デジタル編集者は今日も夜更かし。

出版社に在籍していながら、仕事はネット、携帯などデジタル企画のプロデュース。

もし雑誌をやっていたら記事にしたかもしれない様々なネタを、ジャンルにこだわらずコラム風に書いてみる。アナログ志向のデジタル編集者は、相も変わらずジタバタと24時間営業中!


人は、いくつになったら、オトナになれるんでしょう。


"夢"を"目標"と言い換えてジタバタ、"経験"は"深読み・考え過ぎ"に繋がってジタバタ。


自己評価は、過剰な自信と不要な反省を行き来して、勝手に盛り上がったり落ち込んだり。


いまだに妄想と幻想が現実と混在するボクのアタマの中。


いい加減、諦観には至らず、実年齢とのギャップに悩む今日この頃なのです。


毎日刺激的で、楽しいけどね。



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himawari


忘れるための努力をしなくても、「感情の記憶」は時とともに薄れていくものだということを思い知る。


悲しかった。
腹が立った。
楽しかった。
嬉しかった。
愛していた。


一時期、コントロールができなくなるほどにボクのココロを支配していたはずの感情。
それが時とともに過去形で表現されるようになり、そして、
確かにあのとき、ボクは怒っていた、とか、
本当に心から、あの人を愛していた、
というように制御可能な“事実”となって、記憶の引き出しにしまい込むことができるようになっている。「感情」は「事実の記憶」へと変化していく。
多くの場合、それは救いなのだけれど、時として、後ろめたさにも繋がる。



愛犬ソピアを一年前に亡くした。
1993年2月11日生まれ。ラブラドール・レトリーバー(Yellow)。
女のコ。水瓶座。血液型不明。享年14歳。


大型犬としては長生きで、長患いはしなかった。急にカラダが弱くなって、猛暑が予測された昨年の夏をどう過ごさせてあげようかな、と考えはじめてすぐの事だった。
老齢期に入って2階の寝室に昇るのがしんどくなって、リビングの一画に自分で寝所を確保していたのだが、最期には一日のほとんどをそこで過ごすようになっていた。ダイエットを心がけていた太めのカラダが少しずつ痩せて、食欲もだんだんと落ちていった。時々起こす痙攣の発作も、心臓と全身の筋肉に少しずつダメージを与えていたらしい。


小犬の頃は噛み癖のある悪戯者で、家のなかをメチャクチャにした。何冊もしつけの本を買ったり、警察犬の学校に預けて訓練をしたり、とても苦労をさせられたのだけれど、頭のいい、なにより抜群に美人でスタイルのいいラブラドールだった。


ボクは、よくソピアと話をした。
散歩の最中はデートをするように普通に話しかけ、もちろん答えはないけれど、ソピアの顔を見るとちゃんとボクを見ていて、それで?と話の先を促す。この14年間にボクの周囲で起こった辛いことやしんどかったことを、たぶん彼女がイチバンよく知っていた。彼女にしか話をしていないボクの本音がたくさんある。


ソファで寛いでいるときは、ボクの膝の上にアゴを乗せてジッと顔を見ている。疲れると、足の甲を枕代わりにクークーと寝ていた。
食事の最中は、ずっと隣にお座りをしていた。やはりボクの太腿にアゴを乗せ、もしかしたらもらえるかもしれないお裾分けをじっと待つ。決して催促はしないけれど、時々がまんが出来なくなって、そのままの姿勢でよだれを垂らす。
いまでも太腿に乗せられたソピアのアゴの感触がよみがえる。


キスをしてベロベロと舐められて、グシャグシャに濡れた頬と唾液のにおい。そんなとき、どさくさに紛れて唇を甘噛みするいたずらな癖。
フローリングの床の上でプロレスをして、踏んづけられたときの肉球の感触。
大型犬だから太いけれど、それでも女のコらしい吠え声。
オシッコやうんこのにおい。いつも健康的なうんこをたくさんした。それを片づけるときのずっしりとした重さ。
アゴの下のタプタプした皮と暖かな体温。
遊んでいてひっくり返すと、以前に手術をした跡がかすかに残る白いおなかとおへそと並んだ乳首があった。



2007年7月25日。
仕事に出かけるとき、リビングに寝ているソピアに行ってくるよ、と声をかけた。
それまで寝ていたソピアは、グイッと首を持ち上げて、ボクの方をじっと見た。
ボクは少しの間、ソピアを見て、もう一度、それじゃあね、行ってくるよと言った。
ソピアは目をそらさず、ずっとそのままの姿勢だった。


