃんとミステリーなのだけれど、ハートフルな要素がずっと流れていて、表題にもある“毒”が持つテーマが重たいのに救われる。
むしろ、“毒”に侵されている多くの人々を救いたいがためのお話にも思える。


探偵役の主人公が、財閥の一人娘と純粋な恋愛で結ばれた“逆玉”サラリーマンで“いい人”。なにもかも順調で幸せな境遇の探偵が、不幸な事件の解決に関わる理由は、彼の好奇心だけではなく、その人の良さが原因だったりする。
昨年夏に新書版で出ている『誰か』 と同じ主人公が登場する連作だが、もちろんこの一冊で十分に成立している。未読なら、この設定が気に入ってから『誰か』 を読んでも遅くない。

人のうらやむ幸せで平穏な毎日を送る主人公の周りにも“毒”が存在する。
つまり、誰にでも、どこにいても、有毒な物質や人の悪意という毒からは逃げ切ることができない…。


って、ここまではがんばって書いてみたけど、このお話に、これ以上のシンパシーを持つことがボクはできなかった。書くべきことが見つからない。
面白いんだよ、この小説。宮部みゆきだし…。イッキに読んだし。
でも、ボクの感情はまったく動かなかった。
なぜ?
いろいろなブログや、アマゾンの書評を読んでみても、評判は良い。
作品に責任はない。
ただ、いまのボクが信じている世界観と、あまりにズレがあったのかも知れない。


ボクが小説で感動する要素のひとつは、人と人との関わり、関係性だ。
恋であったり、信頼であったり、尊敬であったり、嫉妬や恨みや、憎しみが、
小説のなかで際だてば際だつほどフィクションとして面白く感じるし、感動を覚える。
その点で、ここに登場する主人公や周辺、加害者や被害者たちのそれぞれの関係とそこから生まれる感情に、暖かさ以外のシンパシーを感じなかったような気がする。あるいは、理解できなかったのかも知れない。


繰り返すけれど、小説としては十分に面白い。
ハートウォームなミステリーである。
社会性もあり、魅力的なシーンも会話も多々あるし、読み終わって後悔はない。
でも、ボク個人として読後に残ったのは、違う人たちが構成する、違う世界で起こった、ボクとは無関係のエピソード、といった傍観者としての散漫な印象。。。
いつもならブログで取り上げることもなかったワケだが、いろんな本を読んでいると、こういう微妙な出会い方もある、ということを書いておきたかった。
じつは、読了する本の三冊に一冊はこんな感じ。書棚にしまい、再び手に取ることはないのかな。。。


■名もなき毒/宮部みゆき■


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青空の卵


読んで良かったなぁ、とシミジミ思える優しさあふれる小説シリーズで、
しかし他人に強く薦めたいか…というとそういうわけでもなく、なんとなく読者のココロのなかで自己完結して満足してしまう不思議さも併せ持つ。


素敵なお話なのでもちろん多くの人に読んでもらいたいけど、でも、受け入れられない人も多いのかもしれないな、と思ったりもする危うさがある。
そして何より、小説から受ける影響力が大きくて、自分自身が作者の意図を身をもって実践したくなってしまうのだ。


ジャンルとしてはミステリーなんだけど、殺人も誘拐も起こらず、事件は日常のちょっとしたトラブルが中心で、しかも、そのちょっとした日常っていうのが、ボクたちが生きていく上でいかに大切なことかを思い出させてくれる。


ホームズ役は、ひきこもり。
ワトソン役は、“僕”。
ひきこもりを探偵役に立てるアイディアはそれだけで面白そうだし、ひきこもる原因が、学生時代のいじめなのでキャッチーなテーマだったりする。でも、それだけの小説ではない。
登場人物がすべて魅力的で、事件そのものも、海外ドラマのように併行して展開するサブエピソードも、すべては主人公たちが関わる周囲の人々の幸せへと繋がっていく。
そして、事件を解決していくひきこもり探偵をサポートする“僕”自身が、自答しながら成長していく過程がとても真摯で、性格的に正反対であるボクにはとても好感が持てた。
ミステリーだけど、謎の解決を急いでイッキ読みをするのではなく、彼らのペースで、彼らの成長の過程に合わせて、じっくりと、ゆっくりと、自分を振り返りながら読んで欲しい。そんな小説だ。


