前回は何かリンク集みたいになっちゃいました。
これまで、結構マメに取り上げてたのが分かったわけですが、果たしてそこまでする程の話題だったのか、という根本的な疑問が・・・。(笑)

さて、今日はアジア歴史資料センターの『東学党変乱ノ際韓国保護ニ関スル日清交渉関係一件 第一巻/7 明治27年6月13日から1894〔明治27〕年6月30日(レファレンスコード:B03030205300)』の31画像目。
大鳥から陸奥への、1894年(明治27年)6月29日発『電受第112号』の電信訳文から見ていきたいと思います。
では早速。

加藤外務書記官は6月28日朝来着し、本使は貴大臣の訓令を委しく承りたり。
6月26日第11号本使の電信に述べたる如く、支那を圧倒し朝鮮を我威力の下に置くに非ざれば、到底有効の改革を遂ぐること能はざることを確信するが故に、日本政府の目的を遂げんが為めに6月28日本使は朝鮮政府へ公文を送り、之に陳ぶるに、在日本清国公使より貴大臣へ宛たる書翰の寫を以てして、朝鮮政府に向け議政府は果して右清国公使の書翰に述べたる如く支那の属邦なることを認むるや否やに付、1日を期して辨明を与ふべきを要求せり。
而して、若し朝鮮政府が其属邦たることを認めずと返答せば、本使は一方に於ては袁世凱に向て支那が属邦を保護するとの口実に依り清兵を派遣し、現に朝鮮に駐在せしむることは朝鮮の独立に害ありとの理由を以て直ちに清兵の撤回を求め、又他の一方に於ては朝鮮政府に向て清兵を追出すことを求むべし。
而して万一朝鮮政府に於て自力を以て清兵を追出すこと能はざる場合には、我に於て自ら其事に任ぜざるを得ず。
若し又朝鮮政府に於て其属邦たることを認むると返答せば、我兵を以て直ちに王室を圍み、江華島條約第一條を破りたるものとして彼より辨明と謝辞を求むべし。
若し又朝鮮政府に於て曖昧の返答を為し、朝鮮は支那の属邦なりと称すると雖ども内治外交に関しては朝鮮政府に於て自ら断行の権ありと云ふときは、矢張り第一の場合に於けると同様の処置を執るべし。
何れの場合に於ても、他の條約国をして局外中立の地位を守らしむる為め、日本政府の正当なる目的に関し、我より保証を与ふること最も緊要なり。
而して此保証は、貴大臣及び本使に於て飽迄之を与へんと欲す。

6月26日謁見了致、本使は当国行政改革の事を国王に奏上せり。
且つ本使は、最近の様を以て我が提議を公然朝鮮政府に提出すべき積りなり。
本電信の趣は、貴大臣に於て最も適切とせらるる方法を以て小村臨時代理公使へ御通知あり、尚ほ必要の御訓令を同代理公使へ附与せられたし。
此時に際し、我が海軍は如何なる処置に出づへきや。

金1万円直ちに御廻付を乞ふ。
貴大臣の訓令は直ちに電報ありたし。
原書朝鮮内政整理
この電信は6月30日に届いています。

「6月26日第11号」ってのは、5月30日のエントリーで見た1894年(明治27年)6月26日発『電受第317号』の事ですね。

内容的には、6月20日のエントリー6月23日のエントリーで見た1894年(明治27年)6月28日付『機密第110号』と同様の話がメインですね。

属邦問題で迫るって案。
案っつうか、もうやっちゃってますけどね。
去年の1月30日のエントリーでは、電訓を請う暇が無い場合に大鳥が臨機処分できる筈だったわけですが。(笑)

その他、大鳥の発案については小村にも陸奥が最も適切だと思う方法で通知し、必要な訓令を付与してね、と。
まぁ、属邦問題で迫るわけですから、清国の本国とも関係してくるしって事でしょうかね?

その場合、日本の海軍はどういう処置に出るべきか、と。
ああ、「清国の本国とも関係してくるし」じゃなくて、開戦前提の話かも知れないなぁ。

で、1万円要求。
工作費かな?

最後にすぐ訓令よこせ、と。

続いては、英文電報に行ってみますか。
『日清韓交渉事件ノ際二於ケル軍用電線架設関係雑件/1.軍用電信線架設ノ件(レファレンスコード:B07090434500)』から。
8画像目。
まずは右側の1894年(明治27年)6月29日発『電送第263号』より。

Otori,
Seoul

(18) Telegraph engines and materials shipped today.
If this telegram reaches you inform me of it.
電信技師と材料は今日送られた。
もしこの電信が届いたら、教えてくれ、と。

4月25日のエントリーでチョロッと触れましたが、2画像目の1894年(明治27年)6月23日発『電受第296号』で、釜山電信線修理のための材料要求が出されてましたが、その関係かな。

続いて左側の1894年(明治27年)6月29日発『電送第265号』。

Eitaki,
Fusan

Not fighting soldiers but 軍用電信隊 numbering about 100 including engineers and labourers who are going by 東京丸.

Mutsu.
戦闘要員ではない技師や労働者約100名の軍用電信隊が、東京丸で向かった、と。
電信を作る部隊って事かな。

今日最後の史料は、アジア歴史資料センターの『日清戦役ノ際清国上海及韓国仁川港二於ケル各国居留地局外中立ノ儀二付交渉一件/1.上海港局外中立ノ件(レファレンスコード:B07091143500)』より。
2画像目左側。
陸奥から上海の大越総領事への1894年(明治27年)6月29日発『電送第262号』より。

Okoshi,
Shanghai.

Refrain from taking any part in question of making 上海 neutral port.
I have to confidentially inform you that Consuls have not such authorize.

Mutsu
7月7日のエントリーの1894年(明治27年)6月28日付『電受第321号』に対する返事ですね。

上海の中立港化の論議について参加することは、差し控えろ。
領事はそのような認可は出来ない旨、貴下に親展で通知する。かな?

勿論、日本側から戦争を前提とした中立港の議論に、この時点で積極的に参加する必要も無く。
つうか、逆にまだやっちゃ駄目、みたいな。(笑)


ってことで、今日はここまで。



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