先月同様法規がほとんど。
ただ、割と面白い法規があったり、土地収奪の具体例とかニヤッとできる史料がようやく出てきたんじゃないかなぁ、と。
つうか、単に真面目な(普通な)法規に飽きてただけかも知れんけど。(笑)
( ´H`)y-~~

< 2008年1月のエントリー >
土地調査事業については、法規関係がかなりまとまってきたので、今後はそんなに頭抱えて悩む事にはならない筈。
ただ、取り上げてない法規や漏れてる法規もあると思うので、その辺は注意。
具体例については、もっと集めたい処。
今後の課題。

2008年年頭の辞

毎年恒例の年初のご挨拶。
酔っぱらって、勢いで感情を書き殴った方が良いのかも知れないと考えている昨今。(笑)


土地家屋所有権証明規則施行細則

年末にやった「土地家屋所有権証明規則」の施行細則です。
何でこんなんで年越ししたのか、良く分かりません。(笑)
疑問点が何箇所かあったけど、基本施行規則とか施行細則とかってつまんないよね。( ´H`)y-~~


土地家屋典当執行規則

頭で理解できてても、何故か納得いかない条文がある、不動産抵当の処分に関する規則。
未だにモヤモヤしてる。(笑)


土地家屋典当執行規則施行に関する細則

今度は、「土地家屋典当執行規則」の施行細則。
ツッコミ所が無い。(笑)


驛屯土管理規程

国有の駅屯土の管理についての規則。
「小作認許証」の辺りは面白そうな感じ。
( ´H`)y-~~


国有地小作人褒賞規程

国有地の小作人として、組合定款や契約遵守して納期を守り、公課と小作料をちゃんと収めてたら、金品貰える規定。
併合前に既に「組合定款」がある所が興味深い。
深みにはまりそうなんで、まだ手ぇつけてないけど。(笑)


朝鮮民事令と不動産

朝鮮民事令中の、不動産関係の条文を抜粋したエントリー。
「不動産に関する物権の種類や効力は、第1条の法律に定めた物件以外は、慣習による」なわけで。
ねぇ?(笑)
( ´H`)y-~~


土地家屋所有権証明規則に依る森林山野の証明に関し訓令の件

森林山野など、人間が恒常的に利用するワケではない土地について証明する時は、所有権の確認とか気をつけてね、という訓令。
いや、当たり前の話。(笑)


土地所有権に関する取締の件

土地調査事業に関して、「これまで誰のものでも無かった土地は、調査の時に所有権認められるってよ」という噂が流れ、「駆け込み開墾」が流行り、それを取り締まる訓令。
「手続き複雑なだけで申告しなかったとか、本当かよ。(笑)」と思わざるを得ないお話。


朝鮮不動産登記令

朝鮮での不動産登記に関する法規。
朝鮮民事令により、第三者への対抗要件になります。
ま、法律として大事なのと面白いかどうかは全く別の話のようで・・・。(笑)


朝鮮不動産証明令(一)

登記令と同じく、朝鮮民事令により第三者への対抗要件になる不動産証明の法規。
登記令と同じく、法律として大事なのと面白いかどうかは全く別の話のようで、と。


朝鮮不動産証明令(二)

朝鮮不動産証明令の続き。
朝鮮民事令のせいで、法の相互関係とかあってとてもややこしい。
とりあえず、一般人なので「条文に書いてある事」だけ理解しておくことにする。(笑)


朝鮮不動産証明令(三)

同じく朝鮮不動産証明令の続き。
第36条で、折角これまでやってきた、『土地家屋証明規則』、『土地建物証明規則』、『土地家屋所有権証明規則』、『土地家屋典当執行規則』とその附属法規が廃止に。(笑)


土地調査令に依り査定又は裁決を経たる土地の登記又は証明に関する件

土地調査令の査定や裁決により確定した土地の登記や証明に関する話。
本来、当時の不動産登記法を調べればまた何か分かったかも知れないけど、法律に飽きてたのと更に深みにはまりそうだったので、その部分は丸っと棚上げにしちゃったエントリー。
ちょっと反省。


駅屯土特別処分令

駅屯土の管理や処分に対する特別規定。
第2条の「驛屯土の小作に従事する者に対し、朝鮮総督の定むる所に依り、自作の為其の小作地を売払ふとき」については、また別途新しく調べ直したいところ。


朝鮮国有森林未墾地及森林産物特別処分令

今度は、国有森林・未墾地・森林産物に対する特別規定。
この時期、土地関係の法規だけでなく、民法や刑法も含めて、旧大韓帝国時代の法が徐々に整理されていっている時期だと思うんですが、旧法がいつ廃止されてるのかは中々面倒臭い。


土地調査に関する件

「まずは申告しろ・間違いの無いように立ち会え・査定後は確認しろ」という当たり前の通牒の話。
ただ、臨時土地調査局の査定の公示とか、高等土地調査委員会の裁定の例示とか、内容的には実例ひいてあって面白いんじゃないかな?と思う。
私だけかもしれませんが。(笑)


土地申告書取纏に関する件

土地調査令」の第4条では、「臨時土地調査局長に申告すべし」としか提出先については書かれておらず、「土地調査令施行規則」の第1条でも「朝鮮総督府臨時土地調査局又は出張の当該官吏に提出」としかされていないため、実際の運用上では混乱があった模様。
この通牒によって、申告書の配布については臨時土地調査局→郡長→面長→地主総代→各地主という流れに。
取り纏めについては、各地主→地主総代→面長→臨時土地調査局出張局員という流れに、スッキリまとまることになりました。


土地調査令施行規則

土地調査事業の根幹となる「土地調査令」。
その施行規則ということで、探し出して取り上げてみましたが・・・。
面白くはないよね。(笑)


土地調査事業のここまでの整理

これまでの土地調査事業関連のエントリーのリンク集。
テープルタグを使って、しかもほとんど全部がリンクなので、見た目より非常に時間がかかってるエントリ。(笑)


土地収奪の具体例 ~ 李震の場合 ~ (一)

大邱在住の李震から、帝国陸軍に突如として送られた催告状。
土地を奪った悪辣な日帝に立ち向かう李震。
果たしてその結末は!

みたいな書き方が出来れば良いのにね。( ´H`)y-~~

土地収奪の具体例 ~ 李震の場合 ~ (二)

今回の事案のポイントは、高等土地調査委員会に異議を申し立てて、それが正当であれば、現在陸軍の管理地であっても所有権を認定されているというところ。


土地収奪の具体例 ~ 李啓恆の場合 ~

地税等を治めているような「耕地」でなく、通常使用されていないため土地調査事業では国有の「林野」として査定が確定した事例。
流石に、申告もなく地税も納めず通常人が居ないという状態では、所有権も糞も確認のしようが無いわけで。
というか、人数から見ても入会地的利用で、土地の所有権とは関係なさげ。
その場合でも逸失利益は支払われていますね、と。


土地調査事業については、やっと一段落ついたかな?という感じ。
ぶっちゃけ、法律飽きた。(笑)



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土地調査事業に関連する具体的なお話その2です。
ま、今んとこ具体例は前回までの分と今回の分しか見つけられていないんですが。(笑)

