勅令第41号

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なんだかテンション低い・・・。
つうか、読んでも読んでも構造が全く変わらない、朝鮮関係の史料を漁るのに少し疲れてるのかも知れない。(笑)

代わりに昨日はENJOY Koreaで初めて3つ程スレ立て
まぁ、じっくり調べたわけではないし、前の焼き直しと思いつき。

そして今日は約4年ぶりにアルバムを出した、RIOTの新譜「ARMY OF ONE」を購入。

かなり良い!

でも、何でこんなにギターやドラムが遠ぉ~くで鳴ってんだろう・・・。

昔友人と、「往復旅費と宿泊費の他に10万くらい渡せば、家で演奏してくれんじゃね?」とか冗談で言ってたほど、30年もやってるのに色々あって金の無いバンドなんだけど、ライナー見るとそれが冗談にならない程金が無かったらしい。(笑)
ファンとしては、せめてアルバム買って助けてあげんとね。

ってことで、何だかんだで今日は手抜き。

手を抜いて何をするかと言えば、『勅令第41号』。
これだけでピンと来る人も、ウチの読者には沢山居ると思いますが、そうです。
1900年(明治33年)10月25日付で大韓帝国が出した勅令であり、現在韓国側が、竹島(韓国名:独島)領有の根拠の一つとしている、例の「石島」が書かれた勅令ですね。

勿論、当該勅令の記された官報の画像は、巷に出回ってます。

これ↓

石島3

ですね。
ただ、加工のせいかかなり見づらい画像になってますので、新しいものを挙げておきます。

石島2石島1 (それぞれクリックで拡大)

全部で5条から成ってるんで、一応2枚目も出して見ました。
つうか、この画像使う人なんて、ENJOY Koreaに出入りする日本人くらいだよなぁ・・・。(笑)
あまり意味ねー。

これで終わってもアレなんで、一応テキスト化。
つうか、現代ハングルにないハングルっぽい字(なんだそりゃ・笑)がありますので、そこは"■"で。
まぁ、それ以前にUNICODE表示できないよってことで、ハングル自体見れないわけですけどね。(笑)
多分、コピペしてExcite翻訳辺りに貼り付ければ、ちゃんと表示される筈。

勅令第四十一號
鬱陵島를鬱島로改稱■고島監을郡守로改正■件

第一條
鬱陵島를鬱島라改稱■야江原道에附屬■고島監을郡守로改正■야官制中에編入■고郡等은五等으로■事

第二條
郡廳位置■台霞洞으로定■고區域은鬱陵全島와竹島石島■管轄■事

第三條
開國五百四年八月十六日官報中官廳事項欄内鬱陵島以下十九字■刪去■고開國五百五年勅令第三十六號第五條江原道二十六郡의六字■七字로改正■고安峽郡下에鬱島郡三字를添入■事

第四條
經費■五等郡으로磨鍊호■現今間인즉吏額이未備■고庶事草創■기로該島収税中으로姑先磨錬■事

第五條
未盡■諸條■本島開拓을隨■야次第磨錬■事

附則第六條
本令은頒布日로부터施行■事

光武四年十月二十五日

御押  御璽  奉
勅  議政府議政臨時署理賛政内部大臣 李乾夏
一部漢字を日本語フォントにしてあるため(収税とか)、機械語翻訳で一部?が出る所がありますが、ケンチャナヨ。

まぁ、マジで今日はこれだけ。
韓国側が、勅令第41号が云々と言い始めたら、「石島が竹島(独島)であることを証明してください。」で終了するわけで、全く意味の無い史料といえばそうなんだけど、まぁ骨休めってことで。(笑)


では。



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竹島の日

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今日はウチの結婚記念日。
でエントリ書くわけじゃなく、竹島の日です。

取りあえず、「♪すいか泥棒 日曜版」さんの処でやってるキャンペーンにも参加してみるtakeshima dokdo dokto tokdo tokto
おまけで、「かえれ!竹島」フォトしまね山陰中央新報の竹島特集にもリンクを張ってみたりする。

で。
折角なんで関連して何か書こうとも思ったんですが、ハッキリ言ってENJOY Koreaの竹島人文兵器、oppekepe7氏の歴史・伝統文化紹介板伝統文化・工芸板の過去スレ見てね。ウフ♪で、全部終わっちゃうんですよねぇ・・・。(笑)

というわけで、ちょっと考えました。
こんなのどうよ?

SCAPIN677

1946年1月29日付連合軍総司令部覚書SCAPIN第667号(SCAPIN677)全文画像。
まぁ、複写か何かではあるんでしょうが、竹島関連では有名な田中邦貴氏のHP「竹島問題」でも4項までの画像しかないんで(勿論わざとカットしてるかもしれませんが)、載せてみました。
出所は、アジア歴史資料センターの『警保局長決裁書類・昭和22年(下)/領土外に対する行政権停止に関する件(レファレンスコード:A05032385700)』の12画像目。

これで終わるのもアレなんで、ちょいと付け足し。
このSCAPIN677の6項。

6. Nothing in this directive shall be construed as an indication of Allied policy relating to the ultimate determination of the minor islands referred to in Article 8 of the Potsdam Declaration.
つまり、SCAPIN677はポツダム宣言(Potsdam Declaration)8項の小島に関する連合国側の施策でない、と。
じゃあ、ポツダム宣言8項って何よっつうと。

