ご隠居さんのところに熊公がやってきた。


「ご隠居、毎度すんませんが、 オゼゼをちっとばかり貸していただけねえっすかね」


「熊さん、またかい?なんだってこう、毎月毎月、金がねえんだい?」


「そうなんすよご隠居。あっしは小せえ頃からご隠居に手習いを教えていただきやした」


「そうだな・・・ まぁ、こういったらなんだが、出来が悪かったな お前さんは」


「いや、ところがね、ご隠居 あっしはご隠居の教えが良すぎたんじゃねえかと思うんでやすよ」


「ほほー、面白いことを言う人だね熊さんは どうしてそう思うんだい?」

「それともなにかい?私が熊さんを賢くしすぎたお陰で、熊さんが貧乏なので、私が熊さんに金を貸すのは当然だ とでも言いたいのかい?」


「実はそれなんですよ 御隠居。さすがだねぇ 頭の切れが違うわ」

「つまりですねご隠居『知識が少なければ少ない程給料が増える という説があるんでやすよ。」


それによると、
定理1: 知識は力なり
定理2: 時は金なり     これは誰でも納得でしょ。

又,物理法則により      力=仕事÷時間  これもなんとなく解りますやね。

よって   知識=力   時=金

また、   知識(=力) = 仕事÷金(=時間) と言えますわね。 (うんうん)

上の式を変形すると

金=仕事÷知識   ですね (そうだな)

従って,知識が0に近づくにつれ
なされた仕事に関わらず,金は無限大に近づいていく  (ふんふん)

つまり、パーな方がオゼゼは儲かるということなんすよ。  (えっ?)


「あっしが貧乏なのは、あっしが賢すぎるっつうことで、その責任はご隠居にありますやね」 (うう・・・・・)




ってことですから 1万円貸してください。





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昨日は昼に埼玉の川越というところに行ってきた。

東京のベッドタウンだと思っていたら 「!」な街であった。

まぢかよ?なレトロタウンで、飛騨高山をまんま移築したような街並み。

いわゆる蔵造りなわけですが

kura

明治の大火で街ごと消失した川越商人たちが、防火対策にあえてこのような

建築が良いと気付き、街丸ごとレトロタウンと化したらしい。

菓子屋横丁で駄菓子を「好きなものを好きなだけ買っていいぞ!」と宣言し

家族総出でザルに駄菓子を詰め込んでみたが、お会計は1900円。

安いレジャーである。

申し訳ないが、心ひそかに馬鹿にしていた埼玉もなかなか大したもんであった。


で、それから東京に戻り、

「たまには夜景の綺麗なとこでも行くか?」と車を台場に向けて走らせる。

腹も減ったし・・・と、

天天常常回転坊 という店に入った。


回転界は今、めまぐるしく回転しています。

回転寿司を長男とするならば、次男と呼べる存在を欠いたまま幾年月

その間、回転焼肉、回転てんぷら、回転定食、回転しゃぶしゃぶ と出ては消え、消えては生まれを繰り返してきた。そしてついに真打登場!?

回転飲茶なのである。

ベルトの上を、シュウマイ、餃子、肉まん、一品料理、麺類、飯類、デザートたちが

湯気を立てながらグルグルと回っているのです。

また値付けも実に巧い。

280円だの160円だの、中華を食いに行ったらアリエナイ金額で美味そうな現物が目の前を回っている。

湯気が顔に当る

香気が鼻腔をくすぐる。

このシチュエーションで手を伸ばすな と言う方が無理と言うもの。


ただし、味は感銘を受けるほどのものではない。

しかし、目新しさとどんな写真よりインパクトのある現物メニュー効果には一見の価値がある。


飲茶は今、岐路に立っているという。

健康面でも湯葉の巻き揚げなどは害毒とまでマスコミ書かれ、香港では社会問題になっている。

回転寿司が世界進出を狙い、着々と勢力を拡大している今、

3千年の歴史を担い、どんな辺境の地にも店舗を作ってきた中国人がこの可能性をを見逃すことはないと思っていたはいたが、ようやく本腰を入れてきたようだ。


今に、日本中の吉野家は、松屋は、そして日本のサラリーマンを多年に渡って支えてきた駅の立ち食いそば屋は、この回転飲茶に制圧されてしまうかもしれない。

回転スイーツも生まれるかもしれない。

回転パスタも遠からず誕生するだろう。


この世は全て回転ベルトの上で処理されるようになり

やがて結婚したい男たちは写真と釣書を皿に乗せ、その周りを女たちが陣取り

好みの男だけがお持ち帰りされるようになる。

間違いない。





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塾開始適齢期

テーマ:
来週、幼稚園を卒園する娘の周囲で交わされている話は、もっぱら『どの塾に行くか』だそうである。

あるものはサピックス、またあるものは四谷大塚、別の者は日能研へ申し込んだらしい。


小学校受験で苦杯を舐めた人、受験しないという結論を出したことに今更後悔している人、なんだかわからないけど周囲が続々と入塾するのに煽られて入れる人と、みなさん様々だが


枝豆はそういう人を見て(馬鹿じゃねぇの?)と笑っている。


塾に一年生からお任せする意味がとんとわからないから。
中学受験にきっちり合格する子ってのは、四年生からの塾で十分だし、五年生からでもOKだ。

一年生から塾に入れる親には、通過点としての中学受験の意味を理解する思考力がないし、せめて三年生までの三年間で。子供に勉強の面白さを教えようという気概も知性も感じない。


一言でいえば、「アホ」。
業者にむしられるだけむしられて、使い捨てにされるていのよい金蔓。


勿論、健康第一、協調性や人格を研く時期です!勉強は学校のをきちんとやれば十分です。みたいな日教組の馬鹿教師の戯言を信じるほど枝豆は愚かではないけれど、
塾に行かせるという安直な思考しか持ち合わせない親の子供が、高度な思考力と発想力を要求する難関中学に受かるとは思わないし、六年も受験漬けで入学してきた子供の伸びシロは狭く、期待は薄い。

さっきまで、そんな話をある園児のお母さんにしていた。
じゃあどうすれば…
という質問には、きっぱりと答えた。



三十五歳のお母さんが学んできたこと全て、小学校から高校、専門、大学まで、あるいは会社勤めをして面白かったこと、不思議だったこと全て。料理、洗濯、掃除、買い物のしかたにテクニック、それらをできるだけ沢山教えなさい。三年生が終わるまでに全てを教えるつもりで。




それだけでいいのか?
というので、それだけって、あんた塾にやるより大変なんだよと諭し、計算と漢字だけは休まずに勉強させるように、自宅勉強用テキストも指定してあげた。


なんでそんな貴重なノウハウを私が教えるのか?

実は、その奥さんの旦那は友人で、塾代の捻出で小遣いが減らされそうだと、枝豆に泣き付いてきたのだ。
うまくいったので、明日辺り旦那に一杯奢ってもらう予定である。
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