何か、今月は私生活の方で色んな事あったなぁ・・・。
しかもあまり良くない話ばかり。
おかげで史料の進み具合も全然駄目だね。

< 2008年11月のエントリー >
あんまりゴタゴタしたせいで記憶が薄れかけですが、日本が清国と戦争を前提に動き始めた事と、朝鮮における大鳥公使の内政改革関係の話が重要って事になるのかな?
まぁ、内政改革は具体的な話は一歩も進んでませんけどね。

日清戦争開戦まで(百六)

先月に引き続き、荻原警部の復命書について。
内容的には、清国の電信線専有状態の話が重要なのかな。
後は、執綱。
巷間の執綱所に関する言説って、どこまで正しいのかねぇ・・・。


日清戦争開戦まで(百七)

上記復命書とはまた別な、清国軍が水原経由で京城入りする噂の真偽に関する荻原警部の復命書と、朝鮮の内政改革関係の英文史料1件。
例え清国の影響を排除しても・・・ねぇ?(笑)


日清戦争開戦まで(百八)

軍用電信線関係、イギリスの調停失敗に伴う対朝鮮政策、ロイター通信の記事に関する調査の3種類の英文史料について。
対朝鮮政策に関して、未だに大鳥と陸奥の認識の違いが目立っている気はする。


日清戦争開戦まで(百九)

仁川港中立問題についての回。
各国公使とも、真剣味なさ過ぎ。(笑)


日清戦争開戦まで(百十)

元山の状況についてと内政改革関係の話。
重要さはほとんど無い。


日清戦争開戦まで(百十一)

清国の撤兵要求に対しての回答に関する閣議決定について。
忙しかったんで1本しか史料やってませんが、話としてはかなり重要。
このエントリーで書き忘れたんですけど、俗に言う「第二次絶交書」ですよね、これ。


日清戦争開戦まで(百十二)

朝鮮との内政改革交渉関係とイギリス外務大臣の意向報告についての英文史料。
陸奥の訓令の内政改革の程度について、大鳥無視し過ぎ。(笑)


日清戦争開戦まで(百十三)

日清戦争開戦まで(百十一)」での閣議決定に伴い、清国への回答及び各国駐在公使への通知が行われます。
つうか、「日清戦争開戦まで(八十一)」とかでイギリスと進めてきた開談条件とか全部無視だもんねぇ。(笑)


日清戦争開戦まで(百十四)

第二次絶交書に伴って、いよいよ開戦を視野に入れた指示が、小村と大鳥に飛びます。
もう一つは、これまでも何度か行われてきた、陸奥から大鳥への鉄道や電信、開港等の実質的利益の確保要求について。


日清戦争開戦まで(百十五)

内政改革の会談期日や場所に関する史料と、ロシア公使ウェベルの動向についてと、8月20日のエントリーの『親展送第44号』で行った日本政府の回答に対するロシア政府の意向について。
相変わらずハシゴ外すのが得意なロシア。(笑)


んー、今月は日数や取り上げた史料の少なさだけじゃなく、突っ込むべき所で突っ込めて無い・・・。
もっとがんばんないと。

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6月とかは、1ヶ月で2日分の史料しか進まなかったりしたんですが、今月は約1週間分も進んでたり。
書簡による報告等が少なくなって、恐らくスピード重視で電信メインになってるからだとは思うんですが、おかげで英文史料ばっかりに。(笑)
訳すの面倒くせぇ。

< 2008年9月のエントリー >
なんか、淡々と外交交渉が進んでる印象。
あまり笑いどころは無い。(笑)

日清戦争開戦まで(八十一)

清国との開談条件が重要なエントリー。
1.朝鮮の内政改革を基礎として開談を申し入れるなら異議は無い。
2.清国が朝鮮独立の問題を起こさなければ、日本も触れない。
3.撤兵については開談当初に取り決める。
4.朝鮮の政治上・通商上、清国と同等の権利・特権の保持。
一方、朝鮮に対する改革要求の方も、着々と進んでいる模様。


日清戦争開戦まで(八十二)

イギリス外務大臣と青木公使の面談内容の史料だけで終わったエントリー。
青木、話どこまで通じてるんだろうか・・・。


日清戦争開戦まで(八十三)

清国がロシアの干渉に期待しているらしいという小村からの電報と、聶の布告に関して強硬な抗議を申し立てる事を訓令した陸奥から大鳥への電報が重要かな。


日清戦争開戦まで(八十四)

内政改革要求に関する草案提出の話と、イギリスに対して「日清戦争開戦まで(八十一)」の開談条件が最大限の譲歩である旨、及び日本側の撤兵条件について伝える訓令が重要。


日清戦争開戦まで(八十五)

イギリス・フランス・ロシア・アメリカ・オーストラリア・オランダ・イタリア・ドイツ・清国・ハワイ・メキシコの日本公使等に向けて、これまでの経緯の概略が伝達されます。
余計な話が無い分、まとめとしては結構見やすいと思う。


日清戦争開戦まで(八十六)

在清国イギリス公使から、清国側で開談の受入意向を伝えてきた史料が重要かな?
後は電信関係。
朝鮮政府が修理したから、日本の軍用電信架設は朝鮮の主権侵害になるんじゃね?と。


日清戦争開戦まで(八十七)

清国との交渉が始まれば、日本の提案が拒否された事を根拠に拒否し、聞くだけにしろという訓令が出されます。
イギリスはイギリスで、朝鮮を独立国扱いしてねーし。(笑)


日清戦争開戦まで(八十八)

なんか、省略されてるのか何なのか分かりませんが、どんどん英文電信の中身が分かりづらくなってきてますが・・・。
栗野から陸奥への電信は非常に興味深いんですが、やはり詳細が不明。


日清戦争開戦まで(八十九)

