◆イベント案内◆


毎月1回 東京新板橋クリニックにて、講演会を行っています。 

『リセット医療~認識疾患』

次回の開催予定 平成30年 1月 20日

前回の模様



@@@@@@@@@@@@@@

12月2日(土) 美の国 秋田にて講演会を開催しました!
「秋田美心~∞祭~」





  • 18 Dec
    • 運命の赤い糸・・・

      運命の赤い糸などがあればどんなにかロマンティックだろう・・・と誰もが思うでしょう。私も例外ではありませんけど。笑先日、自然療法医師 石川 眞樹夫 (Makio Ishikawa)先生の講座で一つ悟りました。「真の自分と恋に落ちる。それはもう離れがたいほどの愛しさである。」私たちは、他者との愛に究極を見たくなる。男女の愛に究極のロマンの物語を紡ぎたくなる。だからそんな映画や歌が巷に溢れているのでしょう。私もそこに酔いしれるのは嫌いではない。笑しかし「男女の愛で真の自分に出会うのは不可能だ。」と、「真の自分(神)との愛に似た姿を瞬間、そこに垣間見るかもしれないが・・・それは幻想にすぎない。」と。ガツンときて、なにかが弾けた!存在で存在の不完全性を埋めることなどできないことを言っているのだと理解できた。唯一、存在の不完全性を埋めることができるのは・・・「I am I」の心のみ。この瞬間の絵画に完璧を見続けること。なるほど・・・赤い糸、ツインソウル、スピリッツメイトなどなど、私たちは男女の愛にロマンを見たがる。しかしそこに完璧を求めれば求めるほど苦しみが生まれる。・・・存在は執着を生み、執着は苦しみを生む。だからこそ私たちに必要なことは、「私たちの本来は存在ではない」ことを知り、「存在を幻想すなわちホログラムである」と見抜くことでしょう。誰もが心の奥底から求めている真の愛を体験するためにはその境地が必要なようです。淡く残る乙女の期待、乙女の感情・・・木っ端微塵と相成りました。以上です。笑

      NEW!

      13
      2
      テーマ:
  • 17 Dec
    • 大分の波当津にいる芸術家 コオロギ タカシさんの個展へ行ってきました

      STAR WARSでいうフォースの世界を見てみたいと思った。私、単純です(笑)この世界はエネルギー(フォース)で出来ている。エネルギーの密度の違いにより表現系が異なって見えるだけ。その世界を「感じるのではなく、視覚化してみたい!」と願った。願いは通ず。これまた単純思考な私(^^)今日、大分の波当津にいる芸術家コオロギ タカシさんの個展があるので行って来ました。なんと!そこにフォースの世界が描かれていたではないか!蠕くエネルギーのゆらぎ、ゆらぎ、ゆらぎ…「お〜なるほど、こういう世界か…」と視覚化できました(*^▽^*)すべてはエネルギーで一繋がり、この宇宙空間を水中に例えたらイメージしやすいなあ。そして更にイメージを拡大していこう。空間、存在の繋がりだけでなく、現在過去未来すべての時間も繋がっていることをイメージする。私たちは138億年前、宇宙が誕生した瞬間から一枚のエネルギーで繋がっているのだ。一枚の絵画の中に今この瞬間がある。バラバラに見えるのは錯覚なんだ。時間が流れるなんて錯覚なんだ。コオロギさんの絵はそのことを鑑賞者に伝えてくる。そんなフォースの世界に誘われるコオロギさんの絵画✨是非!

