海風に乗せて-田舎サラリーマンの徒然日記-

海沿いの田舎町発、「思いつくまま」、「気のむくまま」の徒然日記です。

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バーアリー・ターク



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日本列島を席巻した最強の冬将軍も一時北のほうに退却をし、一時的とはいえ小康状態となった先週末。
暦は、「節分」、そして「立春」を迎えました。
寒さは、まだまだ厳しく、なかなか肌で実感することは出来ませんが、それでも「春」の文字を声にすることが出来るのは、心躍る思いがする僕であります。


さて、2月3日金曜日。節分の日のこと。

夜、帰宅しますと、「あなたに荷物が届いてるわよ」と家内が告げてくれました。
テーブルを見ると宅配便の包みがひとつ。
送り主は、京都にお住まいのnorinorenご一家様 からでありました。

「モフ画伯」ことaoi様をはじめ、いつも大変お世話になっているこちらのご一家に、先日、我が地元の名物スィーツである「いちご大福」をお送りさせていただきました。
「届きました」のメールをnorinoren_【相方】様より頂戴したのですが、そこには、「この仕返しはまた後日」と書かれておりました。

これは間違いなくその「仕返し」に違いない。



喜び勇んで梱包を開けます。(ここからは、携帯写メの画像も交えて)


中から姿を現したのは、

(美しく羽を広げた鶴の意匠をあしらった包み紙)
海風に乗せて-田舎サラリーマンの徒然日記--201202032002000.jpg


おお~っ!
これは、まぎれもなく高級和菓子の名店「京菓匠 鶴屋吉信 」の包装紙ではありませんか。

享和3年(1803年)に創業し200年を超える歴史を誇る京を代表する老舗のひとつ。
社名に「京菓匠」を冠するのは、受け継いだ暖簾に対する並々ならぬ自信の表れに他なりません。
その伝統を守りつつも、常に探求を続け、素晴らしい創作意欲によって生み出された独創的なお菓子の数々は、今日に至るまで人々を魅了し続けています。


ワクワクしながら包装を解きます。
姿を現したのは、「節分」にふさわしい逸品でありました。

(節分に届いた「福ハ内」)
海風に乗せて-田舎サラリーマンの徒然日記--201202032003000.jpg


丁寧に熨斗が添えられた包み紙を開けます。
このとき、杉の木の良い薫りが鼻をくすぐるの仄かに感じた僕。
「おや?」と思いながら中を取り出すと、

(杉の薫りも芳しい豆まきの枡)
海風に乗せて-田舎サラリーマンの徒然日記--201202032004000.jpg


なんと素晴らしい創造力でしょうか。
季節を尊び、暦を大切にする日本人の感性が息づく和菓子の文化。
その感性は、職人さんたちの創意工夫によって人々を感動させる「名品」を生み出してきました。
それは、「お菓子そのもの」はもちろんのこと、こうして収める箱や包み紙、ひいてはお菓子につけられる「銘」にまで「独創性」が遺憾なく発揮されます。
この「福ハ内」は、その代表といって良い逸品だとおもいます。

蓋をあけると

(美味しそうなお多福餅)
海風に乗せて-田舎サラリーマンの徒然日記--201202032004001.jpg


先日お送りした「大福餅」。その「仕返し」で届いた「お多福餅」。
しかも、節分に併せて「福ハ内」。


大福にはお多福」そしてさらには「節分に福ハ内」。

さすがnorinorenご一家であります。
この仕返しのセンスの良さ。


いやはやお見事!!

完璧です!!



包みを手にしながら「こいつは、やられたな~!」と唸ってしまった僕でありました。



夕食後、早速、頂く事にいたします。
こんな嬉しい「福」が届いた日ですから、取って置きのお茶を煎れる事にいたしましょう。


ひとくち入れると、ほんのりとした甘さの餡が舌の上で踊ります。
その餡の甘さと包んだ皮の食感が混ざり合うとこれまた絶妙な風味へと変化します。

これぞ、まさに


「至福」



お茶をすすりながら、「福つくし」となった今年の節分の「うれしみ(by お花ちゃん様)」を噛みしめながら、明日の「立春」とやがて来る「春の足音」が心から待ち遠しくなった僕でありました。



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norinorenご一家様へ


いつも、本当にありがとうございます。
おかげ様で、まさに文字通りの「多くの福」に包まれた一日となりました。

こうして、ネット社会でのよきご縁に恵まれて、その幸せを実感できることを心から嬉しく思います。

今年の春は、aoi様にとっても新しい生活が始まる「特別な春」かと存じます。
どうか、元気一杯素晴らしい幼稚園生活を送ってくれますようにと心から願い、そして、可愛らしい園服姿をを拝見できるのをネットの向こうより心から楽しみいたしております。

これからも変わらずこのよきご縁を育んでまいりたいと存じます。
どうか宜しくお願いいたします。

この「お多福」の「仕返し」は、いずれまた!!


