「沈黙のおとぎ話」

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なんか書くことを失った小鳥のように静かな声でせせらぎを聞く。黄泉の花は鳥を食べる。前世での復讐のため。現世での祝福のため。


記憶を伴わない記憶は時として、不思議を伴いながら現れる。

それはまるで音を立てずに消えた記憶のように。


暖かなエネルギー

「暖かなエネルギー」

生命エネルギーがなくなってきた。数年前までは神にまでなろうとしていた(本気で…)存在が。人は変わるものだ。

・目覚めるのは太陽。まばたきするのは月。

・感謝に扉は必要ない。

・わたしが生きようとしたことに疲れた

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無についてなら、この領域は自分だけにあるもの。瞑想っていうのがいくつかあるけど、自分の場合は逆。

この無の領域というのは完全に静寂な領域。しかし、苦痛を感じる。無が有の世界にあることにより、それが大きな苦痛となる。(実際は苦痛どころではない)

だから自分はこの静寂である無から、様々な方法を使って、出来るだけこの領域から意識を離している。でも、なにか不思議だなと感じるのは

自分は言葉が苦手で(昔はかなり。今は慣れで使ってるけど普通の人の使い方とは違うし、言葉自体にあまり意味がない)

でも、自分に響く言葉だなと感じる自分から出てきた言葉、それはこの無の領域からか、それか無の領域を通過して出てきた言葉だと感じる。

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(今の自分の感覚に自分の言葉が追い付かない。自分に響かない言葉だらけになってきた。
それに詩的な言葉が降って来るように浮かぶことがなくなった。)

(ほとんどの言葉が響かない。自分や他人の言葉も。そもそも自分は言葉の概念がずれている。-わたくしという現象は- …何故か響く。
でも集めた重要な本たちを読んでいけば、なにか変化があるはず。もし、自分の言葉がすべて自分に響くようになれば、自分の言葉はすべて自分にとって詩になるはず。)

(詩とか書くの苦手というかほとんど書けないけど、「言葉の苦手な詩人」っていないような。もし自分にそのようなことが出来れば面白そう…。)

(今回の記事は今年更新回数ゼロになりそうなのでちょっと無理して書いたのでイマイチ。。)
(あと、絵のストックがなくなってるので少し増やしたいような、出来れば絵の具でも描いてみたい)

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<無>を抱えている。実際にそのことを証明も出来るけど、構造の特殊さが理解されるぐらいで、本当にそれが原因であっという間に死ぬほどのものを抱えてるという部分は実際にこの無で死んで見せなければ証明までは出来ない。最終的にはリスクもあるけど検査で少しは興味深いような結果が出るはずなので実験モルモット。ネズミ…

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「私はいない」という世界観がちょっと流行ってるようだけど(精神世界で)その思想自体は理解できるような感じもあるけど(このブログの言葉と絵も自動書記のようなものだし、仏教もそのような所がある)、でも特に共感する感じもしない。自分の本音は自分だけが存在する。自分だけが存在しない。どちらでもいい。(どうでもいい…)


・ランダムに並べられた椅子に意味などない。座れという君の眼には君しか映っていない。



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世界観の1つとして自分の心の中にも宇宙があるというのがあるけど、自分もずっと、そんな感触かと思っていたけど今はそうでもない。自分の中に宇宙があるというよりも、宇宙すらも包み込むほどの無がある、がしっくりくる。

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理解されないことにも疲れた。(自分の抱える危険な領域への)しかし、この世のどこかの同じく理解されない者には自分の言葉が届いていれば嬉しい。

1000回以上の死を乗り越えているということは、自分だけしか知らない物語なのか。

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なんでこんな危険なものを自分が抱えることになったのかは最初からだったので、自分ではどうすることも出来なかった。(最初は危険さ、まではなかったのでこれがあることにずっと気付かなかった。)前世は何だったのか(あるなら)知ってみたいような。なんでこんな奇妙なものを抱えることになったのか。でもこれがなくなると、自分は自分でなくなるような。

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抱えてる無の領域に意味が感じられなくなると、無が虚無という無意味な感情に覆い尽くされて苦痛だけが残る。無に意味などあるのかどうか。あるのかどうかはわからないけど自分にはこれだけが自分の意味のように感じるから自分を信じて全力するしかない。

