ある事情で多少消耗してますが、頑張って先に進みたいと思います。

今日は、アジア歴史資料センター『東学党変乱ノ際韓国保護ニ関スル日清交渉関係一件 第一巻/8 明治27年6月29日から明治27年7月2日(レファレンスコード:B03030205400)』の27画像目から見ていきます。
小村から陸奥への、1894年(明治27年)7月2日発『電受第352号』より。

Mutsu
Tokio

British Minister says he has never used the word independence.
What he means is integrity which does not necessarily imply independence.

Komura
イギリス公使は、自分は「独立」という単語を一度も使ったことが無く、その意味は必ずしも「独立」という意味を含むものではない「保全」であると言っている、かな?

8月18日のエントリーの1894年(明治27年)7月1日発『電送第271号』に対して、早速返事が来た形かな?
ってことで、「朝鮮の独立と変乱予防を基礎として、属邦論に言及しなければ、清国政府はそれ受理する意向がある」ではなく、「朝鮮の領土保全と変乱予防を基礎として、属邦論に言及しなければ、清国政府はそれ受理する意向がある」だ、と。

結局、5月12日のエントリーの1894年(明治27年)6月25日発『電受第311号』での、「もし朝鮮の領土保全と騒乱防止を基本にした申し入れがなされれば、王大臣は提案を考慮するだろうと申し入れてきた。」に、更に「属邦とか独立とか言わなければ」っていう追加の条件が付いただけか。

つうか、6月2日のエントリーの1894年(明治27年)6月27日発『電送第257号』で、「清国が1回拒否ったにも係わらず、朝鮮の領土保全の相互尊重と騒擾防止を基本にした申し入れがされるんなら良いよ」って、向こう提示条件で1回OK出してるのに、更に追加条件って。(笑)

続いて、同じく『東学党変乱ノ際韓国保護ニ関スル日清交渉関係一件 第一巻/8 明治27年6月29日から明治27年7月2日(レファレンスコード:B03030205400)』より。
35→34画像目が英文、36→37→38→39画像目が訳文になっています。
陸奥から在ロシアの西公使への、1894年(明治27年)7月2日発『電送第277号』から。

在露公使

The following is the substance of my answer to 在日本露国公使 七月二日.

In note of Russian Minister it is stated that Corean Government had officially informed foreign representatives in 京城 that insurrection had already been suppressed but according to the latest information, Japanese Government are constrained to say that the Corean announcement was unhappily premature.
If this last information should be verified as Japanese Government have no doubt it will be, it would not only appear that inciting causes of disturbance had not been extirpated but that actual revolt itself which led to dispatch of Japanese soldiers yet remained to be dealt with.
Again if the causes of the revolts be not now entirely removed they must remain to be a constant source of disquiet and trouble.
Japan's action is absolutely free of any motive of territorial aggrandizement, and it will moreover under all circumstance be limited to real necessities of the actual situation.
Accordingly the undersigned does not hesitate to declare to Russian Minister that Japanese soldiers will be withdrawn the moment when Japanese Government are satisfied that peace and tranquillity have been restored and there is no fear of disturbance in future.
Inform all Legations Europe and America except 在英公使, first 57 words of my telegram 六月三十日 adding this telegram.

Mutsu


本日露国公使へ與へたる本大臣回答の要点左の如し。

露国公使の書翰中、朝鮮国政府は公然京城駐箚外国代表者に告るに、変乱已に鎮定に帰したりとの事を以てしたる旨を記載せり。
然れども最近の報告に拠れば、日本政府に於ては不幸にも朝鮮政府の申立未だ大早計なりと云はさるを得ず。
若し前記の報告にして、日本政府の確信せる如く果して事実なるに於ては、変乱の近因未だ除かれざるのみならず、日本軍隊を簡派するに至らしめたる変乱も尚之が処分を要するものの如し。
若し今にして変乱の原因全く取除かれざるに於ては、将来常に不穏及困難の種子を存すべし。
日本国の所為は、決して土地侵略の意に出でたるに非らず。
而して、該処置たるや如何なる事情に於ても現在の形勢に応ずる実際の必要に限らるべし。
故に本大臣は、日本政府に於て平和克復し、将来決して変乱の虞なしと認め次第撤兵すべしと宣言するに躊躇せざるものなり。