『駐韓日本公使館記録』から、これまでの漏れてた分をまとめてやったエントリー。
自衛以外には開戦しないと明言してるんだから、清国の入京を武力で阻止するなんて攻撃的手段取んな、って電信が重要。
つうか、内政改革がポーズ云々の話もそうだけど、陸奥って、単に外交上の言質を守ってるだけじゃね?と。


日清戦争開戦まで(九十)

一人で勝手に盛り上がった、天佑俠(天佑侠)に関する史料を取り上げてるエントリー。(笑)
ま、日本人商人から強盗してるっつう史料なんですが。
つうか、天佑俠(天佑侠)が東学党の乱に合流とか全琫準との会見とかいう話、時期的に考えて凄ぇ眉唾なんですが。( ´H`)y-~~


日清戦争開戦まで(九十一)

聶の布告について、袁世凱から所謂「属国自主」の回答。
もう一つは、清国におけるこれまでの経過整理。
別紙はこれまでのエントリーで取り上げてきてるんで、割とリンク集の様相を呈しておりますが。(笑)


日清戦争開戦まで(九十二)

イギリスの調停斡旋に基づく、日清交渉関係の資料が中心。
つうか、言葉不足過ぎて、どういう進行になってるのか良く分からん。(笑)


日清戦争開戦まで(九十三)

大鳥公使に対する、清国政府との交渉中に実質的利益の確保に努めろという訓令。
小村臨時代理公使からの、良く分からない清国との実際の交渉状況。
西公使からの干渉拒否回答後の反応に関する報告の3点。
イギリスを介した日清の会談関係の話って、重要な局面迎えてる筈なのに・・・。(笑)


そろそろ英文史料、勘弁して欲しいんですが・・・。(笑)



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何となく展開が早くなった気がするのは、気のせいなんだろうか。
細かい報告があまりなくて、イギリス・ロシアの介入中心の史料が多く、反復する部分も多かったので、楽できたせいかも知れないなぁ・・・。(笑)

< 2008年8月のエントリー >
イギリスとロシアの介入とそれに対する応答ってのは、中間部の山場じゃないかなぁ、と。
まぁ、日数的に結構交渉続くんですが。(笑)

日清戦争開戦まで(六十八)

属邦問題に関する、大鳥と朝鮮政府の往復文書が中心のエントリー。
何で「いや、独立自主の国だよ。」って即答できないのかが不思議。(笑)


日清戦争開戦まで(六十九)

情報不足のため、割とワンダーランドな元山は置いておいて、清国内の動きがメインですね。
特に、在清イギリス公使から談判開始条件の話があったのは重要。
5月12日のエントリーの条件で1回日本側はオッケー出してるわけですが、日本が朝鮮自主国論を唱えるのを止めること及び撤兵という、二つの追加条件が。
小村は、撤兵に対しては「撤兵は今後の談判を促進しねーし、朝鮮変乱の再発の憂慮もあんだろ」と回答。


日清戦争開戦まで(七十)

いよいよ本格的なロシアの介入。
ヒトロヴォの勧告と、それに対する拒否の意向を在ロシア西公使へ伝える電信についてのエントリー。
この、ヒトロヴォの勧告から結構事態が激しく動き始めます。


日清戦争開戦まで(七十一)

ヒトロヴォの勧告に対する拒否意向について、在イギリス青木公使に伝えられると共に、イギリスによる介入の話も出てきます。
今度は、属邦問題に言及すんな、と。
これに対して陸奥は、色々矛盾してるけど、明確に説明してくれんなら受けるよと返事。


日清戦争開戦まで(七十二)

朝鮮政府が自主国である事を確証した旨の電信が、大鳥から出されます。
もう一つの史料は、ワンダーランドな元山からの報告。


日清戦争開戦まで(七十三)

清国軍南下説について、朝鮮政府とのやり取りの史料が2件。
後は、聶士成の布告について「マジだって」という、袁世凱の回答について。


日清戦争開戦まで(七十四)

ヒトロヴォの勧告に対する拒否意向とイギリスの介入の報告と、それに付随しての大鳥公使への訓令が行われます。
過激な事すんなよ、と。


日清戦争開戦まで(七十五)

これまたヒトロヴォの勧告に対する拒否意向とイギリスの介入について、今度は北京の小村への電信がメイン。
イギリス公使にはちゃんと説明してくれれば受理するよって言っといて、と。
もう一つ、李鴻章が朝鮮政府に「日本の言う事聞くなよ」という電信を送ったっつう話も面白い。


日清戦争開戦まで(七十六)

ロシアの勧告に対する拒否が閣議決定されています。
後は、朝鮮の独立・属邦問題に関する史料となっています。


日清戦争開戦まで(七十七)

天津の荒川領事から、李鴻章とカシニーを中心とした報告についてのエントリー。
特別触れておくような事は特に無い気も・・・。


日清戦争開戦まで(七十八)

小村経由でイギリス公使から、仲裁条件に関して「朝鮮の独立」じゃなくて「朝鮮の保全」だという話が。
つうか、1回OK出した条件に更に追加て。(笑)
もう一つの史料は、ロシアの勧告に対する正式拒否について、在ロシア青木公使への電報。


日清戦争開戦まで(七十九)

ロシアの勧告に対する正式拒否について、在ロンドン青木公使・在京城大鳥公使・在北京小村臨時代理公使・在上海大越領事への電報。
中身は在ロシア青木公使へのものとほぼ同じ。


日清戦争開戦まで(八十)

陸奥の方針に対して、不満げな大鳥公使。
つうか、「諸外国の介入に逆らう強い方針を採る事を心から望む」ってなぁ・・・。


んー、全体とおして見たら、日付は兎も角、話自体はあんまり進んでないのかもなぁ・・・。(笑)


