合邦問題(二十八)

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嗚呼。
11月も今日で終わってしまいますね。
早く次の話題に移りたくてウズウズしている自分が居ます、と書いて、最近ちょっとこの前振りがしつこいかなと思ってるdreamtaleです。
ども。

いずれにしても、さっさと先に進みましょう。(笑)
今日はまず、16日までの各道の動向について。



1909(明治42年)12月16日付『高秘発第443号』から。


一進会の合邦声言以後に於ける各地一般の状況を綜合するに、大韓協会員は勿論、一般民衆は合邦に関する具体的條項判明せざるが故に、只抽象的に一進会の此暴挙は韓国上下の世論に背反したる軽挙なりと憤慨し、中には危激の言論を為すものありと雖も、為めに暴挙に出づるの模様なく、多くは到底実行し難きものなりとの信念を抱き居るものの如く、殊に下層民に至りては未だ十分に本件の事実を悉知せざる為め、頗る冷静なり。
今茲に、各道に於ける現状を概括的に列挙せんに

京畿道
新聞紙により聞知せし者は、一進会の軽率を憤り批難するものあるも、只現下の状態にては騷擾を惹起することなき見込にて、先づ一般平穏と認む。
而も一部人民の説として聞く所によれば、「人民の幸福を得ば、国体如何に変ずるも意とする所にあらず云々」と、楽観的に解し居るものあり。



京畿道、平穏。
一部人民は、幸福になれるなら国体がどう変わっても関係ないよと言ってるらしい、と。


忠清北道
韓人官吏の外は概して本問題を知らず、又反対政党等と雖も今日の処未だ一進会員に危害を加ふるが如き慮なし。

忠清南道
一般に不快の念を抱き、一進会の挙を憤慨するも到底成功せざるものとなし、目下動搖の色なく態度極めて冷静なり。
只大韓協会員は、一進会幹部員を逆賊と揚言し、稍々不穏の兆あるが如きも、未だ何等の行動を執らず、両班儒生等にも未だ変調を認めず。



忠清北道、まだ官吏以外は知らず、反対政党も動かず、と。
忠清南道、不快に思い憤慨しているが、成功の見込みなしと考え冷静。
大韓協会員は不穏の兆しはあるものの、未だ行動に移さず。


慶尚南道
一般に一進会の挙を憤り居るも、態度は冷静なり。
大韓協会員は大に反対の意見を有するも、力めて慎重の態度を保ち居れり。
但し、或2、3の有力者間には、一進会の挙を以て日本政府の内示によるものとなし、伊藤公の遭難は単に一臣下の事件なり。
之を捉へて合邦を行ふが如きは、其当を得ず。
若し事実となり現はるることあらば、最終の覚悟をなさざるべからずと語りし者あり。
又一進会支会に於ても何等の行動を執らず、一般の攻撃に虞れ、本件は京城本部の意見なるも支会には何等関係なしとて寧ろ罪を本部に嫁せんとし居るの風あり。

慶尚北道
有識者は内心不満を抱き居るも、表面は冷静なり。
未だ一進会員に対し危害を加ふる等の軽挙及風評なし。
大韓協会員の如きも、一部政党が僻見を発表したればとて、直に以て国民全般の輿論と云ふべからず。
今俄に合邦を叫ぶが如きは滑稽に過ぎず、他日彌々一進会が国家を攪乱するのときに到れば之を打破すべきも、未だ対抗騷擾の時機にあらずとし、頗る冷静の態度を示せり。



慶尚南道、一進会について憤ってはいるが、大韓協会員含めて態度は冷静。
でも、「伊藤公の遭難は単に一臣下の事件なり」ってちょっと酷くねぇか?
日本の世論から考えて、火に油注ぐようなもんだと思うが。
で、一進会は京城の本部のせいにしてるらしい。

慶尚北道も同様に、不満には思っているようだが表出せず。
大韓協会員も冷静。


全羅南道
未だ一般に周知せられざるが故に、未だ何等の影響を認めず。
只木浦光州の如きは既に伝播せられ、官吏間には統治権中軍事及司法は最も重要なるに拘はらず事実上之を日本に移したるものなれば、合邦するも何の差異なかるべしと説き、大韓協会員中には此挙を以て無謀の行動なりとし、甘んじて従ふ能はずと説くものありと雖も、又中には今日の如く日本の保護に頼る以上は、寧ろ合併するも可なるにあらずやと説くものあり。
之を要するに、一般の態度冷静なり。

全羅北道
概して不快の念を以て迎へ、何れも反対の意志を表し、一進会の措置を批難し同会は国家を売る者なりと激昻するものあるも、進んで危害を加へんとするが如き者なし。
大韓協会員中群山支部創立者儒生某の如きは、敢て反対を唱ふるの理由あるを認めずと雖も、脆弱なる韓国を合併するは、日本の為めに採らざる所なれば、恐らく日本は請願を容れざるべしと説き、又下層人民は概して不快の念を抱き居れり。



全羅南道も平穏。
官吏の中には、今更合邦しても変わらないだろと述べる者が居り、大韓協会員にも、一進会の行動が無謀だとする者が居る一方で、今は日本の保護に頼ってるんだから寧ろ合併してもいいんじゃね?と言う者もいる、と。

全羅北道は不快に思い反対の意志を表して、一進会を売国奴呼ばわりはしているが、進んで危害を加えようとする者は居らず。
大韓協会員の儒生は、敢えて反対する理由は無いが、脆弱な韓国を合併すれば日本の国益に適わないから合併しないだろう、と。

この儒生、鋭いですねぇ。
私の日韓の歴史上最大の疑問点に言及しているわけで。
全権握ってるのに、何で併合する必要があんのよ?
しかも、それまでの借款等全部チャラですよ?
って事で、この話題はまた改めて。


黄海道
一般の動静は平穏なるも、瑞興天道教会員中には各地方に反対の遊説をなし、反対運動の為めに要する費用を募集せんとせしも、所轄警察署にて説諭せり。
然るに彼等は大韓協会員と通じ、秘密運動を為すとの風評もあり、今尚警戒中。
又、中には危激の言を弄じ居る者あるも、俄に暴挙に出づる如きことなかるべし。
其他憤慨の声高しと雖も、未だ不穏の行動なし。

江原道
鐵原の耶蘇教徒215名、京城にて反対演説をなすべく運動中なり。
又原州一進会支会長林順化は、偽名して京城に向へり。
其他一般静穏なり。



黄海道、一般には平穏。
但し、天道教と大韓協会は秘密運動をするという噂もあり、又過激な発言をする者も居るが、未だに行動としては表れず。

江原道、キリスト教徒が京城で反対演説をしようと運動中。
それ、残念ながら無理だけどね。
で、その他一般には平穏。


平安南道
日韓合邦は即ち、韓国をして日本の属国と為すものなり。
我太祖五百有余年の韓国は、国賊一進会員等の為めに滅亡の期切迫せりと慷慨する者あり。
然れども、現下の所一進会・大韓協会・西北学会は勿論、一般の民情冷静なり。
而して鎮南浦にては、耶蘇教徒中一進会員は国民大会にて韓国ならざるの決議をなせり。
故に其子弟を公立学校に通学せしむべからずと唱へ、其結果同会員の子弟退校の際、売国奴の子弟を殺すべしとて暴行せんとせし者ありしも、子弟の避難により事なきを得たり。

平安北道
官民上下一致して一進会の真意を疑ひ、軽挙を憎み居れるも、到底成立せざるべしと信ずる者多し。
為めに一般民心を動搖するに至らず。
今日迄現はれたるものは、大韓協会鐵山支会が李総理に打電し攻撃したること。
鐵山及宣川の両大韓協会員中、市場にて反対演説を為したる者あるも、何等の影響なかりしこと。
及一進会中にも、会員の脱会せんとする者あるを聞きたること等にして、其他は一般冷静にして不穏の行動なし。



平安南道、韓国が滅亡の危機だと叫ぶ者は居るが、一進会も大韓協会も西北学会も冷静。
但し、鎮南浦のキリスト教徒中に「一進会の子弟を殺すべし」として暴行しようとしたものが居たが、子弟の避難で事なきを得た、と。

って、ヲイ!

平安北道は不成立と信じる者が多く、動揺していない、と。
大韓協会は、李完用攻撃の打電をしたり、市場で演説を行うも大勢に影響なし。
一進会員脱会の話もあって、その他は一般に冷静で不穏の行動は見られず。


咸鏡南道
一進会員と雖も、輿論の攻撃を憚り、進んで賛同の意見を発表せず、各自警戒して今後の成行を傍観せるが如し。
大韓協会・西北学会共反対の声あるも、世人に対し其理由を公表する等の行為なし。
而も一進会員に対する憎悪の念は、頗る昻進せるものの如し。
一般人民は是非の評を試むるものなく、1、2有力者にして合邦の止むを得ざるを唱ふるものなりと雖も、之を要するに、一般に対し格別の反響なきものの如し。

咸鏡北道
事件の内容未だ一般民衆に知得せられず、又之を知るものと雖も本道地勢及歴史の関係上、何れの国に属するも何等の痛痒を感ぜざるものの如く、極めて平穏なり。
只官吏側にありては一般に杞憂を懐き居れり。
盖し自己の立脚点の危きを憂ひ、殊に一進会出身の官吏にありては自己の立場を弁疏せんとして、反って民心の注意を惹起するの虞あるを以て、此等の者に対して軽率の言動なき様、注意を与へたり。

右及報告候也。



咸鏡南道では一進会は特に行動せずに成り行きを見守り、大韓協会や西北学会は反対の毛色がかなり強い、と。
1、2の有力者は合邦を仕方無いと言う者が居るが、一般には特に反響無し。

咸鏡北道は一般民衆は未だ知らず、知っている者も、咸鏡北道の地勢と歴史の関係上、どこの国に属しても痛痒を感じない、と。
んー、流石だ。(笑)
官吏は職が無くなるかもしれませんからねぇ。
ちょっと必死。

ってことで、各道それなりの温度差はあるものの、一般的に平穏だったようである。
ツマンネ。


今日はここまで。


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合邦問題(二十七)

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この連載始めてから、どんどんお客さんが減りまして、早く連載止めたいdreamtaleです。(笑)
こんばんわ。
今日も、まずはニュースから。


ジウ姫「涙の女王」真骨頂発揮!