(8) The terms of the Cairo Declaration shall be carried out and Japanese sovereignty shall be limited to the islands of Honshu,Hokkaido, Kyushu, Shikoku and such minor islands as we determine.
カイロ宣言を受けて、日本の主権の及ぶ範囲が本州、北海道、九州、四国と私たちの決定する小島に制限されるとされていますね。

先ほどのSCAPIN677には、ポツダム宣言8項の小島つまり「私たちの決定する小島」とは関係無いよ、と。
従って、当然日本の主権範囲の決定にSCAPIN677は無関係なんですね。
勿論、この範囲は俗に言うサンフランシスコ講和条約(日本国との平和条約:Treaty of Peace with Japan)で決定されるわけで。

韓国の愼鏞廈氏は読解力が無いんでしょうなぁ。

 愼鏞廈氏

ということで、悩んだ末に画像掲示して誤魔化してみました。
おしまい。



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朴斉純の抗議

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久しぶりに竹島関係の話。

竹島に関する近代年表

(1905年8月12日の第二次日英同盟第三条の条文について、大韓帝国の朴斉純外相がこれを非難し、駐韓イギリス公使と日本公使に抗議している。つまり、竹島編入についても、この時期韓国は抗議可能であった。)

についてちょいと書いてみよう。


史料は、在韓萩原代理公使から桂外務大臣への、1905年(明治40年)10月17日発『第384号』。


英国公使は、韓国外部大臣より公文を以て、英韓両国間には積年の深厚なる友誼存続するに関はらず、此次英国政府が日本との間に訂立せる同盟條約中、韓国の地位に関して規定する所は、従前の約旨に違反する不当の條約なりとの旨意の照会を受けたる由にて、本日本官を来訪して意見を求めたるに付、本官は之に対し、同大臣は林公使より日英同盟條約の成立を通告したるに対して同意味の回答を与えたる旨を告げ、且つ本官は唯今の所、何等の措置を採らずして「イグノヲア」する積なる旨を答へたるに、同公使は本国政府に報告して多分同様の態度を採るに至るべき旨を陳べたり。

同大臣より林公使に与へたる回答は、沼野の病気欠勤中発送せられたりしが、英国公使宛のものは同外交官補に秘して発送したるものなるべし。



この史料が、前述の「抗議」の元になっている史料である。
恐らくは、巷間言われているのも之を論拠とすると思われる。

史料中、韓国外部大臣が朴斉純を指している。
朴斉純が、公文によって同盟条約中の「韓国の地位に関して規定する所」に対して従前の約束に違反する条約だと抗議したそうだ、と。
「韓国の地位に関して規定する所」に当たるのが、第二回日英同盟協約第三條になる。


第三條
日本国は韓国に於て政事上、軍事上及経済上の卓絶なる利益を有するを以て、大不列顛国は日本国が該利益を擁護増進せむが為、正当且必要と認むる指導、監理及保護の措置を韓国に於て執るの権利を承認す。但し該措置は、常に列国の商工業に対する機会均等主義に反せざることを要す。



一方で、「従前の約束」とは恐らく1883年の朝英修好通商条約だと思われる。
最も、詳細が不明なので断定は出来ないが。

で、萩原代理公使はこれに対して"ignore"する積もりだ、と。
イギリス公使も、多分日本と同じ態度を採るだろう、と。
お前等揃って「無視」かよ、おい。(笑)

病気欠勤中の沼野というのは、恐らく沼野安太郎の事であろう。
そして、英国宛の抗議文は、沼野安太郎に秘密で発送された、と。
『外交官補沼野安太郎韓国政府ノ聘用ニ応シ俸給ヲ受ケ明治三十七年勅令第百九十五号ニ依リ在職者ニ関スル規定適用ノ件(レファレンスコード:A04010086300)』によれば、沼野安太郎は、外交顧問補佐官つまりスチーブンスの補佐官として1905年(明治38年)6月に韓国政府に聘用されている。
該史料の時点で沼野を避けていたとしても、残念ながら竹島編入の際にはまだ居ない。


この史料には、抗議が行われた日付は書かれていないが、この協約は1905年(明治38年)9月27日官報彙報欄掲載であり、韓国政府に通知されたのが10月5日となっている。


最近、ごく稀に「1905年(明治38年)8月””日英同盟に抗議した」との書き方を見かけるが、「1905年(明治38年)8月””日英同盟に抗議した」であり、実際の抗議は10月なので、宜しく。


さて、当該史料を以て、日本にも同様の抗議が来ていると解釈されているのだが、一方でこの一週間前に次のような史料が残されている。
上記史料同様、在韓国萩原臨時代理公使から桂外務大臣への1905年(明治38年)10月11日発『第374号』より。


日英同盟條約発表後、本邦新聞の記事論文等、韓国保護問題に対する論調一層高まりたる結果、当国の宮中府中は勿論一般人民中にも悲観的観念を抱くもの漸く多く、不日にして日本は韓国の地位に対し断案を下すべきを予想し、其前に何等かの防禦手段を講ぜんが為め、開教保生会青年会等の団体及び「コリヤ・デイリイ・ニユウス」等をして盛に排日主義を鼓吹せしめるのみならず、殊に注目すべきは、中枢院議官連を教唆して、対外條約締結には中枢院は官制上当然に参与すべきものなりとの建議を試みしめ、或は又、下層民を煽騒して所謂義兵なるものを各所に蜂起せしめんとの魂胆内密に宮中及日本反対側に画策せられ居る状況あり。
事情右の如くなる結果、外部大臣は当方より発したる日英同盟條約の通牒に対し、昨日付を以て、右條約は第三者たる韓国に於ては関知するところに非らずとの意見を附し、回答し来れり。
右に対しては、本官は何等説明を与へざる方、却て時宜を得たるものとし、其儘に放任し置けり。
右、御参考迄。