作者は、大人になっても弱い人たち、大人になっても涙を流す人たち、大人になっても寂しくて、誰かにかまって欲しくて、一人になったとき、部屋で泣くことのある人たちを主人公にした。大人になっても、自分はこのままで良いのか、と問える人たちを描いた。



正直言って、ボクはそんな感情とはしばらく無縁だった。
青春真っ盛りのころは別として、それこそオトナになってからは、仕事をしていく上で、ボクってスゴイだろ?と逆に周囲に同意を求めたりしながらモチベーションを高めていくことでプレッシャーと戦ってきたのだ。そのくらいじゃなきゃやっていけねぇよって。


じつはそれが最近、あることをきっかけに、イッキにズレ始めた。
このところのボクは、とっても弱い。弱虫なのだ。
あー、ヤダヤダ。もう、こんな自分なんて大嫌い!と思ったりもする。
自己嫌悪なんてしている暇はなかったし、自信満々じゃないとやっていけない環境にもいた。だから、自信を持てるように努力もしたし、自己暗示もかけてきた。
でもいま、ボクは、ちょっと危機。
この秋は結構大きなプロジェクトが控えているし、仕事量も加速度的に増えていて、周囲の人々に対する責任もあるんだけど、ちょっとココロが泣いている。
エイヤ!と自分を騙す方法は、オトナなのでそれなりに持ってはいるけれど、さあてそれでこの危機をクリアできるのか。
もしかしたら、この小説の主人公たちのように、今さらながらにゆっくりと成長しながら強くならないといけないのかもしれないな。


さてさて、弱音はこのくらいにして、ひきこもり探偵のシリーズは三部作。
強くは薦めないけど、やっぱり、できれば多くの人に読んでもらいたい。
この小説を読みながら泣ける人、ボクは好きです。


■青空の卵/坂木 司■

■仔羊の巣/坂木 司■

■動物園の鳥/坂木 司■

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秋の森の奇跡


女性誌『Precious』(小学館)連載時から話題になっていたオトナの恋愛小説。
小学館の広告資料によれば、『Precious』の中心読者は、36-40歳が3割以上を占める。

既婚者が60%近く。
リアルな恋愛小説の第一人者が、この世代に向けて、マジにリアルな恋愛を書いてしまった。

逃げられない現実と、様々に設定されたタイムリミットに押しつぶされそうなこの世代。だから、つらい。甘くない。


彼女の小説に嵌まってしまっているボクでさえ、この小説を正面から受け止めるのはしんどかった。
林真理子の小説は、異性に隠している正直な気持ちがあからさまに描かれているところに魅力があると思っている。
“オンナ”の本音だけなら、ヘーとか、ホーとか、トリビアか蘊蓄のように読んだり、あるいは小説のためのレトリックとして楽しめるのだが、
オトコの本音や都合をここまで赤裸々に、的確に書かれてしまうと、これはもう、ちょいと身構えてしまう。逆に、彼女の小説のなかでオンナたちの数多の台詞や、語られるエピソードが、真実の重みを持ってくる。
おのれの過去を振り返りつつ、そこまで書くなよ、とちょいとびびる。
その調子で、加齢の恐怖や親の介護まで、人の本音と現実を組み込まれる恋愛話となると、これはもう、通り一遍のロマンスではなくなる。


たぶん、20代の男性は手にも取らないだろうから、心配はしていない。
20代の女のコがこの本を読んじゃったら、作者はどう責任を取るんだろう…。
たぶん将来に不安は抱くだろうが、たぶん現実の方が忙しいし、ドラマチックだから、まあいいか、と逃げる。
それよりやっぱり、ドンピシャターゲットの40歳の夢見る女性が読んでしまっても、ダイジョーブなんだろうか。
冬ソナの思い出なんて軽く吹っ飛んじゃうんだろうな。

Precious世代がページを開くには、それなりの覚悟が必要です。


ただ、
余計な、本当に余計な感想を言えば、しょせん恋愛なんて個人的なもの。
もともと、仕事のスケジュールや、学業や、相手の家庭や、親の介護や、政局や経済情勢や、懐具合や、そんな諸事と折り合いがつくわけがない。
そんなものを超越してしまうから、恋愛なんじゃないだろうか。
いくつかのブログで感想を読んでみたけど、終わり方に不満を持つ女性が少なからず見受けられた。ボクはこの小説には、この終わり方が最適だと思っている。恋愛は、結論を他人に委ねてはいけない。この、ある意味でとっても重たい物語では、読み手が自分で結論を出す必要があるんじゃないかな。