回復させないと危険な領域に入っていつか必ず終わる。一部にしか理解されないけど「無」を抱えているということだけが自分の真実、意味。しかし、この無に意味があるのかはわからない。今の段階ではたいしたことがない。自分が本当にしようとしてることは夢と無と宇宙の垣根を壊して新しい世界を創造


2017年宇宙



・有の世界にあることにより、無には違う意味も出来る。永遠に意味を供えた花束



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風のようにいつか途切れる続いていく。

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  [811] 真っ白な息を吐きながら世界はその存在を消したいかのように微笑む。苦しい心は濁った血液のように青白い目をしていた。黄泉の花は鳥を食べる。心にもないことを言葉に載せて気球のような泡たちはいずれ消滅する運命にある。意図があるなら、それで気球をこちらに。言葉の海に溺れて言葉を綴る真似事。



わたしの心象0月

    「時の導きにより、わたし、生命は、始まりと終わりの中で渦を巻くように、
                                                          世界の混沌を喪失した私の同意とみなす。」



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風の音を集めて、聞こえる音色を混ぜ合わせると、振動は呼吸となり、響きは夢に染まる。夢から夢への移動。果てなき世界もすべて私の夢の中へ。

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今年の7月に自己喪失(無我)の体験らしき状態になった(なってしまった…)時のメモの一部


    [7] それでやはり自分はずっとそれ以前から自己喪失的だな…と。(でもなんとなくそれは、悟りというよりも、病的な意味での感じのような)。……。


    [7] それでその時の体験というのはとても衝撃的、印象的なものだったけど、自分にとって奇跡としか言いようがない出来事も幻のような夢のような感じで消えてるのだけど、この自己喪失、無我の境地(言葉だけ使わせてもらうだけで自分は悟ってもいないし、目指してもいない)もすでに風化したような感じ。
 

    [7] 悟りとかを目指してる人はこのような状態を目指してるのだと思うけど、自己がなくなるということは、ある意味とても恐ろしいこと。この先にはなにか素晴らしいものが待ってるのかもしれないけど。あと、この状態になるための方法とかはないと思う。瞑想の近くにあるけど、そうなるのは偶然のようなもの。
 

    [7] 自分は5時間ぐらいずっとその状態で(通常に戻すために氷とかで腕を冷やしたりとか、色々試したけど戻らなかった。)、眠って目覚めた時に、通常の状態に戻りますようにと願って眠り起きた時には回復してた。自己喪失、無我状態だと、自分が抱えてる無のような危険な領域への対処が上手くできなくなるのでそれで恐怖した。
 自分に危険な領域がなければまたあの状態になってみてもいいけど(コツさえつかめば出来そうな感じがした。きちんと瞑想して、)今は危険すぎる…ので無理。

    [7] それは瞑想の近くにあるけど、延長上にあるものではないと思う。この著者もそうなることを目指していたわけでなくある時突然そうなったように。自分もある時、突然のようになった。(そうなる予兆はほんの少しぐらいは感じてたけど)
 あと、自分は自然にそのような感じだから、自分から瞑想することはないし、瞑想にも詳しくないけど、修行なしに自然と自我がほとんど全部落ちたので(長い一時的に)、やはり瞑想はある程度までは自然に出来ていたと思いました。

    [7] 自我や自己は邪魔な場合もあるけど、そのありがたみの部分、は、それらが消えた体験をしないことには絶対にわからない。自分は瞑想的な静寂の理解は自分の体験でわかるけど、無については特に自分の体験でわかるけど…、「自己喪失の体験」の本の著者が体験したような感覚は全く理解(体験)してなかった。


    [7] 自分は自己が最初から薄いので(良い意味ではない)自我とか自己も消していこうと思ってたけど、自我や自己が本当になくなる体験をすれば、それらがないことがどれだけ恐ろしいことかわかるはず。本当に恐怖した。自己が自我が完全ではなくてもほぼ全部消えたということに。