今日の史料は、アジア歴史資料センターの『公文雑纂・昭和五年・第十九巻・商工省・商工省、逓信省、鉄道省、朝鮮総督府、台湾総督府、建議陳情請願/所有地不当処理ニ関スル件(レファレンスコード:A04018317200)』になります。
それでは早速、1930年(昭和5年)1月27日付『朝一第228号』より。

朝一第228号
昭和5年1月27日

拓務次官 侯爵 小村欣一

内閣書記官長 鈴木富士彌 殿

所有地不当処理に関する件回答

昭和4年2月15日附内閣雑乙第23号を以て、内閣拓殖局長宛御照会の件に関し、今般朝鮮総督府政務総監より別紙寫の通回答有之候條、此段及移牒候也。
かなり探したんですが、「昭和4年2月15日附内閣雑乙第23号」の照会が見つからず。
仕方がないので、回答の方だけを見る事に。
ってことで、回答に当たる1930年(昭和5年)1月18日附『税第6号』。

税第6号
昭和5年1月18日

朝鮮総督府政務総監 伯爵 兒玉秀雄

拓務次官 侯爵 小村欣一 殿

所有地不当処理に関する件

昭和4年2月15日附拓一第526号内閣拓殖局長照会首題の件、左記の通御了知相成りたし。



1.本件土地は、陳情書に記載せる如く、土地調査施行前に於ては李啓恆外41名に於て耕種、採草等を為し来りたるも、元来国有なりしを以て、土地調査当時国有林野として査定確定したる(大正5年2月20日附査定)ものとす。
土地調査は、申告主義に依り所有者を査定し、之が査定に対しては不服申立竝一定原因に依る再審申立の途を設けあるものなるが、陳情人等は之等の申立を為さざりしものにして、他に之を変更するの途なきものなり。
而して、成平助一に於て大正4年5月17日、国有未墾地利用法に依り貸付許可を受け開墾成功し、大正7年5月13日及大正13年10月11日附を以て付与処分を受け(付与面積畓(水の下に田)17町0428田16町4305溝渠、4521)同人の所有に帰属せり。
尚、是より先大正6年5月中、成平助一は当該地の貸付を受けたるが為、採草等の利益を失ひたる李啓恆外41名に対し、相当金員を給し、尚面を救済し、更に右付与処分を受けたる後小作契約を結びたる処、彼等は小作料の納入を肯ぜざる為、光州地方法院に訴訟を提起すると共に、悉く小作権を取消したるものなり。

2.本件は、前述の如く成平助一に於て合法的に所有権を獲得したるものなるを以て、願意は容認の余地なしと雖、道当局に於て地主、小作人間の情誼を厚くし、融和親善の方法を講ずる為、成平助一に懇談したる処、陳情人等に於て従順に小作を為さんとする場合は、適当の機会を看て進んで小作権を与ふる方針なる旨申述べたるに付、其の方針を以て関係人に臨み、共存共栄の実を挙ぐる様説示したり。
さて。
元の陳情書がどのようなものだったか分かりませんが、内容からして李啓恆等が当該地の所有権を訴えるか何かしたものと思われます。

まず、当該土地は土地調査施行前には李啓恆外41名が耕種、採草等を行ってきた、と。
しかし、元々国有地なので土地調査事業時に国有林野として1916年(大正5年)2月20日に査定確定。
土地調査事業は申告主義で所有者査定を行い、その査定についても不服申立や再審申立できるが、李啓恆等はそれらの申立も行わなかった、と。

「林野」として査定が確定していますので、当然地税等を収めているような「耕地」ではないわけで。
で、その土地について成平助一という者が国有未墾地利用法で1915年(大正4年)5月17日に貸付許可を受けて開墾して成功し、1918年(大正7年)と1924年(大正13年)に付与処分を受けた、と。

成平助一貸付許可
[成平助一への国有未墾地貸付許可の掲載された官報]

そしてその所有権が成平助一に移る前の1917年(大正6年)5月に、成平助一が開墾する事による逸失利益について、その土地を利用していた李啓恆外41名に相当の金員を給付。
国有未墾地利用法施行細則の第17条第1項でも「農商工部大臣貸付の許可に依り、従来其の土地に関し利害関係を有する者に損害ありと認むるときは、貸付を受けたる者に対し其の損害の補償を命ずることあるべし。」とされていましたからねぇ。

つうか、次、「尚面」じゃなくて「当面」じゃないかなぁ・・・。
兎も角、その損害補償によって暫くの期間の救済を行い、更にその土地の付与処分を受けた後には小作契約を結んだ、と。
成平助一的には、当面を補償金で救って、その後の収入を小作人として継続的に収入を得られるようにって考えたんだろうなぁ。(笑)
勿論、李啓恆側では「元々俺等が使ってた土地なのに」という思いがあったのかどうか分かりませんが、小作料を払わない。

じゃあ、小作契約結んでんじゃねーよ、と。(笑)

で、契約したのに小作料が払われないので、成平助一は光州地方法院に訴訟を提起し、それと共に小作権を取り消すわけです。

ってことで、今回の件は成平助一が合法的に所有権を獲得したもので、陳情は容認の余地が無いけども、道当局が地主と小作人間の情誼を厚くして融和親善の方法を講じるために成平助一に懇談すると、陳情人達が真面目に小作をするんなら、適当な機会に進んで小作権を与えるよと言ったので、その方針で関係人に対して共存共栄の実を挙げるように説示した、と。

共有権の話だと、多分土地調査事業の申告と不服申立・再審申立の話で片が付いちゃうと思うので、入会権で当初段階に訴訟してれば、どうだったのかなぁ。
結局、同じく損害賠償なんかで和解って方向だった気もしますが。

ってことで、調査当時において一見して利用(田畑・家等)されていない土地に見え、且つ租税も取られていない土地について、申告すらされなかった場合、所有権が国に帰する事は往々あったものと考えられます。
いや、実際その条件じゃ所有者分かんないですし。(笑)

但し、前回のように国有の査定後、陸軍で所管している土地であっても、異議申立があり、それが妥当であれば所有権が認められ、今回の場合のように所有権が認められない場合にも、利用の実態があれば逸失利益が補償されているという事例を見ました。

土地所有権はおろか、租税もドンブリ勘定だった場所に近代的土地制度を導入する過程としては、必要充分な手段を取っていると思いますがねぇ・・・。
ま、これは個人的感想。

ってことで、関連史料や具体例が見つかったらまた取り上げるという、不定期連載の形に戻る事として、土地調査事業に関しては取りあえず休載。


今日はここまで。



土地調査事業のここまでの整理
土地収奪の具体例 ~ 李震の場合 ~ (一)
土地収奪の具体例 ~ 李震の場合 ~ (二)


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前回、陸軍大臣あてに内容証明郵便で催告状を送った李震。
その処理担当は、朝鮮駐剳軍経理部長となり、この一件を処理した上で顛末の詳細を報告する事になったわけです。

それでは、アジア歴史資料センターの『大日記乙輯大正6年/家屋取毀及損害培償請求に関する件(レファレンスコード:C03010993200)』から、前回の続きとなる8画像目より。
別紙とそのまた別紙も含めて、続けてテキストに起こしていきます。

