つれづれに 織り成す ≪言の葉≫ と ≪戯画≫ の構成要素=


"e-ryokan"は 空間軸(=横糸) または "still point"(静止点)


★"papageno"は 時間軸(=縦糸) または 戯れ好きの狂言回し★

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February 17, 2012 テーマ:『論語抄』

論語で読む孔子の人柄 (21)

★良寛の詩「孔子賛」は『論語』で孔子を祖述する★

井上ひさしの戯曲『天保十二年のシェイクスピア』は、

全作品の有名なセリフを網羅した野心的な作品ですが、

良寛さんは、賢人孔子を讃える65文字の詩文の中に

『論語』の5つの章と『詩経』の詩片の計25文字

織り込むことにより、類稀な孔子の人物像をみごとに

祖述しており、今回は言わば『論語』の斜め読みです。


以下、原詩と(→読み下し:

題:「孔子賛」   (→「孔子の賛」
異哉       (→異なるかな
瞻之在前忽然在後①(→これを瞻(み)て前にあるかとすれば
         (→忽然(こつぜん)として後にあり
其学也切磋琢磨 ②(→その学や 切磋琢磨
其容也温良倹譲 ③(→その容や 温良 倹譲
上無古人下無継人 (→上に古人無く下に継ぐ人無し
所以
達巷纔嘆無名④(→ゆえに達巷は わずかに名のなきを嘆じ
子路徒閉口   ⑤(→子路 徒らに口を閉ざす
孔夫子孔夫子   (→孔夫子 孔夫子
太無端      (→はなはだ 端無し
唯有
愚魯者   ⑥(→ただ 愚魯なる者あり
彷彿闚其室    (→彷彿として その室をうかがう

このスケールの大きい詩を意訳するのは恐れ多いので、

良寛研究に生涯を捧げた谷川敏朗先生(1929-2009)の

労作『校注良寛全詩集』(春秋社)をそのまま読みます。

織り込まれた25文字の原典出処は、以下の通りです。

①孔子の大きさ  (『論語』子罕第九の8

②孔子の学び方  (『詩経』衛風エイフウ淇奥キイク

③孔子の人がら  (『論語』学而第一の10)

④孔子の人間力  (『論語』子罕第九の2)、

⑤孔子の円満さ  (『論語』述而第七の17)

⑥孔子の師弟愛  (『論語』先進第十一17)


以下、谷川先生の<語釈と解釈(アンダーライン箇所):

< すばらしいことよ。

<①この人を仰ぎ見て、前におられるかと思うと

< たちまち後ろにおられるそのように何ごとも

< 思いのままにできる方だ

<②その学問は深く磨きあげ

<③その態度は穏やかでつつしみ深い。

このような方は、それ以前の人には見えず、

< また後にも継ぐ人はいない。

<④そのため中国の古い達巷という村の人々は

< 「孔子さまは何ごともみなあ知り尽くしておられる

< ので、わずか一つの芸の専門家として名前をおよび

< することなど、とてもできない」と感心したし、

<⑤葉公から「孔子とはどのような人物か」と尋ねられた

< 子路は、とても一口では述べにくいので、ただ黙っていた。

孔先生、孔先生。

< あなたは円満で、まったくほころびの糸口さえない。

<⑥そこで正直すぎる弟子の高柴のみこみのよくない曾参は、

< 孔先生の学徳をそっくり身につけようと、その深さを

< ひそかに望みみて努力し、やがてはえらい人になった

*谷川先生の語釈の該当する行に①~⑥の出処を加え、

『論語』の原文に該当する箇所をゴシック文字とし、

先生が解釈した箇所にアンダーラインを付しました。


少年時に大森子陽塾に入門し漢籍に親しみ、22歳で

大忍国仙師のもとで11年を漢籍や漢訳された仏典で

研鑽を積み、長じて万葉集・古今集などにも親しんだ

良寛さんにとって、釈迦と孔子と道元禅師と芭蕉翁は

敬愛してやまない先哲としていつも身近にありました。

February 15, 2012 テーマ:良寛さんの部屋

『はちすの露』の人間模様 (8)

★おのづから冬の日かずのくれゆけば、やがて春★

(良寛命名の経緯を探っているうちに時は過ぎ・・・)

文政10年(1827)晩秋<つきやつきせぬつきてみよ

(瞬時の師弟の契り)<またもとひこむ→またもこよ

(足繁く→やがて、ことしげく、足が遠のいて・・・)


文政11年(1828)晩秋<おとづれのなきことしげき

(心はれやらぬ貞心さん→人の庵で修行の日を過ごす)

(はげます良寛さん)<はれやらぬてらしぬきけり


文政12年(1829)、越後路の初春のおとずれとともに、

晴れやらぬ貞心さんの心に一条の月の光がさしてきて、

ひさしぶりに筆をとって、良寛さんに宛てた三首の歌:

<はるのはじめつかたせうそこたてまつるとて(貞)

おのづから ふゆの日かずの くれゆけば

まつともなきに はるは来にけり (英訳なし)

=と、おのずと春が訪れ、ふとわれにかえると・・・


さめぬれば    Darkness

やみもひかりも  As well as light

なかりけり    Has gone,

ゆめ路をてらす Only the bright moonn

ありあけのつき  At dawn!

=翳りは光と消え、私は有明の月に見守られています。


われも人も    How serene

うそもまことも  The moonlight is!

へだてなく    It embrace us all

てらしぬきける Even falsehood and truth,

つきのさやけさ  All, all , equally.

=お月さまは清かに全て隔てなく照らしぬいて下さる。

<事繁き+言繁き>の迷路から解き放たれた貞心さん・・・

February 13, 2012 テーマ:『論語抄』

論語で読む孔子の人柄 (20)

★孔子は、心の顔がゆったりとのびのびしていた★


この表題は、1月17日に、海竜社から新装新書版で

刊行されたばかりの中野孝次著『論語の読み方』から

引用したもので、孔子の自然な素顔を彷彿させる言葉:

【述而第七の4(151)】<原文と(→読み下し

子之燕居。(→子の燕居(えんきょ)するや、

申申如也。(→申申(しんしんじょ)たり、

夭夭如也。夭夭(ようようじょ)たり。


先に“大御所”の宇野哲人先生の「語釈」によれば:

「燕居」とは、公務を離れ何もせずにいること

「申申」とは、身体がゆったりのびやかなさま

「夭夭」とは、顔色が平和で悦ばしそうなさま

更に『字通』で各文字のなりたちを読むとなお面白い。


“Muliti-Lingual Web Site of Confucius Publishing”の英訳:

At leisure Cofucious was sedate and tranquil.

sedate : quiet or slow , and not likely to shock people

or attract attention  *tranquil : calm , still , and quiet

と、孔子の身体や顔色の微妙な語感が釈然としません。


宮崎市定先生による、私見の『論語』新訳文によれば、

<先生のくつろぎのありさまは

のびやかであり、にこやかである。

と、簡潔かつ平明で、孔子の表情がリアルに見えます。


Papagenoのメモ:

たとえば・・

「燕居」=「無為自然」と言い換えて、

「申申」=「伸び伸び」と言い換えて、

「夭夭」=「和顔愛語」と言い換えれば、

少なくとも“最晩年”の二人の素顔は、

(孔子)=(良寛さん)と言えるかもしれない・・・

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