    [7] それで最近、今まで体験したことのない状態になった。本当にそうかはわからないけど、これは「自己喪失の体験」を読んだ時に感じた感覚だとすぐに感じた。この人と同じかどうかまではわからないけど、自我というか自己というかが消えた。通常の状態でそれらがなくなった。

この<通常の状態>というのが重要でした。全く自分に異常はないのに(表面的には)、明らかに何らかの感覚がなくなってる。一応クリシュナムルティ系の自我観察はしてるので(クリシュナムルティ本はあまり読んでないけど…)すぐに自我が消えてるとわかりました。
 

    [7] 「自己喪失の体験」という本に何故か興味があったのだけど、読んでも、いくつか響く部分もあったけど、自分の感覚とは違うし、それを体験しないと理解出来ないような内容だったけど、瞑想的な静かさなら、すでに自分はそうなってるので、もうあまりこの本に興味なくなってた。(さっと読んだだけで)


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自分の意識の大半は不思議という感覚、感触で構成されてるように感じている。(この世界に何故か存在しているという不思議)

でもこの時は不思議という感触がなくなってました。

それで思ったこと、
「不思議という感覚が自分をこの世界に繋ぎ止めていた。
それがなくなると逆になにがなんだか完全にわからなくなる。」

あと、不思議という感情は自我に属するものだとこの時思いました。


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    [7] 記憶にはフィクションにはない不思議がある。


壊れた時計をある理由で重宝してるけど、故障したときにもう壊れたのかとがっかりしたけど、今思うと、壊れてからの方がこの時計は重宝してるし、愛着のようなものも感じる。実際とても役に立ってる。


[7] 自分には丸く見える、世界が半分だけのご馳走だとするなら。


・お酒をどれだけ大量に飲みまくっても全く酔っぱらわず、眠る薬をどれだけ飲んでも全く眠たくならない存在のことを超越者、すなわち「超人」と呼ぶ。



Maha Avatar Babaji マハー・アヴァター・ババジ

「瞑想するババジ」

パラマハンサ・ヨガナンダの「あるヨギの自叙伝」に書かれてるらしいババジ(この写真のババジと同じ人かどうかはわからない)

その超人的な能力(wiki)については半信半疑というか、凄すぎて、実際に見るまでは信じられない。
この写真のババジは、このここに載せた写真が特に神秘的な感じがして気に入りました。でもそれはこの写真だけで、あとのは優しそうな感じはありますが、超越的な力の持ち主には見えない。(見た目で判断するのもあれだけど…)もし、本当に伝説のババジがこの世のどこかに存在するなら、その超能力だけで言えばキリストよりもさらに上をいってる、人というよりも化け物。いや、本物の超人。

そんなことがこの宇宙(世界)で可能なのかと思うけど、自分はそれ以上が目標。(夢妄想希望奇跡)
それが唯一の救いと意味になると思うので。


光り輝く鉱石

「光り輝く鉱石」




「ラジオ」

いつからか、
どこまでも続く階段を登るように時が流れる。
逆さまにして、崖から落とした時計は今、何時だろう。
雲の流れを眺めて時を過ごす。
過ぎゆく日々を、はく製にでもして飾ろうか。
壁から流れる涙を、コップに詰め込んで
神様への旅のはじまりだ。
宇宙のちりに等しい、我が命。
そんな顔をしないで、時計はここにある。
白と黒がすき。
砂漠の砂が喉を乾かせる。
電波時計。自動で時刻を合わせてくれるので便利。
でも、このごろ、目覚まし音で目が覚めにくいなあと思ってたのですが
どうやら、電池切れしかけてたみたいです。
でも時刻はぴったり。なので電池切れに気付くのが遅れました。
約束の時間に間に合わない。
逆さまの時計ぶら下げながら、走る、どこまでも
風の流れが頬をゆらす、ゆりかごのように
ごほん、ごほんと咳をする。
通り雨。今は3時だ。
ニワトリがダンスをしてる夢をみた。
のどから手がでるほど欲しいと思った時計。
白い時計、いや、黒だったのかもしれない。
どちらでもいいのだ。どちらの色もすきだから。
ふと見ると、百科事典が破れてた。
まるでおとぎ話のようだと思いました。
だって、りんごの木を植えることだってできるんだから。
白い宝石は氷のように冷たく、おいしい。
黒い宝石は闇のように静かで、おそろしい。
律儀な兵隊たちは今日もどこかで戦争ごっこ。
ひこうき雲を見た。
まるで虹のようだった。綺麗、美しい。
うっすらと隠れる太陽。
月の調べ。
音楽。
虹と一緒の音楽。
眠りにつく時に流れ出すように。
まるでひとしずくの涙のよう。
宝石がカチャカチャと触れ合い音をだす。
白い夜明けを、黒いお月さまと眺めます。