泣き女という伝統・・・。


さて、それではお恥ずかしながら挙げ忘れていた、1909(明治42年)12月10日付『機義発第155号』をば。


今回一進会の日韓合邦に関する宣言書の発表せられたる事実の義州地方民間に伝はりしは、本月5日午後6時、在京城一進会本部より義州同会支部に(皇室尊重人民同等合政宣言書頒布)なる電報ありたるに依る。
然して、其後新聞紙の報道に依り、一般人民の之を周知せしは去る6日以後にして、彼等は之の報を耳にするや、該宣言に対する一進会の真意を疑ひ、其妄挙を嘲り、種々の評論を試みる等、孰れも国家存亡に関する大問題なりと称し、甚しく人心に刺撃を与へたるものの如し。
今義州地方に於ける諸団体の状況に関し、義州警察署長の報告に依れば則ち左の如し。

一.西北学会員の意嚮

同会に対しては、本月1日附を以て特に同会京城本部より、本会の趣旨は専ら教育にありて政党政派に関するを許さず、此際本会員たる者は慎重の態度を持し軽挙妄動する勿れとの指命書に接したるを以て、公然何等の評論を試みる者なきも、合邦の結果、韓皇帝及国号の存廃其他法律の適用等に付研究を試み表面之を論難するものなきも、内心合邦は韓国の滅亡なるを以て極力之が防止の方法を講じつつあるものの如し。



西北学会は、三派合同でも見られた政党政派に関与せずの立場を崩さず、と。
まぁ、勿論内心は違うようですが。


二.耶蘇教徒、大韓協会及天道教派の意嚮
本三教派の意嚮に至ては表面何等の評論をなすものなきも、其重なる者は暗に気脈を通じ、日韓合邦は国家存亡の岐かるる重要問題なるを以て、此際国民は断乎たる決心を以て之れが成立を防止せざるべからずとなし、大に一進会の行動を憎み、憤慨の意を洩らし居れり。
近時天道教は耶蘇教と接近し、相提携せんとするの気勢を示し来りたるを以て、本問題に対する同会の態度は大に注意すべきものと認めらる。
又大韓協会義州支会長白用錫に対し、本月5日付を以て別紙訳文の如き指明書を京城本部より配布せり。
目下白用錫は他行不在中にして、同会員及耶蘇教徒の回覧に供し居れるを以て、之又た民心を憤慨せしむる力あるものと認めらる。



む。
天道教はキリスト教に接近し、提携する気配がある、と。
成る程、まだ表面上には出ずとも、天道教は反対派だったわけですな。
で、大韓協会からは別紙のとおりの指明書が出ていると。
別紙については、この史料の最後に出てくるのでそちらで。


三.一進会の態度
一進会員に於ては支部長金振泰目下上京不在中なり。
其他の会員は深く言動を慎み、各自警戒を加へ一般の民意傾向を内偵し居るものの如し。



やはり地方の一進会はかなり慎重に様子見てますな。


四.其他人民の意嚮
頑固なる韓民の一部は、日韓合邦は国家の滅亡に関する大問題なれば、我二千万の同胞は死を以て之を防がざるべからずと唱へ、其他普通の下層民に至りては合邦の結果韓民は自然僻遠の地に追放され、皇帝も亦僻土に移さるべしとの感想を抱きつつあるものの如し。
以上述べたる如く、団体及階級に依り其感想を異にするも、要するに合邦成立の暁は韓国滅亡の秋にして、該宣言が自国の大政党たる一進会より発表せられたるを非常に憤慨しつつある状況に至りて、孰れも相一致せるものの如し。
頃日、京城地方に於て大韓協会其の他の団体に於て反対運動を開始せりと新聞紙上に伝へられつつあれば、自然当地方に影響し来り。
或は反対運動をなすやも計られざるも、未だ公然たる行動あるを認めず。
右及御報告候也。



頑固なる韓民の一部とは、例によって儒生やそれに類する思想の持ち主と思われる。
で、以前にも同様の報告が出てきた気がしますが、義州地方の一般韓民は何故か合邦されると僻地へ追放されると思いこんでるわけですね。
これまで当ブログで見てきた通り、根拠のない噂が流れるのはこの時に限らないんですが・・・。

次が別紙大韓協会の指明書となる。


○ 別紙 本会第22号

[指明書]

第19号指明書に、一進会と連結したることは本会に於て彼会を忠恕の意を以て之を視、自新の路を指示せし処有りしに、蛇鼬の性は死に至りて化し難く、梟獍の悪は終始改めざるを本会に於て看破せしを以て、本月3日、政見委員会に両会の離別に決し、即ち拒絶書を彼の会に送致せしに、彼の会は遂に所謂合邦声明書を発表し、日皇に上表し、統監に致書す。
其事実の善悪は、彼の書中に自供の自陳せし如きのみならず、世界の公評自在す。
再び之を議するの要なきも、最も痛恨すべきものは国論に容れられざる彼の会に於て、全国二千万人民の代表と自称して、我が神聖なる檀箕民族に恥辱を加へんとす。
之に因りて彼を国民と謂ふ可からず。
同族と謂ふ可からず。
其支持力排するは、血性を有する我韓種族の同一に行ふ時日自在す。
我会員一同は、此意を承知せられ、穏健なる方針を以て慎重なるを要し、本支会の歩武を斉一ならしめられたし。
隆熙三年十二月五日
大韓協会々長 金嘉鎮
大韓協会義州府支会々長 白用錫 閣下



内田・大垣会談の前の指示のため、このような形になっていると思われる。

結構重要な史料でしたね・・・。_| ̄|○
以後、気をつけます。

ということで、気を取り直して16日付けの史料に行ってみましょう。
まずは、11月25日のエントリーで取り上げた、一進会擁護勢力の報告から。
1909(明治42年)12月16日付『憲機第2468号』より。


(12月12日憲機第2445号参照)

従二品金昇圭外数名発起となり、一進会が発表せし声明書は時勢に適するものなるを、李首相等は自己の地位に不安の及ばむことを恐れ、陰然之れに反対運動を敢てするが如きは不都合なりとて、一進会に声援せんとて寄々内議中なりしが、其後発起者の一員たる正三品徐彰輔の家を集合所と定め同志を糾合しつつありしが、昨日迄に約20名の賛成者を見るに至れりと。
而して賛同者は概ね儒生にして、14日別紙訳文の如き長書を起草し、李首相並びに統監に宛て15日午前11時頃、何れも郵送したりと。
尚、一般国民に対しても、一進会の声明書は時勢に適すること、李首相の奸策に賛する勿れとの意味の布告文を、不日各新聞社に送り其掲載を求むる筈なりと。

以上。

○ 別紙一
[譯文]
伏て以ふに、韓日関係は地壌隣接し人種相同じく文字亦相類す、唇歯の勢と兄弟の誼を有するは過古幾千年の歴史上に確然として明なり。
甲午年日清戦争に我韓の独立を確証し、甲辰の年日露戦役に我韓の彊土を保全せし日本の厚恩を、我韓臣民たる者誰れが感戴せざる、孰れか其高義を謳歌せざる者あらん乎。
日本の大勢を深察するに、日本は東洋の全局を保たんと欲して、凡ゆる我韓国に啓発輔導を力むると雖ども、我政府が政治に蒙昧にして人民は無智頑冥なり。
為めに5條7條と次第に締結され、外交、内政統てを挙げて委任し、財政、警察、通信、軍機、法権一として有するなし。
而して大韓の二字は有名無実の形なり。
盖し強大なる国家が弱少なる国を併呑し、文明なる民族が野蛮の種族を放逐するは天然の理なり。
日本の強大と日本の文明とを以て、何を憚り併呑せず、何を顧慮して取らざるや。
我韓宗社の邱墟となり、民族の犧牲となるは理の当然にして勢ひ免れ難き処なり。
然るに、頑固党は治世に相容ざるの攷を以て暴徒を起し騷擾するは、是れ即ち自滅の基を作るものなり。
此際万死一生の計を謀り、500年の皇基を永奠し二千万生霊を救済するを得るは、政合邦即ち是れなり。
一進会長李容九が時機を観察し、局勢を肝衡し、政合邦声明書を宣布せしは、大日本天皇陛下の大地大徳を信頼し、統監閣下の宏量を欽仰せんとするの血誠に拠る処なり。
然るに総理大臣李完用は、皇室の尊栄を無視し、臣民を思ふなく金力を用ひて民心を煽動せんとす。
如斯は所謂安寧秩序を害し、韓日の親善を阻隔するものなり。
此如き政府を一時も成立し置くの要なきは、閣下にありても既に知悉せらるる処ならん。
速かに現内閣員を辞退せしめ、適当なる人物を選択し之に代えられたし。
■■愚昧なる韓民は犧牲に供すとも、敢て固より恤ふるに足らず。
宜しく天下の大勢を環顧せられ、東洋平和の維持を保せんとせらるれば、韓日政合邦声明書は刻下の時機に適合するものと認むるを以て、大日本天皇陛下に転奏せられ、不日実施せられんことを伏望す。
隆熙三年十二月
正三品徐彰輔
李範斗
尹柱瓚
金容沃等

統監子爵 曾禰荒助 閣下

○ 別紙二
[譯文]
伏て惟るに、政府は国家の休戚に関し生霊の利害に係るところなり。
国と国との交際に於ける一言一動は、邦国の興衰を立弁す。
其責任の簒重と機関の枢要は、尋常に論ずべきにあらず。
是を以て、太平無事の時に於ても宰相は其人を得ざれば其職を盡さず、国家百年の大計を誤り、生霊の一時に到懸を醸すべきに況して、今日何日にして今時は何時なるや。
国権は墮落し民情に悲惨なるに、■を争ふ為め献策を做し、外に媚ぶるに良算を作り、皇恩を報せず、国計を思はずして亡国大夫と売国賦臣を甘処せば、何故恨まざらんや。
今回度支部大臣高永喜が渡日せし時、日本首相桂太郎氏との五ケ條談話が内外新聞に掲怖せられ、其妄語悖辞は韓国臣民たる者目を睹るに忍びず、口に語るに忍びず。
始は沸鬱とし終は訝惑にして或は曰く、度相の固■譎計とし、或は曰く、貴閣下の指嗾同謀とし疑雲千畳にして謗語回起なり。
閣下は百僚を董率する地位に処し、度相を指嗾し同謀せざりしならば、度相の売国大罪を声討し、免職も可なり、誅戮も可なるに、此れを為さざるは固■譎計と指嗾同謀は不幸にして免がるることを得ず。
然り五百年の宗社は必らず邱墟となり、二千万の生霊は必ず犧牲となるべきを以て、一進会長李容九は万死に一生の計を以て、政合邦声明書を発布せしは大韓宗社を永奠し、大韓生霊を極救し、韓日の親善を実行し、東洋の平和を維持する一片の血誠にして、閣下は克己の嫌と猜人の想ありて大局を顧みず、蠢愚無識なる閔泳韶の輩を煽動し、秩序を紊乱し、騷擾を醞醸し、宗社の大計と生霊の大事を毫も担任せざるの悪政府、晏然に蹲冒し能はざるべきを以て、日の終るを俟たず奉身退去し、蒼生の顒望を副けられんことを望む。
隆熙三年十二月
正三品徐彰輔
李範斗
尹柱瓚
金容沃等
内閣総理大臣 李完用 閣下



あれ?
5条件って、10月28日のエントリーで見られた、曾禰荒助の統監昇任条件の事じゃないの???
11月27日のエントリーでも、大韓商務組合が主な一進会賛成理由としていた訳ですが、曾禰が統監になる条件を日本政府が韓国政府に出した?
うー、さっぱり分かんね。
取りあえず何か分かるまで、別物扱いでいきますか・・・。

しかし、ここまで紹介した史料に上書の類は多いですが、いずれも対抗勢力の誹謗中傷に終始し、建設的な意見が全くありませんな。
ま、これが李朝から大韓帝国へと続いてきた「政治」なわけですが。


というところで、今日はここまで。


合邦問題(一)   合邦問題(十一)   合邦問題(二十一)
合邦問題(二)   合邦問題(十二)   合邦問題(二十二)
合邦問題(三)   合邦問題(十三)   合邦問題(二十三)
合邦問題(四)   合邦問題(十四)   合邦問題(二十四)
合邦問題(五)   合邦問題(十五)   合邦問題(二十五)
合邦問題(六)   合邦問題(十六)   合邦問題(二十六)
合邦問題(七)   合邦問題(十七)
合邦問題(八)   合邦問題(十八)
合邦問題(九)   合邦問題(十九)
合邦問題(十)   合邦問題(二十)


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合邦問題(二十六)

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政府、「行方不明の国璽1号」に懸賞金

写真があっても、気に入らないと別な形にして「復元」と称する。
それがウリナラクオリティ。

今日は、前回途中で終えた1909(明治42年)12月14日付『機密統発第2061号』の続きから。


○ 別紙五 憲機第2444号

京都滞在中の宋秉畯より、一昨11日午後9時30分頃一進会長李容九の許に、大要左記文意の書面到来せりと。
左記
我会の声明書に対しては、日本在野の政客者間にも其気受良好なる而已ならず、桂首相も大に賛成の意を表し、其実行の予言せられつつあるも、目下漢城政界は反対論者多しとの事にて当分其成行を見られつつあれば、早晩其実行ある筈に付、其機の到来を待ち居られよ云々と。
以上。
明治42年12月13日



