【コラム】 ロー・ボール・テクニック
テーマ:営業トークのテクニック 営業をしていた頃、私がバイブルのように繰り返し読んでいたのは樺旦純著 三笠書房刊 『トリックの心理学』でした。樺旦純さんの本は他にも何冊か出ていますが、基本的に内容は同じことの繰り返しなので、どれか一冊持っていればいいかなと思います。
この人の本は実に実践的で、役に立ちました。書かれていることを参考に、トークをいくつも組み立ててきました。
例えば、『ロー・ボール・テクニック』というのがあります。樺さんの本の中では別の説明をされていますが、私は、ピッチャーが低めのボール球を投げて、バッターを打ち取るイメージで理解しています。
『トリックの心理学』の中の表現を借りると、『最初に好条件を提示して相手をその気にさせてしまうと、後からその条件をくつがえしても、相手はなかなかノーといえなく』なるという心理法則を利用する話術です。
これを私は、こういう風に利用していました。
電話営業で受注したものが後でクレームになることがあります。
例えば、光電話。これはインターネット回線を利用して電話をつなぐというもので、インターネットの利用できない環境では繋がりません。停電の時は繋がりません。プロバイダーのメンテナンスや不具合などで繋がらない時もあります。利用が集中してネットが繋がりにくい時には、電話も繋がりにくくなったり、不安定になったりします。
実際にそういう事態に遭遇すると、何件もクレームの電話が入ってきます。電話でそういう説明は受けていなかった、最初から知っていたら契約していなかった、どうしてくれると文句を言ってくる訳です。
こういうクレームは、回線業者の方に直接持ち込まれます。回線業者は、窓口になって受注した営業会社を調べて、そちらに苦情を言ってきます。受注する際には、後々クレームに繋がるような内容はきちんと説明しておいてくれないと困ると言うのです。
クライアントの要望に応えられなければ契約を打ち切られます。営業会社の経営者は、抱えているテレフォン・アポインターに、ちゃんと説明して受注しろと迫ります。
そんな時、文化系人間の私はいつも違和感を感じるのですが、ああいう会社は基本的に体育会的な発想なんですね。精神論で、大事な部分は大雑把に逃げてしまいます。
「受注が潰れることを恐れず、マイナス面もちゃんと説明しろ。それを説明したから潰れる受注は、どうせ後でキャンセルになるんだ」
これは嘘です。マイナス面をどう説明するかが大切なのであって、下手な説明の仕方をすればキャンセルにならなくて済む受注までキャンセルにしてしまいます。
そもそも、電話営業なんて、相手の都合も聞かずに電話を掛けて、こちらの都合で勝手に商品のPRをして、あわよくば受注してしまおうという営業です。電話を受ける相手にしてみれば、断りたくて仕方が無いんです。
そんな相手に、こちらからわざわざ断るきっかけを与えてやる。断るのが普通でしょう。受注できる方がおかしいのです。
「今回は光電話という便利でお得な通信回線のご説明でお電話を差し上げました。光電話にしていただきますと、こんなメリットがあります。ただ、光電話はインター・ネット回線を利用していますので、インター・ネットが利用できない時にはお電話が通じなくなってしまいます。プロバイダーがメンテナンスを行う時はお電話も通じなくなります。何かの故障でプロバイダーを利用できない時もお電話は掛けられません。それから、停電の時には、光電話に繋ぐ機械が動かなくなりますので、この時も電話は通じません。それから、同時にネット回線の利用者が集中した時には……」
この電話を聞いている相手は、まあ、断るでしょう。
電話が通じなくなるのが困るから断るのではありません。もちろん、そういう人も居るでしょうけど、大部分の場合、面倒くさいから断るのです。
元々自分から興味を持って電話を掛けてきた訳ではありません。まだ買う気にもなっていないうちからややこしい話を聞かされて、だんだん面倒臭くなってくるのです。話を聞くこと自体が、嫌になってくるのです。
こういう状態で、万一受注に繋がっても、電話を聞いていた時の不快感は残ります。その不快感が、後々ちょっとしたきっかけで爆発して、避けようと思えば避けられたキャンセルに繋がるのです。
こういう場合に、私は『ロー・ボール・テクニック』を使います。
「今回は光電話という便利でお得な通信回線のご説明でお電話を差し上げました。光電話にしていただきますと、こんなメリットがあります。……」
電話が繋がらなくなることがあるなどという説明は一切しません。一切しないまま、クロージング(契約するかどうかの意思確認)を掛け、相手にうんと言わせてしまいます。
「ありがとうございました。それでは、お名前とご住所を確認させていただきます。ご契約者様のお名前は、○○○でよろしいでしょうか。ありがとうございます。ご住所は、○○○でお間違えございませんか。ありがとうございます」
デメリットの説明をしないまま、名前確認、住所確認までしてしまいます。そうすることで、相手の契約する気持ちを固めてしまうのです。
この場合、名前と住所の分かっている名簿を使っていますが、もし一から名前、住所まで聞き出さなければならない場合、『ロー・ボール・テクニック』は使いません。
ここで電話を切っても、契約は成立します。ですが、この状態で切ってしまえばクレームに繋がりますし、営業内容によっては詐欺になってしまうこともあります。
それで、ここで二度目のクロージングを掛けます。ここで初めてデメリットについて説明し、改めてもう一度、契約の意思が変わらないかどうか確認するのです。
「(本当に忘れていたふりをして)あ、お客様、申し訳ございません。うっかりして、大事なことをお伝えするのを忘れていました。光電話はインター・ネットの回線を利用しているので、インター・ネットを利用できない状態の時には、お電話も繋がらなくなってしまいます。停電の時なども、お電話は携帯電話をご利用いただくしかなくなるのですが、ご了承いただけるでしょうか?」
この時の説明の文面は練りに練ったものを使います。面倒くさいと思われないように簡潔に、それでいて要点ははっきりと伝わるように。
家の電話が繋がらないなら携帯電話使えよと、さりげなく伝えているところがみそです。
これで断られたら、素直に引き下がります。実際、設置電話が繋がらないと本当に困るという人も居ますから。
住所や名前の無い名簿でこのテクニックを使わない理由はここにあります。ここでキャンセルになった場合、住所氏名を聞き出されたことが不安材料になってややこしい話にこじれてくる可能性があります。
ですが、大抵の場合、二度目のクロージングはあっけないくらい簡単に済みます。契約しようかどうしようか迷っている状態なら断る理由になるものが、契約する気持になった後ではたいしたことでは無くなってしまうのです。
ややこしい説明を強要されると、アポインターは数字が上がらなくなって苦しみます。ですが私は、この『ロー・ボール・テクニック』のお陰でそういう時も数字を落とさずにやっていくことができました。
ただ、『ロー・ボール・テクニック』も万能ではありません。二度目のクロージングの時に伝えるマイナス・ポイントが二つも三つも続きますと、やはり客は面倒臭くなってきます。
『ロー・ボール・テクニック』で伝えるマイナス・ポイントは一つだけと、私は一応、そう決めていました。
コラムの目次
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