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飽きた飽きたと言いながら、結構頑張ってやってるなぁ、と自画自賛。(笑)
もう少し早く話が進展しないかなぁとは思ってるんですが。

< 2008年7月のエントリー >
もう少し、日清戦争開戦前の話では無い話も盛り込んでいきたい処なんですが、如何せん日清戦争関連の史料をまとめる方に手一杯で、他の史料を読む時間も無く。
休日は休日で家族サービスしたりですしぃ。
と、誰に向けてるのかも分からない言い訳をしてみたり。(笑)

朝鮮人ノ氏ノ設定ニ伴フ戸籍事務取扱方ニ関スル件

2年も前の宿題。(笑)
巷間、総督府の強制により後半に「幾何級数的」に増加したと言われる、その統計数字について、「全て内地人式の創氏なのか」という点と、「戸主が届け出を行った時点でのカウントでは無いのではないか」という疑問が。


日清戦争開戦まで(五十六)

仁川港中立問題に関する史料。
居留地って、租借地ではないだろうから朝鮮の主権が及ぶ地域なのかな?
だから、特別に中立にしてよ、という話でしょうねぇ。


日清戦争開戦まで(五十七)

前半の上海港中立問題や、後半の元山の上野領事からの文書は、そんなに重要な話では無いですね。
It does not seem politic at present to attempt expulsion by force of Chinese soldiers at 牙山.」については、杉村の在韓苦心録の「乍去在牙山ノ清兵退去セシムルコトハ、現下ノ政略ニ背ク」だと、「by forceが抜けてる」とか「politic"s"じゃなくてpolitic」なんて違いがありまう。


日清戦争開戦まで(五十八)

清国側の動きに関する史料と、ロシアの動き、っつうか在清国ロシア公使の動きに関する史料。
長い割に、話としては全く進んでない。(笑)


日清戦争開戦まで(五十九)

牙山の聶の布告に関する、李鴻章との往復文書と、日本兵の入京差し止めに対する朝鮮政府との往復文書。
前半は話が前進しておらず、後半は割とリンク集。(笑)


日清戦争開戦まで(六十)

在朝鮮公使館側の発案による属邦問題に対する言及の話と、京釜線の電信線架設についての話と、上海港中立問題についての話。
属邦問題に対する言及の話は、何度も出てくるので新鮮味に欠けますねぇ・・・。


日清戦争開戦まで(六十一)

上海の中立問題と、日本の内政改革要求の補足について。
日本の内政改革要求の補足である、陸奥から大鳥への内信は、これから重要になってくるんじゃないかな。
要チェック。


日清戦争開戦まで(六十二)

朝鮮駐留中の清国兵の動きについての照会と、属邦問題に関する返事の督促。
後はロシア本国の動きに関する史料。
「お前、俺に東学党の乱は鎮圧したって言ってたけどさぁ、本当は掃討できないから清国にまた頼んで剿滅しようとしてんじゃね?」ってのは、割と悪辣な照会。(笑)


日清戦争開戦まで(六十三)

イギリスとアメリカの動きについて。
China is suzerain of Corea.」という李鴻章の声明や、「Minister for Foreign Affairs requested me to induce you to communication of your demands on China and Corea」っていうイギリス政府の要求など、英文史料の割にはかなり面白いというか興味深い内容。


日清戦争開戦まで(六十四)

前半部分がロシア本国の動き。
ポイントは、後半部分の「If they answer that they recognize we shall immediately besiege royal palace and demand explanation and apology of their grave violation of article I 江華 treaty」と、その返事の「I received your teregram 12 before resorting to violent measure wait for further instruction.」。
どれが何に対する返事なのかは、押さえて貰いたいところ。


日清戦争開戦まで(六十五)

旅団報告と混成旅団の参謀長岡外史から川上操六中将への私報。
旅団報告の臨検チックな話と、京城龍山間の軍用電線架設の話以外は、そんなに重要ではなさげ。
後は、京城入りしたわけじゃなく、龍山布陣ってのもポイントなのかなぁ。


日清戦争開戦まで(六十六)

混成旅団の参謀長岡外史から川上操六中将への私報の続き。
朝鮮側の妨害工作の数々は結構面白い。
後は、水原遷都の話と清国軍による日本人抑留の話も、今後チェックしときたいポイント。
まぁ、これっきりな可能性もあるわけですが。(笑)


日清戦争開戦まで(六十七)

混成旅団の参謀長岡外史から川上操六中将への私報の続きと、仁川の能勢領事から大鳥への報告。
軍としては、清国軍に京城方面を攻撃させて、それを迎撃するスタイルをとりたいようで。
ただ、軍略としてあれこれ考えて、日本軍有利な状況を作り出そうという所までは兎も角、実行に移す前に2月4日のエントリーの大島への訓示くらいは守れや、と。


内政改革要求の話あたりから、ゆっくりではありますが色々な事があちこちで起きてます。
メモっておかないと、今後ツッコんだり補足したりするの、忘れそう。(笑)




ここ2ヶ月で4日分の史料しか扱ってない・・・。
そりゃ、話進まなくて飽きるわなぁ、と。(笑)

< 2008年6月のエントリー >
先月から2日分しか進んでなくても、内政改革の項目が閣議決定されたり、かなり重要な話はあるんですが。
如何せん、史料が長い。(笑)

日清戦争開戦まで(四十四)

日本にとって、というか実は朝鮮にとっても重要だったんじゃねぇの?という、京城・釜山間の電線架設の話から始まります。
次いで、改革勧告に関連する電報。
最後に、清国1回拒否ったけど、朝鮮領土保全の相互尊重と、騒擾防止を基本とした申し入れがあれれば、日本は清国の提案を受け入れるかもよ、と言っても良いという小村への電訓。
いずれも、地味ながら重要な話。


日清戦争開戦まで(四十五)