夕方、携帯にメールが入った。
「ソピアが逝きました。」


誰もいない会社の屋上に上がって、10分間だけ、声をあげて泣いた。


その後、どんな風に仕事をしたのか、まったく覚えていないけれど、帰りにひまわりの花をたくさん買った。
ソピアには、晩年ずっとしていたオレンジ色の布製の首輪がとても似合っていた。
最期まで艶のあったベージュの体毛とオレンジ色の首輪に、柔らかな黄色のひまわりの花がゼッタイ似合うと思ったのだ。


永遠の眠りについたソピアは、とてもキレイだった。
枕元にひまわりの花を供えると、思った通り、とても似合っていた。



ソピアが亡くなっても、その存在はずっと近くにいた。確かに、そこにいた。
とくに食事の時に隣にいないのが辛くて寂しくて、たとえ外食の時でも、ふと左側に目がいってしまう。14年間いつも近くにいて、日常の生活すべてにソピアの思い出がある。アゴの重さや、においや、声、指先に残る感触は、繰り返す日常のあらゆるシーンにリンクしている。


それでも、あれから一年が経ち、いつの間にかソピアは天国に着いたような気がする。
思い出は忘れないけれど、気がつくとボクの周りからソピアの気配が消えていた。
ずっと、ソピアの事を書きたかった。ソピアとの思い出を書かなければ、このブログを再開できないと思っていた。
ソピアを思い出として書けるようになるまでの一年という時間が長かったのかどうかは分からない。ただ、今日、ボクは書けると思った。


花屋の店先でひまわりを見て、ボクはソピアを思い出す。
でももう、辛くはない。
かわいくて、柔らかくて、暖かくて、優しくて、賢くて、心から大好きだったソピア。
たくさんの思い出がある。いまは、それを懐かしく思い出す。
この文を書きながら、少しだけ、涙が流れた。
もしかしたら、ソピアのことで流す最後の涙かもしれない。


一周忌には、ひまわりを供えよう。
ソピアには、黄色いひまわりがよく似合う。

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休みの国


この文庫、
表紙が今日、2007年4月3日(火曜日)の日めくりだ。
そしてフツーの日なのに、祝日扱いなのである。
フツーの日とはいえ、
今日も「日本橋開通記念日」で、「清水寺・みずの日」「いんげん豆の日」「ペルー日本友好の日」で、さらに「愛林の日」(どうやら妖しい記念日ではなく植樹関連らしい)なのだが、そんな事とは関係なく、作者・中島らも氏が1952年のこの日に生まれた、つまり誕生日だから、ということらしい。


前書きによれば、年365日に記念日が五百数十あるという。
法で定められた国民の休日でもなく、国連で決議されたわけでもないそんな非公式の「記念日」の設立には、ギョーカイやら協会の思惑が見え隠れするのである。
本書は、そんなこんなを考察したり、疑ったりのエッセイ集。


ちょうど1年前からボクの隣に座っているアシスタントは、仕事で毎日ブログを書いているのだが、そうそうネタがあるわけではない。
そんなとき、厳しい(?)ボクのチェックを受けるために申し訳なさそうに探してくるテーマが「記念日」なのだ。何せ、ほとんど毎日、何かしらかの記念日なのだからネタには困らない。いままでに登場したのは、2月25日の「笑顔の日」や、12月21日「回文の日」やらの罪のないダジャレ系が多いのだが、彼女もボクも、特に記念日好きなワケではない。乱立する記念日とその日に行われる“祭”には懐疑的な立場なのだが、この本は、皆が共有できないグループローカルな記念日をキッチリと茶化してくれている。


しかしまあ、この文庫が特別に面白かったわけでもない。
先日たまたま、Amazonの送料を無料にしようと1,500円の帳尻合わせに買ってみたら、偶然表紙が今日の日めくりだった。なので、写真を撮ってみた。
それだけのことなので、明日、アシスタントの在籍1年目のプレゼントにしてしまおう。


ちなみに短くも破天荒な人生を駆け抜けた中島らも氏が亡くなった7月26日は、“幽霊の日”。
才能ある人は、人智を越えて選べないはずの自らの命日さえも選ぶ。

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終着駅 白川道



男に生まれて良かったと、心底思う。


守るべき者を、守りたいと自然にこみ上げる気持ち。
男には、それがあるからだ。
男として生まれて成長し、やがて自分に男を意識してから、命を賭してまでも守りたいと思う人に出会っているだろうか。
愛する人でも、片想いの相手でも、か弱い子どもでもいい。老いた両親かも知れない。
彼らを守りたい、という湧き出でる気持ちを感じたことがあるだろうか。
男がオトナになるのは、つまり、そんな気持ちを抱いた瞬間のような気がする。
それは、女性が母性に喜びを感じるのと同じような本能なのかも知れない。
守りたい対象があるとき、男は本当の幸せを感じることができる。
ボクは、その喜びを知っている。


