今日のつぶやき(3)

テーマ:

こんにちは、

ねここです。

 

最近、

気付いた事をすぐに

ツイッターでつぶやくのですが、

 

それらをまとめて

記事にしています。

 

よかったら、

お付き合いください♪

 

 

 

(以下引用)

 

 

 

例えば、
中学校が同じでした、
仲良しでした、

別の高校に行きました、
疎遠になりました。

この時、
いろんな感情を伴うかもしれないけど、

中学校のときに仲良かったことが、
間違いではないよね。

高校になって疎遠になることも、
間違いではないよね。



昔は大親友でした、

でも片方は結婚して子供が出来て
忙しくなりました、

もう片方は仕事で活躍して
忙しくなりました、

疎遠になりました。

そこに
何らかの感情は伴うかもしれないけど、
何も間違ってないし、
誰も悪くないよね。



例えば、
進学して、
新しい友達が出来ました。

何か気が合わない気がしたけど、
せっかく友達になったので、
仲良くしました。

ところが後から、
あまり気が合わなくて、
気まずくなりました。

これはどうかな?

何か間違ったのかな?

私個人としては、
これも何も間違ってないし、
誰も悪くないと思う。



今から思えば、
何となく違和感はあったよね、
もっと心地いい付き合いを
厳選すべきだったよね、
って、
後から後悔する気持ちも分かる。

でも、
そのご縁も、
結局過去の自分に合ったご縁であって、
過去の自分は
ベストの選択をしたのではないかな。



だとしたら、
これでいいんだよね。

全てが完璧で、
みんなベストを尽くしてて、

何も間違っていなくて、
誰も悪くなくて、
これでいいんだよね。

などと、
そんな事を考えておりました。
 

 

 

********

 

 


例えば、
パンを作るとき、

粉や液体を混ぜて捏ねる過程、
休ませる過程、
成形する過程、
焼く過程があるじゃないですか。

自分が、
捏ねる過程から
休ませる過程に入ったからって、

捏ねる過程が間違っていたわけでは、
ないよね。



粉を捏ねている時、
生地を休ませている時には、

パンの焼き上がりなんて
想像も出来なくて、

自分が何をしているかなんて、
分からないかもしれない。

でも、
段々と工程が進んで行くにつれて、

あぁ、
あの工程も必要だったんだな、
って分かるようになってきた。



人は勿論、
快・不快の感覚があり、
好き嫌いがあり、
それで正常なのだけれど、

『快・不快』『好き嫌い』とは別に、
『否定』しないで
受け入れられるようになってきた、
と思う。

過去や周囲に対して、
『快・不快』『好き嫌い』はあっても、

でも『それでいい』ってなってきた。



やっぱり、
自分を肯定して受け入れるのが、
絶対条件なのかな。

少なくとも、
自分を愛して受け入れるという事を、
何年も取り組んでみて、
やっとこんな感覚を覚えるようになった。

という覚え書きです。

 

 

 

********

 

 

 

『面倒臭い奴、コイツ嫌い』

って思われたらしい。

人の好みはそれぞれだから、
それは仕方ない。

だが本当は、

『面倒臭い奴、コイツ嫌い』

って、
自分が自分に、
思っていたんだ。

繊細で、
傷つきやすくて、
臆病で、
ひねくれていて。

うん、
そんな私でもいいじゃないか。

私は私を愛してあげよう。



人の好みは自由だ。

私だって好き嫌いはある。

そして、
私を嫌いな人に、
好きになってもらうように努力するような、
そんな無駄なことをしている暇はない。

私は私と、
私をそのままでいいよって言ってくださる人と、
楽しく遊ぶ。



私、
このままでいい!

みんなも、
このままでいい!

私を好きな人も嫌いな人も、

私が好きな人も嫌いな人も、

みんなこのままでいいんだ~!

なんて自由なんだ!!

 

 

 

********

 

 

 

自分が、
猫飼ったとしてさ。

遊びたい時に遊ばせず、
遊びたくない時に構い、

食べたい時に食べさせず、
食べたくない時に無理やり食べさせ、

苦手な人に抱っこされたり、
苦手な場所に連れて行かれたり、

そんなことばっか繰り返してたら、
病気になるよね。

これ全部、
自分にやってたよね?

怖っ!

 

 

 

********

 

 

 

なんか、
人間関係って、
ややこしいなぁ。

別に不調和を生み出したい訳じゃないんだけど、
なんか、
そうなっちゃったりする。

でもね、
もし私が嫌われても、

それは

『自分が自分を嫌っていたなぁ』

って思うの。

だから、
これは、
自分との仲直りのプロセスであって、
いい事なんだと思う。



私が私を邪険にしていたから、

『あなたは自分を邪険に扱っていますよ』

って、
誰かがそういう振る舞いをしてくれる。

配役したのは私。

私は、
それに気づいて、
自分を大事にするだけ。

『ごめんね、じゃあ、どうしたい?』

って自分に聞いて、
行動するだけ。



まだまだぎこちないけど、
自分との仲直り、
頑張る。

先は長いけど、
『自愛』とか『自分軸』っていう
方向性さえ間違ってなければ、
きっと大丈夫。

 

 

 

********

 

 

 

『迷子』込みで正常!

『鬱』込みで正常!

『ハイテンション』込みで正常!

