今でも時々、ふっと頭に浮かぶイメージがある。

 

モノクロの夜の遊園地の写真だ。

恐らく昭和30年代だろう。

電飾された乗り物と、たくさんの人でごった返した場内。

夏なのだろうか、大半の人が白の半そでシャツ姿だ。

うだるような暑さが伝わってくるようで、人々はみんな汗ばんで見えた。そして、誰もが楽しそうに笑っていた。

 

その写真は、祖父が撮ったもので、母の実家の座敷の壁に掛けられていた。

 

その家に行けば座敷で寝ることになっていたので、布団に横になりながら、なんとなくその写真を見上げていたものである。

 

当時のどんな機材で撮ったのかよくわからないけれど、

夜の風景だけに全体に暗くて、一体何を撮りたいのか、幼心にも不思議な写真だと思って眺めていた。

その印象は大人になっても変わらなかった。

 

家族の誰かを撮った、というものではない。

 

画家だった祖父が、おそらく作品として撮影したのだろう。大きなサイズに引き伸ばされて、立派な額に入れられていた。

 

祖母の死に伴いその家が解体される時、なんとなくその写真が気になって「もって帰ろうか」という気持ちになったけれど、結局やめた。

 

その家には祖父が残したたくさんの油絵があったので、私は造船所を描いた作品を選んだ。

 

あれから、20年近くたったけれど、今でもあの夜の遊園地がふっと頭に浮かぶ。

 

そして、先日、なぜか子供のころにあの写真をまじまじと見た時のことを思い出した。

写真に写っている群衆の中に笑っていない人はいないか探してみたことがあったのだ。

 

そして、判別できる限り、その写真の中に写っている人物はすべて笑っていた。

おそらく、それが撮影されたのは昭和30年から35年の間ではないかと思う。

 

終戦から10数年後の日本。

 

誰もが成長を疑わず、努力が報われると思えた時代。みんなが前を向いていた時代、だったのだろうか?

 

うだるような暑さの中、豆電球の電飾に映し出される人々の笑顔。

 

希望とか、エネルギーとか、そういうものに満ちた、夜の遊園地。

 

私は一度も祖父に会ったことがないけれど、もし、会えるなら、この写真について話をしてみたい。

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昨日、時間待ちに入ったプロントで「隣の花」の台本を眺めていると、隣の席に外人が座った。

大柄で目がぎょろっとしていて、髪が薄くて、「星の王子様」の作者のサンテグジュペリみたいな外人。

“サンテグジュペリ”は「隣の花」が気になるらしく、サンドイッチをもぐもぐしながら、しきりにのぞき込んでくる。

そして、なにを思ったか「ソレハ、レンガ、デスカ?」と尋ねてきた。

「?」という顔をすると

「ソレハ、レンガ、デスカ」と繰り返す。

二回ほど同じやりとりの後、どうやら

「レンガ」は「連歌」のことであることがわかった。

それで、

「いえ、芝居の台本です。連歌なんて日本人もあまり知らないのによくご存じですね」

と言ったら

「イエ、タマタマ…」

と言いながら、またサンドイッチをもぐもぐし始めた。

私も「隣の花」に戻った。

しばらくして…サンドイッチを食べ終えたらしく、“サンテグジュペリ”が再び話しかけてきた。

「インスピレーション エル ノ タイヘンデショ?」

彼の質問の意図を図りかねながらも、

「うーん…、そうですね…自分とは全く違う人間で、しかも戦争の前の時代の話ですから、難しいといえば難しいですよ」

と答えると、

「ジャ、クウフク ノ トキニ ヨムト イイデスヨ」

と“サンテグジュペリ”は言った。

「なぜ?」

と聞くと

「ダッテ、センソウマエノ ニホン マズシイデショ。ダカラ、オナカ イッパイダト ソノジダイノ ヒト ノ キモチ ワカラナイヨ」

なるほど、一理ある。

“サンテグジュペリ”は続けた

「ソレカラ ドンナ アート モ マズシイ ホウガ ヨイ モノガ ウマレル」

ふーん。

不思議なもんで、日本語で言われても別にどうってことないことも、

外人からたどたどしい日本語で言われるとなぜか説得力を感じてしまうものだ。

これから台本を読むときはなるべくお腹の空いた時にしよう

と思った。





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もともと我の強い次女の「イヤイヤ」がここ半年激しくて、いろいろなことに支障がでるほどになった。

