このブログは半身不随というの出血の後遺症の障害を現実として正面から受け止め(受け入れるのではない)乗り越え、生き抜くために、日々自分自身に言い聞かせ、高い心のテンションを維持するために書いている自分自身のためのブログです。特に以下は僕自身への叱咤激励であり、自分自身を戒めるため、そして障害を持って生きるという苦しみから逃れ、心の安寧を得るためにいつも心の中で唱えているようにしている言葉です。

-----------------------------------僕自身の心を強く持つために-------------------------------


希望とは世界の状態ではなく心の状態である。 希望、この深く力強い感覚は、
物事がうまくいっているときの喜びや成功が明らかな企業に投資する意欲など
とはまったく異なるものだ。 むしろ、価値があるという理由で働くことのできる能力である。

希望とは体の状態でもない。どんなに苦しい状況であろうと心が破壊されない限り希望は持つことができる。希望を持つことにより人間は「意欲」が湧く。「意欲」は知恵の源泉だ!生きていくための知恵の源泉だから、この知恵の源泉である希望を心から捨てるわけにはいかない。
全人類も希望を持つことにより苦境を脱する英知が発揮できるのだ。

人類が心の中の希望を捨てるということは人類を破滅に向かわせるに等しい。


苦しくても希望をもつための私が唱えなければならない言葉

無私は敵を作らず
無欲は憎しみを作らず
無欲は甘えを知らず
無私は悲しみを作らず
無私無欲は身体的苦痛をも癒す
無私無欲こそ最大の心の平安の根源なり
無私無欲に勝るものなし
しかし無私無欲は無気力にあらず
されど無私無欲は容易ならず。
自ら選んで自ら歩んだわが人生、無念なれど一切悔いなし。



この地上に棲むあらゆる生き物のうちで
人間だけが自分自身の生き方、あり方を変えられる
人間のみが、自分の運命を築くことができる

行動はいつも幸せをもたらすものではないが
行動なくしては幸せはない

弱い者ほど相手を許すことができない
許すということは、強さの証だ(M.G)

無暴力とは、悪を行う人間の意志におとなしく服従することではなく、
暴力者の意志に対して全霊を投げ打つことである(M.G)

束縛があるからこそ 私は飛べるのだ
悲しみがあるからこそ 高く舞い上がれるのだ
逆境があるからこそ 私は走れるのだ
涙があるからこそ 私は前へ進めるのだ(M.G)


人生は道路のようなものだ。 一番の近道は、たいてい一番悪い道だ。

障害者になったからといって、他人の力を借りるしかない生き方だけはしたくない

そんな惨めな生き方だけはしたくない。


たとえ障害者であっても何でもよいから少しでも人の役に立つ人間でありたい


----------------------------------------------------------------------------------------

生死の境をさまよい、ある日突然障害者として生きていかなければならなくなって
、多くのもの(会社だけではなく健常者であれば当たり前にできることや生きる楽しみなど)
を失った絶望感の中で、人間とはな何か、なぜ生きるのか
人類とは何かなどを考えさせられ、人生観が大きく変わりました。
こんな障害者でも社会の役に立つことができないかと考え、下記のような環境技術紹介サイト
を「生きている」健常な右手一本でなんとか作りました。


優秀な環境技術や省エネ技術を持つ日本のモノ作り企業の海外販路開拓をサポートするサイト
http://my-japan.jp



このブログは障害者として生きなければならなくなった自分、そしていつ再出血で死ぬかも
知れないという状況の下で、自分自身がどうやって生きたのかという記録を残しておきたいと
いう気持ちと共に、自分自身への叱咤激励のために書きはじめました。
そして今、障害者ながらエンジニアリング業界の勇士と共にNPO法人を立ち上げることができ、日本のモノ作り企業の海外販路開拓の全面支援をする活動をしています。

そのような活動を続けてきた結果、最近では以下のような脱原発のための再生可能エネルギー活用構想記事まで書くことができるようになりました。

① 2年前に書いた再生可能エネルギー活用構想(太陽光発電+大容量蓄電池+最新型風力発電技術の利用)

② ローテクで実現する脱原発と再生可能エネルギー社会(大容量蓄電池+低温度差発電技術)

③ NASバッテリーを凌ぐ高性能大容量蓄電池 

そして不自由な身体に苦しみ、いつも痛みや痺れに苦しむ事によって
人間が生きる意味について深く考えるようになりました。

そして僕なりに人が生きる意味は、

生きている間にできるだけ多くの人とつながりを持つことだと思うようになりました。

いつかは失うものや老いたときに失うもの(財や命)に生きる意味を求めてはいけない。

人はいつか多くのものを失うのだから、、そしていつか死ぬのだから、、


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2016-07-24 09:51:11

沖縄県民は本当に米軍駐留に反対しているのだろうか?