改革勧告の閣議決定について。
別に、善政しろと言ってるわけではなく。
少なくとも「独立国」としての体裁を守り、他国との交易に最低限必要な事ぐらいはしろよっていう勧告でしょ?と。
( ´H`)y-~~


日清戦争開戦まで(四十六)

改革勧告の各項目の詳細についての前編。
外国交渉云々ってのは、外交当局者の話がコロコロ変わる事について。
現代韓国ですら、米韓FTAなんかを見ると非常に怪しく。(笑)
裁判云々については、「延て外交上事端を滋すに至る故に」。
会計出納と兵制警察云々については、東学党の乱対策と独立国の体裁整えろって事かな。


日清戦争開戦まで(四十七)

改革勧告の各項目の詳細についての後編。
幣制云々については、「貿易上の不便」。
次の交通云々と合わせて、商業基盤を整備しろって事でしょうね。
最後に、陸奥の『蹇蹇録』の記述に対する巷間の説に対する疑義提示を。


日清戦争開戦まで(四十八)

前段は、改革勧告と同時に要求する事項について。
清国人と同等の待遇要求と、朝鮮人の海外留学と、国事犯の特赦について。
後段は、『日清戦争開戦まで(四十二)』で見た聶士成の布告の真偽照会に対する袁世凱の回答について。
良く分かりません、と。(笑)


日清戦争開戦まで(四十九)

天津の神尾少佐から大鳥公使への、清国というか李鴻章の動きに対する報告。
やる気の李鴻章と、出兵許可しない中央政府。
ここまで何度か清国の援軍が送られる話が出ていたのに、実際にはまだ送られてないのは、そういう事情らしい。


日清戦争開戦まで(五十)

長文の対韓政策についての具申を出した翌日、更に追加で具申する京城領事内田定槌。
真面目というか、その上に「生」が付きそうな勢い。(笑)
もう一つは、混成旅団報告。
内容的には、第二次輸送兵の配置について。


日清戦争開戦まで(五十一)

大鳥から陸奥への、朝鮮属邦説の排斥と内政改革断行の手続きに関する上申についてのその1。
情報の遅延・不足・意見の温度差等による錯誤。
大鳥も「是迄貴我の電信にては意味充分に相通せざりし廉をも判明」な筈なんですがね。
まぁ、大鳥や陸奥も俯瞰して見るわけにも行かないわけで。


日清戦争開戦まで(五十二)

大鳥から陸奥への、朝鮮属邦説の排斥と内政改革断行の手続きに関する上申についてのその2。
なんか大鳥、内政改革に燃えちゃってるんですが・・・。(笑)
つか、開戦に向けても盛り上がっちゃってる雰囲気。


日清戦争開戦まで(五十三)

大鳥から陸奥への、朝鮮属邦説の排斥と内政改革断行の手続きに関する上申についてのその3。
独立属邦問題と内政改革問題の具体的実施手順について。
割と強引。


日清戦争開戦まで(五十四)

大鳥から陸奥への、朝鮮属邦説の排斥と内政改革断行の手続きに関する上申についての別紙。
本文の上申の方で述べてた通りの内容で、特筆すべき点は特になし。


日清戦争開戦まで(五十五)

取り上げてなかった史料、『仁川港局外中立ノ件』について。
取りこぼしの部分だけで終わっちゃった。(笑)
簡単にまとめると、日本軍が仁川到着して清国公使が抗議→租界内への日本軍の駐留に対して英国副領事が苦情申し立て→清国軍艦の到着や日本軍の京城移動等を見て、居留地で臨時会を開いて仁川を局外地とする議決→京城使臣へ提出予定→『日清戦争開戦まで(二十八)』の1894年(明治27年)6月24日付『機密諸第8号』で対応協議という流れ。


弥縫策と決行の方針

「決行の方針」=「閔妃暗殺」って、倫理飛躍しすぎ~。
「決行の方針」云々の10日後には、閔妃の懐柔の話が閣議に出されてるという、熊本大の小松くんのお粗末な史料調査でしたとさ、チャンチャン。


つうか、アジ歴の目録は相変わらず酷い。(笑)
( ´H`)y-~~




少しづつペース戻ってきた。
でも、先月から2日分くらいしか史料進んでねぇ。(笑)
何時になったら日清戦争開戦に辿り着くんだろ・・・。

< 2008年5月のエントリー >
冒頭に言ったとおり、今月はほぼ何もしてねぇ。

日清戦争開戦まで(三十三)

陸奥とロシア公使ヒトロヴォの対談。
朝鮮で内乱が再発しない手だてについて、何らかのコンセンサスが得られれば、日清戦争まで行かなかったかもね。
ま、清国に内容が正確に伝わっていたとして、それでも拒否というのもありうるわけですけどね。(笑)


日清戦争開戦まで(三十四)

陸奥とヒトロヴォの対談の続き。
清国軍撤兵したら、日本も撤兵するんけぇ?というヒトロヴォのツッコミを、言い訳っぽい理由でかわそうとする陸奥。
結局、日本に同意するか、同意しないなら邪魔すんな、の二択になっていきます。


日清戦争開戦まで(三十五)

イギリス公使は、もし朝鮮の領土保全と騒乱防止を基本にした申し入れがなされれば、王大臣は提案を考慮するだろうと申し入れてきた。
それ、日本の申し込みそのままじゃんwww
イギリス公使、分かってナスwww


日清戦争開戦まで(三十六)

大鳥が「日清戦争開戦まで(四)」で送った文書についての説明文書。
陸奥の言ってる要求で無理押しするより、たとえ清国と衝突が起きなくても、清国が先に撤退すれば朝鮮の事大根性利用できるだろう、と。
一週間以上も届かない文書ですが。(笑)


日清戦争開戦まで(三十七)