当初は親の愛情不足かと、なるべく意に沿うようにしながらも、長女との兼ね合いや自分自身の都合で意に沿えなかったり、という一番よろしくない甘やかし方だったようで、

ダメなことはダメ、できないことはできない、と毅然とした態度で接することにした。

そうすることで、最初は大泣きをしても泣き止んでから、なるべく娘に理解できるように説明すると「わかった」と聞くことが多くなった。

これまでのように親の都合で甘やかしたり拒否したりというのは、自分自身やっていることに確信がもてなくて、これでいいのだろうか、と落ち着かない気持ちになったけれど、線を引くことで気持ちも楽になった。

しかし、先ほど寝かしつけた後で急に目を覚まして大泣きを始めた。いつもの泣き方と違って心から悲しそうな泣き方に聞こえたので、二歳の娘にどこまで通じるのかわからないけれど
「いろいろ我慢するのは辛いけど、なんでも思い通りになるわけじゃないんだよ。辛いけどがんばろうね」と言ったら泣き止んで、「うん」とうなずいた。
やれやれと思ってしばらく抱っこをして、落ち着いたところで寝かせたら今度はさっきよりも激しさを増して、身体を震わせて泣き出した。
手足をバタバタさせて、何かを発散させているようだった。何ともしようがないので、お腹をさすりながらじっと見ていた。受け止めるという気持ちでいるしかなかった。
それから一時間ほど泣き続けて「お腹をトントンして」と言うので、そのリクエストに応えてとんとんするとようやく寝息を立て始めた。

しつけるというのは、どこか無理を強いることなんだと思う。
自然に湧き出る欲求を抑えることは、子供にとってはストレスを感じることなのだろう。
我が家のように共働きで、子供にかかりっきりでなく、しかも、長女もいるので、次女にすれば甘えたい気持ちはなかなか満たされないのだと思う。
甘えさせてあげたいし、愛情が足りないのならできる限りのことをしたいけれど、
人間として生きていくには、ダメなことはだめ、親にもできないことはできない、ことを理解させていかなければならないし、もうそれが必要な年頃だ。
至らないことだらけの親だし、本当は二歳までに与えてあげるべきものを与えてこれなかったのだとしたら本当に悔やまれるけれど、次に進んでいくことも考えてあげなければならない。
子供にとっては自分勝手な親だけれども、子供を言い訳にして今進んでいる道を疎かにはできない。しかし、だからこそ、子供たちといる時間を大切にして、もっともっと全力をつくさなくてはと思った。





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4月の舞台、「楽屋」に出演いたします。

言わずと知れた、清水邦夫先生の名作。

女優4人による哀しくて、おかしくて、華やかな作品…に私が出るのは、別に女装して演じるというわけではありません。

アクト青山主宰の小西先生がオリジナル台本に5人目のキャラクターとして「俳優E」を加えてくださったのです。

物語にどんな風に関わるのか、ネタバレになりますのでここでお知らせはできませんが…

先週、初めて全編を通してみて、「女優は素敵な存在、そして俳優はそれを支えるためにいる」ということを実感しました。

四人の女優さんたちが、輝いて躍動して見えたことが本当に嬉しく感じられたのです。

このことは小西主宰がことあるごとに、劇団の男連に口を酸っぱくして言われていることです。

この作品が、清水邦夫先生による女優たちへの賛歌だとすれば俳優Eはそれを体現する重要な役回りなのでしょうね。

がんばります!


