別れ話をきりだすコツってなんだろうと、ふと思うときがある。誰もが難しいはずだ。
とくに相手への情けが深いほど、なにを理由にして話せばいいのかわからない。

「ふとした瞬間に、なにげなく言うほかないよな。すくなくとも俺はそうだ」
「あら、とうとうお別れのときがきたのね。捨てられるより捨てるほうがよかったなあ」
「バカ、俺たちじゃないよ。最近、知りあいから相談をうけてさ。そんなに親しくないんだけど」

先週、月一回恒例の日本酒会があり、久々に顔をみせた常連さんからの話だった。

「なんか六年ほど続いたそうだけど、ちょっと疲れたんだって。何もかもがとね」
「なんで親友でもないあなたに相談したのかしら」
「俺もそれを聞いたんだけど、こういう話は親友にはできないって。関係が近すぎて」
「なるほどね。ある程度距離をもつ人にこそ、冷静に話せるんだろうね」

どうして彼のおメガネにあったのかはしらないが、ともあれ彼女と早急に別れたいらしい。
ただ、明確な理由はないという。十日ほど前に、異常な脱力感が全身をおそったそうだ。

「一応、ひきとめてはみたんだけどな。たんなる仕事のストレスだろうって」
「私もそう思うけど、なんとなくその人の気持ちがわからなくもないわ」
「俺と一緒に住んでて、脱力感がめばえるときがあるのか。それはショックだなあ」
「そんな大げさなものじゃないけど、ごくまれに何もしたくないときがあるのよね」

それは月一度の女性特有の時期ではないかと問うと、そうじゃないと言う。
とくに不満をもってはいないが、なぜか体がいうことをきかないらしい。

「じゃ、そんなとき俺はどうすればいいんだ。家事全般なら俺も手伝っているぞ」
「ううん、そうじゃないのよ。ただ、ひらすら抱きしめてくれればいいの」

たぶん甘えたいのよね、と彼女が恥ずかしげにいう。もちろん、すぐに手元によせた。

「今じゃないんだけど、まあいいか。あなたも、こういう気分になることないかしら」

バカ野郎、しょっちゅうあるに決まっているだろ。こう見えて俺は甘えん坊なんだ。
母胎回帰でもなんでもよい。まずは相手の体温を感じることが、別れへの防波堤だ。