今日は、前回に引き続いて、アジア歴史資料センターの『明治27年自6月至9月 「明治27年 「秘密 日清朝事件 第5師団混成旅団報告綴」/川上中将閣下に上る私報(1)(レファレンスコード:C06060161000)』を。
2画像目左から2行目より。
では早速。

○ 昨日旅団長入京、公使に協議の件洩聞き
1 外務衙門へ要求
仁川龍山共、朝鮮官吏其人民の我傭役に応ずるものを脅威し、事後捕盗庁に勾引する等種々の流言を放ち、若くは直接に告諭し、甚しきは廃井を修理したるものに汚穢物を擲げ込む等、我軍を妨害すること甚だし。
而て人民は、我傭役に応ずるを好むの実歴々たり。
朝鮮官吏の此の如き処置を為したるもの厳罸に処せられ度事。
爾今、各市街に掲示し、此等のものを戒飭すること。

2 大本営より釜京間に軍用電信架設の命令に接す。
不日着手すべきを以て、朝鮮政府篤く保護すべきこと。
並に、此電信は一時のものにあらずして、永久架設の権を我帝国に譲ること。

3 牙山に於て我帝国臣民を支那兵隊恣に■ことしたることの報告に接す。
十分厳談を要す。(日本新聞社主の書生、牙山に於いて抑留せられ、夜を以て逃れ帰る)

3 京城目下人心恟々たり。
国王陛下に敬意を表し及び戒厳する為め、若干の兵隊を以て王城を守備に充てらるる名誉を与へらるること。
此時公使より、袁世凱万策極まり、国王を奉じて水原府附近の離宮に移るべき兆候ありと説を聞く。
依て、一層前説を主張せられたれ共、公使其協議に応ぜず、漢江を警戒すべき旨を告ぐ。
漢江の警戒は、今日十分に施行しあり。
他日銃声一発せば、沿岸の渡舟を我有に握るの準備は既に成れり。
故に、外国兵を渡河せしめ、半途に撃つと撃たざるは、我旅団の掌中に握れり。
つうか、3が2個あったり、結構誤字多いな・・・。(笑)

大島旅団長が京城入りし、大鳥公使と協議したことを漏れ聞いた。
いや、参謀なのに協議内容を漏れ聞くって。(笑)

まず一つ目は、朝鮮政府への要求。
仁川でも龍山でも、朝鮮の官吏が日本の雇傭に応じた朝鮮人を脅し、「対日協力者は後で逮捕汁!<#`Д´>」なんて噂を流したり、直接言い聞かせたり、甚だしいところでは、使われてない井戸を修理したものに、汚穢物(多分糞尿)を投げ込むなど、日本軍への妨害が酷い、と。

でも朝鮮人は日本に雇われるのを好む実態はハッキリしてる。
朝鮮人官吏でこのような事した者には、厳罰に処して欲しい。
今後は、各市街に掲示して、これらの事について戒飭すること、と。

つうか、妨害工作やってるのバレバレじゃ、駄目よねぇ・・・。(笑)

で、二つ目。
6月2日のエントリーの1894年(明治27年)6月27日付『機密受第860号』なんかでも見たとおり、京釜電信線の架設については軍でも訓令が出ています。
で、遠からず架設に着手するだろうから、朝鮮政府は手篤く保護すること。
また、この電信線は一時的なものではなく、永久架設権を日本に譲ること、と。
頻出の話題ですな。

三つ目。
どうやら日本人が牙山で清国軍に抑留され、夜に逃げ帰ってきたらしく、十分厳談する必要がある、と。
んー、前回の臨検的な話といい、朝鮮国内で清国軍が何やってんだよ。

最後に、京城の人心は恐れおののいており、高宗に敬意を表するとともに、厳重に警戒するため、若干の兵によって王宮の守備させろ、と。
しかし大鳥は、袁世凱は万策極まって、高宗を水原附近の離宮に移させる兆候があるという話を聞いた、と。
じゃあ一層王宮守備しなきゃ駄目じゃんと言ったけど、大鳥はその協議には応じず、漢江附近を警戒すべきだと告げた、と。