京城領事内田定槌の、対韓政策上申書。
折角朝鮮に大兵を送ったんだから、朝鮮を日本の保護国に汁!
朝鮮を独立国として取り扱って来たのは「過失」だ!
剛速球ばかり。(笑)


日清戦争開戦まで(三十八)

内田の対韓政策上申書の続き。
政治は腐ってるし、扶助してやんないと独立できねーよ、と。
おっしゃるとおりではありますが・・・。(笑)


日清戦争開戦まで(三十九)

さらに内田の対韓政策上申書の続き。
政治が腐ってるから、民も全くやる気無し。
でも、大改革すれば!って希望を持ってるらしいんですが・・・ねぇ?(笑)


日清戦争開戦まで(四十)

内田の対韓政策上申書の最後。
大改革っつってもヤツらだけじゃ無理。
でも、独立国として取り扱ってんだから、大改革させるには保護条約結んで日本が面倒みてやるしか無いっしょ、と。
まずは、約束は守られるべき物って事を教える所から始めないと駄目なんだよねぇ・・・。(笑)


日清戦争開戦まで(四十一)

月初めにやった陸奥とロシア公使ヒトロヴォの対談の要旨。
要約だから面白くはないけど、僕の書いた要約より分かりやすいかも知れない。(笑)


日清戦争開戦まで(四十二)

陸奥から大鳥への、有力な朝鮮人を引き入れるように試みろという指令と、清国の聶士成が牙山で出した布告に関する文書。
今後に係わってきそうな史料ですが、面白さは皆無。


日清戦争開戦まで(四十三)

まずは、聶士成が牙山で出した布告に関して、大鳥から陸奥への報告。
もう一つは混成旅団報告。
混成旅団報告の方は、斥候を出す話が多数見られたりで、徐々に水面下の動きが激しくなってきている事が分かります。


もう暫く週3回ペースで行くけど、もう少し早めたい気はする。
でないと、いつまでたっても終わらない。(笑)
( ´H`)y-~~




今月、3回しか更新してねぇ・・・。(;´H`)y-~~
回顧するまでも無いような気もしますが、逆に数が少ないので今月の回顧録が書ける、みたいな。(笑)

< 2008年4月のエントリー >
冒頭に言ったとおり、今月はほぼ何もしてねぇ。

日清戦争開戦まで(三十)

安駉壽の内話。
閔泳駿の話やら、閔妃の話やら、袁世凱の話やら、改革派は日本兵の駐留を当てにしてたり。
感想を一言で言うと、甘えんな、と。(笑)


日清戦争開戦まで(三十一)

日本側は京城に軍を移動。
清国は東学党の残党狩りを朝鮮政府に要請。
袁世凱と閔泳駿は仲違い。
短い史料が多いエントリーですが、動きはかなり激しい。


日清戦争開戦まで(三十二)

大した史料も無い回なんですが、見つからなかった史料が全く別の簿冊で発見した回。
いやね、史料って言っても、元々はお仕事で使ってた公文書なわけで、連番じゃなくお仕事毎に綴るってのは当たり前なんですがね。
当たり前なんですがね・・・。(笑)


ってことで、こんなペースでやってたら、この話だけで子供が結婚するくらいの年齢になりそうだよなぁ・・・。(笑)
まぁ、仕事も落ち着いてきたことだし、もう少しペースアップすべく努力いたしますです、はい。
( ´H`)y-~~



概略として分かっている事でも、細かく調べていくと新しい発見があったり。
特に、この頃の安定していない通信状況の中では、発着日の関係は、非常に重要だなと思います。
つうか、素直に京釜電信線、修繕しとけばねぇ・・・。
( ´H`)y-~~

< 2008年3月のエントリー >
今月は、先月と比較して英文史料や漢文史料が少なかった気がする。
多少楽だった感じ。
このまま行きたい。(笑)

日清戦争開戦まで(十六)

小村寿太郎と清国の総署大臣等との会談筆記。
日本の提議に対する回答督促です。
この時点の清国側の対応は、李鴻章の判断に従ってる形なのかな?
かなり薄味なエントリー。


日清戦争開戦まで(十七)

英・独・露・仏の各国の意向もある中で、李鴻章の動き。
ちょっと情報収集不足の感もありますがね。
一方で、日本側は清国の拒否回答に伴う出兵準備を進め、関連する外交面での動きが活発化してきます。


日清戦争開戦まで(十八)

これまでの経緯が、「半公信」によって大鳥に届けられます。
というか、簡略にまとまってるので、それだけで価値あり。(笑)
一方で、清国出兵の噂が出てきます。


日清戦争開戦まで(十九)

もう一つの「半公信」によって、特に京釜間の電信修繕について尽力しろという訓令が出ます。
一方で、清国は正式に日本の提議を拒否。
これに対して、日本もすぐさま遺憾表明と将来的な保証が無い限り撤兵できない旨を回答。
焦臭くなってきました。


日清戦争開戦まで(二十)

清国の拒否回答と増派の報告を受けて、日本側は兵力を京城へ移動。
また、京釜間の電信修繕について更に訓令が下り、朝鮮政府が回答を引き延ばすようなら、日本陸軍で工事してその旨を朝鮮政府に伝えろ、と。
一方大鳥公使は、「日清戦争開戦まで(十)」で見た朝鮮政府のマズイ発言についてすかさずツッコミ。


朝鮮国有森林未墾地及森林産物特別処分令に依る森林の縁故者及木材業者の資格

今月のエントリーで、唯一日清戦争関連ではない話。
朝鮮国有森林未墾地及森林産物特別処分令」中の、「縁故者」及び「木材業者」についての規定。
国有森林を「無料」で借りる事のできる対象者は、明確に寺の所持であることが分かる寺と、入会慣行がある者と、森林法に基づく地籍届を行わなかった所有者と、森林法施行前に適法に占有した森林山野の所有者。
ちゃんと法的フォローも入ってるわけで。( ´H`)y-~~


