海の日ですが、普段通りに更新。

今日は、英文電報の方を見ていきたいと思います。
アジア歴史資料センターの『東学党変乱ノ際韓国保護ニ関スル日清交渉関係一件 第一巻/7 明治27年6月13日から1894〔明治27〕年6月30日(レファレンスコード:B03030205300)』から。
38→37画像目。
イギリスの青木公使から陸奥への、1894年(明治27年)6月29日発『電受第334号』から。

Mutsu,
Tokio.

"The Times" 六月二十八日 contains statement of 李鴻章 about Corean question to the effect that China is suzerain of Corea.
Insurrection finished desires to withdraw but conjointly with Japan.
China admits our right to send troops but declines to overtures for joint occupation and administration or introduction of reforms to King with Japan and other Powers.
Please notice danger of last passage I have also previously established relations with "Times."
I am of the opinion that 天津 Treaty constitutes on China's part admission of a conjoint military protectorate.
This can be maintained by International Law and I used this argument here with good effect, You should not lose sight of this point in our favour.
I am taking also cautious means to draw over British Government to us by showing that China cannot be trusted with guardianship of Corea against Russia which is chief motive of British very friendly attitude toward China.
I recommend to publish eventually 天津 Treaty and your proposals to China together with our intention of introducing civilization into Corea.
Please send sufficient extra expenditure for political and personal purposes.

在英公使
6月28日付けのタイムスは、朝鮮問題について清国は朝鮮の宗主国である旨の李鴻章の声明を載せている。
反乱は終結したので、日本との同時撤兵を希望する。
清国は日本の出兵権は認めるが、日本や列強との共同占領や共同統治、共同での高宗への改革提議についての提案は拒否している。

・・・つうか、何その共同占領とか共同統治とか「列強との」とかって。(笑)
しかもお前、「在京城公使の力で高宗を説得して、行政なり財政なり軍事なりを助言・勧告するのはオッケー」って言ってたじゃん。
分かっててやってるのやら、本当に分かってないのやら・・・。

で、最後の一節に注目して欲しい、と。

んー、ピリオドとかの場所が違う気がする・・・。

私は前もってタイムスとの関係を樹立した。
私は、天津条約は清国側と共同軍事保護権を制定したものであるという見解を持っている。
これは国際法によって主張することもできるし、イギリスではこの論拠により良い効果を収めた。
我々に有利なこの点について、見逃してはならない。

つうか、天津条約で共同軍事保護権が成立したって、本当かよ。
青木、何かずれてる処があるっぽいので、信用できねぇんだよなぁ・・・。(笑)

で、私は、イギリスが清国の方に非常に友好的な態度をみせる根本的な動機である、ロシアに対抗するための朝鮮の保護について、清国に任せられない事を見せることで、イギリス政府を日本側に引き込む慎重な方法をとっている。
私は、ゆくゆくは天津条約と清国との共同による朝鮮への文明化の導入についての提議を発表することを提言する。

最後に、政府や個人を目的にした充分な追加経費を送れ、と。
ここでも工作費ですね。

さて、続いてはアメリカの反応。
同じく38画像目から。
アメリカの建野公使から陸奥への、1894年(明治27年)6月29日発『電受第336号』より。

Mutsu,
Tokio

On receiving your telegram of 六月二十二日 I explained informally to the Secretary of state situation in Corea.
I infer from a conversation with secretary of state today that the Corean Minister has asked intervention of United States representing that China is prepared to withdraw troops but that Japan declines to do so demanding changes in Corean Government.
Although the United States will not interpose in the Corean question, it is desirable that I should be more fully informed as to the attitude of Japan.

在米公使
39画像目に訳文が載ってますが、面倒くさいのでテキスト化は省略。(笑)

6月22日の貴下の電信ってのは、恐らく3月4日のエントリーで西公使経由で送られた1894年(明治27年)6月21日発『電送第234号』の事でしょう。

それを受け取った後、アメリカの国務大臣に面会して朝鮮事情を非公式に説明した。
本日の国務大臣との面会から、朝鮮公使が清国は撤兵を望んでいるのに、日本は朝鮮政府の変化を厳しく要求し、撤兵を拒絶しているという事を述べ、アメリカの調停を願っていると推測される。
で、アメリカは朝鮮問題に関して中間に立つ事はしないだろうけど、建野はもう少し日本の意向を詳しく知りたい、と。

まぁ、アメリカは利害があまり直接絡まないので、建野公使のとこにもそれほど情報行って無いんでしょうね。

続いては、再びイギリスの青木公使からの電信。
40画像目。
1894年(明治27年)6月29日発『電受第338号』。

Mutsu,
Tokio

Minister for Foreign Affairs sent for and told me that British Minister to China reported that 李鴻章 had invited Russia to intervene in the Corean question in order to exercise pressure on Japan.
Under these circumstances a great complication might arise to which England could not be indifferent.
Minister for Foreign Affairs requested me to induce you to communication of your demands on China and Corea probably with a view of mediating for their acceptance.

在英公使
これも41画像目に訳文が載ってますが、それもテキストにはしないでおきます。

イギリス外務大臣に呼ばれ、在清イギリス公使の報告によれば、李鴻章は朝鮮問題について日本に圧力をかけるために、ロシアの仲裁を頼んだ、と。
このような状況を受けて、大きな紛糾を生じる恐れがあり、そうなればイギリスとしても無関心ではいられない。
イギリス外務大臣は、日本から清国及び朝鮮政府に向かって提議した要求の件を、陸奥から通知するように青木に請求してきた。
日本の提議を承諾させるように仲裁する目的だろう、と。

んー、パワーゲームだねい。(笑)

つうか、昨年の4月16日のエントリーの1894年(明治27年)6月16日付『電送第208号』の心得の部分の話とか、5月26日のエントリーの1894年(明治27年)6月21日発『電送第234号』とか、どうなってるんだろう???


ってところで、今日はここまで。



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