テーマ:独り言
一昨日、本当に腹を割って話せる中学時代の親友で

防衛大学校を卒業し、自衛隊でF15の戦闘機のパイロットだった友人と

故郷の奈良で久しぶりに飲んで話をした。

(飲むといっても僕は去年の脳の手術以降、

お酒を飲むと脳梗塞を起こしてしまう恐れがあるため

飲酒を禁じられているので、僕はノンアルコールビールしか飲まなかったけど・・)



今、彼はヘリコプター会社の役員をやりながら、実際のパイロットもやっている。

その彼が今、沖縄の米軍のオスプレイのヘリパッド(ヘリコプターの駐機場)

を作るための機材をヘリやトラックで運ぶ仕事を請け負っているそうだ。

その話で、彼はグチは僕に言っていた。

その駐機場候補地に行く道に米軍駐留反対派がバリケードを作っていて

それがかなり面倒くさいそうだ。

その理由が、

そのヘリパッド候補地の村長は

米軍ののリバンドができることに対して

賛成なのだそうだ。

それどころか、その住民のほとんどが賛成だそうで

反対派はほんの一部らしい・・・

そしてバリケードなどを作っている多くの反対のほとんどが

本土から来ているいわゆる安保法制反対の連中ばかりだそうだ。


だから、そういう(本土から来た)反対派の連中を

警察などに排除してもらいながら、機材を運ぶので

機材を運ぶのに、ものすごく時間がかかるので、

面倒くさいと愚痴っていた。



これって何かおかしいじゃないかと彼は言っていた。

僕自身もそう思う。


それともう一つ、彼が言っていたことで

最近、中国の空軍機が日本との接続空域に入ってきていることに対して

彼の自衛隊ルートの情報によると

中国の目的は、沖縄(県民?知事だけ?)の反対によって米軍が

もしも少なくなった時に、

即座に尖閣諸島だけなどだけではなく

沖縄本土を攻め、占領できるように占領するために

中国軍機が接続空域に入った時に、

沖縄には自衛隊機のスクランブル発進がどの程度のスピードで

F15が発進して、中国軍機まで近づくことができるのか

試しているのだという。

その状況からして、もし米軍が沖縄から撤退したら

中国は間違いなく沖縄に攻めてきて占領するだろうと言っていた。

恐ろしいことである。


それにもかかわらず、

米軍駐留を反対している沖縄(県民?知事だけ? )この状況は

とてもいびつに見える。

なんだかおかしいし、

とても危険な状況にあるのではないか、

と僕は感じた。

東京などで安保法制を反対している連中は、

沖縄を中国に占領されても良いと考えているのだろうか?

それとも、このような現実は全く見えていなくて

話し合いさえすれば、中国なんて攻めてこない

などと平和ボケで呑気なことを考えて、

単純に反対運動という騒ぎを起こすことが楽しくて

やっているのだろうか?

少なくとも僕は、非常に危ない、いやな予感がしている。






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2016-07-22 23:00:56

独裁者(ファシズム)は民主主義から生まれる!

テーマ:独り言
今日、ちょっと時間があったので、

以前から少し興味を持っていた

「帰ってきたヒットラー」という映画を観に行ってきた。

この映画を観て、目から鱗が落ちたことがある

それは、

独裁者とか、ファシズムは民主主義から生まれるんだ!


というこをあらためてわかったことだ。

あのヒットラーという極悪非道な独裁者も

何も天から降りてきたような悪魔のような

独裁者では無いということだ。

ヒットラーはまさしく

ドイツ国民による(しかもごく平凡なドイツ市民による)

選挙によって

選ばれたのだ!


民主主義というものが、まるで平和の国の象徴のような感じがするけれど

実は非常に危うい国家体制でもあるということが

わかった気がする。

だからこそ選挙をする国民の正しい知識が大切なのだろう。

あのヒットラーはドイツ国民に「熱狂的に支持されて」

選挙によって(つまり民主主義によって)

生まれた首相だったのだ。

民主主義が独裁者を生み、その独裁者が極悪非道な

戦争に走ったのだ。

そんな独裁者を作らないためにも、

国民一人一人がしっかりと政治家を見極める目を持つための

客観的で正しい知識を持つ必要があると感じた。

そうやって考えると、

今回の都知事選だって、

東京都民の知識度(選挙民が客観的な視点で正しい知識を持っているかどうか)

問われてくるのではないだろうか。



それにしても、今のアメリカのトランプの人気は

かつてのヒットラーの人気を見ているようで怖い。

もしトランプが大統領になったりしたら

アメリカは史上最大の独裁国家になってしまうのではないだろうか

今日も演説で、America is first!

