何か、単に勅令やら命令やら並べてるだけなのに、何か個人的に段々面白くなってきた。(笑)
一人盛り上がり状態。
それもよし。
まぁ、盛り上がってるのに今日で休止するんですけどね。(笑)
そのうち、他の関連史料が見つかったら続きを。

ってことで、今日もアジア歴史資料センターの史料から。
『御署名原本・大正十二年・勅令第四百四号・私法上ノ金銭債務ノ支払延期及手形等ノ権利保存行為ノ期間延長ニ関スル件(レファレンスコード:A03021469800)』より。
1923年(大正12年)9月7日付『勅令第404号』。

朕茲に緊急の必要ありと認め、枢密顧問の諮詢を経て、帝国憲法第8條第1項に依り私法上の金銭債務の支払延期及手形等の権利保存行為の期間延長に関する件を裁可し、之を公布せしむ。

大正12年9月7日
内閣総理大臣兼外務大臣 伯爵 山本権兵衛
内務大臣 子爵 後藤新平
文部大臣 岡野敬次郎
海軍大臣 財部彪
陸軍大臣 男爵 田中義一
農商務大臣 男爵 田健治郎
逓信大臣 犬養毅
司法大臣 平沼騏一郎
鉄道大臣 山之内一次
大蔵大臣 井上準之助

勅令第404号

第1條
大正12年9月1日以前に発生し、同日より同年同月30日迄の間に於て支払を為すべき私法上の金銭債務にして、債務者が東京府、神奈川県、静岡県、埼玉県、千葉県及震災の影響に因り経済上の不安を生ずる虞ある、勅令を以て指定する地区に住所又は営業所を有するものに付ては、30日間其の支払を延期す。
但し、債務者が其の地区外に他の営業所を有する場合に於て、該営業所の取引に関する債務に付ては、此の限に在らず。

震災の影響に因り必要あるときは、勅令の定むる所に依り、前項の規定は大正12年10月1日以後に支払を為すべき私法上の金銭債務に付之を適用することを得。
前項の規定中、30日の期間は之を延長することを得。

第2條
左に掲ぐる支払に付ては、前條の規定を適用せず。
一.国府県其の他の公共団体の債務の支払
二.給料及労銀の支払
三.給料及労銀の支払の為にする銀行預金の支払
四.前号以外の銀行預金の支払にして、1日100円以下のもの

第3條
手形其の他、之に準ずべき有価証券に関し、大正12年9月1日より同年同月30日迄の間に、第1條に規定する地区に於て権利保存の為に為すべき行為は、其の行為を為すべき時期より30日内に之を為すに因りて、其の効力を有す。

第1條、第2條の規定は、前項の場合に之を準用す。

附則
本令は、公布の日より之を施行す。
震災によって経済的打撃を受けてるだけじゃなく、物理的にも支払いできなかったりするわけで、この辺はそれへの対処。
一応、当時前回の『治安維持ノ為ニスル罰則ニ関スル件』と共に「三大緊急勅令」とか言われてたらしいので取り上げただけで、割と朝鮮人迫害やら虐殺やらとは関係ない。(笑)

続いても、その「三大緊急勅令」の一つ。
『御署名原本・大正十二年・勅令第四百五号・生活必需品ニ関スル暴利取締ノ件(レファレンスコード:A03021469900)』より。
1923年(大正12年)9月7日付『勅令第405号』。

朕茲に緊急の必要ありと認め、枢密顧問の諮詢を経て、帝国憲法第8條第1項に依り生活必需品に関する暴利取締の件を裁可し、之を公布せしむ。

大正12年9月7日
内閣総理大臣兼外務大臣 伯爵 山本権兵衛
内務大臣 子爵 後藤新平
文部大臣 岡野敬次郎
海軍大臣 財部彪
陸軍大臣 男爵 田中義一
農商務大臣 男爵 田健治郎
逓信大臣 犬養毅
司法大臣 平沼騏一郎
鉄道大臣 山之内一次
大蔵大臣 井上準之助

勅令第405号
震災に際し、暴利を得るの目的を持って、生活必需品の買占若は売惜を為し、又は不当の価格にて其の販売を為したる者は、3年以下の懲役又は3,000円以下の罰金に処す。

前項の生活必需品の品目は、命令を以て之を指定す。

附則
本令は、公布の日より之を施行す。
まぁ、実際に功利的なヤツも出てきたんでしょう。
生活必需品の買い占めや売り惜しみ、不当価格による販売を禁止するわけですね。

ってことで、今回は朝鮮人迫害やら虐殺やらとは関係ない、普通の史料でした。(笑)
実際、ここからは復興に向けた勅令や、関東戒厳司令部にしても徐々に縮小していく命令へと変わっていきます。
流石にそれやっても仕方無いので。(笑)


今回はここまでとして、史料が溜まったら、また。



関東大震災関係史料(一)
関東大震災関係史料(二)
関東大震災関係史料(三)
関東大震災関係史料(四)
関東大震災関係史料(五)
関東大震災関係史料(六)


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5月3日にエントリーでは、「何か見失っている気」がしてたわけですが、基本的な史料読んでくだけで、俗説に疑問符がついたり繋がったり。
面白いね。( ´H`)y-~~
さて、今日もアジア歴史資料センターから。
『公文類聚・第四十七編・大正十二年・第一巻・政綱・詔勅~雑載/鮮人ニ対スル迫害ニ関シ告諭ノ件(レファレンスコード:A01200507700)』より。
1923年(大正12年)9月5日付『内閣告諭第2号』。

