前回は、朝鮮に対する内政改革要求の提出に関して、1894年(明治27年)7月9日付け『機密第121号 本70号』を見ました。
今日は、その別紙を見ていきたいと思います。
では早速。

『韓国内政改革ニ関スル交渉雑件 第一巻/3 明治27年7月5日から1894〔明治27〕年7月17日(レファレンスコード:B03050308300)』の23画像目から。
改革方案についての別紙甲号。

甲号

貴国内政改革の今日に必要なる所以、并我政府は其位地及友誼上の関係より之を貴政府に勧告せざる可からざる所以の理由は、先般本公使が貴国大君主陛下に進見したる際、具さに御前に陳奏したりと雖ども、本日内政改革案を提出するに当りて、改めて貴政府に向ひ其理由を詳陳せざる可からず。
抑々貴国は、最近10余年の経験に於て兵変民乱屡々興り、国内平穏ならず、其余響延て隣国に及び、或は竟に外国兵を招来するの不幸を見るは、貴我両国の共に憂ふる所なり。
必竟するに、貴国は其独立を維持する原素、就中国内の安寧を維持する兵備に缺乏せる所ありて其勢此に至るものと判定せざるを得ず。
我帝国は、貴国と一葦帯水を隔てて相隣接し、隨て政事及び貿易上の関係浅からされば、貴国に於ける変乱は我帝国の利益に影響する実に鮮少ならず。
左れば我帝国は、今日貴国の困難なる状態を観ながら、其侭に看過す可からざるは勿論の事なり。
何となれば、則ち我帝国は、此際貴国の困難を秦越視するは啻に年来の友誼に背くのみならず、之が為め我帝国の安寧を害し、利益を損せん事を恐るればなり。
是を以て、嚮きに帝国政府は東京に於て、貴国善後方案若干條を画策し、之を我国と略々同様の位地に立てる清国欽差大臣に提議し、同政府の協同を相求めしに、同政府は敢て之に応ぜず、冷淡にも我協議を斥けたり。
然りと雖ども、我政府は輒く当初の目的を変ずる者にあらず。
飽迄其趣意を追ひ、貴国に勧めて独立国に適当なる政治を確立せしめんと欲す。
依て茲に、本公使に訓令して改革方案5條を提出せしむ。
貴政府諸公広く宇内の形勢を観、国家百年の長計を慮り、以て我政府の好意を空ふする無からんこと深く希望する所なり。

内政改革方案綱領

一.中央政府の制度并地方制度を改正し、并に人材を登用する事
二.財政を整理し富源を開発する事
三.法律を整頓し裁判法を改正する事
四.国内の民乱を鎮定し、安寧を保持するに必要なる兵備を設くること
五.教育の制度を確立する事
右は内政改革の大綱領なり。
其細目に至りては、貴政府に於て委員任命の後更に本使より提議する所ある可し。
依て貴政府は第一着手として、大君主陛下の最も信用せらるる大臣数名を委員に任命せられんことを希望せり。
現在朝鮮で内政改革が必要な理由と、日本政府がその位置や友誼上におけて内政改革を勧告しなければならない理由は、先般大鳥が高宗に謁見したときに細かく述べたけど、本日内政改革案を提出するに当たって、改めて朝鮮政府にその理由を詳細に述べておかなければならない。

そもそも朝鮮は、最近10年余りに兵変や民乱がしばしば起こり、国内は平穏でなく、その影響は隣国にまで及んだり、遂には外国兵の招来する不幸な事態を見るのは、日本と朝鮮共に憂うところである。
最終的に、朝鮮はその独立を維持する要素、とりわけ国内の安寧を維持する軍備に欠乏しているため、こういう事態になっていると判定せざるを得ない。

日本は朝鮮と対馬海峡を隔てて隣接し、従って政治や貿易上の関係が深く、朝鮮における変乱が日本の利益に与える影響は、非常に大きい。
そんなわけで、日本は現在の朝鮮の困難な状況を看過できないのは当然だ。
なぜならば、日本が朝鮮の困難を秦越視するのは、単に年来の友誼に背くだけでなく、そのために日本の安寧を害し、利益を損なう事を恐れるからだ、と。
つうか、「秦越視」って何だ?