日清戦争開戦まで(二十一)

高島留学生による全羅道近辺の状況報告が主。
いよいよ、招討使や巡辺使の軍も撤収するお話に。
つうか、やっぱり鎮定されたのに居座る清国の方が、名分が無い気がしますがねぇ。(笑)


日清戦争開戦まで(二十二)

宮中からの情報とされる報告が、信憑性に薄いと言われるだけあってそれなりに面白い。(笑)
要するに、今日我国の禍害消滅せしは専ぱら日本兵入城の力に由れるなり。」がイヤらしい部分。
つうか、量の割にかなり内容は薄い。

日清戦争開戦まで(二十三)

袁世凱と閔泳駿の関係が切れ、且つ閔泳駿がヒッキーになっちゃった話が秀逸。(笑)
この後の史料においても度々出てくる事になります。
そして、見事に掌を返す様がまた素敵。(笑)


日清戦争開戦まで(二十四)

袁世凱フィルター発動。(笑)
「その時日本は韓国を併呑する陰謀を敢行できないのは、みんな知ってる事だ」って、重要な部分を抜かす素敵さ。
同じ電報で、「日本に撤兵を迫るのではなく、韓国に匪賊を剿滅しろと言え」という話は興味深いです。
まぁ、その意図までは推測しきれませんが。


日清戦争開戦まで(二十五)

大鳥のツッコミに対する、朝鮮の回答になってない回答。(笑)
困るといつもコレだもんなぁ。
一方、日本は正式に京城に向けて2,000人増派する事に決定。


日清戦争開戦まで(二十六)

電信の不通によって錯綜する情報。
文書の着日の前後によって、話が繋がってない部分が出てきてます。


日清戦争開戦まで(二十七)

この回のエントリーは、混成旅団報告から。
これまでは外交文書を中心として見てきましたが、兵力を京城に集中させる話が出てきましたので、そろそろ混成旅団の動きも取り上げなければ、と。
まぁ、この時点ではまだ大したことの無い内容。


日清戦争開戦まで(二十八)

この回でも袁世凱と閔泳駿の決裂の話が見られます。
また、仁川からは続々清国人が帰国。
それに伴って、仁川港中立問題が起き始める形。


日清戦争開戦まで(二十九)

日本軍の移動。
ロシア臨時代理公使の撤兵勧告。
イギリスの動き等、徐々に逼迫していく情勢ですが、それだけに笑い所が無いのが難点。
いや、お前は何を求めてるんだとつっこまれても困るんですが。(笑)


ってことで、もっと面白い話が多かったと思っていたら、割とそうでもなく、真面目な話が続いてた月でしたねぇ・・・。
ツマンネ。(笑)




結局、他の話題を取り上げても、つい深く調べてしまうので気分転換にならない事が判明。(笑)
本当は、今月の『育英公院』のように、ワンパンチで気軽に楽しめる方が好きなのに。
ってことで、兎も角『東学党の乱』の続きを始めてしまいました。
( ´H`)y-~~

< 2008年2月のエントリー >
英文史料や漢文史料が多すぎて、見た目以上に時間がかかっています。(笑)
最近、官報等の活字史料ばかりだったので、読み取りにも手間取ったり。
割と苦闘の月。(笑)

林、柳、南、桂等の姓を有する者

以前、『創氏改名(十)』及び『創氏改名(十三)』で取り上げた話の補強というか増補というか。
「林、柳、南、桂等の姓を有する者」でも設定創氏している具体例についてですね。


東学党の乱(百十一)

昔の連載の時に、漏れてた史料の補填。
朝鮮へ出兵するに当たっての、伊藤博文から大島陸軍少将と伊東海軍中将への訓令の話。
これを見て、露館播遷の時の小村の対応を思い出した僕は、何か間違ってると思う。(笑)


東学党の乱(百十二)

史料補填その2。
xiaoke氏の協力により、以前の連載で不明だった5月22日付『機密第63号』を入手。
朝鮮政府の対応への予想を提示し、それが起きた場合の対処に関して協議したいという内容。
内容的には面白いんだけど、流石にガイシュツなものばかりなので、新味に欠ける。(笑)


育英公院

ニンステッドへの給料未払い。
南廷哲の差額着服。
そしてメインディッシュの卒業者の居ない近代的学校。(笑)
見所は満載。
こういう史料ばかりなら楽なのに。


日清戦争開戦まで(一)

これまでの経緯のおさらいとして、昨年の4月20日のエントリーでのまとめを基本にした年表を取り上げました。
ついでのように英文史料を一つ。(笑)


日清戦争開戦まで(二)

英文史料地獄。
そして、やはり役に立たない電信線。
個人的に、朝鮮の電信がちゃんと繋がってれば、結構歴史変わったと思う。(笑)


土地収奪の具体例 ~ 李震の場合 ~ (三)

xiaoke氏からも頂き物。
日本人長官との連署図面によって、日本人だけの高等土地調査委員会で、日本陸軍所管の国有地が朝鮮人の所有地に変更されるわけですよ。(笑)


日清戦争開戦まで(三)

仁川から京城への要衝と漢江沿岸の各所に展開する日本軍。
前例がありますからねぇ。
後、ポイントとしては1894年(明治27年)6月17日付の汪鳳藻への親展文書かな。
結構重要。


日清戦争開戦まで(四)

仁川から京城への要衝と漢江沿岸の各所に展開してるのは、避難ルートと通信の確保のためだよと、予想通りの回答。
日清戦争にしても日露戦争にしても韓国併合にしても、一般的に「feeling of public」が無視されがちなのは、何故なんでしょうねぇ?
で、「京城・釜山間の電信線の権利」は兎も角、「日本人への内陸部での課税廃止、防穀令の完全な廃止」を要求しろという陸奥。(笑)
いくら防穀令が朝鮮官吏の金儲けのために使われてるからってさぁ、無茶でしょ。


