仕事熱心だけれど酒が入ると異常にハイテンションになる、そんな営業さんの夢を見ました。

大判の『ウォーリーを探せ!』で必死にウォーリーを探し、赤ペンで丸を付けているその姿。私は傍らでそれを見守っていました。

気掛かりだったのはAさんが明らかにウォーリーではない人物を丸付けされていたこと。

探してないじゃん、ウォーリー・・・・


こんばんは、小娘です。


気が付けば第40回ですね。

連載をスタートさせてから8ヵ月も経っています。

凄い!

残すお題はあと4つ。

ちいさな脳みそをフルに脱力させながら、なあなあと頑張ります。






先日パーマをかけました。

機械からチューブがにゅるりと出て、カーラーと接続。

そうかとおもえば、楕円形の円盤が周期的にぐるぐると頭部を巡っている。


パーマの機械って、何故にあんなにも大掛かりで尚且つ嘘臭さ全開なのでしょうか。

鏡に映った自分の滑稽な姿に思わず一笑してしまいます。

脳裏で「こちらは宇宙ステーション、応答願います」という声すら聞こえるようです。


近頃の理美容院はお茶とお茶菓子を出したり、マッサージを行ったりとサービスに力を入れていますね。

聞くところによると、ワンポイントメイクサービスを行ってくれる美容院もあるのだとか。

料金が下がらなくてもサービス内容が充実していれば、足を運んでしまうものです。

だからなのでしょうか。美容院に通うのは女性だけじゃなく男性も増えました。

かくいう私の相方も美容院派です。どこをどうみても「オシャレヘアー」には見えないのですが、彼は頑なに美容院に通います。

本人はお洒落に無頓着なので、きっと美容師さんに「おまかせ」しているのだと思います。


・・・別に洗練された格好をしろとか、瀟洒な身のこなしを身につけよとか要求しているわけではないのです、私は。

ただ外出する時は顔を洗ったり、髭をあたったり、よれた服は着るなとか、精精その程度です。

その程度なのに、相方は一向に意識改革に目覚めてはくれません。

だから以前相方に、


「こないだ僕、美容院で鼻毛まで切られちゃった」


と告白されたのには、本気で本気で落胆させられました。


ほらみたことか。恥ずかしい!

普段から鼻毛を切るなり抜くなり焼くなり抹消するなりしろ、と再三口を酸っぱく、それこそミニにタコ程言い含めてきたというにこの男はいっちょん気にせんばい!



自然なままの君が素敵、だなんて思ったこと私は一度もありません。

理容師さん美容師さん、少々高くついても良いので「清潔なナリの心構え」を奴に説いていただけませんでしょうか。(真剣な眼で




***




【理容師・美容師】(りようし・びようし)

平均月給:約187,830円(関東圏)

※この平均月給例は「美容師」のものです


理容師の仕事はヘアカットから始まり、シャンプーやパーマ、顔そり、マッサージなどの技術をお客様に施します。理容師になるには国家資格が必要なので、理容師専門学校(2年間・通信教育は3年間)卒業後、(財)理容師美容師試験研修センターが行う国家試験(筆記および実技)を受験し、合格しなければなりません。




理容師



『平成お仕事広辞苑』第40回【理容師・美容師】



― 終 ―



Writing by 小娘



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解説!落語家

いよいよ ら行に突入です。落語家、実に魅惑的な職業ですね。しかし、師匠と呼ばれる真打ちになるまでには、前座、二ツ目と修業の道程がございます。早くても15年は真打ちまでかかるんじゃないでしょうか。
ネタは師匠から教えてもらいます。レコーダなんかない時代、稽古は日に一遍、三日で丸暗記できなければダメという厳しい環境で覚えてまいります。

落語家にも持ちネタの得意不得意があるようです。
艶話、バレ話、与太話、人情話などジャンルも様々ですが、名人とうたわれる芸人は、やはり人情話の名手が多いようでございます。

現在はお笑いブームだそうですが、落語もその煽りを受けて、都内の寄席も随分と盛っているようでございます。
新宿末広、上野鈴本、浅草演芸ホールなどが代表格です。いずこも東京を代表する盛り場であります。
浅草も昭和の頃の勢いはないものの、江戸から東京へと引き継がれた庶民文化の薫りは今も残っております。

そんな街をぶらぶらと散策し、目についた店、たとえばヨシカミなんぞで洋食をやりますと、戦前のとは言わないまでも、昭和の半ば、三丁目の夕日くらいにはタイムスリップした気になります。
早めの夕食で腹をこしらえた後は寄席の木戸をくぐってみましょう。
なぁに、恐れることはありません。歌舞伎座に入る五分の1ほどの勇気で十分です。

