10月の最終日ですが、ここはこのまま、これまでの回顧録を優先して書いて行きたいと思います。


< 2006年7月のエントリー >
「「明成皇后」は井上馨が付けた?」を、ENJOY Korea「明成」を日本人が贈ったとするソースにされたのは、マジでショックな出来事でした・・・。
この月、かなり面白いと思うんだけどなぁ・・・。
チョブ・・・。(´・ω・`)


帝国への道(九)

大院君の突然の来訪に、嘘吐きまくりの閔泳綺。
そして、大院君が警務庁から王宮に来る事を、計6回も高宗に報告し、何も命令ないから大院君を通したのに、1ヶ月の減俸処分と鞭笞に処される、可哀想な門番。(笑)


帝国への道(十)

ポイントは、閔妃の葬儀延期の理由かな。
何度も延期されてる本当の理由を誰も知らないんですね。
で、色々噂は立ってるわけですが、加藤は「本当は皇帝を名乗って、閔妃も皇后として追封したいからだろ」と断言します。

加藤語録:「金炳始去りて、後誰一人速に国葬を挙行すべき旨の忠諫を為すものなく、徒らに浮華虚飾の妄想に制せられて曠日弥久なるは、当国の為め実に慨歎の至なり。」


帝国への道(十一)

この回は、史料一つだけ。
宮中に雑輩が日増しに増加し、口先だけでへつらって、ずる賢く立ち回って高宗に気に入られようと必死。
そんな中、朴泳孝を担ぎ上げようとする勢力が出てきます。


帝国への道(十二)

ここで、唐突に朝鮮の国号が「韓」に変わったよと、在日朝鮮公使の李夏栄から通牒がきます。
官報では「国内向け」に、皇帝になったよんと、ちゃんと書いてますね。(笑)
で、皇帝と名乗った途端に閔妃の国葬の話が出ます。
やっぱり加藤の予想、正解っぽいですね。


帝国への道(十三)

高宗が皇帝を自称する前から、日本字で「皇帝」って付けるのは認めてあげようよ、としていたわけですが、やはり自称した後も新称号にするってことで。
もう一つのポイントは、アレクセイエフとブラウンの確執の話でしょうね。


帝国への道(十四)

朝鮮近代史のこの頃において重要な、絶影島石炭庫用地の話。
最も、日本側の史料がほとんど現地のものなので、面白さは半減かな。


帝国への道(十五)

絶影島石炭庫用地に関して、ロシア書記官が京城から朝鮮政府の公文を持ってくる。
ところが、その公文には場所も広さも明示が無い。(笑)
結局場所が決まらなかったという事に関しては良かったんでしょうけど、いや最初から場所いれとけば、騒動にならずに日本側も振り回されずに済んだのに。(笑)


帝国への道(十六)

ロシアの石炭庫獲得を妨害しようと頑張る、日本側とイギリス総領事。
でも、現地のイギリス人はロシア寄り。
ただ、外国使臣間で、租界予備地を石炭庫用地に含むって何様のつもり?と問題化するのには成功した模様。


帝国への道(十七)

結局、朝鮮政府の許可を持ち、日本政府は金を出さず、現地のイギリス人がロシアよりってことで、釜山の伊集院領事も加藤公使も、これ、駄目なんじゃね?と諦めかけます。
ところが、予想を裏切って現地のイギリス人ハントも反対を表明します。


帝国への道(十八)

ここで話は一旦皇帝称号の話に戻ります。
皇帝になりたいけど、各国が反対するからってことで、部下に上疏運動をさせる高宗。
何か、必死。(笑)


帝国への道(十九)

「東亜の大清国と日本と、皆な此号あり。」
多分、かんしゃくが裂けるのでしょう。(笑)
ということで、部下達がお願いするから「已むを得ず」皇帝号を名乗ることにした、と。
というか、どうも「皇帝」の位についた事を、他国に公式に通知した形跡が無いんですよねぇ・・・。


勅令第41号

韓国が無理矢理「独島」の領有権の証拠だと言っている、「石島」が載ってる「勅令第41号」。
その、綺麗な画像のみのエントリー。
ENJOY Koreaの日本人くらいしか使わねー。(笑)


書堂管理に関する件

「私立学校令」辺りでは、『西北学会月報』の官報摘要を根拠にしてましたが、官報そのものを見つけたので紹介。
「国語科」もそうなんですが、全体的に割と普通の事を当たり前に定めてるだけですね。
それとも、これも朝鮮人の慣習を奪うものなのかしら?(笑)


帝国の迷走(一)

目出度く「朝鮮」から「韓」、「王」から「皇帝」になったわけですが、早くから迷走状態なわけで、それを追っかけてみるエントリー。
ポイントは、ロシアの動きよりも寧ろ防穀令の話。
ちゃんと約束事守れば、1889(明治22)年の防穀令事件も起きてねーっつの。


帝国の迷走(二)

連載2回目は、米館播遷未遂事件についてがメイン。
加藤に「本官へも其筋のものより其となく米若くは英館播遷の秘議を洩し」て様子を見るって、アホか、と。
駄目っていうに決まってんじゃん。(笑)
アメリカ公使アレンにも「もしアメリカ公使館に逃げ込んだら、保護して助けてくれる?」と相談し、「そんな事絶対すんなよ。」と戒められ、挙げ句にスペールにばれて言い訳する高宗。
もうね・・・。(笑)


帝国の迷走(三)

絶影島石炭庫用地のお話。
釜山監理を褒めてますが、良く考えたら、こういう命令系統の不備で日本も苦労した事もあったなぁ、と。(笑)


帝国の迷走(四)

この回も、絶影島石炭庫用地の話。
ロシア側の脅しにも屈せず、ガンとして土地を売らない日本人地主。
そうこうしているうちに、ロシアの選んだ土地を拒絶し、別な場所にさせるよう大韓帝国が決定します。


帝国の迷走(五)

結局絶影島については、日韓や日露間の問題ではないため、表層的な部分しか分からないんですよね。
だから結構つまらない。(笑)
当時の露韓間では、外部大臣が交替したりするくらい重要な問題の一つなんですがね。


閔妃と明成皇后

年表形式で追う、明成皇后の諡号決定経緯。
結局、巷間での「明成を日本人が名付けた」という主張は無理。
一番ポイントになるのは、1895年11月18日の部分になるため、この後その史料を取り上げます。


「明成皇后」は井上馨が付けた?(一)

ポイントとなっている、1895年11月18日についての史料。
「井上大使は善後策に関し何等の訓誨をも与へられずして出立せられたるは、甚だ遺憾に存ずる処なり。」
「本官は、先づ先方の意見を尋たるに、大院君を宮闕外に退かしむること、王妃を復位すること、関係者を処罰すること等を以てす」
井上馨が、例え大院君に「死ねば皆仏になる。過去を水に流して王妃の菩提を弔って、民心の安定をはかること」と述べた事が事実だとしても、朝鮮政府の政策決定には何等影響を与えてませんね。


「明成皇后」は井上馨が付けた?(二)

閔妃の復位は、アメリカ公使やロシア公使の方が積極的。
だから金宏集が「大院君を宮闕外に退かしむること、王妃を復位すること、関係者を処罰すること」を希望するわけで。
内田良平とか黒龍会なんかを僕が嫌いな理由は、そのアジア主義な言動以上に、嘘吐きだからなんですよね。( ´H`)y-~~


帝国の迷走(六)

絶影島の日本人の持ってる用地を買収する話と、大韓帝国政府の人事関係の話。
あまり重要でも面白くもない。(笑)


帝国の迷走(七)

この頃には、もう独立協会の運動が始まっているらしく、それに関係した辞職等の話が出てきてます。
後は、京城・木浦間の鉄道の話かな。
フランスとイギリスの板挟みになって、結局大韓帝国政府で布設すると。
自分で引く意志も無いし、だいたい線路ひく金が無ぇーけど、多分この辺が自主近代化。(笑)


帝国の迷走(八)

安駉壽をメインとする、高宗譲位上疏未遂事件が起きます。
西=ローゼン協定で、韓国独自行動をとれるチャンスが来たのに、高宗は、このような運動によって自分の権力が削がれるんではないかと恐れて、却って改革できる人材を遠ざけて悪政の改革を行わない。
そこで、起きた事件ってことですね。
まぁ、起きるべくして起きた事件。

加藤語録:韓国の常■として、事あれば必ず党派の争を生ず。


帝国の迷走(九)

この回も人事関係と絶影島石炭庫用地の話。
ただ、独立協会の運動が盛んになってきてる事もあって、人事の話は裏を想像すると中々面白いです。


帝国の迷走(十)

この回は、絶影島石炭庫用地の話だけ。
つまらない。


帝国の迷走(十一)

絶影島石炭庫用地の話をこの回で済ませ、最後の方では高宗譲位上疏未遂事件の処罰者が載っています。
いや、それだけ。(笑)


帝国の迷走(十二)

譲位事件は結構大がかりなものでした。
結局、今、国家百年の計を定めて独立の基礎を確立しなければ、何時するんだよ!と、有志者の間で暗黙のうちに合意があったために、今回の事件が起きたというのは事実でしょうね。
ただ、事件を利用して、さらに関係なくても反対派を粛清するってのは、韓末の常態なので・・・。(笑)


帝国の迷走(十三)

趙秉式の動きと、高宗の動きには、ただただ唖然。(笑)
この譲位事件、かなり面白いので、「帝国の迷走(十二)」と併せて良く読んで貰いたい一品です。(笑)


帝国の迷走(十四)

毒茶事件キタ━━━━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━━━!!!!!!!!!!
砒石を阿片と言ったり、金鴻陸一派を誰だか分からない人になんて言う、必死な李泰鎮の言い分と比べるとかなり笑えます。( ´H`)y-~~


帝国の迷走(十五)

毒茶事件、外人巡査雇い入れ、独立協会、ころころ変わる人事。
この回は、短文の史料ばかりで盛り上がりに欠けるものの、実際の事件としては盛りだくさん。


何で自分でもつまらない絶影島石炭庫用地の話を長くやったかというと、日本側は兎も角、韓国側にとって大事な事件であることが一つと、もう一つは簿冊の中で史料選択していると思われるのが、ちょっとイヤだったから。
今は、気にせずスルーしても良かったなぁと思っています。



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つうか、まとめシリーズ早く終わって、平常営業に戻りたい・・・。(笑)


< 2006年6月のエントリー >
この俄館播遷以降の時期って結構好きなので、全体的には楽しみながらやったんですが、それ以上に個人的には高元勳が面白かったっす。(笑)


やっぱりね ┐(´ー`)┌

「日韓基本条約を逸脱し、国内にある半島系文化財を恣意的に略奪品認定される危険性が高まる。」
、「「善意」によって「寄贈」された後、他の半島系文化財の「善意」の「寄贈」の仲介を依頼された時、どのようにして断るのか?」及び「「寄贈」を所持者が断った時に、「良心」が無い、「反省」していないと韓国から所持者が批難された時、外務省はその批難から所持者を守れるのか?」
今までの指摘が的中。


俄館播遷のその後(三十六)

還宮の話がメイン。
勿論、話が出ただけに終わるんですけどね。
つうか、この回は簡単な史料だけなので、あまり詳細は分かりません。


俄館播遷のその後(三十七)

この回で、前回還宮が噂されながら、結局実行されなかった理由が分かります。
つうか、高宗を「一定の見識なくして意見極めて動き易き御性質」ってのは、それこそこれ以前もこれ以降も何度も見ますよねぇ・・・。


俄館播遷のその後(三十八)

「俄館播遷のその後」の最終回。
最後に語られるのは、内閣と寵臣の軋轢。
李範晋に始まった露館播遷は、最後には金鴻陸がキーパーソンになってるんですね。
つうか、こんな状態で国が崩壊しない方が不思議。


俄館播遷 ~王の帰還~ (一)

突然の還宮。
というか、突発的すぎて、短文の電報が入り乱れてるだけで、さっぱり事情分からず。(笑)
まぁ、漢陽大学の崔文衡の一言、「行間に盛り込まれた意味が重要だ」には、ネタ的に多少救われてる。


俄館播遷 ~王の帰還~ (二)

還宮は、金炳始を初めとする還宮派が大臣を引き連れて奏請し、ウェベルにも形式的な話だけで済ませ、咄嗟の事に反対派も対処できず、結局還宮の詔勅が出たって事らしいですね。


俄館播遷 ~王の帰還~ (三)

この回は、還宮からちょっと外れて、「俄館播遷のその後(二十七)」でやった還宮陰謀事件の裁判の話。
つうか、陰謀の企図者が相談しに来たのを、断固謝絶した加藤萌え。(笑)
一方で、この陰謀劇に関連している大三輪長兵衛は、実は内田良平と同じくらい嫌いなんですよね。( ´H`)y-~~


俄館播遷 ~王の帰還~ (四)

ポイントは3つ。
1つは、還宮に至っても一般人心も考慮に入れて、放置プレイ続行する予定の加藤公使。
日韓関係は、日本側が冷たい態度をとってる時の方が、上手く行く。
2つ目は還宮の原因。
1896年末や1897年2月の還宮が、寵臣派の妨害によって実行されず、このまま寵臣の跋扈を許しておけば、高宗は一生ロシア公使館から出てこんぞ、というマジであり得る説が広がったから。(笑)
一番のポイントは、「止むなくんば廃立を計るべし」という各派間の暗黙の合意。
高宗の廃立って、もう露館播遷時から視野に入ってたんよね。( ´H`)y-~~


