他社のトレイシートが広告媒体であるのに、マックのそれは自社のバイト募集媒体に撤して久しい。

六人のバイト男女が、それぞれの誇りを短文で綴っているのだが、飽きのこないいい文が満載。


イケ面男が一人
美人ねーちゃんが三人
美人熟妻が一人
そして、もう一人が
何とも言えない感じのお兄ちゃん。

性格はよさそうだけど
いけてない歴18年、彼女いない歴17年
今まで貰ったチョコは、母と妹と隣の席の友人が持ちきれなくてくれた奴だけ
って感じの青年 山田慎太郎(仮名)
秋田県角館市から駒沢大学経営学部に進み、笹塚の築17年のアパートに住む大学生とみた。

小学校時代はちびっ子相撲で三位に入り、高校時代はバドミントン部のマネージャー あだ名はモッコリ。

仕送りだけでは暮らせないし、大好きな蝶の標本を集めるためにマックでバイトに励んでいる。
たまに店に来る女学館の高校生に恋をしているが言いだせず、彼女の頼んだポテトが友人より沢山入っていることにいつか気付いてくれないかと思っている。

ありがとう、って言ってもらえた回数をこっそり数えてる青年だ。


彼に気立てのよい彼女ができ、幸せな大学生活ができますように… 

そう願っているのは、私だけではないと思っている。
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遠足のしおりを娘が持ってきた。
お菓子を買ってくれ、という。
もちろん否はない。
どこにいく?と聞けば、可能なかぎり安価な店にしてくれという。

何かが違う。

昨年は、そんなことは言わなかったはずだ。


よく栞を見てみると、


ビックリマークビックリマークビックリマークビックリマークビックリマーク


そこには大きな変化が。



おやつ(315円まで、チョコ、ガム禁止)ただし、別に飴は4つぶまで可。



何があったんだ?

昨年までは、『食べきれるだけ』と書かれていて、家庭内で揉めた記憶がある。

ピエールエルメのマカロンを持っていく!と言い張る娘に、阿呆!と怒鳴った記憶も甦る。


きっと、各家で同様の事件があったに違いない。
職員会議で議論され、校長が「贅沢です!おやつは都こんぶに、みかんで十分!」と云い、
中堅は、「それは校長、いくらなんでも無理。それに時期はずれにみかんなんて指定したら、紀伊國屋や成城石井からみかんが消えます」と反論し
若手が「私の時はビックリマンチョコが流行ってましたが…」などと脱線し、
いつのまにか「バナナはおやつですか?」などと、お決まりのネタで和やかな会議に。

結局、教頭の裁定で、おやつ300円ルールが提唱されて、誰かが消費税分の修正案を提示して
さらにチョコとガムは禁止案も追加されて結審。
ということかもしれない。


遠足のおやつを選ぶ 
というのは、昭和の子供にとっては一大イベントであった。
前日の放課後、友達と一緒に買いに行くというのも定番であり、そこで交換の密約も結ばれたものだ。

しかし、駄菓子やで一粒ずつ買えない平成の子供たちは、品数を増やすためには、購入後に開封して粒単価を算定しなければならない。


ぷっちょ 105円で7粒
2粒で30円也 という具合。

これはこれで楽しいが、結果、家の棚には開封されたおやつの残骸が山になる。

しろたえのチーズケーキを半分だけ持っていくといくらになるのか?なんてつつましいことを言っていても、簿外支出の半分は前夜のうちに娘の胃袋に納まることになる。

どうにか規則どうりにおやつを作り上げ、反対側の山を見れば、レジ袋いっぱいの持っていかないおやつが詰まっている。


先生にこの点についても法制化を頼むしかない。

これではまるで霞が関の予算編成と一緒じゃないか、と。
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コンビニで見かけるアメリカンドッグが、フランクフルトより安いのは、

納得できない。

世の中が豊かになって、あんなものやら、こんなものやらが幅を利かせるようになったからなのか
アメリカンドックを大事にしない時代になってしまった。

まだ若くて、始終腹を空かせていた頃、アメリカンドツグは憧れのスナックだった。

遊園地で、プールで、スケート場で、アメリカンドッグはいつも輝いていた。
隣のやきそばやお好み焼きよりも品格があり、歯応え、味、ボリューム感のどれをとってもスター級。

