息子は天然である。
天然のパーではなく、パーマ。
本人はさほど気にしていなかったのだが、周囲がなにかとからかうので、少し気にしているみたい。

ま、そんな私も率先してからかい、免疫を作らせていたりもする。


昨夜も『お前、ストレートでもあてるか?』なんて話をしていたばかり。

いずれにせよ、小栗旬も、大泉洋もクルクルなんだからと、気にもしていなかった。


で、一夜あけた今朝
塾で保護者会があり、その席上で講師からこんな話があった。

真偽のほどは藪のなかですが、とある学校を受けた生徒が不合格になった。
その子は優秀で、さらに難易度の高いところには受かったし、じっさい問題も解けていた。しかし、面接では何故か質問が髪の毛の話に終始してしまい、想定外を突かれたその子は無言のまま部屋を立ち去り、そして落ちた。


断っておくが、事実を並べただけで、不合格の理由を理不尽な質問にあったと、その子とその家族が思っているというだけのことで
その質問の是非をここで議論する気はない。

面接をする立場でもある私としては、マニュアルにその手の質問がタブーだと書かれていることも知っている。
しかし、不利な質問を出された時の反応を見たいという、面接官の心情もわかる。
まぁ、小学生相手に圧迫面接までしなくてもいいとは思うけど。


偶然とはいえ、昨夜の会話と、今日の話、第一志望の話であっただけに妙に気に掛かるものの
天然が非ではないのに、矯正しようと子供にいうのは、大人のアホを子供にさらしているようで見苦しいし、そんなことが我が身に降り掛かるならば、それはそれで天命と考え、不合格上等!と啖呵を切ってもいいような気さえする。


デブ、ブス、ハゲ、チビ、クルクル、近眼、アホ、出っ歯
誰もが一つや二つ、欠点はあるもの。
それを改善し、標準化するのがいいのか、短所を凌駕する長所を作る方がいいのか、

後者の方が魅力的な社会になる気がするのだが、どうだろうか。
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わりと、卵ごはんが好きであります。

どれくらい?と聞かれれば、両手で「小さく前へならえ」をします。

まぁ、それくらいの好きさ加減ですが、卵ご飯専用の醤油がばか売れしたりと、卵ご飯界は今、揺れています。





あなたは卵ご飯をどのように作られるのでしょうか。



小鉢に卵を割り、そこに醤油等を垂らし、掻き混ぜる方



ご飯山にカルデラを作り、その凹地に卵を落とし、飯もろとも掻き混ぜる方



多くはそのいずれかの派閥に属されることでしょう。



私は黄身しかつかわない。

私は味の素を入れます。

私はわさび醤油です。

いやいや、酒を醤油と合わせましてね… などのこだわりがありましても、卵の混ぜ方については前述の2通り、すなわち『小鉢派』と『飯山派』のどちらかなのです。



私は、そのどちらでもない無派閥となるべく決意したのです。



飯はちょっと冷たくなったくらいがよろしい。

それを茶わんによそいます。

卵は… まず、フライパンを火に掛けます。

強火にしましょう。

油をひきます。

目玉焼きを作ります。



普通は、美しく焼くためにここでちょっとした工夫をしますが、そのような気遣いは無用です。

薄煙のあがるフライパンに卵を落とします。



火は強火です。



バチバチバチ と音をたてながら卵は焼けていきます。

黄身は冷たいままなのに、白身はバリバリのケロイド

そんな目玉焼きは普通なら失敗作ですが、この場合は正解です。



目玉焼きを飯の上に載せ、醤油をかけ、好みで味の素をパラパラとふりましょう。



さて、準備は整いました。

ダイナミックに混ぜましょう。

目玉焼きを引きちぎりながら、ぐちゃぐちゃにします。

ささくれたかかとの皮のようになった白身が飯のいたるところに散在しています。

醤油色の場所、黄身の色に染まった場所、ケロイド状の白身が、えもいわれぬ小汚さを醸し出し、失敗作の典型に見えますが、これで完成です。







食べてみてください。





『ん!』と思うはずです。一口入れた瞬間に、サラサラとニュルニュルとパリバリの三重奏が口のなかで鳴り始め、いささか頼りなかったジュルジュルな食感に、ガジバリな感覚が加わり、それまで仕事のなかった歯たちが、一斉に仕事をしようという気になり、咀嚼のたびに米粒から甘味が溢れてきます。