白川道の『終着駅』 は、ストイックでハードボイルドな男の恋愛小説だ。


主人公は若い頃を身勝手に生き、かつて、男としてオトナになる前に守るべき恋人を亡くしている。終いにはヤクザの世界に身を置いた主人公は、守るべき者を持つことが叶わなかった。男としての喜びを味わうことなく生きてきた彼が中年を迎えた時、初めて愛することのできる女性に出会う。そして、彼女を守りたいと、心から思うのだ。


結末は、主人公が彼女に出会ったときから、想像がついた。
なにせ、主人公はドンパチが当たり前の世界に身を置いているのだ。死と裏切りが身近にある世界。
最後の数十ページを残すところまで読み進んだとき、
頼む! お願い! 違う結末だっていいじゃないか!とココロのなかで叫んでいた。
主人公だけではなく、ボク自身も彼女を守りたくなっている。読み進めるのが辛い。
それでも、ぐいぐいと小説の世界に引き込まれていく。
結末を読むために、文庫を深夜の風呂に持ち込んで最後を読むことにする。
ゆっくりと味わいながら読むには辛すぎる。胃が痛くなる。
なるべく感情移入をしないようにしながら、猛スピードで活字を読み飛ばす。
それでも、主人公の、あるいは彼女のココロがボクの感情を揺さぶる。
涙が止まらない。
鼻水が流れ、嗚咽を抑えることができない。
この前、声を上げて泣いたのはいつのことだっただろう…


こいつ、馬鹿だ。バカヤローだ。
でもね、でもね、おい、良かったな。
ボクは半身を湯に沈め、鼻水と涙で顔をグチャグチャにしながら、深夜の風呂場でひとり悲しく、満足感に微笑んでいた。

男は、こうでなくっちゃね。


■終着駅/白川道■ (文庫)
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P903i


毎年、クリスマスと同じくらいにエイプリルフールを楽しみにしてきたのに、
今年はついに“嘘”をつかずに終わってしまった。


いつも、

ユニークでそれでいて誰も傷つかず楽しくて、誰もが信じてしまうような“嘘”を真剣に考え、オリジナリティのある方法で一斉に仕掛けていた。


ネタは時流に乗っていることが望ましい。1か月は前から準備をして、仕事関係、友人関係などいくつかのパターンを作り分けて準備をしていた。
ここ数年は、WEBの仕事をしていることもあり、また、同時に沢山の人を引っ掛けることができるので、ブログやサイト、メールを使った仕掛けが多かった。
毎年のことなので、それなりに周囲の皆は構えて4月1日を迎えるのだけれど、そこをかいくぐって大技が嵌まったときの楽しさといったらなかった。ボクの“嘘”に引っかからずに見破った人の得意そうな顔も、それはそれで負けを認めつつも楽しいものだった。

今年もずいぶん前から楽しみにして、いくつかのアイディアを実行する準備にも入っていた。その中からベストのモノを熟考して本番にリリースしようと。たとえば、“嘘”のためにYouTubeのアカウントを取って、ある映像をアップしてあったりする。それらは、すべて無駄になった。


もしかしたら年齢のせいで、分別が勝ってきたのかも知れない。
あるいは、遊びに対する熱が冷めてきたのかも知れない。
永年エイプリルフールを遊びすぎて、いままで以上新鮮なネタをリリースする自信がなくなったのか。
日常的に嘘をつき過ぎているのかも知れないし、逆に、オトナになって自由な発想ができなくなってきたのかも知れない。
それとも日々が楽しくて(あるいは忙しくて)、このイベントを余計な手間と考え始めているのか。
ボク自身にも、定かな理由は分からないけれど、今年は結局、“嘘”を完成させることができなかった。


じつは3年前に、ハロウィンを“引退”している。
こちらも、衣裳を自作したり、メイクに凝ったり、チームを組んで乗り込んだりと大騒ぎをしていたのだけれど。
たとえば、七夕とか、節分の豆まきとか、雛祭りとか、五月の節句の鯉のぼりとか、じつは子どもの頃には楽しみだったイベントが、いくつもボクの生活から消え去っている。
ちょっと意味は違うかも知れないけれど、夏のプールやキャンプ、冬のスキーもだいぶ前に引退済み。
そんななかで、気が付いたら季節を感じるボクのイベントは、クリスマス、バレンタインデー&ホワイトデー、誕生日、そしてエイプリルフールだけになっていたのだ。


