水曜日は久しぶりに別の話題で気分転換。
やっぱり、気軽に単発更新出来る方が気が楽だよなぁ。
などと思いながら、すぐに元の連載に戻ったり・・・。

さて、今日も前回の続きのアジア歴史資料センターの『日清戦役ノ際清国上海及韓国仁川港二於ケル各国居留地局外中立ノ儀二付交渉一件/2.仁川港局外中立ノ件(レファレンスコード:B07091143600)』から、まずは取り上げ漏れをもう一件だけ。
9画像目。
仁川の能勢領事から大鳥への、1894年(明治27年)6月22日付『京第40号』より。

我兵当港に駐留する儀に関し、居留外国人中種々苦情相唱へ居候模様は、已第36号を以て委曲申進置候処、元来右は当開港場に駐留するは、一朝日清両国間に衝突を生じたる場合に於て、同港居留外国人の生命財産に危害を及ぼすものなるに就き、当開港場をして兵燹の禍に罹らざらしむる丈けの距離迄、我兵の移陣を要求に出の心底に有之。
特に、英国副領事の如きは、絶対的に我兵の駐仁を抗撃するものに有之候。
即ち、同副領事は別紙甲号の通り、最初は租界内に我兵馬を駐むる義に付き小官の説明を求めたるを以て、本件は国際上の問題に属し、領事の職権内にて何分答弁致し難く、就ては本官は只京城の我公使へ具状すべくに付き、猶貴官よりも其筋へ申立てらるべき旨回答致置候。
然るに、其後別紙乙号及び丙号の通り、我軍隊の駐留より生起する事件にして英国人に危害を及ぼすの場合には、日本政府之が責に任ぜられ度旨再応照会致来候に付き、小官よりは重ねて前同様の意味を以て、別紙丁号の通り回答致置候間、右様御了承の上可然御取計らひ相成度、別紙四葉相添、此段申進候也。
居留外国人が日本の駐兵について種々の苦情を訴えているのは、前回の1894年(明治27年)6月19日付『京第36号』で報告した。
元々、日本兵が駐留するのは、もし日清間で衝突が起きたら巻き添え食いかねないから、仁川に被害が及ばない程度には日本に陣を移して欲しいってのが基本の考え、と。

で、特にイギリス副領事は、絶対的に日本兵の仁川駐留を攻撃。
まずは、日本兵の租界内駐留について能勢に説明要求。
これに対して能勢は、領事の職権内では返事できないから、其の筋から申し立てしてよ、と。
さらにイギリス副領事は、日本兵の駐留に起因する事件でイギリス人に危害を及ぼしたら、日本政府がその責任とれよという旨を再度照会してきたので、さらに同様の意味で領事の職権内では返事できないから、其の筋から申し立てしてよと回答しておいた、と。

さて。
文中の、イギリス副領事から来たという別紙甲・乙・丙号については、10~15画像目にありますが省略。
ついでに、前回の清国北洋水師分遣艦隊司令官林泰曽が来館して、能勢と談判した模様が記された京第41号が16~18画像目に。
その添付文書が19画像目にあり、林泰曽の物言いが笑えるんですが、これも省略します。

んで、20~21画像目が3月24日のエントリーで取り上げた1894年(明治27年)6月24日付『機密諸第8号』、と。

ふぅ。
これでようやく本筋の28日の史料に話が戻せる。(笑)
r> ってことで、22画像目。
大鳥から陸奥への1894年(明治27年)6月28日付『機密第111号』より。

仁川港各国租界内に我兵隊の舎営したる件に付、外国人間に苦情有之候義は、本使発第86号信中に申進め候処、其後同港各国居留地会議に於て同港を中立港に定め度希望を以て決議し、其趣き別紙甲号の通り筆頭使臣なる本官に提出有之候。
然るに、同港を中立地と定め兵禍を避けしむる事は、本官に於ても至極希望する所に有之候へ共、之が為め我兵員軍器の出入を禁阻せられ、我居留地内に舎営を許されざる等の事有之候ては、我方に於ては至極不利益を被るべきに付、使臣会議相開き候場合には、本官は別紙乙号の通り條件付を以て同意可致存候間、左様御聞置相成候様致度、此段及上申候也。
第86号ってどれだろう・・・?

兎も角、3月24日のエントリーで取り上げた1894年(明治27年)6月24日付『機密諸第8号』や、前回等で見たとおり、仁川港を局外中立港にする旨が各国居留地会議で決議され、筆頭使臣の大鳥に別紙甲号のとおり提出された、と。
んで、仁川港を中立港として戦禍を避けるってのは大鳥も希望するところだけど、そのために日本の兵員や武器等の出入りが出来なくなり、日本居留地内の舎営も許されない等の事があれば、日本にとって非常に不利益になるため、今後使臣会議が開かれる場合には、別紙乙号のとおりの条件付きで同意しようと思ってるので、ヨロ、と。

で、まずは居留地会議で決まったという別紙甲号について。
24画像目。

Extract from Minutes of Municipal Council, Chemulpo.

"The Council deprecate the stationing upon any of the Settlements comprise in the Port area of Chemulpo or in their vicinity, of more armed men than may from time to time be absolutely necessary to maintain order; believing that the presence of any large number of troops in the near neighborhood is in a high degree prejudicial to the peace and prosperity of the General Foreign Settlement, and a very possible source of danger to the lives and property of the Residents."
仁川居留地会議議事録からの抜粋。

居留地会議は、多すぎる兵の駐留は、各国居留地の平和と繁栄に非常に不利益となり、居住者の生命と財産に危険を及ぼす可能性があると信じ、秩序を維持するのに不可欠な衛兵以上の仁川港またはその付近を含む居留地区への駐留に反対する、かなぁ?

つうか、局外地も中立地も出てないような・・・。
まぁ、いいや。(笑)
兎も角、必要最低限の兵以外の駐留反対!と。

で、局外中立地に同意する条件である別紙乙号が、23画像目ですね。

仁川港を中立地と為すに於ては、各国をして先づ左の條件を承諾せしむ可し。
然らされば之に同意する能はざるものとす。

仁川港を中立地と為すに於て、我要求の條件左の如し。

一.同港に於て日本兵并軍器等の上陸及乗船差支なき事
二.同港日本居留地内に、人民保護に必要なる兵員を屯駐せしむる事

但し、朝鮮兵若くは他の外国兵が来りて日本兵を攻撃し、若くは兵力にて我人民に危害を加へんとする際に、之に抗拒して我人民を保護する場合を除くの外、該港駐在我兵は決して各国居留地に向て危険を與へざるを保証す可し。
仁川での日本の兵員・武器等の上陸や乗船は普通に出来て、日本居留地内に日本人保護のための兵員を置くんなら、中立地にしても良いよ。
ただ、朝鮮兵や他の国の兵が、日本兵を攻撃したり日本人に危害を加えようとした場合に、これに対抗する場合以外には、仁川港駐留兵は決して各国居留地に危険を与えない事は保証する、と。

ま、そうじゃなきゃ同意しねぇって事で。


今日はここまで。



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