さて、前回は話が横道に逸れたまま終わりましたが、今日からまた本線に戻っていきます。

前回までの3回で、1894年(明治27年)6月27日に閣議決定を受けた、朝鮮に対する日本の勧告についての訓令を見てきました。
今日はそれと同様に、1894年(明治27年)6月27日に起草されたもので、これまた6月29日に栗野政務局長が携帯して京城に向かったらしいもの。

アジア歴史資料センターの『東学党変乱ノ際韓国保護ニ関スル日清交渉関係一件 第一巻/7 明治27年6月13日から1894〔明治27〕年6月30日(レファレンスコード:B03050308100)』の44画像目から、1894年(明治27年)6月27日『機密送第27号』。

閣下には、別信訓令中に列載せし朝鮮国内治の改良に関する事項を該国政府に勧告せらるると同時に、帝国の利益に関し左の事項を要求相成候様致度候。
即ち、

従来、清国人民が該国に於て他の各国人民に比して特有するところの一切の利益には、帝国臣民も之に均霑する事。
仮令ば仁川港の埋立工事の如き、其他両国政府間に現に尚ほ懸延するところの事項を、急速処弁せしむべき事。
又、該国をして益々文明の域に赴かしむるには、広く智識を開き、益々新鮮なる元素を注入するに如くはなし。
而して、此等新鮮なる元素を注入するには、少年子弟をして広く外国の事情に通暁し、宇内の形勢を熟知せしめ、兼て専科の学術を講習せしむるを以て第一の良策と相信候に付ては、此際同国門閥俊秀を選抜して外国に留学せしむることを御勧告相成度。
又御談話の都合にて、如し好機会有之候はば、閣下の御考として此際特赦を行はしむることを被勧試度。
御承知の通、該国にては朋党比類互に相ひ争鬩するの弊よりして脾睨相い属し、動もすれば一巳の私怨を晴さんがため、恣に罪を構え人を陥るるの風、誠に少なからず。
是れ実に文明国に有間敷悪風と謂ふべし。
故に此際特赦の典を行ひ、国事の為めに罪を負ふ者を赦免し、政府の宏量を示し、以て人心を収撹することを務むるは同政府の為め得策と存候。

右申進候。
敬具
前回までの勧告と同時に、日本の利益に関して次の通りの事項を要求するようにしたい。

で、その要求事項の一つ目は、これまで清国人だけが持ってる特権について、日本人にも同等の権利を与えること。
もう一つは、仁川の埋立工事のように両国間で今もまだ引き延ばされている問題について、早急に処理すること、と。

字面だけ見れば、それほど大した要求でも無さそうに見えますが、要は最恵国待遇の要求と同じですからねぇ。
すぐ思いつくのは、無許可で朝鮮内地を自由往来できたり、開港地以外の土地購入できたり、とかかなぁ。
まぁ、それ以上にもありそうな気がするけど、どんだけ清国人が厚遇されてたかは未調査。

また、朝鮮を文明の域に引き上げるには、若者に海外留学させて国外事情に精通させるのと同時に、専門的な学問を学ばせるのが一番だから、門閥俊秀を選抜して外国に留学させろ、と。

明治維新の前後とかでもそうでしたが、自国に無い部分や進んでいる部分を吸収するには、一番の方法ですね。
近代化は「してやらないけど自分でやれ」みたいな。(笑)

尤も、自国の欠点を見つめるのが苦手で、且つ表面が整っている事だけが大事という傾向がある彼の国の人が、どんだけ学んで帰れるのかは、果てしなく疑問なんですが。(笑)

まぁ、最低限「外国の事情に通暁し、宇内の形勢を熟知」して欲しいんだろうなぁ。
清国に頼る愚かさ位は分かるでしょうからねぇ。
いや、やっぱりわかんないかも。(笑)

で、最後は、良い機会を得たら特赦について、大鳥の考えとしての勧告を試みて欲しい。
分かってると思うけど、朝鮮では争闘の悪弊で、動もすれば一個人の私怨を晴らすため、欲しいままに罪をつくり、人を陥れる風潮がある。
これは文明国にあるまじき悪風である。
ってことで、国事犯を特赦して政府の度量を見せ、それによって人心収撹に努力するのは、朝鮮政府のためにも得策だと思う、と。

何で国事犯の特赦?なんて少し疑問に思ったわけですが、朴泳孝とか徐載弼とか居るんだったねぇ、と。

ってことで、これまた「政治的必要」を超えるものではない。
いや、海外留学云々の話は微妙かな?(笑)

さて、続いては5月28日のエントリーで見た大鳥から袁世凱への、「これ牙山でお前んとこの聶が出した布告だって言うんだけど、マジ?」という質問に対する袁世凱の返事を、『駐韓日本公使館記録』から見てみます。
付日は6月26日付けなんですが、旧暦5月23日で書いてるので見落としてた。(笑)
ま、日本側の接受日が27日なんで勘弁してください。

六月二十七日接

大清駐紮朝鮮総理交渉通商事宜袁 爲

照覆事照得本年五月二十三日准
貴公使照会照会開照得現有敝国人由牙山地方来京者謄寫貴国聶軍門在該地方所貼告示一紙投稟前来本公使閲読之下未審此項告示実係聶軍門出示者否為特録呈貴総理査閲即希垂示明白以判真偽是為切盼為此備文照会請煩査照可也等
因准此閲悉惟査此項告示本総理尚未得見難判真偽除抄録可也
貴文咨請
聶軍門核明覆示俟准覆文再行照知外相応先行照覆
貴公使請煩査照可也須至照覆者
右照覆
照会のあったことについて見たけど、真偽判別できねー。
聶に聞いてみるから待っててよ。
かな?(笑)


ってところで、今日はここまで。



日清戦争開戦まで(一)     日清戦争開戦まで(三十一)
日清戦争開戦まで(二)     日清戦争開戦まで(三十二)
日清戦争開戦まで(三)     日清戦争開戦まで(三十三)
日清戦争開戦まで(四)     日清戦争開戦まで(三十四)
日清戦争開戦まで(五)     日清戦争開戦まで(三十五)
日清戦争開戦まで(六)     日清戦争開戦まで(三十六)
日清戦争開戦まで(七)     日清戦争開戦まで(三十七)
日清戦争開戦まで(八)     日清戦争開戦まで(三十八)
日清戦争開戦まで(九)     日清戦争開戦まで(三十九)
日清戦争開戦まで(十)     日清戦争開戦まで(四十)
日清戦争開戦まで(十一)   日清戦争開戦まで(四十一)
日清戦争開戦まで(十二)   日清戦争開戦まで(四十二)
日清戦争開戦まで(十三)   日清戦争開戦まで(四十三)
日清戦争開戦まで(十四)   日清戦争開戦まで(四十四)
日清戦争開戦まで(十五)   日清戦争開戦まで(四十五)
日清戦争開戦まで(十六)   日清戦争開戦まで(四十六)
日清戦争開戦まで(十七)   日清戦争開戦まで(四十七)
日清戦争開戦まで(十八)
日清戦争開戦まで(十九)
日清戦争開戦まで(二十)
日清戦争開戦まで(二十一)
日清戦争開戦まで(二十二)
日清戦争開戦まで(二十三)
日清戦争開戦まで(二十四)
日清戦争開戦まで(二十五)
日清戦争開戦まで(二十六)
日清戦争開戦まで(二十七)
日清戦争開戦まで(二十八)
日清戦争開戦まで(二十九)
日清戦争開戦まで(三十)


AD