俄館播遷 ~王の帰還~ (五)

還宮熱の高まりに対して、当然反対派である金鴻陸の一派は焦る。
還宮の上疏した者を慰諭しようとしたり、逮捕しようとしたり、日本人に関する噂を流したりしますが、全部失敗。
2度にわたる奏請で、高宗も還宮を承諾し、「大臣みんな還宮しろって言うしぃ、還宮した後の保護は各大臣がしてくれるってさ。だから僕、還宮することに決めたから。」ってことで、還宮。
大院君が、例の如くいっちょ噛みしようとしたので、加藤は沈静化の方が大事だということで制止。

加藤語録:「当国人の常として、猜疑の念強く、互いに反目し、事に当って中庸其度を辨せず、兎角絶対的の挙動に及び安きは往々免がれざる所」(笑)


俄館播遷 ~王の帰還~ (六)

部下が辞めると言っているのを引き留めるための台詞が、「いや、ウェベルがね、是非君を留任させなきゃ駄目だっていうからさ、辞めるの思いとどまってくれない?」。
「社長!私はあんな会社と提携して働きたくないので、辞めます!」という男を、「いや、提携先の課長が君の事気に入っててさぁ、辞めないでくれないかなぁ。」と引き留める社長ですな。
誰が残るんだ、と。( ´H`)y-~~


俄館播遷 ~王の帰還~ (七)

ウェベルの話によれば、この頃になると各大臣は、誰一人高宗と親しく相談する者も居ないそうで。(笑)
で、加藤の「定めて貴館は非常の煩累を受けしならん」っていう言葉、実は本心から出てるんじゃないかと思ったり。
アメリカ人宣教師は、「朝鮮の状況って、日々悪くなってねぇか?金宏集の時代から比べれば、寧ろ退歩しているように見えるんだけど。」と言われる始末なわけで。
ちなみに、この苦労は日本も体験した&これ以降するわけですけどね。( ´H`)y-~~

加藤語録:「朝鮮人の陰謀気を有するは、恰も水の「インフゾリー」を有するが如し。此朝鮮人にして此儘存在せば、其存在する限りは此陰謀気は到底除却すべからざるべし」


創氏改名(一)

李朝末期から離れて、気分転換に纏めてみようと思って手を出したエントリー。
そのわりに、第一期の連載すら9回にわたっちゃいましたが。(笑)
連載第1回は、創氏改名と直接関係することになる前提、朝鮮民事令第11条の制定時の条文と、朝鮮民事令第11条の1回目の改正条文とその理由を取り上げています。


創氏改名(二)

連載第2回は、朝鮮民事令第11条の2回目の改正条文をメインで。
戸籍関係の変更が目立ちます。
また、この改正と戸籍法や親族法、相続法等の整備により、正式に内地人と朝鮮人が結婚出来るようになった模様。
つまり、それまで朝鮮民事令で不文律の「慣習による」とされていたものが、徐々に日本の民法を始めとした各法に準ずる形で変わっていってるわけです。


創氏改名(三)

この回は、直接創氏改名の元となる、朝鮮民事令第11条の3回目の改正の条文ですね。
本文中の「氏は戸主(法定代理人あるときは法定代理人)之を定む。」
附則の「朝鮮人戸主(法定代理人あるときは法定代理人)は、本令施行後6月以内に新に氏を定め、之を府尹又は邑面長に届出づることを要す。」
同じく附則の「前項の規定に依る届出を為さざるときは、本令施行の際に於ける戸主の姓を以て氏とす。」
これにより、氏を定めて届け出る事となり、届出しない場合には、施行時の戸主の姓を氏とするという、基本ラインが決まります。


創氏改名(四)

朝鮮民事令第11条の3回目の改正の改正理由についてのエントリー。
「裁判例を通じて朝鮮人の親族相続に関する慣習を、徐々に民法の親族法及相続法に近づけるように朝鮮民事令に改正を加えてきた」んですね。
要するに、裁判上の問題点について法整備してきただけなわけですが。( ´H`)y-~~
で、3回目の改正のメインは婿養子制度の整備。


創氏改名(五)

朝鮮民事令第11条の3回目の改正の改正理由についての続き。
この回は、「養子」を中心にした話題になっています。
「相続」、「親権」等を考慮してるわけですが、「人情自然の趨く所を阻止抑圧する」とか、甘いこと言って無くても良いのに。( ´H`)y-~~


創氏改名(六)

「姓は改変すべきものではないから、氏を創定する必要がある」。
堂々と、改正理由に書いてますな。( ´H`)y-~~
割とこれで終了なのに気付いたのか、最近の良心的学者は「日本式の氏を強制した」から、「日本式の家族制度を強制した」に方向転換してます。(笑)
きっと、かなりの部分法的に不備のあった、朝鮮の慣習の方が良かったのでしょう。


創氏改名(七)

衝撃の「急にボールが来たので」発言!じゃなく、朝鮮民事令第11条の3回目の改正の改正理由の続き。
良心的日本人等の言う、「日本式の家族制度に移行」というのは、法案の提出理由上は民法への合致に過ぎません。
単なる法整備の過程。( ´H`)y-~~
日本式の氏については、「そろそろ認めてやっても良いんじゃね?」と。
勿論、附則第3条は法定創氏の話。
ってことで、この回が一番大事。


創氏改名(八)

ここでは、朝鮮の姓や本貫の説明に丁度良い史料は無いかという事で、朝鮮総督府編の『朝鮮の姓』を取り上げています。
特に、「朝鮮では姓と氏が厳格に区別されてないので、姓が良く氏と混同される」とあるわけですが、同時代的にも現代においても、この概念ってちょっと調べた事ある人でないと、分からないでしょうね。
んで、割と同本同姓とか異姓とかでも、中々面倒臭かったりもするわけで・・・。


創氏改名(九)

このエントリーでは、もう一つ創氏改名において重要な、制令20号「朝鮮人ノ氏名ニ関スル件ヲ定ム」の条文と制定理由を取り上げています。
まぁ、読めば割と妥当な条件付けだと思うんですが、これにもいちゃもんつける「良心的」な方が居るんですよねぇ。( ´H`)y-~~


高元勳

個人的に大好きなエントリー。(笑)
一進会の日韓合邦に反対し、3.1運動の参加学生の情状酌量を嘆願し、創氏改名では日本風の氏に改めなくても、日本統治時代に道知事になっただけで親日派認定されてる、可哀想な高元勳の話です。


帝国への道(一)

露館播遷後から大韓帝国の成立までを追ってみようと思って始めた連載。
「ロシア公使が留任させなきゃダメだって言うから、残ってよ。」と言ったにも係わらず、軍隊士官の採用について意見され、激怒して辞職させる高宗。(笑)
この他、金鴻陸暗殺計画を含む陰謀事件も起きてます。


帝国への道(二)

この回のメインは、勿論皇帝称号の話。
イギリス・フランス・ドイツに”Emperor”の話をしたら、難色を示される。
一方で日本は、日本に限って呼称を皇帝とするなら良いけど、英語で”Emperor”はマズイから承認しない方が良いでしょ、という方針が決定されてます。
高宗が皇帝を自称する前から、”Emperor”じゃなく「皇帝」なら良いんじゃね?という事で。


帝国への道(三)

外交的には、露館播遷時には極めて鈍重だったイギリスが、ようやくちょっと本気になってきた模様。
内政的には、大院君の警務庁訪問事件と李完用の学部大臣転任がポイントかな。


帝国への道(四)

金鴻陸暗殺計画を含む陰謀事件の裁判について。
まぁいつものようにクーデターだったんですね。
つうか、「各国に朝鮮の独立を認める事を成約させる」、か・・・。
中立化構想とか、機会はあるんでしょうけどねぇ・・・。


帝国への道(五)

この回は、大院君の警務庁訪問事件。
大院君に対しての話で、「日本」をわざわざ「倭奴」と言い直す高宗。
「いや、日本だけやなくて、他にもおっとろしい国があるで」と忠告する大院君。
「心配する必要は無いよぉ。ロシアは僕に親切だし、後ろ盾もしてくれるし、他のどんな強い国が来ても、ロシアが朝鮮を保護してくれるんだから安心でしょ?」と言ってのける高宗。
やれやれ。


帝国への道(六)

最初から、イギリスに行く前にロシアに行くのってダメだろと主張したのに受け入れられず、イギリスでロシア派遣の方が大事なんだろと、冷淡に扱われる6ヶ国公使の閔泳煥。
任務に失敗して、「李範晋をロシア公使にして自分をその後任としてアメリカ公使にして下さい」と言ってのける閔泳煥。


帝国への道(七)

イギリスの極東政策に関して。
やはり、大幅に舵切り直したらしいですね。
朝鮮におけるイギリスの利益って何という質問に対して、朝鮮の独立が各国の利益になるんだけども、朝鮮って弱国で、今まで一度も自立したことが無いってのは分かってね。
直球勝負のカーゾン外務次官マンセー。(笑)


帝国への道(八)

この回も、イギリスの極東政策に関して。
またロシアが朝鮮の国土や港湾を侵略的手段のために獲得した場合、傍観しないと明言した事に希望を寄せる日本。
ロシアは、カーゾンの宣言はロシアの意向を変更することはできないと牽制。
外交って、こういうもんだよなぁ・・・。
あれは間違いとか、これは僕の責任じゃなく○○のせいだとか、聞きたくないよね。( ´H`)y-~~


一旦短くなったエントリーが、「帝国への道」とかでまた長くなってる気がする。
気をつけようっと。



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< 2006年5月のエントリー >
見事に「俄館播遷のその後」ばかり。
当初は排日熱が盛んですが、結局丸1年もロシア公使館に居る羽目になってるわけで、かなり高宗やロシアに不満も出てくるようですね。


俄館播遷のその後(五)

普通の外交手段じゃ無理という位排日熱が高まっているので、当時の原公使は放置政策をとってみるわけです。
すると、見事に内部の権力争いが始まる。(笑)
しかし、原に内通しようとする守旧派の沈相薫・韓圭卨(咼の上にト)の行動を、奴らの言ってる事なんか信用できるかよと切って捨ててる原。
今後も放置ってことで良いっしょ?と、割と鬼。(笑)


俄館播遷のその後(六)

閔妃殺害や断髪令に反発した義兵というか、単なる暴徒にしか見えませんな。( ´H`)y-~~
勿論、だから電信守備兵とかでも、全部撤退しろとはロシアも言えないんでしょう、多分。


俄館播遷のその後(七)

ロシア士官聘傭問題、金山利権譲渡、厳妃、金鴻陸の登場、申箕善の笑える上疏等史料的には短いものの、興味深い史料が並んでいます。
特に、ロシア士官聘傭問題と金鴻陸は、今後も当ブログに何度か出てきます。


俄館播遷のその後(八)

この回で一番重要な話は、李範晋が出発した話でも、日本公使が来る度に「例に依り」日本は強硬策に出るという風説が広がる話でもなく、多分、ブラウンの話なんだろうと思う。
ブラウンは度支部顧問というだけでなく、その印が無ければ出納できないんですね。
それに関係した話。


俄館播遷のその後(九)

露館播遷時に暴徒と化しても許される前例を作ってるわけで、しかも治安維持は機能してないわけで、暴徒が続発している模様。
正に無政府状態。
これがこの回のポイント。


俄館播遷のその後(十)

遂に、ロシアも高宗を公使館から追い出したがってる話が出てきます。(笑)
「出てけよ。」と言ってみたら、高宗は「ロシア兵が護衛してくれるんじゃなきゃ、やだ。」と。
まぁ、護衛兵絡みの打診なので、どこまで本当かは分かりませんが、韓国在留の外国人は、朝鮮に起きてる総ての罪悪をウェベルのせいにしているらしいです。


俄館播遷のその後(十一)

暴動が広範囲にわたっている事が確認できます。
つうか、退渓書院って朝鮮で最も有名な儒学者、李退渓から名前来てるんじゃないかと思うんですが、それすら焼き捨てられる有様だったりするけど、抗日義兵なんですよ、きっと。( ´H`)y-~~


俄館播遷のその後(十二)

この頃から、高宗が宮殿の修繕終わったら帰るよんと言った明礼宮の修理が行われています。
尤も、実際に帰るのはまだ半年も先になりますが。
そして、いや無理にロシア公使館から出てこなくて良いから。と突き放す日帝が笑えます。(笑)


俄館播遷のその後(十三)

自分で播遷に手を貸しておきながら、「( ´_ゝ`) もうさ、狭いから帰ってくんないかなぁ・・・。」というロシア側。(笑)
おまけに、在朝鮮外国人に恨まれるウェベル。
つうか、この時だけではなく、保護政治期も日本統治時代も、誰のせいでもなく朝鮮人自身のせいだと思うですがね。( ´H`)y-~~


俄館播遷のその後(十四)

以前、今後も放置ってことで良いっしょ?と、割と鬼な発言をした原に対し、「放置推奨( ´H`)y-~~」とお墨付きを与える日本政府は更に鬼。(笑)
で、日本が放置してると、何故かバラバラになっていく在ロシア公使館朝鮮政府。


俄館播遷のその後(十五)

「暴徒により地方官が殺されるのは、旧内閣の任命した地方官だからだ!」ということで、官制改革がなされます。
じゃあ退渓書院は何で焼かれたの?とか聞いてはいけません。(笑)
で、この官制改革に伴って、主目的である地方官の大更迭が、ウェベルやブラウンの反対を押し切って行われます。
まぁ、史料にもあるとおり、贈収賄絡みなんでしょうけどね。(笑)
後に、独立新聞にすら賄賂で官職を得たと非難されるようです。