■秋の森の奇跡/林 真理子■

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終末のフール


さあ、がんばろう!
と決意した誰しもに共通するのは、
その目がすべて、未来を見つめていることだ。
しかし、もし、その未来に限りがあると分かったとき、
人はどれだけ“がんばる”ことができるだろう。
がんばることを自分に求めることができるのだろうか。


三年後、隕石の衝突により地球が滅びることが決まっている。
観測によりその未来が分かったのは数年前。発表当時には、政府機関が科学の粋を集めて対策を練るが、ことごとく徒労に終わる。
もうなすすべはない。人々はパニックに陥り、盗み略奪はもちろん、殺人や暴行など刹那的で利己的な犯罪が多発し、都市機能もダウンする。
この小説は、そのパニックも収まり、不幸な被害者や不埒な加害者がいなくなったあるマンションが舞台となる連作である。
三年後の滅亡は確定しているけれど、街は「凪」の状態。
残り三年。それでも日常の平静さを取り戻した人々は、何をするのか。そして、どう生きるのか。
テーマから想像できるようなSFではないし、ヒーローももちろん出てこない。著者の怜悧な死生観と小説技法が活きる、想像力が膨らむ素敵な小説である。


ちょうどこの本を読んでいる頃、自分の未来に限りがあると、ボクも気づいてしまった。
年齢的な問題、つまり余命の問題とは、本質的にはちょっと違う。


たとえば大好きなレゲエMC4人のグループ“湘南乃風 ”は、名曲『CLASSIC』(湘南乃風~Real Riders~)で、子どもたちと一緒に歌う。


♪やればできる
♪願いはかなう
♪明日はくる、必ず


力強い彼らのメッセージを一緒になって歌って(がなって)いるとき、ふと寂しくなり緊張している自分がいるのだ。この歌詞はボクにも当てはまるのだろうか。本当に願いはかなうのか。がんばって、やり続けることに意味があるのか…。


人は人生の途上で、未来が永劫ではないと、徐々にだが悟っていく。
子どもの頃。ちょうど今ごろ。夏休みが永遠に続くわけではないと、やり残した宿題におののいたことを思い出す。子どもたちに残された夏休みには、あと三日というリミットがある。
高校に入学してしばらくすれば、憧れていた高校球児が同世代で、いまさら野球を始めても望むべくもないスターであることに気づく。
そうやって、すべての可能性がいつまでも待ってくれるわけではない、という事を悟る。
職業という将来の夢を始めとするさまざまな人生設計も、ボクはもうとっくに選択済みだ。
どちらかと言えば、夢をかなえてきたけれど、このまま未来を見続けていいのか。
ボクに残されている可能性は、無限ではない。オトナになって、たくさんのことを順番に諦めてきて、たぶん、できることとできないことのバランスが、逆転しつつあるのだと今さらながらに気がついたのだ。
この夏、じつはそんなことを考え続けてきた。


ある意味での結論。


もしも、このままボクが夢を見続けるとすれば、それをかなえようとすれば、未来を次の世代に受け継いでいくことで、満足や喜びを感じることを目標にしなければならないのかもしれない。
彼らに限られた己の未来の可能性をつないでいくことが、本当はオトナの目標なんだろうな。
つまり、子や孫、次世代の幸せを祈ったり、期待をしたり。
それこそが自分自身の望みとならない限り、ココロ穏やかに過ごすことはできはしない。
本当は、諦めていなくちゃイケナイ年齢になっても、自分自身の夢を持ち続けることは、つまり、ガンバろうのモチベーションそのものが生きていくことに邪魔なんだ。分かってきたような気がするけど、夢は捨てられない。だから、しんどい。


小説のなかで、苦しいトレーニングを続けるボクサーとサポートするトレーナーが登場する。がんばり続ける。地球滅亡が三年後と知っているとき、ボクはどう生きるんだろう。


終末のフール/伊坂幸太郎

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あの日にドライブ

「人生、今からでも車線変更は可能だろうか。」と帯にある。


元銀行員。いまはタクシードライバー。
過去のプライド、現在の迷い、
過去への執着、未来への不安、
根拠のない自信、過剰な卑下。
2006年の、街のどこかに、たくさん転がっていそうな主人公の境遇とエピソード。


