「挑戦する人」を創出し、広く社会に「勇気と自信と感動」をもたらす「新しい社会的価値」を創造する。株式会社ドリームビジョン

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2012-02-03 07:28:17

代表者からの挨拶 ~ jannovation spring に懸ける想い ~。

テーマ:人生には勇気と自信が必要だ。
2011年8月。私はシリコンバレーにあるPlug and Play Tech Center 大ホールの片隅で、350人の聴衆を前に、慣れない英語で懸命にプレゼンをする20名を超える日本人の若い起業家の姿を見ながら、昭和の高度経済成長を実現した先輩方の苦労に思いを馳せていました。

私の両親はふたりとも昭和一桁生まれで、貧しい日本に育ち、戦争を経験し、そして、戦後の高度経済成長を担ってきました。父は幼少の頃、自宅で飼っていたヤギの乳を絞り、動物性タンパク質を摂っていたそうです。その後、昭和の高度経済成長の恩恵を存分に享受した私達の世代は、何不自由ない生活を送ることができるようになりました。

しかし、1991年の金融・不動産バブルの崩壊以降、日本経済は「失われた20年」とまで言われるようになり、それに追い打ちをかけるように「3.11」が起こり、日本は一瞬にして、「激動の時代」に突入しました。

10年ほど前に、作家の村上龍氏は、「希望の国のエクソダス」という本の中で、こんなことを書いています。

「この国にはなんでもある。本当にいろいろなものがあります。だが、『希望』だけがない」。

少子高齢化とGDPの2倍以上の政府債務に苦しんでいながら、その一方で、各種規制や既得権益に群がる人達は改革を阻み、その結果、若者の雇用が犠牲にされ、これからの日本を担うはずの世代が、将来に対する「希望」を持てなくなっています。

それでも、今年の「新成人」を対象とした調査結果1 では、「自分たちの世代が『日本を変えていきたい』」とする声が「約8割」と、戦後最大の国難と言われる現状をきちんと直視ししています。失われた20年といわれる時代に育った、失うもののない「若い世代」こそ、この国の「当事者」としての意識が高いこともまた事実です。

社会を「変革」し、人々に「勇気と自信」と「感動」をもたらし、将来に対する「希望」を持てるような試みができるのは、政府ではなく、我々一人一人の国民です。そして、このような時代にこそ求められるのが、変化を「当然」且つ「健全」なこととして受け入れ、そこに「イノベーションの機会」を見出し、リスクをとって果敢に挑戦する「起業家」です。

起業家の聖地であり、グローバルイノベーションを次々と輩出するシリコンバレーの空気に触れ、様々な人達と出会い、議論をすること、それも学生時代にそのような「機会」を得ることは、自分自身がそうであったように、その後の人生にとって大きな影響をもたらすと確信しています。

一人でも多くの学生の方がこのプログラムに参加し、刺激を受け、ご自身の将来を切り拓いていくきっかけとなることを心より願っています。

2012年2月1日

株式会社サンブリッジ グローバルベンチャーズ
代表取締役社長 平石郁生

(※1:全国の新成人男女500名を対象に『2012年新成人に関する調査』を実施。2011年12月6日~8日、マクロミル社による)
2012-02-03 05:25:38

「一生、チャレンジャー(挑戦者)でいたい」。

テーマ:人生はすべて必然。
2月3日。今日は「節分」。文字通り、季節を分けると書く。今日を境に少しずつ暖かくなっていくことを期待したい。

ところで、とあることで一昨日から妻が入院し、ここ2日間、子供とふたりで過ごす夜が続いている。

無くしてみて初めて、その存在の大きさや有難みに気づくというが、まさしく、そう思う。

ところで、激動に揺れた2011年が終わり、2012年を迎えて一ヶ月が経った。

昨年後半からあまり書かなくなったブログも最後の更新から一ヶ月、そして、サンブリッジ グローバルベンチャーズを設立してからもちょうど一ヶ月ということで、久しぶりにブログを書くことにした。

さて、書きたいことは色々あるが、嬉しい出来事があった。

先程、起きてきてfacebook をチェックしていたら、Message の Others のところに「1」とあり、何かな・・・と思ってクリックしてみると、今から12~13年前、僕が原宿のマンションの一室で、ベンチャーとは言えない零細なベンチャーを細々と経営していた頃に訪ねてきてくれた、当時、とある証券会社に勤めていたという方からの「起業します!」という挨拶だった。