俄館播遷のその後(十六)

ポイントは3つ。
まずは、勝手に税所を設置して租税徴収する宮内府。(笑)
その箇所、70箇所にも上ったそうで。
ブラウンから「度支部の専管事項なのに勝手な事すんな」とか「朝鮮国民はこれ以上の税金賦課に耐えられないだろ」と注意すると全廃。
2つ目は、抗日義兵が民戸数百を焼き、死者30人を出してること。
これは、「親日派ヤツ死になさい~」ってことで良いんでしょう、多分。( ´H`)y-~~
3つ目は、守旧派が還宮運動を始めだした事。
勿論、ロシア士官聘傭問題も絡んでるんでしょうね。


俄館播遷のその後(十七)

閔妃暗殺事件に名を借りて、日本派や大院君・朴泳孝党の18名を捕縛する朝鮮政府。
まぁ、実際は権力争いの一環に過ぎないわけで、元々在ロシア公使館朝鮮政府にいた安駉壽辺りですら、捕縛事件翌日に李允用の家に避難し、いざとなったら日本公使の保護を頼もうと用意するわけですね。(笑)


俄館播遷のその後(十八)

これまで見てきた中では、治安維持機能がほとんど働いていなかったように見えましたが、ここでようやく官軍と賊軍の一進一退の攻防が見られます。
この頃から義兵が他国領域に逃亡したりしてますね。( ´H`)y-~~


俄館播遷のその後(十九)

朴定陽、李完用、沈相薰の相次ぐ辞表。
つうか、また官吏の給料不渡りが起きてるようで。
また、内閣官制が議政府官制に変わっています。
議政大臣には、露館播遷内閣の総理大臣就任を拒否した金炳始が再び選ばれますが、この後還宮を巡って一悶着あります。


俄館播遷のその後(二十)

大院君が高宗と面会しようとして、ビビった宮内大臣李載純や金鴻陸が沈相薰、李允用、李完用らと結託して面会阻止。
結局高宗に会えなかった大院君。
一方で、外国使臣の謁見に日本だけ呼ばない在ロシア公使館朝鮮政府。
実は、外部大臣の李完用すら外国使臣の謁見の話を知らず、宮内大臣李載純が勝手にやった事らしい。
勝手に徴税してた事もあったわけで、もうメチャクチャですな、宮内府。( ´H`)y-~~


俄館播遷のその後(二十一)

学部大臣申箕善が、キリスト教を非難し、西洋人を馬鹿にした文も載っている『儒學經緯』という公立学校教科書を出すんですね。
国際問題になりかけて、朝鮮政府はあわてて『儒學經緯』の原本を取り消し、販売禁止。
申箕善を諭旨免職にします。


俄館播遷のその後(二十二)

イザベラおばさんの『朝鮮紀行』に、申箕善の『儒學經緯』の内容が一部載っています。
「ヨーロッパは文明の中心すなわち中国からあまりに遠く離れている。ゆえにロシア人、トルコ人、イギリス人、フランス人、ドイツ人、ベルギー人は人間よりも鳥獣に似ており、その言語は鶏が鳴いているように聞こえる」とか、「近代人の見解によれば、西洋人がキリスト教と呼ぶところのものは俗悪浅薄で正道をはずれており、野卑な習俗の例証で、まじめに語るに値しない」とか。
これが、教科書。(笑)

後半はロシア士官聘傭問題ですね。


俄館播遷のその後(二十三)

この回は、ロシア士官聘傭問題のみを取り上げてみてます。
インデペンデントの記事中、「軍人的の天性を有するが故に、操練を習得するに容易なり」とか、「而して其状貌は、清国人又は日本人よりも遙に善良なり」とか、ウリナラチラシのかほりがする所を取り上げていますが、良く読めば、「朝鮮に於ける最要急務は、政府の鞏固なるに在り。」とか、「国内の盜賊暴徒を優かに平定し得べき軍紀厳粛なる常備軍」とか、中々現代韓国人に痛い事も書いてるんですよねぇ。(笑)


俄館播遷のその後(二十四)

既に、ロシア士官が新近衛隊として選抜され編制された朝鮮兵に訓練を始めます。
ところが、やはりというか何というか、高宗の内命によるもので、軍部大臣の李允用ですらこのことを知らなかったりします。(笑)


俄館播遷のその後(二十五)

還宮派と反対派の対立が鮮明化。
そんな中、ロシアに行っていた閔泳煥は、ロシア兵による王官護衛にも、国債の借り入れにも失敗し、陸軍教師の傭入にしても未だに公然とは出来ず、親露派失望。
おまけに、当の閔泳煥が還宮説をぶち挙げ、露館播遷行った者を「国家の大逆臣」と言ったという話も出てきます。


俄館播遷のその後(二十六)

金炳始は、一度は高宗の議政大臣への就任を承諾するものの、すぐに何度も辞表を出します。
外務大臣大隈重信が、加藤公使に「そんな状況で、マジで仕事してんの?」と聞くと、「いや、しとらんよ」と。(笑)
実は就任に当たって金炳始は5つの条件を出しており、それが行われないからという事情があるんですけどね。


俄館播遷のその後(二十七)

武官側では親衛隊大隊長の李根鎔と徐廷圭が、選抜されずに落胆&不平状態な親衛隊を利用して還宮を果たそうと計画し、これに休職中の武官も乗っかるという事件が起きます。
ところが、充分な証拠が揃わないばかりか、一般市民も今回の事件が還宮を目的としたものだと知ると、「当然だろ」とこの計画を賞讃するような有様で、当局者も今回の事件の処置には非常に困っちゃうわけで。
つうか、何で高宗を見捨てないかねぇ・・・。(笑)


俄館播遷のその後(二十八)

この回からは、安駉壽の談話。
ポイントは金炳始への評価。
高宗ですら勝手我儘の挙動を憚って、閣僚も何となく薄君悪く感じて行為を慎むような人物。
でも、多分高宗も勝手で我が儘な挙動を憚るって、最初だけだと思う。(笑)


俄館播遷のその後(二十九)

安駉壽の談話の続き。
朝鮮銀行の設立の話ってのは、実は他の状況も絡んで、結構面白そう。
そのうち調べて見るかな・・・。


俄館播遷のその後(三十)

安駉壽の談話その2。
アメリカに頼るしか無ぇんじゃね?という李完用。
つうか、李完用とか考え方が最初から他国頼みなんですが。
日本が干渉強めれば反発するし、日本が放置プレーすればロシアの専横を傍観とか言われるし、面倒くさい国だよねぇ・・・。(笑)


俄館播遷のその後(三十一)

安駉壽の談話その2の続き。
閔泳煥の「国王の性情として他より余り多く干渉を為すが如き事あらば、親疎忽ち処を変じて、昨日親密なりし者今日疎外せらるるに至る。」って、朝鮮最大の問題点である場当たり主義が、高宗に起因すると言ってるようなもんなわけですが。(笑)
しかも、史料見ててもそれ以外の答えが出ないんですが。(笑)


俄館播遷のその後(三十二)

安駉壽の談話その2のさらに続き。
「当国人の常として権力の争奪・王寵の競合に一方ならず紛雑を来し、竟に又た収拾すべからざるに至らん」と自分で朝鮮人である事を忘れたかのような安駉壽。(笑)
なお、ここで何故か宋秉畯が登場します。


俄館播遷のその後(三十三)

安駉壽の談話その3。
京仁鉄道絡みで日本の公使に相談できる神経が羨ましい。(笑)
つうか、金玉均もそうだったけど、開化派ですらこんなもんなんだよねぇ・・。


俄館播遷のその後(三十四)

安駉壽の談話その3の続き。
ロシアが頼りにならないと、なんで反日感情がなくなるのか不思議。(笑)
つうか、この「日本に対する感情」の部分って、結構面白い。


俄館播遷のその後(三十五)
イギリスと提携してロシアの専横を防ぐってどうですか?とか、京釜鉄道問題で、自分等に都合の良い事ばかり言って、日本側の条件を全く聞かない安駉壽。
そして、怒濤の如く、しかも的確な指摘を行う加藤増雄。
曰く、「凡貴国に於ける列国の交際は、勉めて信義を守り、甲乙の差別なく、一に平等・均一の法に拠らずんばあるべからず。」
曰く、「已往貴国の事歴に徴するに、常に感情に駆られて、動もすれば朝親夕疎の歎無き能はず。」
曰く、「貴国の日に益々強大国の間に窘迫せらるる所以にあらざるなきか、貴国の当局者たる者深く反正する所あって、他国に依頼するの念を割断し、自今何れの国に対しても円滑の交際法を執って進まば、寧ろ長久の良策たるべし。」
今の韓国や北朝鮮にも通用する忠告ですな。( ´H`)y-~~


自分では面白い「俄館播遷のその後」だけど、あまり日本が出てこないからツマランと思う人は沢山居るだろうと思う。



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< 2006年4月のエントリー >
飽きてる割には根気強く続けられた電信守備兵。
前段階のうちは良かったんですが、さすがに電信守備兵の話が終わっても続けるのは変だと思い、途中で京元間・京義間電信線還付に名前が変わったりしてます。(笑)


電信守備兵(八)

色々あったわけですが、結局「電信守備兵(五)」での井上案を基本線として交渉開始。
これについて、陸軍も異存なし、と。
このような譲歩案になったのは、三国干渉の影響かもしれませんね。


電信守備兵(九)

日清戦争後、三国干渉以外にも列強の干渉があったんですね。
結果として鉄道も電信も交渉ストップするわけです。


電信守備兵(十)

この回は、井上の意見書について。
つうか、借款の話だけで電信すら出てこない・・・。
でも、「日本の伊藤内閣、明成皇后殺害に介入」という報道に関連して、鄭秀雄や李泰鎮や小松裕につっこんでみてます。
( ´H`)y-~~


電信守備兵(十一)

井上の意見書の続き。
鉄道については、京釜間より京仁間を重視している事が分かります。
乗客数っつうか、採算性の問題なのかな?
続いて、ようやく電信について。(笑)
京城・釜山間と京城・仁川間の軍用電線を、朝鮮政府にあげちゃいましょうとか言ってる井上・・・。
後は、渡韓者取締の話も面白いですし、結構楽しい史料です。


電信守備兵(十二)

井上の意見書の続きはあんまり面白くない。(笑)
ただ、意見書の回答では、300万円の借金は償還期限を延長して、さらに別途300万をあげるそうで・・・。(笑)
後は、清国及朝鮮国在留日本人取締規則を取り上げています。


電信守備兵(十三)

結局、京仁・京釜の電線は朝鮮政府に売却し、京義・京元の電線は朝鮮に返還し、条約を締結して対応することになるんですね。
ということで、電線処辨條約案が作成されます。


電信守備兵(十四)

電線処辨條約案が徐々に煮詰まる過程が見られます。
ただそれだけ。(笑)


電信守備兵(十五)

この回も、条約案が修正されていく過程が見られますが、ここで衝撃の事実が。
何と、日本からの海底電線と、朝鮮の電線は接続しておらず、その間を一々人が往復して電報の受け渡しをしていた!
アホか・・・。_| ̄|○


電信守備兵(十六)

連載16回目にして、ようやく電信守備兵の話が出てきます。(笑)
元々、兵站守備兵が居ても電線の切断や破壊が起きてるので、日本人居留地守備大隊と憲兵隊が電線の守備兵として派遣される話が出てきます。


電信守備兵(十七)

電線処辨條約が更に煮詰められていきます。
でも、電信守備兵はまた出てこなくなりました。(笑)


電信守備兵(十八)

逓信省、陸軍省等の同意も得て、最終的に電線処辨條約案が決定。
これまで修正過程を見てきたとおり、なんでこんなに甘いのよ?という仕上がりになっています。


電信守備兵(十九)

兵站守備隊の代わりとなる憲兵隊に関する予算措置から、電信守備兵が元々200名弱の規模であることが分かります。
ということで、ようやく電信守備兵で言いたかった話。
露館播遷前から、電信守備兵の規模は200名弱と決まってましたが、小村=ウェーバー協定で日本側が譲歩って、何?第三弾、ですな。
つうか、この回だけあれば、これまでやった話要らなかったよなぁ・・・。(笑)


電信守備兵(二十)

連載してた頃は、この日以降も「電信守備兵」というタイトルだったんですが、もう電信守備兵出てこないってことでタイトル変えちゃったために、必然的に連載最終回になったエントリー。
もう撤兵するのに、守備隊を減員し、憲兵に交代させる事を条件に含めてウェーバーと交渉してんだから、まだ撤退するなと止めて交渉材料にしてる小村萌え。(笑)


京元間・京義間電信線還付(一)

電線処辨條約案中にもあった、京元間と京義間の電信線還付の話に入っていきます。
逓信大臣も陸軍大臣も異存無しとされてた話は、どうやら指令として伝わったのは、半年も後だったようです。


京元間・京義間電信線還付(二)

譲歩に譲歩を重ねた電線処辨條約案から、更に価格面で譲歩する雰囲気の日本側。
恐らく、ロシアが介入しないようにという配慮からなんでしょうね。
というか、日本側が譲歩したと言えるのって、これだけなわけですが。
その他、表題とは関係ありませんが、暴徒によって被った被害の損害賠償請求の件と、内地行商者及漁民保護の件も中々興味深い話です。


京元間・京義間電信線還付(三)

京元間と京義間の電線は、日清戦争にあたって必要だったので借用したけど、終わったから返すよ、と。
つうか、修理しても長雨でパアになったり。


京元間・京義間電信線還付(四)