嘘をついて良い日に、嘘がつけない。
嘘をつくのは膨大なエネルギーが必要だ。
年を取りすぎたのかなぁ。
これからのボクは、こんな生き方で良いんだろうか…。


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chocolate2007

純粋に、チョコレートの事。
最後に残った、GODIVAの72%カカオのタブレットを食べながら。
大のオトナが、チョコレート好きで何が悪い?
と開きなおりながら、年に一度のチョコレート三昧の季節が終わった。
今年も美味しかったなぁ、と感謝しつつ。


今年は、バレンタインデーの直前に、NHK『プレミアム10 パリ 世界一のチョコレートの祭典』でショコラティエたちの「サロン・ド・ショコラ」にかける意気込みや、作品作りの過程を見ていたので、一粒一粒がまた格別の味わいだった。


番組では、4つのブランドを追いかけていた。
ジャン=ポール・エヴァン氏ですら真剣に、オーソドックスなアプローチであるけれど、たゆまぬ努力と工夫を凝らし、新しい一粒を創り出す。バレンタイン直前の表参道ヒルズのお店は大行列だったけど、常設店があるだけにいつでも買える安心感がある。丁寧な味わいは、いつでも美味しい。東京に住んでて、良かった。
一昨年から東京のコレクションにも参加しているフランソワ・プラリュ氏は、カカオ農園を所有しパティシエが使う原料用チョコレートの製造も手がけるショコラティエ。残念ながら、産地別のカカオが味わえる「ピラミッド"トロピック"」を試す事はできなかったけれど、レストランパティシエやショップ中心のショコラティエとは違うアプローチは興味深い。
塩バターキャラメルのアンリ・ルルー氏(って言っちゃって良いのかな…)のキプロン(ブルターニュ)のお店が、その名声に比べてこぢんまりと可愛くて、氏のキャラメルやボンボンはあそこから東京に届くんだと思うと、ちょっと感動。
5月上旬に、東京に氏のショップがオープンするらしい。予告サイト ができていた。早速、メールマガジンに登録(^^
他にも番組では、日本人として初めてサロンに出品した渡辺美幸氏や、メリー・チョコレートのブランド「マダム・セツコ」の試行錯誤も紹介していた。


さて、東京の「サロン・ド・ショコラ」コレクションのなかから、今年いただいたのは以下のラインナップ。
セレクションBOXは、『セレクション・スペシャル』と『セレクション・デ・セレクション』。そして、ベルギーのショコラティエ、ピエールマルコリーニの「ギモーブ ショコラ」とフランス、リヨンのショコラトリー「BERNACHON」の板チョコ。ここは日本初出店。
これらをぜ~んぶ実際に感謝しつつ、美味しく食べたので、資料とメモと記憶を頼りにひとつずつを今年のValentine's Dayの記録として書いてみる。


■セレクションBOX『セレクション・スペシャル』
10人のショコラティエ(ショコラトリー)から、それぞれひとつずつを集めた贅沢なセレクション。サロンド・ド・ショコラ東京の定番だけど、もちろん、今年初めての味もある。