朝経建第238号
催告状撤回の件通牒

大正6年4月13日<br> 朝鮮駐剳軍経理部長 廣瀬正徳

陸軍省副官 和田亀治 殿

客月27日附朝経建第192号を以て、陸軍大臣宛報告致置候家屋取毀及損害賠償請求に関する催告状は、今般別紙寫の如く撤回方申出大邱府尹を経て本人へ返戻致候間及通牒候也。


 (以下別紙)
大府土第72号

大正6年4月10日
大邱府尹

軍経理部長 殿

催告状取下書送付の件

客月30日付を以て御来示の、当府上西町李震より陸軍省に発送したる催告状撤回の件は、別紙の通本人より取下方申出づ間、可然御取計相成度、別紙■及送付候也。


 (以下別紙)
催告状取下の件

私儀
大正6年2月25日附大邱郵便局の内容証明郵便を以て、朝鮮大邱府鳳山町230番地の4土地に関し、陸軍省に催告状を発したる処、今般大邱旅団期成会と円満に解決致候に付、該催告状は取下致候也。

大正6年4月9日
朝鮮■■大邱府上西町60番地
李震

陸軍大臣 大島健一 閣下
ということで、大邱旅団期成会と円満に解決したため、催告状を取り下げる、と。

では、具体的に何があったのでしょうか。
12画像目からが、顛末の詳細報告となっていますので、そちらを見ていきましょう。

朝経建第192号
家屋取毀及損害賠償請求に関する件報告

大正6年3月27日
朝鮮駐剳軍経理部長 廣瀬正徳

陸軍大臣 大島健一 殿

3月2日附陸普第570号を以て、貴省副官より照会相成候首題の件、今般解結致候間、其の顛末左記及報告候也。

左記

1.催告人李震の所有に係る慶尚北道大邱府鳳山町230番地の4の土地は、従来所有者未定の地域にして、曩に朝鮮臨時土地調査局は、国有地として査定せしものなり。

2.大正4年9月4日附慶尚北道長官覚書(別紙)第1項に依り、献納地域内に介在する国有地は総て陸軍へ管理換承認済なるを以て、大正5年9月、右土地上に5等宿舎。
附属として浴室1棟を建設せり。
(当時国有地として朝鮮臨時土地調査局の査定済)

附記
当初5等宿舎附属浴室は、5年度新築宿舎の西方に建設する予定なりしも、井水湧出の見込なかりしを以て、位置の変更を要せしものなり。

3.然るに、李震なるものより臨時土地調査局の査定に対し異議の申告をなし、大正5年12月、朝鮮高等土地調査委員会は右申告者の所有地たることを認定せしを以て、突然家屋取毀及損害賠償請求の催告状を発せしものなり。

4.大邱旅団設置期成会は、前項の如き認定ありしを以て之が所有権の獲得に努め、再三交渉をなせしも、所有者は不当の要求をなし同会の求めに応ぜず。
然るに、李震に対し債権者たる慶尚農工銀行は、右土地を差し押へ、競売に附し、本年2月17日大邱地方法院に於て林炳日なるもの競落許可の決定を与へたり。
而して、期成会は更に競落者と売買契約を締結し、漸くにして其の所有権を獲得することを得たり。

5.然れども、債務者たる李震は、競落決定に対し異議の抗告をなし、第一、第二審とも棄却の決定を受け、尚上告せんとせし折柄、貴省より催告状の回附を受けしを以て、関係諸官庁とも協議し、且つ各方面より其の不心得を諭さしめたり。

6.其の後本人は、大に自省する所ありて、前記上告を取止め、期成会との間に売買成立し、去る3月17日を以て移転登記をなし、其の所有権は全く期成会に転移せり。
而して、浴室建設に対する損害賠償は、期成会に於て処理することとなり、曩の催告状は本人より撤回をなすことに協定せし旨、今般関係諸官庁より通牒に接せり。

以上の顛末にして、本件は茲に一段落を告げ、該土地は不日期成会より献納の手続をなす筈なり。
18画像目~20画像目の、別紙の慶尚北道長官の李軫鎬との覚書は省略。

まず、話になっている土地は、そもそも所有者未定として朝鮮臨時土地調査局が国有地として査定したものだ、と。
で、1915年(大正4年)9月4日付の覚書で陸軍に管理換えされ、1916年(大正5年)9月に宿舎や風呂を建設したんですね。
ところが、李震が臨時土地調査局の査定に異議の申告を行い、1916年(大正5年)12月に高等土地調査委員会が李震の持ち物だと認定。
そこで、李震は突然前回の催告状を出したって事ですね。

届出をしなかったので国有地として査定されたというケースでしょうね。
大正5年12月の高等土地調査委員会の裁決書があれば、さらに内容が詳しく分かるんでしょうけど、今のところ見つかっておらず。
朝鮮総督府官報には記載されてる筈なんで、もし見つかったら追記してみる事もあるかも。
(2008年2月9日新エントリーにて追記)
【リンク 土地収奪の具体例 ~李震の場合~ (三)】


まぁ、11月15日のエントリーでも述べたように、利害関係者からの申告がなければ、そもそも判別する機会が無いわけで。
でも、高等土地調査委員会に異議を申し立てて、それが正当であれば、現在陸軍の管理地であっても所有権を認定されるという。
どの辺が、「日帝が朝鮮の土地を略奪するための措置だった」んでしょうねぇ?
( ´H`)y-~~

さて、所有権が李震のものになってしまったので、既に宿舎や風呂を作ってしまっている陸軍としては、用地買収で片を付けようとするわけです。
それに当たったのが、大邱旅団設置期成会という団体のようです。
で、再三交渉をしたけども、物別れに。

そうこうしているウチに、どうやら李震は当該土地を典当にしていたらしく、その債権者の慶尚農工銀行が土地を差し押さえて競売にかけ、2月17日に林炳日という人が落札。
ってことで、期成会は林炳日と売買契約を結んで所有権を得た、と。

相手方が銀行なので、もしかしたら土地家屋証明規則とかで典当の証明受けてた案件で、それがあったから高等土地調査委員会でもすんなり所有権認定したのかも。
そうでなければ、所有権確定時点で登記して、それを典当にして借金払えずにってパターンかな?

兎も角、土地を競売にかけられた李震は、競落決定に対して異議の抗告を行い、一審・二審ともに棄却され、さらに上告しようとしていたんですね。
で、その時期に催告状の回付を受けたため、関係諸官庁と協議して、各方面からも諭す。
つうか、2月25日発送で3月10日までに何とかしろって急いでたのは、債務とか競売とかの関係だったのかもねぇ・・・。

諭された李震は、大に自省するところがあって、その上告を取りやめ、3月17日には移転登記を行って、正式に期成会に所有権が移った、と。

で、浴室建設に対する損害賠償ってのは、果樹等の逸失利益かな?
その損害賠償については、期成会で処理することになり、催告状は撤回された、と。

ってことで、先ほどの「今般大邱旅団期成会と円満に解決致候に付、該催告状は取下致候也」ってことになったわけです。

さて、この土地は日帝に奪われたのでしょうか?
( ´H`)y-~~


今日はここまで。



土地調査事業のここまでの整理
土地収奪の具体例 ~ 李震の場合 ~ (一)


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さて、これまでの土地調査事業については、法規や取りまとめ等が中心でした。
それも前回まででかなり進みましたので、ぼちぼち具体例の方も紹介していこうかな、と。
まぁ、見てもらった方が早いと思うので、早速。