日露戦争、日比谷焼き討ち事件、韓国保護問題、韓国併合、何れの場合においてもマスコミによる世論の煽動が行われている。
しかも、政権攻撃のために行われた捏造を含む煽動である。
ま、今後取り上げる在京城新聞記者団の話で、その一端が垣間見られるだろう。

「開教保安会青年会」が、それぞれ別の団体を指すのか、一つの団体を指すのかはさすがに不明。
「コリヤ・デイリイ・ニユウス」(コリア・デイリー・ニュース)は、ベセルの主催する「大韓毎日申報」の英字版の名である。
で、宮中は彼等に排日主義を鼓吹させ、中枢院に対外条約締結に参与の旨の建議をさせようとし、義兵を蜂起させようとしている、と。


で、「事情右の如くなる結果」として「昨日付を以て、右條約は第三者たる韓国に於ては関知するところに非らずとの意見を附し、回答」らしいのだが、何か全く繋がっていないような・・・。
取りあえず、この史料だけを見ると抗議とは言えないわけで。
話の流れからすると、この間にもう2、3史料があっても良い気がするので、もう少し調べてみたい。


取りあえず、「朴斉純が駐韓イギリス公使と日本公使に抗議した」という根拠は、前段の史料という事で。

では。


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自称IT大国の底力

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連休の合間の出勤日につき、一休み。(笑)


独島サイバー捜査隊、6月から世界各地で活動開始

独島に対する日本の歴史歪曲の実体を世界に知らせ、歪曲された歴史を正すことを目的にした「独島コリア広報大使」が6月から世界各地で活動を開始する。

在外同胞財団(理事長:イ・グァンウ)は2日、同胞と知韓派外国人を対象に独島の歴史歪曲の実体を知らせ、 誤記是正を求めていく114人の「サイバー独島コリア広報大使」を選定することを発表した。

広報大使は世界各地のインターネット上で誤った情報を掲示しているウェブサイトの地図、文書、歴史的資料などを調査した後、同財団とともに誤記を是正し、正しい歴史をPRする任務を担当する。

広報大使は民族観が鮮明で、インターネット使用が可能な満18歳以上の模範的同胞と韓国をよく知る知韓派外国人が申請できる。
ボランティアを原則とした名誉職で、任期は1年だ。

同財団のホームページ(www.korean.net)で活動する予定で、広報大使にはブログが支援される。



知韓派外国人ということは、私も申請できるかな?(笑)

まぁ、目的がPRという名のメールボム等のサイバーテロなのは、「東海」呼称問題の際と同じなのであろう。

「東海」の名を取り戻したサイバー外交使節団「バンク」

この時は、「会員らが集団で抗議のメールを送り、これを正している。」と有るとおり、執拗な抗議によって、worldatlas社から「うざいから、統一見解出るまで併記するから。」という見解を引き出す事に成功した。

East Sea or Sea of Japan?

代わりに、「Tok Do」と記載されていた竹島も、「Dokdo (Takeshima)」と併記されてしまったわけであるが。(笑)

なお、「日本海」呼称問題について、worldatlas社以外はどうなったかというと、

(A)  2002年5月フランスの全国紙「レ・ゼコー」「ル・フィガロ」に、2002年のW杯サッカー大会関連記事で「日本海」と「東海」の併記が見られたが、両紙に対して在仏大使館より申し入れを行った結果、2002年12月、日本海の単独表記を使用していることが確認された。

(B)  2003年1月、韓国の新聞により、米国の「ニューヨークタイムス」が日本海という名称を使用しなくなったと報じられた。これは、1月26日付けの同紙が、ソウル特派員発の記事の中で「日本と韓国との間の海域」との表現をしたことを指したものである。これに対し、在ニューヨーク総領事館より同紙に事実関係を確認したところ、同紙より「編集方針は変更されておらず、「日本海」という呼称を使用する」との回答を得た。

(C)  2003年1月、フランスの「ル・モンド・ディプロマティック」紙が発行した、地図中心の書籍「ル・モンド・ディプロマティック・アトラス」において、日本海と東海が併記されていた。事実関係を照会した結果、執筆者が韓国系の学者であることがわかったので、同紙編集部に対し、日本海という呼称の正当性について説明し、日本海の単一表記についての申し入れを行った。

(D)  2002年11月及び2003年1月、マイクロソフト社の「百科事典エンカルタ」における日本海と東海の併記について、在シアトル総領事館から同社に対して申し入れを行った。同社からは、韓国側の主張が正当だと認めたからではなく、韓国国内等で「東海」が使われている現状に配慮し、第二義的呼称として「東海」を併記しているとの説明があり、第一義的呼称は「日本海」であるとの回答があった。また、同社は、日本語版を「日本海」単一表記に修正した。