本当に・本当にありがとうございました。


「福づくし」となった立春の日に「ネット社会の一期一会」に心から感謝して。


田舎駄ブログ亭主     バイアリー・ターク


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つい先日、「明けましておめでとうございます」と新年のご挨拶をしたかと思ったら、あっという間に月末を迎えておりました。
「一月は行く」とはよく言ったものであります。


明けて、2月。

いやはや、本当に寒い。

シベリア大陸から南に降りてきたマイナス40℃の寒波は、一方で北に広がろうとする太平洋高気圧の温かい空気とぶつかって、押し合いへし合いしながら「一進一退」をすることで「三寒四温」の天候となるのが、通常の日本列島における冬の気候。
ところが、この冬、その「寒波vs太平洋高気圧」の間に壁のように「割って入ったもの」があるのだそうです。

その正体の名は、「偏西風」。

気象の専門家の解説に寄れば、この冬、偏西風は、通常のルートからずれて、この日本列島付近で「大きく南に蛇行して吹いている」のだそうです。
で、その南に蛇行した偏西風が、北へと伸びようとする太平洋高気圧の前で「壁」となってがっちりとブロックしているのだとか。
おかげで、本来、北に押し戻されるはずの寒波は、「邪魔者」がいないために、ずっと日本列島に居座ったまま「どっしりと胡坐をかいている」という構図が出来上がってしまったのがこの大寒波の真の姿。

空の上でかいてくれた「胡坐の重さ」は、地上では「雪の重さ」に置き換わり、各地で人々の生活に難渋を強いております。
ご苦労されている皆様、特にお年寄りが多く暮らす集落の皆様には心よりお見舞い申し上げる次第です。
どうか、これ以上大きな被害が出ないようにと願うばかりの僕であります。


今朝、日本海側や山間部だけでなく、とうとう名古屋市内でも白く覆われてしまいました。
幸い、こちら知多半島の南端は「ちらつく程度」で済んでおりますが、寒さは心底身に沁みる2月の始まりとなってしまいました。


迎えた今月。
今日は、2月2日、明日3日は「節分」です。そして、その節分が明ければ、そう


「立春」

暦の上ではいよいよ「春」がやって来ます。


毎朝、寒さに凍え身を縮めながら畑に出る僕には、本当に待ち遠しい「春」という文字であります。
とはいえ、このところの厳しい寒さで思い出すのは、2月を指した「ひとつの言葉」。


「如月(きさらぎ)」。


この「きさらぎ」という言葉、その由来は、


「着て更に着る」の「着更着」


だとかつて教わったことがあります。



今朝、畑に出て、「明日は、節分のお供えの「柊」の枝を忘れずに採ってこなければ」などと考えつつ、


「今年の「きさらぎ」は「着更着」の文字が本当にふさわしいな」

思った僕でありました。




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日本列島全体を冬将軍が席巻する今年の1月。
我が家の庭先の海に出てみれば、伊勢湾の対岸、鈴鹿山脈が真っ白に雪化粧して美しい稜線がまるで絵画のような風景を見せてくれています。その鈴鹿山脈から吹き降ろされた北西風の冷たさに海辺に立つ僕たちの頬は刺す様な痛みすら感じてしまう毎日であります。
この美しい情景を「写す心」で切り取りたいと毎朝、日の出とともに海辺に出てはエプ子さんを構えるものの、シャッターを押す手も凍えてしまい、寒さに負けてすごすごと退散。なかなか思うようなショットがモノに出来ず、新年早々から歯がゆい思いが募っている今日この頃の僕だったりいたします。