「桂首相も大に賛成の意を表し、其実行の予言せられつつある」ねぇ・・・。
で、今は反対論者が多いために当分様子を見ており、早晩実行がある筈と。
やはり、11月16日のエントリーで取り上げた寺内正毅書翰と杉山茂丸書翰を見てみたいですなぁ。


○ 別紙六 憲機第2447号

昨日午前11時より、西大門内夜珠峴救世軍営に於ける日曜福音会には、従来に比し参詣者頗る多数なりし由にて、同軍参謀長趙重吉は大要左記意味の説明を為せしに、聴衆者等は尠少ならざる感慨を懐きしものの如く、競ふて即座に同軍に入らむことを申出たる者、其数百名を下らざりしと。
現時の状况より観察するも、日韓両国の合併は早晩行はるる而已ならず、合併の暁には我同胞は何れも日人の奴隷扱ひを受くる是又予見するに難からず。
是等の侮辱を免れむとせば、須らく我教軍に籍を存せらる可し云々。
以上。
明治42年12月13日



救世軍。
軍とは名が付いているものの、キリスト教プロテスタント系の団体であり、組織を軍隊に模しているだけで軍事組織ではない。
で、ご多分に漏れず、こういう形での信者獲得を行っているわけで。(笑)


○ 別紙七 憲機第2448号

国民大演説会庶務課長鄭應卨(咼の上にト)は、昨日午後6時頃鐘路商業会議所内に於て同会幹事(大韓協会総務員)洪弼周に対し大要左記の談話をなし、同会の素志貫徹不可能ならんことを内議せし由なるも、洪は飽迄其目的を遂行せざれば止まざる旨を主張し、協議纏まらざりしと。
我等今度一進会の声明書に対し、極力之れに反対せむとて国民大演説会を組織し、統監及内閣にも既に国民の意見書を提出せしが、一両日前日本留学中の金聖穆なる者の通信に依れば、伊藤公遭難以来日人の態度一変し、韓人に対しては殆ど侮辱を以て迎へ、為に我留学生等は日人より排斥の悲境にありと。
且日本政府大臣等の宋秉畯に対する待遇、頗る良好にして、来43年1月中には日韓合併の祝宴を日本政府側に於て挙行するとの説もありとの事なれば、我会より提出せし上書は、必ずや日本政府の意と合せざるを以て却下せられ、一進会の意見を採用するならん云々。
明治42年12月13日



伊藤公遭難以来日人の態度一変し」。
良く、伊藤暗殺前に日韓併合の方針が閣議決定されていたのだから、伊藤の暗殺は併合とは関係無いという御仁がいるが、殊日韓の世論という面から見ればこれ以上影響のある話も無いのである。

さて、次の史料からは15日付けの史料となる。
まずは、曾禰統監から桂総理への1909(明治42年)12月15日発『往電第41号(内閣暗号)』より。


大久保大将より委細に敬承す。
夫々既に手配并訓戒し置けり。
但上書は握り置くことを命じたるも、未だ3回の提出は之れ無き趣なり。

○ 別紙

一進会の合邦論に対し、大韓国民代表と云ふ名義の下に閔泳韶が統監に致したる上書文の要旨。

一.国体の変更及主権の移動は、臣民の擅に企つ能はざる所のものたり。
然るに一進会の発したる声明書上疏文なるものは以上の言論を放ち、敢て憚かる所なきのみならず、如此妖言を以て貴府及貴国天皇陛下に達せんとす。
一.彼等は会員百万人と云ひ又貳千万の代表と云ふも、其実無智無識の徒幾千人に過ぎず、是れ巨魁宋秉畯・李容九等内田良平を援ひて如斯極端なる妄説を詐出したるものなり。
一.今日日韓関係漸く親善に加ふ順調に向ふに当り、徒に訛伝を流布し平地に風波を起し、民心を攪乱せんとす。
若し之れを不問に附せんが、不時の変不測の地に発する恐もあり。
一.一進会の凶徒を邦刑に問ひ、国民声討の大義を伸ぶるは乃司法権の存在する所、敢て之れを閣下の裁量に待つの外なし。
伏願ふ云々。



これは11月16日のエントリーでの「大久保大将に帰韓を命じ、本官の意思を通ぜしむる事にしたり。」を受けてのものである。
意図は現在の処不明ながら、上書は握り置くこと、つまり受け取って握りつぶす事となったようである。
前述、宋秉畯の書によれば、反対論者多いため当分成行を見る為なのだろうが、さて・・・。

別紙として添付されているのは、11月21日のエントリーでの国民大演説会の上書の要約ということになる。

続いて、同じく曾禰統監から桂総理への1909(明治42年)12月15日発『往電第42号』より。


合邦に関する騒ぎは、各方面に戒飭を加へたる結果一時鎮静に帰したるも、其の後内田は金銭を散じて負褓商、大韓協会員及其の他の買収を図るとの風説あり、之が為め、反対派も自然対抗策を講じ、局面復たび険悪に赴くの虞あり。
日本人が此禍中に投ずるを止めざる限り、其の余響は漸次地方にも波及するに至るべし。
右は本官に於て夫々警戒中なるも、不敢報告す。



内田が邪魔だと。(笑)
まぁ、騒擾を起こしてるのは事実なわけで、当然なんですが。
これを見て、益々大久保大将が曾禰統監に伝えた桂首相の意思が分からなくなってる私が居ます。(笑)

さて、この辺で15日付けの地方の状況について見てみよう。
まずは平壌方面。
1909(明治42年)12月15日付『憲機第2464号』から。


(12月10日憲機第2410号参照)

一.天道教会にては、3、4日前より2、30名の会員相集り、教会所有の各地土地家屋を処分せんと密議せるの風説ありしが、同会は12月12日日曜日に平壌にて例会を行ひ、会同者約百四五十名集まり、席上にて土地家屋処分の件を議決し、此旨各地方教会員に通文したりと。
今其原因を探るに、同会は合邦問題に付ては極力反対の意見を有し、今後如何なる事件発生するや計り難きを以て右土地家屋を売却し金銭となし、運動費として備へ置くものなりと云ふ。
又会員は、各自金若干草鞋一足づつを用意し置き、万一の場合何時にても応急するに差支無き如く準備すべきことに相談したりと。

二.一進会にては、12月9日頃より平安南北道地方重立ちたる一進会員等7、8名は、今回の事件の真相を確むる為め来壌し居れり。
尚ほ京城一進会本部より、地方の事情に精通せるもの4、5名を撰び出京せしむべしとのことを通知し来りたる由にて、夫れかあらぬか平壌一進会にては4、5日前より密偵を派し、耶蘇教、天道教其他各団体の情勢を窺はしめつつある由。

三.平壌耶蘇教徒間に伝ふる処に依れば、京城駐在米国人耶蘇教主務宣教師某は不日平壌に来り、合邦問題に関して布教上に付何事か説く処ある筈なりし。
而して、当地耶蘇教にて合邦に付最も反対の意見を有するは、長老派の米人宣教師李吉咸、馬三説、蘇安倫、邦韋薬、片河雪、尹山温、禹越氏等なりと聞くも、彼等は未だ行動上に顕はさず。

以上。



今まで具体的な動きが何もなく、天道教と侍天教との提携が崩れていないと思ったが、どうやらというかやはりというか天道教も合邦には反対だったようである。
まぁ、この時点でも具体的な運動と言えば、土地家屋を現金化しておくだけのようではあるが。

11月26日のエントリーで、一進会が地方各支会長を招集した旨の報告があったが、やはりこの程度の参集だったようである。
で、他の団体の動向を窺っている、と。

キリスト教ではやはり長老派が最も強硬派のようである。
しかしながら、こちらもまだ現在のところ行動には移っていないようである。

今日最後にして15日付最後の史料は、義州方面の状況。
1909(明治42年)12月15日付『機義発第156号』より。


一進会の日韓合邦宣言に関し、管内義州部民の状況に付ては、本月10日機密義第155号を以て及御報告置候処、其後の状況に関し義州警察署長より左の報告ありたり。

日韓合邦問題に関し、其後京城に於て大韓協会及有志団体は熾に反対を唱へ、演説会其他新聞紙を利用して反対の輿論を喚起し種々の反抗運動を開始したる結果、合邦問題の如き重大事件の僅かに一進会の宣言に依り之を解決すべきものにあらず。
抑も今回の合邦は、如何な條件の下に成立せしめんとするや。
此等の根本的條件を究めずして、徒らに合邦を提唱するが如きは軽挙妄動亦極まれりと云ふべし。
斯かる無謀なる宣言の実行せるべき理由を認めずと、冷罵を以て迎へられつつありとの報に接するや、義州部内の人民は、到底該宣言の実行不可能なるを確信したるものの如く、為めに一般人心は、漸々平穏に帰しつつある有様なるも、一進会の行動に対して依然憤慨の度を減ぜず、動もすれば同会は今後益々韓人間に信用を失ふに至るべく思料せらる。

右及御報告候也。



機義発第155号、取り上げるの忘れてた・・・。_| ̄|○
次回、改めて取り上げます・・・。

まぁ、義州に於ても日韓合邦は不可能であると思い、一時沈静化。
但し、一進会の行動に憤る者はまだ居り、一進会は益々韓国人の信用を失うだろう、と。


ショックを受けながら、今日はこれまで。


合邦問題(一)   合邦問題(十一)   合邦問題(二十一)
合邦問題(二)   合邦問題(十二)   合邦問題(二十二)
合邦問題(三)   合邦問題(十三)   合邦問題(二十三)
合邦問題(四)   合邦問題(十四)   合邦問題(二十四)
合邦問題(五)   合邦問題(十五)   合邦問題(二十五)
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合邦問題(七)   合邦問題(十七)
合邦問題(八)   合邦問題(十八)
合邦問題(九)   合邦問題(十九)
合邦問題(十)   合邦問題(二十)


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合邦問題(二十五)

テーマ:

前回若干触れた大韓商務組合所。
今日は、それに関する警察の報告から見ていこう。
1909(明治42年)12月14日付『警秘第366号』より。


中部壽洞普信社は、曩に社員2,000余名の決議なりと称し、一進会の合邦声明書に賛成の意を表し其旨同会に申込み、今又大韓商務組合長李學宰は、2、3日前役員を本部に会し討議の末、一進会の声明書に賛成することに決し、別紙の如き公函を送りたるに、同会は之を受領し其厚意を謝したりと云ふ。
以上の如く、商業団体にして濫りに政治に干与妄動するは穏かならざるを以て、所轄警察署に於て将来の心得方を戒告せり。
尚ほ、之と同時に学会其他社交団体に対しても、時局問題に干与する行動は一切不相成旨警告し、厳重取締るべく旨各警察署に示達したり。
右及報告候也。

○ 別紙

警啓者弊部は専ら商務発展を以て目的と為す団体にして、政治上に関渉無し。
而かも皇室の尊崇と民族保護の若きに至っては、政党たると他の団体たると少しも間あるなし向きに、貴会の声明書一たび出でて国民の声討四方に起れり。
弊部も此に対して疑無きを得ざりしが、内外諸新聞に喧伝せらるる所謂5條件なるものを見れば、実に千万古嘗て無きの大変なり。
貴会の声明書は、猶ほ晩しと為すと謂ふべきなり。
一般国民は、5條件を聞知せざりしが故に愛国の熱誠を以て貴声明書を声討したらんも、若し所謂5條件を聞知するの日は、必ずや齊しく貴会の為国事業を賀せんなり。
豈今日、国民の誤解を以て念と為さんや。
皇室の万歳尊崇の基礎を鞏固にし人民の一等待遇の福利を亨有すべき思想は、二千万同胞として孰れが日々に攢祝せざるものあらんや。
弊部も京郷の商務組合人員、殆んど300万に近し。
貴声明書中皇室の尊崇に対し并力賛成し、共に国民の福利を亨けんとす。
今日国民声討の橫議を排却し異日国民の活躍を期待せん為め、茲に仰ぎ怖し貴会と協力して文明に共進せんことを祝す。
照亮せられんことを要す。