(E)  2003年2月、韓国の新聞により、英国のBBC放送が同社ウェブサイトにおいて「日本海」及び「東海」を併記した地図を使用したと報じられた。これに対し、在英国大使館より同社に申入れを行った結果、同社からは、「『日本海』の呼称が当該海域を表す表現として最も広く認識されていると考えており、通常は、この呼称を使用している」との回答を得た。

(F)  2003年3月、CNNがニュース画面上に、「日本海」及び「東海」を併記した地図を使用し、また、同社ウェブサイトの記事においても、同様に「日本海」及び「東海」を併記するなどの対応が見られた。これに対して、在アトランタ総領事館よりCNN本社に申入れを行った。CNNからは、日本政府の立場は十分理解したとの回答があり、現在、同社は「日本海」の記載方針を検討中である。

この他、航空会社、ユネスコ、WHOが「東海」表記を削除し、「日本海」単独記載。
国連においても2004年3月、国連は、「日本海」が標準的な地名であり、国連公式文書では標準的な地名として「日本海」が使用されなければならないとの方針を確認した。


韓国が不法占拠し、それに対して日本が具体的手段に出ることができない現状、わざわざ事を大きくする意味が分からないが、彼等の「自尊心」とはそんなものなのであろう。
問題提起してくれて、外務省が「日本海」呼称問題と同様の運動を行えば、どうなるだろうか?
とりあえず、明確に外交的敵対行動をしたにも係わらず、ぬけぬけと「腹いせ」などと言ってのけるのであるから、また自らを反省することなく、日本を悪者にしてお終いなのだろう。

【噴水台】予定された敗北


さて、もしかしたら私のブログにも是正要求が来るかもしれないので、今度、竹島特集をすることにしよう。
まぁ、論拠の揃っている相手にはかかってこないか、自国の歴史書ですら「捏造だ」と述べる程度の「自尊心」しかないと分かっているので、全く期待はしていないのだが。(笑)


暫定水域

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おそらく韓国政府あるいは韓国人が忘れている、あるいは本当に知らない事。

島根県が「竹島の日」を制定せざるを得なかったのは、日韓新漁業協定の暫定水域の共同管理を守らないどころか、EEZ(排他的経済水域)内ですら、違法操業を繰り返した事に端を発している。

日本の排他的経済水域(クリックで拡大)

竹島周辺の暫定水域図(クリックで拡大)


http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20050306/mng_____tokuho__000.shtml

竹島の領有権は地元にとって、漁業上の利害とも密接に絡む。

竹島周辺の海域は、両国の漁船が操業できる暫定水域が広がっている。
九八年に日韓両国が竹島の領有権問題を棚上げした上で設定されたものだ。
この海域はベニズワイガニが豊富に捕れるが、現実には「韓国漁船によって大量の漁具が設置され、日本漁船が閉め出されている。
膨大な経済的損失を受けている上、韓国船が違法操業をしても暫定水域内では日本側は取り締まることもできないのが実態だ」と島根県漁業協同組合連合会の幹部は話す。

「竹島の領有権をうやむやにしていることが漁業問題の諸悪の根源にあり、いつまでも放置しておけない」(同県議)事情も県議会を動かしている。



水産資源としてのベニズワイガニの漁獲量も減少の一途を辿り、故に日本は日本海沖合ベニズワイガニ資源回復計画を立てるわけです。

日本海沖合のベニズワイガニ漁業を存続していくためには、操業水域全体の資源回復に早急に取り組む必要がある。
操業水域のうち暫定水域内の資源管理については、新日韓漁業協定に基づく日韓漁業共同委員会において、当面の間は民間で資源管理の可能性及び手法を検討するとされたことから、日韓双方のベニズワイガニ漁業者団体の間で資源管理の協議が進められている。
しかしながら、これまでのところ双方の主張に隔たりがあり、速やかに資源管理体制を確立できる現状にはない。
このため、今後とも漁業者間及び政府間の協議により、韓国側に対して協調したベニズワイガニ資源の管理体制の確立を実現すべく働き掛けていく方針である。


というわけで、管理漁業という考えは韓国にはあまりない。


その一方で、暫定水域どころか日本の排他的経済水域内で不法操業はおろか、水産庁漁業取締船に体当たりまでする始末。(島根県関係のみ例示)

水産庁漁業取締船に対する韓国底刺網漁船の衝突事件について

4月10日午前9時19分、水産庁取締船「みうら」(499トン)は、島根県大社町日御碕の北西約70Kmの日韓暫定水域で追跡中の韓国漁船に衝突された。

中国底びき網漁船の拿捕等について

(2)浜田港沖でのバイ篭漁具押収
4月13日に漁業取締船「かなえ」(499トン)が島根県浜田港の北北西沖約107kmの日韓暫定水域に隣接する我が国排他的経済水域において、韓国バイ篭漁船による違法設置漁具を発見し漁業主権法違反(無許可操業罪)により、同日米子簡易裁判所から差押許可状の発付を受け、14日から15日にかけてバイ篭832個等を押収した。

(3)浜田港沖での底刺網押収
3月25日に漁業取締船「みうら」(499トン)が、浜田港の北約80Kmの排他的経済水域で、韓国底刺網漁船等による違法設置漁具を発見し、3月26日に漁業主権法違反(無許可操業罪)により米子簡易裁判所から差押許可状の発付を受け、4月16日までに、漁業取締船「みうら」及び「かなえ」(499トン)が、底刺網12Km等を押収した。