今次の震災に乗じ一部不逞鮮人の妄動ありとて、鮮人に暴行を加へたる対し頗る不快の感を抱く者ありと聞く。
鮮人の所為、若し不穏に亘るに於ては、速に取締の軍隊又は警察官に通告して、其の処置に俟つべきものなるに、民衆自ら濫に鮮人■鮮人に迫害を加へ、私刑を行ふがふるが如きことは、固より日鮮同化の根本主義に背戻するのみならず、又諸外国に報ぜられて決して好ましきことに非ず。
事は、今次の唐突にして困難なる事態に際会したるに基因すと認められたるも、刻下の非常時に当り、克く平素の冷静を失はず、慎重、前後の措置を誤らず、以て我国民の節制と平和の精神とを発揮せむことは、本大臣の此際特に望む所にして、民衆各自の切に自重を求むる次第なり。
訂正箇所はそのままにしてみました。
やはり、外国の外交官や報道機関等を意識しているのか、当初案からは表現が極めてマイルドに訂正されているようで。

まぁ、不逞鮮人の妄動があると朝鮮人に暴行してるヤツが居るみたいだけど、もし不穏な行為があるなら警察か軍隊に通告して、その処置に任せるべきなのに、おめぇら勝手にリンチとかしてんじゃねぇーぞ、ゴルァ。
日鮮同化に反するだけじゃなく、外国に報じられるっつうのは好ましい事じゃねーだろ。
突然被災した事に原因があるのは分かってるけど、冷静になれや、と。

流言による朝鮮人迫害については、どんどん対策が取られているようですが、日弁連の皆さん等は何が不満なんでしょう・・・?
( ´H`)y-~~

『大正十二年九月・関東戒厳司令官命令通牒告諭(レファレンスコード:A03032035800)』の12~13ページ目から。
1923年(大正12年)9月6日付『通牒』より。

通牒
大正12年9月6日
関東戒厳司令部
警視庁御中

別紙の通命令有之候間、参考の為及通牒候也。



第4号
関東戒厳司令官命令

大正12年勅令第402号施行地域内に於ける地方検察官は、軍事に関係ある事件に就ては迅速厳正の措置を為し、之に関する必要の報告を為すべし。

大正12年9月5日
関東戒厳司令官 福田雅太郎
東京控訴院検事長 豊島直通 殿
んー、これは経緯が不明だと良く分からんままだなぁ。
ちょっとこのまま保留。

続いては、『御署名原本・大正十二年・勅令第四百三号・治安維持ノ為ニスル罰則ニ関スル件(レファレンスコード:A03021469700)』より。
1923年(大正12年)9月7日付『勅令第403号』より。

朕茲に緊急の必要ありと認め、枢密顧問の諮詢を経て、帝国憲法第8條第1項に依り、治安維持の為にする罰則に関する件を裁可し、之を公布せしむ。

大正12年9月7日
内閣総理大臣兼外務大臣 伯爵 山本権兵衛
内務大臣 子爵 後藤新平
文部大臣 岡野敬次郎
海軍大臣 財部彪
陸軍大臣 男爵 田中義一
農商務大臣 男爵 田健治郎
逓信大臣 犬養毅
司法大臣 平沼騏一郎
鉄道大臣 山之内一次
大蔵大臣 井上準之助

勅令第403号
出版、通信、其の他何等の方法を以てするを問はず、暴行、騒擾、其の他生命、身体、若は財産に危害を及ぼすべき犯罪を煽動し、安寧秩序を紊乱するの目的を持って、治安を害する事項を流布し、又は人心を惑乱するの目的を以て流言浮説を為したる者は、10年以下の懲役若は禁錮又は3,000円以下の罰金に処す。

附則
本令は、公布の日より之を施行す。
これ、たまに「虐殺など軍や政府に都合の悪い言論報道を抑圧するために使われ」とか見かけるんですが、何でそう断言できるのか、根拠が良く分からん。
普通に流言浮説の禁止だろ、と。


ってことで、関東大震災関連史料は次回で一旦休止し、以降不定期連載ってことで。
ちょいと早めだけど、今日はここまで。



関東大震災関係史料(一)
関東大震災関係史料(二)
関東大震災関係史料(三)
関東大震災関係史料(四)
関東大震災関係史料(五)


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旅行から帰ってきた。
車での移動距離約1,200kmで、東北縦断往復旅行な感じ。
流石に疲れた・・・。

さて、今日もアジア歴史資料センター『大正十二年九月・関東戒厳司令官命令通牒告諭(レファレンスコード:A03032035800)』から見ていくことにします。
9~10ページ目。
1923年(大正12年)9月4日付『関東戒厳司令官命令第2号』より。