(こんな流動食みたいなものを食べたら体に悪いのでは…)という不安から解放された脳は、ぬるぬるとした悪食の元凶というイメージを払拭してくれます。

(私の今までの卵ごはんは間違っていた!)と思うかもしれません。



この、目玉焼き載せご飯を一度味わってしまったら…

あなたの人生は、大きく変わるかもしれません。



小泉元総理との会食のときにその話をしたのですが、総理はいたく感心したらしく、さっそく三種の卵ごはんを厨房に命じました。

試食して「うむ、なるほど!」





次の日でしたか… 新人議員は派閥に入らないほうがいい、との発言は。

飯山派でも小鉢派でもなく無派閥の方が旨い!ということに気付いたのでしょう。





なにしろ、新人議員のチュルドレンたちは、政治家の卵みたいなものだからです。














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子供の小学校の話なんですが、携帯電話は禁止です。
入学前に、そのことも含めた誓約書にサインもしています。

しかし、クラスの半分くらいは携帯を持たせているという現実があり、保護者が集まって学校に合法化してくれと圧力をかけるべきか否かを議論しています。


意見を求められたので、いつもは沈黙している私も反対を唱えました。

ルールを守れと教えるべき立場の親が、非合法の現状を追認せよと迫るのは明らかにアンフェア。
どうしても認めさせたいのならば、一旦、闇携帯をすべて撲滅してから議論すべきだ、と。


入学してからその必要性を感じたからだと反論する親もいました。
正しい使い方を教えるべきだという親もいました。

しかし、その理屈は金を借りるときは返すと言いながら、借りてみたら金利が高すぎるので返さない、約束はしたが守るとは言ってないと云うのと同じだと私は思います。


一生に数回あるかないかの天変地異に使う携帯の利便性と、所持している間、常につきまとう闇のリスク、二つを天秤にかけたときにどちらを取るかというだけのことだと思うのですが。



ルールを守らず、都合よくルールを曲げようとする大人が正しそうな顔をしていることが、子供の危険を作っている原因である。
そう思いませんか?


『私には、子供たちに、破っていいルールがある なんてことは、断じて教えられません!』
と締め括ったことは云うまでもありません。
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ステーキを焼く。
どんなにそれが安い肉であったとしても、
千円の風格はある。


ところが、
食べやすいようにと、小振りなサイズに切ってから焼いた、いわゆるサイコロステーキは
どんなに良い肉を使っていても、890円(ライス・サラダ付)にしか見えない。


仮に、同じ店、同じ肉で同じ分量を、ひとつはステーキで、もうひとつはサイコロステーキで用意する。

本来、890円で損はしない計算のものだとして、千円のステーキを頼んでくれる人が、三分の1は出てくるだろう。

切らないだけで110円の丸儲け。

厳密に計算したことはないが、
ケーキ屋なんかでもこのようなトリックを操る店はあると思う。
ホールとカットなら、カットの方が単価は高いはず。という思い込みを逆手にとって

12等分したカットなら450円のケーキが、ホールで買うと5500円みたいなことをやっているところはあるはず。

商売のオモシロさはこんなところにもあるわけだ。

たまに暗算の得意な客が文句をいってくるがその時は、


『あなた、私のケーキを高く評価してくださった。違いますか?評価されるまでは、私、謙虚に一切れ450円で売る。でも、あなたは私のケーキ丸ごと買ってくださった。私、自信持った。嬉しかったよ、ホントありがとうございます。だからその自信と誇りに100円の値段つけた。いけませんか?』


と言えば、きっと解っていただけることでしょう。