その彼には大変申し訳ないが、彼のことは覚えていないし、その時の僕が、彼にどんな話をしたのかも当然、覚えていない。

でも、「『起業したい!』と思ったのも平石様から大きな影響を受けた所が非常に大きいと思っております」という一文を読み、とても嬉しく思ったと同時に、自分自身の生き方に責任を持たなければいけないと、改めて思わされた。

実は、以前にも何度か今回のようなことがあり、その都度に同様な思いをしてきたが、僕にとっては「7度目の創業」にあたるサンブリッジ グローバルベンチャーズを設立して一ヶ月目の「節分」に、そのようなメッセージを頂戴したことは、何かの「意味」があると思っている。

事実として、彼に返事を書きながら、今からちょうど12年前(干支でいう一周。あの時も年男の翌年だった)、現ALBERT代表取締役会長の山川さん達と一緒にインタースコープを創業した頃、自社のウェブサイトのスタッフ紹介でのメッセージに、「一生、チャレンジャー(挑戦者)でいたいと思います。僕にとっての挑戦とは、一生、自分らしく生きていくことです」と書いていたことを思い出した。

メッセージをくれた彼に感謝し、彼の決断に恥じないよう、僕自身も頑張っていかなければと思う。

二つ目のトピック。サンブリッジ グローバルベンチャーズでは「2/27~3/2」の5日間、大学生と大学院生を対象とした「jannovation spring」という、シリコンバレーでの「缶詰プログラム」を開催する。

実はこのプログラムのきっかけは、サンブリッジ創業者のアレンが関西出張に行った際、とある教授の方との話で盛り上がり、彼の一存で決めてきたことであり、突如として発生した台風のようなプロジェクトに、現場のスタッフは大騒ぎとなった。

まあ、いつものパターンで、慣れていると言えばそれまでだが、僕のように何度か起業し、会社経営をしてきて、尚且つ、アレンと歳も近い人間は別として、若いスタッフは、アレンから言われたら、そりゃ、ノーとは言えない。

こうして書きながら、インタースコープ時代やドリームビジョンとしてスタッフを抱えていた頃の自分を思い出し、アレンを反面教師(失礼!)としなければと思う次第である。

但し、サンブリッジの仕事とは言え、僕の責任で開催を決定した「Innovation Weekend Grand Finale 2011」に、アレン(サンブリッジ)がスポンサーしてくれたお陰で何とか開催できたことを考えると、僕が「jannovation spring」開催に責任を持つのは、ある種、イーブン(フェア)な話である。

ところで、その「jannovation spring」だが、準備の時期が「Innovation Weekend Grand Finale 2011」と重なり、昨年の間は、僕は殆ど手伝うことができなかったのだが、何とかスポンサー企業の目処もたち、無事に開催できそうなところまで漕ぎ着けた。

ここまで来れたのは、例によって超優秀なインターンの面々のお陰だが、それに加えて、シリコンバレー側のスタッフのコミットが大きい。僕のブログ上で恐縮だが、心からお礼を申し上げたい(まだ、終了していないので、お礼を言うのは早いけどw)。

そして、今年からGVH(Global Venture Habitat)大阪の責任者となった牧野というスタッフの頑張りなくしては、ここまでさえ、来れていないと思う。

その牧野のリクエストで、「代表者からの挨拶 ~ jannovation spring に懸ける想い ~」という原稿を書いた。

今日明日には「jannovation spring」のウェブサイトがカットオーバーされると思うが、節分と立春(明日)に因んで、僕のブログにも掲載させていただくことにする。

実は、この原稿、少々恥じらいながら書いたことが文脈に表れていたらしく、シリコンバレーオフィス責任者でサンブリッジ グローバルベンチャーズの取締役でもある川鍋が「思いが直球で伝わるように原稿を変えてみました」というメッセージと共に、少々リライトしてくれた。

以前にも書いたとおり、アレンとは個人的に12年の知り合いだが、サンブリッジという会社としては「外様」である僕にとって、こうして、理念とビジョンを共有できるスタッフと仕事ができることは、とても幸せなことだ。

実は、アレンからは昨年の夏前から、(サンブリッジに)フルコミットしてもらえないか?と言われていたのだが、当時の僕は、また大きな責任を背負い込むことと、ドリームビジョンの株主に対する責任から、良い返事を避けてきたのだが、前者はともかく、後者に関しては、サンブリッジの仕事を通じて(実際に、ドリームビジョンから SunBridge Startups LLPに出資をしている)、彼らへの責任を果たしていこうと決断をした。

