何つうか、外交の経緯をたどるってのは、結構面白いなぁと感じる昨今。
いや、英文電報は嫌なんですが。(笑)
後は、対朝鮮外交の直球で笑える部分がもっと増えてくれると・・・。

さて。
9月5日のエントリーで在オーストラリアの臨時代理公使から、「日本の行動の主な理由と目的を送信してくれ」と電信が来てました。
それに関連するのかしないのか定かではありませんが、これまでの経緯について説明する文書が各国公使等に送られます。

アジア歴史資料センターの『東学党変乱ノ際韓国保護ニ関スル日清交渉関係一件 第一巻/10 朝鮮事件 一(レファレンスコード:B03030205600)』より。
いずれも1894年(明治27年)7月4日起草で、7月5日発遣の『機密送第26号(英)、機密送第20号(仏)、機密送第18号(露)、機密送第25号(米)、機密送第11号(澳)、機密送第13号(蘭)、機密送第12号(伊)、機密送第17号(独)、機密送第13号(清)、機密送第30号(布哇)、機密送第7号(墨西哥)』。
長いですが、一回やったことのおさらいなんで、一気に引用してみます。

朝鮮国に於ける東学党変乱の為め帝国より同国え出兵せし義は、已に去月12日附之書翰にて申進置候処、斯る事変の累起するときは、竟には日清韓の葛藤より延ひて東洋大局の紛乱を引起すに至らざるを保せず。
就■■此際、日清韓の間に於て将来執るべき政策を籌画して、以て永く東洋大局面の平和を維持することを謀るは、実に目前の急務なりと廟議一定したるを以て、本大臣は本邦駐箚清国公使に晤会して屡々利害関繁の在るところを論述し、清国政府に向て左の善後策、即ち

一.朝鮮事変に付ては日清両国相戮力して、速かに乱民の鎮圧に従事する事
一.乱民平定の上は、朝鮮国内政を改良せしむる為め、日清両国より常設委員若干名を朝鮮に派し、先づ大略左の事項を目的として其取調に従事せしむる事
一.財政を調査する事
一.中央政府及北方官吏を陶汰する事
一.必要なる警備兵を設置せしめ、国内の安寧を保持せしむる事(6月17日附)
以上の諸項を提議致置候処、其後数回の面談の節も彼は専ら、善後之辨法は撤兵の後に再議する事として、変乱も已に平定したれば先つ撤兵ありたしとのみ主張して已まず。
但し、若し我に於て其請求に応ぜざる場合には、彼に於ても更に重兵を派遣するに至るべしとの事に付、本大臣は我に於ては未だ変乱鎮定したることを認めざれば、今遽かに撤兵し難し。
兎に角、我提議に対する清国政府の確答を承りたき旨相迫り、竟に彼より公文を以て左の通り答覆致来候。

一.韓乱告平已不煩中国兵代剿両国会剿之説自無庸議
一.善後辨法用意雖美止可由朝鮮自行釐革中国尚不于預其内政日本素認朝鮮自主尤無干預其内政之権
一.乱定撤兵乙酉年両国所定條約具在此時無可更議(乙酉年の條約とは天津條約を云ふ)(6月22日附)
此回答たるや、取も直ざす我提議を拒絶したるものに有之。
然るに、廟議は最初より斯る場合あることを予期し、一旦清国政府に向て商議を開きたる後は其結局を見るまでは撤兵せざる事、及若し清国政府にして我意見に賛同せざるときは、帝国政府の独力を以て朝鮮政府をして政治上の改革を為さしむることに決定致居候を以て、一方は大鳥駐韓公使に電訓して全兵を京城に入れしめ、一方には更に清国公使に向て左の書翰を送附せり。