さて、大坂に出張のご報告をして以来、またもサブロガー生活に突入しておりました。
実は、ちょっとばかり慌しい日が続いておりまして。
ざっと、ご報告しますと、大坂から戻ってから中一日おいて再び西に足を延ばし、今度は山口県へ。出張から戻った週末は、留守中の残務処理をこなすため休日出勤。
翌週は連日名古屋の取引先に置かれた「サテライト・デスク」で仕事をこなし、オフィスを留守にしている間に溜まった仕事はこれまた「休日にまとめて」こなす事に。(もっとも、この週には、嬉しい再会もありましたが、そのご報告はいずれまた、改めていたします。)
迎えて先週、今度は連日あちこちの会議に駆り出されて、あっという間に終わってしまったと一週間でありました。


そんな生活もどうにか先週で決着がつき、ようやく3週間ぶりに休日が取た僕でありました。


さて、この土曜日。ようやくの休日となり、久々に畑に出て、一仕事こなすことにいたしました。

その作業とは、休ませていある地面を鍬とスコップで掘り起こすこと。

この作業を「寒起こし(かんおこし)」といいます。


土を耕すのではなく、鍬やスコップを使って土の天地をひっくり返してやります。
ひっくり返された土は、あえて塊のままにして放置しておきます。
この塊の中の水分が霜に晒されて凍ります。その凍った水分は今度は冬の陽射しで解かされます。
これを繰り返すうちに、徐々に塊はほぐれて地面になっていくのです。

こうすることで、地中に潜む害虫や悪い細菌が死滅していきます。やがて土は健康を取り戻して蘇り、春になれば夏野菜を栽培出来る元気な土壌へと生まれ変わるのです。

大自然と対話をし、その自然の力を畏敬し、季節と天候を味方にしてきた先人たちの見事な「知恵」がここにあります。

大寒の季節。吐く息は真っ白になり、鍬の柄を握る手は手袋をしていても凍えてしまいます。
でも、この寒さこそ、「寒起こし」に欠かせない自然の営み。
寒さが大地にもたらしてくれる恩恵を感謝しなければ罰が当たります。
そんなことを思いつつ、「それでも寒いものは寒いんだよなぁ」とちょっとした愚痴も口に出しつつ、3時間ほど作業に勤んだ僕であります。


予定の場所を終えたところでお昼になりました。
家に入ったら、まず、暖かいお風呂で身体を温めることにいたしましょう。


道具を片付けて、もう一度畑に戻った僕。
手は「ざる」に持ち替えております。


起こしたエリアの傍らに「小さな春」がやって来ておりました。


(菜の花を摘み取って)
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毎年、冬野菜として育てる小松菜やもち菜などが、一部、収穫されないまま春まで残ります。
残った作物たちは、やがて花を咲かせ、毎年「菜の花畑」が広がります。

花が咲いた後、今度は実を付けて、種が出来ます。
その種が、自然と地面にこぼれ、土の中で眠りについたまま季節が巡るのをじっと待ちます。
やがて、夏を過ぎ、秋風が吹く頃に眠った種は目を覚まし、畑の脇の土手などから次々と芽を出します。
その芽はスクスクと育ち、見事な「野良」野菜が育ちます。
畑で育てたものとはひと味もふた味も違う、あくの強い、歯ごたえのある「野生の逞しさ」を備えた野菜たち。
その姿は、もはや「雑草」の風格を漂わせています。

その逞しい植物達は、敏感に自然を感じとり、一足早くこうして蕾をつけるのです。



黄色く膨らんだ蕾を摘みとって、家に入ります。
まずは一風呂浴びて、それから台所へ。

さっとひと茹でして、僕お手製の「お出汁」に浸し、上から鰹節を振りかけたら、「菜の花おひたし」の完成です。


一口噛めば、ほろ苦い風味が口いっぱいに広がります。
そこに泡の主食をぐっと流し込んで。



まさに、至福の時間であります。


口いっぱいにろがるほろ苦さを噛みしめながら、寒い毎日の中でも、「春は必ずやって来る」と自然の営みは僕たちちゃんとに教えてくれているのだということ。

それを五感で実感できる我が田舎暮らし。
その事に心から感謝する僕なのでありました。



田舎サラリーマンの久々の休日のひとコマでした。



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久しぶりの休日。完全に防寒して畑でひと仕事。
 
吐く息は白く、鍬を持つ手は手袋をしても凍えます。


そんな寒さの傍らには一足早い春の使者。
 
 
ひと仕事終えて、膨らんだ蕾を摘み取って。
 
温かいお風呂に入ったら、菜の花のおひたしでお昼のビールを頂きます。
 
 
巡る季節を伝えてくれた大自然の営みに心から感謝して。
 
 