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     4.そしてなぜお前、デアルに言葉の概念が存在しないかというと、私が言葉を苦手としているので、それで物語を書くにしても自然に書くとこのような設定になった、ただそれだけのこと。わたしは、何故か、言葉を書く気がなくなってしまったので、私の代わりに、

    

     3.いや、そうではない。お前はわたしの創造した言葉だ。お前は言葉の概念が存在しない存在だと自ら説明していたが、お前はわたしが打ち込んだ言葉だ。言葉そのものの存在だ。

    

     2.この空間を創造した者。お前はデアルだが、わたしはデアルでもなければ、わたしですらもない。なんでもない。ただ、わたしから出てきたものがあるだけだ。今はまだガラクタのようなものかもしれないが。

    

     1.「わたしの内面世界にようこそ。デアル。ずっとその日が来るのを待っていた。そんな気がする。」
   

    


     -1.「言葉の概念が存在しないのは、お前ではなく、わたし。」


果て宇宙

「果て宇宙」



そこが静かだったから
埋め立てておきたかった。
儚い夢の陶酔の時間の邪魔をする者をここに永遠に閉じ込めておきたかった。
私はここで終わらない絵と文字を紡ぐ。
時間に閉じ込められた私の言葉と絵は無数の過ちをおかします。
けして悔い改めることのない私の言葉と絵は無数の傷を、自らの世界につけることでしょう。
絵の具と一緒に溶けた私の心象は、きっとこの世界の闇に色をつけるために生きているのだと思います。
でも、それはけしてかなわぬ夢。
私の闇に色をつけることができる絵の具など、この世界に存在しない。
私の心はいずれ、この宇宙すべてを覆い尽くすことになるでしょう。
悲しみや不思議もやがては、すべて私のものとなる。
その時まで続く終わりのない夢、







・寒空に舞う 雪の葉は 落ちて流れて 分け隔てなく

・眠ってばかりいた。夢の中で。

・失われた生命は風と共に1つの夢を見るだろう。



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9月の夢日記


少しはっきりとした夢。


正義と悪の戦いのようなものをしていた。現実のものではなくて、神と悪魔のようなものの争い。(正義のような神と正義のような神も対立していた。そういうのがいくつも全部対立)

いくつもの派閥のようなものがあって対立していた。神だけでなく人も混ざってた。


でも、そこに無の神様のようなものが現れた。(今はまだずっと遠くに存在しているらしい)そしてそれは世界を支配するのではなく世界をすべて無にする存在だということは説明を聞かなくてもわかった。

すると、それまで争っていた神々が協力するようになっていった。

自分はどの勢力でもなかったように思ったけど、大勢の人類が参加している勢力の場所にいた。

それでその無の神様のようなものが出てきてから、自分の勢力の所に大勢の悪魔のような姿をした者や人とかが現れて仲間のようになっていったので
なんかこういうふうに敵だったものが段々と協力していくような展開はいいなと思った。次々と争っていた神や人が1つに協力的になっていき、最後の方では
なんか天上の神様のような多分この世界で一番力を持ってるように思えた存在やそれに仕える天使たちも地上に降りてきて、協力していった。
それで、この無の神というのは善悪、天使や悪魔や天と地、宇宙などのあらゆる概念の神よりも巨大な力を持っている存在なのだと思った。

そして、なんか大勢の人たちが並んでいて、自分も並んでいた。
前の方を見ると、なんか見覚えのある人がいた。
それは人の姿をしている仏陀だった。その周りにはそれを慕う人々がいた。