・フランク・ケストナー『ペルル ド ロレーヌ』
すもも(ミラベル)のジュレ、キャラメル、ヘーザルナッツのプラリネが三層になっていて、口に入れると香ばしさとフルーツの酸味が混然一体となる。これは美味い! 日本で買えるんだろうか。
・フレデリック・カッセル『パレ シャトーレ』
一流のパティシエが集うルレ・デセール協会の会長自らが作る逸品。ミルクガナッシュの滑らかな舌触りとチョコのバランスはさすが。
・アルノー・ラエール『ジャッド』
モンマルトルのお菓子屋さんらしい、です。ジャッドは、2005年度のパリ・サロン ド ショコラでプラリネ部門第1位の栄冠を得た。ピスタチオの薫り高いプラリネ。
・フランク・フレッソン『サンドマング』
ドミニカ産のカカオを使った滑らかな口溶けのガナッシュ。
・ジャック・ベランジェ(店:ベリン)『ギャラン』
口の中に入れると流れでるリキッドキャラメルのなかに、パッションフルーツの香りをつけたレーズンが“浮かんでいる”イメージが拡がる。フルーツの酸味とチョコレートはどうしてこんなに相性がいいんだろう。デザイン(?)も、驚きも、味も含めて、大好き!
・ジャン=シャルル・ロシュー『シトロン』
レモンのガナッシュがコーティングのチョコレートと絶妙な関係を築く。フルーツのジュレを使ったボンボンが好きだけれど、ガナッシュに酸味を加わると美味しいなぁ。
・セバスチャン・ブイエ『キャレブレスキル』
昨年はたしか、バジリコのガナッシュという変化球できたブイエ氏。今年は、カリカリのキャラメル入りのアーモンドとヘーゼルナッツのプラリネ。オーソドックスだけど、やっぱりこっちの方が好き。
・クリスティーヌ・フェルベール(店:メゾン・フェルベール)『キャラメル フランボワーズ』
コンフィチュール(大胆に言えばジャム)のお店だけに、フランボワーズの香りが高く、キャラメルガナッシュとビターチョコとちょうど良いバランスを作る。ハートのモチーフをデザインしたピンクのコーティングも可愛くて、良い感じ♪
・ティルリー・ミュロップト
オレンジのリキュール、グランマルニエ風味のペーストとマジパンが薄いチョココーティングに包まれてる。これも、好き。
・渡辺美幸(店:ラ・プティット・ローズ)『ローザ』
NHKの番組で、サロン ド ショコラ出品まで薔薇の風味を出すための苦悩と工夫を見ていたので、スゴク楽しみにしていた作品。だけど、この一粒に関しては、巨匠たちとはまだまだ差があるように感じた。もちろんこれだけでは判断できないし、ずらりと居並ぶMOF(フランス最高職人賞受賞者)たちに加わるだけでもスゴイと思う。フランスで孤軍奮闘している彼女を尊敬するし応援したいと思うのだが…。
残念ながら、もっとも苦労をしていた薔薇の風味がチョコに負けている。また、そのチョコ自体の口溶け感が軽くない。繊細な花の風味を活かそうとするなら、そこから。
パティシエールらしく薔薇の花びらをトッピングした美しい外観なのだけれど、困ったことに、この花びらが舌に触る。チョコが溶けても、花びらが残る。今後に期待。


■セレクションBOX『セレクション・デ・セレクション』
こちらはMOF4人の作品を3粒ずつ詰め合わせたオリジナルBOX。


・アンリ・ルルー
『フレーズ・ポワブル・ノワール』…黒胡椒の香りのガナッシュ+苺のパート・ド・フリュイ(苺のペースト)。美味いのは当たり前だけど、それより伊勢丹のパッケージに入っていた説明書に、「黒故障」という誤植を見つけて、そっちの方が気になった♪
『C.B.S.』
大人気の塩バターキャラメルC.B.S.をチョコでコーティング。もちろん、美味い☆
『クリスティーヌ』
親交のあるクリスティーヌ・フェルベールをイメージして作ったという新作。オレンジのパート・ド・フリュイ+スパイスのガナッシュ。なんだか楽しそうだな。
・ファブリス・ジロット
『コロブリエール』
栗の木の蜂蜜+マロンのガナッシュ。マロンが甘すぎず、思いの外爽やかな後味。
『コンプレクシテ』
バルサミコ酢+苺のジュレ。そういえば、バルサミコを使ったチョコにはあまり出会わない。フルーツの酸味とはまた違った奥深さが素敵。
『バリ』
ピーナッツとアーモンドのプラリネ。オーソドックスなチョコ。
・エドワール・イルサンジェー
『トーチェフ』
伝統的なヘーゼルナッツのプラリネ。1900年の創業以来の伝統の味だとか。
『レグリーズ』
リコリス(甘草)のガナッシュ。これも、ヨーロッパ菓子伝統の味、かな。
『プラリネキャフェ』
コーヒーのプラリネ。イルサンジェーには特別な新奇性はないけれど、どれも、しっかりと美味しいチョコレートだ。
・パトリック・ロジェ。
『シラキューズ』
シチリア産マンダリンオレンジのコンポートで作ったガナッシュとプラリネ。フルーツとチョコの出会いを大切にする氏の作品は、文句なく大好き。
『ミストラル』
無塩バターのキャラメルに、フルール・ド・セル、塩の粒を加えたキレイなドーム型のチョコ。
『ガナッシュ60%』
カカオ60%のガナッシュの定番チョコ。もちろん、ちゃんと美味しい。