※写真は一昨年の9月公演、清水邦夫作「戯曲推理小説」より。







先週の日曜日、高校時代の友人の結婚式に呼ばれた。

高校二年生の同級生だから、25年の付き合いということになる。

学校の帰りにボーリングに行ったり、いらんことをして、先生にスリッパで殴られたり、高校を出た後も、年末年始や、お盆には地元で待ち合わせて遊びに行ったり…

その間なんとなく気まずくなったり、また飲みに行ったりを繰り返しながら、いつのまにか旧友という間柄になった。

とてつもなく頭のいい男で、鈍い僕は彼をよくイライラさせた。

純粋で妥協を知らず、自信に満ちた男なので、自分のやっていることに自信が持てない時は、彼に合うことが億劫に思えた。

「お前の人生やからな」とか「お前が決めることや」といいながら、決して僕のやっていることに賛同はしていない、厳しい顔をした。

まっすぐ自分を信じ進み続けて、彼は国のお金で研究をするような学者になった。そして、仕事はもちろん、女の子にも妥協しないで生きてきた彼は、仲間内でも唯一の独身になった。

そんな彼と久しぶりにあったのは、一昨年の『戯曲推理小説』を観に来てくれた時のこと。

その時に連れてきたのが、先日結婚した奥さんだった。

あー、この子とは結婚するんだろうな、と思った。

そして先週の日曜日、僕は新横浜にあるホテルの宴会場で、人生の伴侶と並ぶ彼を、地元で中学の理科の先生や、銀行の支店長をしている同級生たちと一緒に見守っていた。

式の最後に新郎からの挨拶、ということで彼はマイクを持った。

一通り家族や、奥さんの親族への感謝を述べた後、彼女との出会いの不思議さ、縁について語り始めた。

そして、僕自身忘れていたような彼と僕とのやりとりを話してくれた。20年も昔のことだ。

そのやりとりが、巡り巡って奥さんとの出会いにつながったというのである。

『旧友をつくりだすことは不可能なんだ… 樹を植えて、すぐに木陰で憩うことはできない』

大学時代、卒論を作る時に見つけたこの言葉が実感を伴って思い出された。




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まずは親から

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7歳の長女は本が好きなのか、そうでもないのか…

本そのものは好きなようだ。
なにしろ、自分で絵本を作ろうとするくらいだから。

読んでいるのか読んでいないのか、出かける時に持ち歩いたりはする。

図書館や本屋も好きだ。

本を読んでもらうのも好きだ。

でも、自分で読むとなると、どうなのか…。

僕は本が好きだ。

本が好きだから本を作る仕事についたことがあるほどだ。

読むのは好きだけど、作る方はあまり向いてなかったようだけど…

とにかく、本が好きだった。

失敗ばっかりで、威張れるような42年ではないけれど、

本が今の僕の相当な部分を作っていると思う。

親のエゴだとはわかっているけれど、子供たちも本を好きになってくれたらなあと思う。

…なんてことを考えながら、図書館の児童書コーナーをうろついていたら、ここ数年、僕自身、あまり本を読んでいなかったことに気づいた。

正確には、読んでいないわけではないけれど、大抵稽古の行き帰りの電車の中だけで、子供たちの前で本を開くようなことはめっきりなくなってしまった。

読んでいる本は芝居に関する本ばかりで、中身を楽しむというよりは勉強のため、という意味合いでの読書に終始していたようだ。

だから、とりあえず、長女に読ませるための本探しはやめにして、自分が読むための本を借りることにした。

シルヴァスタインの『歩道の終わるところ』と、ウディ・アレンの『ただひたすらのアナーキー』…

本を読めと娘に押しつける前に、まず、父親が読書を楽しむ姿を見せることから始めようと思うのだ。




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ミット打ちと芝居

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実はクラヴマガというマイナーな護身術の道場に通っている。

護身術というものの、「首をしめられたら、こうやって外します」というようないわゆる護身を教わるのは最後の10分ほどで、ほとんどの時間ミットを殴ったり蹴ったりして過ごす、なかなかハードな稽古である。

稽古は毎回誰かとペアになり、交互にミットを持ってお互いのパンチやキックを受けたり、技をかけあったりする。だから誰とペアになるかで稽古のクオリティが全く違ってくる。

例えばフォーカスミット(丸い的のような、ボクシングで使われるようないわゆるミット)で相手のパンチを受ける時は、相手のパンチのインパクトの手前ぐらいまで迎えにいくつもりで受けてあげないと効果がない。

ところがそのようにすると受けた時に手のひらが痛い。それでなるべく距離をあけて受けようとしがちになる。それは打つ側が手応えを感じられないし、ひどい場合パンチを打つ側の肘が伸びきってケガをしてしまうこともある。