三つ目のトピック。今年に入って2冊目となる「日本人がグローバル資本主義を生き抜くための経済学入門」という本を読んだ。

「もう代案はありません」という副題がつけられたその本の著者は、藤沢数希という、アゴラ言論プラットフォームでのブログで有名な外資の投資銀行に勤務する人だが、計算科学や理論物理学の分野で「博士号」を持つ彼の著作は、極めて複雑な経済や高度な理論が、とても平易な言葉で分り易く解説されており、僕のように経済学部を出たわけでもない人間が読むにはうってつけの本である。

是非、一読されることをお勧めする。

そして、ドリームビジョンとして手掛けていた人材紹介業から撤退し、エンジェル投資と投資先の社外取締役や顧問等の仕事を除き、一切の仕事を止め、毎朝、妻を仕事に送り出した後、カフェをハシゴしながら、唯ひたすら「読書」をすることが日課だった2009年に読んだ「自助論(スマイルズ)」を、今こそ、全国民に読んで欲しいと思う。

また、福沢諭吉が書いた「学問のすすめ」は、人口が「3,500万人」しかいなかった当時の日本で、なんと「350万分」が売れたそうだが、それはつまり、赤ちゃんから高齢者まで含めた10人に1人が読んだことになり、当時の日本国民には、そういう「危機感」とスマイルズの「自助の精神」があったということである。

10年ほど前、作家の村上龍氏は「希望の国のエクソダス」という本の中で、「この国にはなんでもある。本当にいろいろなものがあります。だが、『希望』だけがない」と書いたが、3.11で不幸にも被災した方々や一部の尊敬すべき人達を除き、今の日本には「自助の精神」が足りないと思う。

話は変わるが、田中康夫氏が国会答弁で述べたように、「遺伝子組み換え」の食料が輸入されてくることは断固として阻止しなければいけないが、そのこととTPP参加の是非は別の議論である。

上述の藤沢数希氏の著作によると、1970年以降、政府の「コメの減反政策」に関する「補助金」に「年間2,000億円」という国費(税金)が投入され、その額は現在までに「累計7兆円」にもなるという。また、OECDによると、日本の農業への直接的な補助金と、関税800%というコメのように極めて割高な農産物を買わざるを得ない間接的な日本国民の負担の合計は、毎年「5兆円」を超えているらしい(L.A.に住む叔母は日本に来る度に、野菜が高い高いと言って文句を言っている)。

僕は、藤沢数希氏の著作を読み、読書が日課だった日々に読んだミルトン・フリードマンの「資本主義と自由」を思い出した。

「jannovation spring に懸ける想い」の中に、既得権益に群がる人達ということを書いたが、僕には「族議員」や「自助努力を忘れて、政府に助成金の陳情をする人達」や「赤字国債を発行し続ける政治家」が理解できない。

しかし、一国の政治のレベルはその国の国民のレベルを表すわけであり、環境や周囲を批判する暇があったら、自分にできる努力をコツコツと積み上げ、足元から変えていく以外に方法はない。

僕にもう一度、大きな責任とチャンスをくれたアレンと僕の決断を支持してくれたドリームビジョンの株主の期待に応えるためにも、若くして亡くなった両親の愛情に応えるためにも、そして、僕が生まれ育った日本の復興の一助となれるよう、一生、挑戦者でいられるよう、頑張っていこうと思う。
2012-01-05 23:04:20

「幸せの黄色いハンカチ」と「7社目の創業」。

テーマ:起業というイノベーション
皆様、新年明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願い申し上げます。

今年初のエントリーは、新しい挑戦について書くことにします。

2012年1月5日。株式会社 サンブリッジ グローバルベンチャーズ の登記申請が完了しました。

株式会社サンブリッジ グローバルベンチャーズは、僕にとって「7社目の創業」にあたりますが、今までの6社とは異なり、株式会社サンブリッジ創業者のアレン・マイナーと創業メンバーを中心に、「ベンチャーハビタット」として2000年より運営してきた「ベンチャー企業の投資・育成事業」を会社分割によりスピンオフし、設立した「ベンチャー企業」です。