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新年が明けて、今年は1月5日が我が社の仕事始め。
世間的には7・8・9日が3連休ですが、我々製造業の宿命で7日も9日も通常勤務。おかげで、お屠蘇気分も吹っ飛んで仕事モード全開だったものの、世の中、仕事が本格化するのは「10日から」ということで、10日を待って、早々に大阪への出張に出た僕でありました。

今回の出張日程は、たまたまカレンダーの都合で10日となったのですが、偶然にも大阪で1月10日といえば、「えべっさん」であります。
大阪にくらしていた時代には、ほぼ欠かさずお参りに出かけ、こちらに帰ってからも出来る限り機会を捉えてお参りしてきました。
一昨年も京都のプリティモフ嬢とご一緒させていただきました。昨年は都合が付かず残念ながらお参りできませんでしたが、今年は絶好の機会に恵まれたのでありました。


さて、大阪市中央区本町(「ほんまち」と言います。江戸の「ちょう」ではなく大坂は「まち」)いわゆる「船場」にある取引先のオフィスに午前中からお邪魔して一仕事。
午後3時前には完了し「今年もよろしく」と挨拶してオフィスを出ました。
地下鉄で二駅先の「なんば」まで。
向かうは、「今宮戎神社」です。

難波の駅から南海電車の高架沿いの脇道が境内に向かう参道となっています。
両脇には屋台がずらりと並び、通りに人が溢れています。
向こうから歩いてくる人々の手には「笹」が。

「商売繁盛で笹もってこい」

の掛け声がえべっさんの合言葉です。

エプ子さんを取り出すも、あまりの人の多さに立ち止まってファインダーを覗くのは人の流れを妨げご迷惑になると判断し僕も流れに乗って境内までたどり着いたのでした。

本殿に参拝し、笹を頂きます。

ここでようやくエプ子さんを取り出すことができます。
とはいえ、境内もすごい人ごみであることは変わりなく、僕も手には、ブリーフケースを抱え、しかも笹まで増えています。
参拝の方々のお邪魔にならないように気をつけながらファインダーを覗きます。

いただいた笹に「吉兆」と呼ばれる飾りを付けるのが慣わしです。

(いろいろな吉兆が並びます)
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「商売繁盛」や「金運向上」あるいは「五穀豊穣」そして「大漁祈願」など、それぞれに見合った吉兆が用意されております。

その吉兆を授けてくださるのが「福娘」の皆さん。

この今宮戎神社の「福娘」に選ばれるということは、大坂で「器量よし」の折り紙が張られたものとされ、昔から「是非我が家の嫁に」と縁談が次々と舞い込むのだとか。

吉兆も縁起物ですが、この福娘さんも縁起が良いことこの上なしということで、列の脇からエプ子さんでワンカットだけ

(笹に吉兆、福娘さん)
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「笹に吉兆」
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やはり、金運も大切ですが、やはり僕にとっては畑の豊作が何より嬉しい。
ということで、米俵の吉兆を。

さて、笹も頂き、吉兆も授かり、先ほどの参道を地下鉄の駅まで引き返します。
時刻は午後4時すこし前。
難波から少し歩いて「日本橋駅」まで(こちらも江戸の「にほんばし」ではなく「にっぽんばし」と呼びます)

こちらから「南森町」(みなみもりまち)で地下鉄を降ります。
向かった先は「大坂天満宮」。
大坂の庶民から「てんじんさん」と呼ばれ親しまれている神社です。
天神さんといえばご存知学問の神様ですが、こちらに近年復活した「えべっさん」があるということを知り、詣でることにあります。


(復活したえびすさん)
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その名も「御神酒笑姿」(おみきえみす)さん。

まさに田舎の飲兵衛親父の守護神にこれほどふさわしい神様はおりません。
今回、この機会を逃すわけにはまいりません。

こちらのえべっさんは、永らくお祭りとしては途絶えていたそうですが、5年ほど前から有志の皆さんの熱意で復活を遂げたのだそうです。
関係者のご尽力の甲斐もあり、年を追うごとに参拝者の数も増え、大きなお祭りへと発展しつつあるようです。


(沢山の参拝者で賑わう境内)
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主祭神は菅原道真公であり、この季節、受験生の皆さんの合格祈願がメインであるのでしょうが、今日ばかりは受験生を差し置いての参拝者が大多数。


(牛さんも出る幕無しで心なしか退屈そう)
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代わりに


(とっくり両手にこの笑顔)
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受験生の皆様、飲兵衛を代表して、本当に御免なさい!