6月30日本大臣発電報中、左の電文を本電文に附記して在英公使を除き其他の在欧米各公使館へ通知せらるべし。

在日本露国公使は、6月30日左の公文を齎し本大臣へ交付せり。

朝鮮政府は、同国の内乱既に鎮定したる旨を公然同国駐箚の各国使臣に告げ、又清兵竝日本兵を撤回せしむることに付、該使臣等の援助を請へり。
因て本官の君主たる皇帝陛下の政府は本官に命じ、日本帝国政府に向て朝鮮の請求を容れられん事を勧告し、且つ日本が清国政府と同時に在朝鮮の兵を撤回することに故障を加へらるるに於ては、重大なる責に任ずべきことを忠告致候。
前陳の事を外務大臣閣下に申通すると共に、重ねて茲に敬意を表す。
 露暦
  1894年6月30日
右に対する回答は、閣議決定 勅裁を得たる上之を送るべしと雖ども、其の要点は概ね左の如くなるべし。
第一.韓国の騒乱未だ全く鎮定に至らず。
第二.騒乱の起る原因は猶未だ鎮滅に至らず。而して其証拠には、数日前にも現に騷乱再発せり。故に露国政府は此点に就ては誤解したるものと言はざるを得ず。
第三.朝鮮に於ける日本の目的は、親交平和の外他意あるに非らず。
伊藤伯と本大臣は同意見にして、則ち日本は決して露国の差図に従はざるへしとす。
8月20日のエントリーの閣議決定でも同様の話を見たわけですが、一応今回の分も見ていきましょう。

今日、ロシア公使に与えた陸奥の回答の要点。
ロシア公使の書翰中に、朝鮮が公然各国公使等に変乱は既に鎮定されたって言ったって事だけど、最近の報告によると、日本政府としては朝鮮政府の申し立ては大早計だと言わざるを得ない、と。

もし前記の報告が、日本政府が確信するように事実とすれば、変乱の近因が取り除かれていないだけでなく、日本軍を派兵することになった変乱自体も、尚その処分を要するだろう。
もし今のうちに変乱の原因を全く取り除かないのならば、将来常に不穏や困難の種を残すだろう。

日本が今回出兵した理由は、決して土地侵略の意図によるものではない。
その処置は、どのような事情においても、現在の形勢に応じる実際の必要に限られるだろう。
従って、陸奥は日本政府は平和が回復され、将来も決して変乱の恐れが無いと認め次第撤兵すると宣言するのに躊躇しない、と。

で、西公使に対して、8月6日のエントリーの1894年(明治27年)6月30日発『電送第268号』を今回の電文に付記して、在イギリス青木公使と最初の57字を除いて、その他の在欧米各公使館へ通知しろ、と。
つうか、最初の57字ってどこからどこまでだ?(笑)

ってところで、今日はここまで。



日清戦争開戦まで(一)     日清戦争開戦まで(三十一) 日清戦争開戦まで(六十一)
日清戦争開戦まで(二)     日清戦争開戦まで(三十二) 日清戦争開戦まで(六十二)
日清戦争開戦まで(三)     日清戦争開戦まで(三十三) 日清戦争開戦まで(六十三)
日清戦争開戦まで(四)     日清戦争開戦まで(三十四) 日清戦争開戦まで(六十四)
日清戦争開戦まで(五)     日清戦争開戦まで(三十五) 日清戦争開戦まで(六十五)
日清戦争開戦まで(六)     日清戦争開戦まで(三十六) 日清戦争開戦まで(六十六)
日清戦争開戦まで(七)     日清戦争開戦まで(三十七) 日清戦争開戦まで(六十七)
日清戦争開戦まで(八)     日清戦争開戦まで(三十八) 日清戦争開戦まで(六十八)
日清戦争開戦まで(九)     日清戦争開戦まで(三十九) 日清戦争開戦まで(六十九)
日清戦争開戦まで(十)     日清戦争開戦まで(四十)   日清戦争開戦まで(七十)
日清戦争開戦まで(十一)   日清戦争開戦まで(四十一) 日清戦争開戦まで(七十一)
日清戦争開戦まで(十二)   日清戦争開戦まで(四十二) 日清戦争開戦まで(七十二)
日清戦争開戦まで(十三)   日清戦争開戦まで(四十三) 日清戦争開戦まで(七十三)
日清戦争開戦まで(十四)   日清戦争開戦まで(四十四) 日清戦争開戦まで(七十四)
日清戦争開戦まで(十五)   日清戦争開戦まで(四十五) 日清戦争開戦まで(七十五)
日清戦争開戦まで(十六)   日清戦争開戦まで(四十六) 日清戦争開戦まで(七十六)
日清戦争開戦まで(十七)   日清戦争開戦まで(四十七) 日清戦争開戦まで(七十七)
日清戦争開戦まで(十八)   日清戦争開戦まで(四十八)
日清戦争開戦まで(十九)   日清戦争開戦まで(四十九)
日清戦争開戦まで(二十)   日清戦争開戦まで(五十)
日清戦争開戦まで(二十一) 日清戦争開戦まで(五十一)
日清戦争開戦まで(二十二) 日清戦争開戦まで(五十二)
日清戦争開戦まで(二十三) 日清戦争開戦まで(五十三)
日清戦争開戦まで(二十四) 日清戦争開戦まで(五十四)
日清戦争開戦まで(二十五) 日清戦争開戦まで(五十五)
日清戦争開戦まで(二十六) 日清戦争開戦まで(五十六)
日清戦争開戦まで(二十七) 日清戦争開戦まで(五十七)
日清戦争開戦まで(二十八) 日清戦争開戦まで(五十八)
日清戦争開戦まで(二十九) 日清戦争開戦まで(五十九)
日清戦争開戦まで(三十)   日清戦争開戦まで(六十)



AD