つまり、僕がスクラッチから立ち上げたわけではなく、アレン達が築き上げたブランドと経営資源を受け継ぎ、バトンを受け取る形で創業した会社であり、創業時から既に「公器」と言っても過言ではありません。

その「公器」の代表取締役社長を仰せつかり、大きな責任をひしひしと感じています。

ビットバレーに沸いたネットバブルから約10年。インターネットは今、スマートフォン、ソーシャルメディア、そしてクラウド・コンピューティングという「3大潮流」により、新たなムーブメントを迎えています。

また、こうしたムーブメントにより、起業に際する資金的ハードルが大きく低下したことを受け、若い世代を中心に起業意欲の高まりが見られ、それに呼応する形で、ネット第一世代の起業家によるエンジェル投資やシードアクセラレーターによるインキュベーション型の投資スタイルが台頭する等、起業を取り巻く環境は大きく変わってきています。

そのような環境変化を踏まえ、サンブリッジ グローバルベンチャーズは、ベンチャーハビタットとして約10年の投資・育成活動で培ったノウハウとリスクマネーを供給すると共に、シリコンバレー&サンフランシスコ、東京、大阪に加え、アジアの玄関口である福岡(準備中)の4拠点を活用し、世界市場に挑む若い起業家を、国境を越え、Global Seed-Accelerator として、シームレスに支援していきたいと考えています。

そして、僕たちの活動が、日本社会の復興の一助となれれば、とても嬉しく思います。

話は変わりますが、1月2日、「幸せの黄色いハンカチ」で有名な「山田洋次」監督が、東北の被災地を巡りながら、これからの日本を考えるシーンを綴ったNHKの番組を見ました。

陸前高田(だったと思います)に住む元大工さんが「津波に流された自宅跡地」に「幸せの黄色いハンカチ」を掲げたところ、ある人がその光景を写真に撮り、山田洋次監督に送ったところ、感動した山田洋次監督が、元大工さんにお礼の葉書を出したことが紹介されていました。

本当はもっと長々と書きたいのですが、日付が1/5のうちにこのエントリーをアップし、facebook に投稿したいので手短にしますが(後日、続編を書こうと思います)、僕はその番組を見ながら、サンブリッジ グローバルベンチャーズとして、僕は「社会にどんな貢献ができるだろうか?」と考えていました。

僕が生まれ育った「福島県」は原発の事故により、大きな被害を受け、そこに住む人達はとても苦しんでいます。

しかし、僕は、こうして何事も無かったかのように東京で普通に生活をしており、直接的には何の貢献もできません。

僕ができることは、自分自身が起業家としてビジネスを立ち上げること、世界市場に挑む若い起業家をGlobal Seed-Accelerator として支援すること、そして、法政大学経営大学院(MBA)で学ぶ人達に僕の拙い経験を踏まえてアドバイスすることであり、それを通じて、日本社会の復興に貢献することです。

この世の中の「すべての営み」は「人」が為すことです。

「世界に挑戦する人を創出し、広く社会に『勇気と自信』と『希望』をもたらす、新しい社会的価値を創造する」ことを理念とし、甚だ微力ながら、元大工さんが「幸せの黄色いハンカチ」に託した想いに負けないよう、心を強くもって頑張っていこうと思います。

僕たち世代が生まれ育った「昭和の高度経済成長期」の先達の皆さんに負けないぐらい、頑張っていこうと思います。

サンブリッジ グローバルベンチャーズ創業メンバーを代表して、皆様方のご指導とご鞭撻をお願いし、新年の抱負とさせていただきます。

宜しくお願い申し上げます。
2011-12-17 23:18:23

「人生はすべて必然」。新年への抱負に代えて。

テーマ:人生はすべて必然。
今年も残すところ、あと2週間となりました。皆さんは、いかがお過ごしでしょうか?