アジア歴史資料センターの『大日記乙輯大正6年/家屋取毀及損害培償請求に関する件(レファレンスコード:C03010993200)』より、1917年(大正6年)3月2日付『陸普第570号』より。

壹第180号
家屋取毀及損害培償請求に関する件

副官より朝鮮駐剳軍経理部長へ照会案(陸普)

首題の件に付、朝鮮慶尚北道大邱府上西町60番地李震より別紙の通催告有之候条、可然処理の上、顛末詳細報告相成度候也。

追て李震へは、貴官をして処理せしめたるべき旨通牒致置候条、承知相成度候。
大邱在住の李震という人から催告が来たけど、然るべく処理して顛末の詳細を報告してね。
後、李震には君が担当だって通牒しとくからヨロ、と。

んで、続きがその李震への通牒について。

大臣官房より李震への通牒案(陸普)

大正6年2月25日付を以て催告に係る朝鮮慶尚北道大邱府鳳山町230番地に於ける家屋取毀及損害賠償請求に関する件は、管理者たる朝鮮駐剳軍経理部長をして処理せしめられ候条、承知相成度候也。
1917年(大正6年)2月25日付けで催告のあった、慶尚北道大邱府鳳山町230番地の家屋取り壊しと損害賠償請求に関する件は、管理者の朝鮮駐剳軍経理部長に処理させるんで、ヨロ、と。

んで、李震からどんな催告があったかというのが、次の4画像目からになります。

催告状

朝鮮慶尚北道大邱府上西町60番地
催告人 李震

日本市麹町■
被催告人 陸軍省
右代表者 陸軍大臣 大島健一

家屋取毀及損害賠償請求に対する件

右催告人は、大正5年9月10日、催告人の所有たる朝鮮慶尚北道大邱府鳳山町230番地之4の土地の最中点位にある立果樹4年生畧30株を扐伐したる上、朝鮮駐屯軍第20師団40旅団80連隊の長官舎の附属所用として、深さ畧2丈5尺周囲畧12尺の用水井を掘鑿の上、仝地上に木造■葺日本建湯屋1棟、建坪12坪を建築し、該土地所有者たる催告人に対し何等の交渉之無、不法にも所有者の権利を侵害したるのみならず、今日に至る迄該湯屋を使用しつつあり、以て所有者たる催告人をして該土地に於て何等用益に立たざるに至らしめたり。
依て

1.被催告人は、催告人の所有たる朝鮮慶尚北道大邱府鳳山町230番地之4の土地に掘鑿使用しつつある、深さ畧2丈5尺周囲畧12尺の用水井及仝地上に建立したる木造■葺平屋日本建湯屋1棟建坪12坪を、大正6年3月10日迄取毀をなすべき事。

1.被催告人は催告人に対し、大正5年9月10日より右家屋取毀に至る迄、所有者たる催告人の権利を侵害し、立果樹畧30株を扐伐し、該土地をして何等用益に立たしめざる損害賠償として、毎月金30円の割合を以て支払ふべきこと。

1.被催告人が大正6年3月10日迄右催告人の要求に応じたる履行を為さざる時は、断然自由処分に出づべく候に付、右及催告候也。

大正6年2月25日
右 催告人 李震

陸軍省代表者 陸軍大臣 大島健一閣下

本郵便物は、大正6年2月25日書留第783号を以て内容証明郵便物として差出したることを証明す。
大邱郵便局
内容証明で陸軍大臣あてに催告状。
近代的な制度使いこなしてるじゃん、李震。(笑)

さて、催告状の中身ですが、俺の土地の真ん中にあった木を切って井戸と風呂を作り、権利者の俺には何の交渉も無く、不法にも俺の権利を侵害しただけでなく、今日に至るまでその風呂を使っており、所有者である俺にその土地を使えなくした。
だから、井戸と風呂は1917年(大正6年)3月10日までに取り壊し、1916年(大正5年)9月10日からその取り壊しが終わるまでの間、損害賠償として毎月30円分支払え。
1917年(大正6年)3月10日までに要求を履行しなければ、勝手に処分させてもらうから、と。

2月25日の発送で3月10日までの履行って急過ぎねぇ?

ま、どっちにしろ悪辣な日帝が土地を奪ったということですねぇ。
つうか、朝鮮の慣習だと地代払えば良い事になってたわけですが。(笑)
【参照スレ】 → 
http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&nid=1923737


さてこの一件、どうなるのか。
ってことで、今日は取りあえずここまで。



土地調査事業のここまでの整理



1月18日のエントリーで取り上げた「未来日記」の話が、1週間遅れでようやく登場です。(笑)

笞刑の場合にはある程度整理してから書いたので、基本的に年代順で法規を取り上げたりできてたと思うんですが、土地調査事業については元から不定期のつもりで書いてたのに加えて、あっち見たりこっち見たりとかなりとっ散らかったので、この辺で一回整理しておきたいと思います。

< 法 規 類 >

1906年 7月 宮内府令第4号 土地開墾に関する件
10月 勅令第65号 土地家屋証明規則
11月 統令第42号 土地建物証明規則
法部令第4号 土地家屋証明規則施行細則
法部訓令 土地家屋証明規則の施行に関する訓令
12月 勅令第80号 土地家屋典当執行規則
1907年 1月 法部令第2号 土地家屋典当執行規則施行に関する細則
3月 法部訓令 土地家屋証明事務処理順序
4月 法部訓令 土地家屋証明規則施行細則及処理順序に関する注意の件
7月 法律第4号 国有未墾地利用法
農令第51号 国有未墾地利用法施行細則
1908年 1月 法律第1号 森林法
3月 農令第63号 国有森林山野部分林規則
4月 勅令第24号 国有森林山野及産物処分規則
勅令第25号 国有森林山野処分審査会規則
農令第65号 森林法施行細則 (一) (二) (三) (四)
6月 勅令第39号 驛屯土管理に関する件
7月 勅令第47号 土地家屋所有権証明規則
法部令第14号 土地家屋所有権証明規則施行細則
12月 法部訓令第8456号 府尹又は郡守事故あるとき主席官吏をして土地家屋の証明を為さしむるの件
1909年 1月 農訓甲第2号 土地家屋所有権証明規則に依る森林山野の証明に関し訓令の件
6月 勅令第39号 宮内府所管及慶善宮所属財産の移属と帝室債務整理件
8月 勅令第40号 驛屯土管理規程
10月 勅令第95号 土地家屋証明に関する事務は内部大臣之を行ふの件
1910年 5月 度支部令第19号 国有地小作人褒賞規程
8月 法律第7号 土地調査法
勅令第43号 高等土地調査委員会規則
勅令第44号 地方土地調査委員会規則
度支部令第26号 土地調査法施行規則
土地調査局告示第2号 土地申告心得
土地調査局告示第3号 地主総代心得
9月 勅令第361号 朝鮮総督府臨時土地調査局官制
10月 朝鮮総督府訓令第1号 土地調査外業事務処理規程 (一) (二) (三) (四) (五)
朝鮮総督府訓令第11号 朝鮮総督府臨時土地調査局事務分掌規定
1911年 2月 勅令第12号 朝鮮総督府臨時土地調査局職員特別任用令
4月 官通第68号 土地家屋証明取扱方に関する件
6月 制令第10号 森林令
総令第74号 森林令施行規則 (一) (二) (三)
官通第168号 土地所有権に関する取締の件
1912年 2月 総訓第4号 森林山野及未墾地国有私有区分標準
3月 勅令第7号 朝鮮民事令(不動産部分)
制令第9号 朝鮮不動産登記令
制令第15号 朝鮮不動産証明令 (一) (二) (三)
8月 勅令第3号 朝鮮総督府高等土地調査委員会官制
勅令第4号 朝鮮総督府道地方土地調査委員会官制
勅令第6号 朝鮮国有森林未墾地及森林産物特別処分令
制令第2号 土地調査令 (一) (二) (三)
朝鮮総督府令第6号 土地調査令施行規則
10月 勅令第39号 驛屯土特別処分令
11月 総訓第13号 自作農民の保護増殖に関する件
1914年 5月 制令第16号 土地調査令に依り査定又は裁決を経たる土地の登記又は証明に関する件
11月 官通牒第403号 土地調査に関する件
1915年 7月 官通牒第227号 土地申告書取纏に関する件