■ピエール・マルコリーニ『ギモーブ ショコラ』
告白すると、ボクはマシュマロ好きでもあるのだ。フランス語で“ギモーブ”。
いつもスーパーなどで購入する一般的なマシュマロと異なり、口の中に入れると溶けてしまうほど柔らかなマシュマロをチョコでコーティングしてある。チョコも美味しいんだけど、せっかくのバニラの香りと食感が濃厚なチョコに負けて、マシュマロの味が伝わりにくい。う~ん、別々に食べたいかも…。でも、このとろけるマシュマロは、単独では成立しないんだろうな。


■ベルナシオン『BERNACHON』
フランス・リヨンのショコラトリー「BERNACHON」は日本初上陸らしい。いただいたのは、板チョコ! もらってばかりで、実際に、サロン ド ショコラに出かけたことはないのだけれど、他にも板チョコって出品されているのかな。
分厚くて170グラムもある板チョコに、アーモンド、ピスタチオ、ヘーゼルナッツ、干しぶどう、クルミ、さくらんぼが、そのまんま埋め込まれている。見た目もカワイイ。
巨匠たちのボンボンショコラとはまったく異なるポジションでいながら、チョコの口溶けは抜群で、軽い。コンビニで売るわけにはいかないだろうし、日本の高級ショコラトリーでも難しいだろうなぁ。でも、美味しい!


ふう。長文リポートでした。


以前書いた分 も含めて、そろそろホワイトデーの対策を練らねば。感謝の気持ちを込めて。
起源となったといわれているキャンディ、マシュマロを始めとして、クッキーだとか、キャラメルだとか、いろいろ候補はあるけれど、ホワイトデーの定番ってなかなか定まらない。
いろんな理由はあるだろうけど、やっぱり、老若男女に愛され、パティシエたちが挑戦し続けているチョコレートがダントツに“偉いから”のような気がする。


3月20日20時から、NHKのBS-hiで『シリーズ 美食のワールドカップ ハイビジョン特集「世界一 チョコレートの祭典 サロン・ド・ショコラ」』が放送されるらしい。見逃せないぞっと。

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一陽来復


日経平均が6年9か月ぶりに1万8千円を超えた。


ボクは数年前から、少しだけれどネットで株をやっている。
いわゆる“ゴミ投資家”。
競馬やパチンコ、宝くじといったギャンブルにはまったく興味がないのだが、ボクの株投資は利殖と言うよりはゲームの感覚に近い。これが、かなり楽しい。


もちろん、株をやるのは儲けるためではあるのだけれど、確率からすれば、マジメに日々働いていて給料をいただいた方が確実ではある。
着実に生きていくための収入源を確保した上で、そこから捻出したほんの少しの余剰金を、ネット証券の口座に入れて切り離し、株投資というゲームで遊ぶ。


株は簡単に言えば、騰がるか、下がるかの2分の1を予測して投資をするワケだが、当然ながらそんなことが分かるわけがない。人には5分後の未来も、分からない。
昨日の日銀の短期金利引き上げの発表で、もし、今日の株価を予測できていれば確実に儲かったわけだが、逆に下がるという予測ももちろんあったのだ。全ては結果論。


それでも株価のチャートをみていると、世間の流行や、ニュース、時にはウワサなど、つまり世の中と連動しながら騰がったり下がったりする波を繰り返し、それが大きなうねりとなって見えてくることがある。
銘柄によってそのうねりには特徴があり、一日の波、一週間の波、一か月の波が掴めると利益を出せるようになる。


『波の上の魔術師』は、そんな相場の世界を舞台にしたエンタテインメント。
2001年発行で、すでに文庫化も、長瀬クンと植木等でテレビドラマ化もされているが、株友だちに貸してあげたのを機に、再び読んでみた。
相場の波を読み切りながら、巨悪に立ち向かうちょっと歪んだ正義の味方。
こういう話、じつは大好き。
スッキリ痛快で、ちょっとホロリとして、しかもモチベーションが上昇する。


今年の節分の日、早稲田にある穴八幡宮の「一陽来復」のお守りをリビングの隅に貼った。
これは、金融融通のお守りともいい、つまりは儲かるおまじないなのだ。
しかも!
このお守り、冬至、大晦日、節分の3日のウチ都合の良い日を選び、
その日の夜中十二時に、その年(翌年)の恵方に向けて、
家のなるべく高い位置に貼らなくては効果がないという。
さらに、さらに、一旦祭ったお守りは一年間動かしてはダメで、引っ越しなどでやむを得ず外すときは、神社に納めよ、と言われる。
こういうのは、ハードルが高いほど、御利益があるように思えてくるから不思議だ。
去年の内に用意してあったのだが、冬至の日も、大晦日にも貼るチャンスを逃し、節分が今年のラストチャンスだった。