出演者欄の主任と書かれた人が笑点メンバーであれば、デビュー戦にはもってこいです。
あとはひたすら笑って過ごせば良いのですから。

昔はまさに老若男女が集う場所であったそうで藪入りともなれば、奉公先から暇をいただいた小僧たちまで駆け付けたといいます。

当時の奉公は、それはそれは厳しく、年中無休で住み込み、薄給のうえ里心がつくといけねぇってんで、三年は実家に帰ることも許されなかったそうでございます。
そして明日は初めての休みをいただくってことになれば、主人夫妻からはお仕着せに小遣いをいただき、日頃小煩い番頭さんからも小遣いを貰いますから、懐もほかほかです。

待ち遠しいのは小僧だけでなく、実家の両親も首を長くして待っているわけです。

おい、明日は朝から太郎が帰ってくるんだ、あったけぇ飯を炊いてやれよ。

あたりまえだよ、あんた。冷や飯なんか食わせるもんかね。

太郎はうなぎも好きだからよ、中串を2人前ばかり買っといてやれよ

あいよ。

それと新子もいつもよりいい奴をな、あらいなんかもいいんじゃねえか?納豆も好きだからな、用意しといてやれよ。シウマイなんかもいいぞ、カツレツも二三枚…

ちょいと、それじゃあ腹を壊しちまうよ。


てなわけで、翌朝太郎が新しい着物をきりりと着て実家に帰ってまいります。


お帰り!太郎 まあまぁ立派になって!
早くおとっつぁんに顔みせてやりな。

あんた!太郎か帰ってきましたよ。


おとっつぁん、すっかりご無沙汰を致しております。お変わりなく御壮健のようでなによりでございます。

…………。

おかっつぁんもお元気で、本当にようございました。
これはお店の主人が路銀を多くくださいましたので、母上に土産と思い買ってまいりました。

………。


お前さん、なんとか言っておやりよ。太郎がこうして帰ってきたんだからさ
それにしても大きくなったもんだねぇ、ねえお前さん?

そ、そ、そうか?

そうか?ってあんた、ちゃんと顔をみてやんなよ、なにさ天井なんかみつめちゃって


おぅ、こっちも太郎の顔を見てえのは山々なんだけどよ、下を向いたらよ



涙がこぼれちまうんだよ…。



藪入りというお話、ダイジェスト版でございました。

面白いだけではなく、人情に溢れていなければ落語家商売はつとまりません。
人間の情愛に根ざした温かい笑い、今のお笑いブームを眺めていると、それが欠けていると云えるのかも知れません。
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「小娘さん、この資料を表にしておいて」と支店長から仕事を振られたために、自身の仕事は一旦手を止め、ひたすら数値をエクセルに打ち込んでいたら電話とFAXが怒涛の如く唸ること唸ること。


何とか嵐を乗り切ったあと自席について、サテ振られた仕事の続きの再開をばとキーを叩き始めたところ、支店長が一枚のB4用紙を手にしてニコヤカに私に近づいてこられました。


「見て小娘さん。俺のダイエットの成果。

ほらどうよ、このグラフの下がりっぷり」



電話もFAXもさばき切ったと思ったら、どんな伏兵だよアンタ。



超特急の仕事を振ったのでは無かったのですか、という抗議の右手を辛うじて左手で抑え込み、私も負けじとニコヤカに「あらァ、良かったですねェ」と返答しきった、長いものに自ら体を差し出し良いように巻かれる小娘です。どうも。


今回は「ら」から始まる職業ということで『落語家』に思いを馳せてみたいと思います。

聡明な読者の皆様はお気付きだと思いますが、この度も妄想とか空想とかではなく、単なる 思 い 出 話 で す 。 






落語とは、何の洒脱さも感じられない、古めかしいだけの高齢者向けの娯楽、と思っていたのはきっと私だけではないと思います。

そんな落語が意外にも私の身近にあり、私は知らず知らずの内にそれを人前で披露するという機会があったのですが、そのことを指摘して下さったのは博識なジェントルマン枝豆氏でした。


あれは中学生の頃のこと。

クラスメート数名と「私が知っている妙な歌」で盛り上がっていて、その場が程良く温まった頃に「ドンパン節の歌詞の秀逸さ」について皆に意見を求めた私。

しかしながら大変遺憾なことに、誰ひとりとしてドンパン節を知らなかったのです。


ホラ、盆踊りでよく流れるメロディーよ、等と判り易い例を出すものの、皆一様に首を傾げるだけで全くもって賛同を得られません。

痺れを切らした私は咳払い一つで喉の調子を整えると、問題の「ドンパン節」を披露いたしました。



♪ ドンドンパンパンドンパンパン

  ドンドンパンパンドンパンパン

  ドドパンパ ドドパンパ ドンパンパン

  うちの親父は禿げ頭 隣の親父も禿げ頭

  禿げと禿げが喧嘩して

  どちらも怪我(毛が)無くて良かったね  ♪



歌い終わりと同時にワァ!と上がった歓声。

いえ、正確には爆笑だったわけですが・・・。


何そのウマいこと掛けた歌詞は!

