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2008年04月12日(土)

映画バッテリーのロケ地「高梁」

テーマ:岡山のよもやま話

今週はNHKのTVドラマ『バッテリー』の第2回を見逃してしまいました・・・。

バッテリーで出てくる岡山県新田市は架空の市で、原作者のあさのあつこさんは「美作(みまさか)をモデルとしている」仰っていますが、話に出てくる規模などからすると「新見市 」(にいみし)を意識しているような気がしてなりません。


それが影響しているとも思えませんが、映画版のバッテリーでは「新見市 」「高梁市 」方面がロケ地になることが多かったようです。ご参照映画「バッテリー」ロケ地巡りツアーin高梁

TV番では千葉ロケがほとんどで、美作でも少しロケをしているようです。


今回は高梁市 のご紹介です。

高梁(たかはし)は、倉敷市から高梁川(岡山の三大一級河川の一つで他は旭川と吉井川)を北上する岡山県中北部に位置します。


江戸時代初期の1604年備中国奉行となった「小堀遠州 」(こぼりえんしゅう)は当時最高の文化人と評されており、荒廃した「備中松山城 」(日本で最も標高が高い所にある城)を再建し城下町として高梁中心部を整備すると共に、多くの建築や造園を行い現存しており、現代にづづく高梁の基礎を作ったともいえます。

小堀遠州は「茶道遠州流」の始祖となっています。


「忠臣蔵」をよくご存じの方は・・・

1694年備中松山藩水谷(みずのや)家改易の際に主君「浅野内匠頭」(あさのたくみのかみ)が収城使に任ぜられた折、先発して入城した「大石内蔵助」(おおいしくらのすけ)が徹底抗戦の意を示していた水谷家家老鶴見内蔵助を説き伏せ無血開城させた件をご存じだと思います。


江戸時代最末期では・・・

備中松山藩主「板倉勝静」に見出された「山田方谷 」(やまだほうこく)が有名です。

板倉勝静(いたくらかつきよ)は白河藩主松平定信の孫であり、八代将軍徳川吉宗の玄孫にあたり、老中として大政奉還に向けて奔走していく人物です。

力の衰えた時期に幕府の重職を担う板倉家の出費は多く、藩財政はひっ迫していくのですが、農民出身の山田方谷を見出し、十万両の借財に苦しむ藩財政をわずか8年で完済し、逆に十万両の蓄財をなしました。

経済活動の専門家的手腕を発揮しただけでなく、陽明学者で教育家としても知られ、大政奉還の建白書を草案したのは方谷だとも言われています。

明治維新後、新政府の中枢を担う岩倉具視・大久保利通・木戸孝允(桂小五郎)らから、朝敵とみなされていた方谷が入閣を懇願されたことからも、その経済の才覚がずば抜けていたと伝えられていますが、方谷は度重なる出仕の督促を最後まで固辞し、郷里のこの地で教育者として人生を終えるのです。


地元では英雄であり恩人と捉えられており、日本でも珍しいJR伯備線「方谷駅」と名前が駅名としてつけられているほど敬愛されています。(現在山田方谷の経営感覚が再認識されています)


高梁では毎年「やとさ踊り」という盆踊りが盛大に催されていますが、岡山で古くからこんなに協力性がある地域はありません。

岡山は自然災害の少ない地方で、県南部では岡山平野や江戸時代からの干拓により造り出された広大な水田などにより比較的裕福な歴史を歩んできたのかも知れません。

ですから、協調性が薄い地方だとも言われ、大きなお祭りなどは比較的少ないと思います。

それに比べて県中北部では農地も少なく、協力することが生きる術だったのかも知れませんね。(山田方谷の理財の際に改めて感服します)


山田洋二監督の『男はつらいよシリーズ』では「第8作寅次郎恋歌」と「第32作「口笛を吹く寅次郎」 」でロケが行われており、シリーズ中で2回のロケが行われたのはここだけだと記憶しています。