第2号
関東戒厳司令官命令

軍隊の増加に伴ひ、警備完備するに至れり。
依て、左の事を命令す。

一.自警の為め団体若くは個人毎に所要の警戒法を執りあるものは、予め最寄警備部隊、憲兵又は警察官に届出で、其の指示を受くべし。

二.戒厳地域内に於ける通行人に対する誰何、検問は、軍隊、憲兵及警察官に限り之を行ふものとす。

三.軍隊、憲兵又は警察官憲より許可あるに非ざれば、地方自警団及一般市民は、武器又は凶器の携帯を許さず。

大正12年9月4日
関東戒厳司令官 福田雅太郎
ってことで、4日には自警団その他を統制しようとしているわけです。
特に、「通行人に対する誰何、検問は、軍隊、憲兵及警察官に限り之を行ふ」が面白い所。
「十五円五十銭」や「ガギグゲゴ」とか・・・ねぇ?(笑)

この告諭と命令について、前回の日弁連の「関東大震災人権救済申立事件調査報告書」の中では、

これらの告諭及び命令は、「不てい団体ほう起の事実を誇大流言し、かえって紛乱を増加する」 事態の存在を前提にしており、こうした状況が生じてしまっていたこと(ないしその懸念が生じていたこと)を示している。そして、自警団を初めとする一般人による、通行人に対する誰何、検問、武器・凶器の携行が行われていたところ、軍隊による警備完備に伴って、そのような事態を変更しようとしたことを示している。
このように不逞団体蜂起の流言飛語の流布という状況は自警団による虐殺行為の前提として存在していたのであり、戒厳司令官はこのような事態を認識したうえで、その転換を図る挙にでたのである。
これは、こうした事態が国家的関与と国家的政策の支配の下におかれていたことを示しているともいえる。
と宣っているわけですが、最後の「こうした事態が国家的関与と国家的政策の支配の下におかれていたことを示しているともいえる。」って、ぶっ飛び過ぎだろ。(笑)

さて、続いては『御署名原本・大正十二年・勅令第四百二号・大正十二年勅令第三百九十九号〔大正十二年勅令第三百九十八号(一定ノ地域ニ戒厳令中必要ノ規定ヲ適用スルノ件)ノ施行ニ関スル件〕中改正 (レファレンスコード:A03021469600)』より。
1923年(大正12年)9月4日付『勅令第402号』。

朕大正12年勅令第399号中改正の件を裁可し、茲に之を交付せしむ。

大正12年9月4日
内閣総理大臣 伯爵 山本権兵衛
陸軍大臣 男爵 田中義一

勅令第402号
大正12年勅令第399号中、左の通改正す。
「東京府、神奈川県」の下に「、埼玉県、千葉県」を加ふ。

附則
本令は、公布の日より之を施行す。
更に対象地域拡大。
つうか、法令とかって何で元法令を直す形になってるんでしょうねぇ?
改正後の条文が無ければ、途中抜かしたらワケわからなくなっちゃう。(笑)

つうことで、第399号が「東京市、荏原郡、豊多摩郡、北豊島郡、南足立郡、南葛飾郡」だったのを、第401号で「東京府、神奈川県」に変更し、今回の第402号で追加して「東京府、神奈川県、埼玉県、千葉県」になった、と。

で、この勅令402号での地域拡大を受けて、『大正十二年九月・関東戒厳司令官命令通牒告諭(レファレンスコード:A03032035800)』の10~11ページ目から。
1923年(大正12年)9月5日付『関東戒厳司令官命令第3号』より。

第3号

本年勅令第402号を以て、戒厳施行地域を千葉、埼玉両県下に拡張せられたるに依り、関係地方長官及警察官、竝郵便局長及電信局長は、勅令第402号施行地域内に於て、本司令官の管掌の下に左の諸勤務を施行すべし。
但し、之が施行は、罹災者の救護竝地方民心の安静を目的とするを以て、能く時勢の緩急に応じ、寛厳宜しきに適するを要す。

一.関係地方長官竝警察官は、時勢に妨害ありと認むる集会、若は新聞紙・雑誌・広告を停止すること。

二.関係地方長官竝警察官は、兵器・弾薬等、其他危険に亘る諸物品は、時宜に依り之を検査し押収すること。
関係地方長官竝警察官は、時宜に依り出入の舩舶及諸物品を検査すること。

三.関係地方長官竝警察官は、各要所に検問所を設け、通行人の時勢に妨害ありと認むるものの出入を禁止し、又は時機に依り水陸の通路を停止すること。

四.関係地方長官竝警察官は、昼夜の別なく人民の家屋・建造物・船舶中に立入り検察すること。

五.関係地方長官竝警察官は、本令施行地域内に寄宿する者に対し、時機に依り地境外に退去を命ずること。

六.関係郵便局長及電信局長は、時勢に妨害ありと認むる郵便・電信は、開緘すること。

大正12年9月5日
関東戒厳司令官 福田雅太郎
前回の冒頭、1923年(大正12年)9月3日付『関東戒厳司令官命令第1号』とほぼ同様の内容なわけですが、大きく違う点が2つ程あります。

まず、各条文の文言から「警視総監」が抜けている事。
勿論、千葉や埼玉に警視総監がいる筈も無いですから、当然っちゃ当然の話。

もう一つは前文ですね。
「罹災者の救護を容易にし、不逞の挙に対し之を保護するを目的」から、「罹災者の救護竝地方民心の安静を目的」と変わっております。

日弁連の「関東大震災人権救済申立事件調査報告書」での「こうした事態が国家的関与と国家的政策の支配の下におかれていたことを示しているともいえる。」。
僕なんかが見れば、逆に単に自警団のやり過ぎが目にあまって、戒厳令地域が「東京市、荏原郡、豊多摩郡、北豊島郡、南足立郡、南葛飾郡」→「東京府、神奈川県」→「東京府、神奈川県、埼玉県、千葉県」に拡大されていっただけのように見えますが。