(4)これらの漁業については、我が国は韓国に対し操業許可発給していないが、4月10日には、我が国排他的経済水域を航行中の韓国刺し網漁船の船名確認等のため追跡中の水産庁取締船が韓国刺網漁船に衝突される事件も発生している。
水産庁としては、現場海域での韓国漁船による違反操業に警戒を強めており、これらの違反について、韓国政府に対し外交ルートを通じて強く抗議するとともに、韓国漁業指導船の日韓暫定水域への常時配備と指導の徹底による再発防止を求めていくこととしている。



さて、これらを踏まえて今日の東亜日報より。

日本に独島操業問題提起の動き 今月下旬に韓日水産当局会議

日本側が今月下旬に開催される韓日水産当局者会議で、当初の議題になかった独島(トクト、日本名竹島)周辺の漁業資源の共同管理問題を重点的に取り上げる動きを見せている。

両国の水産当局は26日頃から3泊4日、静岡などで局長級会議を開く方向で調整している。
同会議で取り上げる議題として、今まで論議されてきたのは△漁業資源管理の現状、△今後の漁業資源の管理方法、△現場視察などだった。とくに乱獲などで枯渇への懸念が高まり、共同管理が急がれている魚種を確定するのが主要案件だった。

13日付の東京新聞は、今回の会議について、韓日漁業協定上、独島周辺に設定されている「中間水域」での漁業権問題を中心に行なわれるだろう、と報じた。
同紙は、日本が中間水域での漁船数の規制など操業条件の設定も推進する意向だと伝えた。

韓国政府当局者は13日、日本水産庁に「事実と全く異なる報道」として抗議し、報道の経緯について質疑した。
これに対して日本水産庁関係者は「(情報の)出所はうちではない」として、報道の経緯については「調査しないのが慣例」と口を閉ざした。

日本の総理室などが、政治的な思惑から水産当局者会議を独島論戦の舞台にしようとしているのでは、という疑惑が提起されている。

これに対して韓国海洋水産部は13日、即刻、関連対策会議を開いた。ある関係者は「日本政府が、議題に含まれていない独島操業権問題を持ち出そうとするなら、会議自体を遅らせることもあり得る」との立場を明らかにした。



暫定水域には竹島、含まれてるだろうが!
そして、最初から暫定水域の話をするための会議だろうが!



もうね、馬鹿馬鹿しくて書くの止めようかと思いましたよ。
ま、馬鹿馬鹿しいのはいつものことなので、書きましたけどね。(笑)


「竹島の日」制定条例

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本日、島根県議会が「竹島の日」制定条例案を可決した。
案の定、韓国大騒動。(笑)

日の丸を焼くのはデフォルトとして、慶北道が島根県と「断交」宣言するわ、ソウル市議は指切って、血で抗議文を書こうとするわ、日本の右傾化、軍国主義への回帰傾向を勝手に決めつけるわ、陰謀論は大好きだわ、何故か慰安婦も抗議に加わるわ。

お前等、俺を笑い死なす気か、と。(笑)
学者が所詮あのレベルなら、市議も政府もパフォーマンスに必死なこのレベル。
一所懸命、日本に『優しさ』や『思い遣り』を懇願しているようにしか見えない。
もう、お腹痛い。w

静かな外交捨て、言うべきことを言う外交へって、お前、自分等のやってきたこと、分かってんのか?アハハハハ。


しかし、やはり産経の黒田ソウル支局長は良く分かってらっしゃる。
韓国マスコミ「竹島問題」連日報道 対日強硬論扇動 一方的報道の独り相撲
【ソウル=黒田勝弘】
韓国では竹島問題がマスコミの反日キャンペーンで異様な雰囲気になっている。
マスコミは島根県での「竹島の日」制定の動きとそれに対する韓国内の抗議や反対の動きを連日、大々的に報じ、対日強硬論をあおっている。
とくにテレビは毎時のトップ・ニュースで日本非難を続けており、島根県議会の条例採択がまるで韓国に対する“宣戦布告”ででもあるかのような興奮ぶりだ。

韓国政府もこうした“強硬世論”にあおられるように国家安全保障会議(NSC)や閣議などで「日本の挑発に対し主権確保のため明確な措置を取る」(潘基文外交通商相)との方針を固め、「断固たる対応」(韓国マスコミ)を準備中という。

ただ島根県で「竹島の日」制定の条例ができたからといって韓国が実力支配している島の現状に変化があるわけではないため、
韓国政府も日本に対する「断固たる対応措置」に困っている。

韓国マスコミは「駐韓日本大使の追放」とか、「日韓友情年の再検討」「日本商品不買運動」「対馬も韓国領キャンペーン」など各種の反日アイデアを紹介しているが、政府としては「反日政策」の拡大には消極的で、とくに教科書問題とは分けて対処したい考えだ。
ただ興奮した世論をなだめるため、日本に対する非難声明のほか、これまで規制してきた韓国国民の「独島(竹島の韓国名)訪問」の緩和などを検討中だ。

今回の竹島問題をめぐる「反日」は韓国マスコミの一方的な報道による独り相撲の印象が強い。
発端は島根県での条例制定の動きが韓国マスコミによって伝えられたことだが、島の領有権をめぐって日本側が従来の自分の立場を主張すること自体を認められないとして非難の大キャンペーンをはじめた。