漢江の警戒は現在も十分に行っており、後日銃声が1発でもすれば、沿岸の渡し船を日本側に握る準備は既にできた。
ってことで、外国兵に渡河させて途中で撃つか撃たないかは、混成旅団の掌中に握っている、と。

んじゃ続き。

○ 拙速を貴び、巧久を厭ふ。
右は先般旅団長入京、昨日入京のときも懇々協議せられたり。
何となれば、清国は平分は朝鮮政府の御馳走になり、他の半分は奪掠して生活す。
接待使と云へるべきものを差遣し、道路の通行架橋の周旋至らざる所無きに引換へ、我旅団は薪炭味噌醤油迄の運搬せざる可らず。
兵の生活上に要する諸品は、総て本国の供給を仰がざるを得ず。
又、兵の起居に於ても、其不潔、其不規則。
清兵は能く韓人に類す■之毎日入浴せしめたる。
我兵卒は渡韓後未だ1回も入浴せざるものあり。
衛生及び給養の困難、彼此全く趣を異にす。
是、我旅団の拙速を貴ぶ所以に御座候。

若し荏苒日日を経過せば、幕営に代へて一部の廠営を為さしめざる可らざるものと愚考仕候。
昨26日の如き、其天幕内に於ては正午1百度に達したりと云ふ。
まぁ、そもそも朝鮮の依頼で来た清国軍と、日本の公使館及び日本人保護のために来た日本軍とでは、待遇が違うのは当たり前。
まして、清国軍のように掠奪はできないわけで。(笑)

ってことで、必要物資は全部日本本国から供給を請わなければならない。
おまけに、衛生状態も悪く、清国軍は毎日入浴させてるけど、日本軍は渡韓してから1度も風呂に入ってない者もいる。

これが、兵站・衛生等の面が混成旅団が拙速を貴ぶ理由・・・なのか・・・。(笑)

で、もしこのまま日数が経過した場合、幕営ではなく一部の廠営を作らなければならないと考えている。
6月26日正午なんか、天幕内の気温100度になったと言うし。
本当に水が沸騰する気温まで上がったのかなぁ・・・。

さて、この続きが何故か別ファイルになってますので、今度はそちらを見ていきましょう。
『明治27年自6月至9月 「明治27年 「秘密 日清朝事件 第5師団混成旅団報告綴」/川上中将閣下に上る私報(2)(レファレンスコード:C06060161100)』より。

○ 兵站監部の勤務は、兵数の増すに従って敏活を増さざる可らざるに、却て委縮す。
是れ、朝鮮官吏が袁世凱の内諭に応じ、我旅団の不自由を成べく増さしめんとする姦策に基く。
昨日、外務衙門へ公使よりする知照若し効無くんば、威力を以て之を為し遂ぐるか、若くは小蒸気舩10艘許りを追送せらるより外策なし。

漢江の水路兵站線は、最終に至る迄維持するの考案にあり。
清兵商人服を以て江華府に入り込むとの説あり。
偵察の上若し信なれば、預め送兵を要するものと愚考仕候
江華府派兵のこと、目下公使へ照会中に有之申候。
承諾を得ば、1個中隊を分遣さるる予定なり。
兵站の監督部の仕事は、兵員増加に伴って活発にならなければならないのに却って委縮している。
これは、朝鮮官吏が袁世凱の内諭に応じて、日本軍の不自由をなるべく増加させようという姦策に基づく、と。
冒頭の傭役の邪魔とか、井戸への汚穢物投げ込みとかも、その関係じゃねーの?(笑)

で、大鳥が昨日外務衙門へ出した知照の効果が無ければ、武力でそれを為し遂げるか、小さい蒸気船10艘程度を追送するしかない。
この文書が6月27日付けのものなので、6月26日に出した知照ってことなんでしょうけど、関係しそうなもんが見あたらない・・・。

兎も角、漢江の水路を使った兵站線は最後まで維持する考えだ、と。

清国兵が商人の格好で江華府に入り込んだという噂があり、偵察の上でもし本当なら、予め兵を送る必要があると考える。
その派兵については、現在大鳥に照会中。
もし承諾を得られれば、1個中隊を送る予定、と。


ってことで、今日も途中までですが、ここまで。



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