財布のなかにいくらあったら幸せなのかを考えている。


出た結論は
いつも10万円が入っていて、あとは支払いをきにしなくていいカードが一枚あればいい。


五万使う日もあれば、二千円ですむ日もあり
それでも翌朝には、万札、千円札とり混ぜてきっちり十万入っている。

それが理想。


枝豆の物欲なんて、せいぜい五万のスーツや二万の靴、三万の時計に二千円の本 くらいだし
友人と飯を食い三人で三万もあればご機嫌だから
一日十万あれば、使いきる日はたぶん年に一週間。

あとは、家賃のかからない家と子供の学費、年に二回のビジネスクラスで海外旅行ができれば御の字。

となれば、必要な費用は小遣い一千万に生活費が同じだけ。
計手取り二千万が毎年あれば満足ということに。

三億あれば十五年から二十年は大丈夫だし、軽く五百万くらいの仕事もするから三十年は生きていける計算となり、お迎えの日迄安心して生きていける。


ということは、


今、この手に握られている宝くじが当たりさへすれば…


人生計画は万全だ。



あとは、大晦日にガッツポーズをするまでの二週間、七回も残っている忘年会の費用と、クリスマスケーキとチキン、サンタから代理配達を依頼されている費用、かみさんの欧州旅行と子供の冬期講習、制服のクリーニング代とツケで買った冬物スーツの費用さへ捻出できれば


私は磐石の余生が保証されるというものだ。


花咲き乱れるばら色の世界にたどりつくためには、かなり幅の広い河を渡らねばならず、
毎年、この河を渡り切れず溺れている。
ひとしきり流された先の陸地には、新年とは名ばかりの、去年もその前も見たようなペンペン草一本生えていない荒れ地が待っている。


わたしの年末年始、今年も、始まる。
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アメリカと社民党に挟まれて、にっちもさっちも行かず

皇室世論と中国に挟まれて悶絶し

頼りの小沢先生は生徒を引率して中国への遠足中。

違法こども手当てがバレてママは入院。

弟は兄を守るどころか足をひっぱり。

景気の鍋にはもう一個穴が開いている。


踏んだり蹴ったりな年の暮を迎えている鳩山さん。


一言で言えば、能力のないヒトが過信して手を挙げたりするから墓穴を掘っただけ。

国民もマスコミもバカだから、そんなひとが唱えるマニフェストに踊らされて政権交替に参加した。

こうなるのは解っていたはずなのに。


その行為はあたかも

釣りバカ日誌の西田敏行はけしからん!小栗旬に交替だ。

水戸黄門の里見浩太郎は飽きたから水島ヒロに変更しよう!

といったレベルの暴挙。

初回は見ても、二回目からは見向きもしない。

磯野家からサザエさんとワカメを外し、ドロン女様とちびまる子を登用したらうまく行かないのと同じ。


政治はドラマであり、起承転結が必要。変革を想起させつつも、第三章が終われば安定感のある予定調和に落とさなければ、聴衆は納得しないのがこの国の国民性。

寅さんや水戸黄門、サザエさんや行く年来る年を愛する人々は、
瞬間的にスピルバーグのETに填まっても、やっぱりそこに戻ってくる。

美女とイタリアでアマルフィしてみたけど、やっぱり柳葉と踊っているほうがウケることを知っている織田裕二は実に賢い。



鳩山さんは、素直に頭を下げて

フジテレビを官房長官にしたほうがいい。

きっと名案を出してくれるよ。


大晦日最終バトル『ユッキー・ピジョン VS 小沢軍団 ~決別の序章~』みたいな特番でヒールと戦う姿を印象づけ、諸問題から目をそらしてくれます。

きっと。
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先日、ビジネスホテルに泊り、マッサージを頼んだときのことです。
五十代でしょうか、熟練の男性施術者がやってきました。

なんというか、一言で言えば怖そうなおじさんでした。
解りにくいかも知れませんが、趣味で日本刀を集めている居合いの達人のような人です。

仮に、東郷新造さんとしましょうか。


狭い部屋で私はTシャツにトランクス姿でベッドに横になります。


東郷さんは、モノも言わずに肩をグワシと掴み、荒々しいリズムで揉みはじめます。
何も聞かず、何も話さず、マッサージタイムは開始したのです。

肩が終わると、背中、尻、裏腿、ふくらはぎと南下していきます。
客に媚びない手技とでも言うのでしょうか、しかし、なかなかに心地よく、荒々しいのに乱暴でなく、痛くない。


私は(こいつ、只者じゃないな)と、直観的に思いました。


しばらくすると、東郷さんは「仰向けになって」と命じます。
これが彼が私に発した最初の言葉でありました。


多くの場合、背中はやっても表はやらない場合が多いのですが、東郷氏は果敢に表側も攻めていきます。


肩、首、頭、ワキ、腹、腿、脛、足の裏  と、リズミカルに南下していき

そろそろ終わりかな?

