【コラム】 ライトSMとハードSM
テーマ:SM談義 私は自分の作品を「ライトSM小説」と規定しています。そう規定しているからには、「ライトSM」
まず、当たり前のことを確認しておきます。SMという性癖は、正常ではありません。変態です。もっとはっきり言うなら、病気です。
魅力的な女性が居たとして、健康な男性なら、その女性とキスしたいと思います。抱擁したいと思います。愛撫して彼女を乱れさせたいと思いますし、自分のペニスを彼女の膣内に挿入して、性交したいと思います。
SM癖のある変態は、違います。魅力的な女性を見ると、虐めてやりたくなります。縄で縛り上げて吊り上げたり、鞭で打ったり、蝋燭を垂らしたり、恥ずかしい言葉で蔑んだり、露わな姿を人前に曝してやりたくなったり、その他色々なことをしてやりたくなります。
ここまではサディストの立場で書きましたが、マゾヒストはこの逆ですね。縄で縛られたり、吊られたり、鞭打たれたり蝋燭を垂らされたり、言葉で辱められたりみんなの前で痴態を曝されたり、その他色々なことをして欲しくなる訳です。
ここまではSM=変態性欲という立場で書きました。ところが、SMを突き詰めていくと、SMが性欲を越えてしまいます。
ハードSMの側からソフトSMを批判する言い方で、言い得て妙だなと思うものがありました。李小牧さんの『新宿歌舞伎町アンダーワールドガイド』(幻冬舎アウトロー文庫)の中で見付けたと思ったんですが、今探すと見当たりませんね。勘違いだったのだろうか。
「奴らはSMをセックスの前戯と勘違いしている」
まさにこの一言で、ソフトSMというのはあくまでもセックスが主で、SMはそこに到るプロセスなんです。つまり、SM=セックスの前戯なんです。
女の子を鞭打ったりするのも、その結果女の子が欲情するから鞭打つんです。ただ痛がって泣き喚いているとしたら、そんなプレイに興奮できません。
もちろん、鞭打たれても痛いだけの女の子を、鞭の痛みで感じる女性に育ててしまうことを調教と言う訳なんですけど。
まあ、私は年齢的に本物のセックスは難しくなっているのですが、責めることで女性を昂奮させ、逝かせることがSMの目的であることに変わりはありません。
ハードSMになると、SMが独り歩きしてセックスとは分離してしまっています。要するに、セックスは要らなくなってしまうのです。
この辺りの定義は私自身の考えですので、違うと思われる方はまたご意見を伺いたいのですが、例えば、女性を鞭打っているうちにその女性の悶える姿に欲情して、彼女を抱きたいと思ってくるうちはソフトSMです。対して、性欲とSMが直接結び付いてしまって、興奮すればするほどますます激しく鞭を打ち続けたくなるのであればハードSMです。
マゾヒストの立場で言うと、激しく鞭打たれているうちに昂奮して、男に抱いて欲しくなるうちはソフトSM、激しく責められれば責められるほど、もっと激しい責めが欲しくなって、セックスそのものを欲しいとは思わない場合は、ハードSMです。
セックスに結び付いているのがソフトSMならば、死体に昂奮して死体を犯してしまう屍姦マニアはソフトSMなのかという疑問があるかもしれないんですけど、そこまで行き着いてしまったものは既にSMとさえ呼びたくないです。その他、性欲と正常なセックスの関係が崩れてしまったという意味では、他に同性愛とかロリータ・コンプレックスとかもありますが、どれも直接にはSMと関係無いでしょう。
私の興味から、サディスト=男、マゾヒスト=女の立場で書いていますが、男女入れ替えていただけば女-男、女-女、男-男の関係についても成り立つと思います。
私の性癖の関係から、このコラムの内容がSMに言及することは多いと思います。特に但し書きが無ければ、SM=ソフトSMを意味するものと考えてください。
コラムの目次
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