と雄叫びをあげて

アメリカ人の熱狂的な人気を得ていたらしい。

これでは1米安保条約も怪しい

(オバマ大統領時代からもそうだったが)

アメリカはもう世界の警察を辞めたいらしい。

そうなると、本格的に安保体制を考え直さなければならないだろう。

もうアメリカという一国に頼ることができない時代が

しているのだろう。

日米安保条約なども締結を発揮する必要はないと思う。

ただ、万が一の時守ってくれる保証はないと考えた方が良いだろう。

生命保険と同じだ。

生命保険だって、最近、保険金の不払いが

問題になっているらしい。(アフラックは特に酷いらしい)


生損保業界における保険金不払い問題

苦情5700件…「がん保険」給付金が出ない


まぁ、保険会社にしたって、

出来る限り保険金など払いたくないのだろう。

だから、あまりあてには出来ないと思う。

だとしたら、

それこそ1国だけではなく、複数の国々で

中国などの巨大な独裁国家に立ち向かうしかないだろう。

つまり集団的自衛が絶対的に必要になる時代が来るということだろう。

近い将来、南シナ海のように、東シナ海で沖縄の漁師たちが

命の危険にさらされるようなときがくるだろう。

南シナ海で中国監視船がベトナム漁船を襲撃

このようなことが起こったときに、日本はどんな対抗ができるのか

しっかりと現実を見て、

考えなければならないと思う。

独裁国家を生むのが民主主義でもあるということだけど

やはり独裁国家になってしまったら

何をするか分からない。

だからこそ、

そんな極悪非道なことを平気でできる

独裁国家に対しては

複数の国々で立ち向かうしかないのだろう。

そんなことを思いながら、映画館を出ていった。




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2016-07-22 09:17:44

幻想と甘い言葉が日本を滅ぼす

テーマ:人間について
未だに、原発ムラだ! 、なんとかムラだ!

と大騒ぎして、そういう奴ら(悪党? ) が

貪っているなどと騒いでいるやつがいるようだ。

そういう人たちは大規模な事業をするときに

大企業の優秀な人間から

家内手工業レベルの超零細企業の

優秀な職人さんが作っているネジ1本が

とても大切な役割をしているということを

理解しているのだろうか?

そういった何千というほどの零細企業は大規模な事業

を支えており、それによって飯を食っているという

現実を(現場を)理解しているのだろうか?

利権だ! 利権だ!

などと叫ぶ人がいるが、

特定の誰かが暴利を貪っていると考えているのだろうか?

実際にはそんな事はほとんど無いに等しい。

(まるで映画に出てくるような悪の親玉でもいるように妄想しているとしか思えない)

大企業から零細企業までの経済構造にお金がかかっているだけなのだ。

大企業も零細企業と相互依存関係にあるのだ。

お互いがお互いを必要としているのだ。


こんな風に言うと


共産党などは、

そういう零細企業は大企業に搾取されている

などと言い出すことはわかっている。

でも、その零細企業が作るネジ1本も単価がめちゃくちゃ安いからといって

(仮に) 5倍の値段に負けてしまったら

どんなことが起こるのか分かっているのだろうか。



例えば自動車を考えてみた場合、

一般的に、自動車に(当然車種によって変わってくるが)

使われているネジ5の本数は概ね3,000本と言われている。

飛行機の場合には300万本だとも言われている。

そのネジがすべて5倍の値段に上げてしまったとしたら、

概ね180万円のトヨタカローラが

少なくとも1000万円になることになる。。

それが経済にどんなダメージを与えるのか分かっているのだろうか

共産党などは、ことあるごとに

ゼネコンは悪だ、

ゼネコンは悪だ、

などと言ってきたが、

ゼネコンの業界にしたって同じような構造である。

ゼネコンの末端の下請け企業だけを優遇して

下請けの価格をあげたりしたら

とんでもないことになる事はわかりきったことではないか?


そういった大企業が悪であるとか

特定の業界団体(原発ムラと称されるような)が暴利を貪っている

というような幻想こそが、僕は危ないと思う。

そんな幻想を抱いている人たちこそが

国を滅ぼしてしまうと感じるのは僕だけだろうか?


