さて。
今日は前置き無しで早速。

今日の史料は、『駐韓日本公使館記録2』から見ていきます。
まずは、1894年(明治27年)6月29日付『第62号』から。

敬啓者竊聞清国兵丁之屯駐天安者向全州前行等説本公使雖未悉此説之果属確実惟曩拠貴暦甲午五月十五日第十五號
来文内開昨接我巡辺招討両使電稟内称湖南匪魁既已就殲脅従餘党之散逃者齊訴乞哀亦皆釈去兵器翕然帰化妖氛永銷云々而今忽有淸兵南下之説本公使聞之竊不得無所疑惑者焉蓋謂
貴督辨雖向本公使聲明南匪業已剿定而実則未曾一體肅清因由
貴政府更請清兵前進以期収剿滅実効者乎爲此函請
貴督辨明晢垂
示以釈本公使之惑則幸甚耑此泐佈順頌
台祉
天安に駐屯している清国兵が全州に行ったという噂を耳にした。
この話が果たして確実なものかどうかはまだ分からないが、2月13日のエントリーでとりあげた1894年(明治27年)6月18日付『第15号』では、「巡辺使と招討使の両使から、「湖南の匪賊の主魁はもう殲滅し、脅されて従っていた者も逃げ散って、一斉に哀願しながら武器を捨てて帰順したので、妖気は永遠に消えた」と言ってきた。」とか言ってたのに、清国兵南下の話聞いたら信じられなくなってきたよねぇ。
お前、俺に東学党の乱は鎮圧したって言ってたけどさぁ、本当は掃討できないから清国にまた頼んで剿滅しようとしてんじゃね?と。

もの凄い罠チックな照会。(笑)
「頼んで無いnida!<#`Д´>」って言えば、東学党の乱が鎮定されている筈なのに、朝鮮政府に断り無く勝手に軍を動かす清国について突っ込めるし、「頼んだnida。<;`Д´>」って言えば、鎮圧報告自体が嘘に。
結局、「そんな話は知らないnida!」ってしか返事できないという。
まぁ、その時は知らないで通せるかも知れませんが、事実が出てきた時には同じ事か。

で、同日付けで属邦問題についての照会の督促も行われています。
1894年(明治27年)6月29日付『第63号』。

逕啓者所有貴国自認為清国属邦與否昨経以公文第五十九号照詢限於本日内確切核覆等因在案而迄今仍杳如不見
明覆惟査此事攸関甚重不可稍事従容因限本日夜十二點鍾務必確覆倘仍宕延則本公使亦自有所決耳特此預先聲明即希 貴督辨諒照可也肅此順頌
晩安
貴国が清国の属邦であることを自認するかどうか、6月25日のエントリーの1894年(明治27年)6月28日付『第59号』で照会して、今日中に返事寄越せって言ってあったけど、まだ明確な回答もらってねぇんだよなぁ。( ´H`)y-~~
重大でのんびりしてられる話じゃないから、今夜12時までに必ず返事よこせよ。
もし引き延ばしたら、俺も考える所があるからな、と。

6月18日のエントリーから始まる1894年(明治27年)6月28日付『機密第110号』や、7月14日のエントリーの1894年(明治27年)6月29日発『電受第112号』で述べてた大鳥の考えどおりに、矢継ぎ早に属邦問題について手を打ってる感じ。

で、これに対する外務督辨趙秉稷の回答。
1894年(明治27年)6月29日付の書翰より。

逕復者頃展
大函悉為清国属邦與否本日夜十二鍾務必確復一事閲悉種切査本督辨値有要公進
宮稍緩修復斂悚良深擬於明天内容圖佈復尚望諒原可也耑此順頌
台祉
清国の属邦か否かについて今日の12時までに返事しとってのは見たけど、俺ちょっと参内しなきゃ駄目なんで回答を延ばしてくれよ。
明日中には回答すると思うからさ、と。

この書翰を日本側で受け取ったのは、30日の午前3時半。
既に期限過ぎてますが・・・。
つうか、即答できんもんかね?(笑)
まぁ、「誰か」の指示がなきゃ返事もできないのかも知れませんが。