『調子に乗ってばか騒ぎ』込みで正常!

『愛され』『大事にされ』込みで正常!

『怒られ』『嫌われ』込みで正常!

『面倒臭い自分』込みで正常!

ワシャ正常やったー!

そしてみんなも正常やー!

このまんまでええんやー!



人間て、
甲殻類みたいに、
脱皮を繰り返す生き物なんだなぁ、
と。

一皮剥けて、
また一皮。

それでええねん!

(誰にドヤっているんだ)

 

 

 

********

 

 

 

今の私のままでいいって言ってくれる人がいるんだよ。

こんな、
ワガママで、
人の話を聞かなくて、
偉そうで、
面倒臭くて、
自己憐憫の塊で、
変態で、
しつこくて、
キモチワルイ私を、
そのままでいいって。

凄くない?

その事に気付いたら、
もう、
感謝しかないよね。

愛してくれて、
ありがとう!



笑いって肯定、
笑いって愛。

笑いって受け入れること。

辛いことがあっても、
それでも笑って乗り越えて来た、
それは本当に尊敬に値する。

ご本人は、

『チョケちゃった』

って言うけどね。

それは本当にすごいことなんだよね。

笑うって偉大。



どんな辛いことがあっても、
死にそうなくらい落ち込んでも、
それでもコロコロ笑っている。

その他愛ない笑いに、
周りの人はどんだけ癒されてるか知れない。

私がしょうもないこと言ってもね、
笑って受け止めてくれる。

本当にそれだけで、

『あ、私ここにいていいんだ』

って思うよ。

ありがとう。

 

 

 

********

 

 

 

例えば、

一般的に

 

『お蕎麦は体に良い』

 

などと言われても、

蕎麦アレルギーの人は、

蕎麦と接触してはいけない。

 

いくら

こないだまで蕎麦が平気であっても、

蕎麦が好きであっても、

体が拒否するものは駄目なのだ。

 

我慢して食べるものではない。

 

生理的に駄目なものは駄目なのだ。

 

 

 

だから、

私のことを嫌いな人は、

私と接触しては駄目なのだ。

 

私も近づかない。

 

苦しめたい訳ではないし、

苦しまれるのも嫌われるのも苦しい。

 

お互い無駄な我慢はしない。

 

無関心なら、

こんな事で悩まない。

 

好きだから。

 

これが私の今のところの答えであり、

愛情表現。

 

 

 

********

 

 

 

好き嫌い論が続きますけどごめんね。

 

例えば私が、

ピーマンだったとするでしょう。

 

ピーマンて、

苦くて、

嫌われる野菜じゃない。

 

だから今まで、

自分は苦くて駄目な奴だと思って、

必死に苦くないフリをしていたのね。

 

私、

苦くありませんよ!

 

苦くないピーマンですよ!

 

って。

 

苦味を消す努力して。

 

 

 

で、

そんな人生が苦しかったので、

自分を愛するっていう取り組みを始めたの。

 

取り組みを始めたら、

苦味が消えて、

みんなに好かれると思っていたの。

 

そしたら逆に、

 

『もしかして、

私、

苦くても良いんじゃ?』

 

って気づき始めたのね。

 

 

 

でね、

今まで、

 

『お前は苦いから駄目な奴だ!』

 

っていう人のことを恨んで、

 

『何くそ!

 

私だって、

苦くなくなって、

人から好かれてやる!』

 

って思ってたのが、

 

あれ?

 

あれれ?

 

ってなったの。

 

あれ?

 

私、

苦くても良いんじゃね?

 

って。

 

 

 

そしたら、

世界が二分したの。

 

『うへぇ!

 

あんたって本当は苦い奴だったのね!

 

嫌い!』

 

っていう人と、

 

『別に苦くても、

それはあなたの持ち味だから、

良いんじゃない?』

 

っていう人と。

 

で、

あぁ、

 

私が苦くても苦くなくても、

人から嫌われたり受け入れられたりするんだ、

なるほど、

と。

 

 

 

別にね、

ピーマンの苦味や、

そのほか全てを、

全肯定してもらう必要は無いの。

 

それは、

私自身の仕事だから。

 

でも、

苦いピーマンのことを、

 

『ツッコミ所はいっぱいあるけど、

それでもまぁ、

それで良いんじゃ?』

 

って言ってくれる人が、

この世にはいるんだ!

 

この世は何て優しいんだ!

 

って、

感動したの。

 

 

 

なんか、

今まで、

自分の苦味を消して、

苦くないピーマンを目指してたのが、

 

おかしいような、

無駄だったような。

 

でも、

苦くないピーマンを目指して

もがいていたからこそ、

分かる事もある。

 

苦くないピーマンなんか目指さなくたって、

最初の最初から、

ピーマンはピーマンでよかったんだ。

 

 

 

などと、

草むしりをしながら、

考えておりました。 

 

 

 

(引用終わり)

 

 

 

最近ね、

書きたいことが山のように降ってきて、

 

でも、

一日も経つと、

鮮度が落ちてしまうんですよね。

 

昨日の私が言いたかったことは、

今日の私には古い、

っていう感じです。

 

ですから、

ちょっと長いですが、

自分で残しておきたいと思ううちに、

全部ブログに転載することにしました。

 

こんな独り言のおしゃべりに

お付き合いくださって、

ありがとうございます!

 

 



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