とくに高野紀元・駐韓日本大使がたまたまソウル外信記者クラブの昼食会見で質問に答え「日本の領土だ」という日本政府の従来の公式見解を述べたことを取り上げ「日本大使が妄言」と猛烈な非難を展開したため、反日ムードは一気に盛り上がった。
国を代表する大使が問われてその国の公式見解を述べることさえ「妄言」で許せないというのだ。

マスコミ主導で反日が高まると政府は世論をなだめるよりそれに影響され、日本非難に乗り出すというのが韓国の対日外交のパターンだ。
今回も「韓国が実効支配しているのだから騒がない方が得策」(盧武鉉大統領)という基本姿勢はどこかへいってしまった。

韓国マスコミはこの問題で日本の世論が静かなことにどこか失望感(?)をにじませている。

日本に向かって絶えず「独島は韓国のモノだぞ!」と叫ぶことによって「日本何するものぞ」という愛国心と民族主義感情を満足させたい韓国としては、日本世論がもっと騒がしくなることを期待しているようでもある。


黒田氏は、韓国人の気質を実に正確に掴んでいる。

両国首脳間の対立は、日本の挑発、盧大統領の反発、小泉首相の無視、盧大統領の怒りという悪循環コースをたどっている。
韓国政府は「外交的用語」としては最も強力な水準の表現を動員し抗議した。 しかし、日本政府は韓国側の抗議を聞き流しているかのように、無視している。
という記事に滲み出ているように、彼等は、無視される事が尤も嫌いだ。

そういう意味に於いて、「双方が冷静に対処を」という小泉首相の至極当然の発言は、ある意味最強の嫌がらせなのである。
 
 

「竹島の日」条例案

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新しい史料を発掘して整理するにも、結構時間がかかりますね。
当たり前か。
というわけで、時事ネタで。

 
「竹島の日」条例案、島根県議会委員会で可決

日韓両国が領有権を主張する竹島(韓国名・独島)をめぐり、島根県議会に議員提案された「竹島の日」制定の条例案が10日、県議会総務委員会で可決された。16日の本会議でも可決、成立が確実視されており、条例案廃棄などを求めている韓国政府の反発が強まるのは必至だ。

同委員会は10人で、このうち9人が超党派の県議でつくる「竹島領土権確立県議会議員連盟」に所属し、同条例案の提案者となっている。審議では、提案者になっていない委員が「国民世論に訴えるという所期の目的を果たした。どうしても制定が必要か」と質問。提案議員の代表が「繰り返し運動を盛り上げることが大事」などとして理解を求めた。その後、8対1の賛成多数(委員長を除く)で可決された。

竹島が韓国に実効支配されているため、県議会や県は、領土権確立を求めて国に繰り返し要望してきたが、進展がない。このため、県が竹島の帰属を告示してから100年になるのにあわせ、告示した日である2月22日を「竹島の日」と定めるよう、県議(定数39、欠員1)のうち35人が提案していた。

しかし、2月23日の提案直後から、韓国政府や同県と姉妹提携する慶尚北道などが反発。韓国外相の訪日延期や同県の民間交流が延期されるなど影響が広がっている。


一昨日の事件のせいか、論調がおとなしい朝日新聞から引用。(笑)

韓国政府の反発と言うが、韓国の潘基文外交通商相が昨日、「独島問題は韓日関係より上位概念」と既に問題化させている。

潘基文

もちろんこれは、「竹島は日本領土」と、外務省職員としては珍しくまともな発言をした高野紀元・駐韓日本大使に対する反発も背景にはあるのだろう。

日本は、これまで日韓関係の改善に向けて充分に努力した。
常に「思い遣り」の態度で接してきた。
その結果は、日韓関係に何をもたらしたと言うのだろう。
韓国の増長だけである。

きっと、征韓論や日韓併合の時も、このような雰囲気だったのだろうなと、つくづく思う。


もう「思い遣り」はいらない。
 
 

竹島に関する近代年表

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昨日は、竹島が島根県に編入されて100年の日だったのですね。
2月6日のエントリーに、トラックバック貰って気付きました・・・。_| ̄|○

ということで、本日は安重根をお休みして、竹島問題に関する年表を掲載。
もちろん、茶々を入れながら。

1849(嘉永2年)
フランスの捕鯨船リアンクール号竹島を発見

1900年(明治33年)4月
大韓帝国政府は、禹用鼎を鬱陵島周辺の調査へ/6月に報告書を提出

1900年(明治33年)10月25日
この禹用鼎らの報告を受けて、大韓帝国、勅令41号を発布

大韓帝国官報より勅令41号
(韓国が竹島編入としている勅令41号の「石島」は、緯度・経度等の位置も不明であり、この時一度しか出てこない)

1904年(明治37年)9月29日
中井養三郎、内務・外務・農商務省に「りゃんこ島(竹島)領土編入並に貸下願」を提出

1905年(明治38年)
閣議で竹島と命名し、島根県隠岐島司の所管とする
2月22日
島根県知事、島根県告示第40号で竹島の名称とともにその所属所管を明らかにする

(1905年8月12日の第二次日英同盟第三条の条文について、大韓帝国の朴斉純外相がこれを非難し、駐韓イギリス公使と日本公使に抗議している。つまり、竹島編入についても、この時期韓国は抗議可能であった。)