本殿の道真公にお参りし、そして境内内の「蛭子社」にあらためて参拝。

(まだまだ新しい提灯も復活したお祭りだと示しています)
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どうか今年も一年間、息災で喜びと笑顔に満ちた美味しいお酒が呑めますように。



えべっさんといえばやはり福娘さんは欠かせないようで、こちらにもちゃんといらっしゃいました。

(御神酒笑姿の福娘さん)
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今宮戎さんの福娘さんよりこちらのほうが気さくな感じがするのは僕だけでしょうか。


さて、ミッションも完了、併せて一年の息災を祈願できました。
初出張は大成功です。

時刻は間もなく5時。
境内を後のして、なんば橋を渡って北浜へたどり着きます。
ここで京阪電車に乗り込んで。
向かうは、「京橋」(これは江戸も大坂も「きょうばし」です)。

美味しいお酒と肴の待っています。

いざ、僕の大坂での「帰る場所」へ。



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2012年が幕を明けました。


正月三が日が過ぎ、仕事始めとなり、気が付けば七草粥を食べ、とうとう鏡開きまで過ぎてしまいました。

そして、今日は早くも12日。


毎年仕事始めの前に旧年を振り返り、今年一年をどう生きるべきかをじっくりと考え気持ちをまとめたうえで新年をスタートさせることを自分自身の大切な「心のけじめ」として習慣としてきました。

この田舎駄ブログを始めてからは、その事を年初の文章として記事にすることによってより明確な「かたち」が出来ることとなり僕自身にとって「大きな力」となってきております。



まずは、昨年を振り返ってみたいと思います。



昨年、2011年のキーワードは



「と」



と決めました。




まずは「兎」。



昭和38年生まれ年男として迎えた一年。

「兎」の文字に大きく跳躍して猛スピードで駆け抜けて、2010年に停留していることを一気に跳躍させていきたいと決めました。

が、その実、3月11日のあの大震災を契機にあるゆることが激変し、仕事においても様々な対応と方向転換を迫られるなか大きな跳躍どころか「軌道修正」と「緊急対応」に振り回された一年でした。

結果、大きく跳躍どころか何ひとつ前に進まない僕自身にとって本当に残念な一年でした。




ふたつ目は「渡」。



前年度にお引き受けしたPTAのお仕事。

僕の任期の間で浮かび上がった「課題」に解決策を見出し、更に「よりより学校となるように」今年度の役員さんにバトンを「渡す」しました。

今年度、ここまでの間に託したバトンは上手く引き継がれ、ひとつづつ解決が図られて運営がなされているとのご案内が折にふれ僕の元に届きます。そのことが何よりも嬉しく、2011年の明るいニュースとして僕の励みになっております。