どうも、共産党や民進党などの幻想としか思えない政策? (夢物語だとしか思えないが)

を聞いていると、そんな奴らが推薦するような候補が

現実的な政策を実行できるようには思えない。

甘い言葉には気を付けなければならない。

人間が、そして人類が生き続けるということは

そんな甘いものではないからだ。

と、ぼくは思うが・・・
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2016-07-21 22:52:13

【都知事選】小池百合子さんには骨がある

テーマ:独り言
東京都知事選に真っ先に候補した小池百合子さん。。

僕は個人的には小池百合子さん非常に高く評価している。


その理由は・・

あれはもう20年以上前だったと思う。

まだテレビのキャスター(ジャーナリスト? )

をやっていたころだった。


驚いたのは、確かアメリカだったと思う。

ロサンゼルスかどこかの、ホームレスの黒人だらけで

明らかにものすごく治安の悪そうな場所で

小池百合子さんが、カメラを遠くにして、

(ズームアウトすると小池百合子さんがカメラマンよりも
ずっと離れたところにいることが分かった)


つまり、日本人ならそんなところに行けばあっという間に、

暴漢に襲われ、(下手をすれば刺されて殺されそうな)

そんな場所に(たった1人で)取材に飛び込んで、

なんと、明らかに悪そうな黒人に対して

堂々とインタビューをし始めて、

そしてさらに流暢な英語で、

言葉だけでその黒人を叩きのめすというか

説教のようなことを言って
(僕は当時英語がほとんどわからなかったから何を言ったか知らないが)

黙らせてしまったことを覚えている。

その時、この女性、ものすごい根性のある人だなと

思ったことを今でも覚えている。

それが小池百合子さんです。

それだけ肝が座っているのだろう。

だから女性だてらに、防衛大臣まで努めることができたのだろうと思う。

舛添などのように

朝までテレビなどで、机の上で(まさに机上の空論)

をしゃべりまくっているような人間とは違うとぼくは思う。

彼女であれば、都知事としてしっかりとした

政策を打ち出し、そして口先だけでなく、

実行に移すことができるだろうと、少なくとも僕は思っている。

僕がもし、東京都民だったら、

絶対に小池百合子さんに投票するだろう。

他の候補者とは格が違うと思う。

まさに別格だと思う。

僕はそれほどまでに、

かなり以前から、小池百合子さんをを赤く評価している。







2016-07-21 17:40:16

シルク・ドゥ・ソレイユはすごかった!

テーマ:独り言
昨日、家内の誕生日祝いとして(実は誕生日は6月末だったけど)

シルク・ドゥ・ソレイユのチケットを確保して昨日観に行った。

中島のリーガロイヤルホテルの隣に馬鹿でかいテントを張って

興業していた。



家内は死ぬまでに1度は見に行ってみたいなどと

言っていたことを思い出して、

チケットを買った。

周囲からは良くチケットが取れたなぁ

などと言われたけれど、

チケット予約もしたのをしたのは4月の上旬だったから

当然といえば当然だろう。

それにしても、そんなにすごいものだと思って観に行ったけれど

本当にすごかった


何がすごかったかって

演技はもちろんのこと、驚愕すべき演技だったし

演出も面白くて最高だった!

そして驚いたことが、

徹底してお客さんに対して

エンターテイメントを楽しんでもらうという姿勢だと思った。

会場はでっかいテントだったので

昔見たサーカスのように

多少は居心地が悪いだろうと想定していったけれど

なんとなんと、

想定外の居心地の良さ!

トイレにしたって、雪のトイレだったけれど

ウォシュレットの上最新の設備で驚いた。

それよりも何よりも、演技の途中での休憩30分の間の

「トイレタイム」であっても仮説のトイレであっても

女性でもほとんど並んでいなかったことだ。

お客さんに体的に快適に楽しんでもらう工夫があちこちにあった。

これは日本のエンターテイメントにはありえないことだと思った。

演技だけでなく、お客さんに徹底的に楽しんでもらうという

このエンターテイメント集団のプロ意識に脱帽だった。

さすがに、撮影は禁止だったので、

このブログでは紹介できないけれど、

YouTubeに今回の演目と同じような動画を見つけたので

以下紹介しておきます。

半身不随という障害者になってから

これほど楽しい気分を味わったのは

もしかしたら初めてかもしれないというほど

(自分が生涯するということも忘れていたように)

楽しかった。

もうチケットを取ることは難しいかもしれないけれど

是非皆さんにも観に行っていただきたい公演だと思う。



何よりも、

「家内が生きているうちに一度は見に行きたいと思っていた」

と言われたことが

何よりも良かったと感じた昨日でした。

それにしてもJR新福島駅から会場まで炎天下の約1 kmの距離は、

半身不随の僕には、ひどく辛かったけど、

その辛さも忘れてしまうほどに、素晴らしかった!