寅さんの妹「さくら」の主人「博」の出身地が高梁という設定だったのです。

小説家「横溝正史」が戦後に真備町(現倉敷市)に疎開していたことから、小説の中で頻繁に岡山が出てきますが、「八つ墓村」などのロケでも高梁は頻繁に出てきます。ご参照「八つ墓村/寅さん」ロケ地


吹矢ふるさと村の「広兼邸」は、建築塗料として再認識されている「ベンガラ」で分限者(ぶげんしゃ)になった家ですが、八つ墓村・獄門島など何度も映画やTVでロケされているので見覚えがある邸宅です。

(ぶげんしゃは中国・四国・九州地方で使われる方言で、“金持ち”のことです)


地方の市ですから近年は人口の流出は止まらないようですが、「吉備国際大学」や「順正短期大学」などがあり学生の町ともなっているようです。


成羽町(なりわちょう)地区では夏に「成羽愛宕花火 」(なりわあたごはなび)が成羽川河川敷で行われます。3000発程の規模ですが、見学場所から発射場所までが近く、最も臨場感がある花火大会の一つです。

この河川敷の道も映画バッテリーのランニングコースとしてロケに使われたはずです。

成羽町美術館 」は、大原孫三郎 (おおはらまごさぶろう)倉敷紡績(現クラボウ )経営者の意向で欧州で絵画を買い付け収集し、倉敷の「大原美術館 」の基礎を作った画家児島虎次郎 (こじまとらじろう)の遺徳を顕彰するために、建築家安藤忠雄氏の設計で造られたものです。

(戦前より、大原美術館は東洋一の美術品収蔵と世界に周知され、戦時中でも倉敷市内に空襲がなかったのは、その収蔵品を守るためのアメリカの配慮だったとも言われています)


近年では映画『県庁の星』(織田祐二・柴咲コウ出演)のスーパーのロケが市内でのショッピングセンター「ポルカ 」で深夜・早朝に行われたことが地元では有名です。


「高梁」は「尾道」と並んで瀬戸内では風情のある町ですので、ゆっくり散策したり、ロケ地めぐりも楽しいかも知れませんね!ニコニコ


<関連記事> バッテリーと岡山弁


追記:元大洋ホエールズのエースで伝家の宝刀カミソリシュートで巨人キラーと恐れられた200勝投手「平松誠次」さん(現野球解説者)は高梁出身です。1965年岡山東商業高校で岡山唯一の甲子園優勝にも輝いています。

映画評論家の「水野晴郎」氏もココの出身です。「いや~映画って本当に良いもんですね・・・」



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コメント

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5 ■今日

チラッとテレビで途中バッテリーを見ました。あの丘からの風景、高梁だったんですね。てっきり岡山市北部の金川あたりから福渡あたりかと思ってましたが、言われて納得。
私は現在千葉在住ですが津山出身で、新見や高梁には何回も行きました。どちらもいいとこですよね。好きです。
しかし、出演者は岡山弁うまいですね(美作地方だと正しくは津山弁ですが、高梁・新見あたりでは何弁と言われるのでしょうか?)。ほんまに岡山の田舎の子供みてぇじゃったわ(笑)。

4 ■to えびるばーぐさん

歳ですから、地元の知識だけは何かとありますかね?
それに歴史って好きなんですよね!

どこの地方の言葉もそれぞれ特徴があるんでしょうが、岡山弁って使いこなすの難しいと思いますよ・・・。

3 ■to hikariさん

こうやって記事にしてみると岡山も捨てたもんじゃありませんね。
まだまだ田舎ですから、牧歌的な風景が残っていますね!

2 ■無題

いや~いつも思うんですがdreamさんって詳しいですよね~~ガイドブックのようです^^
バッテリー見ましたよ^^岡山弁ってこうなのか~~と思いながら見てました^^

1 ■バッテリー

dreamさんこんにちは。
映画バッテリーって野球の物語ですよね。
たしか僕見ました。

すごく田舎ののどかな風景できれいだったことを覚えています。

それにしても素敵な場所がたくさんあるのですね。

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