< 概 要 等 >

○ 土地調査事業に至るまで (一) (二) (三) (四) (五) (六)

○ 土地調査事業の説明 (一) (二) (三) (四) (五)

○ 土地調査事業に関する質疑応答 (一) (二) (三) (四) (五) (六) (七)

○ 朝鮮土地調査計画書 (一) (二)

○ 初期の土地申告期間

○ 外業員處務規程 (一) (二) (三) (四)

○ 土地調査に当たっての訓示と演説 (一) (二) (三) (四) (五) (六) (七) (八) (九) (十) (十一) (十二) (十三) (十四)

○ 国有地の紛糾 (一) (二) (三) (四) (五) (六) (七) (八) (九) (十) (十一) (十二) (十三) (十四) (十五) (十六) (十七) (十八) (十九)

いや、割と単なるリンク集。(笑)


今日はここまで。




8月6日のエントリーなんかで、「これ以上は1912年(大正元年)朝鮮総督府令第6号の「土地調査令施行規則」見ないと何とも言えんなぁ・・・。まぁ、見つけられてないんですけど。(笑)」なんて言ってた、土地調査令施行規則。
土地調査令と共に土地調査事業の根幹となる法規ですので、是非取り上げたかったわけですが、ようやく見つけまして。

それでは早速。
1912年(大正元年)8月13日『総令第6号 土地調査令施行規則』。

土地調査令施行規則 (クリックで拡大)

朝鮮総督府令第6号

土地調査令施行規則、左の通定む。

大正元年8月13日
朝鮮総督 伯爵 寺内 正毅

土地調査令施行規則

第1條
土地調査令第4條の規定に依る申告は、土地所有者に於て別記第1号様式の申告書を調製し、朝鮮総督府臨時土地調査局又は出張の当該官吏に提出して之を為すべし。
土地所有者前項の申告書を提出せざるときは、其の土地の利害関係人に於て申告書を調製し、之を提出することを得。

第2條
土地調査令第8條の規定に依り、当該官吏土地に立入り、測量標を設置し、又は障害物を除去せむとするときは、予め其の土地占有者に通知すべし。
日出前・日没後、邸内に立入り調査及測量を為す場合に於ては、占有者の承諾を受くべし。

(※1912年(大正元年)8月14日官報第13号で正誤があり、以下の通りに)
第2条
日出前・日没後邸内に立入り調査及測量を為す場合に於ては、占有者の承諾を受くべし。


第3條
土地調査令第9條第2項の公示は、朝鮮総督府官報及土地の所在の道の道報に掲載し、且地方官庁の掲示場及適当の場所に掲示して之を為すべし。

第4條
臨時土地調査局長土地調査令第9條第1項の査定を為したるときは、其の公告を為すの外、土地調査簿及地図を土地所在の府郡に備へ之を縦覧に供し、且其の旨を公示すべし。

第5條
土地調査令第4條の申告、又は通知後同令第9條第2項の公示の日に至る迄の間に於て、其の土地に付左の各号の1に該当する事項を生じたるときは、土地所有者又は保管官庁は、別記第2号乃至第7号様式に依り、直に其の旨を朝鮮総督府臨時土地調査局に申告又は通知すべし。

1 土地所有者又は管理人に異動を生じたるとき
2 1筆の土地を2筆以上に分割したるとき
3 数筆の土地を合併して1筆と為したるとき
4 地目を変更したるとき
5 民有地にして国有地と為り、又は国有地にして民有地と為りたるとき
6 土地所有者又は管理人、其の住所、氏名又は名称を変更したるとき
前項の申告書には、土地所在の洞長、里長の証印を受くべし。

第6條
高等土地調査委員会の裁決又は再審を求めむとする者は、其の申請書に事由を記載し、証憑書類を添付して之を高等土地調査委員会に提出すべし。

第7條
第3條の申告を為さざる者は、30円以下の罰金又は科料に処す。

(※1912年(大正元年)8月14日官報第13号で正誤があり、以下の通りに)
第7条
第5条の申告を為さざる者は、30円以下の罰金又は科料に処す。


附則
本令は、発布の日より之を施行す。
別記の第1号書式~第7号書式については省略。

まずは第1条から。
土地調査令の第4条の規定による申告は、土地所有者が別記第1号様式の申告書を作って、朝鮮総督府臨時土地調査局か臨時土地調査局の出張官吏に提出すること、と。
8月2日のエントリーで、「別途施行規則あたりで申告書式が定められている可能性が高いですけどね。」と書いたわけですが、やはり施行規則で決まってましたね。
当たり前か。(笑)

んで、土地所有者が申告書を提出しない時には、その土地の利害関係人が申告書を調製して提出できる、と。
これを読み違えて、1月22日のエントリーのような、借家人や小作人が自分の名前で申告書を調製して提出した場合もあったんだろうなぁ。

内容自体は、土地調査法施行規則の第2条の「土地調査法第5条の申告は、別記書式に依り地主に於て之を調製し、土地調査局に提出すべし」に出張官吏が加わった感じ。
前回のエントリーでは、やはりそれだけでは不足で、結局取り纏めについては各地主→地主総代→面長→臨時土地調査局出張局員という流れになりましたけどね。

続いて第2条。
日の出前や日没後に家に立ち入って調査や測量をする場合には、占有者の承諾を得るって、当たり前の話じゃ・・・。
まぁ、取りあえず土地調査令の第8条 では、所有者や占有者に通知という事になってるわけですが、夜に所有者の承諾を得てもしょうがないわけで、実際に使っている占有者の承諾を得てね、と。

第3条は、土地調査令第9条第2項では、「30日間之を公示す」とだけ書かれて、具体的な公示方法については書かれていなかったわけですが、朝鮮総督府官報と所在の道の道報に掲載し、プラスして地方官庁の掲示場と適切な場所に掲示して行うこと、と。

第4条では、土地調査令第9条第1項の査定を行ったら、公示する他に、土地調査簿と地図をその土地が所在する府郡に備えて縦覧させ、且つその旨も公示しろ、と。
ああ。
1月22日のエントリーでの「土地調査簿及地図を閲覧する者の如き、其の数僅少」は、土地調査令施行規則からきてたのか。
ま、臨時土地調査局の査定の確認の話です。

第5条は、土地申告書による申告や、国有地の場合の保管官庁からの通知の後、査定の公示の日までにその土地について以下の各号に該当する事が起きたら、土地所有者や保管官庁は別記第2号書式から第7号書式で、直ぐにその旨を臨時土地調査局に申告・通知すること、と。
省略した第2号書式が「土地売買申告書」、第3号書式が「土地分割申告書」、第4号書式が「土地合併申告書」、第5号書式が「地目変更申告書」、第6号書式が「国有地成又は民有地成申告書」、第7号書式が「住所変更申告書」となっていまして、それぞれに応じて1号から6号までの申告又は通知を行うわけですね。
その場合、申告書には、土地所在の洞長・里長の証印を受けること、と。

1月22日のエントリーの「4 申請後、異動を生じたるときは、直に異動申告書を提出すること。」は、この辺の事言ってるのかな?

