夏休みもまもなく終わり、新学期が始まる…
と思ったら、いつのまにか今週から始まっている学校も多いようですね。
こんばんは、〆鯖源次郎です。

新学期となれば  席替え。
あの娘の隣になれるかどうか  だけで、胸をときめかせることができたあの頃。
懐かしく思い出されます。

貪欲すけべ親爺になってしまった今では、隣に座るくらいでは到底満足できない体になってしまい、
実力行使が無理だとしても、妄想力行使には歯止めがかかりません。
そう、人は私を妄想野獣と呼びます。


たとえばあなたが電車で私の前に座っただけで、妄想によって取り返しがつかない辱めを受けることになるのです。

ただの辱めではありません。

7人の子供を産むことになり、8人分の弁当を毎朝四時から作らされ、洗濯機二杯分の衣類を洗い、7人分の三者面談を学期末にはこなし、新学期には雑巾を21枚縫わされます。

ディズニーに行っても、映画に行っても製造機ごと買い込むようにポップコーンを抱えて歩くあなた。

牛角のレジで三万円払い、納得できずに涙するあなた。

生活と子育てにやつれ、やがて夫である私を憎悪し、それでも布団を汚さぬようにと少し惚け始めた〆鯖のオムツを替えながら、あの日 あの時 (あの電車にさへ乗りあわさなければ…)と後悔するのです。


冷蔵庫に磁石で貼った 女子大の同窓会通知を眺めていると
涙で文字がぼやけて読めません。



とまあ、例えはそれくらいのアンラッキーストーリーが展開していきます。


歳をとると、かつて見えていた薔薇色の未来予想図がすっかり見えにくくなり
不幸のプールの中に一匹の幸せなアメンボウを探す能力が秀でてきます。


今日は私の誕生日。

またひとつ歳をとりました。

誕生日の蝋燭を一度で吹き消すのは、到底無理な本数となりました。

髪に増えた白髪
股間にも生えてきた白髪
時折、鼻からはみ出ている白髪もあります。

それでも今日は私の新学期。新しい出会いを求め、妄想の世界を研いて参りたい、かように決断しているところでございます。

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上野でやっているトリノエジプト展に足を運びました。

あまり広くない会場に所狭しと石版や石像が並び
メインのミイラも展示されておりました。
目を輝かして食い入るように見物している娘の成長の方に満足した一時間ではありましたが
大英博物館やルーヴル美術館とならび称される太古の至宝コレクションはやはり大したものであると、感心せざるをえません。


しかし、よく考えてみると

宝飾品や書物、石像の類は戦争による侵略の度に戦利品として略奪されるのは諦められても

王家の墓を掘り返して遺体までかっぱらってしまうというのは、どう考えてもやりすぎじゃないか?
そう思えてなりません。


大戦後に浮世絵などを大量に略奪したアメリカの美術館が、日本より立派なコレクションを持っているのは諦めたとしても
もし、仁徳天皇稜を掘り返して骨壺ごとかっぱらったり、正倉院や東大寺から秘宝や大仏などを運びだすようなことをされれば、
おそらくもう一度戦争が起きていたにちがいない。


それ以上の蛮行をあちこちで繰り広げた欧州各国。



ちょっと考えさせられる一日でありました。



長年冷や飯を食わされてきた野党議員たち。
この戦争が終わった後に、憧れていた地位や名誉、利権の漁りに奔走する民主党議員や仲良し社民党、労働貴族の組合幹部

彼らの暴走を適度に止めるには、勝たせすぎに要注意だと
マスコミは警鐘をならすべきではないでしょうか。
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