隆熙三年十二月
大韓商務組合部長 李學宰
金世済
趙悳夏等三十三人
一進会長 李容九 閣下



前回の大韓商務組合所だけではなく、中部壽洞普信社も社員2,000人の決議であるとして一進会支持に回ったと。

大韓商務組合部長李学宰は、11月5日のエントリーで取り上げた1909年(明治42年・隆熙3年)12月4日付『警秘第4107号の1』でも報告された通り、臨時国民演説会で「一進会を問責す」という演説をした人物。
その時に、「この後、李学宰は一進会支持に回り組合員と一悶着あるのだが、これは後に取り上げる事となるだろう。」と書いたわけだが、その発端がこの公函ということになる。
自分で伏線張っておきながら、ググらないと忘れてしまう所だったのは内緒。(笑)

で、警察は、国民大演説会に代表されるような合邦反対派だけではなく、一進会支持者も取り締まる方針であったようである。
商業団体が政治に関与するのは不穏当であると。
学会については、三派合同で西北学会が表に出てこなかったように、学会令第五條の「学会は、営利事業を為し又は政治に関渉することを得ず」という縛りが元々存在している。
商業団体やその他の社交団体に対する規制があったかは不明だが、考え方としてはそれに準じるのだろう。

そして、公函の中で盛んに述べられている「5條件」。
これは、10月28日のエントリーで紹介した曾禰荒助の統監就任5条件の事だろう。
まぁ怪しい話ではあるのだが、その5条件よりは一進会の合邦声明の話の方がマシだという理由で賛成しているわけである。
5条件の記事も合邦声明も、内田良平が裏にいる噂は出ているわけですがね。(笑)

それにしても、唐突に合邦賛成に転じた感も無くは無く・・・。

さて、次で14日付けの史料は終了。
前回、「話の流れ上少し後に出てきます。」としておいた『憲機第2438号』も載っている集報、1909(明治42年)12月14日付『機密統発第2061号』より。


憲機第2341号、同第2432号、同第2435号、同第2438号、同第2444号、同第2447号、同第2448号并に警秘第4315号の1、別紙為御参考供閲覧候也。

○ 別紙一 憲機第2341号

国民大演説会々計課長芮宗錫・庶務課長鄭應卨(咼の上にト)・交渉課長文鐸以下十数名の役員、11日午後1時頃より其事務所に集合し、会務其他の事項に就き協議する処ありし由なるが、其重なるは去る10日提出せし上書に対し一進会に何たる処分の為さざるに於ては、公然裁判所に訴出して、以て一進会の罪責を明かにせんことを議し、先ツづ韓人弁護士李免宇・張燾・洪在祺・丁明燮・太明軾の5名を同会に聘し、今回一進会が声明書を発表して政体を変更せんとせしこと、并に民心を動搖せしめたること等研究せしむるに決せりと云ふ。
以上。
明治42年12月13日

○ 別紙二 憲機第2432号

国民大演説会発起者の一員たる国是遊説団幹事高羲駿は、10日午後9時頃同団員姜燁・張基濂・厳柱憲等重なる役員7、8名を自宅に招き、大要左の談話をなし、結局国民大演説会より大会し、遊説団の拡張に専心せむことを協議せし由なるが、1、2異論を唱ふる者もありしも、大体に於て高の意見に賛成せりとのことなれば、近日中に国是遊説団員等は国民大演説会会より脱会するに至る可しと。

今回一進会声誅の目的にて国民大演説会に賛同し著々其歩を進めつつありしも、突然官憲より言論集会を差止められ活動し能はざる而已ならず、一進会に反対するものは官憲に於ても所謂排日派の如く注目するを以て、唯一の目的たる我国是遊説団の将来に及ぼし影響少からざるべし。
且つ曾禰統監が、曩に我団の拡張費として与ふべしと予定せられたる一万円の金も或は取止め、我団の解散するやの意向なりとの説専らなれば、李首相等より幾百円の運動費を貰ふよりは、却て統監府側に接近し団の維持のみに心を傾け、統監より一万円の金を貰ひ分配する方得策なれば、此際李首相等の依頼を拒絶し、国民大演説会を脱せん云々。
以上。
明治42年12月13日



国民大演説会は、裁判所への提訴を考えて研究を始めた、と。

一方、発起者の一人だった高羲駿等国是遊説団の主なる者は、官憲に言論集会を禁止された事及び排日派と目せられる事から、国民大演説会から脱会する事になるだろうと。

統監からの拡張費として交付される予定の一万円については、詳細不明である。
取りあえず、曾禰統監から貰う予定の拡張費が取り止めになるかも知れないから、李完用の工作費を貰うよりは統監府側に接近して一万円を貰った方が良いと。
どうやら、李完用が11月21日のエントリー等で見られた、国是遊説団への買収の噂は、額は兎も角として事実のようである。

まぁ、10日の時点で曾禰は、11月18日のエントリーの『往電第39号』に見られるように一進会の合邦宣言に対しては否定的なんだけどなぁ。(笑)


○ 別紙三 憲機第2435号

京城新報社長 峯岸 繁太郎
大韓日報社長 戸叶 薰雄
朝鮮日日新聞社長 今井 忠雄
外2、3新聞記者

右之者等、2、3日前より大垣丈夫の非行に関し寄々密議を凝らしつつありし由なるが、近日中大垣を退韓せしむる様、其筋に申請する筈なりと。
以上。
明治42年12月13日



うーん。
「大垣丈夫の非行」とあるからには、恐らくは李完用による買収工作の話絡みなのだろうと思われるが、詳細不明。
11月18日のエントリーで見られたように、自分等抜きが気にくわなかったりして。(笑)
ま、ここでは素直に、そういう話があるよという事で。


○ 別紙四 憲機第2438号

大韓商務組合部長 李學宰
前参領 趙悳夏
前郡守 呉承根
前主事 李台夏
前主事 楊禎
前参奉 金世済

右之輩等、一進会の合邦声明書に対しては公然反対運動を敢てせざるも、陰然其反対派に同情を寄せ居りしが、今回突然警視庁より不穏の言論集会等、治安に妨害ありとて差止められたるを見、官憲は陰に一進会を擁護し居るが如く臆測し、同会に反対するは不利なるものと思料し、一昨日来一進会合邦声明書賛成同志会なるものを組織し、同会に声援せんとの趣旨にて秘密に其会員募集中なるが、入会者は名簿並に署名捺印せしめ、趣旨書及会則等は李學宰其起草の任に当り居れりと。
明治42年12月13日



これが、前回出てきた『憲機第2438号』ですな。
一進会の賛成に回ったのは、言論集会が差し止めになった事に対して官憲が一進会擁護だと思ったから、と。
勝手な憶測で判断するのは、賛成派も反対派も現代韓国人も変わりませんなぁ。
つうか、官憲が一進会擁護だとしても、わざわざ賛成同志会とか作っちゃう辺りがアレなわけですが。(笑)


長くなったので、『機密統発第2061号』の途中ながら今日はこれまで。


合邦問題(一)   合邦問題(十一)   合邦問題(二十一)
合邦問題(二)   合邦問題(十二)   合邦問題(二十二)
合邦問題(三)   合邦問題(十三)   合邦問題(二十三)
合邦問題(四)   合邦問題(十四)   合邦問題(二十四)
合邦問題(五)   合邦問題(十五)
合邦問題(六)   合邦問題(十六)
合邦問題(七)   合邦問題(十七)
合邦問題(八)   合邦問題(十八)
合邦問題(九)   合邦問題(十九)
合邦問題(十)   合邦問題(二十)


合邦問題(二十四)

テーマ:

今日からは14日付けの史料に入る。
合邦声明から10日経ち、そろそろ動きがあっても良い頃。
実は、今日で合邦運動に関連して紹介するつもりの史料数の、丁度半数を越える。
うえ~、気が遠くなる・・・。
つか、後で別途まとめんと、誰も読んでくれない希ガス。(笑)
当面の目標は連載50回以内に終わらせる事だな。(笑)

ということで、まずはいつも通り14日の日本の動きから。
1909(明治42年)12月13日付『憲機第2457号』。


東京対韓同志会員桜田倶楽部に属する代議士小川平吉、今14日一進会長李容九に宛て、左の電報到達したりと。

電報の概要
我5,000万同胞は貴会の合邦問題には同意なれば、反対者あるも之れに屈せず、益々奮励せられんことを望む。



対韓同志会、うぜぇ。(笑)
ちなみにこの小川平吉、Wikipediaによれば宮澤喜一元首相の祖父との事。

「教科書が侵略を進出に改めた」の誤報事件での宮澤談話等々は、爺さんが何やったか知ってるからだったりしてな。(笑)

続いては14日の一進会に関する史料。
まずは1909(明治42年)12月13日付『憲機第2456号』から。


一進会本部にては日韓合併声明書発表後、地方各支会長を招集し続々入京しつつあるが、此外一般会員も、一進会より合併問題発表新聞紙に記載されたる後、無頼漢の加害を怖れ、資産を有するものは京城へ避難する者日々増加の傾向ありと。


んー、今まで一進会が地方の各支部長を招集したという史料は見られず、寧ろ、合邦声明について本部に確認するために、地方の方から本部向かった話が多かった。
で、一般の会員は、無頼漢の加害を恐れて京城へ批難している、と。

ここで、忠清南・北道の一進会支部の状況を見てみよう。
最初は、忠清南道の一進会の動静に関する、1909(明治42年)12月13日付『憲機第2450号』より。


(12月10日附 公州分遣所長報)

一.在公州忠清南道一進会支部に於ては12月17日大会を開く予定にて、各郡委員に通牒せり。
二.忠南一進会長は、是までは李平秀の処、今回梁柱益なるもの会長に推選せらる。



一進会の大会とは言っても、これは公州忠清南道支部の大会だなぁ。
次に、忠清北道の動き。
1909(明治42年)12月13日付『憲機第2449号』。


(12月13日附 清州分遣所長報)

忠清北道一進会支部にては、2日前より委員会を開き密議を成しつつあり。
忠清北道一進会副長張奎煥の言に拠れば、今回の声明書及建白書等の結果、耶蘇教及其他の教会員等は国賊なりと云ひ居るを以て、或は妨害を加ふる事なきを保せず。
依て隠に保護を与へられ度旨、申出たり。



確かに恐怖は感じては居るようだが、京城への避難へは繋がっていないようである。
これまでの地方状況から見ても最初の『憲機第2456号』は異質であり、今後新たな動きが出てくるかもしれないが、取りあえず誤報としておこう。
まぁ、恐怖を感じるような極端な無頼漢も居る反面、昨日に引き続いて一進会の擁護勢力も現れる。
1909(明治42年)12月13日付『憲機第2454号』より。


(12月13日憲機第2438号参照)

大韓商務組合所
総代 楊楨
同 尹珌

右両名は、昨13日午後1時一進会本部に到り、同会が発表したる合邦論を賛成する旨の書状を差出したるに付、一進会は之を快諾したりと云ふ。
而して其書状の内容は、大要左の如し。

貴会の声明書を見るに、国家の利益と幸福を基とするにあり。
然るに内閣及社会が之に反対するは、解せざる処なり。
弊所は貴会の目的を賛成するものなり。
其遂行に就ては、同心同進するにあり云々。