第6条は、高等土地調査委員会への不服申立・再審請求のやり方。
その申告書に理由を書いて、証拠書類添付の上高等土地調査委員会へ提出、と。

第7条は、第5条の申告や通知後から公示前までの間に、所有者の異動等があった場合の申告を行わなかったら、30円以下の罰金又は科料。

えーっとですね。
1月17日のエントリーでも見たとおり、土地調査令での所有権の確定で、登記や証明の抹消が申請できるわけで、その段階の登記や証明より効力が上なんですね。
だから、申請してから査定するまでの間に申請事項の異動があったのに、その旨の申請がされないと、以前の申請内容そのままで査定されてしまうわけです。
そうなると、公示期間終了後に不服申立とか、でも調査当時には当然立ち会ってないし、と、更に面倒な事になるわけです。

ま、笞刑なんか見ても、土地調査令の第18条や第19条の罰金等と併せて、土地調査令関係で罰金や科料を受けた人は居なそうな雰囲気ですが、果たしてどうだったんでしょうねぇ?(笑)


長くなりましたが、今日はここまで。



土地調査令(一)
土地調査令(二)
土地調査令(三)



今回のも朝鮮総督府官報からの史料。
1915年(大正4年)7月15日付『官報第885号』から、『官通牒第227号 土地申告書取纏に関する件』になります。
今日も前置きなしで。

土地申告書取纏に関する件 (クリックで拡大)

官通牒第227号
大正4年7月15日
政務総監

黄海道長官、平安南道長官、平安北道長官、江原道長官、咸鏡南道長官、咸鏡北道長官宛

土地申告書取纏に関する件

従来臨時土地調査局に提出する土地所有権申告書は、実際に於ては同局又は同局出張員若は面長に提出する等、其の取扱区区に渉り、従て之が取纏上不統一を来し、官民相互の不便不尠候に付ては、爾今其の取扱を統一し、土地申告書は総て面を経て同局出張員に提出することに致候條、左記各項御含の上斯く地主をして漏なく土地申告書を提出せしむる様、郡を督励して充分協力せしめられ度及通牒候也。

追て、土地調査の趣旨竝土地申告に関する心得に付ては、臨時土地調査局出張員に於て、或は心得書を頒布し、或は面、洞里長及地主総代に対し、詳細説示可致。
尚、土地申告書用紙は、同局より直接郡に送付すべき筈に有之候條申添候。




1 臨時土地調査局より土地申告書用紙を送付したるときは、郡は遅滞なく之を面長に回付し、面長は更に地主総代をして各地主に之を配布せしむること。

2 面長は、土地調査令第5條に依る土地申告期間の告示ありたるときは、直に地主総代をして土地申告書の取纏を為さしむること。

3 面長に於て土地申告書の取纏を了りたるときは、1洞里毎に之を編綴して面事務所に保管し置き、臨時土地調査局員出張の際、之に引継を為すこと。

4 前各号に依る土地申告書の取纏に関しては、郡に於て面長を監督し、且漏なく地主をして其の所有地の申告を為さしめ、調査事業進捗上支障なき様注意すること。

5 前各号の外、土地調査事業に付ては常に当該地方人民をして、其の趣旨に付誤解なからしむる様、郡守に於て注意すること。
これまで臨時土地調査局に提出することになっていた土地申告書は、運用上では臨時土地調査局や臨時土地調査局の出張職員、面長に提出する等、その取扱いについてはまちまちのため、取りまとめ上不統一になり、官民相互が不便も少なくない。
これからはその取扱いを統一して、土地申告書は全部面を経て臨時土地調査局の出張職員に提出することにした、と。
面への提出ってことは、日本でいえば村役場への提出って感じかな。

ってことで、これから列記する事項を忘れずに、地主に漏れなく土地申告書を提出させるよう、郡を督励して充分協力させるように、と。

その内、土地調査の趣旨や土地申告に関する心得については、臨時土地調査局の出張員が心得書を配付したり、面長・洞長・里長・地主総代に対して詳細を説明したりするから。
土地申告書の用紙は、臨時土地調査局から直接郡に送付する筈なんで、申し添えるね、と。
土地調査事業の説明とか土地申告心得とか、まだ使われてるんだろうなぁ。

で、「左記各項」について。
まずは、臨時土地調査局から土地申告書用紙を送ってきたら、郡は遅滞なく面長に回付し、面長は更に地主総代に各地主に申告書を配布させる事、と。
うむ。
漏れがあったら地主総代のせい、という事で一つ。(笑)

次に、面長は、土地調査令第5条の土地申告期間の告示があった場合、直ぐに地主総代に土地申告書の取りまとめをさせること、と。
そっか。
告示があってから申請書配布とか、説明とかに動くワケじゃないのか。
あくまでそのまま「申告期間」なのね。

ちなみに、申告期間の告示については、5月24日のエントリーで土地調査事業初期の告示を見ましたが、この通知が出た頃は何日くらいの間隔だったんだろう?

三つ目は、面長が土地申告書の取りまとめを終了したら、1洞里ごとに編綴して面事務所に保管しておき、臨時土地調査局員が出張してきた時に引き継ぐ事。
この史料の冒頭で言ってた、面長への提出の次の段階ですね。
全体として、かなり良い流れになった雰囲気。
まぁ、面の面積がどの程度になるのかは把握していないので、一概には言えないとは思いますが。

4番目が、これまでの各号による土地申告書の取りまとめに関しては、郡で面長を監督し、且つ漏れなく地主にその所有地を申告させ、土地調査事業の進捗上支障がないように注意すること。
しつこいぐらいに漏れなく申告させろ、と。
ま、前回のような通牒もでてるわけですし。

で、最後に土地調査事業について、常に当該地方人民にその趣旨について誤解がないように、郡守が注意すること、と。

ってことで、この通牒によって、申告書の配布については臨時土地調査局→郡長→面長→地主総代→各地主という流れに。
取り纏めについては、各地主→地主総代→面長→臨時土地調査局出張局員という流れに、スッキリまとまることになったわけですね。


今日はここまで。




今回の史料は、たまたま見つけた史料。
朝鮮総督府の官報からになります。
1914年(大正3年)11月9日付『官報第681号』に載せられた通牒、『官通牒第403号 土地調査に関する件』です。
んでは早速。

土地調査に関する件 (クリックで拡大)

