琉球ドラゴンアート

「ドラゴンアート」メッセージアート
「ドラゴン整体」身体調整セッション
「天城流湯治法」セルフケアセミナー


テーマ:
プロフィール

■ドラゴンアートつよし
1999年、東京渋谷で"路上詩人"軌保博光
(現 てんつくマン)と出逢い筆文字の興味を持つ。 

その後「好きな場所で好きなことをやって生きる」
という生き甲斐を見つけ2002年沖縄移住。 

路上詩人から始めて、
エンジェルアート、ドラゴンアートと
独自にスタイルへと進化。 

現在は全国へと活動範囲を広げている。 
最近はボディセラピストとしても活躍の場を広げている。



■好きなことをやろう
てんつくマンと出逢い、
一緒に沖縄ツアーをすることになりました。

講演会で
「人は好きなことをやれば、本来の力が出るんや」
と語り、実際にそうやって生きる姿勢に感銘を受け、
翌朝一緒に弁当を買いにいった時に、みんながご飯を買う中を
”大好きなスイカ”を2パックも買ってムシャムシャと食べる。

それを見たてんつくマンが
「朝からこんなにスイカをバクバク食うアホみたことないわ!」
と突っ込まれる。 
「あんたが好きなことやれ!って言うたやんか」 
「そうやってなあ、スイカばっか食ってたら、スイカで食って行けるんやで」 
「え??」 



■楽しんでやったら仕事になる
スイカを何度も食べ続けたら、
楽しいだけでなく、スイカの専門家になる。 

そうすると見ただけでスイカのことがわかったり、
スイカについて人に語れるようになるわけだ。 

その後、てんつくマンは
僕の人生を左右する話をしだしたのです。 

「俺な、仕事ってそうやってできたと思うねんな。 
  昔やったら竪穴式住居とか、自分らで作るやろ? 
  そしたらな、その中に家作るのにメッチャはまった奴がおんねん。 
  そいつは好きで作るから楽しくて、しかもいい家を作るねん。 
  それを見ていた隣の家族が、
  すいません私達の家も作ってもらえませんか?ってお願いするんや。 
  そいつは喜んで作るねん、しかもいい家が出来るねんな。 
  そしたらその家族がお礼ですって魚とか持ってくんねん。」 

この話は目からウロコでした・・・ 

それまで仕事というのは誰かの作った会社に
所属するものだと思っていた観念がガラガラと崩れ堕ちて行ったのです。 

「あっ!じゃあ好きなことやっていけばいいんじゃん!!」 

そこから創作を始め、原宿や井の頭公園で販売を始めて行きました。 

その様子をインターネットの日記で公開して行くうちに
ネット販売も始めることになりました。 



■好きな場所だったらより楽しい
創作活動を続ける中、何度か沖縄に行くことになりました。 
ちょうどその頃は911事件の直後でした。 

沖縄はその影響をモロに受けて、観光客が激減。 
飛行機はガラガラで国際通りにも人気が無いほどでした。 

そんな中、ふと立ち寄った民謡居酒屋がありました。 

ステージでは演奏中でしたが、お客さんは自分たちと
もう一人のお客さんの4名のみでした。 

ステージが終わってお店のスタッフとテーブルを共にしました。 

するとスタッフはこんなことを言いました。 

「お店の営業時間は終わりなので、
  お会計はここで区切らせてください。 
  この後はご馳走します。」 

「え??」 

僕たちは意味がわかりませんでした。 
こんなに閑散としたお店にごちそうする余裕などあるわけないのです。 

とまどっていると「少しお話してもいいですか?」と話を始めました。 

911の影響でお客さんが激減している現状と共に
沖縄県民の気持ちをわかって欲しいという内容でこんなことを言いました。 

「基地反対のイベントでは何万人も来てくださる、
  それはとてもありがたいことです。 

  でも、それなら本当に苦しい今、何故来てくれないんですか? 
  あれはウソだったんですか? 

  私たちは今、来てくれたら、この恩は一生忘れない!」

と涙ながらに語ってくれました。 

僕はTVや新聞を見ない人だったので
沖縄の現状など知らなかった。
 
でも、苦しい時にこそ、
こうして精一杯のもてなしをしてくれる
沖縄のみなさんに感動した。 

お店の人たちは営業時間を過ぎてまで
お付き合い頂いた上に
帰りに車で送ってくれました。 

翌朝には「観光案内しますよ」と電話までくれました。 
「何ていいお店なんだろう」と僕らは思っていました。 

ところが行く店のほとんどが同じ待遇だったのです。 

どこもお客さんが激減して困っているのに、
「こんな時によく来てくださった」
とサービスしてくれるのです。 

それまで僕は人間は貧しくなるとボッタ来ると思っていた。 

実際、アジアや中東で出会った人たちは
そういう人がほとんどだった。 

ところが、沖縄では正反対だった。 
「何なんだろう?この人たちは??」 
「ここには何度も来て人間の勉強をしよう」
そう思って通っているうちに、沖縄はお気に入りの土地になった。 

「好きなことを仕事にしよう」という思いが
「好きな場所で好きな事をやって生きてみよう!」
という想いにグレードアップしました。 

7年半雇ってくれた会社を辞め、
特に習ったことでもないアート活動で生きて行こうと決めて、
2002年11月1日に沖縄に移住しました。



■経歴
愛知県渥美半島で生まれ高校時代までを田原市で過ごす。 
胃腸は弱いがいじめっこ小学生、
バチがあたったようにいじめられた中学時代を過ごし、
自分の身は自分で守ろうと決意。 

自宅にバーベルセットを買いこんでトレーニングに励む。 

体力ゼロ、運動神経ゼロだったのが
体力テストのDランクを1年でAランクに上げる。 

弱小だった自分を改革して「プロのリングに上がる」
という目標を持ち、名古屋の専門学校を卒業後に上京。 

キックボクシングでプロとして2戦する。 

その後は旅行の楽しさに目覚め、
小笠原、大島、神津島、式根島、新島、御蔵島などを旅する。

海外ではタイ、サイパン、セイシェル、ニュージーランド、
ハワイ、ニューカレドニア、エジプト、フィジー、メキシコ
で写真を撮りまくる。 

上京する直前に身体を壊したことから整体を学び、
以後、ヒーリングや各種身体調整法を学び、
出張整体屋として、グレンミラー・オーケストラのメンバー等にも施術。

最近では奇蹟の身体調整「天城流湯治法」を学び、
その手技を活かした整体がセラピストからも好評を得ている。
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