【コラム】 SMプレイと調教
テーマ:SM談義 SMプレイと調教は、違うみたいだよという話です。
もちろん、調教はSMプレイの一部です。だから、違うというのは、二律背反的に二つのものが相容れないということではありません。
でも、全てのSMプレイを調教と呼べるかと言うと、やはり違うような気がします。
例えば、すごく経験豊かなマゾさんが居る。こちらが、蝋燭プレイがしたいと言うと、二つ返事で受けてくれる。
これも立派なSMプレイですよね。でも、それを調教と呼んでよいかと考えると、それは違うでしょう。だって、相手のエムさんは前と少しも変わっていないのですから。ただ、今までの経験で受けることのできるプレイを、受けてくれただけの話ですから。
調教というのは、未熟なエムさんをエスが自分好みのエムに育てることだと思うのです。今まで嫌だと思っていたプレイの味を覚えさせる。今まで感じなかったプレイで感じさせる。それが調教だと思うのですね。
そうすると、経験豊かなエムさんを相手に調教プレイはできないのかと言うと、そんなことはないと思います。ただ、これまでに経験したプレイを自分の受けられる範囲でされても調教にはなりませんから、今まで受けたことの無い位にハードな責めを仕掛けるか、これまでに経験したことの無いプレイを仕掛けるのか、いずれかでなければならないでしょう。
未熟なエムさんについても同じ事が言えます。今まで受けられなかったプレイを調教され、受けられるようになる。そうなった時点で、同じプレイを仕掛けてももう、調教ではなくなってしまいます。そこから先、なお調教を続けようとすれば、責めの種類を変えるか、責めをよりハードにしていくかしなければなりません。
総じて言うならば、調教はインフレ・ゲームです。調教を続けていこうとすれば、プレイはよりハードに、より多様に展開していかなければならない。これは調教プレイの宿命だと思います。
あくまで調教にこだわっていれば、プレイはどんどん過激になっていきます。危険度もどんどん増していきますし、エスも技術的に高度なプレイを要求されることになってきます。
その意味では、あまり調教にこだわらない方が良いのかもしれません。調教として成立しなくてもSMプレイはできるのですから。
それでも、調教はエスエマーにとって夢ですよね。未熟なエムが、今まで出来なかったプレイを、自分の調教によって受けられるようになる。今まで感じなかったプレイで感じるようになる。これは、エスにとっては夢です。
それは、エムも同じだと思います。
あるマサドさんが私に、こう教えてくれたことがあります。
マゾは、自分が受けられる範囲の責めを受けても満足しない。自分が受けられるぎりぎりの責めを受けても満足しない。自分が受けられる範囲を遙かに超えたプレイを仕掛けられると、恐怖感ばかりで感じない。
自分が受けられる範囲を、少しだけ超えたプレイを仕掛けられた時、マゾはまったく精神的な余裕の無い状態に追い詰められて、責めに耐えることだけで精一杯で何も考えることができなくなってしまう。
そういう境地に追い詰められた時、マゾは初めて充実感を味わうのだと。
これって、調教ですよね。マゾにとっても、調教されることは夢ということです。
自分がしたい責めを初めから受けられるエムさんを捜すのも一つのやり方かもしれません。でも、エムっけはあるけれども怖くて色々な責めを受けられない子とか、自分にエムっけがあることに気が付いていない子とかを相手にすることには、単なるSMプレイには無い深い喜びがあると私は思うのです。
それはとても贅沢なSMプレイだと思うのですが、いかがでしょうか?
ただ、未熟なエムさんを調教するにはエスの側にもそれなりの経験とスキルが必要です。たまたま最初に出会ったエスが未熟で身勝手なタイプで、そのためにSMプレイに対する恐怖心ができてしまったという話もよく聞きます。
調教を行うには、相手の恐怖心に気遣いながら、安全なプレイで、難易度の低いプレイから徐々に難度を上げていく。そういう根気と優しさ、そして巧みさが必要となってきます。
調教は、選ばれたエスにだけ許される、贅沢なプレイなんだということでしょうね。
コラムの目次
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