短い文章の中に物語があってオチまで付いてる!

何となく先が読めるが、必ず笑ってしまう予定調和がスバラシイ!


皆は口々に感想を言い合い、興奮さめやらぬ状態でもう一度歌えと私を急かします。

え、え、アンコール? こんなのでアンコール? と戸惑いながらも再度熱唱するはめになりました。


と、この出来事を大学時代に語ったところ、枝豆さんから「その歌詞はきっと古典落語の『大山詣り』からきているのだろうね」とコメントして下さいました。


はァ。古典落語・・・ですか。そうなのですか。

よもやダジャレめいた冗談のような唄が古典落語に通じていたなどと思うまい。

それが一介の学生ならば尚更のこと。


ドンパン節を同級生が知らなかったことにも正直愕然としましたが、それ以上に知らず知らずのうちに自分が落語に触れていたことに驚きました。

これをきっかけに、寄席に足を運んでみたいと思うようになったのですが・・・・一人で行くのも憚られるので、これまた一体全体どうしたものかと悩んでいる小娘です。



【落語家】の詳しい解説は、私に「古典落語」を語ってくださった枝豆先生に丸投・・・・(ゲフン、ゴホン)・・・・是非とも解説をお任せしたく、この場を去らせていただきます。



落語家



『平成お仕事広辞苑』第39回【落語家】

― 終 ―

Writing by 小娘



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予備校教師がお題であります。
正確には教師ではなく講師ですが、講師には専任講師と非常勤講師があります。
前者は、講義終了後にも講師室に残る時間が長く、それ故、教科以外の相談にも乗るカウンセラー機能も有しています。

予備校という呼称もなんとなく大学受験用というニュアンスがこもっており、中学・高校受験用は塾、幼稚園・小学校受験用はお教室と呼んで区別しています。

お教室はジャックやこぐま会、
塾では、サピックス、四谷大塚、日能研、浜学園、希学園などが大手と呼ばれますが、
大学受験ではぶっちぎりで三大予備校に集約されています。
駿台、河合塾、代ゼミに逆らえる大学関係者は、世間知らずの東大教授くらいです。

その三大予備校において、枝豆の東大数学やら、太郎の物理、小娘の古文 などと、名前を教科の前に付けてもらえるようになれば、この世界では成功者の仲間入りです。
金のブレスをしてヤクザまがいの日本刀を振り回しても、それは先生の芸風だから、と笑って許されます。

このようなカリスマ先生になると、授業前、教壇には山のような貢ぎ物が捧げられます。
これは後に、デビュー間もない若手講師の餌としてお下げ渡されます。
カリスマ先生のひとこまは若手の十倍は下らないでしょう。参考書も飛ぶように売れます。
毎年の専任契約時には契約金や移籍金も出ます。

年収は超売れっ子なら片手はいくんじゃないでしょうか。
教師だと思えば破格かもしれませんが、彼らは教師でも講師でもなく、教祖であり導師です。
迷える小羊を受験というレースに導き、勝利させる、それが彼らの仕事なのです。

そんな予備校講師を、高校教師から小学校教師までが口を揃えて非難します。

子供たちの評価は、点数だけではないはずだ。などと、お為ごかしの正論を吐きながら、彼らは勉強の本質ではなく、受験テクの営業マンだなどと非難する教師のみなさん、

断言しましょう。受験生は、あなたの戯言よりカリスマ講師の言葉を信じます。
上位校を目指す小学生から高校生まで、学校は骨休みに行く場所と断言していることに気付かないとしたら、
あなたは、やはり子供の心が読めないダメ教師です。
わかっているのに無責任な正論を吐いているならば、それは既得権にしがみついた保身の塊、教師以前にダメな大人です。

受験生は、能力がないくせに地位をひけらかす大人を蔑み、一途に自分を志望校に入れようと身体を張った講義をしてくれる予備校教師に心酔します。
やればできる
ほら、できたじゃないか
と、つまらない教材をエンタメに変える魔法は一流講師だからできる話芸です。

全身全霊で演じる予備校講師にも旬があります。
毎日毎日を何年もやれば、やがてエネルギーが尽き、芸に勢いがなくなってきます。
受験生はシビアです。話芸の低下を敏感に感じると、すぐさま別のパワフルな講師に乗り換えます。
冷徹そのものです。

