今日は前置きなしで。
小村から陸奥への報告になります。
アジア歴史資料センターの『東学党変乱ノ際韓国保護ニ関スル日清交渉関係一件 第二巻/1 甲午〔明治27年〕5月初9日から明治27年7月9日(レファレンスコード:B03030206100)』の15画像目。
1894年(明治27年)6月21日付『機密第26号信』より。

英独露仏公使の意見並に李鴻章の意衷等に関する往復電信寫差出、其他英露公使の出入申進の件

英国公使オコノル氏の意見、並にその芝罘より当地に帰任途中天津に於て李鴻章に勧告の次第は、独逸公使シエンク氏、露国公使カシニー氏、仏国公使ヂエラルド氏等の意見と一併、兼て電訓も有之候に付、去る17日別紙甲号の通り電報差立、此他李鴻章は英公使の勧告且つ本年清暦10月我11月は、当国皇太后の還暦賀即ち一世一代の大典を挙行せられんとする折柄、日清の衝突を避けんと欲する意衷なるが如しとの旨は、同日乙号の通り電報差立置候。
李鴻章は、前述の事情あるにも拘はらず、此上何等運動の模様も有之候はば、其決心を推測可被致歟。
別紙丙号は、去る18日到達の貴電にて訓令の趣致承知候。
英公使オコノル氏は、去る13日当地に帰任。
露国代理公使ウエバー氏も亦同日当地に着任に付、露国公使カシニー氏は、去る17日当地を致発足候。
尤も同氏は、最初陸路内外蒙古西伯里に道を取る予定に候処、健康上医師の勧告に依り海路帰国の事と相成候右申進候。
別紙甲号は、20画像目左側の昨年の4月16日のエントリーで取り上げた1894年(明治27年)6月17日発『電受第252号』ですね。
次の別紙乙号が、20画像目右側の2月11日のエントリーの1894年(明治27年)6月17日付『電受第258号』に当たります。
in this year of anniversary.」は、やはり西太后の還暦祝いだったようで。
そういう事情があるにも係わらず、李鴻章の動きを見れば、その決心を推測するできるだろう、と。

で、丙号は21画像目の2月11日のエントリーで見た1894年(明治27年)6月18日付『電受第216号』の趣旨は承知した。
英国公使のオコーノルは、13日に北京に帰ってきた。
ロシアの代理公使ウェベルも同日北京に着任したので、ロシア公使のカッシーニは17日に北京を出発。
陸路で帰る予定だったけど、健康上の問題から海路で帰国する模様、と。

さて、続いてはアジア歴史資料センターの『東学党変乱ノ際韓国保護ニ関スル日清交渉関係一件 第一巻/5 明治27年6月8日から明治27年6月24日(レファレンスコード:B03030205100)』の11画像目。
陸奥から大鳥への1894年(明治27年)6月21日発『電送第230号』より。

Otori
Seoul

6) In view of additional despatch of Chinese troops as per telegram 5, it now looks as if collision may be unavoidable.
It is likely to be decided in cabinet meeting this afternoon to make up 混成旅団 in a day or so that about 2,000 additional Japanese soldiers to be sent to Corea.
In case of collision, it is most important that Corean King and Government to side with Japan; so you are instructed to manage so as to make them rely upon Japan by explaining our friendly attitude and our efforts of securing her independence which China constantly ignores by claiming right of suzerainty.

Mutsu
電信5号により清国軍の追加派遣を考慮するに、衝突は避けられないかのように見える。
日本が撤兵を拒否すれば、「additional Chinese troops will be sent for protection of Chinese.」だそうですしねぇ。
まぁ、普通に考えて、撤兵拒否すれば衝突する事になりますわな。
つうか、5号ってどの電信だ?

兎も角、清国側は5,500人追加されるという話でしたが、日本側は約2,000人の追加兵を朝鮮に派遣するため、一両日中に混成旅団を編成する件について、恐らく今日の午後の閣議で決定される。
衝突が起きた場合、朝鮮国王と朝鮮政府が日本側につく事が重要であるため、日本の友好的態度と、清の宗主権の主張によって絶えず無視される朝鮮独立保全のための我々の努力を説明し、彼等が日本を頼りにするように、上手く取り扱うことを訓令する、と。

続いては、同じく12画像目。
取りあえず在露西公使にだけ出された電信って事になるのかな?
1894年(明治27年)6月21日発『電送第234号』。

Nissi
Petersburg

About the beginning of the month the state of Corean disturbance getting to be more and more serious Chinese Government at the request of Corean Government were about to despatch certain number of troops for the purpose of suppressing insurgents.
So our Government seeing the danger to our residents also despatched sufficient number of troops for protection in virtue of the provision of convention concluded with Corea in 明治十五年.
Then China on the pretense of restoration of peace and order, urgently requested us to withdraw our troops, but Japanese Government are not only dissatisfied with such assertion as made by China but also deeming it essential to settle Corean question as far as possible, we proposed to Chinese Government to take certain measures conjointly for the suppression of the present revolts as well as the amelioration and reorganization of Corean polity in view of establishing stable system of government, but China rejecting our proposal are going to send out some large number of troops.
The matter might become very serious though every precaution is taken on our part to prevent it.
Inform of this 在英公使、在仏公使、在米公使.

Mutsu
今月初め、朝鮮の騒擾の情勢は一層深刻の度を深め、朝鮮政府から依頼された清国政府は、暴徒鎮圧の目的でいくらかの兵を派遣しようとしていた。
我が居留民等の危機と見なした政府も、明治15年に朝鮮と締結した条約の規定により、保護のための十分な兵を派遣した。
すると清国は、平和と秩序の回復を口実に、我が軍の撤兵を緊急要請してきたが、日本政府は清国によるそのような主張は不満なだけでなく、できる限り朝鮮問題を解決する事が不可欠であると考えている。
我々は、安定した統治制度の確立のための朝鮮政治の改善と再編は勿論、現在の反乱を鎮圧するために、清国政府に対しいくつかの措置を共同でとることを提案した。
しかし、我々の提案を拒否する清国政府は、大規模の軍を出兵させようとしている。
我々は、それを阻むために可能な総ての予防策を講じているが、事態は非常に深刻になるかもしれない。
この内容を、在英公使、在仏公使、在米公使に知らせること、と。

やっぱり、清国の提案拒否及び追加派兵の話から焦臭くなってくるんですねぇ。


今日はここまで。



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