朴斉純の抗議

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久しぶりに竹島関係の話。

竹島に関する近代年表

(1905年8月12日の第二次日英同盟第三条の条文について、大韓帝国の朴斉純外相がこれを非難し、駐韓イギリス公使と日本公使に抗議している。つまり、竹島編入についても、この時期韓国は抗議可能であった。)

についてちょいと書いてみよう。


史料は、在韓萩原代理公使から桂外務大臣への、1905年(明治40年)10月17日発『第384号』。


英国公使は、韓国外部大臣より公文を以て、英韓両国間には積年の深厚なる友誼存続するに関はらず、此次英国政府が日本との間に訂立せる同盟條約中、韓国の地位に関して規定する所は、従前の約旨に違反する不当の條約なりとの旨意の照会を受けたる由にて、本日本官を来訪して意見を求めたるに付、本官は之に対し、同大臣は林公使より日英同盟條約の成立を通告したるに対して同意味の回答を与えたる旨を告げ、且つ本官は唯今の所、何等の措置を採らずして「イグノヲア」する積なる旨を答へたるに、同公使は本国政府に報告して多分同様の態度を採るに至るべき旨を陳べたり。

同大臣より林公使に与へたる回答は、沼野の病気欠勤中発送せられたりしが、英国公使宛のものは同外交官補に秘して発送したるものなるべし。



この史料が、前述の「抗議」の元になっている史料である。
恐らくは、巷間言われているのも之を論拠とすると思われる。

史料中、韓国外部大臣が朴斉純を指している。
朴斉純が、公文によって同盟条約中の「韓国の地位に関して規定する所」に対して従前の約束に違反する条約だと抗議したそうだ、と。
「韓国の地位に関して規定する所」に当たるのが、第二回日英同盟協約第三條になる。


第三條
日本国は韓国に於て政事上、軍事上及経済上の卓絶なる利益を有するを以て、大不列顛国は日本国が該利益を擁護増進せむが為、正当且必要と認むる指導、監理及保護の措置を韓国に於て執るの権利を承認す。但し該措置は、常に列国の商工業に対する機会均等主義に反せざることを要す。



一方で、「従前の約束」とは恐らく1883年の朝英修好通商条約だと思われる。
最も、詳細が不明なので断定は出来ないが。

で、萩原代理公使はこれに対して"ignore"する積もりだ、と。
イギリス公使も、多分日本と同じ態度を採るだろう、と。
お前等揃って「無視」かよ、おい。(笑)

病気欠勤中の沼野というのは、恐らく沼野安太郎の事であろう。
そして、英国宛の抗議文は、沼野安太郎に秘密で発送された、と。
『外交官補沼野安太郎韓国政府ノ聘用ニ応シ俸給ヲ受ケ明治三十七年勅令第百九十五号ニ依リ在職者ニ関スル規定適用ノ件(レファレンスコード:A04010086300)』によれば、沼野安太郎は、外交顧問補佐官つまりスチーブンスの補佐官として1905年(明治38年)6月に韓国政府に聘用されている。
該史料の時点で沼野を避けていたとしても、残念ながら竹島編入の際にはまだ居ない。


この史料には、抗議が行われた日付は書かれていないが、この協約は1905年(明治38年)9月27日官報彙報欄掲載であり、韓国政府に通知されたのが10月5日となっている。


最近、ごく稀に「1905年(明治38年)8月””日英同盟に抗議した」との書き方を見かけるが、「1905年(明治38年)8月””日英同盟に抗議した」であり、実際の抗議は10月なので、宜しく。


さて、当該史料を以て、日本にも同様の抗議が来ていると解釈されているのだが、一方でこの一週間前に次のような史料が残されている。
上記史料同様、在韓国萩原臨時代理公使から桂外務大臣への1905年(明治38年)10月11日発『第374号』より。


日英同盟條約発表後、本邦新聞の記事論文等、韓国保護問題に対する論調一層高まりたる結果、当国の宮中府中は勿論一般人民中にも悲観的観念を抱くもの漸く多く、不日にして日本は韓国の地位に対し断案を下すべきを予想し、其前に何等かの防禦手段を講ぜんが為め、開教保生会青年会等の団体及び「コリヤ・デイリイ・ニユウス」等をして盛に排日主義を鼓吹せしめるのみならず、殊に注目すべきは、中枢院議官連を教唆して、対外條約締結には中枢院は官制上当然に参与すべきものなりとの建議を試みしめ、或は又、下層民を煽騒して所謂義兵なるものを各所に蜂起せしめんとの魂胆内密に宮中及日本反対側に画策せられ居る状況あり。
事情右の如くなる結果、外部大臣は当方より発したる日英同盟條約の通牒に対し、昨日付を以て、右條約は第三者たる韓国に於ては関知するところに非らずとの意見を附し、回答し来れり。
右に対しては、本官は何等説明を与へざる方、却て時宜を得たるものとし、其儘に放任し置けり。
右、御参考迄。



日露戦争、日比谷焼き討ち事件、韓国保護問題、韓国併合、何れの場合においてもマスコミによる世論の煽動が行われている。
しかも、政権攻撃のために行われた捏造を含む煽動である。
ま、今後取り上げる在京城新聞記者団の話で、その一端が垣間見られるだろう。

「開教保安会青年会」が、それぞれ別の団体を指すのか、一つの団体を指すのかはさすがに不明。
「コリヤ・デイリイ・ニユウス」(コリア・デイリー・ニュース)は、ベセルの主催する「大韓毎日申報」の英字版の名である。
で、宮中は彼等に排日主義を鼓吹させ、中枢院に対外条約締結に参与の旨の建議をさせようとし、義兵を蜂起させようとしている、と。


で、「事情右の如くなる結果」として「昨日付を以て、右條約は第三者たる韓国に於ては関知するところに非らずとの意見を附し、回答」らしいのだが、何か全く繋がっていないような・・・。
取りあえず、この史料だけを見ると抗議とは言えないわけで。
話の流れからすると、この間にもう2、3史料があっても良い気がするので、もう少し調べてみたい。


取りあえず、「朴斉純が駐韓イギリス公使と日本公使に抗議した」という根拠は、前段の史料という事で。

では。


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