さて、僕がアメブロでブログを書き始めた2006年4月以来、これだけブログの更新ができなかったのは初めてでした。

最後に更新したのは11月5日なので、なんと一ヶ月以上も更新できずにおりました。

最近はfacebook での投稿がメインになってしまっているということもありますが、とにかく、仕事が忙しく、僕なりのスタイルのエントリーを書く時間が取れなかったのが一番の理由です。

今日は、僕のブログに読者登録をして下さっていたり、いつも読んで下さっている方々へのお詫びを兼ねて、近況報告のエントリーとしたいと思います。

まず最初のご報告として、12/15(木)13:30~@六本木ヒルズ49F(アカデミーヒルズ)にて、Innovation Weekend Grand Finale 2011(IWGF2011)と題したイベントを開催しました。

お陰様で、約300人の方々にご来場いただき、盛況にて開催することができました。

このイベントは今年5月20日に、ネットエイジを再始動された西川さん、1990年代の後半から日本のネット系ベンチャーシーンを取材・報道し続けているベンチャーナウの竹内さんと一緒に立ち上げた「Innovation Weekend」という活動の今年の集大成として行ったものです。

サンフランシスコで注目のシードアクセラレーター、RocketSpace Inc. Founder & CEO, Mr. Duncan R. LoganCyberAgent America, Inc. President & CEO, 西條さん、そして、シリコンバレーで Angel Investor として活躍中の Mr. Richard Chen(元Google Inc.で現在は「はてな」の非常勤取締役としても有名)を招聘し、「Go Global !」をテーマに、それぞれの立場から、とても示唆に富んだ話をしていただきました。

また、僕の20年来の友人で、現在はシリコンバレーで「2度目(日本を入れると3度目)」の起業に挑戦中の吉川さんに、シリコンバレーのご自宅からSkypeで参加していただき(これがテクニカルトラブルで大変でした!)、シリコンバレー在住12年の苦労話をしてもらったり、今年8月に米国で会社を登記しサンフランシスコで活動を始め、ビザの関係で一時帰国中の若手起業家のホープ、Wondershake 鈴木さんに、この数ヶ月の苦労話と収穫について話をしてもらったり、SunBridge Partners の川鍋からはサンブリッジのシリコンバレーでの取り組みを紹介してもらったりと、盛りだくさんの内容でした。

そして、Innovation Weekend のメインコンテンツは、新進気鋭の若手起業家による「ピッチコンテスト」です。

IWGF2011では、歴代のInnovation Weekend 優勝者と準優勝者(第1回から第5回。なんとほぼ毎月、開催してきました!)に、一般公募と主催者推薦の中から13社を選出し、さらに、ウェブ上の投票により選出した6社を加えた「計17社」による熱いバトルが繰り広げられました!

そして、見事、優勝された「グラモ後藤さん」には、来年3月にシリコンバレーの Plug and Play Tech Center で開催される国際的な起業家イベントである「i-EXPO」への出場権を贈呈いたしました!

そんなことで、とにかく、忙しくしており、ブログの更新が滞ってしまった次第です。何卒ご了承下さい。

尚、このイベント(IWGF2011)は、昼夜を問わずに必至に働いてくれたサンブリッジのインターンの皆さんと当日のボランティアの皆さんの存在無しには、実現できませんでした。

>インターン&ボランティアの皆さん、本当にありがとうございました!打ち上げをやりましょう!

ところで、もうひとつ、大切なご報告があります。

今年1月に、創業者のアレンマイナー氏と2年半ぶりに再会したことがきっかけとなり、Global Venture Habitat(GVH)東京オフィサーとして、3月から関わり始めたサンブリッジですが、投資機能を含むGVH事業を会社分割によりスピンオフさせ、株式会社サンブリッジ グローバルベンチャーズを設立し、代表取締役社長に就任することになりました。

とても責任重大な職務であり、大きなプレッシャーを感じていますが、1991年に初めての起業をしてから20年という節目の年に、このような機会を与えてくれた関係者の皆様方に心から感謝をしています。

そして、本気で「世界一のGlobal Seed-Accelerator(グローバル・シードアクセラレーター)」を目指し、チーム一丸となって挑戦をして参ります!

皆様のご支援ご指導を宜しくお願い申し上げます。

最後にもうひとつ、ご報告させていただきたいことがあります。

2009年の夏、失意のどん底で、毎朝、妻を仕事に送り出した後、ただひたすら、ドラッカー、ミンツバーグ、クリステンセン、スマイルズ等の経営に関する書籍をカフェを梯子しながら読んでいた頃、突然(久しぶり)に電話をかけていらした法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科小川孔輔教授のお導きにより、2010年4月より、同大学院(MBA)の兼任講師としての仕事を始めたわけですが、今年4月より、客員教授を仰せつかり、現在、3人の学生の方々の指導担当をさせていただいており、とても名誉なことと思っていると同時に、大きな責任を感じています。

