過去日記
2006-11-25 22:37:56

それから

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この島に来たのは6年生の3学期だったのであるが、学芸会の準備をしていた。

ウィリアム・テルの歌劇だった。それまではこのウィリアム・テルなど知らなかったのだが

リンゴを矢で射るような歌劇であった。

その舞台の中ではその他大勢で参加したのを覚えている。

担任の先生は多分「松隈」先生だったと思うが・・顔は思い浮かべることはできるが

あまり印象に残っていないのは大変申し訳ない気がする。

1999年の中学校の同窓会でこの先生がすでに逝去されていたと聞いたときには

時間の流れを痛感したものである。

そして私はこの島の学校の4階から5階に登って行く・・・中学生になっていくのである。

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2006-09-22 08:47:39

学校

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翌日から、転校生として学校に母と行く。
7階建ての4階が6年生の教室だった。
2クラスで、確かB組だったかな・・・ちょっと記憶があいまいだ。
松隈先生というのが担任だった。40名くらいの初めての仲間がそこにいた。
少し恥らいながら筑豊から来た旨を話しながら挨拶をした。
机に座るも、教科書がまったく違っていた。
長崎と福岡ではこんなに違うのか、という思いがあったことをおぼろげに覚えている。
しばらくは隣の人の教科書を一緒に見ながらの
学習となった。
隣の同級生は地理が得意らしく世界中の首都をスラスラと言ってのけるのを
感心しながら見ていた。
初めて声をかけてくれたのが彼だった。
転校生という不安な中で少し安堵感があった。
6年生の3学期であるから中学に向けての総仕上げなのだが
ほとんど学習についていけなかったことが悔やまれた。
学校の窓からの眺めはとてもいい。周りはすべて海だ。
ほんの4~5日までは海など見えない土地で暮らしていたのが嘘のようである。
軍艦島の遺産
\952
株式会社 ビーケーワン
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2006-09-13 13:46:20

日給アパート

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翌日から島での生活は16号棟という建物から始まった。

9階だての9階である。日給社宅ともいうらしい。

すでに筑豊からの荷物は届いており、両親はその荷解きに忙殺されていた。

窓からみる昨日とは違うきらきらとした海に少し安堵感が出てきていた。

しかし下を覗くとやっぱり高い・・足が少し震える。

こんな高いところにいるのははじめての経験である。

ましてやそこが今日からの住居である。

入り口に土間があり台所とちょっとした倉庫。

4畳半の部屋には左に押入れ。

奥に6畳の部屋・・・これだけである。

ここに親子5人の生活が始まったわけである。

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2006-08-24 09:27:05

軍艦島(端島)上陸

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ようやく島に上陸すると薄暗いトンネルを歩かされた。

長く長く感じられた・・すえた匂いと、潮の匂いが混ざったような匂いが鼻につく

船酔いの気分に容赦のないものだった。

ところどころから水滴がポタポタと落ちてくるのを避けながら

どこに行くのかもわからぬままに圧迫感のあるトンネルを両親の後に続いた。

しばらく歩いたところで視界が開け明るい場所に出ていた。

この島の住人はこうして毎日このトンネルを通っているのかと思うと

子供心にまたしても不安が生まれた。

総勢5家族くらい(記憶があいまいである)の人たちとこの島にやってきた。2日前に筑豊で出会ったばかりの

人たちである。誰も知らない・・・そんな寂しさもあったのかもしれない。

トンネルを抜けると階段をあがり、そこには島には似つかわしくない旅館のようなところに

案内された。

長崎港からの地獄のような船旅が長く感じられ、ようやく畳の部屋に居場所を見つけ

ただただ眠ってしまいたかった。

軍艦島(端島)の1日目が始まった・・・桟橋

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2006-08-23 16:18:13

島のもてなし・・

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huyu あれは小学校6年生の冬・・・1966(昭和41年)

初めて見る島は今にも襲い掛かってきそうなくらい異様に見えた。

船酔いの気分の悪さと、どこに行くのかもよくわからず、住み慣れた筑豊を後にしたイライラが

胸につっかえていた。

12月の海である・・初めて経験する船のゆれに、もう胃の中が空っぽであっても吐き続けなければならないつらさ。

なみだ目の中で見た「端島」・・軍艦島は私にとっては恐怖以外の何者でもなかった。

ここで始まる明日からの生活や夢など何もなかった。

両親の後ろについていくだけしか、もはや私の行くすべはなかったのだ。

昨夜の長崎で初めての中華料理に浮かれていた自分が情けなかった。

無理にでも筑豊の祖父母の家に残ればよかったと後悔していた。

吹きすさぶ風の中船のデッキにしがみつきながら桟橋に船が横付けするのにかなりの時間がかかっていた。

このまま島に上陸せずに引き返したい思いと、船にはもう乗りたくないという思いが交差しながら、小学生の私は

端島の手荒いおもてなしに、本気で泣くことだけをかろうじて我慢していた。


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