入り口前の息子・・
my son
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2016-07-21 15:22:06

とんでもない奴が都知事選に立候補した・・

テーマ:独り言
なんとあのとんでもない左翼の鳥越俊太郎が、

東京都知事選に立候補した。

あんな奴が東京都知事なったら大変なことになる。

無能な野党の「野合」の腐った産物ではないか。

過去に鳥越俊太郎はこんなことまで言っている・・

・中東のイスラムの問題は、日本とは関係ない
(え!本気でそんなこと思っているのか!? ISの問題は日本とも切り離せないはずだ! )

・東アジアではイスラムの問題は起こる事は無い
(え!これも本気でそんなこと思っているのか!? つい先日バングラディッシュで多くの日本人は殺害されたばかりじゃないか!)

・中国は尖閣諸島に上陸することはありえない。
(南沙諸島の現実を見ても本気でそんな事思っているのか!? 中国なんてつけいる隙をうかがっているに過ぎない)

・万が一、中国が攻めてきたら、自衛隊が戦う。だからアメリカはいらない
(いくら日本が先端技術が優れてるとは言え、 13億人対1億人で本気で勝てると思っているのか!?アホか!)

・自衛隊のPKO活動は無駄
(え!これも本気でそんなことを思ってるのか!?)

ちょっと調べたけど、

自衛隊のPKO活動は世界で以下のように賞賛されているぞ!

2011年に独立したばかりの南スーダンには現在、

自衛隊の施設部隊や司令部要員の自衛官は初期段階で約250人派遣されていました。

1年中気温が高く、灼熱とも言える日差しの強い酷暑の中で

道路などのインフラや基地の整備などを必死になってやっておられだのです。

この南スーダンでの活動は

約3,500人の自衛隊員が平和維持のために尽力されてきた素晴らしい活動です。

実際の日本の自衛隊の活動を収めた映像には

世界中から多くの賞賛の言葉を寄せられているのです。



その一例を挙げると・・


日本という国は偉大な国で、
他の国に救いの手をさしのべてくれる国の中でも、このような地道な活動を

しっかりとやってくれる数ある先進国の中でも日本は最も好きだ。

・・・シンガポール人

日本はこんな取り組みまでやっていたんだね

・・イスラエル人

日本はここまで貢献をしているのにカナダの首相はにはもうやる気がないらしい

・・カナダ人


等々

賞賛の言葉を集めると枚挙に暇がないようだ。

鳥越俊太郎のこのような発言は、

まったく現実離れした(夢でも見ているのではないかと思うほどの)

まさに、いわゆる平和ボケとも言えるような発言ではないのか???

それ以外にも、まるで反日ではないかとも言える。次のも多くしている。

こんな人が1つの国とも言われるほどの巨大な都市である東京の知人になったりしたら

舛添知事どころではない、

とんでもないことになるような気がする。

鳥越俊太郎は絶対に知事はなれないだろうし、

やらせてはいけないと思う。

良識ある東京都民であれば、

選んだりする事は無いだろうと思うが・・

ぼくは半身不随の障害者だが、

いわゆる平和ボケではないと思っている。

あの中国の人民解放軍が日本に上陸してきたら、

ほぼすべての日本国民は、残虐に殺されるだろう。

もしそんなことになったとしても、

ぼくはこの体で人民解放軍を八つ裂きにして殺してやるつもりだ。

こんな半身麻痺の体でも、

人を殺す方法は心得ている。

人間社会なんて所詮は弱肉強食だ。

簡単に言うと殺すか殺されるかだ、

それは僕が半身不随になったとき

周囲の僕に対する対応を見たときに、

身にしみて感じている。



実際に、たまたま人間は生き物の中で最も強いがゆえに、

いろんな生き物を殺して食べまくっているではないか。

人間は牛でも豚でも、鶏でも、鳩でも、ウサギでも、

そして犬でも、腹が減ったらなんでも殺して食べるではないか。

人間同士だって同じことだ。


人間には理性があるなどと、

のんきなことを言っている奴がいるが

この地球の歴史上、人間ほど、お

互いに殺し合いをした生き物はいない。


相手を殺さなければ、

自分が殺されてしまう。

それが人類であり、

そしてそれは、いわゆる獣たちの自然界と同じだと思う。

平和ボケしたようなことを言っていると、

殺されて食べられてしまうだけだ。

どんなにきれいごとを言っていても

それが、本当の人間社会の現実だと思っている

だからキレイ事を言うような人を都知事に選んじゃいけない。
2016-07-17 07:44:01

共産党は実は憲法9条に反対だった!(@_@;)