事前に、家の中心を定め、方位磁石で今年の恵方、亥子(真北から少し西寄り。北北西ではない!)に表面を向けて、反対側のなるべく高い場所に貼る位置を決める。ゼッタイに剥がれて落ちないように木工用ボンド片手に、夜中十二時の15分くらい前から待機した。
電波時計を横目でにらみながら、何度かシミュレーションして、いざ、パシッと貼る!
緊張するなぁ。
これが、交通安全とか、健康とか、命や人生そのものに関わるお守りなら、ボクは手を出さないな。“金銀融通”だから、ある意味気軽にできること。


このところの株価上昇。
ほ~ら、さっそくに御利益が現れた♪ とお気楽に思えるのだ。

ボクにとって株はギャンブルだし、ゲームだ。だから楽しいし、リスクもある。
良い子は手を出さない。ボクは少し悪いコなので、こんな楽しみも知っている。


ちなみに、余剰金で始めた株取引のボクの目標は、生涯賃金を稼ぎ出すことである。
無理、だと思う?


■波の上の魔術師/石田衣良■


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情熱チョコレート



色気より食い気では決してないのだけれど、ボクのValentine's Dayのは、日頃食べられないチョコレートとの出会いの日でもある。

ブログでチョコレートについて触れることが多いせいか、今年も、初めて出会うチョコをたくさんいただいた。


これを書いているいま、オリオール・バラゲの蜂蜜のトリュフ入りボンボンショコラをひとつ口の中に放り込んだところ。
トリュフのチョコレートは、ショコラトリー LE CHOCOLAT DE H (ル ショコラ ドゥ アッシュ)の辻口博啓氏の“トリュフノワール” が大のお気に入りなのだけれど、バラゲ氏の創り出すスタイリッシュなラインのチョコレートは、それ以上に濃厚なトリュフの馥郁たる香りが口中に拡がる。至福の時。オトナになってもチョコレートが好きで良かった。子どもじゃぁゼッタイ分からない味だ。
かつて“エル・ブジ”のデザートシェフだったバラゲ氏の作品のなかには、トリッキーなチョコも多いけど 、この蜂蜜のトリュフ入りチョコは定番になるのだろうか。なって欲しいな。

もう一つ、とんでもないチョコをいただいた。


ガトーショコラ(焼きチョコレートケーキ)を、なんと、生ハムで包んである!
贈り主が一筋縄ではいかない女性で、しかもボクが生ハム大好き!であることをご存じなので、もしかしたら、彼女が洒落で創ったのか? とも思ったのだが、恐る恐る食べてみると…、

ウン? 悪くないぞっと。スパイスの効いた生ハムと濃厚なチョコのバランスが意外に良いのだ。美味い♪ なんなんだ、これは!?


ネットで検索してみると…、
ホンモノだ…。
創作はもちろん贈り主の女性ではなくウィーン菓子で有名な野澤孝彦シェフ。
しかも、「情熱チョコレート」と名付けられた逸品は、200個限定の栄誉。
あ~あ、疑いながら、疑問符いっぱい浮かべながら食べちゃった。美味しかったけど、食べる前に検索すれば良かった。。
“味は知りません!”のメモ書き付きだったけど、ホントに美味しかったよ!
(※下記、アメーバニュース参照)


そして、“伝説のカカオ”と言われる「チュアオ」を使用した、イタリア・トスカーナのアメディ社のチョコ。

カカオの畑選びから始まり、やたらめったら手間と時間をかけたオトナのチョコで、世界でイチバン美味しいチョコ、とも言われている。これも、食べるのは初めて。

ヴェネズエラのチュアオ島のカカオを70%使った味わいは、あくまでも滑らかで、濃いのにスッキリしていて、そして苦み・甘みに加えて、ほのかな酸味が特徴的だ。シンプルな一口サイズの板チョコなのに、口の中でフルーツや蜂蜜にもイメージが拡がっていく。良いなぁ、これ。オトナ、だ。


今年も恒例「サロン・ド・ショコラ東京」の巨匠たちの繊細なショコラもいただいたので、それらについては次の機会に書くけれど、バラゲ氏にしても、野澤氏にしても、チャレンジャーがいるモンだなぁとココロから感心。
ホントに参った。