さて、続いてはロシア方面の動向について。
アジア歴史資料センターの『東学党変乱ノ際韓国保護ニ関スル日清交渉関係一件 第二巻/10 明治27年6月29日から明治27年9月8日(レファレンスコード:B03030207000)』。
13画像目から。
1ヶ月半も経った8月14日になってようやく接受された、在ロシアの西特命全権公使から陸奥への、1894年(明治27年)6月29日付『機密第8号』より。

本月26日を以て、朝鮮事件に付閣下よりヒトロヴォ公使へ御答への趣相通ぜられ、之を当国政府へ可申渡との電信は、昨28日晩に■■有之候。
本日は、当国の外務次官シーシキン氏は不在なりし由(外務大臣は猶病気にて府外に在り他人に会はず)。
アジア局長に面会し、我政府より貴国政府へ申出之事あり。
右は誰へ話して然るべきやを問ひしに、若し朝鮮事件なれば拙者聴くべしとの答へに付本人に御訓諭の趣を陳へ、且同局長は之に対し、当国政府の名を以て猶勧告したる大略は過刻電信を以て申進置候通りにて、■り■■■於ては我邦の朝鮮をして内政を改革せしめ、其独立を保たしむるの目的には賛成する所なるも、之を達する為め乱既に定りし後、猶兵を彼地に留め置て両方の兵の衝突すべき危機を顧みられざるの一事に至ては解せざる所なり。
如何となれば、若や両国の兵衝突して遂に戦争に■■■日には、各国の交渉亦自ら免れざる所なれば、其戦争たる両国間の事に止らざるべし。
然る時は、貴国の責任亦大なるを知るべし。
故に我政府に於ては、貴国の清国と共に早く兵を引揚せられ、所望の件には交際手段に由て平和的に談判を遂けらるるを望み、之を勧告すとの趣意にて有之。
又拙官には、貴国に於て既に我政府の目的を賛成せらるる以上は、其目的の早く達するを望まるるこそ当然と思ふなり。
我方に於ては平和趣意なるを以て、若し内乱再発の虞なく、且後ちに尋常の外交手段に由て我目的を達し得る見頭あれば兵は既に引揚げし事なるべくも、事此に至り、清国に於て我要求の一を承諾せざる間は外に致方なし。
両国の兵、出先に於て衝突の危きは、我に於ても顧みざるに非ず。
故に之を避くるの術は盡し居れり。
然ども是固より其安全を保証し得らるべきに非ず。
何れにしても、現今の論は清国の取捨如何に在れば、将来の出来事に至ては我の知る所に非ず。
隨て、我の責に任ずべきに非ず等の趣を以て弁じ置候。
然れども、到底各々自己意見の弁論に止り候。

抑々、当国の朝鮮に於けるや漸々之を懐て、平和手段を以て永遠其利を収むる方略を取り居、且常に我邦の朝鮮を分取するに意あるを疑ひ居候へば、清国の朝鮮を保護し其成形を保たしむるは我邦の侵略を防ぐ為め利ありとして居候処、今忽ち事変発して兵を用ひざるを得ざるに至候如きは、其好まざる所なり。
故に是非とも之を止めんと欲する事と■察候。
然し、若し調停の策行はれずして弥々我と清国と戦争にても相成る日には、当国は朝鮮国の完全を維持するを名として清国に同するか、或は独立の軍事挙動を為すか、何れにしても最初は朝鮮恢復を以て事とし、自己の私なきを示して思を朝鮮に帰するの策に出づべくして、略取の企てには及ばず候処と存じ候間、此段御参考に供し置候。
拙官の意見を陳ずれば、若し我方に於て清露両国と兵を交へ勝算ある者とせば、全力を挙げて我目的を達するも可なりと雖、今仮りに英国我に與之する者としても、英の利害関係の大小を考ふれば其応援の程度亦測り難く、且朝鮮自ら既に我の敵対の地位に在れば、此挙たる到底我邦の不利に帰する者と断定せざるを得ず。
故に、程善く処に局を結ばるる方得策と存じ候。
此段得貴意候也。
敬具