内務省警保局長の打電とか、不穏な噂が流れている段階で警戒態勢を取るのって、当たり前だろ、と。
浮説の発生源が明白になる事なんてあり得ないわけで、警保局のせいにするのもどうかと思うんですがねぇ。

まぁ、どちらにせよ自警団が色々とやっちゃってるらしいですな。


ってところで、今日はここまで。



関東大震災関係史料(一)
関東大震災関係史料(二)
関東大震災関係史料(三)
関東大震災関係史料(四)


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実はこの間から、ゴールデンウィーク真っ最中につき旅行中だったりして。
日時
実はこの間から、ゴールデンウィーク真っ最中につき旅行中だったりして。
このエントリーの更新は、日時指定更新でお届けしております。
レス等は、旅行から帰ってからってことで。

さて、今日もアジア歴史資料センター『大正十二年九月・関東戒厳司令官命令通牒告諭(レファレンスコード:A03032035800)』から。
8~9ページ目。
1923年(大正12年)9月3日付『関東戒厳司令官命令第1号』より。

第1号
関東戒厳司令官命令

本年勅令第401号施行に関し、警視総監、関係地方長官及警察官、竝郵便局長及電信局長は、勅令第401号施行地域内に於て、本司令官の管掌の下に左の諸勤務を施行すべし。
但し、之が施行は、罹災者の救護を容易にし、不逞の挙に対し之を保護するを目的とするを以て、よく時勢の緩急に応じ、寛厳宜しきに適するを要す。

一.警視総監及関係地方長官竝警察官は、時勢に妨害ありと認むる集会、若くは新聞紙・雑誌・広告を停止すること。

二.警視総監及関係地方長官竝警察官は、兵器・弾薬等、其の他の危険に亘る諸物品は、時宜に依り之を検査し押収すること。

三.警視総監関係地方長官竝警察官は、時宜に依り出入の舩舶及諸物品を検査すること。

四.警視総監及関係地方長官竝警察官は、各要所に検問所を設け、通行人の時勢に妨害ありと認むるものの出入を禁止し、又は時機に依り水陸の通路を停止すること。

五.警視総監及関係地方長官竝警察官は、昼夜の別なく人民の家屋・建造物・船舶中に立入、検察すること。

六.警視総監及関係地方長官竝警察官は、本令施行地域内に寄宿する者に対し、時機に依り地境外に退去を命ずること。

七.関係郵便局長及電信局長は、時勢に妨害ありと認むる郵便・電信は、開緘すること。

大正12年9月3日
関東戒厳司令官 福田雅太郎
中身としては、5月2日のエントリーで見た戒厳令第14条の話ですね。

この命令に関して、日弁連では「関東大震災人権救済申立事件調査報告書」の中で、

9月3日の関東戒厳司令官命令は、戒厳令にもとづく命令の施行の目的として、「不逞の挙に対して、罹災者の保護をすること」 を挙げ (資料第2の2 関東戒厳司令官命令第一号前文 『関東大震災 政府陸海軍関係資料Ⅱ巻陸軍関係史料』 139貢)、不逞の挙を行うものを想定している。
として、

これらは、大地震という自然災害に際しての救難・復旧などに通常必要な対応の水準を超えて、騒擾その他の犯罪行為を予防・鎮圧する治安行動的な対応を意味している。
なんて言っちゃうわけですが、流言飛語は既に発生してますし、この「不逞の挙」は特に朝鮮人や中国人を指しているわけでもなく。(笑)

蛇足というか、結論先行に過ぎるんじゃないかと。( ´H`)y-~~
まぁ、他の史料も色々漁らないと駄目なんですが、国の責任にしたくて必死になってる気もします。

ってことで、同じく『大正十二年九月・関東戒厳司令官命令通牒告諭(レファレンスコード:A03032035800)』の11~12ページ目より。
1923年(大正12年)9月3日付『関東戒厳司令官告諭』より。

今般、勅令第401号戒厳令を以て、本職に関東地方の治安を維持するの権を委せられたり。
本職隷下の軍隊及諸機関(在京部隊の外、各地方より招致せられたるもの)は、全力を盡して警備、救護、救恤に従事しつつあるも、此際地方諸団隊及一般人■も亦極力自衛、協同の実を発揮して、災害の防止に努められんことを望む。
現在の状況に鑑み、特に左の諸件に注意を要す。

一.不逞団体蜂起の事実を誇大流言し、却て紛乱を増加するの不利を招かざること。
帝都の警備は、軍隊及各自衛団に依り既に安泰に近づきつつあり。

二.糧水欠乏の為、不穏、破廉恥の行動に出て、若は其分配等に依り秩序を紊乱する等のことなかるべきこと。

右告諭す。
この段階で既に流言は問題視されているようで。
まぁ、「蜂起の事実を誇大流言」ですので、有ること又は有ったことが前提になっているようです。
震災発生からまだ2日で、ラジオもテレビも無く、電信も電話も寸断されている状況では、正確な情報が掴める筈も無いですからねぇ。