還付された京元・京義の電信線は、釜山と同じで日本の電信線と繋がって無いんですね。
で、還付後に繋がってなければ、また人が電信持って局と局の間を行き来しなきゃならんわけで、それを繋げる話が出てくる。
現地関係者や原は、無理に繋げなくて良いと思ってんだけど、マジでやんの?と。


時事ネタより

ノムタン(韓国の盧武鉉大統領)の歴史に残る名言、「日本の行為を韓国の領土主権侵略行為と見るなら、国際法を遵守することに何の意味があるだろうか」。
取り上げずにはいられませんでした。はい。(笑)


京元間・京義間電信線還付(五)

電信接続の話については、日朝間万国電報取扱細節で対応しようという話が出てくるんですが、割と日本側もいい加減。
「朝鮮政府に対し如何なる手続を為しあるやを取調候処、其当時仁川郵便局は、主務省の訓令に従ひ通知したることは分りたれども、其何人に向って如何なる通知を為したるや、更に書類の徴す可き者なし。」
日本側もしっかりしろよ・・・。


京元間・京義間電信線還付(六)

結局、半年以上も電信を繋げる話をそのままにしておいてる日本政府。
京元線開通の話を聞いて、ようやく再開の動きが出てきます。
原公使が「無理に繋げなくて良いと思ってんだけど、マジでやんの?」と言ってたように、割とどうでも良かった模様。(笑)


京元間・京義間電信線還付(七)

電信線の接続と、それに伴う条款等の締結を求める日本政府。
すると、最初の頃とは朝鮮側の態度が変わってくるんですね。
何でだろうと思ってたんですが、後の連載等から、恐らくロシア士官の聘用問題等で排露熱が起きてる事と関係しているのだろうと思っています。


京元間・京義間電信線還付(八)

韓国に対して他省が正論を述べ、外務省が甘やかす構図ってのは昔から。( ´H`)y-~~
「これ以上簡単にするんだったら料金規定を削るしかないけど、電信線繋げる以上それってありえねぇべ?」と正論を述べる逓信省。
果たして、外務省は。


京元間・京義間電信線還付(九)

続きの史料が見つからず、尻切れトンボで突然連載打ち切りに。(笑)
スマン。


山縣=ロバノフ協定

出回ってる数も少ないので、敢えて山縣=ロバノフ協定の条文を挙げてみました。
まぁ、各条文の解説もしてはいますが、それだけといえばそれだけのエントリー。(笑)


俄館播遷のその後(一)

丁度、小村=ウェーバー協定締結以降くらいから、在ロシア公使館朝鮮政府の辿った軌跡を追ってみる企画。
露館播遷から3ヶ月を過ぎてもロシア公使館から出てこない李範晋主導の在ロシア公使館朝鮮政府に、そろそろ反感が高まり、還宮への動きが始まります。


俄館播遷のその後(二)

米国駐箚公使に命ぜられ、都落ちする事になった李範晋。
原因は、ウェベルの感情を害し勢力がやや衰えた事に乗じて、韓圭卨(咼の上にト)、沈相薫、李鍾健、申箕善等が結託して排斥した結果とされています。
つうか、李範晋だけではなく、ウェベルの居心地も悪くなってるのではないかなぁ。


俄館播遷のその後(三)

ロシア士官聘傭問題に関する史料が見られます。
その他、現在はまだ取り上げていませんが、義和君の話や京義鉄道の利権をフランスが獲得した話なども、僅かに見ることが出来ます。


俄館播遷のその後(四)

在ロシア公使館朝鮮政府員の李允用・李完用・朴定陽・趙秉稷と、その前の金宏集内閣員に弾劾上疏する者が現れます。
これは、先に李範晋を追い出したとされる、韓圭卨(咼の上にト)、沈相薫、李鍾健等の画策という噂も立ちますが、結局上疏者を狂人扱いして終了しちゃいます。


この月はなんかちょっと真面目過ぎ。(笑)
まぁ、あんまりふざけた話する気力も無かったのは事実。




< 2006年3月のエントリー >
まぁ、色々とあって3月26日までしかエントリーできなかったわけですが・・・。
つうか、電信守備兵って何で書き始めたのか、自分でも謎。(笑)


鶏林奨業団(四)

連載「鶏林奨業団」の最終回。
団員となるための資格に制限も無く、知識も浅く財産も無い者が役員になる事もあるため、私憤で動いたり不良行商者の不正が行われるような例も少なくなく、弊害は意外と多いと、各領事から疎んじられる鶏林奨業団。
朝鮮の人民は一般に平和温柔であって、みだりに外人に危害を加えず、従来の経験で言えば日韓人の間にいざこざがある場合には、十中八九日本人の挑発的行為によるものだとまで言われる始末。
ってことで、保護と同時に監督を厳しくすれば、行商者も増加し日韓貿易にとって好ましい状況になるだろうとされる、と。
つうか、梶村秀樹如きの言うこと信じるから、馬鹿な間違い犯すんだよねぇ。
( ´H`)y-~~



小村=ウェーバー協定(一)

時期的には「俄館播遷」の続編っぽい時期に当たる、小村=ウェーバー協定の話。
まずは、在日ロシア公使との話合いの中で、日本側の大体の方向性が決まり、小村公使に伝えられる所まで。
つうか、英文電報はあまり見たくない。(笑)


小村=ウェーバー協定(二)

徐々に具体的な話が煮詰まっていき、基本線が決まって協定に向かう事になります。
つうか、そういえば娘骨折とかあったねぇ・・・。( ´H`)y-~~


小村=ウェーバー協定(三)

小村=ウェーバー協定というと、日露公使間で話がついたかのような印象がありますけど、日露間の協定の話なわけで、良く考えれば当然なんですが、基本的に在日ロシア公使やロシア政府と日本政府中心で話が進んでいくわけです。
その詳細部分が現場で話し合われただけと考えた方が良いでしょうね。
なお、在日ロシア公使ヒトロヴォと伊藤博文の話の中で、この時既に山県=ロバノフ協定への道筋がついています。


小村=ウェーバー協定(四)

結構早い段階で、小村とウェベルの間でも大筋で合意。
小村からは4点について覚書が提示され、ウェベルからもそれに対して返事が来ます。
つうか、覚書受け取った後のウェベルの行動にはニヤッとさせられますが、さすがにアノ国が直接絡んでない話なだけに、笑い所もツッコミ所も少ないよなぁ・・・。


小村=ウェーバー協定(五)

ウェベルの返事のうち、壮士の取締と現内閣員の維持に関しては日本側も問題なし。
電信線の朝鮮政府への売渡については、朝鮮政府と交渉すべきつもりだと明言しても良く、もしこの一文を残す場合には、ロシアが介入する余地を残さないように文案調製してね、と。
4項は、釜山の兵力が抜けているからそれを入れ、ロシアの兵力は日本兵力以上にならないように&平穏状態に戻ったら撤兵という事に決まり、在日ロシア公使のヒトロヴォはこれに賛成。
ところが、合意に至ったにも拘わらずウェベルが抵抗します。


小村=ウェーバー協定(六)

ウェベルの抵抗は、ロシア本国からの電訓であえなく崩壊。
急転直下の合意と相成ります。
こうして1896年(明治29年)5月14日、全4条の小村=ウェーバー協定が締結されることになります。


小村=ウェーバー協定(七)

これまでの経緯のまとめ。
「鞏固有力なる政府は安寧秩序を回復維持するに必要なり」という一文を見て、自分への攻撃と感じるウェベルが笑えます。
自分の影響下にある政府が、全く役に立ってないって言われてるんですもんねぇ・・・。
しかも事実の指摘なので、なおさら攻撃されてると思うんでしょう。(笑)


小村=ウェーバー協定(八)

小村=ウェーバー協定の最終回。
日本側は、協定のうち早速兵営を移転し、守備兵を減員し、渡航禁止令を出すわけです。
で、次は高宗の還宮ですが?とウェベルに言うと、いや大院君の煽動で内乱再発したから、高宗がビビっちゃってて無理、と。(笑)
で、最後にこの協定のどの辺で、小村がロシアにコンプレックス感じるんだよ、ゲラゲラゲラと漢陽大学校の石和静につっこんで、連載お終い。


朝鮮国へ渡航禁止の件(一)

小村=ウェーバー協定の条文の一つである、壮士の取締に関する話。
実は、壮士の取締を目的とする渡航禁止令は何度も出されてるわけで。
この回は、東学党の乱・日清戦争期の1894年(明治27年)の渡航禁止令について。


朝鮮国へ渡航禁止の件(二)

2回目の渡航禁止令は、日付から見て恐らく閔妃殺害事件に絡んでのものと思われます。
事件の4日後、1895年(明治28年)10月11日には、無頼の壮士がロシア水兵に暴行しないように、全ての手段を以て予防しろとか厳命が下されてますし、何かの事件が起きる度に、壮士がそれに乗じる事は、常に日本政府が嫌がり、想定しているところなわけで。


朝鮮国へ渡航禁止の件(三)

前2回の渡航禁止令は議会によって否決されるわけですが、その2度目の否決、つまり失効の勅令が出たのが1896年(明治29年)4月11日。
その、わずか1ヶ月も経たない、1896年(明治29年)5月8日に、再び渡航禁止令が枢密院会議の俎上に上がり、結局3度目の渡航禁止令が出される事になります。
小村=ウェーバー協定の3日前に、既に取締手段が取られてるわけで。
日本側が譲歩って、何?第一弾。(笑)

ちなみに、思いもかけないところで禹範善と武田範之と佐々正之を見て、びっくりしたのは内緒。(笑)


金佐鎮(一)

jpn1_rok0氏の金佐鎮関係のスレッドに孤藍居士氏が挑戦したけど、日本側にとっては笑えるネタでしかなかった話第一弾。
元々、韓国の抗日英雄金佐鎮が、日本に物乞いする話が元になってます。(笑)
まぁ、結局外務省の命で放置プレイと相成るわけですが。


金佐鎮(二)

恐らくは、(一)での史料とは全く別に、韓国人から金佐鎮の帰順の話が出てきたので、在間島鈴木総領事がマジで?と確認されるわけです。
そして、親しく査察。(笑)
金佐鎮一派の悲惨な現況を見ることができます。


金佐鎮(三)

金佐鎮とも直接会えちゃったりする日本側。(笑)
で、金佐鎮は強がってみせるわけですが、部下は殆どやる気無し。
ということで、日本側が金佐鎮一派を「敵」として捉えているように見えないんですよねぇ、これが。
孤藍居士氏の失敗の巻でした。( ´H`)y-~~


こちら京城王宮前守備隊営所

「朝鮮国へ渡航禁止の件」に続いて、小村=ウェーバー協定で日本側が譲歩って、何?第二弾。
露館播遷の3日後には既に「王城前なる現今の兵衛は、此際之を居留地近傍に引揚の計画中なり。」と計画されてるわけで。
で、移転先見つかり次第移転するよということで、移転先探しするんですが、良い場所だと思った場所は朝鮮政府に一度は拒否されます。
その後、1896年(明治29年)3月23日には既に返還手続きが為されており、小村=ウェーバー協定が締結される1ヶ月半も前に返還されてますが、何か?と。


電信守備兵(一)

元々、小村=ウェーバー協定で日本側が譲歩って、何?第三弾のつもりで書き始めて、何故か暴走していった連載。(笑)
ここでは、前提となる朝鮮半島での電信関係の条約関係、海底電線設置の議定書と「海底電線設置条約続約」を取り上げています。


電信守備兵(二)

この回は、結局締結されなかった、日韓海底電線設置条款続約改正案を取り上げています。
釜山・京城・仁川の電線は朝鮮国が建設・維持してるわけですが、建築技術も通信技術も駄目駄目なため、1年間で21回、81日間も不通・断線が起こったりしてます。(笑)
そのために、日清戦争時役に立たないということで、軍用電線が引かれるわけですね。


暫定合同条款

電信守備兵と関係するものの、他にも使うかも知れないので独立したものにした、「暫定合同条款」の条文。
電信守備兵とは、第3条の「京釜両地及京仁両地間に於て日本政府より既に架設したる軍用電信」が関係してきますね。


電信守備兵(三)

暫定合同条款に基づいて、完全な条約を締結するという事になるわけです。
で、日韓電線條約案が立案される事になります。
つうか俺、何でこんな細かくやってんだ?(笑)


電信守備兵(四)

日韓電線條約案の中で、譲渡範囲の確認と譲渡価格等の、細かい条件の遣り取りが行われます。
陸奥は、義州線は戦利品として没収し、京城・釜山間の旧電信線は先に権利獲得して、その後代価は実地調査の上で決めようと、イケイケ状態ですな。


電信守備兵(五)

陸奥宗光はイケイケで条約締結進めようとするんですが、現地の井上は戦利品とするのは無理、と。
そして、「思い遣り」なのか清の抗議に反論できなかったのか、将来的に軍用電線を朝鮮に売却することを主眼にした条約案を作成します。
まぁ極端な話、電信がきちんと運営されて、他国に売り渡されなければ良いわけですからねぇ。
逆に、それだけ朝鮮の電信事業が酷かったんですが。(笑)
しかし、飽くまで電信の掌握を望む陸奥。
井上馨も大変だよねぇ。( ´H`)y-~~


電信守備兵(六)