それはキックを受ける場合も同じで相手が手応えを感じられるように距離や角度を考えて受けなければ意味がないのである。

また、お互いに技をかけあうときも、遠慮しあったり、変にムキになって相手を自由にさせまいとガチガチになってしまっては、稽古も効果的ではない。

攻撃側はそれなりにパワーとスピードをのせたパンチをディフェンス側にわかりやすい軌道を通って出すよう心がける必要がある。メリハリとわかりやすさである。それを踏まえて、ディフェンス側はディフェンスと反撃の稽古を効果的に行うことができる。

…なんてことを考えていたら、格闘技の稽古は芝居と似ているなと思った。

受け手は相手のアクションを呼び込みやすい形をつくり、そして、しっかり受け止めること。
仕手は相手のアクションを引き出すために、わかりやすく効果的なアクションをしかけること。
そして大切なのは、今が受け止める時なのか、しかける時なのかを知ること。

しっかり台本を読んで事前に整理しておくこと。

…全然できてない。







火曜日に、演出助手の桃木君が都内の日本語学校を何カ所かリストアップして、電話をかけ「お月様のジャン」のチラシを置いてもらうようにお願いする作業をしてくれました。

桃木君は現役の大学生。見知らぬところに電話をかけ、お願いをすることは、あまり気の進まない作業だったと思いますが、リストアップしたほとんどの学校からご快諾をいただきました。

アクト青山は「美しい日本語」を標榜しており、日頃の基礎の稽古からそれをふまえた稽古が行われています。そのアクトの舞台は留学生の方々にとって良い教材になると考え、今回の配布を企画したわけです。

3月の「ワーニャ伯父さん」にご来場いただいた中国人のお客様が、アクトの芝居を大変気に入ってくださり、その後6月の「弱法師」には同郷のご友人を何人か連れてきて下さったのですが、皆様お楽しみいただいたようで、アフタートークショーでは積極的に感想を話してくださいました。

稽古場で小西主宰がことあるごとに言われる「人は人を想う」。これは、アクトの作品作りの根幹となる考え方です。人を想うからドラマが生まれます。
それが日本人でも中国人でもフランス人でもロシア人でも同じことで、「人は人を想う」ことに変わりは無いはずです。
しかも、新劇や古典劇は時代におもねらない、オーソドックスな日本語で語られますので、外国語として日本語を学んでいる方にはむしろ心に響くのではないでしょうか。

「お月様のジャン」はフランスの作品です。しかしながら、長年培われてきた所謂新劇の方法論は、歌舞伎を踏まえて西洋演劇に取り組むことから始まったと言われるその起源を考えても、極端な言い方をすれば、我が国の伝統芸能であり、日本の文化を象徴するものではないかと私は勝手に考えております。

日本人の演出、日本語で演じられる「お月様のジャン」が、外国の方々に、一風独特な角度から日本の文化を感じさせ、楽しんでいただければ嬉しいですね。












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若いってイイッスね!

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去る9月20日~22日、テアトロスタジョーネ秋・「温泉の効能」の舞台監督をつとめさせていただきました。

テアトロスタジョーネとは、アクト青山の、千歳烏山にあるアトリエで年に四回催される、実験的な意味合いの強い公演です。

今回は、アクト青山に入所して1~2年の、若手中心のメンバーによるものでした。

初日の開場前の時間、メンバーたちから明らかに伝わってくる緊張感は、そばにいるこちらの心臓まで動悸を起こしてしまいそうなほどでした。

ところがいざ幕が上がると、ひとりひとりがよく集中し、楽しんで芝居をしていることがカーテン越しに伝わってきました。

もちろん話は知っていたので、笑いどころが近づくと思わず息を止めてはお客様の反応をうかがい、ウケたりスベったりするたびに、私は受付の暗闇の中で一喜一憂していたのです。

今回、スタッフをやらせていただいて感じたのは、メンバーたちから伝わる一体感と、楽しそうな雰囲気でした。

半年に渡る稽古を通じて培われてきたこの雰囲気は、ひょこっと公演だけ参加するおじさんには、とても立ち入れない眩しさを感じてしまうようなものでした。

ですから、できるかぎり彼らが気持ちよく、そしてベストを尽くせるようお手伝いすることが、私の役目でもありましたが、それは決して簡単なことではなく、力不足を感じさせられた3日間でもありました。