さて、次は様々な対応策に関する閣議決定について。
『公文別録・内閣・大正十二年~昭和十九年・第一巻・大正十二年~昭和八年/震災ニ付テノ処置ヲ為スコトノ件(レファレンスコード:A03023581000)』より。
1923年(大正12年)9月4日付『閣甲第143号』。

今回の震災に付ては、不取敢別紙の通処置を為すことに閣議決定相成然るべしと認む。

一.千葉県習志野及下志津演習廠舎に、1万5,000人を容るべきこと。
一.陸軍テントは、戒厳司令官と協議の上取計ふべきこと。
一.バラックは、工兵に建築を託すること。
一.材料は、救護事務局に於て徴集支給すること。
一.米さへあれば炊出し得ること。
一.近傍師団より軍隊食糧パンを給与すること。
只今約2万人分到着。
一.焼残米は見込なきこと。
糧秣廠の分は試験済。
一.宮城前は、テント至急著手のこと。
一.暴利取締は厳重に施行のこと。
農商務大臣主任
一.警察の力にて、鮮人を一団として保護使用すること。
一.軍隊に於て自治団、青年団の凶器携帯を禁じ、必要の場合には差押のこと。
一.臨時焼場を設置し、機宜の処置として軍隊の力にて戒厳的衛生の処分に任ずべきこと。
赤十字社派出のこと。
一.火災保険金の支出能否を審議決定すること。
一.銀行を開くに就き、軍隊の援助を求むること。
一.宮城前の外、新宿御苑、深川内省用地等を開放すべく思召仰出されたる趣のこと。
一.土地の選択は、戒厳司令官に任ずべきこと。
一.鮮人、浮浪人は、習志野に之を集むること。
一.外国人は、大使館員限パンを供給すること。
一.宮内庁の木材は、一般的に材料として御下賜相成ること。
一.朝鮮総督、台湾総督及関東長官へ実情及経過を電報すること。
追て詳報すること。
一.下関に於て朝鮮人入国を拒絶すること。
朝鮮総督に此迄通報のこと。
一.朝鮮人保護の方法を講じ、一団として習志野に安全に居住せしめ、任意労働に従事せしむべき方法を講ずべきこと。
一.モラトリユーム1ヶ月限支払臨時停止施行に付、関係省に於て攻究のこと。
但し、銀行預金は除外例として、1回100円限り支払を認むること。
「警察の力にて、鮮人を一団として保護使用すること」とか、「軍隊に於て自治団、青年団の凶器携帯を禁じ、必要の場合には差押」とか、「鮮人、浮浪人は、習志野に之を集むること」とか、「下関に於て朝鮮人入国を拒絶すること」とか、「朝鮮人保護の方法を講じ、一団として習志野に安全に居住せしめ、任意労働に従事せしむべき方法を講ずべきこと」。

色々と面白い事が閣議決定されてますね。(笑)


今日はここまで。



関東大震災関係史料(一)
関東大震災関係史料(二)
関東大震災関係史料(三)



んー、何がやりたいとか、何か見失っている気がしないでも無いなぁ・・・。
まぁ、エントリーを完全に休んじゃうよりは良いんじゃない?くらいの気楽な感じで。(笑)

ってことで、非常徴発令と臨時震災救護事務局の設置及び戒厳令(準用)についての勅令が1923年(大正12年)9月2日に出され、施行地域が東京市を含む6箇所に決められ、翌9月3日に「関東戒厳司令部條例」が出されたところまで見ました。
今日は、その「関東戒厳司令部條例」を受けての関東戒厳司令部の編成について。
アジア歴史資料センター『大正十二年九月・関東戒厳司令官命令通牒告諭(レファレンスコード:A03032035800)』の5~6ページ目から。
1923年(大正12年)9月3日付『戒副第3号』より。

戒副第3号
関東戒厳司令部編成完結の件通牒

大正12年9月3日 関東戒厳司令官 福田雅太郎

内務大臣 子爵 後藤新平 殿

関東戒厳司令部編成完結致候に付、職員表相添及通牒候也。

職員表

司令官
大将 福田雅太郎

参謀長
少将 阿部信行

参謀
歩兵大佐 武田額三、歩兵中佐 森五六、騎兵少佐 坂本健吉、歩兵大尉 田辺盛武、歩兵大尉 栗飯原秀

副官
歩兵中佐 中井武三、歩兵大尉 徳永乾堂、歩兵大尉 竹下幾太郎

部附
歩兵大佐 三宅光治、工兵大佐 岩越恒一、歩兵中佐 松田巻平、同 岡本寧次、同 板垣征四郎、砲兵少佐 下村定、工兵少佐 安井栄三郎、歩兵大尉 堀又幸、同 佐伯文郎、砲兵大尉 磯田三郎、同 田中久、輜重兵大尉 奥村恭平

主計、軍医、司法事務官
三等主計正 岡本信三、三等主計 木村陽治郎、三等軍医正 久我亀、一等軍医 野添道彦、司法事務官 湯原綱

下士、判任文官
下士4、判任文官2
見た事のある名前、結構ある気がします。
まぁ、意味的にはあまりない気もします。(笑)

さて、続いては『御署名原本・大正十二年・勅令第四百一号・大正十二年勅令第三百九十九号〔大正十二年勅令第三百九十八号(一定ノ地域ニ戒厳令中必要ノ規定ヲ適用スルノ件)ノ施行ニ関スル件〕中改正(レファレンスコード:A03021469500)』から。
1923年(大正12年)9月3日付『勅令第401号』。