電信守備兵というタイトルなのに、一向に守備兵の話が出てこない連載5回目。
取りあえず朝鮮政府には日本の元々の案を提出しているものの、このままでは各条約の成立は困難だから、駆け引き上譲歩できる余地が欲しい井上。
軍用電線という別の手段がある京城・釜山間の旧電信線は、料金同額で朝鮮政府の好きにさせ、通じない状態になると困る他の電信線は、日本が管理・修繕できるような条件を定め、後々朝鮮にその能力が備わったときに返還するという方法を具申します。


電信守備兵(七)

陸奥の方が折れる形で、徐々に井上案に近づいていく電信条約。
で、朝鮮を独立国としてるわけだから、今後は内政干渉止めて朝鮮政府に自分で改革させるか、改革を優先するために多少深入りする事も仕方ないとするか決めてくれとする井上。
自立できない国を独立国として見なさなければならない、日本の苦悩が見て取れます。(笑)


いや、マジで電信守備兵、もっと簡単に核心だけ書けば良かった。(笑)




< 2006年2月のエントリー >
「金九は誰を殺したか」は結構反響あったなぁ・・・。
このブログでのコメント数も多分最多。
まぁ、半分近くは孤藍居士だけどね。(笑)


俄館播遷(十二)

露館播遷に伴って出された、詔勅や勅諭や布達の話。
目を惹くのは、趙義淵、禹範善、李斗璜、李軫鎬、李範来、権濚鎮等の首を持って来い&新しい大臣任命の詔勅。
任官された人は、ほとんどが激しく兼務状態。


俄館播遷(十三)

露館播遷に伴って出された、詔勅や勅諭や布達の話その2。
連載冒頭で暴動起こしてた春川等地方の暴徒については、討伐隊引き上げの詔勅が出され、暴徒の巨魁もお咎め無し。
また、京城内の人心を鎮めるために必死で布達等が出されています。


俄館播遷(十四)

これまでの経緯をまとめた報告書を見ることができます。
エントリーをずっと追ってきた人にはさほど重要な史料ではありませんが、全体の流れが見れるので、どうだったっけ?と思った時には便利。


俄館播遷(十五)

俄館播遷以降の朝鮮はもう無政府状態だから、居留民保護のために取りあえず仁川に軍艦1~2隻よこせ、と。
実際、土田譲亮はこの年の3月9日に金九に殺されるわけで。
一方、朝鮮の民衆は、10日経ってもロシア公使館から出てこない高宗に怒り始める。
総理に選ばれた金炳始は、新内閣に入るのを拒絶。
親衛隊は新内閣を信任せず、新内閣も親衛隊を信じていない。
李範晋と李允用の権力争いまで起き、政府は全く機能しておらず、安駉壽なんかは「辞めちゃおうかなぁ」等と思ってる。
めちゃめちゃですな。( ´H`)y-~~


俄館播遷(十六)

金宏集と鄭秉夏の死について、あんまりだと批判があったらしく、官報が出されます。
曰く、「公平な裁判をしようとしたら、激怒していた民衆に殺された。」
「当局の者でない誰かが、勝手に趙義淵等の首を斬って持ってこいと掲示した。」
まぁ、バレバレの嘘なわけですが。(笑)


俄館播遷(十七)

新内閣の出自が低いことも手伝って、前内閣から継続している協弁等の官僚は、あまり協力的ではなかったようです。
且つ、閔氏の有力者である閔泳駿始め、閔氏は一人もロシア公使館に近づかない。
閔妃暗殺事件の復讐なら、何故閔氏が一人も参加しないんですかねぇ?( ´H`)y-~~


俄館播遷(十八)

総理に任命された金炳始は、ロシア公使館に居ちゃ駄目だとして、やはり就任拒否。
金炳始はこの後、最後までほとんど実務をしません。
で、やっぱり嘘だらけの上、、「措辞の間錯誤甚多し」や「人或は愚蠢にして無益に榜文を作り、官印を捺せずして掲示したり」なんて言い訳多すぎの詔勅が笑えます。


俄館播遷(十九)

この回も、出された詔勅等が中心。
高宗の、宮殿の修繕終わったら帰るよんという詔勅。
勿論、修繕終わっても簡単には帰らないわけですが。(笑)


俄館播遷(二十)

ガンダム・シリーズの人気曲をリッチー・コッツェンがカヴァーした!!!
じゃなくて、露館の方は、この回は低調。
まぁ、人心慰撫のために未納税減免措置がされてたりするんですけどね。
財源も無いくせに。(笑)


俄館播遷(二十一)

この回は、仁川領事からの報告で、無政府状態の半島における地方状況を掴むことができます。
勿論、結構切迫してます。


俄館播遷(二十二)

この回も仁川領事からの報告の続き。
政治レベルの話ではなく、民間レベルではイギリス人もアメリカ人も今回のロシアの行動に反対。
つうか、アメリカ公使のシルも一時ロシアと結託したことを後悔してるようで。
ちなみに、この頃朝鮮の官衙官宅が、約4,000人の暴徒によって襲撃されています。


俄館播遷(二十三)

露館播遷に対する各国の反応について。
アメリカ合衆国政府は、合衆国人民保護以外のことに立入ることを許していない、と。
シル、ヤバス。www
イギリスはベネズエラ国境争議、トランスヴァール問題、トルコとのアルメニア人虐待に関する件等の方が重要なわけで、ロシアの南下政策に関しては実害あるまで放置ってのが、大体の国論のようですね。


俄館播遷(二十四)

この回もアメリカとイギリスの反応について。
アメリカはほぼ傍観者ながら、何かあったら調停するくらいの好意はある。
イギリスは、「京城では時々不慮の変あるし~ 高宗もとっても神経質だって聞いてるし~ どうせ今回も何かの風説でビビッて逃げだしたんでしょ?」と達観。(笑)


俄館播遷(二十五)

オーストリアとイタリアの反応。
オーストリアは極東に直接利害関係ないから良く分かんね。
で、比較的にイタリアが一番好意的な言動なわけですが、これとて時局をひっくり返すほどの力があるわけでもなし・・・。


俄館播遷(二十六)

ここでの笑いどころは、金炳始の総理就任固辞の詳細かな?
「老臣も、他日又金、鄭両氏の轍を踏まざることを必すべからず。」に、就任拒否理由はおろか、朝鮮政界の明確な問題点でもありますな。


俄館播遷(二十七)

尹致昊や李夏栄も在ロシア公使館朝鮮政府に批判的であり、ロシアの浸透及び事ここに至っても権力争いに勤しむ有様を見て、朝鮮は滅び且つ救済挽回する道は無いとまで言うわけですね。
で、無政府状態の半島において、土田譲亮のように殺されるのは日本だけではないわけで、郡守や観察使等も殺害されてるんですな。


俄館播遷(二十八)

この回の史料は、それほど大事なものは無いんですが、「国王の避難所、暴徒により占拠され、郡守は死亡し、政府はビビッて討伐隊を向かわせたものの、負けて大砲一門を奪われた」りしてますね。
( ´H`)y-~~


俄館播遷(二十九)

暴徒は拡大の一途。
「慶尚道晋州、全羅道光州、黄海道海州等地方にも暴民蜂起し、観察使、郡守及以下の官吏も殺害せられたるもの少なからず。」みたいな。
乙未義兵のどこが抗日義兵なの?と。( ´H`)y-~~


俄館播遷(三十)

最終回で明かされる衝撃の話。
李範晋は高宗を誘い出しはしたものの、自分の力だけでは内閣を組織できないため、李允用・李完用の寝込みを襲って連れてきて、新内閣を組織した。
本当かよ、と。(笑)
ってことで、露館播遷による混乱がある程度落ち着いた処までで、連載「俄館播遷」はお終い。


金九は誰を殺したか(一)

「鴟河浦義挙」として、1896年 閔妃殺害事件(1895年10月8日)に憤り、閔妃殺害に何の関係もない日本陸軍の土田譲亮中尉を殺害して投獄されたとされる一件。
それが、実は日本陸軍中尉なんかじゃないよ、というエントリー。
まず最初に取り上げたのは、「長崎縣平民土田譲亮なる者」と書かれた、小村寿太郎から李完用外務大臣への公文。


金九は誰を殺したか(二)

「土田譲亮は、長崎縣対馬国下郡厳原のものにして当港貿易商大久保機一の雇人」と。
陸軍の密偵だとしても、雇い人が居るはずが無いですからねぇ。
で、韓国人4、5人に鉄棍で撲殺され、金品奪われます。
損害賠償請求の話においては、他の軍関係者は電信工夫や測量班員まで含めて損害賠償の算定基礎から除外されているのに、彼は売薬商として算定されてるわけです。
薬屋さんですが、何か?と。


竹島の日

折角の竹島の日なんで、何か竹島に関係するエントリーを書こうと思って書いたのが、これ。
例の韓国のニコちゃん大王が良く根拠にする、「SCAPIN677」の画像ですね。
いや、ただそれだけ。(笑)


金九は誰を殺したか(三)

孤藍居士からもらったコメントを元にしたエントリー。
内容的には調書みたいなもんですね。
つうか、配膳の順番が先になったくらいで、甚だしく憤慨しなくてもねぇ。( ´H`)y-~~
あと、土田は軍人では無いものの、環刀は持ってたらしいですな。


宗主権

鶏林奨業団の調査にちょっと時間がかかったので挙げた、日清戦争直前の清の出兵通知についてのエントリー。
勿論ポイントは、「保護属邦」です。


鶏林奨業団(一)

「金九は誰を殺したか」に伴って、韓国側から土田は鶏林奨業団という半官半民の組織の一員だという主張がなされたらしい。
元々この話自体は、都珍淳訳の『白凡逸志』のうち、初版(1997年)の98頁の注釈に書かれていたみたい。
しかしこの注釈は、2002年の改訂版では変更され、ただの商人になってましたよって事で解決したものの、この団体そのものに興味が湧いたので、挙げてみたエントリー。
まず連載初回は、鶏林奨業団が結成されていくことになる、前提・状況について、ですね。


鶏林奨業団(二)

露館播遷に伴う邦人保護のために、内地行商者の引きあげ等の施策が実施されるわけですが、勿論それが続くと商売あがったりなわけで。
そこで、露館播遷の約3ヶ月後、5月14日に平壌附近、5月16日に開城付近で行商の許可が下り始めるわけです。
5月17日に鶏林奨業団の結団式が行われていまして、恐らくこの2つの行商が認められた事に伴うものなのだろう、と。


鶏林奨業団(三)

6月に入って順調に団員を増加させているらしい鶏林奨業団。
ここで、仁川領事館事務代理の萩原守一の報告の中で、「其他行商地方の情況・商況等、同団員の本部に対する通信は、直接に当館の参考となるもの尠からず、当館に於ては大に便宜を得る次第なり。」という一文があるわけですが、別に領事館や公使館から願い出た結果ってわけじゃないですからねぇ。
まぁ、行商人の持つ現地の情報ってのは当然参考になるって話でしょ、と。


っていうか、孤藍居士もこの時みたいに史料付き合わせて普通に話してれば、消えちゃわなくて済んだのにねぇ・・・。( ´H`)y-~~




やっと今年に入った・・・。(笑)

< 2006年1月のエントリー >
タイトルだけ見ても、この月濃いなぁ。(笑)
そんだけ重要な話も多い。

年頭の辞

酔っぱらって書いた、新年の挨拶。
まぁ、轢かれたら立ってた所が悪いってことで。( ´H`)y-~~


合邦問題(五十九)

突然ステージの真ん中に躍り出る菊池忠三郎。
杉山茂丸や内田良平との会談の報告にある、一進会の合邦声明後予想に反して窮状に陥り、合邦成功の見込みも無く、このままいけば一進会は瓦解し暴徒に変ずるかもしれないということで善後策協議して、内田は一旦一進会と縁を断った方が得策だろうとの意見を述べたり、非常に面白い。
又、これも稀にネットで部分引用されたりしてますが、菊池忠三郎が桂から受けたとし、曾禰は「素より信用致さず」とした内訓。
「別紙内訓は総理が杉山に口頭にて達せられたるも、口頭にては証明困難なるを以て、桂侯の面前に於て筆記し、総理の証認を受けたるものなり。」って、あり得ねぇから。
いつも通りのこいつ等の嘘だろ、と。


合邦問題(六十)

連載最後の第60回。
李容九と宋秉畯の会談内容を取り上げていますが、最後の合邦運動に関するまとめが、俺、乙って感じ。(笑)
つうかさ、アジア主義者の言うことには、眉に唾付けて見ようね。( ´H`)y-~~


併合前の各団体状況(一)

海野福寿が『韓国併合』で引用してるのは、1910年8月4日の読売新聞記事。
僕が公開したのは、その元になったもの。(笑)
それは兎も角、ここでは各団体の概要と、人数を見てみようと。
ま、人数は参考でしかあり得ませんけどね。
で、第一回は一進会。


併合前の各団体状況(二)

第二回は、大韓協会と国民同志会、国民協成会、政友会の各概要。
合邦問題で、「二千万同胞は、排日行動を為すは当然なり」とか言ってた金宗漢が、韓日親善が綱領に入っている政友会の総裁になっているのは笑い所。(笑)


併合前の各団体状況(三)

この回は、政治的団体として最後に進歩党、それから宗教団体に移って天道教、侍天教、孔子教について。
そんなに面白い記述は無い。


併合前の各団体状況(四)

宗教団体は大極宗教でお終い。
その他、商業団体として大韓商務組合、教育事業団体として西北学会。
まぁ、概要だけなので、そんなに面白い記述は無いです。


併合前のキリスト教団体状況(一)