日清戦争開戦まで(五)

全州奪還からかなり経った6月18日。
ようやく朝鮮政府から東学党の乱の鎮圧通知が。(笑)
一方、大鳥公使を初めとした日本公使館側では、日本より先に清国の撤兵を求め、それが拒絶されれば清国の宗主権維持と朝鮮の独立を保持しようという日本側の努力を拒否したと看做して、力強い手段に訴えて良いかという提議が、陸奥に対して行われます。


日清戦争開戦まで(六)

撤兵要求に必死な朝鮮政府。
一方で、派兵中止の電報が届かないのでゲシゲシ出発して到着している日本軍。
だから電信線を修理しろ、と。(笑)


日清戦争開戦まで(七)

李鴻章と荒川領事の対談。
天津条約の趣意を忘れたのはどちらなのか、非常に疑問。(笑)
つうか、「在京城公使の力で高宗を説得して、行政なり財政なり軍事なりを助言・勧告するのはオッケー」って言ってるし。(笑)


日清戦争開戦まで(八)

李鴻章と荒川領事の対談の続き。
つうか、「在東京清国公使よりの電報は一層簡単にして、充分了解し難し。同公使よりは、両国委員撰任行政改革等の箇條はなかりし。」って、この重要な時期の重要な話に対して、問題在りすぎじゃないかと。(笑)


日清戦争開戦まで(九)

北京の小村から、李鴻章の訓令を受けた清国政府も、日本の提議に対して拒否回答である旨の電信が届きます。
つうか、李鴻章の言ってる事が本当だとして、東学党の乱の共同鎮圧の話しか伝わってなければ、鎮圧されてると見なされている以上当然の拒否なんですがね。(笑)


日清戦争開戦まで(十)

清国の援兵を依頼しておきながら、撤兵時期は袁世凱任せの朝鮮。
まぁ、当時の情勢的には明白なんですが。
でも、それを日本の公使に公文書で言っちゃう朝鮮。(笑)
建前でも独立国なんだから、マズイだろ。(笑)


日清戦争開戦まで(十一)

日本兵の入京に対する朝鮮政府の状況について。
閔泳駿のお気楽発言といい、趙秉世や沈舜澤の陰謀論といい、お前等もう少し頭使えや、と。(笑)
つうか、袁世凱が本当に「若し速に撤退せざれば、兵を以て相戦はん。」なんて言ってたら大問題なわけで。(笑)


日清戦争開戦まで(十二)

日本兵の入京に対する朝鮮政府の状況についての続き。
袁世凱の「清国の兵が帰国すれば日本も撤兵するだろうけど、もしそうでなければ必ず各国の批難があるだろうし、中国でも罪を問う出兵するアル」ってのは、かなり妥当な意見だと思うんですがねぇ。
その次がねぇ・・・。(笑)


地籍無届の森林山野の関する件

日清戦争前のお話、休憩の回。
森林法第19条の届出を行わなかった私有森林に対して、所有権を回復するための手続きについて。
「無主公山が届出されず国有地となった」は事実でしょうけど、その後所有権回復の手段も周知されてますのでヨロシク、と。


日清戦争開戦まで(十三)

if Japanese troops be not so withdrawn, additional Chinese troops will be sent for protection of Chinese.」ってさぁ、脅しのつもりかも知れないけどさぁ、割と「それを言っちゃあ、お終ぇよぉ」の部類だと思うよ。(笑)
そして、やっぱり出てこない内政改革の話。


日清戦争開戦まで(十四)

在英青木公使から、突然意味不明の朝鮮分割統治案が。
つうか、独立国扱いしてやれよ。(笑)
一方で、「日本人への内陸部での課税廃止、防穀令の完全な廃止」は無茶ッスと大鳥。
まぁ、その通り。(笑)


日清戦争開戦まで(十五)

属邦と雖濫りに其内政に干渉するを得ず。清韓両国の間柄さえ尚ほ且如斯。況や日本は隣邦たるの誼あるのみに於おや。
属邦ってのは、どういう権利なんだ、と。(笑)


日清戦争開始前の話もそうだけど、割とそれ以外の部分の方が大事な気もする昨今。(笑)
つうか、英文&漢文史料の翻訳以外は、結構楽しんでやった月な気がします。
手間はかなりかかりましたが。




先月同様法規がほとんど。
ただ、割と面白い法規があったり、土地収奪の具体例とかニヤッとできる史料がようやく出てきたんじゃないかなぁ、と。
つうか、単に真面目な(普通な)法規に飽きてただけかも知れんけど。(笑)
( ´H`)y-~~

< 2008年1月のエントリー >
土地調査事業については、法規関係がかなりまとまってきたので、今後はそんなに頭抱えて悩む事にはならない筈。
ただ、取り上げてない法規や漏れてる法規もあると思うので、その辺は注意。
具体例については、もっと集めたい処。
今後の課題。

2008年年頭の辞

毎年恒例の年初のご挨拶。
酔っぱらって、勢いで感情を書き殴った方が良いのかも知れないと考えている昨今。(笑)


土地家屋所有権証明規則施行細則

年末にやった「土地家屋所有権証明規則」の施行細則です。
何でこんなんで年越ししたのか、良く分かりません。(笑)
疑問点が何箇所かあったけど、基本施行規則とか施行細則とかってつまんないよね。( ´H`)y-~~


土地家屋典当執行規則

頭で理解できてても、何故か納得いかない条文がある、不動産抵当の処分に関する規則。
未だにモヤモヤしてる。(笑)