『憲機第2438号』については、話の流れ上少し後に出てきます。
乞うご容赦。
で、大韓商務組合所は合邦賛成と。
まぁ、この後例によって一悶着あるわけですが、それは追々。

さて、昨日報告のあった、日本留学生李豊載と高元勳が反対運動しに帰る話について、どうやら12月11日に京城に到着した模様。
1909(明治42年)12月13日付『 警秘第365号』より。


日本留学明治大学生李豊載(京城北部中学橋十一統一三八)、高元勳(慶尚北道聞慶郡山南面旺泰洞)の両名は、東京麹町区中六番町元韓国公使館内大韓興学会に於て決議したる、一進会の合邦問題に反対の布告文并に内閣に提出する建議書を齎し、去11日夜入京したるに、彼等は京城内にては既に時局問題に関する集会、布告文の配布を禁ぜられたるを聞き、俄かに之を撤回し、来17日帰京の途に就く筈なり。
而て彼等の内閣に提出せんとしたる建議書并に布告文、及び当庁に於て召喚取調の際提出したる陳述書は別紙訳文の如し。

右及報告候也。

追て、布告文は500枚(印刷にしたるもの)携帯に付、任意之を領置したり。

○ 別紙一
上書

(あんまり重要じゃないし、中身も子供っぽいので内容省略・笑)

隆熙三年十二月九日
在日本東京 大韓興学会長 李昌煥
総理大臣 李完用 閣下

○ 別紙二
天下に布告するの文

(これも、あんまり重要じゃないし中身も子供っぽいので内容省略)

隆熙三年十二月九日
在日本東京 大韓興学会

○ 別紙三
陳述書

李豊載
高元勳

本人等、在日本東京大韓興学会総代の任を帯び、国民大会に出席し、一進会の声明せる合邦問題に対し布告文及内閣に長書を呈せんとしたるに、布告文は治安警察の禁止に依り配達を停止し、内閣への長書は学生の身分に不適当なるを自覚し之を停止し、来る17日発程渡日せんとし、茲に陳述す。

隆熙三年十二月十四日
李豊載
高永勳



上書や天下に布告するの文は、一進会の事を妖魔とか妖物とか呼んで、国賊を討てとか首切れとか単に煽りまくってる内容。
4,000年の歴史とか面白いんで晒しても良かったんですが、幾ら全部引用すべきなのかなぁと悩んでも、どう考えても冗長なので全部カットしちゃいました。

で、意気込んで京城に来てはみたものの、時局問題に関する集会、布告文の配布が禁じられている事を知り、為す術もなく帰る事になりました。
(´・ω・`) ←こんな感じ?(笑)
ちょっと可哀想。(笑)


今日はこれまで。


合邦問題(一)   合邦問題(十一)   合邦問題(二十一)
合邦問題(二)   合邦問題(十二)   合邦問題(二十二)
合邦問題(三)   合邦問題(十三)   合邦問題(二十三)
合邦問題(四)   合邦問題(十四)
合邦問題(五)   合邦問題(十五)
合邦問題(六)   合邦問題(十六)
合邦問題(七)   合邦問題(十七)
合邦問題(八)   合邦問題(十八)
合邦問題(九)   合邦問題(十九)
合邦問題(十)   合邦問題(二十)


合邦問題(二十三)

テーマ:

今日は、13日付けの大韓協会の動きから見てみよう。
とは言っても、内容は11月22日のエントリーで警察による報告が為された、12月11日の大韓協会の総会について、今度は憲兵隊による報告というだけなのですが。
というわけで、1909(明治42年)12月13日付『憲機第2433号』より。


大韓協会にては、11日午後3時頃より会長金嘉鎭・副会長呉世昌・総務尹孝定以下会員45名其本部に集合し、月例総会を開き、役員の改選及12日午後1時漢城府民会構内に於て開催の筈なりし、各社団会の連合会議は1名乃至2名の代表と雖ども、50ケ所の代表者を集むれば其数約100名に達するを以て不可なりとの旨、復々警視庁より差止められたるの故を以て同日の会議は中止すること、其他前会議の報告及慶尚道漆谷郡支会を大邱支会に合併すること等を可決し、同4時30分頃閉会せり。
当日、会員中評議員鄭雲復は、去る5日西大門内円覚社の演説会に於て攻撃せられたるのみならず、近時一進会に阿附し居るの状あるを以て、此際本会より放逐せんとの論議を唱ふる者多かりし由なるが、副会長呉世昌の説明に依りて、同人に対する諸種の非行を調査し、事実会則に照し、会員たるの資格を没却するが如き非行確なる場合は、本会員を免黜することに結着したりと。
会長、副会長、総務員は従来の儘とし、評議員は左の如く選定せりと。
当日は、大垣丈夫も出席せり。

左 記

沈宜性 玄 檃 李海朝 金相範 安炳奎 申圭植 趙琬九 朴承燁
李範壽 卞鍾献 崔敬淳 金秉洙 金 麟 李圭漢 金重煥
以上

但し、評議員の定員は20名なるも、当日は15名丈選定し、残5名は追て選定する筈なり。



11月22日のエントリーの役員と併せて、この時の大韓協会の陣容が分かりましたな。
まぁ、あまり意味は無いわけですが。(笑)

文中変わったところは鄭雲復の話という事になるだろうが、11月8日にエントリー中、既に12月5日に開かれた議事員会で同様の話が出ており、且つ11月10日のエントリーでは、12月6日に鄭雲復が脱会書を出している筈なんですがねぇ・・・。
本人が辞める形ではなく、飽くまで大韓協会が罷免した形にしたいのだろうか?
ちょっと不明。

続いて儒生の動向について。
1909(明治42年)12月13日付『憲機第2439号』。


儒生金東弼なる者は、先年軍部大臣李根澤暗殺事件に干与し、且つ平素十三道儒生代表の名を冒して政府及統監府等に建議書或は請願書を提出して能事とし居る雑輩なる由なるが、今回一進会が発表せし声明書に対しては之れに眩惑するなく極力反対し、国民の性格を失せず、我三千里彊土を倭国に委せざる様一致団結以て事に当るの覚悟を持し、此際十三道儒生等一斉起りて一進会を声討せんことを望むとの意味なる通文を、一昨日来窃かに各道各郡の儒林宛発送しつつありと。
尚注意中。



「はいはい。腐儒ワロスワロス。」と言えれば楽だろうなぁ・・・。(笑)
「普遍的正義」や「日本帝国主義」同様に、たまには思考停止して楽をしてみたくなる訳だがそうもいくまい。

金東弼は古典的な排日派の儒生である。
特に、一進会や乙巳五賊といった、日本に協力的な韓国人に対して過激な手段を採った人物。
史料文中、1906年(明治39年)の軍部大臣李根澤暗殺事件に言及しているが、金東弼がこれに関与したという史料は、今のところ見つける事ができていない。
しかしながら、1907年(明治40年)2月には朴斉純を始めとする当時の5人に閣僚と李根澤の計6名を暗殺し、政府顛覆を図った首謀者の一人ではある。
また、宋秉畯・魚潭争闘事件から三派合同まで、激しく宋秉畯を責め立てた人物でもある。
そんな儒生が、この機会を逃すはずがないわけでして。(笑)
各道各郡の儒林に一進会声討の通文を発した、と。

こうして一進会を攻撃する勢力が出る一方で、一進会を擁護する勢力も現れるわけで。
1909(明治42年)12月13日付『憲機第2445号』より。


従二品金昇圭、正三品徐彰輔、湖南学会総務尹柱瓚、正三品李洙榮等6、7名は、去る11日午後7時頃金昇圭宅に集合し、今回一進会より発表せし声明書は、目下の時世に適合せしものなり。 然るに李完用等は、単に自己の地位を維持せんとするの野心より、各社・会を煽動して反対せしむるは甚だ不都合なりとし、大に之れが反対を唱導し、一進会を援助せんことを決議し目下夫々運動中なり。


む。
どっかで見たと思ってググったら、9月27日のエントリーでまるっと取り上げてたね。(笑)
その際には湖南学会についてのみ語ったわけだが、要は一進会擁護で李完用攻撃。
但し、どちらに重点が置かれた話なのかは不明である。

さて、次に紹介する1909(明治42年)12月13日付『高秘収第8212号』で13日付けの史料は終了。
日本に居る、韓国留学生の反応についてである。
尚、これに別紙として付随する12月9日付『乙秘第2772号』については、アジア歴史資料センターの『1 〔明治42年〕12月7日から〔明治42年〕12月28日(伊藤公爵薨去後ニ於ケル韓国政局並ニ総理大臣李完用遭難一件)(レファレンスコード:B03050610300)』でも見ることが出来る。 【1画像目】 【2画像目】 【3画像目】


在日本韓国留学生行動に関し、警視総監より左の通牒あり。
右及報告候也。

○ 別紙 乙秘第2772号 12月9日
韓国留学生の行動

本月6日午後6時より、麹町区中六番町元韓国公使館内大韓興学会に、同会評議員

李豊載 朴容喜 文尚宇 李康賢
李承瑾 鄭世胤 南宮營 崔浩善
金局泰 金淇驩 洪鑄一 趙鏞殷
金河球 李寅彰 李大容 崔浩承
尹臺鎮 金国彦 南廷圭 崔元植
李得年 金永桂 姜麟祐 崔俊晟
邊熙駿

外会員十数名集会。
今回一進会の提唱に係る日韓合邦問題に付、各自激烈なる反対意見を交へたる後、韓国政府は勿論各団体学校其他韓国全体に対し一進会の生命を断つに努め合邦は絶対に反対すべしとの件を留学生一般より勧告するに決し、之れが建白及勧告書起草委員として、

朴炳哲 李承瑾 尹臺鎮 文尚宇
趙鏞殷 高元勳

を選定、散会。
翌7日其草案成りたるを以て、昨8日午后1時より在京留学生全部を召集し、評議員会長李豊載会頭席に就き、一進会の提唱は売国的行為なるを以て、同会の解散は勿論、韓国全体に向って合邦反対の輿論を喚起せしむると同時に、一進会を根底より破壊する方法を講ずるは、刻下の急務なり。
若し、韓国政府カが一進会の行動に付厳格なる措置を為さざるに於ては、我々其任に膺らんと欲す。
依て、今日諸君と会し、之を協議するものなりと説示するや、300有余の学生は同気相應じ、此際学生全部帰国して一進会を打破すべし、或は李容九殺すべし等、種々突飛の議論を闘はし喧擾を極むるより会長も其措置に困難したるが、結局2名乃至5名の委員を挙げ、委員は直に帰国の上、合邦反対並に一進会を解散し、同会員を厳罰に処すること等の事項に関し運動することに決し、漸く10時半に至り散会を告げたるが、右の結果とし李豊載(日本大学生)、高元勳(明治大学生)の2名は、本日午后3時40分新橋発京城に向へり。

以上。



まぁ、行おうとしている事自体は、京城の反対派とほぼ同じなわけですが、「此際学生全部帰国して一進会を打破すべし、或は李容九殺すべし」は若さというか、何と言うか・・・。


ということで、今日はこれまで。


合邦問題(一)   合邦問題(十一)   合邦問題(二十一)
合邦問題(二)   合邦問題(十二)   合邦問題(二十二)
合邦問題(三)   合邦問題(十三)
合邦問題(四)   合邦問題(十四)
合邦問題(五)   合邦問題(十五)
合邦問題(六)   合邦問題(十六)
合邦問題(七)   合邦問題(十七)
合邦問題(八)   合邦問題(十八)
合邦問題(九)   合邦問題(十九)
合邦問題(十)   合邦問題(二十)


合邦問題(二十二)

テーマ:

今日からは12月13日付の史料に突入する。
まずは、これまで各道の警察部長に出された訓令に関して。
1909(明治42年)12月13日付『高秘発第437号』から。