5月17日
島根県、竹島を隠岐国四郡の官有地台帳に登録
6月5日
島根県知事、中井養三郎外3名に対しアシカ漁業の許可をする
7月22日
海軍人夫38名竹島に上陸し、仮設望標を建てる
8月19日
島根県知事松永武吉、随員3名とともに海軍用船京都丸にて竹島視察

1906年(明治39年)3月
竹島(独島)視察 島根県第3部長神西由太郎外43名

1939年(昭和14年)4月24日
島根県隠岐郡五箇村議会、竹島を五箇村の区域に編入することを議決
 
1940年(昭和15年)8月17日
島根県、竹島の公用を廃し、海軍用地として舞鶴鎮守府に引き継ぐ

1943年11月27日
カイロ宣言

1945年7月26日
ポツダム宣言

1946年1月29日付
連合軍総司令部覚書SCAPIN第667号
6. Nothing in this directive shall be construed as an indication of Allied policy relating to the ultimate determination of the minor islands referred to in Article 8 of the Potsdam Declaration.

Potsdam Declaration(ポツダム宣言)より
(8) The terms of the Cairo Declaration shall be carried out and Japanese sovereignty shall be limited to the islands of Honshu,Hokkaido, Kyushu, Shikoku and such minor islands as we determine.


Cairo Declaration(カイロ宣言)より
Japan shall be stripped of all the islands in the Pacific which she has seized or occupied since the beginning of the first World War in 1914.


領土規定ではないことは明確である。

1946年6月22日
マッカーサー・ライン

SCAPIN1033より
5.The present authorization is not an expression of allied policy relative to ultimate determination of national jurisdiction, international boundaries or fishing rights in the area concerned or in any other area.


1951年3月アメリカ最終草案を韓国へ提示
7月、韓国は竹島も列挙するよう要求

(ワシントン)1951年7月19日
秘密
主題 対日平和条約

出席者 ユーチャン・ヤン博士、韓国大使
ピョーウーク・ハン氏、韓国大使館一等書記官
ジョージフォレスター・ダレス大使
アーサー・B・エモンズ氏、朝鮮担当第三事務官

韓国大使は、本日午後二時、事前の面会約束によってダレス氏を訪問した。
ヤン博士は、会談の開始に際し、韓国政府が対日平和条約に組み入れることを考慮して欲しいと希望するいくつかの点を掲げる国務長官あての公文(添付資料)をダレス氏に提出した。
(中略)
ダレス氏は韓国大使の伝達文第一項が対馬島に言及していないことを指摘し、韓国大使はこれが落とされたことに同意した。
次いでダレス氏はドク島、パラン島二島の位置について尋ねた。
ハン氏は、これらは日本海にある小島であり、大体鬱陵島の近くだと思うと述べた。
(注 場所も知らない馬鹿が、領土の主張をしています。)
ダレス氏はこれらの島が日本の朝鮮併合前に朝鮮のものであったかどうかを尋ね、大使は肯定した。
ダレス氏は、もしそうであれば条約中の日本による韓国領土の領土権放棄に関する適当な箇所に、これらの島を入れることについて、特に問題はないとした。


8月、米国、上記要求を拒否

国務次官補(ラスク)から韓国大使への書簡より
書簡をもって啓上いたします。
 
本官は、対日平和条約草案に関し若干の点について合衆国政府の検討を要請する1951年7月19日付け及び8月2日付けの閣下の書簡を受領したことを確認する光栄を有します。
 
草案第2条(a)を日本が「朝鮮並びに済州島、巨文島、鬱陵島、ドク島及びパラン島を含む日本による朝鮮の併合前に朝鮮の一部であった島々に対するすべての権利、権原及び請求権を、1945年8月9日に放棄したことを確認する」と改訂するという韓国政府の要望に関しては、合衆国政府は、遺憾ながら当該提案にかかる修正に賛同することができません。
 
合衆国政府は、1945年8月9日の日本によるポツダム宣言受諾が同宣言で取り扱われた地域に対する、日本の正式ないし最終的な主権放棄を構成するという理論を、条約がとるべきだとは思いません。
 
ドク島、又は竹島ないしリアンクール岩として知られる島に関しては、この通常無人島である岩島は、我々の情報によれば朝鮮の一部として取り扱われたことが決してなく、1905年頃から日本の島根県隠岐支庁の管轄下にあります。
 
この島は、かつて朝鮮によって領土主張がなされたとは思われません。
(中略)
本官は、以上を申し進めるに際し、ここに重ねて閣下に向かって敬意を表します。


その後、講和条約発効まで上記文言は修正されず

1952年(昭和27年)1月18日
サンフランシスコ平和条約の発効直前の3ヶ月前のこの日、韓国政府が突然に李ラインを宣言し竹島を含める。
李承晩大統領の海洋主権宣言により、朝鮮半島周囲の水域に設定したラインに含まれていたのである。