今度はキリスト教の各団体の概要。
韓国におけるキリスト教伝播の経緯と各会派の状況、長老教会派、美以教会派まで。
まぁ、半島豆知識な感じ。


併合前のキリスト教団体状況(二)

天主教、救世軍の状況。
ここで別途取り上げている、救世軍に関する史料中、「新奇と誇大を好む韓人思想」って表現は、つくづく的確だなぁと思ったりするわけです。(笑)


併合前のキリスト教団体状況(三)

この回は、基督教青年会の状況と、キリスト教の布教状況、宣教師・韓国人牧師等の態度について。
「外国の圧迫を免るるには耶蘇教に入るの外、道なし」とか、「耶蘇教徒は、官憲の干渉を受くることなし」なんて勧誘を未だにしているようです。(笑)


併合前のキリスト教団体状況(四)

連載最後は、信徒の感想、信徒の職業、宣教師の布教成功の原因が述べられています。
「日本の領土に帰するも其圧迫を受くることなく、生命財産は安固なり」とか「耶蘇教に依り国権の恢復を図らん」とか、幸せ回路全開。


宋秉畯と大隈重信

個人的な備忘録的エントリー。
宋秉畯と大隈重信の繋がりについて。


春生門事件(一)

閔妃殺害事件(乙未事変)の後、カウンタークーデター的に起こった春生門事件。
閔妃殺害事件の前に、李範晋は王妃の命令によって閔派内閣を組織し、金宏集等大臣を暗殺する計画を建てていたが、閔妃殺害事件が起こった為に失敗したそうで。
そうしているウチに、金宏集内閣が11月26日に趙義淵と権濚鎮を免官。
これを李範晋等が「ラッキ~♪」として、2日後の11月28日に事件を引き起こす事になります。


春生門事件(二)

事件起こす前から、李範晋はマークされ、おまけに金振都というスパイまで送られてたりするわけですな。
おまけに全然味方に出来てないヤツにまで、計画を言っちゃうわけで。
そりゃばれて失敗しますわな。


春生門事件(三)

バレバレな状況の中、遂に春生門事件が起きます。
そんな中で、「ホーレス・ニュートン・アレン」と、非武装ではありますが水兵が王宮方面から帰ってくるのが目撃されています。


春生門事件(四)

事件のうち、王宮内での経緯について。
事件を防いだとはいえ、兵士4人逃走して伍長捕縛とか、危ない場面もあったようです。(笑)


春生門事件(五)

射撃姿勢とられただけで撤退する反逆軍。(笑)
宮殿内では、アメリカ人が押し入ろうとして拒まれると、ピストルを出して威嚇。
その事に当直士官が怒り、恐らく哨戒の兵士等に銃口を向けさせると「No!No!」、と。(笑)
ただ、アンダーウッドとエビソンが、宮中侵入に成功します。


春生門事件(六)

事件後、小村が各国公使に会うと、ロシア公使は最初から頭を垂れて何も言わないんですね、何故か。(笑)
で、事件関連者として名前が挙がったのが、李範晋・李允用・李完用・玄興澤・李夏栄・李采淵・閔商鎬・尹致昊父子・李学均・安駉寿・李載純。
後に露館播遷でも活躍する方々です。


春生門事件(七)

結局、ロシアがこの事件に介入したのは政治的な理由に基づき、アメリカ人が介入したのは個人的な理由だろうと考えられていたようです。
最終的に、李完用・李采淵・玄興澤・閔商鎬の4名は、事件後アメリカ公使館に逃げ込んだけど、シル公使から退出を要求されて法部に泣きついて、結果謹慎だけ。
李載純は皇族だけあって、刑は免除され地方で謹慎。
ダイとニンステッドは、王宮守備の嘱託を解雇。
死刑となったのは、結局李道徹と林景洙の2人だけで、結局首謀者の李範晋は逃亡しているために、処分決まらずという結果になったのでした。


春生門事件後の政治状況

閔妃殺害事件と春生門事件を乗り越えた内閣は、それなりに団結力があるわけです。
「このまま上手く歯車が回っていけば・・・その後も大きく変わったんだろうなぁ・・・。」というのは、マジな感想。


俄館播遷(一)

結構気に入ってる俄館播遷の連載。(笑)
高宗が、純宗と共にロシア公使館に逃げ込むんですね。
で、現内閣の更迭と、禹範善・李斗璜・李範来・李軫鎬・趙義淵・権濚鎮の首を切って高宗の元に持ってこいという勅令と称する掲示文が貼り出されます。


俄館播遷(二)

金宏集総理と鄭秉夏農工商大臣が警務庁に捕縛され、警務庁門前の道路で斬殺され、曝され、夜になって遺体は焼却処分されます。
尚、日本側はロシアと衝突しない事に留意している模様。


俄館播遷(三)

高宗自身が、身が危険だからロシア公使館に逃げたと言っている以上、誰もどうしようも無い。
そんな中、市街に曝された金宏集と鄭秉夏の死骸を見物に行った、長崎県の田中秀一が韓国人に殺されます。
野次馬根性出してんじゃねーよ、と。


俄館播遷(四)

事件の詳細経緯が報告されます。
「金宏集内閣が日本兵と共謀して反逆し、国王を退位させようとしている」という書状が発端。
事件自体は閔妃暗殺事件の復讐から引き起こされ、高宗も李範晋に向かって、一度復讐の念を晴らすことが出来れば国が滅んでも良いと明言したらしい。


俄館播遷(五)

事件の解決に向けて積極的に動く国は無い。
小村も、訓令があるまでは邦人の安全保持と、ロシアとの衝突を避ける事に専念と、放置プレイに出る事にしたわけです。
この時点で長期化決定。(笑)


俄館播遷(六)

折角露館播遷に成功したのに、早速新内閣内で政争が始まり、半島は無政府状態に陥ります。
韓国人のサガなんでしょうなぁ・・・。
で、小村は、朝鮮独立の担保と朝鮮内政の共同監督を基礎として、ロシア公使と協議するのが、朝鮮問題解決の近道だろうとするわけですね。
この辺の発想が、小村=ウェーバー協定に繋がっていくんでしょうね。


俄館播遷(七)

趙義淵・李範来・李軫鎬等の、首持ってこいと名指しされた連中は日本に亡命。
一方、在露公使の西が、事件に関してロシア外務大臣にいつまでこの状態続けんのよ?と尋ねると、本当か嘘かは不明ながら、ウェベルからの報告が少なくてよく分かんねーよ、と言われてしまいます。(笑)


俄館播遷(八)

この回では、各国の反応を見ることができます。
無関心か、このままロシアの保護国になるんじゃね?っていう雰囲気が各国に漂ってますね。


俄館播遷(九)

金宏集と鄭秉夏に続き、元度支部大臣魚允中が郷里に帰る途中に賊に襲われて死亡します。
で、事件前ロシアは、水兵・大砲だけでなく、糧食隊20名と糧食弾薬も運び込んでた、と。
後は、金宏集が「最早一身を顧みるの時にあらず」として高宗に忠諫しに向かった所を、捕まって殺されたんですね。
カワイソス・・・(´・ω・`)


俄館播遷(十)

事件の詳細な経緯が続きます。
「金宏集内閣が日本兵と共謀して反逆し、国王を退位させようとしている」という先の書状を元に、高宗と純宗は女官の乗る駕籠に乗って宮中から脱出したのは印象的。
先に斬殺された金弘集と鄭秉夏は、死体の足を縄で縛られ、ソウル中央部まで引きずられて晒され、「大逆無道金弘集・鄭秉夏」と張り紙された、と。
罪名は、金宏集は閔妃の廃位の主唱者として上疏を書いたため。
鄭秉夏は、それを高宗に捧呈したため。
閔妃の殺害、全く関係在りませんな。( ´H`)y-~~


俄館播遷(十一)

金宏集・鄭秉夏・魚允中以外の閣臣等は、それぞれ日本の守備隊営所等に逃げ込んで無事。
逆に、春川の暴動で捕まっていた者、春生門事件で流罪にされた者は赦免され、京城内の人心を鎮撫等の布告が出されます。


んー、この月結構楽しかったな。( ´H`)y-~~




エントリーも史料も長い合邦問題の連載は、まだまだ続きます。(笑)

< 2005年12月のエントリー >
この辺、史料とか長いんで頑張って書いてるんですが、頑張りすぎて長くなるんでしょうね。
まぁ、そうでないと、多分あと2ヶ月くらい伸びてたんでしょうけど。


合邦問題(二十九)

各地方の反応と有名・無名の人士の反応。
内容が分からないけど取りあえず合併と判断して大反対したり、今更日韓合併を唱えるまでもなく、もう事実上合併状態だろとか、中々面白い反応が見れます。


合邦問題(三十)

「桂首相は、我会が発表せし声明書の如く、4、5日内に其実行に着手すべし」。
宋秉畯とか内田とか、やっぱり嘘ばっかりなんだろ???


合邦問題(三十一)

内田良平の「合邦提議の真相」がメイン。
そもそも、日本政府の指示を受けての行動であれば、「合邦提議の真相」なんて日本政府各大臣や元老貴衆両院の主立った者に送る必要性なんか無いわけですが。(笑)


合邦問題(三十二)

この回も内田良平の「合邦提議の真相」の続き。
マスコミに責められる内田良平は、確かに可哀想。(笑)


合邦問題(三十三)

対韓同志会の史料がメイン。
これから何度か出てくるメンバーも居り、その簡単な経歴も取り上げてみてます。
地味に重要なんですよねぇ、彼等。


合邦問題(三十四)

この回は各地方の情報。
それほど重要ではないっす。


テロリスト尹奉吉

「日本劇団「尹奉吉義士」国内公演」という記事の中での、平石耕一の「資料を集めるようになった」にむかついて立てたエントリー。
中国国民党から金もらって、東北義勇軍支援のために民間人をも巻き添えにして爆弾テロを行った人物を、日本は処刑後に、遺体を清掃した上納棺し共同墓地に埋葬しましたが、「死体を隠密に埋めたのだ。」とか、「どうして尹奉吉が爆弾を投げなければならなかったのかという問いを投げたかった。」とか、ふざけてんじゃねぇぞテメェ。ってのが趣旨。


合邦問題(三十五)

対韓同志会の話がメイン。
行われた大会の進行をしたのは、都新聞(現:東京新聞)の記者だった大谷誠夫。(最近酷い記事ばっかりなので、何度でも言うことにした・笑)
その真意は、朝鮮問題同志会(対韓同志会)の言う国是は、宗主国と属国関係を明白にしろという事にあり、そうでなければいつまでも勘違い野郎が出る、という話。(笑)


合邦問題(三十六)

対韓同志会の史料の続きがメイン。
裏で一進会or内田良平等と繋がってるのがバレバレな内容。
「我が天皇陛下の仁徳と日本国民の義侠とに依頼して、其倒懸の苦を脱せんと欲するに至れり。」
今なら、「こっち見んな!」って言え・・・ないだろうなぁ。( ´H`)y-~~


合邦問題(三十七)

この回も、対韓同志会の話の続きで、演説会の内容ですね。
キーワードは「政府批判」と「日韓両国の為」。
「統監政治のように仁義を以て接していては駄目」と言っちゃう鹽見貞之助とか、「合邦は神功皇后時代よりの国是」と言っちゃう、宮沢喜一の爺ちゃんの小川平吉とか。(笑)


合邦問題(三十八)

ポイントはやはり「警秘 内田良平の言動」。
この話、「前提」が必要でかなり濃いけど、その分面白いので是非読んで欲しいところ。


合邦問題(三十九)

ここでのメインは、一進会賛成にまわった大韓商務組合に関する話になるのかな?
やりとりの内容が、北核問題での盧武鉉政権を思い出させて笑えたりします。(笑)


合邦問題(四十)

やっぱり合邦問題で内田良平に関する史料は欠かせませんってことで、その話がメイン。
「桂とか寺内云々と云ふに至りては用捨出来ぬ事であるが、国家の大事を持て居るものは須らく慎重にせざる可らざることと考へ、内閣諸公に対し迷惑千万何共恐縮の至りに堪ず云云」って、いつもの調子だなぁ、とか思っちゃうわけです。
その他、宋秉畯、渡日謝罪団、李人稙、対韓同志会等の濃い人達の史料ばっかり。(笑)


合邦問題(四十一)

この回も、日本留学生とか対韓同志会の史料があるものの、それほど面白い回ではないですね。


合邦問題(四十二)

日本留学生の話のまとめ的なもの、大韓協会の会員数等が述べられている「大垣丈夫の言動」など、面白い史料が多いですが、やっぱりキモは「大垣丈夫の言動」の中の、基督青年会の「独立論を主張し、できない時には米・露に共同援助を得られると信じているようだ」と、「天道教派及両班派は、「韓国財政上到底独立の不可能」と諦めている。」の2つの認識でしょうね。


合邦問題(四十三)

今回も「大垣丈夫の言動」の続きがメイン。
戸叶董雄を内田良平も大垣丈夫も「合邦問題に対し、内田一人の功名を為さんとして出し抜け的行動に出でたりとの反感に外ならざる」と言ってますが、お前等どっちもどっちだろう、と。(笑)
後は重要なのは、国民大演説団の会長だった閔泳韶が辞めちゃう事。
「日本が一進会の声明を聞き入れ実行したときには、一般国民を街角に集めて自分の意見を説明し、その場で自害するニダ!」。
へぇ。( ´H`)y-~~  (笑)


合邦問題(四十四)