兎も角、このために日本政府は東京で朝鮮の善後策について計画し、日本とだいたい似たような境遇の清国に提議し日清の協同を求めたところ、清国は応じず、日本の提議を斥けた。
しかしながら、日本政府は当初の目的を変更するものではない。
あくまでその趣意に基づいて、朝鮮に勧めて独立国として適当な政治を確立させたい。

ってことで、大鳥に訓令して改革方案5条を提出させた。
朝鮮政府が世界の情勢を視て、国家百年の長計を思い巡らし、それによって日本政府の好意を空しくするような事が無い事を、深く希望している、と。

前置き長ぇ・・・。(笑)
まぁ、思ってたより直球な話が多いですけど。

で、内政改革の方法に関する5項目の綱領。
まずは、中央政府の制度と地方制度を改革し、人材を登用する事。
続いて、朝鮮の財政を整理し、財源を開発すること。
3つ目は、法律を整頓し裁判所法を改正すること。
4つ目が、朝鮮国内の民乱を鎮定し、安寧を保持するのに必要な軍備を整える事。
最後が、教育制度を確立すること、と。

で、上記5つは内政改革の大まかなものであり、細かいとこについては、朝鮮政府が委員を任命した後、更に大鳥から提議するものもあるだろう。
ってことで、朝鮮政府はまず、高宗が最も信用している大臣数名を委員に任命して欲しい、と。

前回色々言ってるほどには、6月4日のエントリーの1894年(明治27年)6月27日起草『機密送第26号』の勧告内容と、見た目それほどかけ離れてはいないようで。
まぁ、どうやっても大枠としては似たようなもんになるのか。

続いて25画像目からの、朝鮮政府に対する照会の別紙乙号。

乙号

第70号
以書柬致啓上候陳者我暦本年6月26日、本公使が貴国大君主陛下に進見したる際、貴国内政改革の今日に必要なる所以、并我政府は其位地及友誼上の関係より、之を貴政府に勧告せざる可からざる所以の理由を御前に陳奏し、尋て本月3日貴督弁に御面会を遂げ、改革案一冊即ち別紙同文を提出して大君主陛下に御代奏相成候様御依頼致置き候。
然るに、今日に至る迄既に5日を経たるも、貴政府には採否孰れに御決定相成候■哉、未だ何分の御回答に相接し不申候。
抑々我政府は、今般貴政府に向ひ内政改革を御勧告及び候次第は、該案趣意書にて詳陳致置候通り、東洋の大局を保全せんと願ふ深慮より起見し、偏に貴政府の御採用あらんことを希望する■なれば、唯一日も速に御回答相待居り候。
依て、前記提出案に対し、明日即我暦本月8日正午12時まで、何分の御回答相成候様致度、此段照会得貴意候。
敬具
要するに、回答督促。

6月26日に高宗と謁見した時、朝鮮の内政改革の必要性と日本がそれを勧告する理由を述べ、7月3日に外務督弁の趙秉稷に面会して改革案を提出して、高宗に代奏してくれって依頼しといたよね、と。

それなのに、5日過ぎたけど音沙汰無いんだけど。
日本が内政改革の勧告した理由って、東洋の大局を保全したいと願う深慮からで、ひたすらに朝鮮政府が採用することを希望するだけなので、1日も早い回答を待ってるんだよ。
ってことで、提出した改革案に対して、明日、7月8日の正午までに何らかの回答寄こせ、と。

つうか、今気付いたけど、高宗の肩書きが「陛下」になってるわね。(笑)


ってことで、丙号が残ってますが、取りあえず今日はここまで。



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