閣下は貴国政府の訓令に従ひ、朝鮮国変乱鎮定并に善後の辨法に関する帝国政府の提案を御拒絶相成候趣、貴簡を以て御申越相成致閲悉候。
顧みて朝鮮国刻下の情勢を察するに於て、貴政府と所見を同ふする能はざるは帝国政府の遺憾とするところに有之候。
之を既往の事蹟に徴するに、朝鮮半島は朋党争闘内訌暴動の淵叢たるの惨状を呈し、而して斯く事変の屡々起る所以は、独立国の責守を全ふするの要素を欠くに職由するものと確信するに足るべき義に有之候。
疆土接近と貿易の重要とを慮るに於ても亦、朝鮮国に対する帝国の利害は甚だ緊切重大なるを以て、彼国内に於ける斯る惨情悲況を拱視傍観するに堪へず候。
情勢此の如くなるに当り、帝国政府措て之を顧みざるは、啻に平素朝鮮に対し抱持する隣交の交情に戻るのみならず、我国自衛の道にも背くの誚を免れず候。
帝国政府に於て、朝鮮の安寧静謐を求むる為めに種々の計画を施すの必要は、已に前述の理由なるを以て、更に之を看過する能はず。
今にして遅疑施す所なくして日を曠ふせば、該国の変乱愈々長く滋蔓するに至るべく候。
是を以て、帝国政府に於て其兵を撤去するには、必ず将来該国の安寧静謐を保持し、政道其宜を得ることを保証するに足るの辨法を協定するに非されば決行し難く候。
且つ、帝国政府が斯く撤兵を容易に行はざるは、啻に天津條約の精神に依遵するのみならず、復た善後の防範たるべくと存候。
本大臣が斯の如く胸襟を披き、誠衷を吐くに及び、仮令貴国政府の所見に違ふことあるも、帝国政府は断じて現在朝鮮国に駐在する軍隊の撤去を命令する事能はず候(6月22日附)
而して朝鮮政府に向ては、大鳥公使に左の提議案を授て之を同政府に照会し、其公文の回答を徴する事を訓命せり。

曩きに我帝国が貴国との旧交を尋き隣好を修むるや、深く東洋大局に顧念する所ありたるを以て、独り自ら率先して條約を訂結して平等の権利を確実ならしめ、章程を設立して通商の便益を皇張せしめ、因て以て貴国の一独立国たることを万国に彰表せり。
爾来、我政府が貴国に向て施為するところ、一として貴国をして日々に隆盛を致して以て愈よ独立自主の実を挙げしめんと勉めたるに非ざるはなし。
而して、苟も貴国政府にして内に自ら追思回顧せられたらんには、必ず歴々として其事実を識認せられずんばあらず。
然るに、貴国徒らに旧章を墨守し、宿弊未だ除かず、是を以て騷乱相継ぎ、民心乖離し、国家の秩序を紊乱し、邦土の安寧を危殆ならしめ、屡々累を隣邦に及ぼす。
若し今に方て之が救済の道を講じ、振作の計を為されずんば、其極遂に収拾すべからざるの勢となり、独り自国独立の根基を寬鬆にするのみならず、延ひて大憂を東洋大局に及ぼすことあるに至るべし。
是れ、我国が隣邦の情誼に於て、又我帝国自衛の道を顧みるに於て一日だも拱手傍観するに忍びざる所なり。
故に我政府は、此際貴国政府に向て独立自主の実を挙げ、王室の尊栄を永遠に維持する長計を求むるの外、更に左に列裁するところの事項を勧告し、以て貴国内治の改良を促さんとす。

一.官司の職守を明かにし、地方官吏の情弊を矯正する事
一.外国交渉の事宜を重じ職守其人を擇ぶ事
一.裁判を公正にすること
一.会計出納を厳正にすること
一.兵制を改良し及警察の制を設くる事
一.弊制を改定すること
一.交通の便を起すこと
又、以上の事項を同国政府に勧告すると同時に、帝国の利益に関し左の事項を要求せしめたり。
即ち