朕大正12年勅令第399号中改正の件を裁可し、茲に之を交付せしむ。

大正12年9月3日
内閣総理大臣 伯爵 山本権兵衛
海軍大臣 財部彪
陸軍大臣 男爵 田中義一

勅令第401号
大正12年勅令第399号中、左の通改正す。
「東京衛戌司令官」を「神奈川県横須賀市及三浦郡に在りては横須賀鎮守府司令長官、其の他の区域に在りては関東戒厳司令官」に、「東京市、荏原郡、豊多摩郡、北豊島郡、南足立郡、南葛飾郡」を「東京府、神奈川県」に改む。

附則
本令は、公布の日より之を施行す。
前回の『勅令第399号』での範囲を、9月3日に東京全域と神奈川県に拡大した形。

余計なことというか、皆さん知ってるでしょうけど、「東京都」になるのは1943年(昭和18年)7月の「東京都制」からで、それまでは「東京府」ですね。

続いては、再び『大正十二年九月・関東戒厳司令官命令通牒告諭(レファレンスコード:A03032035800)』から。
6~8ページ目。
1923年(大正12年)9月3日付『戒命第1号』より。

戒命第1号
関東戒厳司令官命令  9月3日午後2時30分 於参謀本部構内

一.勅令第400号施行地域を左の配備地区に区分し、各下書の師団長又は司令官をして、其の警備に任ぜしむ。(要図参照)

名称 地   域 司令官
東京北 東京市北半部(要図参照)
甲武線及青梅線(含)以北の東京府
近衛師団長
東京南 東京市南半部(要図参照)
甲武線及青梅線(含まず)以南の東京府
第一師団長
神奈川 相模川以東 神奈川県一円
但し横須賀市及三浦郡を除く
神奈川警備司令官
神奈川 相模川以西 神奈川県 小田原警備司令官

二.警備隊の為め、軍隊区分左の如し。

東京北警備司令官  近衛師団長
 近衛師団(交通兵諸隊■航空隊を除く)
 歩兵学校教導連隊
 歩兵第六十六連隊

東京南警備司令官  第一師団長
 第一師団(横浜派遣歩兵第一連隊の一中隊、騎兵第十五連隊、歩兵第四十九、同五十七連隊自動車隊を除く)
 歩兵第二十八旅団司令部及歩兵第十五連隊
 騎兵学校教導隊
 野戦砲学校教導連隊

神奈川警備司令官  歩兵第二旅団長 奥平俊藏
 司令部(第一師団に於て編成す。憲兵、経理、衛生機関を附す。)
 歩兵第一連隊の一中隊
 歩兵第五十七連隊
 騎兵第十五連隊
 工兵第十四連隊
 通信部隊及輸送機関
 小田原警備隊
 野戦重砲第一旅団の一連隊

爾余の諸部隊は、戒厳司令官の直轄とす。

三.各警備司令官は、担任地域内に於ける治安維持の責に任じ、地方官憲と協力して、罹災民の救恤保護に任ずべし。

四.予は、参謀本部構内に在り。

関東戒厳司令官 陸軍大将 福田雅太郎


別紙要図(略す)の要旨
亀戸以東総武鉄道線-緑町-両国橋-本石町-東京駅-日比谷公園北端-宮城-麹町通-塩町-新宿駅-中央線
線上は、近衛師団に属す。
テキスト起こししても、役に立たない可能性の方が高いんですが、一応。(笑)


ってことで、今日はここまで。



関東大震災関係史料(一)
関東大震災関係史料(二)



ぶっちゃけ、長期連載を終えてまだあんまり頭を使いたくないんですよね。
じゃあ今回の連載に何か意味があるの?とか、聞かないように。(笑)
まぁ、積み重ねの一環ってことで。

さて、前回は震災発生に伴って、翌2日に非常徴発令が出され、臨時震災救護事務局が設置されました。
同2日に、治安維持のための戒厳令も出される事になります。
今日はその戒厳令から。

アジア歴史資料センター『御署名原本・大正十二年・勅令第三百九十八号・一定ノ地域ニ戒厳令中必要ノ規定ヲ適用スルノ件(レファレンスコード:A03021469200)』から。
1923年(大正12年)9月2日付『勅令第398号』。

朕茲に緊急の必要ありと認め、帝国憲法第8条に依り一定の地域に戒厳令中必要の規定を適用するの件を裁可し、之を公布せしむ。

大正12年9月2日
内閣総理大臣 伯爵 内田康哉
外務大臣 伯爵 内田康哉
鉄道大臣 伯爵 大木遠吉
陸軍大臣 山梨半造
司法大臣 岡野敬次郎
内務大臣 水野錬太郎
農商務大臣 荒井賢太郎
大蔵大臣 市来乙彦
文部大臣 鎌田栄吉
逓信大臣 子爵 前田利定
海軍大臣 財部彪

勅令第398号
一定の地域に限り、別に勅令の定むる所に依り、戒厳令中必要の規定を適用することを得。

附則
本令は、公布の日より之を施行す。
これも、「緊急の必要ありと認め、帝国憲法第8条に依り」ですので、前回の非常徴発令と同様に緊急勅令。

一般に、「戒厳令」と称されるわけですが、勅令中「戒厳令中必要の規定を適用するの件」とありますので、厳密に言うと戒厳令ではなく戒厳令の一部準用という事になるんでしょう。

