南淡路周遊

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こんにちは!ご無沙汰しておりました^^


南淡路など周遊して参りましたので、ご報告を、、、



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バン!おのころ神社!高速淡路道から大きい鳥居が見えていつも気になっていた”おのころ島神社”に初参拝。


鳥居の大きさは三輪神社、厳島神社に並ぶほどのものだとか。でも境内がそれほど大きくはないので、少し拍子抜けの部分もあります。その代わりに駐車場が広いですw


あまりないパターンですよね。


横を流れる川が非常に気になったので周囲を散策。ありました、ありました、すぐ隣になぜか八幡神社。ほとんどありえないような構図。



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イザナギ・イザナミ・ククリヒメを祀るおのころ島神社と誉田別・比売神・神功皇后を祀る八幡神社が川を挟んで対峙しています。


この川が何かと調べてみたらユズルハ山を水源とした川。五十鈴川と呼んでもいい。淡路ユズルハ山は熊野の奥の院。


淡路廃帝(淳仁天皇)は、孝謙上皇が道鏡を重用することを嫌気していた。つまり淳仁天皇は八幡系というよりも中臣系ということになる。春日大社と東大寺のような関係。似てあらざるもの。


春日大社の入り口には瀬織津姫が祀られている 。つまり中臣系。


東大寺は八幡神を勧請して建設されている。孝謙上皇と淳仁天皇の争いは、九州の日昇りの地と四国の日昇りの地の争い。だからこそ率川神社に阿波神社が勧請されました。


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昨日も書きました が、孝謙上皇が道鏡とセットであったように淳仁天皇は藤原仲麻呂(恵美押勝)とセットでした。率川神社に阿波神社を勧請した藤原是公は藤原仲麻呂の甥です。東大寺支配へのささやかな抵抗とも言えると思います(笑)上は淳仁天皇御陵参考地・野辺の宮。


ここらあたりがほんとに日本史の根幹。


唐で安禄山の乱が発生し、唐が多民族の共和制的な国家から帝政へと移行するに従って日本国内でも帝国主義の人たちが出てくる。いつの時代も同じです。とりあえず今日はこれぐらいにして、、、




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そして※大和大国魂神社(やまとおおくにたまじんじゃ) ※へ行きました。なんとなく存在してますが、ここはすごいところ。一遍上人もきて詩を詠んでいるらしい。茶色の山肌がぼこっと出ている異様な山を発見して紛れ込んだら、大和大国魂神社。地質学的にもたぶん珍しいところだと思う。異様な雰囲気を感じたし、たぶん植生も豊富。昔の人はそういうところを聖地にしてた。だからここは、ほぼ昔からの聖地。

  

この神社の名前はおそらく徳島県の大和大国魂神社からきている。奈良県から入ってきたのではなく、順路は間違いなく徳島⇒淡路⇒奈良。

神紋がいい。雲に桜。漢数字の八をかたどっている。ちょっと一句。

 

  

 

八雲立つ 桜の園に 光射し 衣(頃も)みつ(見つ・満つ)れば 姫(秘め)あらわる

 

 

  
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※印で囲んだリンクは全て『ウィキペディア(Wikipedia)』からの引用



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