一進会賛成にまわった大韓商務組合のゴタゴタ劇。
そして、この辺から徐々に「一進会を排斥せよ!」とか校長が言っちゃうくらい荒っぽくなっていく、地方状況。
で、最大のポイントは、先の内田良平の「合邦提議の真相」を、何故か寺内正毅が受け取っていないと述べる処。
何故、内田は寺内に送らなかったんでしょうなぁ。( ´H`)y-~~


合邦問題(四十五)

戸叶薫雄を初めとする、腐れマスコミ絡みの史料を見てると、吐き気がしてきます。( ´H`)y-~~
「合邦請願は突飛であり論旨は粗放杜撰一時姑息的」としていても、「一刀両断に併合的政策を実行し根本的解決を為すを至当」としてたりするわけで。
後は、大韓協会に関する史料がそれなりに大事。


合邦問題(四十六)

李完用暗殺未遂事件の発生。
内田良平と大垣丈夫の退韓。
国民大演説会のグダグダぶり。
短くても重要な史料も当然ありますわな。


合邦問題(四十七)

この辺の地方状況では、合併は避けられないけど、時期尚早だという声もそれなりにある事が分かります。
「韓国は今にも死にそうな状態であって、到底独立自営できず、そのまま放置しておいても2、3年で自壊するだろう」とか言っちゃってますし。(笑)


合邦問題(四十八)

まずは対韓同志会が曾禰統監に警告書を送るわけですが、その内容が「唯だ当に彼等の為すに一任すべし」、つまり一進会に一任せよとか言っちゃってる、お粗末な代物だったりします。
また、刺された李完用は、「九死に一生」とかに出れるくらいマジでやばいところから生還。
そして、退韓命令くらったくせに、「日本政府の意向探査の目的に帰国」とか言っちゃう大垣丈夫。
( ´H`)y-~~


合邦問題(四十九)

この回は、それほど大事な史料は無い。
ただ、やっぱり新聞記者団は嫌い。(笑)


合邦問題(五十)

何か、一進会も反対派も、この頃になると飽きてきてる感じ。(笑)
そして、やっぱりいつものように、新聞記者団に統監府から金が出てるとか、一里の道を旅行するにもそれぞれ届出て許可と受けなきゃ駄目とか、とんでもない噂話が流れ始めたりします。


合邦問題(五十一)

この頃になると、合邦問題が単に一進会の発表だけに過ぎないと分かって、外国人宣教師も韓国人信者も安心してスルーしたりしてます。
後は、大垣丈夫の意見なんかが出てたりします。


合邦問題(五十二)

地方の状況等がメインですが、それほど重要なの話は無いです。
ですが、これまでも見てきたとおり、知識人は合併に反対というよりは、一進会嫌いの方が多い。
合併は時期尚早という意見や、今行われても仕方ないなんて諦めモードの人とかも居ますしねぇ。
で、一般人は、合邦問題すら知らない人も居たりするわけです。(笑)


合邦問題(五十三)

この時期になると規制のせいもあってか、合邦推進派も反対派も目立った動きがない中、大垣丈夫の日本での活動が報告されています。
「韓国国情一班」とか見てると、ニヤッとは出来るんですが、面白いとまではいかないかも。
後、李完用の容態は相変わらずハードです。


合邦問題(五十四)

この回は、曾禰の「合邦論に就ては之を馬耳東風に委するものと、憂國の衷心よりするものと、忠臣義士を衒ふ旁予て一進会を嫌忌するものとの3者あり。
賛成者は一進会に近きものと、時勢の趨勢上已むを得ずと為すものとの2者あり。
然れども、多くは到底成立せざるものと予断し居るものの如し。」という、現況報告に一番価値があるでしょうね。
後は、憲政本党某代議士の談話かな。


合邦問題(五十五)

この日も地方状況メインなんだけど、前回の曾禰の総括の域を全く出てないので、つまんない。(笑)


合邦問題(五十六)

地方状況と日本留学生の話。
これもあまり面白い点は無い。


合邦問題(五十七)

しばらくつまんない史料が続いてましたが、やはり大垣丈夫とかのスターが出てくると、やる気が違います。(笑)
ここでの大垣の言動報告は、結構ネットでも紹介されてたりするんですが、やはり一部抜粋ばかり。
全部見られると、主張が崩れちゃいますからねぇ。(笑)
そういう視点から見なくても、結構面白い史料です。


合邦問題(五十八)

対韓同志会ですが、統監府や韓国当局の合邦反対者も、一進会と記者団が団結して邁進すれば、合邦の目的を達する事ができるだろうとし、更に内田良平は嫌われてるから、同志会も彼を排斥しないわけにはいかないだろうと言っちゃいます。(笑)


つうか、大晦日まで何やってんでしょうねぇ。(笑)




ようやく残り1年を切った・・・。_| ̄|○
自分で書いてるとは言え、この短期間に一ヶ月分読み返してコメント付けるって、結構ハード。

< 2005年11月のエントリー >
見てのとおり、ほぼ合邦問題一色。
長い戦いの始まり。(笑)


京城日本新聞記者団(十)

峰岸繁太郎が、上京中に桂太郎首相と面会して語った内容を、訪問客に言ったという、非常に信憑性の怪しい内容の史料。
この手の権威者による権威付けって、前にも言ったとおり内田良平とかも良く使う手で、どれが真実なのか、それとも全部嘘とか虚栄とかなのか、イマイチ判然としない。
少しの事実に多大なステロイドとかの場合も多いので、余計混乱させてくれる。
全く、迷惑な話。


京城日本新聞記者団(十一)

穀物輸入税って、1918年とかまで続いてるんだけど、だから米の移入量が少ないって、知ってるわけ?っていう、連載と全く関係ない話から開始。(笑)
で、伊藤暗殺事件を受けて、京城日本新聞記者団が出来るんですな。
「此際当局者が対韓政策の上に、最後の解決をなさんことを期待す。」と決議するマスコミ。
韓国皇帝の渡日謝罪の要求を決議するマスコミ。
韓国併合に対して批難する現代マスコミ。
50年~100年かけたマッチポンプだろ、と。


合邦問題(一)

合邦問題の初回は、曾禰統監から桂太郎首相へ、宋秉畯に注意し、あまり信用するなという史料から。(笑)
そして、以前話のあった政見協定委員会に応じない一進会。
合併請願を事前に知っている寺内正毅。
初回から、分からない事だらけ。


合邦問題(二)

連載二回目は、いよいよ一進会の合邦請願について。
純宗への上書、曾禰統監への上書、李完用総理大臣への上書の三つの上書と声明書が出されるわけです。
尚、省略していた漢文の上書は、wikisourceにも載りましたので、見てみるのも宜しいかと。
ま、内容見て貰えば分かるとおり、それぞれで内容違うんですよねぇ・・・。


合邦問題(三)

この回は、一進会と並んで合邦問題の韓国側の主役となる、国民大演説会についてがメインかな。
まぁ、対して重要な話は無いです。


合邦問題(四)

この回のポイントは二つ。
一つは国民大演説会での、一進会を悪魔、国民謝罪団員と鄭雲復の行動も悪魔の一という、今時小学生でも使わない、チャベス大統領並みの発言。(笑)
もう一つは、内田良平が桂首相、寺内陸相の密旨を受けて来ていると、韓国人に公言している、ということ。
このエントリー中は疑問形で締めてますが、実は密かに「また嘘吐いて権威付けかよ」と感じているのは内緒。


合邦問題(五)

一進会の上書の訳文についてのエントリー。
先の宣言書の訳文とは全く違う文面ですね。
提出する先によって、内容が全然違うわけです。
不思議ですね。(棒読み


合邦問題(六)

この回のポイントは三つ。
一つは、一進会の純宗への上書は、内容的に謀反律にとられるものなので返却するという事に、桂太郎が同意している事。
もう一つは、在京日本人新聞記者団の「内田の如き壮士が日韓の重要問題で小策を弄するのは不都合である」。
いや、単なる半島におけるアジア主義者の主導権争いなんだろうけどね。(笑)
最後の一つは、大韓協会顧問大垣丈夫が李完用から工作費を受け取った話。
この後、国民謝罪委員の伊藤の墓参りまで、この工作費の話はつきまといます。


合邦問題(七)

このエントリー、短文の史料ばかりだけど結構重要な話ばかり。
まず、笑い所は大韓協会の「国民の体面に恥辱を与ふる」という、やっぱり体面が大事なのねという批難。(笑)
重要なのは、大韓協会の尹孝定の「合併は免れ得ないが時期尚早である」という話。
そして、李完用の買収工作の話。
内田良平の三派合同の崩壊は李完用の陰謀という、、「李容九始め一進会全部が、一致行動を以て今回の合邦論出たる訳にて、自分の手にて之を抑へんとせしも不可能でありたり」と親しい人に述べている事。


合邦問題(八)

合邦問題の日本側の両雄、大垣丈夫と内田良平。
大垣丈夫は、仕事も無く、資産も無く、韓人の居宅に出入してるヒモ状態なヤツで、韓人を欺くこと頗る巧みってのが、憲兵の報告。
内田良平については、桂・寺内・後藤が話合いって、韓国統監の曾禰を抜きにして、しかも杜撰な手法でこの手の重要な事実行するかよという疑問が、常につきまといます。


合邦問題(九)

これまでのまとめと、大韓協会、国民大演説会に関する史料は兎も角として、やはりポイントは桂太郎からの電文でしょうね。
併合はこの時もう既定方針なわけで、あとは時期だけの問題だったわけで。
まぁ、「苟くも韓人にして帝国政府の方針に同一の意見を有するものあるときは」とありますが、どう見ても同一じゃ無い気はしますがね。


合邦問題(十)

この回は、やっぱり前回の桂の電文に対する曾禰の返電がポイントでしょうね。
一進会の請願って、普通の請願形式じゃなくて、大げさに宣言したり平地に波を起こすような事わざわざやって、煽ってるだけだし、治安に害ありと認める者は、厳しく取り締まるからね、と。
後の史料は、全部後手後手に回ってる感のある、国民大演説会が印象的。(笑)


合邦問題(十一)

一進会の合邦問題に対する、高宗を初めとした宮中や、一般の反応がメインのエントリー。
今でも話に出たりする「合邦」と「合併」ですが、当時から日本人も韓国人も受け取り方は「合邦」「合併」「連邦」等まちまちなわけで。
つうか、一進会自体がそういう曖昧な上書や宣言しかしてませんからねぇ。( ´H`)y-~~


合邦問題(十二)

ここでのポイントは、菊池謙譲に時期尚早で平和を破壊するだけではなく、平地に波風をたてるものだと指摘されてる内田良平の話。
そして、韓国の現在の民情を知らずに、時機を誤ったと認めて、一進会の救済を大垣に依頼する内田。
一進会の声明書は韓国の現状に適さなかったが、将来的には日本の国論と韓国の国論が調和した後合併する事は、免れる事はできないとして、一進会を間接的に援助することにした大垣丈夫。
お前等、何やってんの?と。(笑)


合邦問題(十三)

このエントリーのポイントは、くらしの知恵袋ですりこんでるのは何か?ってこと。(笑)
じゃなくて、一進会は合邦急進論者であり大韓協会は漸進論者という意味の宣言書を大垣が起草するって話だろうね。

合邦問題(十四)

ここでの杉山茂丸の文書、実はとっくに入手済みながら、崩し字のくせが酷すぎて、まだ読めてないっす。(笑)
で、ここで対韓同志会と宋秉畯の繋がりが出てきます。
合邦問題(十五)

国民大演説会内では、合邦宣言の首謀者は宋秉畯とされています。
まぁ、それは多分事実だと思うんですがね。
で、もう一つ合邦問題に関して主だった者が呼ばれ、多人数の集会と声明書・宣言書・通文の類は配布はしちゃ駄目よ、という諭示を受けます。
後日、この禁止事項で (´・ω・`) となる人が出てきます。(笑)


合邦問題(十六)

新聞記者等の、一進会によって巻き起こった合邦問題が不快であり、合邦は異存は無いが、内田が自分等に何の相談もなく、このような重大事件を一人の考えでやったのが気に入らないという意見は、今でも権威者気取りのマスコミとオーバーラップして、笑わせてくれます。
で、内田は今回の合邦論の提起は、日本官憲或いは元老の内命で行ったことを臭わせて記者に吹聴したようだが、記者がその筋に真偽確認をしたところ、全く関係無いと言われた、と。
もう一つ、曾禰の「今後なんかの上書が出てきても、受け取るだけでガン無視しとくから。」という話が重要なのかな?