それまで働いていた会社を退職し、人生のReDesignをするために大学院に入学し、必至に勉学に励んでいる方々に、僕の今までの経験、特にドリームビジョンで大失敗をした経験をもとに、少しでもお役に立てていればと思っています。

これまた幸いなことに、アレンおよび関係者のご理解により、法政大学経営大学院の仕事も続けていけることになり、本当にありがたいことと感じています。

そして、僕を信じて、株主として僕に懸けてくれたドリームビジョンの株主の皆さんには、何ひとつ、結果を残せていないにも関わらず、僕の新しい挑戦を温かく見守っていただいていることに、心から感謝をしています。

以上、ここ最近の近況報告をさせていただきましたが、今年は本当に色々なことがありましたね。

「福島県」出身の僕にとっては、忘れられない年になりました。

先達の血の滲むような努力により、Japan Miracle とまで言われた「昭和の高度経済成長期」に生まれ育ち、その恩恵を存分に享受してきた世代のひとりとして、この国難を打開するための一助となれるよう、甚だ微力ではありますが、自分自身が持って生まれたものを存分に発揮し、頑張っていこうと思います。

「4度目の年男」の終わりに、近況報告と「新年に向けての抱負」を兼ねて。

皆様、良いお年をお迎え下さい!
2011-11-05 22:50:32

ソーシャルメディアが世の中の中心だと思ってはいけない。

テーマ:私生活
今日は渋谷にある「東急ハンズ」に行った。子供がカブトムシの幼虫を飼っており、腐葉土を買うためだ。

何年ぶりかで足を踏み入れた店内は、クリスマスツリーでいっぱい!
どうにも気が早い。

ところで、東急ハンズの店内、若い人が多かった。

東急ハンズにもあるだろうとは思っていたが、どこから入るのかが分からず、隣のPARCOパート3 の駐車場にクルマを入れたが、パート3 の店内もティーンエージャーで賑わっていた。

そして、おしゃれな店員さんの姿が目にとまった。

また、駐車場の料金所には、大学生と思われる女の子がいて、いまどき珍しく、きちんと相手の目を見て、笑顔で対応してくれた。

「スペイン坂」界隈には、「リアルな生活」と若者の熱気が感じられた。

facebook や Twitter など、ソーシャルメディアが世の中の中心だと思ってはいけない。

ふと、そんなことを思った夕方だった。
2011-11-05 13:17:47

合理は語れない。非合理は「ストーリー」になる。

テーマ:人生はすべて必然。
Steve Jobs が亡くなったことに対する僕たちの子供の反応について書いたエントリーに、かれこれ14年の付き合になる友人からメールがあった。

ここのところ、公私ともに忙しくしており、返事も書けないままだったので、そのお詫びを兼ねて、このエントリーを書くことにした。

因みに彼は、僕がアメブロでブログを書き始めてから、ひとつのエントリーの例外もなく、皆勤賞で僕のブログを読んでくれているという。

ありがたい話である。

ところで彼は、やはり、Steve Jobs について書かれた大学時代の研究室仲間の方のブログに対して、ソフトバンクの孫さんが言うように、「100年後の人々は、Steve Jobs とレオナルド・ダ・ヴィンチ並び称するだろう」とコメントを残している。

また、Macは使ったことがなく、Windows 派の彼は、ビル・ゲイツは、ダ・ヴィンチではなく、ロックフェラーやカーネギーと並び称されるだろうともコメントしていた。

たしかに、芸術家と事業家という違いが、その生き方からも感じられるように思う。

ところで、ブランド論で有名な片平先生が、ある講演で言っていたことが頭に残っている。

それは、「合理的に突き詰めていけば、同じような結論に至る」ということ。

そして、「合理は語れない。非合理は『ストーリー』になる」と仰っていた。

自ら創業した会社を追われ、一度は失意のどん底に落ちた Steve Jobs に頼らざるを得なかったアップルは、彼の復帰と共にパソコン(Macintosh)依存を打破し、時価総額世界一の企業になった。

何が合理的(理に適う)かは、その人の価値観によって異なるわけで、世の中一般的には非合理でも、自分にとって合理的ならそれでいい。

たとえカッコ悪くても、Stay Yourself!

iPhoneからの投稿
2011-10-16 22:17:30

Jobsさんのお葬式に出たい。

テーマ:起業というイノベーション
土曜日に保育園の運動会があったことは、facebookに書いたが、クライマックスの年中、年長の子供たちによる「リレー」は、プロスポーツ選手に負けない迫力と感動があった。