テーマ:人間について
なんとあの日本共産党は、日本国憲法を作るとき、

憲法9条に反対していたのだ!(@_@;)

ビックリである。

現在、安保法制を戦争法などと揶揄しているが

実は、元共産党員であった元共産党員であった筆坂氏の書籍を読んで

なんで共産党はあんなに非現実的なことばかり言っているのか

興味をもっていろいろ調べていたら、ほんの10年ほど前の2002年に、

日本共産党中央委員会とか言うところからから出版された「日本共産党の80年」なる本を見つけた。


日本共産党の80年に行ってきた



その本の83ページになんと現在の憲法草案の第9条に反対したと明確に書いているではないか!

ほんの10年前に出版した本に書いてある。

共産党の80年




しかも、

第9条に反対した理由としては敵国から守る権利を明確にする必要がある




という理由ではないか!

驚き!桃の木!田んぼの木!

だ!

現在、志位委員長が叫んでいる憲法9条改正反対とは

正反対ではないのか?!


いったいどういうことなのだろうか?

要するに、


与党を攻撃できれば口実はなんでもいい!

論理性なんてクソくらえ!



ということだろうか?

というか、そういう風にしか思えない

のは僕だけだろうか?

それよりも なによりも怖いのは、


共産党は実は武装闘争路線だ


と書かれていることだ!

この本が共産党から出版された2002年といえば、ほんの14年前・・

志位委員長にしても

小池副委員長にしても

憲法9条は平和憲法だから死守だとか

なにをデタラメ言ってるんだ



嘘つきは泥棒の始まり・・

という諺があるが・・


共産党という嘘つき、その心は・・・


共産革命武力闘争戦争を始めたい!! 鬼畜米英撃滅!

ということではないの?

などと疑ってしまうのは僕だけだろうか?
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2016-07-14 23:25:39

求めない心 求める心

テーマ:人間について
人が何かを求めるとき、

求めたような結果がでなかったとき

人は落胆し、悲しみ、怒るものだと思う。

特にそれが人に対して何かを求めてしまったとき

求めたいようなことをしてくれないとき

その人に対して落胆したり怒ったりするものだ。

例えば自動車に乗っていて、

交通ルールを守らない自動車がいたりすると

そしてその車は自分の車の前に

突然割り込みしてきたりすしたりすると

人は怒るものだ。

なぜならそれは周りの自動車に乗っている「人」に対して

無意識に交通ルールを守るよう「求めている」のではないだろうか。

これがもし、山の中で突然タヌキが車の前に出てきてぶつかったとしたら

そのタヌキに対して人は怒りを感じるだろうか?

たぶん感じないであろう。

それどころか、このあたりに野生のタヌキがいることを

注意していなかった自分に対して、

自分が悪かったと思うのではないだろうか。

まさかタヌキに対して交通ルールを守るよう

「求める」ような人がいないだろう。

相手は人間だからこそ「求める」のではないだろうか。

そして、相手が求めるようなことをしてくれない時に悲しみや怒りを感じ

その相手とトラブルになってしまう。

親が子供に対して「求めて」

子供は親の求めることに応えてくれない。

だから怒りを感じる。落胆も感じる

夫婦の間でも同じだろう。

夫が妻に対して「求めている」様なことをしてくれない。

だから、落胆を感じ、怒りを感じて、

挙げ句の果てにDVにまで発展してしまう。

その逆もあるだろう。


「求めていたような」旦那でない、情けない夫というやつではないだろうか。


それと同様に、親が子に、子供は親に、上司が部下に、部下は上司に、

明日、それぞれ多かれ少なかれ「求めるもの」がある。

ですその「求めるもの」に応えてくれないとき

人間関係のトラブルになるのではないだろうか。

これは人間関係だけではないような気もする。

人間は誰しも健康を「求める」

そして、長生きしたいと「求める」

死にたくないと「求める」

でも誰しも死ぬことを免れることはできない。

生きていること自体、自分が求めることに対して

応えてくれないものばかりではないだろうか。

だから人は落胆して、悲しみ、そして苦しむのではないだろうか。

結局のところ、そんなあらゆる「求める」ことさえしなければ

人は人間関係のトラブルもなくなり、

生きることにも苦しまなくて済むのではないだろうか。

僕だって脳出血で半身不随になったこの体が

健常者に戻るということを、つい「求めてしまう」

求める心こそ、苦しみの根源ではないだろうか。

だから、生きることにも、人に対しても

何も求めないようにしようと思う。

そう考えると、誰にも何も求めず生きる。

つまり、孤高に生きることこそ

苦しまずに生きる術ではないだろうか。

最近、そんなふうに考えている僕である。

生きることに苦しまないために・・・

最近、友人(同世代くらいの)に会うたびに

感じる事がある。

それは、(年齢のせいかも分からないが)

