ワーキングママなでしこの「世の中俯瞰してみると」

日系・外資系の証券会社・銀行での勤務後、プチ・カンパニーを起業して今に至る。プライベートではDINKS生活から高齢出産でワーキングママに。バブルの頂点で社会に出てから働き続けているアラフォー・ママの目からみたアレコレを綴ります。


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最近、一段と日が早く暮れるようになり、

夕暮れ時の街の灯りが

温かく感じられるようになりました。


そんな折、以前、雑誌「致知」で読んだジュンク堂書店の記事を思いだしたので、

今日はそれについて書こうと思います。


その記事は、ジュンク堂書店が、

阪神・淡路大震災後の瓦礫の中で、

そして、今回も東日本大震災後の瓦礫の中で、

早々に店舗を再開したお話でした。


もともと、神戸で創業したジュンク堂書店は、

阪神・淡路大震災当時、関西でチェーン展開していたので、

その被害は甚大でした。


それでもなんとか再開できる店舗の復旧を急ぎ、

ある店舗については

、まだビルが倒れて焼け跡だらけの街で

再開を決めたそうです。


社長自身、再開を決めて復旧に当たっている最中に、

こんな状態で本当にお客様がくるのか不安に襲われたのですが、

いざ再開の日にシャッターを開けると、

50人ぐらいのお客様がなだれ込んできたそうです。

その後も、お店が潰れてしまうかと思うほど客足が途絶えず、

お客様からは「ありがとう」「よう開けてくれた」と

お礼の言葉が溢れ出てきたとのことでした


そして、ジュンク堂がその震災による被害を乗り越えて、

全国展開までするようになったら、

今回、東日本大震災で、東北や東京の店舗などが

相当な被害を受けました。


社長さんは今回も、

人はいないし電車もない状態の街で、

震災後11日目にある仙台のお店の再開を決めました。

すると、またも山ほどお客様がいらして、

その数があまりに多いため、閉店時間をどんどん遅らせたほどだったそうです。


どちらの震災でも、

社長さんも社員も、お客様がくるかどうか半信半疑だったとのことでした。

でも、社員が一生懸命復旧にあたり、

その姿に社長さんも励まされ、

そうして、まだ瓦礫の山だった街に灯る明かりに引き寄せられたお客様が、

一生懸命復旧してくれたお店でお礼を言いながら本を買い、

それに感動して社員がまた仕事をする…。


いつしか、社長さんも商売の基本が喜ばれることにあると痛感し、

以来、会社の方針も変化してきたそうです。



この記事を読んだとき、

私はどん底の暗闇の中で、

たくさんの人が灯りをともすリレーをやっているかのような印象を受けました。

山のような瓦礫の街に灯った明かりは

そんな人たちの熱意だったり、希望の光に映ったのでしょう。


社長さんは、この記事の最後で、

他にも次々と試練に襲われた話をされていましたが、

「その試練も必ずどこかで峠を越える時がくる。

だから、その峠を越えるまでは、

負けずにただ力を尽くしていくしかない」

とおっしゃっていました。


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