合邦問題に関する一般取締の為め、各道警察部長へ対し左の訓令を発したり。

12月5日 各道警察部長へ
一進会は日韓合併宣言書を発表せり。
民心に及ぼす影響、注意報告すべし。

12月7日 各道警察部長へ
京城韓国人は、一進会合邦宣言に反対して国民演説会を開き、大韓協会は国民大会を開き反対せんとし、更に演説会と大会とは合併して合邦反対運動を為さんと協議中なり。
此際、特に各種の会に注意あれ。

12月8日 各道警察部長へ
合邦問題に付ては、地方人心を煽動し又は騷擾を惹起すべき行動あるものに対しては、党派の如何に係はらず、厳重公平に取締らるべし。

12月9日 各道警察部長へ
警視庁は各会に対し、合併又は非合併に関し民心を動搖せしむべき会合を為し、又は書面を配布する等のことなき様、説諭の上差止めたり。
此趣意により、宣言書等未配布のものあらば配布せしめざる様説諭をなす等、相当取締あれ。

12月12日 忠清南道警察部長事務取扱へ
公州にては、一進会の合邦声明書の配布は度支部大臣の命に依るものと誤解し、人民激昻し居るとの聞えあり。
若し事実とせば、前電の如く未配布のものは配布せしめず、配布済のものに対しては取り上ぐるに及ばざるも、人心動搖せざる方法を採らるべし。
殊に其地方は両班多き故、厳重警戒あれ。

12月12日 各道警察部長へ
合邦問題に付ては、予て電報せし通り充分警戒あれ。
猶ほ、其後の状況は14日迄を纏め、大様を具体的に電報し、猶書面にて詳報あれ。
又一進会員に対し危害を加へ、又は一進会長暗殺等の風聞もある際故、特に注意あれ。

12月13日 各道警察部長へ
京城にては、天道教主孫秉熙を暗殺せんとするの風評あり。
御参考まで。

右及報告候也。



初出の話は、まずは一進会の合邦声明書の配布は度支部大臣の命令だと誤解しているという件。
当時の度支部大臣は高永喜であるが、何故そのような噂がたったのかは、皆目見当も付かない。

後は天道教主孫秉熙暗殺の噂。
10月17日のエントリーで、孫秉熙が伊藤博文の生前を賞揚し、伊藤の暗殺は東洋の不幸にして、韓国は其の滅亡を招くものなりとの言ったとされる事や、10月15日のエントリーでの侍天教と天道教の融和以降、合邦問題を機に袂を分かつ等の動きが見られない等を受けての噂だろうか。

次は、13日の宮中の動き。
1909(明治42年)12月13日付『警秘第4315号の1』より。


一進会主唱の合邦問題に関しては、頃者其不成功に終るものなることを覚知し宮中一般に安心せしものの如し。
之と同時に、一進会に対する反感は一層激甚を加へ、此機に乗じ同会を解散すべしと唱導するに至れり。
現に宮中の官吏にして一進会員と称する者は、主殿院卿李謙濟と侍従院侍従厳柱東・典膳司尚膳安淳煥・承寧府侍従尹範植等にして、宮内府官吏中、昨今同会員は全部罷免すべしとの議論起りしが、宮内府次官は、何等の非行なくして単に会員たるの理由を以て免黜するは不当なりと否認せり。
然るに承寧府の尹侍従は、同会が声明書発表の当時這般の印刷物頒布に関係盡力したりとの廉を以て、趙摠管は官規に違背したるものとなし、免官の義宮内府大臣に申報し、同人事課に於て自今調査中の処、尹は声明書発表の前夜、一進会本部に至りて同声明書を受領し、所持せるを同僚に認められ、之を誇大に吹聴せられたるものにして、摠管は報告せし事実の如くならざるを以て免官すべき非行を認めずと云ふ。

右及報告候也。



上書提出から9日経っても、殆ど動きが見られないわけで、不成功だと思うのは当然であろう。
一方で、宮中には粛正の嵐が吹き荒れそうになるわけだが、宮内府次官が非行の理由が無いのに免官するのは不当であるとした、と。

おお、凄ぇ!
いや、普通に当たり前の話なんだけど、李朝・大韓帝国においては奇跡的じゃないですか!


・・・と思っていたら、日本人でした。_| ̄|○


宮内府次官小宮三保松。
大審院判事だった事もある法律学者。
何故かは良く分からないけど、ガッカリ。(笑)

承寧府侍従尹範植のクビの話は、11月13日のエントリー11月15日のエントリーで見られたわけだが、結局免官すべき理由は無かったようである。

続いて、国民大演説会に関する件。
まずは、1909(明治42年)12月13日付『憲機第2442号』から。


国民大演説会は、演説集会等を禁ぜられたるを以て、外面は之れに服従したるが如く裝ひ居れども、裏面にある政府閣員及元老大官等は、日本が一進会を庇護する上は、今回の問題が何日更に発生するや難計ければ、仮令如何なる打撃を蒙るとも此機を逸さず永久禍根を絶つべき策を施すべしと、内々隠密に協議を凝し居れりと。


うーむ。
そういう理由で、11月21日のエントリー11月22日のエントリーで統監及び内閣に一進会解散の上書が出されたのね。

次に、1909(明治42年)12月13日付『警秘第362号』を見てみよう。


既報(12月10日警秘第4237号の1)、国民大演説会員李舜夏が、一進会の解散に関し中枢院に提出せし建議書は、同院に於て審議の末今回別紙の如き意見書を添付、内閣に回付したりと云ふ。

右及報告候也。

○ 別紙

正三品李舜夏の献議書を接受、議決す。
窃かに該案を査するに、一進会長李容九の声明書に対して挙国臣民の公憤沸騰せるのみならず、其所謂上奏の文は、天を詬め日を罵りて憚るなし。
是れ豈人臣の敢て口に発する所の者ならんや。
此等の文字一世に公布せらるるは、是れ渠が自取の断案にして、沫血声討更に議を容るる処なし。
且つ、宋秉畯を以て之を言へば既に該会の頭領たり。
声気和合して必ず知らざるの理なし。
献議に云ふ所も亦過語にあらず。
罪状此の如くして、儼然本院顧問の列に在り豈本院の差にあらずや。
茲に献議書を粘付仰布す。
即ち、宜しく宋秉畯、顧問の任を斥免し、其余は献議書に依りて裁処せられんことを要す。

中枢院議長名
内閣総理大臣 宛



李舜夏の中枢院への献議については、11月11日のエントリー以降たびたび見られた話である。
つうか、あまり重要そうじゃないって省略しなきゃ良かったかな。(笑)
兎も角、内容的には宋秉畯と李容九の処罰と一進会の解散を求める献議書だったわけだが、中枢院は審議の結果、この時まだ中枢院顧問である宋秉畯の罷免とその他事項は献議書のとおり取り扱う事を、意見書として内閣に回付したわけである。


冗長になっても、やはり全部引用すべきなのかなぁと悩みながら、今日はこれまで。


合邦問題(一)   合邦問題(十一)   合邦問題(二十一)
合邦問題(二)   合邦問題(十二)
合邦問題(三)   合邦問題(十三)
合邦問題(四)   合邦問題(十四)
合邦問題(五)   合邦問題(十五)
合邦問題(六)   合邦問題(十六)
合邦問題(七)   合邦問題(十七)
合邦問題(八)   合邦問題(十八)
合邦問題(九)   合邦問題(十九)
合邦問題(十)   合邦問題(二十)


合邦問題(二十一)

テーマ:

右にしろ左にしろ、合邦問題について一所懸命語る人達に、お前等何について語ってるの?と聞きたくなるほど何も起きていない合邦問題。
さて、これからの史料で何か大きな事件が起きるのでしょうか。
それでは今日は、地方の状況についてから。
1909(明治42年)12月12日付『木発機第64号』。


一進会が、各団体及府郡守其他主要なる者に対し配送せし声明書は、去る8日頃概ね到着せり。
之と同時に木浦支部会長李相瑨は京城より帰来し、今回発表せる声明書を更に多数印刷し、一般会員に配付して其の主旨を徹底せしめ、会員をして市場又は公衆会合等の場所に於て、合邦の利害を釈き聞かしめ以て反対派の意向を動かし是に賛同せしめんと欲し、将に其の計画をなさんとしたるを以て、直に木浦警察署長より同会に対し、此の際苟くも人心を煽動する如き軽挙の行動あるべからざるを懇篤説示したりし処、之れを甘諾して忽然其計画を中止したり。
而して、爾来何等人心を攪乱するが如き動勢あるを認めず。
一進会光州支部は数日前、俄かに大韓協会と提携を絶ちたるの状況自然現はれ居るも、元来全南方面に於ては大韓協会は会員極めて少数なるが故に勢力微にして、到底一進会と対抗する能はず。
従て、各団体に凭りて人心の動搖するが如き状態を認めず。
其の他各警察署長より状況報告に接したるも、一般の形勢は漸次本問題不成立の傾向を示しつつあるを以て、更に人心の動搖せる状態あるを聞知せず。
然るに韓人官吏社会及有識者と認むる者等に於ては、今日の韓国人は日本人と同等の権力なきものの如く信じ、日本人と同権たるを切望するの感想、平素脳裡に存するものならん乎。
今回日韓合邦せば、日韓人同権となるべきを以て、韓人に取りては大利益ならん等と評し、至て楽観視し居る者尠からず。
部内の状況前陳の如く全般に渉り平穏なるも、本問題は未だ下層社会には普及せざるものの如く、之れが周知の上は或は多少誤解を為すものある哉も難計に付、猶ほ各警察署長を督励し専ら注意中に有之此段及報告候也。



光州・木浦方面の状況である。
ここでも大した事は起きていないが、一つだけ面白い記述がある。
然るに韓人官吏社会及有識者と認むる者等に於ては、今日の韓国人は日本人と同等の権力なきものの如く信じ、日本人と同権たるを切望するの感想、平素脳裡に存するものならん乎。」である。
日本人は韓国人と同等の権利があると思っているのに、韓国人は同等の権利がなく、日本人と同等の権利を切望している。
これは、日本人が鈍感なのか、韓国人が被害妄想なのか。
どちらかは不明であるが、なんとなく在日朝鮮人の言い出す諸問題を思い出すのは、私だけだろうか。(笑)

さて、次が12日付けの集報となる『機密統発第2045号』である。


別紙憲機第2423号、同第2426号、同第2429号并に警秘第258号為御参考供閲覧候也。

○ 別紙一 憲機第2423号

皇族李址鎔は、一両日前夜其の実弟李範九を招き、今回一進会が発表せし所謂合邦声明書なるものは、単に宋秉畯・李容九等の意思に出でたるに非らず。
必ずや日本政府よりの内嗾に因ると推測す。
之に対し、如何に反対運動を試むるも、其の目的の遂行は到底覚え束なかるべし。
故に国民大演説会に幹事として奔走するも、盖し何等益する所なき而已ならず却て日本人より排日派と注目せらるべきを以て、此の際断然同会を脱し、統監府官吏等に接近し、官職運動を試むる方得策ならんとのことを勧告せしと。

以上。



 李址鎔


約一年前は博打にはまっていた李址鎔。
国民大演説会の研究の結果(笑)、日本が背後に居るとされたのは、11月5日のエントリーで取り上げた。
しかし、国民大演説会は「此際我等は死を賭して彼に反対し、日韓合併の挙なからしむ可きを期せざるべからず」等と意気込んでいたのに、李址鎔ってば・・・。(笑)


○ 別紙二 憲機第2426号

内田良平
右は従来天眞楼に宿泊中の処、昨夜より北部齊洞なる自宅に転じ、一両日中には大韓協会との交渉も決定する趣にて、一先帰京し、韓国の状況を同志及其の筋へ報告すると云ひ居れり。