で、文中「別に勅令の定むる所に依り」とありますが、当然それを規定している勅令もあるわけです。
『御署名原本・大正十二年・勅令第三百九十九号・大正十二年勅令第三百九十八号(一定ノ地域ニ戒厳令中必要ノ規定ヲ適用スルノ件)ノ施行ニ関スル件(レファレンスコード:A03021469300)』から、1923年(大正12年)9月『勅令第399号』。

朕大正12年勅令第398号の施行に関する件を裁可し、茲に之を公布せしむ。

大正19年9月
内閣総理大臣 伯爵 内田康哉
陸軍大臣 山梨半造

勅令第399号
大正12年勅令第398号に依り、左の区域に戒厳令第9條及第14條の規定を適用す。
但し、同條中、司令官の職務は東京衛戌司令官之を行ふ。
東京市 荏原郡 豊多摩郡
北豊島郡 南足立郡 南葛飾郡
附則
本令は、公布の日より之を施行す。
ってことですので、ちょいと戒厳令の該当条文を見てみましょうか。
アジ歴ではちょっと見あたらないので、中野文庫さんから。

第9条
臨戦地境内に於ては、地方行政事務及び司法事務の軍事に関係ある事件を限り、其地の司令官に管掌の権を委する者とす。
故に、地方官、地方裁判官及び検察官は、其戒厳の布告若くは宣告ある時は、速かに該司令官に就て其指揮を請ふ可し。

第14条
戒厳地境内に於ては、司令官左に記列の諸件を執行するの権を有す。
但、其執行より生ずる損害は、要償することを得ず。
第一 集会若くは新聞、雑誌、広告等の、時勢に妨害ありと認むる者を停止すること。
第二 軍需に供す可き民有の諸物品を調査し、又は時機に依り其輸出を禁止すること。
第三 銃砲、弾薬、兵器、火具其他危険に渉る諸物品を所有する者ある時は、之を検査し、時機に依り押収すること。
第四 郵便電報を開緘し、出入の船舶及び諸物品を検査し、並に陸海通路を停止すること。
第五 戦状に依り止むを得ざる場合に於ては、人民の動産不動産を破壊燬焼すること。
第六 合囲地境内に於ては、昼夜の別なく人民の家屋建造物船舶中に立入り、検察すること。
第七 合囲地境内に寄宿する者ある時は、時機に依り其地を退去せしむること。
これが、東京市、荏原郡、豊多摩郡、北豊島郡、南足立郡、南葛飾郡に適用された、と。
つうか、罰則規定が無い分、もしかして非常徴発令の方が戒厳令より酷いんじゃね?と思ったり。(笑)

で、翌3日には更に具体的な事も決まってきます。
『御署名原本・大正十二年・勅令第四百号・関東戒厳司令部条例(レファレンスコード:A03021469400)』より、1923年(大正12年)9月3日付『勅令第400号』。

朕、関東戒厳司令部條例を裁可し、茲に之を公布せしむ。

大正19年9月3日
内閣総理大臣 伯爵 山本権兵衛
陸軍大臣 男爵 田中義一

勅令第400号
関東戒厳司令部條例

第1條
関東戒厳司令官は、陸軍大将又は中将を以て之に親補し、天皇に直隷し、東京府及其の附近に於ける鎮戌警備に任ず。
関東戒厳司令官は、其の任務達成の為、前項の区域内に在る陸軍軍隊を指揮す。

第2條
関東戒厳司令官は、軍政及人事に関しては、陸軍大臣の区処を受く。

第3條
関東戒厳司令部に左の職員を置く。
参謀長
参謀
副官
主計
軍医
陸軍司法事務官
下士、判任文官

第4條
参謀長は、関東戒厳司令官を補佐し、事務整理の責に任ず。

第5條
参謀、副官、主計、軍医及陸軍司法事務官は、参謀長の命を承け、各担当の事務を掌る。

第6條
下士、判任文官は、上官の命を承け事務に服す。

附則
本令は、公布の日より之を施行す。
当分の内、東京衛戌司令官の職務は、之を停止す。
てことで、これまでの勅令から内閣総理大臣等が替わっております。
前回述べたとおり、山本権兵衛内閣が成立した、と。

附則の「当分の内、東京衛戌司令官の職務は、之を停止す。」は、東京衛戌司令官じゃなくて関東戒厳司令官に専念しとけって事でしょうね。


ってことで、今日も無味乾燥な勅令ばかりのまま、ここまで。



関東大震災関係史料(一)



纏まらずに、というか、本気で調査する気が無くても溜まっていくレファレンスコード。
アジア歴史資料センターで、金のかからない読書をしていると、気になる史料があるんですが、深く調べるつもりもあまり起きず。
そんな、寝かせっぱなしな史料を放出している今週。
決して、東学党の乱の続きに戻りたくないというのでは無く。
・・・多分。
・・・恐らく。

ってことで、寝かせてあるだけあって、今日のエントリーはつまらんよ。
( ´H`)y-~~ プハー

と宣言したところで、今日は関東大震災関連について。
関東大震災で朝鮮絡みってのは、1923年(大正12年)9月1日に関東大震災が発生し、その後、流言飛語によって朝鮮人が虐殺される事件が起き、数の多寡については現在も諸説ありってヤツですな。