追て過日電信を以て数ヶ月前露国政府より清国に約するに、朝鮮国を完全に傷けざるべし。
亦其国事にも干渉せざるべきを以てせりと聞けりと報じ置候処、右は弥々事実なりしと聞かれ、此2、3月頃清露両国間に於てパミル問題を議するに当り、当国の在北京公使■■清国に於ては太た我の朝鮮を侵すことあるべきを憂へ居るにより、今若し我より其意なきを保たば大に清国の驩心を獲るを得べしとの趣を申出、由て之に従ひ右様約せしめたりとの事に候。
26日云々ってのは、5月26日のエントリーでやった1894年(明治27年)6月26日発『電送第246号』の事でしょうね。
ヒトロヴォとの対談中の、撤兵に関する趣をロシア政府に宣言しろってヤツ。

で、西公使は結局ロシアのアジア局長と面会してその旨伝えると、それに対して局長はロシア政府の名で何か勧誘したらしい。
「過刻電信を以て申進置候」って事は、これからやる英文電信の方に出てくるのかな?

で、ロシアとしては日本の朝鮮の内政改革と独立保持ってのには賛成するけど、その目的を達するのに、まだ兵を朝鮮に留めて清国と衝突する危険を顧みないのは解せない、と。
もし戦争になれば、各国の交渉も自然と免れず、それは戦争した日清両国の間に止まらないだろう。
そうなれば、日本の責任は重い。
だからロシア政府は、日本が清国と共に早く兵を引き上げ、日本の言う内政改革と独立保持については外交手段で平和的に談判する事を望み、これを勧告するって事だった、と。

そこで西公使は、ロシアが既に日本の目的に賛成した以上は、その目的を早く達成する事を望むのは当然だ。
日本は平和を趣意としているので、もし内乱再発の恐れがなく、かつ通常の外交交渉で日本の目的を達成できる目途が立ってれば撤兵するだろうけど、事ここに至って清国が日本の要求の一つでも承諾しない間は仕方ない、と。

日本も両国の兵が朝鮮で衝突する危険性を顧みていないわけではなく、それを避ける術は尽くしている。
しかし、安全を保証できるわけではない。
いずれにしても、現状清国の出方次第なので、将来何が起こるかは日本の知るところではなく、日本の責任とすべきでないといった趣を述べておいたけど、これは個人的意見としての弁論に留めている。

ロシアはそもそも朝鮮を徐々に手懐けて、平和的手段で永遠にその利益を得る方略をとっており、いつも日本が朝鮮を分捕るつもりじゃないかと疑っているので、清国に朝鮮を保護させとくのは、日本の侵略を防ぐために利益があるとしているので、今事変が起きて兵を用いるような事は好まない。
だから、是非ともそれを止めようとしているのだろう、と。

しかし、もし調停が不調に終わって日本と清国が戦争にでもなれば、ロシアは朝鮮の完全を維持する名目で清国に与するか、あるいは独自に軍事行動を起こすか、いずれにしても最初は朝鮮の回復を目標として、自分の私心が無いことを示して朝鮮に近づく策に出るだろうから、ロシアによる侵攻って事にはならないだろうと思う。

西の意見としては、もし日本が清露両国と交戦して勝算があるなら、全力で日本の目的を達成するのも良いだろうけど、例えイギリス辺りが日本の側についても、その利害関係を考えればどこまで応援してくれるかは分からないし、第一朝鮮自体が既に日本に敵対する地位にあるんだから、こういう公道は日本の不利になるものと断定せざるを得ない。
ってことで、適当なところで手を打った方が得策だと思う、と。

追伸部分では、数ヶ月前にロシアが清国に、朝鮮を傷つけずその国事にも干渉しない事を約束したと言う話を3月17日のエントリーの1894年(明治27年)6月23日発『電受第298号』でも報告したけど、これは事実だったようで、2~3月頃に清露両国の間でパミール問題の会議で、ロシアの在北京公使は清国では日本の朝鮮侵略を憂いているので、今ロシアにはその意思が無いことを約束すれば、清国の歓心を買うことが出来るだろうという趣を申し出、それに従ってそのように約したという事だそうだ、と。


何か、気がついたらもの凄ぇ長くなってるので、今日はここまで。



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