今回は初めての金曜日スタートの全5ステージでしたが、全公演満席の大盛況。毎回笑いが起こりました。

そして四ステージを経て迎えた大楽は、かつてないほどの笑いに包まれたステージとなりました。

お客様の心をつかんでいる後輩たちの様子が伝わってくるのが嬉しくて、1人でニヤニヤしておりました。

その一方で、笑いが起こる度、私は後輩たちに少し嫉妬を感じたのです。それほど素晴らしい大楽でしたから。

カーテンコールで出演者が再度登場すると、温かい拍手が起こりました。お義理ではなくて、スーッと、思わず引き込まれたように始まって、一気に力強くなる、そんな拍手でした。それを聞いたら、なんだか涙が出そうになりました。

正直なところ、非常に疲れた3日間でしたが、後輩たちからたくさんのものをもらった3日間でもありました。感謝です。

そして、ご来場いただいた皆様本当にありがとうございました。

次は「お月様のジャン」にご期待ください!!

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人生を楽しむ自由な心

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先日、公演で日本に滞在中というフランス人の役者さんとお話をさせていただく機会がありました。

話をしていて感じたのは、「人生を楽しんでいるなあ」ということ。英語がたどたどしい私との要領を得ない会話さえ楽しんでいるよう見えました。

彼は役者以外にもダンサーとして、また、ピエロとして活動する他、絵や写真の仕事もしているそうです。それも、好きだから、楽しいからやっているんだよ、という感じでした。

動画でみせてもらった彼のパフォーマンスも、ふざけているかと思うほど独創的で、観客はもちろんですが、なによりもまず、自分たちが楽しんでいることがうかがえました。

だからといって、決して観客をないがしろにしているわけではなくて、むしろ、楽しませることを楽しんでいるような…
プロ意識とマニアックさと…楽しむことに貪欲と言えばいいのでしょうか…この「楽しむ」感じ、フランス人を知るキーワードかもしれません。

フランスの映画からもそれを感じます。
例えばマルセル・カルネ監督の「天井桟敷の人々」は、フランスがナチスドイツに占領されている下で撮影されたそうですが、そんなことは一切感じさせない、スケールの大きな作品です。おそらく数多の制限や不自由があったことと思いますが、役者たちもスタッフたちも、その状況さえ楽しんでいたのではないかと思います。

また、恋愛映画が多いのもフランス映画の特徴といえるでしょう。確かに恋愛は人生を彩り楽しいものにしますから。もちろん、どこの映画であっても恋愛は大きなテーマですが、恋愛そのものを楽しむような人物は恐らくフランス映画の専売特許なのでしょう。マルスリンのような女性は珍しくありませんし、浮気や不倫も当然のようにあります。

ここまで考えると「楽しむ」生き方にタブーはないのかも…という気になります。たとえ外部から押し付けられたタブーがあったとしても、それに縛られない心の自由さ。その自由が感性を豊かにし、さらに人生を楽しいものにするのでしょう。

決して浮気や不倫、社会的なルールを破ることを推奨するわけではありません。しかし、ルールに囚われすぎると本質が見えなくなるのも事実。それは、台詞と段取りに囚われた芝居がつまらないのと同じかもしれません。

「お月様のジャン」の立ち稽古が始まって以来、ジェフとして板に立つ小西主宰に代わり、僭越ながら演出席に座り、駄目出しをさせていただくことが多いのですが、毎度自らの至らなさを実感させられます。
経験不足やセンスのなさ、いろいろありますが、「人間」をみることができないからでしょう。それは私の生き方がルールに縛られ、タブーに目を塞がれているからだと思います。タブー化されたものは、存在すれど見えないものになります。タブーにこそ人間的なものが内包されているのなら、それに目を塞いでいるかぎり生きている「人間」を捉え、表現することはできません。

「お月様のジャン」にはそれぞれのやり方で人生を楽しんでいる人たちが登場し、それぞれが幸せを求めて自由に舞台を行き来し、ぶつかりあいます。当然、リシアだってそうです。

私たちが「フランス」から感じる明るさはこの自由さによるものかもしれませんね。

せっかくフランスの素敵な作品に参加するのですから、この自由な心を手にいれて、もっと素敵な役者になりたいものです!
















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