『許す』の語源

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『教えて!きわめ人』を観ていて、【許す】の語源が話題になっていました。

 

(きわめ人は教育に関するコーチでした!)

 

許すとは何か⇒

(引用)

許すとは、しばっている縄を緩める意味の語幹「ユル」と同じで、縛りをユルユルにするというイメージでとらえられる行為である。罪人を縛っている縄をユルめれば「罪を許す」の意味となり、家の防犯態勢を緩めれば「空き巣の侵入を許す」ことになり、女が男への警戒心をユルめれば「肌を許す」結果を招き、タイトな日程がユルくなれば「時間が許す限り」あなたとおつきあいができ、ある人物への評価基準をユルめれば「免許皆伝を許し」たり「第一人者として自他ともに許す」こととなる。

以上のように「許す」は、一儲けたくらむなら、相手が「ユルんで」いるときを狙えという示唆に富んだ基本語である。(CAS)

(引用終わり)

 

英語のforgive(許す)のきちんとした語源の説明をしているサイトがみつからなかったのだけれども、

 

for=完全に

 

give=与える

 

自分の心を完全に与える・・・ということらしい・・・

 

完全に「自分の心」すらからも自分自身を自由にするということが本当の許す、ということなのかな。

 

自分の心にある

 

こだわり

 

かかわり

 

わだかまり

 

・・・そういうものが許せない根元だったりするもんね。

 

どちらにせよ、縛られているものから自分を自由にするというkとなのかな、と思う。

 

それに縛られるというのは、なんにせよそこには「愛」ぢゃなくて「愛情」があるからなんだろうなとぼんやり思う。

 

情のなんと面倒くさいことよ。

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