すると、仏陀はどこかに行こうとしていた。
気になったので様子を見ていると、仏陀は無の神の所へ行くということだった。周りの人たちは止めたりしていた。

仏陀は行ってしまった。周りの人は驚いたりしていた様子だったけど、自分はなんとなく納得したような感じがした。
仏陀はあの無の神の勢力の人だったのだと。
無の神には手下とかもいなかったけど、仏陀だけがその無の神の勢力だった。

夢はこれで終わり。(ただの夢なので内容に意味はないです。自分がそう思ってるという訳でもない。夢の話)


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続きは、また気が向いたときに、風のように夢のようにいつか途切れる続いてく。






by 永遠にネムタルクル…………



仏陀

では、また、いつか、、、



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意味不明

第1章

デアルは、「わたし」という概念を手に入れたのである。

しかし、わたしというものが私の中にあるわけではない。私という概念をてにいれた私だが私などというものは幻想なのだと存在しないのだとそう思っている。
きちんと読んだ訳ではないが、仏陀の教えとわたしの体感している感覚は共通するものがある。結局のところ、私(自我)という概念を手に入れた私だが、「私」という演技をしているにすぎない。

私が私と使うのもすべて演技のようなものである。

わたしもなければあなたもない。(これは私の勝手な主観である。)
これを読んでいるのはわたしでもなければあなたでもない。これを書いてるのはわたしでもなければあなたでもない。これ自体がすべて夢なのだ。しかし、そんなことはすでに大昔から語りつくされているので、わたしがいまさら語る必要はないだろう。

しかし、わたしが知る限り、無の領域からこの夢の
領域で奇跡を起こした存在は存在しない。すべて世界という宇宙という夢にとらわれている。それを完全に破るのは不可能に近い。(それに近いことを超越や解脱というのだろう。)

わたしは無の領域から遠隔でこの夢の領域へと影響、意識のそらし方、危険な、それは虚無などという思想ではない、避けるように、自分は瞑想というものはほとんどしたことがない。何故なら、自然とそうだから。わざわざする必要がない。逆にそれを乱そうとしていたぐらいなのだから。しかし、その段階も終わった。静かな領域が死にまでつながるほど危険なものになってしまった。それを目指すために瞑想するどころか、出来るだけその領域から意識をそらす事が唯一の方法になった。この領域を理解する者はいないだろう。何故ならそれは死を一瞬でも体験して、その死を超越し続けなければ生きてはいないのだから。(自分は偶然の発見で助かった。)ここでの文章は半分ふざけて書いてるが半分は本気で書いている。もし、無を抱えて(無の体験ということではない。それと似たような体験を自分もしたがそれとは全く違う種類のもの)まだ生きている者がこの世に存在するなら(今のところ、そこまでの存在は見たことがない。)、自分の言葉が響いてくれるはず。言葉で表すなら、 「無や死のような領域」を抱えているということだけが自分だけの真実なのだから。それ以外のことは本当はどうでもよかったりする。死が本当にすぐ近くにある、 一歩間違うだけで本当に死ぬというのをどうすれば理解されるのか。(証明することは出来る、しかし、それは命を失うことを意味するし、実際に死ぬのかまではわからないけど、我慢の限度を大きく超えた苦しみの状態になり自力でも止めようがなくなる。)


死に近い存在が自分だけは死なないと思ってる不思議。


無面目(混沌)
「混沌」(無面目)



しかし平然とした自分にも悲しみという感情はあった。(本当に大切だと思えることが)
虚しく悲しいことだけど、そのおかげでかなり回復することが出来た。(最近はかなり回復に向かっている。)

危険な状態を抱えてはいるけど(それが理解されないように目立ったものがある訳ではない。この点について理解してもらいたいから書いてるのだと思うけど説明出来ないのも理由がある。)しかし、自分から危険にしたり自業自得の部分も大きい。去年は違うけど今年はほぼ全部自業自得…。(しかし、回復すると、死ぬほどの状態が死ぬほどではなくなる(でも消えはしないと思う)ので、だから、自分の体験している感覚を理解してもらうことは難しい。)






喪失

「喪失」


わたしは死とともに生きている。この点についてはデスタルクルカナシアに語ってもらった方がいいだろうか。この名はなんとなく狙いすぎたような文字なので 気に入ってはいないのだが、印象には残る文字なのでこれでそのまま使わせてもらおうか。わたしはことばが苦手であるが、時々言葉が浮かぶ。