開講日から終講日の生徒数の減少は、講師力をはかる唯一のバロメーター。
旬を過ぎた元カリスマはコマを減らされ、やがて中小予備校へと流れていきます。
この世界は過去の栄光や実績は無関係、常に受験というネタをハイテンションで演じ続けることを要求されるのです。

わたしは、今の小島よしおが、かつて活躍した予備校教師の断末魔に見えて仕方ありません。

いつものように家の者に「さて今週は『よ』です」と宣告し、テーマを募集したところ「予備校の教師はどうか」とまともな回答を得てしまい、あそうきた?と非常にガッカリしている小娘です。

先週は『ゆ』で「遊女」ときたから、今週は絶対「夜鷹」とくると踏んでいたのに。

大変遺憾に思います。


実は「夜店のおじさん」をテーマにしていこうかと思っていたのですが、「あら終太郎さん、下々の催しなどに興味がおありなのですか?」と母上にプレッシャーをかけられ続けた面堂くん状態の幼少時代を過ごしたため、夜店ならではの食べ物や遊びを楽しんだ記憶がなく、これは流石に書けないだろうと断念しました。(面堂終太郎くんを御存じなく、誰よ?と大いにひっかかる方はググってみてください)

ちなみに今はその反動で、夜店を見ればテンションが上がり、ファーストフードも大好きで、冷凍食品万歳です。







高校3年の頃、私はYゼミに通っていました。

何故Yゼミを選んだのか。

友達が通っていたからです。

当時の私の小学生レベルの選択基準に、思わず目頭が熱くなります。


Yゼミの授業はサテライトと呼ばれる録画放送スタイルを採用していました。一つの教科に何名かの先生がいて、学生たちは自分の学力レベルと目標レベルを元に教師を選択するのです。

とは言っても、実際に生の授業を見て先生を選択するわけではなく、紙面に記載されている先生の授業模様の紹介文や先生のコメントを読んで決定するので、これだ!と思って決めた先生の授業に納得がいかず、何一つ身に付かずに泣くことだってあるわけです。


私は数学と英語と古典と現代国語を選択していました。

ようし勉強するぞ受験生だぞ、と当初は意気込んでいたのですが、忍耐とか努力とか、そうものが人一倍欠如していた私は、学校の推薦という逃げの手を使ってしまい、受験勉強と決別したのです。

結果私は予備校教師の所作やトークにばかり集中し、彼らのネタを未だに語れるという非常にどうでもいい能力だけが身についてしまいました。


途中で必ず「雑談タイム」を挟む古典のY先生の授業は面白かったです。授業内容は特筆すべきものはなかったように思うのですが、(私に勉強のセンスがないからなのでしょう)ネタ話は一品でした。(ネタ話のある授業をウリにされているようなので、此処で記事にすることは止めておきます)


現代国語の先生は熱烈なX-JAPANファンの長髪親父でした。この方は容姿に合わないほど非常に素敵なヴォイスをされていて、次の授業に控えていた友人Mさんが「わぁイイ声の先生だわ。どんなお姿をされているのかしら」と期待に胸をふくらませてドアの隙間から覗き見たところ、現実の厳しさに思わず片膝をついて泣き崩れたというエピソードはあまりにも有名です。


さて、数学。

O先生の授業が大変好きだったのですが、この方は数Ⅲとかレベルの高い授業を中心に行っていたので、私は短期間しか授業を受けたことがありません。

しかしながら彼の思い出は「濃い」です。


まずその容姿。

どこからどうみても堅気に見えません。

具体的に言うと、スーツがありえないほどに鮮やかなのです。

古典のY先生もヴェルサーチを愛用してらしたと記憶しているのですが、O先生はもうそういうレベルじゃない。

彼はもっと「サテライト」という特殊な状況を考慮すべきです。

つまり。



目がチカチカするようなスーツをお召しになられるな、と。



O先生は、よく見つけたね、と感心したくなるほどカラフルでド派手なスーツを多く所有されていらっしゃいました。

授業開始数分間は「えッ何あのスーツ、どゆこと!? えぇッ何でみんな突っ込まないの!?」と一人動揺したものです。

ある時はテレビ映り上、裸と見間違うようなスーツをお召しになられてらっしゃいました。


たまに暴走して下ネタに走り、あーあなところもありましたが、授業も分かりやすかったですし、一番好きなYゼミの先生でした。


でもですね。

ご自分が飼われてらしたカブトムシが天に召されたからと言って黙祷を強要するのは、どうかと思います。




予備校教師



今回もいつものように私の思い出話だけで終わってしまいました。

解説すらも書いていないというこの体たらく。

こんなことなら「夜店のおじさん」で好き放題書けばよかったです。


さて。

解説は枝豆さんにお任せします。(卑怯)




『平成お仕事広辞苑』第38回【予備校教師】

― 終 ―

Writing by 小娘