合邦問題(十七)

国民大演説会、韓国政府、宮中の様子。
特に重要な話は無いんだけど、一進会が日韓合邦声明書を2,300枚もばらまいた事が分かります。


合邦問題(十八)

この回は、合邦問題に関する地方の反応について。
話が伝わっていないのか、あり得ないと思っているのか、諦めてるのか分かりませんが、この時点では比較的各地方は平穏です。


合邦問題(十九)

特に重要な話の無いエントリー。
国民大演説会と大垣丈夫の動きについて。


合邦問題(二十)

この回のポイントは、大韓協会の時局に対する声明書でしょうね。
多分、これが大垣の起草した、「一進会は合邦急進論者であり大韓協会は漸進論者という意味の宣言書」だと思われます。


合邦問題(二十一)

ここでは、一般民衆、李址鎔、内田良平、大韓協会、宣教師の動きが書かれています。
それほど大事なポイントはないんですが、「今回日韓合邦せば、日韓人同権となるべきを以て、韓人に取りては大利益ならん等と評し、至て楽観視し居る者尠からず」は、色々な意味で笑い所。


合邦問題(二十二)

ここでもあまり重要な史料は無い。
強いて言えば、警察の訓令の話かなぁ・・・。
ただ、個人的にちょっとガッカリした部分はあった。(笑)


合邦問題(二十三)

この辺から、一進会を攻撃する団体ではなく、擁護する団体の話が出てきます。
あとは、後に (´・ω・`) ってなる、日本留学生の話が。(笑)


合邦問題(二十四)

ここで、宮沢喜一の祖父小川平吉が出てきます。
勿論、対韓同志会のメンバーですな。
後は、一進会賛成にまわる大韓商務組合と、日本留学生の続報がこの後の話的に重要かな。


合邦問題(二十五)

中部壽洞普信社も一進会支持。
一方警察は、一進会反対派だけじゃなく、支持派である大韓商務組合も、商業組合がそんな事してんじゃねーと止めさせたり、色々と治安維持のために苦労してます。(笑)


合邦問題(二十六)

宋秉畯の合邦声明書に桂首相も大に賛成の意を表し、其実行の予言せられつつあるって書面。
声明書なのか上書なのか、あの文面に賛成するのか?とか、色々と疑問が残りますな。
後は、曾禰の内田が邪魔だ、電報。(笑)
多分、マジで普通に邪魔だと思う。


合邦問題(二十七)

この回は、やり残しのあった史料からですが、これが結構重要だったりしました。
まぁ私の文より史料の文の方が多いので、読むのは大変かもしれませんが。


合邦問題(二十八)

この回は、再び各地方の反応について。
各道それなりの温度差はあるものの、一般的に平穏。
つまんない。(笑)


つうか、この月、史料は長いわエントリーは長いわで、コメント付けるにも一苦労です・・・。_| ̄|○




< 2005年10月のエントリー >
話が、どんどん合邦運動に近づいて来る中で、「私立学校令等について」って、調べてて結構面白かった。
それ以外の合邦運動の前段階は、前段階が長い上にその後書かれる事になった、合邦運動本体も長すぎて、結構大事な関連性の指摘を忘れてるかも知れない。(笑)
どっかで一回全部纏めて整理したい気はする。


私立学校令等について(一)

私立学校令の条文がメイン。
この私立学校令も例によって民族教育の弾圧とか言われてるわけですが、その他半島で施行される各法律も含めて、日本の法律はどうなってたの?って話は、あまり語られない。
結局、内容を見れば当時の日本の私立学校令と殆ど変わらないんですがね。


私立学校令等について(二)

この回は、教科書用図書検定規程がメイン。
これまた、日本の教科書用図書検定規則と殆ど同じ。
おまけで、存外不許可の教科書は少ない。


私立学校令等について(三)

私立学校令に関する、キリスト教宣教師等と学部次官俵孫一の面会記録を元にしたエントリー。
この時、既にキリスト教系の学校は、私立学校令に従って手続きし、将来理想に基づいて完全な学校経営を行いたいとの意向を述べています。


私立学校令等について(四)

キリスト教宣教師等と学部次官俵孫一の面会記録の続き。
私立学校令の目的は、「学校が設立後直に経営窘拙の故を以て廃校に至る如きことなく、現状を維持するの見込あるを必要となすのみ」ですね。
簡単に学校が廃校になっては、ほっぽり出される生徒が悲惨なわけで、ある程度学校経営が可能な状態を基準としているだけなんですね。
で、教科書の中身については、「蟻には大小があって、大きい者は小さい者を殺戮する。蜂は針があって、互いに闘争する。」。
そんな素敵な民族教育マンセー!(笑)


私立学校令等について(五)

「韓人をして如何にして「パン」を得べきかを考へしめよ」 by 伊藤博文。
また、「争闘は民業を破壊し、悲憤は富をなす所以にあらず、萎微せる国力は益々萎微して、長へに復興することなかるべきなり。」は、義兵党争に批判的な愛国啓蒙家達の考え方でもある。


お元気でしたか。

李泰鎮教授がコメントを寄せていた記事があったので取り上げたエントリー。
「韓国の学者らは「日本が資料を伏せていることなどもあり、学者による利用が難しいためだ」を口を揃える。」わけですが、ネットですら検索でき、国立国会図書館に行けば誰でも見ることが出来、複写も可能な史料は、多分韓国の学者にとっては利用が難しいんでしょう。( ´H`)y-~~
そして、「漢字と日本語を崩して書いた筆写本なので、漢字に詳しい専門家でなければ読むことすら容易ではない」手紙を、ドキュメンタリーのプロデューサーが発見しちゃうのは、どういうネタなんでしょうね、と。


安重根とハングル

この頃流行っていた韓国人のハングルマンセーを馬鹿にする素材として、安重根がハングルを書いた事がないというのがあったんですが、それに対する反証。
安重根はハングル書いてますよ、と。


宋秉畯の辞職理由@本人談

宋秉畯が、内閣を辞めるために馬鹿な事をしているのか、本当に馬鹿なのか、判断に迷うわけだけど、これまでの彼の行状を見るに、多分「韓国人」なんだと思う。( ´H`)y-~~
「つうか、自ら辞するが如きは断じてなし。」、だって。
彼もまた、内田良平同様に韓国統監府の懐柔策に不満。


宋内相の気焔

宋秉畯の辞職理由@本人談」でも見た、宋秉畯の談話の東京朝日新聞版。
キリスト教徒に関して、「予は彼等が暴起するを待って、大鉄槌を加へ、之を全滅する覚悟なり。」と述べる宋秉畯。
お前は大院君か、と。( ´H`)y-~~


三派合同(一)

一進会・大韓協会・西北学会という反目していた3つの団体が、李完用内閣打倒という目的のために手を組む話。
大韓協会及び西北学会に在籍していた、帝国新聞社長の鄭雲復の統監政治に関してはその必要性を認めており、反抗策をとらずに親睦を深めようという考え方が、この3派合同されそうな「空気」になっていると思います。
尤も、この呉越同舟は簡単に沈むわけですが。( ´H`)y-~~


三派合同(二)

李完用に関する黒い噂。
一進会、大韓協会、西北学会の幹部会合の報告。
内田良平と杉山茂丸。
そして・・・。

みたいな。(笑)


三派合同(三)

やはり三派合同のキーパーソンは鄭雲復。
しかし、この連合は前もって各派内のコンセンサスを得たものではなかったみたい。
大韓協会内部では、張志淵等の反日派が異議を申し立てたりしますが、金嘉鎭や尹孝定の説得で、最終的には全員が納得した、と。


三派合同(四)

内田良平、大韓帝国に帰還。
でも運動費も無い状態。
そんな中で、三派による懇親会、っつうか、単なる宴会が京城ホテルで開かれます。(笑)


三派合同(五)

三派による宴会の詳細。
「政敵に対しては一種謂ふべからざる通弊を免れず、増して韓国は此弊殆んど病的」 by 尹孝定。
「従来韓国民の通弊として、動もすれば他国の政治家に依頼せんとするの傾向あり。真に慨嘆に堪へざる処なり。」 by 鄭雲復。
そして、三派合同に対して対策を練り始めているらしい李完用と、やっぱり納得いかずに大韓協会評議員を辞める張志淵。


三派合同(六)

この回は、見落としてた重要な史料、李容九と孫秉熙、つまり侍天教と天道教の和解の話から始まります。
三派合同するために、侍天教と天道教って重要な要素の一つですしねぇ。
続いて、各地方組織の状況報告があるわけですが、やはり地方ではこの合同は、双方の会員にとって歓迎されるものでは無かったようです。


三派合同(七)

大韓協会と一進会の双方が、相手方と交渉する場合にその任務に当たる政見協定委員を選定する事になります。
そして大韓協会側は、両会の提携に当たっての宣言文を作り、それを一進会側と協議して発表する事を決めます。そんな中・・・。


三派合同(八)

伊藤博文暗殺。
まずは、それに対する様々な反応について。
そして、安重根が西北学会に居たという話から、西北学会の主だった者は拘束されるわけです。
まぁ、三派合同も成ってるわけですので、その放免運動への協力を一進会に仰いだり。


三派合同(九)

伊藤博文の死で、大韓帝国政界のパワーバランスも崩れ気味に。
大韓協会は、一進会や西北学会と共同して、伊藤暗殺事件に関して政府の責任を追及しようとしたりするわけです。
で、この時に至っても、まだ政見協定委員会は開かれないわけですね。
この後、この三派合同の話は、合邦問題に関連していくため、この連載はここまでになっております。


朴斉純の抗議

竹島問題に関連して、朴斉純が日英同盟に抗議している事から、この時期韓国は竹島編入についても抗議可能だったとする話の裏付け史料の紹介。
第二回日英同盟協約第三條が、従前の約束に違反すると抗議する朴斉純。
そして、シカトするイギリス公使と萩原代理公使。
まぁ、日本に対しては「シラネーヨ。勝手にやれよ。」と言ってるだけですが。


久しぶりにネタ(?)

休憩のネタのつもりで書いた、合邦運動直前のキリスト教の状況について。
< `∀´> <キリスト教信者は、税金納めなくて良いニダ!本当は税金12円だけど、8円納めれば良いニダ!
なんて言ってたりするわけですが、一方で
<* `Д´> <司法権が日本に委任されたら、キリスト教に居る意味無いのなの!
まぁ、韓国の初期キリスト教(特に新教)が広がった理由は、こんなとこ。( ´H`)y-~~


京城日本新聞記者団(一)

連載初回なので、ザラッと当時のマスコミについて取り上げてます。
どのマスコミも、レベルが低い。
まぁ、今でも高いとは決して言えませんがね。


京城日本新聞記者団(二)

マスコミが政治的活動をする、政談演説会についてがメインなわけですが、寧ろそれよりもイパーイ並んだ悪い名前の方が重要なのかな?(笑)
戸叶董雄・山道亞川・今井蓼州・峯岸繁太郎とか。


京城日本新聞記者団(三)

「醜賊退治」とか「在米同胞復讐せん」とか「碧眼奴」とか「電車焼打」とか煽動して、発行停止処分喰らった今井蓼洲 のとこが、不当な言論抑圧とか言ってるのが笑える。
そして、「優等国家が劣等の国家に臨む最後の目的は、天下を帰一するに在り。即ち韓国を母国に同化せしむるに在り。」と併合論を述べ、統監府が人道主義を基本にしている事を批難する山道亞川。(笑)
もうこいつら、何とかしてくれよ、と。


京城日本新聞記者団(四)

この回も、政談演説会の内容について。
つらつらと史料のテキスト起こししてるわけですが、やはり戸叶薰雄の発言が目を惹きますね。
居留民なのに徒に官憲に盲従するヤツは、居留民の資格なんぞ無いから国へ(・∀・)カエレ!!
統監府の韓国本位の政策は誤りであり、日本本位を要義とし韓国本位を加味すべきではない!
そうでなければ極東の平和は維持できない!
官憲に失態がある場合は、直ちに忠言して居留民の権能を発揮しなければならない!
煽り満載。( ´H`)y-~~


京城日本新聞記者団(五)

この回は、「国旗問題」という詳細不明の問題に関する政談演説会の話。
韓国を禁治産者扱いする大坂朝日の大村琴花、普通人即ち無教育なる韓人と言っちゃう時事新報の久田日宇、宗主国の国旗に対しと言っちゃう京城新報の峯岸繁太郎等々、面白い記述満載。
つうか、日の丸の破棄を許せないと語っているマスコミ、というシチュエーション自体で笑える、一粒で二度美味しい史料。


京城日本新聞記者団(六)

一応、山道亞川とか今井蓼州の出てくる史料を紹介しているんですが、実はメインは「報道・表現の危機を考える弁護士の会」へのツッコミ。
(1)報道機関の第一の使命は権力監視機能であり、統監府の政策を批判している今回の政談会は条件を満たしており、(2)事件の概要については、真実相当性が優に認められておりクリア、(3)表現の自由・報道の自由があるから取材不十分でも問題ないので、前回の政談演説会も全く問題無いね、と。
変な基準だよねぇ。( ´H`)y-~~

あ、もう一つあった。
日本から来て、(´・ω・`) ってなって帰る人達の話。(笑)


京城日本新聞記者団(七)

マスコミと進歩党代議士の大内暢三との連携とかね。
アジア主義者とマスコミの連携って、実は歴史長いわけで。
右とか左じゃないんだよね。


紛失

笑えるニュースが飛び込んできたので書いたエントリー。
つうか、憲法原文も国璽1号も無くしちゃう国って、何よ?( ´H`)y-~~
でも、暮らしの知恵袋LIKEな感じで「条約書類発見と玉璽偽造事件」なんかに引っかけて作ったネタは、殆どうけなかった。(´・ω・`)


京城日本新聞記者団(八)

ポイントは二つ。
一つは、大阪朝日新聞と内田良平・武田範之の関係。
もう一つは、峯岸繁太郎が曾禰荒助の家族に関して「貴婦人の墮落」という記事を書いてる事。
開国以来、半島に勝手に来る民間人って、ロクでもないヤツばっかです。


京城日本新聞記者団(九)

自分で書いててこう言うのも何ですが、何か散漫な印象のあるエントリー。(笑)
まぁ、峯岸繁太郎の意思を受ける朝日新聞社員の夏目漱石、で個人的に勝手に盛り上がってますな。(笑)
いや、今でもこの関係を面白いとは思ってますがね。


全般的に、短い史料の羅列が読みづらい。
却って長文史料の方が解説とかツッコミ読みやすいのは、なんでだろう?