と、思った次の瞬間

トランクスに覆われたギャランドゥ地帯を、ぐいぐいと押し始めたのです。

東郷氏のマジックハンドは円を描くように、恥骨に沿って滑ります。

(お、おい、あんた、どこを攻めてるんだ?ヒィ… そこは… あ、あぁ…)

と、身体は平然を装いながらも内心は困惑しておりました。

これが、その筋のおねいさんによるものならば、それはひとつのプレイということになるのでしょうが(よく知りませんが)


相手はおっさん
それも怖い顔した東郷新造です。

おっさんにビキニラインを責められて、万が一にも直立してしまったりしたら、これは末代までの恥。
ましてや相手は日本刀の達人、「士道不覚悟!」と閃光とともにわが愚息は切り飛ばされてしまうかもしれません。

やめてください!とでも言えば、
それはそれで首を撥ねられそうです。


いなり周りの執拗な攻撃にも耐え、恥をさらすことなく枝豆は名誉を守り切りました。

時間が来て、東郷氏は荷物をまとめています。
私は、その背中にむけて
「こんなの 私、はじめて」と投げ付けてみました。

すると彼は
「根来ですから」というのです。




あの、有名な根来衆だったとは…

伊賀、甲賀に並ぶ忍者集団の末裔。
紀州徳川のお庭番が今、その一子相伝の秘儀をギャランドゥに。


急に、すべてに合点が行きました。

では、また。
と去っていく東郷氏(仮名)の後ろ姿が、仕事を終えてシガーを加えながら去っていくゴルゴ13に見えました。


肉まんが似合う季節です。
コンビニの肉まんは価格の割に、中華街のそれはそれなりに、それぞれ美味いものです。

高級中華屋の熱々ショウロンパオも、美味の極致でありますが、まさかそれだけで ってわけにもいかず、お手軽感に欠ける点ではいまひとつかもしれません。


フランスは花の都パリ、この街のオステルリッツ駅の地下道でベトナム人のおばさんが作っている肉まん

これは私の生涯で2番目に美味い!と太鼓判を押した肉まんです。
中に煮卵が丸ごと入った、素敵に美味い逸品でした。
私にとってパリとは、あの肉まんを食べるために通った街と言ってもよいでしょう。
行くたびに、二三個買って、食べながら街を冷やかしたものです。

シャンゼリゼで肉まん
ルーブルで肉まん
セーヌ左岸で肉まん
ユーロディズニーで肉まん
私の旅の写真には、いつも肉まんが写っています。

これほどに、肉まんはパリに似合います。


昨日、三軒茶屋のアーケード商店街で見つけた肉まん屋もなかなかの店構えでした。
残念ながら肉まんの餡がいまひとつでしたが、鶏まんはなかなかのお味。
量よし、味よし、価格申し分なしでした。
とりわけ素晴らしいのは、大きめの花巻にトンポーローと刻み高菜を挟んだ高菜トンポーローまん。
こいつは、なかなかの実力者でした。

ついつい、あれもこれもと十個も買ってしまいましたが、完食。
三茶お薦めのスポットです。


かほど左様に私は、肉まんを愛しておりますので
当然自作もいたします。

ブタ挽きに葱、筍、椎茸、木耳を入れ、醤油、酒、胡麻油、ラードで味をつけ、
軽く色付いたうずらの水煮や、フカヒレスープや、鶏足の煮付けの煮凝りを餡中央に隠匿します。


しっかりと膨らんだ皮でくるんで


湯気の沸き立つセイロの中へ



しゅー   っと立ち上る湯気は暖房にもなるほどで、どんより曇った外の景色は白く曇るガラスで見えなくなります。

幸せを独り占めしている、そんな錯覚を覚えます。


肉まんは15分も蒸せばよいでしょうか。

蓋を勢い良くとります。




眼鏡が一瞬で曇ります。


霧が晴れるとそこには!



ふっくら、もっちり、ぽよぽよぷるーん な肉まんの一個小隊がぎっしりと並んでいます。


皿に盛り、
タオルを用意し、
食卓につき、お祈りを捧げます。

中華の神様に、肉まんをこの世に使わせてくださり有難う と、感謝の祈りを捧げましょう。


さあ、準備は整いました。
腹は鳴っています。
涎が口から溢れそうです。

両手でしっかりと支え
円周の一点を狙い定め、


ぱくっ。


ふわふわもっちりとした皮の触感につづいて
挽肉のぷりっとした歯応え、筍のサクっとした歯ざわり、木耳のぷにょっとした存在感が美しい調べとなって襲い掛かってきます。
さらに、怒濤のような熱々の肉汁が上顎の粘膜を急襲し、ありとあらゆる味と食感があたかもフルオーケストラの演奏のように、
あなたを包みこみます。

いい知れぬ幸せに両手両足どころか五臓六腑まで絡めとられたあなたは
いつまでも、この幸せに浸っていたいと、心底願うに違いありません。


さぁ、今夜は肉まんにしよう!