附記
一進会長李容九も同伴渡日すと云ふ。



大韓協会との交渉???
今まで全くそんな気配が見られていないわけですが・・・。
前回の『憲機第2425号』でも一進会がそんな事を言ってるけどね。


○ 別紙三 憲機第2429号

来る12日、大韓協会に於ては漢城府民会を会所と定め国民大会を開き、時局問題に関する声明書公布する準備中に在りしが、昨日同会の重なるもの本部に協議の結果、近く其の声明書を各新聞紙に因り公布することに決定せりと云ふ。
声明書、左の如し。

時局に対する声明書
(内容は、前回の『警秘第361号の1』と翻訳の語句選択以外ほぼ同じなため省略)

右大韓協会顧問大垣丈夫の草稿に成りしものにして、之れを韓訳し、一両日中に韓国新聞にも掲載せんとするものなりと。

以上。



大韓協会の宣言書は、前回の予測どおり大垣丈夫の草稿だと。
しかし、「本会内限り之を決定し置く」だった筈なんだが、韓国の新聞にも掲載する予定とされていますな。


○ 別紙四 警秘第358号

時局に対する宣教師の態度
京城在留各宣教師は、時局問題に対しては頗る慎重の態度を執るものの如し。
現に、大韓協会の主催に係る、来る12日開催せんとしたる国民大会に臨席を要望せる布告文を各耶蘇教会堂に配布したるに、貞洞梨花学堂、同培材学堂、蓮洞長老教会の如きは、宣教師の注意に依り之に応ぜざることに決し、又南大門内尚洞教会所内呉祥根等は、時局問題に関し今11日孤児院内に同志を糾合せんと、既に布告文6,000枚を印刷配布せんとしたるも、同教会所宣教師の注意に依り是又中止したりと云ふ事実ありて、時局問題に対しては、一般耶蘇教側は現今の所平静なり。

右及報告候也。



んー、キリスト教宣教師等は平静、と。
呉祥根等の孤児院での集会の話は、恐らく11月12日のエントリーにおける裴東鉉外8名の発起と、某知友の注意で中止した件と同じであろうと思われる。
結局、同教会所宣教師というだけで、「某知友」が誰かは分からないわけだが。

さて、次の史料で12日付けの史料はお終いである。
徐々にスピードアップしてきましたね。(笑)
ということで、1909(明治42年)12月12日付『警秘第359号の1』。


一.李総理は、一進会の声明書に対し攻撃を加へんが為め、大韓毎日申報記者梁起鐸に4、5日前2,500円を交附し、一進会撲滅記事を連載することに内約したりとの巷説あり。(聞込の儘)

一.国民大演説会は、去10日布告文を発表したりと新聞に報ずるも事実無根なり。
又同会は、当庁より説論後、皇城・大韓・漢城・毎日の4新聞社長に金200円づつを送り、陰に声明書を韓内地及浦塩方面に配布せんことを依頼し、4新聞社は其発送方準備中なりと報ずるものあるも、右4新聞社に於て発送せんとしたるものは去9日、承諾の上悉皆之を領置、其発送を中止せしめたれば、目下如此事実ある筈なし。

一.国民新聞社長徳富猪一郎は、2、3日前菊池謙譲に宛て、一進会の声明書に対しては韓国民は一般静穏なりと打電すべし云々と電報し来り。
菊池は、国民新聞通信員熊谷直亮に談じ、去9日申込の如く返電したりと云ふ。

一.時事新報通信員橫尾槇一郎に対し、去10日東京本社より、一進会の声明書に対し一進会攻撃の事を発電せざる様、注意し来りたりと云ふ。

右及報告候也。



んー、多分大韓毎日申報なら、買収しなくても一進会を攻撃すると思うよ。(笑)

で、国民大演説会の声明書の話については、11月19日のエントリーでの集会又は声明書類の配布差止めに関する件か、上書や建白書が押収された件かは不明ながら、結局発送は中止されたため、4新聞社長買収の話は事実では無い、と。

次の徳富猪一郎。
徳富蘇峰である。
まぁ、徳富蘇峰も色々と困ったちゃんではあるのだが、「壮士」に対して批判的だったのは事実であり、一進会の声明書についてここで言及する話が出てくるのは、真偽は別にして少し興味深い。

そして最後に、時事新報の橫尾槇一郎に対して、本社から一進会攻撃の事を発電するな、と。
そろそろ、マスコミ周りもバタバタし始めましたな。

と言うことで、12日付けの史料はお終い。


今日はこれまで。


合邦問題(一)   合邦問題(十一)
合邦問題(二)   合邦問題(十二)
合邦問題(三)   合邦問題(十三)
合邦問題(四)   合邦問題(十四)
合邦問題(五)   合邦問題(十五)
合邦問題(六)   合邦問題(十六)
合邦問題(七)   合邦問題(十七)
合邦問題(八)   合邦問題(十八)
合邦問題(九)   合邦問題(十九)
合邦問題(十)   合邦問題(二十)


合邦問題(二十)

テーマ:

11日付けの史料、つまり10日頃は動きが少なかったようで、今日で終わり。
連載も20回に入ったので、とっとと先には進みたいのですが。(笑)
ということで、1909(明治42年)12月11日付『警秘第4272号の1』から。


昨10日午後1時、鐘路商業会議所に於て、国民大演説会幹事会を開けり。
出席幹事40名にして、午後3時散会せり。
其状況左の如し。

一.洪弼周・金重煥の2名は統監府に出頭。
統監に上書を呈し、李舜夏・鄭應卨(咼の上にト)の2名は内閣に出頭し、同様上書を提出したることを報告せり。

二.統監府及内閣より、上書に対し何分の沙汰ある迄、日々幹事10名づつ出務することに決議せり。

右及報告候也。



この時統監宛てに出されたのが、昨日の上書である。
ついでに、内閣に提出された上書についても報告されているので紹介しておこう。
1909(明治42年)12月11日付『警秘第356号』より。


国民大演説会は昨10日午後2時、李舜夏及び鄭應卨(咼の上にト)の2名を内閣に派し、別紙訳文の如き上書を提出せしめたり。

右及報告候也。

○ 別紙
[内閣上書 訳文]

中外民人等、謹で沐浴して書を内閣総理大臣閣下に上る。
伏して以ふに、乱臣賊子は天下の人々皆得て以て之を誅す。
噫彼の大逆無道の一進会は、千百に満たざる少数を以て敢て百万と称し、又其内幾個の逆類を以て敢て二千万を代表すと曰ひ、絶悖無厳の声明書を均布し、窮凶極悪なる上疏文を奏達せんとす。
是れ、我神檀四千年の国体を変更し、聖李五百年の主権を移動せんとするものなれば、国家皇室の大罪人にして臣民の賊なり。
覆載の間暫くも其生息を許すべからず。
故に国民声討の義として其逆類を将て邦刑に照し、函正せられんことを乞ふ。
而かも■刻も遅留することなく速かに断行せられ、以て神人の憤を快雪せしめられ、一進会は直ちに解散を行ひ、巨魁宋秉畯李容九は、必ず常刑に処せられんことを伏望す。

隆熙三年十二月十日
中外民人 閔泳韶 等
内閣総理大臣 李完用 閣下



統監府に出された上書とは、かなり文面が違いますな。
まぁ、言ってる事はほとんど同じですが。
この国民大演説会の運動が、李完用の買収によるものであれば、随分手の込んだ事で。(笑)

次に紹介する一進会に関する史料で、11日付けの史料は終わり。
1909(明治42年)12月11日付『憲機第2425号』。


合邦問題に関し、一進会側の云ふ処を綜合すれば左の如し。

一.大韓協会との交渉は、漸次其歩を進め居れり。
其現実は多少遅るるとするも、会の目的を達すること信じて疑わずと。

二.李容九は頗る機敏の行動を為し、儒生の重なるもの34名を早くも説き伏せ其味方と為し、又一面には耶蘇教徒にも関係を結び居れば、何等将来憂ふることなし云々。

三.京城にて、一進会の行動に対し兎角の評を為せし為め、一進会の為めには非常なる味方、則ち同情者を得たり。
此同情者なるものは、東京にある対韓同志会にして、同会は一進会とは何等の関係なかりしも、一進会を孤立せしむるは日本側の默する訳に行かずと云ふ論者多し。
来る13日の錦城館に於ける演説会は、一進会を助くるの決議を為すの形勢なりと。

四.大垣なるものが、合邦論に対しては韓人以上の反対者なるを以て、大韓協会を動かすに甚だ困難を感じたり云々。

以上。



・・・。
あのー。
お前等、マジで言ってますか?(笑)

11月14日のエントリーで、内田良平が、韓国の現在の民情を知らずに時機を誤ったと認めて、一進会の救済を大垣に依頼してから4日しか経ってませんが・・・。
しかも、劇的に状況が変化したとも思えませんな。

で、李容九は儒生やキリスト教徒中に味方を作っていると。

そして対韓同志会。
11月16日のエントリーでの運動費の噂等、同情によるのかどうかは甚だ疑問。(笑)
まぁ、今で言う「良心的日本人」と同義な事は確かだろう。
13日には演説会を行うらしい。

で、大垣丈夫が韓国人以上に反対派であり、大韓協会を動かすのが困難だ、と。
間接に一進会を援助すると言った男に、そこまで言うのはどうかと思いますがねぇ。

さて、内田が嘘を吐いてるのか、単なる強がりなのか、ウリナラ解釈で幸せになってるのか。(笑)
という処で11日付けの史料は終了。
12日付け最初の史料は、1909(明治42年)12月12日付『警秘第361号の1』から。


時局問題に関し、集会又は声明書類の配布差止めの後の経過を視察するに、該諭示は確実に行はれ聊か之れに反戻の行為あるものなし。
又、之れに対する民間の意向を探聞するに、諭示の主旨に対し更に反対の意見を挿み、若くは之れに批難するものなし。

右及報告候也。



統監府や内閣などに対する上書はあるものの、差し止められた集会や声明書の類の配付は行われていない、と。
まぁ、見る人が見たら言論弾圧でしょうな。
ただ、そのおかげで騒擾事件も起こってないわけで。
日本人も、日比谷焼討事件なんか起こす時代だからねぇ。

続いて、大韓協会の総会の模様。
1909(明治42年)12月12日付『警秘第360号』。


昨11日午後2時、大韓協会に於て総会を開催す。
会する者、会長金嘉鎭以下45名にして、劈頭尹孝定は「本会は一進会の声明書に対し、各団体を代表し、本月12日漢城府民会に於て国民大会の開催を発起したるも、過日警視総監より、多衆の会合は公安上此際不穏と認め、差止められたるを以て、各員之を諒せらるべし」と宣し、夫れより役員任期満了に付改撰を行ひたるに、左の如く当撰せり。

会長 金嘉鎭  副会長 呉世昌
総務 尹孝定  副総務 洪弼周
教育部長 呂炳絃  宣伝部長 権東鎮
法律部長 李宇榮  財務部長 李敏卿
地方部長 李鍾一

外に議事員40名の内35名を選び、5名は不日選挙することとせり。
右了って議事員を別室に集め、会長金嘉鎭の「今回警視総監の諭示に依り、一進会の合邦問題に対する本会の声明書は之を発表せざることとなしたるも、本会内限り之を決定し置くの必要あり。然るに、其草案を附議するときは種々の議論も出づべくして、此際是等の事を本会にて議するは、警視総監諭示の主旨に戻るを以て、該声明書の決定は、会長・副会長・総務に一任せられたし」と議りたるに、一同異議なく之を承諾したり。
夫より会長・副会長・総務并に大垣丈夫の4名凝議の末別紙の如く声明書を決定し、午後5時閉会せり。
以上の如く、発表せざる声明書を決定の必要ありとするは、既報(12月9日警秘第349号)、菊池謙譲の仲介にて大垣丈夫を牽制し、一進会・大韓協会の接近を約したる結果に依るものなるが如し。

