私は赤が嫌いなのに。 | サルバドールに花を

私は赤が嫌いなのに。

秋晴れの今日だが、私の心はさながら梅雨のようなものだった。


「悪いけど、今は急がしんだよ。わかってもらえるかな?」


忙しいのはわかる。毎日テストだ、実験だ、バイトやって帰りが遅いのも知っている。だからこそ、休みの時だけでも私にかまって欲しいのだ。


「休みは俺だって休みたいんだよ。ユウコだってそうだろう?疲れた休むだろう?」

「そりゃ、私だって休みたいわ。だけど、ユウトと会えないから寂しいし、何よりもう何週間もしてないでしょう?」

「そりゃ、してないけど・・・たまの休みぐらい、ゆっくりしたい。」


我が儘言ってるのはわかってるけど、止まらない私の言葉はいつもの言葉へと急がせる。


「忙しいのはいいけどさ。そんだけ忙しいなら私にかまっている時間ないじゃない?一体何のために付き合ってるわけ?私がどこで何していようがいいわけ?」

「誰もそうとはいってないだろう?ただ、今は忙しいんだよ!」

「わかった。ユウトは自分のことをしっかりやりなさい。もう疲れたわ・・・」と言葉を切って外に出ようと思った瞬間のことだ

「正直、今は自分で精一杯なんだ。あれもこれもうまくやろうと思ったのが間違いなんだ。俺から今日はいうけど、距離をおこう。」


言われた瞬間に血の気がうせて、笑いながら「そうだね。そうしたほうがいいよ」と言ってしまった。じゃあね。ばいばい。


それで、終わらせた恋からまだ2週間しかたってないが、ユウトからは一度も連絡がなかった。



いつもの帰り道、ふと何気なく寄った喫茶店。こんなところにこんなのがあったかな?と思ったその場所はいつも通る道なのだが、路地裏の隅。日が当たらないその場所はいつも目に入ってなかったのかもしれない。そうだよね。いつもこの道はユウトの顔を、見ながら通りすぎていたし、最近では下ばかり向いているから。


ブレンド650円

アメリカン650円


サルバドール あなたの年


一番最後に書いてあるこれはなんだろうと思った。店員さんは若い綺麗な女性だ。私より2つか3つしたかもしれない。高校を出て大学に入ったばかりの顔だ。鼻筋が通っていて、目が大きい。髪の毛は綺麗な栗色でまつげは長い。白いシャツがとてもピンと張っていて、腰には黒いエプロンをつけている。

話しかけようにも彼女はずっと黙って黙々と珈琲の粉を丹精に挽いている。その香りがこちらまで届いてきそうだ。そのコーヒーミルを挽く彼女の手は白い。だが、手のつけ根。少しだけみれる場所にやけどのようあざがある。


私は何も考えず、サルバドールとブレンドと言った。彼女は話したかどうかわからないほどの時間に「サルバドールも珈琲ですよ。」といってとっさに「じゃあブレンドはいいです」といった。そこまでの課程なのだが、私には会話したと言う実感もなかった。そして相変わらず彼女はミルで豆を挽いている。


その店の中は古いわけではないが、カウンターの席が主で窓際に2席だけあり、テーブルの上には一輪のバラが置いてあり、反対側には絵が飾ってある。絵はバラと金魚が主体の構図なのだが縁を取るようにへらで削り取ったような独特の手法で描かれいる。


「お待ちどうさま。」


振り向くと彼女はその顔つきとは似合わない無表情さで私の前に珈琲を置く。


サルバドールはエスプレッソカップに入れた赤茶色の液体だった。私は何も不思議に思わず、その苦い液体を飲んだ。少しだけ男性の精子の味がした。


お代は年の分だけでいいと言われ、私は25円だけ出した。「ありがとうございます」と言った彼女は少しだけ微笑んでいた。



外を出るとたいした時間もいなかったように思われたが外は真っ暗だった。今日も一日が終わる。携帯には彼からのメールもなければ電話も一切なかった。


家に帰宅してみると捨てたはずの家具が家においてあった。それは友達からの、いや元彼氏が私に買ってくれた白い本箱だった。彼が大好きな建築家さんから輸入して取り寄せたものだった。丸くてとても木には見えないのだが、かすかに触るとごつごつとしている。


不思議なことはコレだけではなかった。


会社に出社すると結婚退職したはずの先輩がまだ会社で私の世話係をしており、同僚で彼氏がいないとぼやいていた彼女が結婚していたり。理解不能だった。


携帯には元彼氏から普通に電話がかかってきて、「昨日何してたの?電話してたんだよ。仕事が終わったら部屋にいくから。」と用件だけぽんぽん言われて、私はうなずいていた。


ユウトは?私の中でかすかに彼の存在がまるで幻のように感じられてきた。


携帯のメモリーの中にはしっかりと楠由宇斗とある。ちゃんとあって聞いてみようと思って、電話をかけた。


コールが一回、二回、3回、4回・・・・・・「はい。もしもし」


ユウトの声だった。「あの、私。ユウコだけど・・・」


「え?ユウコ?えっと・・・・間違い電話じゃないですか?」


「え?なにそれ?もう別れてると思うけど・・・あなたの彼女のユウコだよ。」


「え?別れてるけど彼女?よくわからないけど、僕にはもう結婚している女性がいますよ。やっぱり間違い電話じゃないですか?」


なにそれ?


電話をブツンと切って、携帯を見てみた。ユウトからの最終コールが2週間前なのは確かであった。



その後、普通に家に帰り、元彼氏であったはずのソウジが普通に家に来て、話をしたがずっと私と付き合っているように私に接する。彼は私が知っていた頃よりも出世していて、十分私一人ぐらい養っていけるだけの財力を持っていた。付き合った頃はお金がないって騒いでいたのに。

でも、一つだけ彼もおかしいと思ったらしく「携帯変えたの?」って言ってきた。前の私の携帯は赤だったらしい。私は赤が嫌いなのに。