色々と調べるべき史料は有るわけですが、まずは、震災後に出された勅令等の流れから見ていこうか、と。
ってことで、アジア歴史資料センター『御署名原本・大正十二年・勅令第三百九十六号・非常徴発令(レファレンスコード:A03021469100)』から。
1923年(大正12年)9月2日付『勅令第396号』。

朕茲に緊急の必要ありと認め、帝国憲法第8條に依り非常徴発令を裁可し、之を公布せしむ。

大正12年9月2日
内閣総理大臣 伯爵 内田康哉
外務大臣 伯爵 内田康哉
鉄道大臣 伯爵 大木遠吉
陸軍大臣 山梨半造
司法大臣 岡野敬次郎
内務大臣 水野錬太郎
農商務大臣 荒井賢太郎
大蔵大臣 市来乙彦
文部大臣 鎌田栄吉
逓信大臣 子爵 前田利定
海軍大臣 財部彪

勅令第396号
非常徴発令

第1條
大正12年9月1日の地震に基く被害者の救済に必要なる食糧、建築材料、衛生材料、運搬具、其の他の物件又は労務は、内務大臣に於て必要と認むるときは、其の非常徴発を命ずることを得。

第2條
非常徴発は、地方長官の徴発書を以て之を行ふ。

第3條
非常徴発を命ぜられたる者、徴発の命令を拒み又は徴発物件を蔵匿したるときは、直に之を徴用することを得。

第4條
徴発物件又は労務に対する賠償は、其の地市場に於ける前3年間の平均価格に依り之を定む。
其の平均価格に依り難きものは、評価委員の評定する所に依る。

第5條
非常徴発の命令を拒み又は徴発物件を蔵匿したる者は、3年以下の禁錮又は3,000円以下の罰金に処す。
徴発し得べき物件に関し、当該官吏吏員に対し申告を拒み、又は虚偽の申告を為したる者亦同じ。

第6條
徴発物件の種類、賠償の手続、評価委員の組織、其の他本令の施行に必要なる規定は、内務大臣之を定む。

附則
本令は、公布の日より之を施行す。
国民保護法ですら物議を醸した現代日本では、成立しない法令。(笑)

内閣の顔ぶれを見ても分かるとおり、この時点で第21代の内閣総理大臣であった加藤友三郎が、関東大震災発生の8日前の1923年(大正12年)8月24日に死亡しており、外務大臣だった内田康哉が臨時に総理大臣を兼務し、他の大臣もそのままな状態。
この後、山本権兵衛内閣が9月2日に急遽発足するわけですが、関東大震災がなければ更に組閣もずれ込んだんでしょうねぇ。

帝国憲法8条については、「朝鮮国へ渡航禁止の件」でも見ましたね。

第8条
1 天皇は公共の安全を保持し、又は其の災厄を避くる為緊急の必要に由り、帝国議会閉会の場合に於て法律に代るべき勅令を発す。
2 此の勅令は、次の会期に於て帝国議会に提出すべし。若議会に於て承諾せざるときは政府は、将来に向て其の効力を失ふことを公布すべし。
です。
「緊急の必要ありと認め、帝国憲法第8条に依り」ですので、緊急勅令として出された、と。
枢密院への諮詢は多分無し。
法学的には問題ある処なのかもなぁ。

いずれにしても、この非常徴発令も含めて、勅令等の公布経緯なんかは今後見ていかないと駄目な部分ですね。
まぁ、その辺はのんびりと。

さて、事態が事態ですので、矢継ぎ早に関係する勅令が出されていきます。
続いては、『御署名原本・大正十二年・勅令第三百九十七号・臨時震災救護事務局官制(レファレンスコード:A03021469100)』から。
1923年(大正12年)9月2日付『勅令第397号』。

朕臨時震災救護事務局官制を裁可し、茲に之を公布せしむ。

大正12年9月2日
内閣総理大臣 伯爵 内田康哉
内務大臣 水野錬太郎

勅令第397号
臨時震災救護事務局官制

第1條
臨時震災救護事務局は、内閣総理大臣の管理に属し、震災被害救護に関する事務を掌る。

第2條
臨時震災救護事務局に、左の職員を置く。
総裁
副総裁
参与
委員
事務官
書記

第3條
総裁は、内閣総理大臣を以て之に充て、副総裁は内務大臣を以て之に充つ。

第4條
参与は、内務省、大蔵省、陸軍省、海軍省、逓信省、農商務省、鉄道省の次官、社会局長官、警視総監、東京府知事及東京市長を以て之に充つ。

第5條
委員及事務官は、各庁高等官及東京市助役の中より、内閣に於て之を命ず。

第6條
書記は各庁判任官の中より総裁之を命ず。

第7條
総裁は、必要に応じ地方に臨時震災救護事務局支部を置くことを得。
支部の組織は、総裁之を定む。

附則
本令は、公布の日より之を施行す。
総理大臣を総裁として、内務大臣、各省の次官、社会局長官、警視総監、東京府知事、東京市長等から成り立つ、震災救護のための組織が組織された、と。
今で言う災害対策本部の設置ですね。


つうことで、大した解説もなく、勅令の投げっぱなしな感じで、今日はここまで。(笑)