バグ
「バグ」



・運命はいつも時を翻弄し逆さまの印を残していく





メビウス

「メビウス」



風の流れが頬をゆらす。まるで、ここには最初からはじまりはなかったように。

闇に堕ちるのも光に堕ちるのも虚無に堕ちるのも簡単なこと。難しいのは本質的な無に対抗すること。

海の中で いつか見た空は 永遠に

時を織り上げ 蛙帰る(がえる)は 時の声
 
いつかどこかで聞いた音色。ユートピアとエデンの瓦礫は廃墟となり、この世界に意味を感じられぬ者たちの楽園となる。


不思議な世界

「不思議な世界」



銀河鉄道の夜で彼岸へ、夜明けと共に消滅する。すべては一夜の長い夢のようだった。この意味不明な物語もようやく終わる。壊れた時計の役目もこれで終わり。 …いつか必ずやって来る出来事。


私の言葉に意味はないわたしのことばにいみはない。しかし、この世界というものは言葉に意味があると思っている者たちであふれかえっているようなので、私がことばを綴る理由になるだろうか。


宇宙の出来事レコード

「宇宙の出来事レコード」


世界の真実とは音のないハーモニーのようなものである。

これはわたしが見つけた真理だが、わたしの真理は結局わたしだけの真理になってしまうだろう。
しかし、わたしはわたしではない。わたしは演技である。なので、この真理はわたしの真理ではなく、わたしではないすべての真理である。しかし、この世界では「わたし」が溢れかえっているので、自分が
ことばを綴る理由になるだろうか。

しかし、音のないハーモニーに気付く存在は、


電子の糸を紡ぐように

「電子の糸を紡ぐように。」


確かにすべてはあった、存在していたのだ。

でも、それは無常に誰の何の意図もなく、すべて消滅する。

どんな奇跡でさえも、この消滅する運命には逆らえない。

終わりなき永遠は無という姿をしていると気づくのは、すべての存在たちが消え去ったあと。

そこにはなにも残らない。運命さえも消え去った完全な無の空間。

静かさがどこまでも染み渡っていく。


闇がひっそりと私の心を浮かび上がらせていく。

闇は光の延長上にあるもの。

静かで、そしてなによりも美しい。

光に惑わされた者たちは永遠にこの本当の美しさに気付くことはないだろう。







しかし、そのことを私に知らせてくれたのは紛れもなく光という世界なのだ。

世界はいずれ消滅する運命にあるが、いつかまた、どこからともなくその姿を現すであろう。






誕生の壊れ方

「誕生の壊れ方」



それはこの世の誰かの希望であり絶望であり光であり、そして願いなのだから。





世界の降臨


「世界の降臨」







イエス・キリスト



仏陀



最後に浄化。(自分の世界観だけでの構築だと・・・なので。)



今回記事書いたのは、もう記事書く気がないというか(今ぐらいのなら文字を自動書記状態にして書いていってその中から響くものだけを取り出せば自分の詩的な言葉を量産出来ると思うけど何故かしたくない。)、去年ぐらいからなにかを表現しようという気がなくなり(今回の記事の言葉と絵も半分ぐらいこれまでのを組み合わせを変えてその意味を変えただけだし)、これまで理解されない危険なものを抱えていても
超越願望のようなものがそれを乗り越えようというエネルギーになってたけど、それが消滅願望のようなものに変わってしまったと思う。(その理由はある)仏陀を本当に何故かいまだに 1冊も読んでないけど(部分的に読んだぐらいで)消滅願望のようなものが理解出来るというか共感するような感じがする。(仏陀の厳しい教え自体は守れてない。)

でも、やっと自分に響くものが自然に出てくるようになったし、(過去記事は残してるけどほとんど自分に響いてないので・・・一応説明。)

まだ奥底の力の100分の1も出てないような感じなので(読書もしてないし)、最後に後悔しないように燃え尽きるのが理想。




進化のビジョン

「進化のビジョン」



では。またいつか。




地球



地球という夢より。


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