日々ご尽力くださっている関係者の皆さんに心から敬意を表する僕であります。

来る3月、卒業式に出席するのを今から心待ちにしている僕であります。




そして「途」


「2009年からの「道半ば」である課題に取り掛かる1年としました。

体を鍛え、日本人の忘れ物を見つけるための思索をし、そして、もちろん「写す心」とも更に深く向き合ってきまhした。

まさに「激震」であった昨年。

思うに任せない中で決して満足のいく形が出来たとはいえませんが、日々「発展途上」であるという想いだけは心の片隅に送った2011年でした。


もうひとつ「登」。

我が息子との霊峰・富士登山。


やる気満々の父子二人でしたが、やはり中学生は忙しい。

夏休みも部活を中心に「親より忙しい」スケジュールのなかで、とても富士山に向かう時間が取れませんでした。

「富士山は逃げない」と気持ちを落ち着かせて、チャンスが来るのを待っている父子であります。


最後の「と」として「人」と「外」。


この田舎駄ブログを始めて以来、多くのありがたき人様とのご縁に恵まれ、ネット社会の枠を超え、更には時差と国境をも越えて大きく広がって今日に至ります。

そうした出会いをネットを越えて、「同じ場所で時間を共有すること」できればと出来る限りの機会を捉えて「外」に出ました。

数少ないとはとはいえ、何度かありがたい時間を共にすることが叶いました。
今、2011年を振り返って、あらためて


「人様とのご縁は本当に大切なもの。


   そのご縁に感謝し、互いに愛しみ、そして育んでいける人となれ」



という言葉の重さを実感する僕であります。






さて、いよいよ今年のテーマです。

毎年、仕事始めまでには僕の中で「これだ!」とピンとひらめくものがあり、正月4日には、考えがまとまっておりました。

が、今年は、様々に考えが巡ってしまい、なかなかまとまらないままここまでずるずると日だけが過ぎてしまい、「仕事始め」どころか、鏡開きも過ぎてしまいました。


巡らせていた想いとは、今年が「49歳」という年であること。

来年は50歳という次の「大台」を迎えます。

この49歳の一年を「50代」という新たな10年に向けての「蓄え」の年とするか、それとも40代最後の「集大成」の年とするべきか。その事が大きく心の中を占めておりました。


そんな思いをめぐらせておりましたが、もう動き出さねばなりません。

今年も決めることにいたしました。

スロー・スタートとなりましたが、これが今年のキーワードです。



辰年の今年。


キーワードを「龍」に擬え、「りゅう」といたしました。



まずは



「立」


流れに翻弄された昨年。

確かにその流れの大きさに圧倒されたのも事実です。

でも、そのことで改めて気付かされたのは、おのれ自身の「自覚」の大切さ。

大きな激変のなかでこそ自分自身の足でしっかりと「立つ」ことがいかに重要であるか。

様々な状況においてあくまでも「しなやかに」でも「軸足は決してぶれない」。

今年、あらためて自分の「心の立ち位置」を確固たるものとして毎日を大切に生きて行きたいと心に期すのであります。

やじろべえ 」のふたつの「おもり」と「腕」をさらに重くし大きく伸ばして絶対に倒れない自分に成長していきたいと思うのであります。


次に



「留」


49歳、目前に迫った「50歳」を素晴らしいものとして切り拓くため沢山のものを出来る限り沢山のものを蓄え自分自身に「留めて」行きたいと思います。

50歳のフルマラソン4時間以内を目指してのトレーニングも最後の仕上げです。

自身の集大成と明日へのエネルギーを「健康な身体」のなかに留め、蓄えていきます。

「知」の蓄えも怠るわけにはいきません。

日々「忘れ物」から「失せ物」へとなっていく「日本人の忘れ物探し」も残された時間はますます少なくなっていきます。

忘れ物なら見つかりますが失せてしまってはもう取り返しが付きません。今年更に多くの忘れ物を見つけ出し、次の世代に繋いであげるよう思索の旅を続けます。

そして、写す心を通して日々の情景をファインダー越しに留めていきたいと思います。

日常のありふれた景色の中から今年も沢山の「情景」に出逢いたいと思います。

我が別堂である「逢景録 」。ここには、月に5つは情景を留めたいと思います。





そして最後は



「隆」



今年は、ひとつの「かたち」を作り出し、その事を世に問うために「起き上がり」たいと思います。

今は未だ海のものとも山のものともわかりませんので詳しくは申し上げることは出来ませんが、自分自身の手で成果を残したいと思います。

それが実現できたなら「40代の集大成」と50代から先に続く僕の人生の心の機軸が出来ると思うのです。



さあ、2012年、どんな事が待っているでしょうか。


今年もよりいっそう自分らしくバイアリー・ターク「流」に生きていきたい僕なのであります。






2012年1月12日



田舎駄ブログ亭主  バイアリー・ターク



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旧年中は大変お世話になりました。


たくさんのありがたきご縁に恵まれたことを心より感謝申し上げます。


本年もどうぞよろしくお願いいたします。



そして、皆様にとって2012年が健康で笑顔あふれる素晴らしい実り多き一年でありますよう心よりお祈りいたしております。




(2012年初日の出をエプ子さんで)

海風に乗せて-田舎サラリーマンの徒然日記-



平成二十四年 元旦。



バイアリー・ターク



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