従来清国人民が、該国に於て他の各国人民に比して特有する所の一切の利益には、帝国臣民も之に均霑する事
両国政府間に現に尚ほ懸延未決の事項を、急速処辨せしむべき事
然るに、我兵を撤せざることに付ては、朝鮮政府の驚惶は申すに及ばず、清国政府に於ても陽には大兵を朝鮮に派遣すべしとか、又は開戦の準備已に整へりとか揚言するに拘はらず、内実は余程周章狼狽致居候者と見へ、今日迄の模様に因れば、総署よりは在北京英公使を経て英国政府へ。
又、李鴻章よりは在北京露公使を経て露国政府へ居仲調処を依頼せしが如く、英国政府は在倫敦帝国公使に向て、両間に立て調処を試みんとするの意嚮を顕はし、同時に在本邦英国臨時代理公使は在北京英公使と頻りに往復するところありて、彼我の間に周旋を試み居れり。
又、露国政府よりは、在本邦同国公使をして左の書面を帝国政府に提出せしめたり。

朝鮮政府は、同国の内乱既に鎮定したる旨を公然同国駐箚の各国使臣に告げ、又清兵竝日本兵を撤回せしむることに付、該使臣等の援助を請へり。
因て、本官の君主たる皇帝陛下の政府は本官に命じ、日本帝国政府に向て朝鮮の請求を容れられんことを勧告し、且つ日本が清国政府と同時に在朝鮮の兵を撤回することに付故障を加へらるるに於ては、重大なる責に任ずべきことを忠告す。(6月30日附)
因て、帝国政府は之に対し廟議を盡したる末、左の回答を露国公使に与へたり。

露国特命全権公使閣下より送付せられたる公文中に、朝鮮政府は同国の内乱既に鎮定したる旨を、公然同国駐箚の各国使臣に通告したりと記載せられたるも、帝国政府が接受したる最近の報告の趣に拠れば、不幸にも朝鮮政府の該通告は大早計に出たりと言はざるを得ず。
然り而して、右最近の報告にして帝国政府が確信するが如く事実なるに於ては、啻に事変を醸成するの原因未だ芟除せられざるのみならず、日本兵員を派遣するの已むを得ざるに至らしめたる変乱も、猶ほ未だ全く其跡を絶つに至らずして、之が処分を要するものの如し。
而して、今若し該変乱の根源にして全然掃攘せられざるときは、将来又常に擾乱紛騷を引起すことを免れず。
帝国政府の措置は疆土侵略の意に出たるものに非らずして、全く現在の形勢に対して已むを得ざるの必要に応ずるに外ならず。
是故に、帝国政府に於て朝鮮国内の形勢全く平穏の域に復し、将来復た何等の虞なかるべしと認むるに於ては、目下朝鮮に在る所の日本兵員を撤回すべきことは、下名は之を露国特命全権公使閣下に明言するに躊躇せざるなり。
帝国政府は、露国皇帝陛下の政府が友厚なる勧告に対して、謝意を表すると同時に、両国政府間に幸に現在する相互の信議と好誼とに因り、今下名がなせし明言は、露国政府に於て十分信を置かるべきことは、帝国政府の信じて疑はざる所なり。(7月2日附)
尚又、米国政府へも朝鮮政府より依頼せしこと有之候由にて、在本邦米国公使より其政府の命を受け、本問題に関する実際の事歴を尋来候。
本件の成行は、対手国の模様次第にて、尚今後如何可相成哉は今より預言難致候得共、先づ今日迄の経過一通り及御通知候。
尚、本大臣と清国公使(6月16日)、露国公使(6月25日)との対話概要各一通、為御参考及御送付候。
右申進候敬具

在英・露・清・公使えの分には、左の追書を加ふ。
追而本件に関し、過日来電信にて御往復致居候事有之候得共、今茲に之を綜述するときは反て記事の錯雑を招き易く候に付、総て之を省略致置候間、其心得にて本文御閲読相成度候。
まぁ、これまでの外交経緯の概要なんで、特に補足なし。
つうか、「中国尚不于預其内政日本素認朝鮮自主尤無干預其内政之権」とか、すげぇ懐かしい気分になるくらいやってんだなぁ・・・。(笑)


ってことで、今日は単純に史料のテキスト化でおしまい。



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日清戦争開戦まで(三)     日清戦争開戦まで(三十三) 日清戦争開戦まで(六十三)
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