日本政府は2月8日に抗議。
それは、日本が外交権を欠いていた空白の時代を突いたモノでもあった
これが、1953年の武力占拠に繋がっていく。

1952年(昭和27年)4月28日
サンフランシスコ平和条約発効

1953年(昭和28年)6月27日
島根県、海上保安庁共同で竹島を調査し、韓国人6名に対し退去命令をし、領土標識(木柱)を建てる

1953年(昭和28年)7月
海上保安庁の巡視船、竹島で韓国の官憲から発砲を受ける
韓国政府は、竹島に領土標識を建設する

1954年(昭和29年)2月10日
日本外務省の覚書 1954年2月10日付亜2第15号

1954年(昭和29年)7月頃から
竹島の東島に韓国警備隊員(警察)が常駐。
宿舎、燈台、監視所、アンテナ等が設置され、年々強化されている模様。

1954年(昭和29年)9月25日
日本政府は、竹島紛争について、国際司法裁判所に付託して、公平な第三者の裁判による解決を韓国に提案

1954年10月28日
韓国が付託の拒否の覚書を提出

1965年(昭和40年)6月22日
東京で日韓基本条約の調印、竹島問題は紛争処理事項とされる

1996年2月8日
韓国外務部は竹島に接岸施設の建設を行う旨発表。

2002年8月12日
韓国環境部が、鬱陵島・独島を国立公園に指定を決める。


2003年4月24日
独島に郵便箱を設置


2004年1月16日
日本の中止要請にもかかわらず、韓国は独島切手を発行


2004年12月26日
韓国環境部が、鬱陵島・独島の国立公園指定を保留にする


寒流もいい加減にして、さっさと国際裁判所で解決しましょうね。
 
 

竹島問題

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「竹島は日本の領土」広告にネチズン怒り爆発
日本の独島広告に沸き立つネチズン

要するに、許準栄(ホ・ジュニョン)警察庁長が竹島を訪問(竹島には、韓国警察が見張りとして勤務している)しようとした事を、外交通商部が「不必要な論争を 引き起こしかねない行為は自制する方が好ましい」として引き留めた事。
島根県が2月2日から竹島の領土権を主張したCMをテレビで流している事などに反応した、ネチズン(「network citizen」(ネットワーク市民)の略。韓国で、この意味で使っているかは、不明)が、怒り狂っているという記事である。


竹島問題は、国務次官補(ラスク)から韓国大使への書簡(1951年8月10日)で、「ドク島、又は竹島ないしリアンクール岩として知られる島に関しては、この通常無人島である岩島は、我々の情報によれば朝鮮の一部として取り扱われたことが決してなく、1905年頃から日本の島根県隠岐支庁の管轄下にあります。」とされ、1951年9月8日のサンフランシスコ平和条約で竹島の領有権も韓国へ帰属しない事が決定されたことにより、その発行日である1952年4月28日を前に、1952年1月18日、李承晩の行った海洋主権宣言、所謂「李承晩ライン」により、強引に竹島をその中に含めてしまった事にある。

以降、拿捕と殺傷を繰り返す一方、竹島への侵略を強めていくのである。

1953年7月12日には、竹島に上陸していた韓国の獨島守備隊が、日本の海上保安庁巡視船に発砲。
以後、日本政府の抗議にも関らず竹島の武装化を進め、日本の艦船の接近を認めていない。
もちろん、武力により奪還することのできない日本は、これ以降抗議を繰り返し、実行支配期間を停止させ、紛争状態にして食い止めているだけなのである。

国際司法裁判所における、領土紛争の判例、

○Palmas島を巡る常設仲裁裁判所の判決
 ・ 9世紀以来支配的な見解では、未成熟な権原は、合理的な
   期間内に実効的支配によって補完されなければならない。
 ・ 未成熟の権原は、他国による継続的・平和的な権威の行使に
   優越することはできない。

○Minquiers and Ecrehos小島群を巡る国際司法裁判所の判決
 ・ 中世の諸事情に基づく間接的推定は証拠価値を認めない。
 ・ 司法権、地方行政権、立法権の行使に関する
   直接的証拠を認める。
 ・ 直接的証拠とは、刑事裁判の実施、教区税・地方税の徴収、
   ECREHOS岩礁をジャージーの範囲内に含めて扱った措置
   等である。

※ 日本:1905年島根県編入(閣議決定)、島根県公示、土地台帳登録(官有地)、使用許可命令(漁業取締規則)、賃貸借許可等の実効的支配の直接的証拠在り。韓国:無し

○Ligitan and Sipadan島を巡る国際司法裁判所の判決
 ・ インドネシア及びオランダの両島周辺域の調査は、
   同島の実効的支配と認められない
 ・ 両島におけるインドネシア漁師の活動は、
   個人的なものであり実効的支配と認められない。
 ・ 1917年の法律に基づいマレーシアの両島における
   海亀保護活動は、実効的支配と認める。
 ・ マレーシアが1960年代に両島に灯台を建設し、
   インドネシアが抗議を表明することなく、
   維持していたことを実効的支配と認める。
 
※ 竹島については、両国とも、それぞれの主張を支持するために法律的理由、国際法に基づく理由を援用しており、かくて竹島の領土主権に関し、両国間に「法律的見解の矛盾、対立」が存在していることは明らかである。決定的期日は、最初に紛争が発生した「海洋主権宣言」の1952年1月18日に設定される。よって、それ以降の韓国の占有は領域権原の根拠とはならない。

○クリッパートン島の判例
※ 通知義務の慣習法としての成立(実際は成立していないが)を根拠とするならば、大韓帝国の1900年の勅令41号の方が、通知義務を怠っているのは明白である。(韓国が竹島編入としている「石島」は、位置も不明であり、この時一度しか出てこない)


いづれを見ても、現在の韓国側の言い分は崩壊する。
それが分かっているから、韓国は国際司法裁判所に出てこないのである。

いい加減、日本に対する侵略行為を止めて欲しいと、痛切に願う。


(oppekepe7氏に感謝しつつ)