言葉の端々に「死」に対する

恐怖を感じているように感じ取れるのだ。

例えば、がんなどの話をよく聞く。

その話の中に、

「自分ががんになったらどうしよう」

という思いを感じ取ってしまう。

友人や知人は僕に対して、

「お前は(脳出血という経験によって)ある程度死を受け入れているからいいな」

というようなやつもいる。

もちろんぼくも一時期は死にたいという気持ちになった事はあるし、

今でも再出血のリスクは常に抱えている。

その意味では「死に対する覚悟のようなもの」はあるかもしれない。

確かに、僕は死ぬことを恐れてはいないと思う。

逆に死ぬ事は(身体障害者から解放されることで)

安楽につながると思っている。

でも結局、普通の人が「死ぬことを恐れること」も

(永遠に )生きることを求めてしまっているからではないだろうか?

頭ではいつかは人間は死ぬと分かっていても・・・

心のどこかでいつまでも生き続けたいという「求める心」があるのだろう

それが死ぬことに対する恐怖につながっているのだろうと思う。

人間に「求める心」さえなければ、

怒りも悲しみも、そして恐怖もなくなるのだろう。
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2016-07-08 21:54:21

察する心

テーマ:人間について
先週の金曜日、バングラディシュでテロ事件により日本人に7人は悲惨な死を遂げた。
そしてその2日後の日曜日、僕の息子はテレビで何やらSASUKEとかいう番組を見ていた。

その番組では、(僕にとっては)実にくだらない競技?をして大騒ぎをしていた。
その傍らでバングラデシュのテロ事件によって
身内が死亡して悲しみに暮れる人達がいるにもかかわらず・・
そんな事は何もなかったように番組では大騒ぎしていた、それを見て、
大はしゃぎしている僕の息子も同様だった。。

あの熊本地震の時に、あのホリエモンが「自粛」対して批判的だったことを思い出す。

確かにホリエモンの言う「自粛によって経済を破綻させる方がよほど怖いという理屈」
も理解はできる。

でもそれって、、、

極論すると、お葬式をしていおり悲しみに皆が暮れているすぐ傍で、
お酒を飲んでドンチャン騒ぎしていても平気・・

というようなメンタリティーと同じではないだろうかとも思うのだ。

前述したSASUKEとかいう番組も同じようなことだと僕は感じる。

このような状況って本当に良いのだろうか?

少なくとも僕は若干違和感を覚えている。
なぜなら、そこにはいわゆる人の心を「察する」という
いわるる「いたわり」の気持ちが、僕には全く見えない。

ホリエモンに言わせると、
多分、いたわりの気持ちなんかで経済は動くのか!?
と言われるような気はするが・・

でも、僕はいわゆる「察する」ことができるのは、
日本人の特徴でもあるのではないかと思う。

そしてこの「察する」ことができるという能力は、
人に対する「心情的理解」の能力というか
人間関係を構築するために大切な能力ではないかと思う。

例えば、悲しい映画を見て涙するのは
その映画の主人公の悲しい状況にその主人公の立場に立って
その心情を理解できるから、涙するのだと思う。

そして人間が信頼し合える相手とは、
お互がにお互いの心を「察する」ことができる人間同士ではないかと思う。

例えば、同郷同士が意気投合するのは、 同じ郷里という同じ土壌で育ったという
ことでお互いがその心情を察することができ、理解し合えるからではないかと思う。

またアメリカで、アフリカ系アメリカ人(つまり黒人)同士が仲間となって、
一致団結できるのは、お互いがお互いの子供からの人生の心情を理解し合えるからだとも思う。
つまり同じ人種同士で一致団結できるのはお互いの心を「察する」ことができ、
理解し合えるからではないだろうか。

そう考えると人間社会を構築するための大切な能力ではないかとも思う

だからこそ、そのような心をないがしろにすることの方が
よほど怖いこと言ではないかとも思うのだが、こんな考えは間違っているのかな。
人間社会が崩壊するということは、経済社会も崩壊するということでは無いだろうか。