官通牒第403号
大正3年11月9日
政務総監

各道長官宛

土地調査に関する件

臨時土地調査局に於て土地の調査及測量を為すに方りては、地主より土地申告書を提出せしめ、之を基礎とし地主又は地主総代の立会に依り其の調査測量を為すと雖も、地主にして申告書を提出せず、小作人又は管理人に於て自己の名義を以て申告を為す者あり。
実地の調査に際しては、地主の立会する者極めて少なく、為に土地の所有者及疆界に付誤謬を招致することなきに非ず。
其の他、臨時土地調査局長の査定公示に係る土地調査簿及地図を閲覧する者の如き、其の数僅少にして、不服申立の期間を経過し初て不慮の相違あることを暁知する者より。
斯の如きは、地主に於て法規の趣旨を充分了解せず、土地調査の施行を閑却するの結果にして、啻に権利保障の目的を達すること能はざるのみならず、土地調査事業の進捗に影響を及ぼし、延て地税制度の施行にも関係する次第に付、特に左記事項関係人民に諭達し、不慮の損失を招かざらしむることに留意相成度、此段及通牒候也。




1 申告期間の告示ありたるときは、地主は遺漏なく土地申告書を提出すること。

2 一筆地の調査及測量を為す場合に於ては、調査官吏の指示に従ひ地主本人又は疆界に精通したる相当代理人を定め、立会すること。

3 土地所有者及疆界の査定公示ありたるときは、地主は土地所在の郡庁に就き土地調査簿及地図を閲覧し、権利喪失を来すが如きことなきに努むること。

4 申請後、異動を生じたるときは、直に異動申告書を提出すること。
まずは、土地調査事業に当たって地主から土地申告書を提出させて、それを基礎にして地主や地主総代の立会によって調査測量することになってるけど、地主が申告書出さなかったり、小作人や管理人が自分の名義で申告したりする場合があるんだよねぇ。

んで、実地調査の時もさぁ、地主で立会するヤツも凄ぇ少ねぇしさぁ、そのせいで土地の所有者や境界に誤謬を招くこともないわけじゃないし。
それから、査定の結果を公示しても、土地調査簿や地図を閲覧しに来るヤツもごく僅かで、不服申立の期間を過ぎて初めて思わぬ間違いがある事が分かるヤツもいるしぃ。

こんなのは、地主が法規の趣旨をちゃんと理解せず、土地調査の施行をいいかげんに放っぽらかした結果で、単に権利保障の目的を達成できないだけでなく、土地調査事業の進捗にも影響するしさぁ、ひいては地税制度の施行にも関係すんだからさぁ、左の件について諭達して、思いがけない損失を招かせない事に留意してね、と。

まずは、申告期間の告示があったら、地主は漏れなく土地申告書を出すこと。
次ぎに、一筆地の調査・測量をする場合、調査官吏の指示に従って、地主本人か境界に精通している代理人を決めて立会すること。
三つ目が、土地所有者と境界の査定が公示されたら、地主はその土地のある郡を管轄する郡庁に行って土地調査簿と地図を閲覧して、間違いが無いように確認すること。
最後が、申告したあとに異動があった場合、異動申告書を提出すること、と。

ちなみに、査定の公示はこんな感じで官報に掲載されます。

土地調査簿・地籍図閲覧 (クリックで拡大)

8月3日のエントリーの、土地調査令第9条第2項「臨時土地調査局長、前項の査定を為したるときは、30日間之を公示す。」に従って、30日間の公示。
同第11条第1項「第9条第1項の査定に対し不服ある者は、同条第2項の公示期間満了後60日内に高等土地調査委員会に申立て、其の裁決を求むることを得。」に従って、公示期間終了後60日以内に不服申立、と。

つか、第11条の但し書き、「但し、正当の事由なくして第7条の規定に依る立会を為さざる者は、此の限に在らず。」だよなぁ・・・。(笑)

不服申立を受けた、初期の高等土地調査委員会の裁定を見ると、申告書が提出されない場合、実地調査の際に家屋や耕作地等については使ってる人に確認するわけで、借家人や小作人が申告書出しちゃって、本来の持ち主が不服申立という場合が散見されます。
勿論、こういった場合は不服申立が認められ、本来の所有者のものとなっているようです。


不服申立の例 (クリックで拡大)

総ての裁定書を見ているわけでは、勿論ありませんし、不服申立期間が過ぎてから気付く所有者も当然いたわけで。
本文中に書かれている通り、法律を良く分かっていない地主や、マジで自分の土地だと信じてる小作人もいたでしょうし、「面倒くさいから、お前手続きしろや。」と地主に言われ、自分の名前で出しちゃう小作人や管理人。
同年の1914年(大正3年)3月16日付『制令第1号 地税令』を見て、「税金払うのイヤだから、小作人の名義にしとこう。」と思っちゃう地主なんてのも居たでしょう。

まぁ、様々な場合が考えられるわけですが、いずれにしろ、これまで何度も述べてきたように、申告しない事には始まらないわけですからね。
まずは申告しろ。
間違いの無いように立ち会え。
査定後は、確認しろ。
至って普通の話についての通牒でした。


ってことで、今日はここまで。




今回は、1912年(大正元年)8月『勅令第6号 朝鮮国有森林未墾地及森林産物特別処分令』について。

今回も前置きなしで、早速アジア歴史資料センターの『御署名原本・大正元年・勅令第六号・朝鮮国有森林未墾地及森林産物特別処分令(レファレンスコード:A03020944800)』から。

勅令第6号
朝鮮國有森林未墾地及森林産物特別處分令

第1條
朝鮮に於ける国有森林の売払又は貸付は、左に掲ぐる場合に限り随意契約に依ることを得。

1 公用又は公益事業の為必要なるとき
2 移民団体の用に供する為必要なるとき
3 鉱業の為必要なるとき
4 朝鮮総督の定むる所に依り特別の縁故ある森林を、其の縁故者に売払ふとき
5 50町歩以内の森林を売払ふとき
6 造林又は牧畜の用に供する為、貸付するとき
7 林業に直接附随の用に供する為、貸付するとき
8 1年の見積貸付料100円を超えざる森林を、貸付するとき
第2條
国有森林の貸付は、左の期間を超えることを得ず。

1 造林の用に供する場合に於ては80年
2 工作物建設の用に供する場合に於ては30年
3 其の他の用に供する場合に於ては15年
前項の期間は、之を更新することを得。

第3條
国有森林は、左に掲ぐる場合を除くの外、無料にて貸付することを得ず。

1 第1条第1号又は第7号に依り貸付するとき
2 朝鮮総督の定むる所に依り特別の縁故ある森林を、造林の目的を以て其の縁故者に貸付するとき
第4條
国有森林の産物の売払は、左に掲ぐる場合に限り随意契約に依ることを得。

1 公用又は公益事業の為必要なるとき
2 鉱業の為必要なるとき
3 朝鮮総督の定むる所に依り特別の縁故ある森林の産物を、其の縁故者に売払ふとき
4 施業案を執行するに際し競争に付するときは、森林の更新を障害する処ある場合に於て、其の産物を朝鮮総督の定むる資格を有する木材業者に売払ふとき
5 見積価格600円を超えざるとき
第5條
朝鮮に於ける国有未墾地の貸付は、随意契約に依ることを得。
貸付したる国有未墾地を予定の事業成功後、其の借受人に売払ふとき亦同じ。