持った瞬間にずしりとくるあの重み、箸なみの細さの串で持つには前方の重さが際立っていて、指先にしっかりと力をこめねばならない。しかしそれが彼の重厚感の証でもあった。

ケチャップとマスタードをうねうねと塗り掛け、最後にピチュっと水っぽいものが掛かると、彼に申し訳ない!と思うほど、高貴な身分だった。


その彼が、ひっそりとファミマで売られている姿は、
まるで往年の名選手を楽天のトライアウトで見かけたときのように切ない。

私は彼の切ない姿を、他の客に見せたくない。
彼の全盛期も知らず、ケチャップとマスタードは一つの容器に入っているのをポチっと折って塗るものだと思っているようなガキどもにバカにされて欲しくない。

彼は、確かにヒーローだったのだ。

だから私は、彼を見つけると、買い占めてしまう。 もう、コンビニなんかに並ぶなよ、と声を掛けながらガリガリふんにゃりぺふぺふグワシと食べてしまい
彼の姿を消し去ってしまう。


なのに

私が毎日買っていくと知った店長は、毎朝3本は作っておけと店員に言っているらしい。


頼むからやめてくれ
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数珠とタマタマ

テーマ:

数珠(じゅず)ってありますよね。

最近じゃ、アクセとしてしているおじさんも多いですけど

基本的には宗教グッズということもあり、売っているのは仏壇仏具やさんです。

丸い玉がいっぱいついて、フサフサが垂れ下がっています。

あの玉はなんのためにあるのか?そもそも数珠ってなんのためにするのか?

ご存知の方は少ないと思います。


あの玉は人間の「煩悩」を示しています。

なので、正式には108つの玉が正しい。

しかし、108にすると長~~くなってしまうので、織田無道みたいになってしまいます。

そこで、整数で割った数 2で割ると54 3で割ると36 などの玉もある。

むしろそっちが主流だそうであります。


108の煩悩・・・・

私は、煩悩をあらわす玉は、最近力なくぶら下がっているこの2個だけだと、思っておりました。

しかし、そういう「欲」は数あるなかの一つに過ぎないらしく

実はあと、107種類の欲にまみれて生きている そういうことらしいのです。

思えば、ずいぶんと人間は罪深い生き物なのでした。


それを両手で「摺る」ことで、煩悩を落とすのが役割なんだそうです。

108全部をあげるのは難儀ですが

もし、あなたのそばに

食いてぇ~ 飲みてぇ~ やりてぇ~ 金ほしい~ えらくなりてぇ~ ・・・・

と次から次へと呟く奴がいたら

ケダモノだけど、それはそれで面白いかな と。

やりてぇ~ と顔に書いてあるのに、まじめくんを装い美術館なんかをうろつくカップルの男

なんかよりは、ずーっとストレートかな と思ったりしてしまうわけです。


そんなわけで、息子にも法事用の数珠を買ってやりました。

信じる信じないに関わらず、アイテムとしては、必須ですから

「革のよろい」みたいなものです。

ついでに、このうんちくを教えたというわけです。


「君の中には煩悩が108あるんだよ たぶん、この数珠はその約数になっているはずだ 数えてみな」

1、2、3、・・・・    51、52        52個だけど?割り切れないよ?

確かに。52は割り切れない。

「違うじゃん!パパの言うこと!!」

(まじかよ このうんちく うそかよ?上田~~~~!怒)と嫌な汗が流れた

(しかし、ここはなんとか丸め込まないと・・・・)

「そうじゃないんだ!」

「つまり・・・、割り切れない ということはだな・・・・」

「人生は無常である。理屈通りにはなかなかいかない」 

「割り切れない思いを抱えてあの世にいきます」   という教えなのである。

「君の股間にぶら下がっているのを2つ足すと、54だろ だから合ってるんだ」

と誤魔化してみた。


我ながら素晴らしいまとめだと思った。(小さくガッツポーズ)




枝豆一口メモ    仏式の結婚式では、指輪の代わりに数珠を交換する。