そんな意味で、最近の若い人たちのメンタリティーが怖いと感じる。
こんな状態で日本の未来は立ち行けるのだろうか
お互いに、お互いの心を理解し合えないということは
(万が一、中国などが進行してきたときに)
国として一致団結できないことにはならないのだろうか


そして、僕の息子を見ていて感じることだけど、
「死」というものを身近に感じていないような気がする。
だから「死」に対する恐れはあるようだけど、
人の「死」に対する悲しみのようなものを感じていないような気がしている。

少なくとも僕が子供の頃には
(僕の両親はどちらも8人兄弟とか10人兄弟という坊主の兄弟がいたせいか)
いわゆる身内が沢山いたがために、小学生の間だけでも10回以上程度は
「葬式」に行った記憶がある。

それに引き換え、僕の息子は生まれてから
未だにいちども葬式に行った経験が無いように思う。
いや、確かに言ったことがないはずだ。

葬式という場の雰囲気を全く知らないわけだ。
つまり、人が死ぬことの哀しみがどんなものか実感はしていないのではないか。

なぜそんなことを考えるかというと
前述のような、通常なら?涙するような映画番組を見ても
涙するような反応が全くないからだ。(その態度にちょっと違和感を覚えている)

そんな若い子たちが増えているような気がする。
少子高齢化の日本では、

そのような(死を身近に感じられない)子供たちが
たくさんいるのではないだろうか。

そんな子供たちを「察する」能力がない人間と
ひとくくりにしてしまうのは乱暴だとは思うけど、
いずれにしても、なんだか世の中が僕の価値観とは
大きく変わってしまっているような気がする。

いわゆる平和ボケというやつか?
自分の事は怖いけど、他人の死には無関心・・
って感じがする

去年、安保法制に大反対していた若い人たちの集団である
シールズとかいう人たちは、今回のバングラディッシュのテロの被害者のことを
どう感じているのだろうか

自分の死とは関係ないから、
他人事になってはいないだろうかなどと勘ぐっている僕がいる。


そして僕自身、

家族からこの障害者という(酷く辛く、悲しくそして悔しい)状況を
「察して」もらっているとは感じることができていない。

などとグダグダと考えている僕でした。
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2016-07-06 08:56:04

やっと分かった涅槃の境地に達する方法(つまり解脱する方法)

テーマ:人間について
最近、再び、真理の言葉を読んでいる。

そして、やっと分かった!

涅槃の境地に達する方法が・・

つまり解脱(全ての煩悩を捨て去る方法)する方法が理解できた。

そして、実に簡単な事で、誰でもできる事なんだと・・

以前から僕は、ことある毎にこのブログに

死は今の障害者としての苦しみから解き放たれる安楽に他ならない

と書いてきた・・

それは正しかったのだろう。


なえなら、まさにそれ(死)こそが、涅槃の境地に達する方法なのだ。



仏陀はこう言っている・・

「一切の煩悩(ぼんのう)から解脱(げだつ)した不生不滅の高い境地とは、
転じて(つまり)、釈迦(しゃか)や聖者の死。入滅のことである」


と・・


死ぬ事こそ、解脱する方法であり、ての煩悩を捨て去る方法なのだ。

釈迦自身も入滅(釈迦の死)で解脱できると言っている。

そうなんだ!釈迦でさえも、死ぬことでしか解脱できないと言っているのだ。

つまり、誰もがいつかは解脱でき全ての煩悩を

捨て去ることができ、安楽にもなれるわけだ。

そう考えると、とても分かりやすい・・

「バカは死ななきゃ治らない」

と言っている訳だ。

イスラム教やキリスト教などのように、

死んだら天国に行くのでも地獄に行くのでもない!

とも言っていたという。



そもそも、イスラム教のムハンマドとかいう人?も

キリスト教のキリストという人?も実在しなかった

あとから人間が創造した人?と言われている。

だから、おそらく後世の人がそんな世界(天国のような世界)や

人(キリストやムハンマドのような人?)が存在すれば良いなと希望的思いで

想像しただけのモノではないか、と思っている。


でも、釈迦は、インドの釈迦族に実在した人物だから

その人間の言う考えだから奥は面白いと思っている。


その釈迦が、

「死後の世界」なんて一切存在しないとも言っている

神も悪魔も存在しない

つまり、「無」になるのだ。

と・・

心さえも無くなってしまう。

と・・



だからあらゆる煩悩も消え去る訳だ・・

そんなこと、極めて単純明快なことではないか。

でも、イスラム教徒新に言ったら怒るんだろうな・・

特にISの連中は・・(^_^;)

ISのれ連中こそ、

「バカは死ななきゃ治らない」

じゃないのかな?









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