最近な子供たちをみていると、欲に乏しい。
なぜなのか?
なんでも与えられて、なんでも手に入って、なんでも好きなようにできるからなのか。
100年以上も昔の指導者は、欲の引き出し方を知っていたという。
塾、道場、弟子入など、まず入ってやらせられることというのは、きまって、掃除、牧割、子守、雑用だった。
新入りは、こんなことをやるために、入ったのではない。本望じゃないと。
そう思わせたら、指導者の勝ち。
その時点で、本当にやりたいことは、これだと自覚させ、その後必死に取り組む。
欲の引き出し方を理解していた。
また、さらに指導者の頭の中は上をいき、なにからなにまで教えることをしない。教えるのはヒントだけ。
簡単に自分の能力、技術、ノウハウを教えない。
そこで、生まれるのが想像力。
自分で考えるということだった。
時代の流れとともに、学校、スポーツにおいても、それらのことを理解している指導者が消えていく。
そして、一から十まで教えてくれる指導者がよしとされ、それとともに、とにかく生徒や選手につくす、あたえる、教え込む。それが、あたり前な世の中になり、自分から学ぼう、得ようという欲が消えてしまったのだろう。。。
今はわからないけど、以前の部活では、1年生はボール拾いだけとか、1年生は走らされるだけとか、そんな状況があった。指導者が欲を引き出すためにそうしてたかは、疑問だが、そのような時代にやらされていた選手は、意欲的だったし、不満を持ちながら、本当にやりたいことが明確になっていたと思う。
いまの日本のサッカークラブは本当に小さい時からいろんなことを教え込まれるし、それはすべて答えだ!と思うことがある。よっぽど、ろくなコーチしかいなく、好き勝手に自己解決しながら育ってきた選手の方がいいんじゃない!って思うことさえある。教え込まれたエリートほどわがままだし、自己管理できない、意識が低くく、本当の育成なのか疑問に思うことが多い。