それでも、『明日の記憶』で読ませた作者の人を見つめる視線の優しさと鋭さが、最後まで飽きさせず、ボクはページをめくることになる。
同時に、章を進む毎に自らに問いかける緩やかな時間の流れと余裕が、文体にはある。


あの時、あの一言を言っていれば、
あるいは言わなければ、別の人生を歩んでいただろうか。
主人公の妄想に付き合ううちに、そんな事を考える時代がボクにもあったなぁ、と思い出す。懐かしむ。

すなわち、いまのボクには、そんなココロの隙は微塵もないのだ。
過去のすべてが今に繋がっていることをボクは知っているが、感謝こそすれ後悔はない。
なぜだろう。
同じ思い出に、かつて悔やんだことも、しっかりと覚えている。
ある時は、後悔。ある時は、感謝。
その違いは、たぶん、“今”という状況の差かもしれない。


飲み屋の隣の席から、電車のなかで隣のつり革から、
仕事の愚痴や上司の悪口が聞こえてくる。
時には、仕事の場でも、テレビのなかからも、
日々と人生のため息が聞こえる。
傍らで聞いている友の顔も、同じ悩みを抱えているのか、一様につまらなそうな顔で同調している。


いやなら、辞めればいいじゃないか。
もし、上司が間違っていれば、諫めればいいじゃないか。
自分の信じる道を、自分で選べばいいじゃないか。
人生のハンドルを握っているのは、タクシードライバーではなくて、自分自身なのだ。
境遇を呪ってはいるけれど、
そこに身を置きたいのは、じつはキミ自身なのじゃないだろうか?と問いたくなる。


「人生、今からでも車線変更は可能だろうか。」


いつでも、いつからでも、それは可能だ、と思う。
ただし、それは、
煙草好きが禁煙することに似ている。
禁煙に成功するのは、本当に煙草を止めたいときだけだ。
もし、失敗するとすれば、それは、本人がなんと言おうと、なんと思おうと、まだ煙草を吸いたいのだと思う。
ダイエットに失敗するのは、じつは、苦労して痩せるよりも、いま目の前にあるチョコレートを一粒食べたいのだ。腹筋を100回するより、そのままゴロゴロ昼寝をしたいのだ。


人は、強くはない。
ボクなんて恥ずかしいことに、いまだに煙草は止められない。
2年も前から、あと5キロ痩せる!と宣言し続けている大嘘つきだ。
それでも、人生は自分で選べる。車線変更だってできると信じている。
与えられた条件は人によって異なるだろう。
運だって、左右する。
でも、人生だよ。人生とは、生きることそのものだ。
もし、持って生まれた運が悪ければ、人以上の努力を必要とするだろう。
いま最悪なら、少し改善するだけでもとてつもない覚悟が必要だろう。
それでも、ボクは、車線変更を躊躇わない。
その事に気が付いてから、ボクは、道を選ぶことに不安がなくなった。


ゆったりと、自らの過去も振り返ったりしながら読んでみると勇気がわく、かもしれない。


あの日にドライブ/荻原 浩

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TOKYO DOLL

小説家は、言葉の魔法使いであって欲しい。
みんなが日常的に使う日本語を、
キーボードで打ち出すいつもの言葉を、
親指が交わす会話を、
魔法のように紡いで、新しい物語を生み出して欲しい。
たとえその舞台が見慣れた街でも、そこには、魔法の世界を創り出して欲しい。
時代の気配やニーズを盛り込むことも、それはそれで大切だとは思うけれど、それだけの小説には魅力はない。
小説家は、マーケッターではないのだ。

“4年ぶり、長編恋愛小説"とあるが、何を指すのだろう? もしかしたら、2001年の『娼年』のことか。だとしたら、ボクは、圧倒的に『娼年』のエロティックな世界を支持する。同じゲーム業界の話なら、『アキハバラ@DEEP』の方が楽しめた。

スゴク楽しみにしていた作家の新作だったのだが、ブログやAmazonなどの書評子の評価は、はっきりと二分している。
ワイヤーフレームの張りぼての世界には興味はないし、フィギュアな女のコには魅力を感じないボクには、ちょっと平坦過ぎたかな。
同じく講談社からは、10月に『てのひらの迷路』、来年1月に『40』と続けて出版されるらしい。ボクは、次作以降に期待する。

■東京DOLL / 石田衣良■