第6條
本令中、森林及其の産物に関する規定は、森林令の全部又は一部を準用する土地及其の産物の処分に之を準用す。

附則
本令は、公布の日より之を施行す。
まず、基本的な部分については『森林令』や『森林令施行規則』によります。
で、12月13日のエントリーで『国有森林山野及産物処分規則』を取り上げましたが、基本的にはそれと同じ。
ただ、随分整理されてスッキリした感がありますが。

つうか、『国有森林山野及産物処分規則』っていつ廃止されたんだっけ?とか悩んでたら、しっかりその『森林令施行規則』で廃止されてた・・・。
駄目ジャン、俺・・・。
_| ̄|○

・・・気を取り直して。
まず、第1条は国有森林の売り払いや貸付を、随意契約で行える場合についての規定。
これまで『国有森林山野及産物処分規則』等でも無かった部分は、第5号の「50町歩以内の森林を売払ふとき」かな?
ちなみに、第4号の「朝鮮総督の定むる所に依り特別の縁故ある森林を、其の縁故者に売払ふとき」について。
この後度々出てくる「朝鮮総督の定むる所に依り特別の縁故」と、「朝鮮総督の定むる資格を有する木材業者」については、1912年(大正元年)9月『総令第10号』として具体的に出されているようなんですが、これまた改正後のものが『朝鮮法令輯覧』で見られるだけで・・・。
うー。
ストレス溜まる・・・。

第2条は、貸付の期間。
造林の場合は80年、工作物建設は30年、その他の用は15年とされ、更新できる、と。
この辺、どっかで見たことあるなぁと思っていたら、12月11日のエントリーの『森林法施行細則』の第52条あたりに似てますね。

第3条は、公用又は公益事業の為と林業に直接附随する用途のための貸付、それから朝鮮総督の定めるところに依って、特別の縁故がある森林を造林の目的によりその縁故者に貸付する時は無料貸与でき、それ以外は無料貸付は駄目よ、と。

第4条は産物の売り払いについて。
これも、『国有森林山野及産物処分規則』が整理された感じ。
特に、関連のある者が「縁故者」で一括りにされている感じですね。

第5条は、国有未墾地の貸付は随意契約で可能。
1907年『法律第4号 国有未墾地利用法』はまだ生きてる筈ですが、申請して許可という形から、契約に依るようになったらしく。
で、事業成功後に売り払う場合も同じ、と。

で、第6条が、この法令の森林やその産物に関する規定は、森林令の全部または一部を準用する土地やその産物の処分にも準用する、と。

つうか、旧大韓帝国法が生きているのか廃止されてるのか、別な法令に依っているのか施行規則等が出てるのか、確認するの面倒くさいなぁ・・・。(笑)
これまで挙げて来た中でも、漏れてる可能性もあるしねぇ。
『朝鮮法令輯覧』が、併合当初から毎年度揃って出てれば楽なのになぁ。(笑)


ってところで、今日はここまで。



駅屯土特別処分令


某所で「未来日記」と題して今日の分のエントリーを挙げたわけですが、予定変更と相成りまして。(笑)
まぁ、予定は未定という事で。

ってことで今回は、『駅屯土特別処分令』についてです。
史料は、アジア歴史資料センターの『御署名原本・大正元年・勅令第三十九号・駅屯土特別処分令(レファレンスコード:A03020948100)』から。

勅令第39号
驛屯土特別處分令

第1條
朝鮮に於ける驛屯土の管理及処分に関しては、本令に依る。
但し、垈又は森林に付ては、分離して売払又は貸与するを著しく不利とする場合に限り、本令に依ることを得。

第2條
驛屯土の売払又は貸与は、左の各号の一に該当するときは、随意契約に依ることを得。

1 一年の見積貸付料300円以下の土地を、10年以内の期間を以て貸与するとき
2 東洋拓殖株式会社に、移民の為必要なる土地を売払又は貸与するとき
3 驛屯土の小作に従事する者に対し、朝鮮総督の定むる所に依り、自作の為其の小作地を売払ふとき
第3條
驛屯土の貸付料又は使用料は、毎年之を納付せしむべし。
但し、災害に因り土地の収益に付著しき損失ありたるときは、相当の担保を供せじめ、又は補償を立てしめ、3年以内の延納を許可することを得。

第4條
驛屯土の貸付料又は使用料は、特別の事情ある地方に限り、現品を以て納付せしむることを得。
前項現品の種類及其の換算価格は、朝鮮総督之を定む。

第5條
驛屯土に関しては、本令に定むるものの外、朝鮮官有財産管理規則に依る。

第6條
国有の洑及従来驛屯土に準じて管理したる土地に付ては、本令を準用す。

附則
本令は、公布の日より之を施行す。
基本的なラインというか形式は、森林令なんかとあまり変わりません。
ただ、基本的部分が「朝鮮官有財産管理規則」でカバーされているので、売り払いや貸与の部分について、特に規定したって形かな?
第1条の「管理及処分」ってのは、そういう話でしょう。

森林については、次回やる予定の「朝鮮国有森林未墾地及森林産物特別処分令」として別途特別処分令が出ていますので、基本はそちらに沿って取り扱われることになります。
で、この「分離して売払又は貸与するを著しく不利な場合」というのは、隣接している場合等で森林と驛屯土を別々に処分するのが不利な場合ということでしょう。
垈については、処分規定が良く分かりませんが、考え方としては恐らく同じ。
驛屯土と垈を個別に処分するのが不利な場合。
その場合に限って驛屯土特別処分令で処分して良いよ、と。

で、第2条では、驛屯土の売り払いや貸与について、随意契約できる場合の各条件。
驛屯土管理規程」なんかでも、小作貸付の場合には5年以内という事でしたので、この前例が踏襲されていれば、基本的に随意契約かな。
次ぎに、東拓に売ったり貸したりする場合も、随意契約。
最後は、驛屯土の小作人に対して、朝鮮総督の定めるところにより、自作の用に供するため小作地を売り払う時。

「朝鮮総督の定むる所」ってのは、1912年(大正元年)12月『総令第40号 驛屯土特別處分令施行規則』で定められ、後の1920年(大正9年)8月に『総令第110号 驛屯土売払処分に関する件』として分離するらしいんですが、施行規則の発布当時の条文を見つけられていないため、良く分からず・・・。
結構重要そうな話なんだけどなぁ・・・。

第3条は、驛屯土の貸付料や使用料は毎年納付させる事。
但し、災害などで土地の収益に著しい損失があった場合は、相当の担保を出させるか補償を立てさせて、3年以内の延納を許可できる。
まぁ、地震は少ないでしょうけど、洪水やら旱魃やらはあるでしょうからねぇ。

第4条では、その貸付料や使用料は、特別の事情がある地方に限っては、現物納付できる、と。
基本は現金納付なわけですが、そこまで進んでない地方もあるって事かなぁ・・・。

で、第5条では驛屯土に関しては、驛屯土特別処分令に定めのあるものの外は、1911年(明治44年)7月『勅令第200号 朝鮮官有財産管理規則』による、と。
こっちは、一般的な官有財産の管理や処分に関する規定になっています。

最後は、国有の洑や、従来驛屯土に準じて管理したきた土地については、この処分令を準用する、と。


ま、簡単に今日はこの辺で。