右及報告候也。


○ 別紙
時局に対する声明書

凡そ政治の目的は、多数国民の幸福を期図するに在り。
故に国民の幸福に基き、多数の希望に適ふ場合に於て、或は日韓の関係を更改することあるも本会は固より異議を唱へずと雖も、今回一進会が突如日韓の合邦を提議し、其実行を逼るが如きは、我国情を顧みざる軽挙にして多数の民意に反するのみならず、其結果は国民の反抗心を挑発し、延て両国の親交と国家のシンポに悪影響を及ぼすを奈何せん。
由来本会は、両国既定の協約に基き、現状を以て進行するの有利なるを認むと雖も、若し国民の開明と国家の発達を致して、国民の幸福上多数の希望に依り、相当の方式を以て日韓の関係を更改するは、固より左袒する所なりとす。
然りと雖も、今や保護政治が着々進行し、国情益々良好に赴き、我国民の思想は現在の日韓関係を標準として、両政府の政治経済相互密接し、両国民の利害休戚相互共通し、決して偏重すべからざるを自覚せんとし、先進国の善良なる指導に依りて忠実なる民志と良好なる国情を造り、以て文明富強の域に到達し、両国協約の趣旨を遂行せんことに努力する今日に於て、何の必要ありて突如合邦を提議する乎。
本会の反対する所以は、主として此点に在るのみ。
蓋し一進会は、皇室万歳と一等国民を云為すと雖も、所謂合邦は委任統治の意なる乎、連邦政治の義なる乎、又全韓の民籍を日本に移すとせば直に一等国民の資格を獲得するの理由如何、全文を通読するに自家撞着杜撰粗笨を免れず、何ぞ無謀軽率の太甚しきや。
思ふに日本政府及び曾禰統監は賢明にして、能く両国の現状を熟知す。
必ずや一進会の建議を以て児戯に類すと為し、一顧だも与へざるべし。
我聖明及び政府に於ても該請願を拒否するのみならず、彼等若し強請して已まざる時は、必ずや国法を以て処分せらるべし。
故に我会員及び国民は、此際須らく平穏静粛にして家業を励し、決して動搖狂奔すべからず。
然るに現政府は其職責を忘却し、自ら威厳の失墜するを知らず本問題を以て奇貨措くべしと為し、自己の党与を使嗾して陋劣なる反対運動を為さしめ、以て民心動搖を媒介したるのみならず、藉って以て排日思想を鼓吹し、両国の親交を阻害するに至る其責、亦た免るべからず。
本会は、以上所述の理由を以て一進会の軽挙を遺憾とすると同時に、現政府の妄動を悲まざるを得ず。
是を以て茲に声明書を発布す。



既報(12月9日警秘第349号)は、11月15日のエントリーで取り上げたものであり、その中で、大垣丈夫が起草した「一進会は合邦急進論者であり大韓協会は漸進論者という意味の宣言書」がこれに当たるのだろう。
内容的には、「大韓協会らしい」文面と言えるのではないだろうか。
まぁ、これでいて冒頭のように「大垣なるものが、合邦論に対しては韓人以上の反対者なるを以て、大韓協会を動かすに甚だ困難を感じたり」などと言われた日にゃあ、たまったもんじゃねぇな。(笑)


ってことで、今日はこれまで。


合邦問題(一)   合邦問題(十一)
合邦問題(二)   合邦問題(十二)
合邦問題(三)   合邦問題(十三)
合邦問題(四)   合邦問題(十四)
合邦問題(五)   合邦問題(十五)
合邦問題(六)   合邦問題(十六)
合邦問題(七)   合邦問題(十七)
合邦問題(八)   合邦問題(十八)
合邦問題(九)   合邦問題(十九)
合邦問題(十)


合邦問題(十九)

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何か、長くやってる割に動きがそんなに見られないですな・・・。
このまま終わったら、どうしましょう。(笑)

ということで、次の史料で10日付けの史料は終了。
1909(明治42年)12月10日付『警秘第4237号の1』から。


一.一進会員権重琦は現内閣に買収せられ、日韓合邦問題に反対しつつあるのみならず、脱会者20名に達すれば、其報酬として観察使に任命すべしとの條件ありて、目下脱会者の勧誘に努め居れりと伝ふるものあり。(聞込の儘)

一.昨報(警秘第349号)国民大演説会員李舜夏が、一進会解散の件に関し中枢院に提出せし建議書は別紙の如し。

一.一進会を脱会したる洪肯燮は3,000円、韓錫振は2,000円を李総理より受領したりとの説あり。(聞込の儘)

一.李総理は、今回の事件に付き国是遊説団に2,500円、閔泳韶に2,000円、孔子教会に500円を与へ、一進会の対抗運動をなさしめたるものなりと。(聞込の儘)

一.時局に関し集会又は声明書の如きものを配布すべからざる旨当庁より諭示し、国民大演説会長閔泳韶は之を会員に伝へたるに、会員中反対を唱ふるものありて一時動搖したることは昨9日既報の如し。
其後巡査を派し取締の結果、各々諭示の事項を服従することとなり、散会せり。

右及報告候也。



相も変わらず買収話が飛び交ってますな。
権重琦は初出。
金ではなく地位での買収とされている。

李舜夏による中枢院への建議書の話は11月15日のエントリーの続報となる。
昨報ではなく、8日付ではあるのだが。
内容については、この後報告があるためそちらに譲る。

洪肯燮の買収の噂は既に何度も取り上げてきた。
結構買収額に振幅がありますな。(笑)
韓錫振は、8月2日のエントリーの1909年(明治42年)3月22日付『憲機第620号』では国民新聞社長とされている人物である。
11月9日のエントリーで見た、洪肯燮と共に脱会した8名の中の一人なのであろうか?

忘れている方も居るかもしれないのでもう一度書いておくと、国民大演説会の高羲駿、鄭應卨(咼の上にト)が国是遊説団の出身である。
というか、孔子教会は今までの報告で一度も出てきてないんですが・・・。(笑)

以上が聞き込みのままの報告。
で、11月19日のエントリー等で取り上げた通り、集会等の禁止に関する国民大演説会の反応が報告されている。
但し、あの反応を服従というかどうかは疑問である。(笑)

さて、上記の史料を以て、10日付けの史料は終了。
11日付の史料も、いつもの通りまずは日本側の動きから行きましょう。
曾禰統監から桂総理への、1909(明治42年)12月11日付『機密』より。


昨日往電第40号を以て申進置候閔泳韶上書翻譯文、并に地方動静報告書共別紙差出候間御閲覧相成度、右申進候也。

○ 別紙

[反譯]
大韓国民人等謹で沐浴し、書を統監閣下に上づる。
伏て以ふに、国体は匹夫の変更し得る所に非ず。
主権は下民の擅動すべき所に非ず。
乱臣賊子、何の代にか之れならん。
寧ろ韓国の所謂一進会の如き者あらんや、其の所謂声明書なるもの生等其の何の據たるを知らざるなり。
其の所謂上疏文なるもの、生等其の正視するに忍びざるなり。
窮兇絶悖固より臣民の敢て道ふ所に非ず。
而かも猶此れ足れりとせず、長書を貴府に献じ、又妖言を以て貴国天皇陛下に達せんと欲す。
是をも忍ぶべくんば、孰れか忍ぶべからざらん。
彼自ら号んで百万と曰ふと雖、其の実散漫せる余党幾千に過ぎず、而かも且痴蠢無識菽麥を弁せず、其の所謂頭領宋秉畯・李容九個人日本人内田良平を援て其の顧問と為し、極悪大■の妖説を做出し、其の徒党を不義に陥れ乃又敢て二千万を代表すと曰ふが如きは、其の虚妄悖逆生等の卞を待たずして閣下の明燭する所なり。

窃惟ふに、日韓の関係は漸く親善を加へ此より順勢利導せば、即輿情信頼共に福利を享くることを期すべし。
彼等忽ち不法の言を以て平地に風波を做出し、民心を攪乱し、衆論沸騰訛伝を以て訛伝し、地方に及ぶ疑懼の心を馴致し、已冷之灰を再燃す。
此の時を以て、函に一進会兇逆の徒に対し邦刑を快伸するにあらざれば、恐らくは不測の禍未料の地に発するあらん。
而かも司法の権は既に委任に帰す。
故に国民の識者挙げて皆延頸之を待ち、兇輩の曰ならず法に伏するを聞くを願ふなり。
伏して願くは、閣下我皇室を尊ぶの心、我国家を護るの念を以て光明正大の処分を行ひ、我国民をして声討の大義を伸ぶるを得、一進会は函に解散せしめ、巨魁宋秉畯・李容九は常刑に就くの地を得せしめられんこと祈祝の至に任へず。

隆熙三年十二月十日
大韓国民 閔泳韶 等
子爵 曾禰 統監 閣下



取りあえず、11月18日のエントリー中の1909(明治42年)12月10日発『往電第40号』で、「本文は直に御送す」とされた閔泳韶の上書である。

前にも言ったとおり、漢文の読み下し文ってあんまり好きではないのだが、『往電第40号』で要約されてるのでよしとしよう。(笑)
要するに、日韓の関係が順調になっている今日、一進会の今回の行動は平地に波乱を起して民心を攪乱するだけでなく、国民が論議すべきでない問題を敢てするようなことは許されず、一進会に法律の制裁を加える事を切望するという内容である。

この日の日本政府及び統監府の動きはこの史料だけ。
続いては、大垣丈夫の行動について。
1909(明治42年)12月11日付『憲機第2428号』より。


大垣丈夫は某に対し、時局問題に関し左の如く語れりと。
事の真偽は保し難きも、彼れが某に談じたるは事実なり。

一.太皇帝は、合邦問題に関し日本政府の意向を探らしむる為め、自分の許へ某韓人1名を遣はし(姓名は語らず)左の問をなさしめたり。

我が太皇帝は、斯の如き問題に関しては(日韓合併を指す)、飽迄も日本政府の意のある処を確め、而して後決する所あらんとするも、如何せん之を確むるに韓国人にては其術なし。
然るに、常に日韓両国の為めに盡力せらるる大韓協会顧問たる貴殿は、太皇帝に於て尤も信用厚き故、今回の問題は如何に成り行く可きや、亦日本政府及統監府の真意那辺にあるや、貴殿の意見を聞きたしと。

大垣の曰く、今回一進会より発表せし声明書は断じて日本政府の真意にあらずして、亦統監の意思にもあらざる事、知るに難からず。
韓国の外交なるものは日本政府の権能にあれば、若し今回の問題の如き日本政府に於て事実其意ありとせば、先づ韓国が各国との間に締結しある條約改正を先きに行はざる可からず。
之を行はざる日本政府の行動に徴しても、今回の問題は全然日本政府の意にあらざる事を知るに足る可しと、詳細其道理を説得し帰らしめたり云々。

以上。



太皇帝つまり高宗が日本あるいは統監府の意向を探っていたのは、11月19日のエントリー等に見られたとおり事実である。
故に、大垣丈夫の所へも趙承寧府摠管本人、或いはそれに類する使者が来る事は充分にあり得る話ではある。
但し、ここで述べられている口上は、実際にそう思って言ったのか、単なる世辞か、大垣の創作かについては不明。

で、大垣の言。
実際の併合前にも韓国と諸外国、或いは日本と諸外国との条約改正は為されておらず、的はずれの意見だと言わざるを得ない。
大垣の語る日本政府の意向も恐らくは憶測であって、参考にはならないだろうと思われる。

合邦問題に関して、日本政府の意向がどこにあったのか。
大垣如きが知っているようであれば、こんな連載してないわけで。(笑)


今日はこれまで。


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