ところで、日曜日の今日は、とあることで神社にお参りに行った後、知り合いのシェフが運営している表参道のレストランでお昼を食べた。

徹底的に食材に拘った料理はとても美味しく、名物のバーニャカウダに我が子は大満足だった。

ランチの後は自宅に戻り、「Steve Jobs」の追悼番組を見た。

20年来の友人というのは大変烏滸がましいが、親しくさせていただいている元アップル日本代表の前刀さんが出るということで、DVDに録画してもらっていた。

先月で6歳になった我が子は、DVDでの録画がお気に入りで、「お父さん、この間のDVD、見た?」と訊いてきて、昼寝をしたいのを我慢して見ることにした。

「この人、死んじゃったの?」と訊いてきたので、「そうだよ。iPhoneを創った人なんだよ」と答えると、「えっ!ほんと、出たい!」というので、「何?」と聞き返すと、「Jobsさんのお葬式に出たい!」という返事が返ってきた。

6歳の子供にとっても、iPhone の生みの親は「凄い人」であり、「残念」だと思う対象だと知った。

あの執念の人、Steven P. Jobs は、もう、この世の人ではないことが、未だにピンと来ない。

Good bye, and thank you, Steve Jobs.

追伸:「少子高齢化」社会と我々の年齢を反映して、我が子は、結婚披露宴には数えるほどしか出ていないが、告別式やお通夜、法事には、相当な数、出ている。「お葬式=大切な人が亡くなった時に出るもの」という彼なりの理解において、iPhone 生みの親のSteve Jobs は、彼にとっては「お葬式」に出たい存在だということを知った。
2011-10-07 23:38:36

訃報

テーマ:人生はすべて必然。
サンブリッジのオフィスでMTGをしていたら、iPhone に弟から電話があった。

何かと思って電話に出ると、上野で小さな町工場を営んでいた親戚のおじさんの訃報だった。

彼は、亡くなった父親の従兄弟にあたり、僕たちの父親と、とても親しくしていたことから、僕が大学生の頃、よくバイトをさせてもらっていた。

あれは大学2年の時だったが、とても暑い夏で、おじさんの会社で重たい荷物を担ぎながら、今日は暑いな・・・と思い、帰宅してニュースを見たら、その日の最高気温が37.4度だったことを今でも憶えている。

小さな町工場とはいえ、まがりなりにも経営者だったおじさんは、社交的な性格も相まって、とても顔が広く、高校生の頃、後楽園球場や神宮球場で行われたオールスターゲームのチケットを取ってもらい、何度か観に行ったりした。

若気の至りで起業し、会社の経営を始めた僕に、色々とアドバイスをくれたのも、おじさんだった。

早くに(僕が24歳の時)父親を亡くした僕にとって、第二の父親のような存在だった。

とにかく、とても面倒見の良い人だった。

最後に会ったのは、いつだっただろう?

いつも、ウィットに富んだ冗談を言っていたおじさんは、もうこの世の人ではないことが、にわかには信じられない。

今年は、3.11を皮切りに、衝撃的な出来事が続く。

間違いなく、世の中全体が大きな転換点にある。

亡くなった人には二度と会えないが、こうして、おじさんのことをブログに書くことで、少しでもおじさんの供養になればと思う。

人生はいつなんどき、どうなるか誰にも分からない。

Steve Jobs が言ったように、毎朝、鏡の中の自分に向かって、今日が人生の最後だったとして、今日の予定は本当に自分がやりたいことだろうか?と自問し、毎日毎日を一生懸命に生きるしかない。

今この瞬間に決められないことは、おそらく、一生かかっても実現しない。

明日は、最後のお別れに、おじさんに会いに行こう。
2011-10-06 23:57:43

Stay hungry, Stay foolish... and Stay Yourself !

