【コラム】 どうぞそちらからお切りください
テーマ:営業トークのテクニック 生まれて初めてした営業は教材屋でした。電話でアポを取って、相手のお宅に訪問して、ローンを組んで高価な教材を売り付けてくるのです。
正直言って、私はそんなに優秀な営業ではありませんでした。外に出れば人並みに売ってくるのですが、電話でのアポ取りが致命的に下手だったんです。それで結局、成績がふるわずにクビになってしまいました。
私は向上心の強いタイプです。営業の仕事も、そんなに嫌いではありませんでした。だったら苦手な電話営業の世界に入ってみようと、テレフォン・アポインターの仕事を探したのです。
私が見付けたのは、インターネット関係の電話営業。でも、仕事が始まるのが一か月先ということで、その間の繋ぎに別の電話営業の会社でバイトしました。こちらは私が以前していたのと同じ教材屋です。テレ・アポ部隊がアポイントを取って、別の営業社員が売りにいくというシステムでした。私はその、テレ・アポ部隊に配属された訳です。
もちろん、それがひと月だけの繋ぎの仕事であることは内緒でした。今回の話は、その時経験した話です。
それまで私は二つの教材会社に居ましたが、どちらも名前を言えば誰でも知っている優秀企業です。その後インターネット関係のテレ・アポであちこち渡り歩きましたが、どれも名前の知れている商品を扱っている代理店で、営業の仕方も綺麗なものでした。
この、ひと月だけ働いた会社だけが、名前も知れておらず、営業の仕方も強引な、どちらかというと悪質業者に近い会社でした。
名簿の量が少ないので、同じ名簿でふた月に一度くらい電話します。頻繁に電話してくるというクレームを避けるために四つくらいの会社名を使い分けて、それをローテーションで回しているんです。アポイントが取れたら、アポ用紙の記入欄にどの会社名で電話したのかも書き込むことになっています。
一度営業社員が行くと、四時間トーク、五時間トークは普通です。相手がフラフラになって、思考力が鈍ったところでローン用紙に判を押させる感じで、警察に摘発させないのが不思議なくらいのきわどい営業をしている会社でした。
そんな会社ですから、電話のかけ方も半端じゃないんです。
普通、電話営業会社では、数をかけろと言われるんです。電話のアポイントというのは確率の問題ですから、50件かけて1件アポが取れるなら、100件でアポ2件、200件で4件アポが取れると考える。ですから、見込みの無い客の電話は早めに切って、なるべくたくさんの数電話しろと教えられるんです。
ところが、この会社では、「こちらから電話を切るな」と教えられたのです。
「お客様が電話を切るまでこちらから電話を切ってはいけない」というのは、電話営業の世界でよく言われる言葉です。ですがその意味は、タイミング悪く、相手が何か言葉を付け加えようとした時にこちらが電話を切ったら失礼になるから、相手が電話を切ったことを確認してから切りなさいということです。
その会社で教えられたのはまったく別の意味です。「たとえどんなに断られても、相手から電話を切られない限りは話し続けろ」ということなのです。
まあ、おそらく、初心者に初めから客を見切れと教えると、契約になりそうな客まであっさり諦めて切ってしまうので、先ず粘る営業をさせるということだったのだと思います。
いやあ、大変でした。週に一件くらいの確率で、地獄絵図のような電話になります。
電話の向こうの(子どもの)母親は、髪を振り乱して怒っています。声も半分涙声だし、発する言葉はもう、全て金切り声や怒鳴り声です。警察に報せますよというセリフを、三分に一度くらい口にします。もし電話でなく直接話していたとしたら、間違い無くこの母親は包丁で私を刺しているだろうなと思いながら、それでも勧誘し続けるのはけっこう根性が要ります。この電話を切った後、この母親は家族にどんな八つ当たりをするのだろうと思うと、電話口の向こうの子どもが可哀そうになってきます。
そこまで怒り、錯乱寸前まで行っているにも拘わらず、その母親は自分からは電話を切れないんです。世の中には、相手を憎悪し、どぎつい罵声を浴びせかけながらも、自分から電話を切る決断を付けることができない人が居るのだと、私はこの時初めて知りました。
もう一つ、学習したことがあります。
こんな電話のかけ方をしていても、アポは取れるんです。それも、電話をかけた最初の印象では絶対にアポにならない雰囲気の人が、自宅の住所や世帯主の氏名まで確認し、いついつ何時に待っているという約束までするのです。時には電話の切り際に、「ありがとう」と礼を言われることさえあるのです。
自分から電話を切る決断が付かない人が居るように、必要性を感じていながら自分で学習教材を選ぶ決断ができない人も居るのです。そしてそんな人は、強引な営業社員に押し切られて、否応無く決断させられる時を待っているということです。
だから強引な電話営業は必要なんだとは言いません。ただ、今まで「いい人」で生きてきた自分が、実は女性の本当の願望を満たしてやれずに済ませてしまったことが何度もあったのではないかと、そんなことを思ったのは事実です。
そして正直に言います。拒否の意思表示をしている相手を自分の話術だけでひっくり返すことに、私はサディスティックな快感を感じていました。柔らかな口調で話をしながら、私は電話の向こうの子どもの母親を言葉で犯していました。
夢中になって営業トークのノウハウ本を読み漁りました。1日何百件とかける電話の中で、色々なトークを工夫していきました。
この会社での経験以降、私はどこの電話営業の会社に行っても力のあるテレ・アポとして認めてもらえます。この会社での一か月で、私は一人前の電話営業にランク・アップできたのです。
辞めた当日は、正直ほっとしましたけどね。このまま続けていたら、いつか包丁で刺される日が来るような気がしていましたから。
もう一つ。女性の内なる声を読んで、あえて相手の意思を無視して背中を押してやれる、そんな素敵なサディストにはいまだになれません。
まだまだ勉強です。
コラムの目次
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