土地家屋典当執行規則施行に関する細則

今度は、「土地家屋典当執行規則」の施行細則。
ツッコミ所が無い。(笑)


驛屯土管理規程

国有の駅屯土の管理についての規則。
「小作認許証」の辺りは面白そうな感じ。
( ´H`)y-~~


国有地小作人褒賞規程

国有地の小作人として、組合定款や契約遵守して納期を守り、公課と小作料をちゃんと収めてたら、金品貰える規定。
併合前に既に「組合定款」がある所が興味深い。
深みにはまりそうなんで、まだ手ぇつけてないけど。(笑)


朝鮮民事令と不動産

朝鮮民事令中の、不動産関係の条文を抜粋したエントリー。
「不動産に関する物権の種類や効力は、第1条の法律に定めた物件以外は、慣習による」なわけで。
ねぇ?(笑)
( ´H`)y-~~


土地家屋所有権証明規則に依る森林山野の証明に関し訓令の件

森林山野など、人間が恒常的に利用するワケではない土地について証明する時は、所有権の確認とか気をつけてね、という訓令。
いや、当たり前の話。(笑)


土地所有権に関する取締の件

土地調査事業に関して、「これまで誰のものでも無かった土地は、調査の時に所有権認められるってよ」という噂が流れ、「駆け込み開墾」が流行り、それを取り締まる訓令。
「手続き複雑なだけで申告しなかったとか、本当かよ。(笑)」と思わざるを得ないお話。


朝鮮不動産登記令

朝鮮での不動産登記に関する法規。
朝鮮民事令により、第三者への対抗要件になります。
ま、法律として大事なのと面白いかどうかは全く別の話のようで・・・。(笑)


朝鮮不動産証明令(一)

登記令と同じく、朝鮮民事令により第三者への対抗要件になる不動産証明の法規。
登記令と同じく、法律として大事なのと面白いかどうかは全く別の話のようで、と。


朝鮮不動産証明令(二)

朝鮮不動産証明令の続き。
朝鮮民事令のせいで、法の相互関係とかあってとてもややこしい。
とりあえず、一般人なので「条文に書いてある事」だけ理解しておくことにする。(笑)


朝鮮不動産証明令(三)

同じく朝鮮不動産証明令の続き。
第36条で、折角これまでやってきた、『土地家屋証明規則』、『土地建物証明規則』、『土地家屋所有権証明規則』、『土地家屋典当執行規則』とその附属法規が廃止に。(笑)


土地調査令に依り査定又は裁決を経たる土地の登記又は証明に関する件

土地調査令の査定や裁決により確定した土地の登記や証明に関する話。
本来、当時の不動産登記法を調べればまた何か分かったかも知れないけど、法律に飽きてたのと更に深みにはまりそうだったので、その部分は丸っと棚上げにしちゃったエントリー。
ちょっと反省。


駅屯土特別処分令

駅屯土の管理や処分に対する特別規定。
第2条の「驛屯土の小作に従事する者に対し、朝鮮総督の定むる所に依り、自作の為其の小作地を売払ふとき」については、また別途新しく調べ直したいところ。


朝鮮国有森林未墾地及森林産物特別処分令

今度は、国有森林・未墾地・森林産物に対する特別規定。
この時期、土地関係の法規だけでなく、民法や刑法も含めて、旧大韓帝国時代の法が徐々に整理されていっている時期だと思うんですが、旧法がいつ廃止されてるのかは中々面倒臭い。


土地調査に関する件

「まずは申告しろ・間違いの無いように立ち会え・査定後は確認しろ」という当たり前の通牒の話。
ただ、臨時土地調査局の査定の公示とか、高等土地調査委員会の裁定の例示とか、内容的には実例ひいてあって面白いんじゃないかな?と思う。
私だけかもしれませんが。(笑)


土地申告書取纏に関する件

土地調査令」の第4条では、「臨時土地調査局長に申告すべし」としか提出先については書かれておらず、「土地調査令施行規則」の第1条でも「朝鮮総督府臨時土地調査局又は出張の当該官吏に提出」としかされていないため、実際の運用上では混乱があった模様。
この通牒によって、申告書の配布については臨時土地調査局→郡長→面長→地主総代→各地主という流れに。
取り纏めについては、各地主→地主総代→面長→臨時土地調査局出張局員という流れに、スッキリまとまることになりました。


土地調査令施行規則

土地調査事業の根幹となる「土地調査令」。
その施行規則ということで、探し出して取り上げてみましたが・・・。
面白くはないよね。(笑)


土地調査事業のここまでの整理

これまでの土地調査事業関連のエントリーのリンク集。
テープルタグを使って、しかもほとんど全部がリンクなので、見た目より非常に時間がかかってるエントリ。(笑)


土地収奪の具体例 ~ 李震の場合 ~ (一)

大邱在住の李震から、帝国陸軍に突如として送られた催告状。
土地を奪った悪辣な日帝に立ち向かう李震。
果たしてその結末は!

みたいな書き方が出来れば良いのにね。( ´H`)y-~~

土地収奪の具体例 ~ 李震の場合 ~ (二)

今回の事案のポイントは、高等土地調査委員会に異議を申し立てて、それが正当であれば、現在陸軍の管理地であっても所有権を認定されているというところ。


土地収奪の具体例 ~ 李啓恆の場合 ~

地税等を治めているような「耕地」でなく、通常使用されていないため土地調査事業では国有の「林野」として査定が確定した事例。
流石に、申告もなく地税も納めず通常人が居ないという状態では、所有権も糞も確認のしようが無いわけで。
というか、人数から見ても入会地的利用で、土地の所有権とは関係なさげ。
その場合でも逸失利益は支払われていますね、と。


土地調査事業については、やっと一段落ついたかな?という感じ。
ぶっちゃけ、法律飽きた。(笑)