“愛”はともかく、こんなに素敵なチョコレートをボクのために用意してくれた彼女たちの“親愛”に感謝。


エッチな気分になる? 生ハムで包んだチョコレートケーキ
 濃厚な焼きチョコレートを、イタリア産のあっさりとした生ハムで巻いた新感覚のチョコレートケーキ、その名も「情熱のチョコラーテ」.......... ≪続きを読む≫


truffle

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微笑み


一日のうちで最初に微笑むのはいつか、考えたことがあるだろうか。


コミュニケーションのための微笑(びしょう)ではない。
溢れる幸福感から、自然と滲み出る微笑み(ほほえみ)のことだ。


ベッドの中で目覚めとともに、
幸せな夢の続きに、あるいはこれから始まる一日に期待を抱いて微笑むことができたら、どれほど幸せだろう。
毎日が当たり前のように幸せならば、
朝刊でココロ温まる記事を見つけたときに、嫉妬ではなく祝福の微笑みが浮かぶだろう。
愛犬にペロペロなめられたら、くすぐったさに頬も緩むだろうし、
愛する恋人や家族とともに朝を迎えることができれば、顔を見合わせただけで自然と微笑が浮かぶのかも知れない。


もしそんな状況にいないとしたら、
朝の仕度の慌ただしさのなかで、微笑むチャンスはあるだろうか。
通勤や通学の道すがら、微笑みの出会いはあるだろうか。
職場や学校で友と出会うまで、微笑みはお預けかもしれない。
そして、そこにも追従の手揉み笑いしかないとすれば、かなり寂しい。
あらためて振り返ってみると、ボクにだって微笑まない一日がある。


微笑みは、自己満足の究極の発露なんだと思う。


だけどボクが微笑むとき、必ず誰かがどこかで微笑んでいる。
微笑みは繋がっていると、そう信じている。
だからボクは、鏡の前で口角を引き上げて笑う練習に励むよりも、大切なことがあると、

やっぱり思うのだ。


※写真は、柔らかな皮のイントレッチオに包まれたフレグランスキャンドル。
クリスマスのプレゼントで、香りが拡がる炎を見ているとゆったりとココロが穏やかになる。そんなとき、ボクは自然と微笑んでいる。
今日は朝からロケだった。ロケ自体はうまく行って楽しかったけれど、20時間以上起きていることになる。アタマもカラダも、クタクタ。
風呂にゆっくりと浸かってから、キャンドルを灯して、いつもの睡眠の儀式(ちょっと読書など)をして…オヤスミなさい。

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さいき家


年末から10日以上伸ばしっぱなしだったヒゲを剃り、明日からの仕事に備える。


ココロとカラダの休息を最優先に見事に何もしなかった年末・年始。
去年、半年で7キロ落ちた体重が、2キロ戻ってしまった。
年末から温泉にこもり、2日からは、ひたすら部屋の片付けと読書、映画、音楽三昧。
京都の仕出し屋から取り寄せた純和風のおせちと、阿佐ヶ谷の小さなフレンチレストランの洋風おせち、博多直送のモツ鍋、富山の餅、相模湾の地魚などなどに舌鼓を打ちつつ、飽きたころには肉、肉、肉、いただき物のお菓子に、ケーキ。。。太るはずだ。。
年賀状も書かず、ブログも更新せず、メールも友人としか交わさず、仕事のことを考えず、何も創らず、ホントに見事に何もせず。


クリスマスの後の正月に、イベントとしてまったくテンションがあがらないのは毎年のことで、一億二千万人が一斉に“おめでとうございます”と合掌する習わしについて行けていない。面倒な性格。


そんな休暇中にイチバン時間を費やしたのは、考えること。
人生について、未来について、繋がりについて、欲望について、諦めについて、希望について、いくつかのことに気がつき、いくつかの決心をした。少しだけ成長したような気がする。
10日間の休暇明けで日常に戻ったとき、それを自分がどんな風に活用するのか、どんな形で発現するのか…。
変わらないかも知れないけど、変わりたいのも確かなので、ちょっと楽しみなのだ。


新年を迎えて、皆がめでたいかどうかはボクには分からないけれど、今年もよろしくお願いします。

素敵な年になりますように。


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eve


今年は、なんだか穏やかな気持ちでイブを迎えることができたような気がしてる。

クリスマスは、いまでもイチバン好きなイベントだけど、仕事のバタバタで準備不足。それだけ、プライベートと仕事の比重が変わってきているのかな。


今晩、世界中の皆が幸せな気持ちで過ごせますように。

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