テーマ:人生はすべて必然。
サンブリッジのシリコンバレーオフィスとSkype でのMTGがあり、今朝10時過ぎに繋いだら、「今日(10/5)は大変な一日でした・・・」とのこと。

僕が「何かあったんですか?」と尋ねたところ、「えっ、知りません?スティーブ・ジョブスが死んだんです・・・」という一言が返ってきた。

その衝撃は、1994年5月2日、僕が大好きだったF-1レーサーの「アイルトン・セナ」が亡くなって以来のものだった。

話は変わるが、今日はNBC(New Bsuiness 協議会)主催(事実上は、メンバーズ代表取締役社長の剣持さんの主催)の「Connect!」なる、大企業とベンチャー企業のパイプラインを創ろうという趣旨のイベントがあり、六本木ヒルズ49Fに出掛けた。

スペシャルゲストは「ジョン・ヴィクター・ルース(John Victor Roos)駐日米国大使」。

ルース大使は元シリコンバレーの弁護士事務所のCEOであり、アップルはその法律事務所の顧客であり、大使のお子さんたちとスティーブ・ジョブスのお子さんたちは一緒に遊んだ仲であり、ルースはジョブスと同じ、56歳だという。

とても親交の深かったジョブスの訃報に接し、ルース大使は、今日のスピーチ原稿を破棄し、ジョブスに対する哀悼の言葉を捧げていた。

僕の気のせいかもしれないが、ルース大使の表情は鎮痛そのものに見えた。

ところで、典型的な私立文系の僕にとって、コンピューターという存在は気難しい機械以外の何者でもなく、一生、関わりのない代物だと思っていたが、1998年、Macintosh のデモを初めて見た僕は、そのGUI(Graphical User Interface)に驚きを禁じ得なかった。

コンピューターというものに対する「概念」が変わった瞬間でもあった。

セナがそうだったように、天才は「太く短く、深く、波乱万丈」に人生を送るのだろう。

独善だろうが暴君と呼ばれようが、自分の美学と信念を貫いたスティーブ・ジョブスの生き方から、何かを学びたいと思う。

「雷同と横並び」からは何も生まれない。
2011-10-01 23:36:00

Stay Yourself!「予言は自己実現する」。

テーマ:人生はすべて必然。
今年も残すところ、あと3ヶ月。僕にとっては、48年目のシーズンの半分が終わった。

3.11。大地震と大津波、そして原発事故。紀伊半島を襲った台風。東方地方を縦断した台風で、福島県郡山市の実家は、あわや床上浸水(あと5センチだったらしい)。

これだけ集中的に自然災害(原発は人災)が発生したのは、少なくとも僕が生まれてからは記憶にない。

災害ではないが、記録的な「円高」も日本経済に大きな影響を及ぼしている。

ところで、昨夜は、ベンチャーナウの竹内さん、ネットエイジの西川さんと始めたInnovation Weekend の第4回目を開催した。

サイバードの堀さんにゲストとしてご登壇いただき、i-mode時代をサクっと振り返ってもらった後、これからのモバイルインターネットについて縦横無尽に語ってもらった。

この話は以前にも書いたが、法政イノマネの夏期集中講義にゲストとして登壇してもらった「おざーん」や数日前に上場を果たした Klabの真田さん、そして、サイバードの堀さん達を見ていると、起業家なり事業家としての才能では、どこからどうみても敵わないことを再認識させられ、とてもサバサバした気持ちになった。

自分で事業をやっていた頃は、曲がりなりにもインターネットリサーチ業界では「御三家」の一角として認知され、それなりの自負があったが、ドリームビジョンとしては事実上、事業は整理し、エンジェル投資家なり、ビジネススクールの客員教授という立場で彼らと接すると、相手と自分を同じ土俵で比較する必要もなく、素直に自分の器を認識することができるし、彼らの才能を賞賛することができる。

これは、僕にとっては思いがけない幸運な出来事である。

自分は自分のリフを弾けばいいし、プレッシャーを感じる必要はない。

変なプライドや見栄は、さっさと捨てた方が「身軽る」になれるし、「自由な発想」ができる。

ところで僕は、自分にとって「2冊目」の本を書こうと思っている。

タイトルは「破壊的イノベーションの軌跡」。

この先の6ヶ月は怒涛の勢いで過ぎていくだろうけど、何とか頑張って、来年の春先には出したいと思っている。

「予言は自己実現する」。

インタースコープの頃から、将来はベンチャーの「投資育成」事業をやりたいと思っていたが、アレンとの2年半ぶりの再会がきっかけでファンド(厳密にはファンドではないが)を立ち上げ、少額だけどドリームビジョンからも出資し、既に2社に投資を実行。尚且つ、2社とも「グローバル展開」を始めており、日経新聞に掲載され、CNETでは詳細まで書いていただいた。

「捨てる」ことができれば、「新しい」ことが入ってくる。

Stay yourself ! Define your own success !

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