      9
      テーマ:
  • 16 Dec
    • 苦しみを生み出す「自分の観点」から自由になる

      昨日、囲碁をやりました。友人の高木 雅斗 (Masato Takaki)さんの指導でした。いや〜実に面白い!自分が日頃、どんな観点で物事を考えているのかが瞬時に碁盤の目に現れる世界。漠然とした思い込みのイメージから出発すると、後々に取り返しのつかない状況に陥る。私たちはどれだけ思い込みから出発しているのか・・・それが人と人とのコミュニケーションがずれる最大の原因にも関わらず。「パッと見て、ふっと思う。」これが人間です。過去に持った概念やイメージを繋げて判断を働かせる。そこに理性の介入は0。そしてそれは直観でもなんでもない。単なる思い込みである。究極、思い込みをAll Zero化しなければ、どこかでコミュニケーションは必ずずれていく。そして胸の内で独り言ちる。「どうせ分かってもらえない。結局、分かり合えない。」・・・しかしちょっと待て!諦めるのはまだ早い!(笑)「思い込みをAll Zero化できるならどうだろう?」と考えてみる。「パッと見て、ふっと思う。」この瞬発的に起こる生理現象のような認識現象を統制できたなら、私たち人類は建設的なコミュニケーションに花を咲かせることができると思わない?それは私たち自身を苦しめている「自分の観点=自分の制限」からも自由になるというオマケまで付いているのだったら・・・。どれだけの自由が今ここにあることに気づくだろう。私が出会った認識技術とは、観点の出発を「無」にする技術。「パッと見て、ふっと思う。」・・・これは認識の出発が「有」に固定されていることで起こる認識現象だから、ここを解除するしかないのです。観点の出発が「無」、これが当たり前になったなら、自分が絶対などと思わなくなる。正義など角度によって変わることを仕組みで理解する。そしてなにより、この宇宙は自分の観点によって創造された自由な空間であることを知る。自分がルールであり、自分が規則である。私たちは本来、なにものにも縛られることのない大自由な存在であることを悟り知る。

      テーマ:
  • 14 Dec
    • 「人間がやる必要がない仕事」と「人間にしかできない仕事」

      AI(人工知能)がどこまで進化するのかは計り知れない。いろんな著名の方々が「AIの危機」として警鐘を鳴らしている。でもどうだろう?今ある職のうち、いくつかはなくなるかもしれない。しかしそもそもそのような仕事は人間の本来の力を傾ける必要のないものであり、「そのようなところに人間の力を使うのは人間に対して失礼である。」という警鐘だと思う。AIの登場は、私たち人間を本来に回帰を促す存在かもしれない。生命には生命にしかできない仕事がある。ハワイ島に7年間留学していた娘は今年の5月から、日本にいる。先日、彼女が目に涙を溜めながら言った。「ハワイに帰りたい。ハプナビーチの海に入りたい。」彼女の訴えから生命の声を聞いた気がした。生命は生命のゆらぎを持っている。生命がゆらぎを失ったら物質と化す。ゆらぎはゆらぎと共鳴し合い、連動し合い、安心感を与え、生命を活性化する。私たちが自然の中で元気になるのはゆらぎによる生命力の活性化なのだろう。こんなこともあった。手術のあと、ICU(集中治療室)に入った患者さんが言っていた。「ここは自然がなにも見えない。命が弱る・・・。早く出たい。」と。私たちは生命の表面しか見なくなってしまったようだ。生命の内に振動するゆらぎを感知する力を失ってしまった。だからなのだろう・・・。便利さを追求し、森を破壊し、海を汚し、空気を汚染することが平気でできるようになった。私たちの生命を活かしてるものは、生命との共鳴であり連動だ。人間が物質で癒されることはない。物質によって元気になることはない。生命は生命のゆらぎによって癒され、傷ついた細胞は修復されるのだ。

      5
      テーマ:
  • 13 Dec
    • 唯一無二の存在である人間を診るために必要なこと

      因果論、すなわち決定論にいつまで縛られ続けなければならないのか!私たちはAI(ロボット)ではない、人間だ。人類歴史において、医療が人間に冷たくなったのはいつ頃からなのだろう。近代科学(決定論)が医学の土台となり、医学という学問が医療の代名詞になってからのように思う。我が東京女子医大消化器外科、教授はよく言っていた。「論文では・・・だと?! evidenceには・・・だと?! そんなものはいい!患者を見ろ!」と。またこうも言っていた。「教科書など書き換えていけ!」と。「患者さんが答えだよ。」と。それは臨床という現場で生命をみてきた者の教育姿勢だった。教授は暗に言っていたのだと思う。「人間は決して決定論に縛られた存在ではない!可能性を秘めた存在である!」と。生命は二つとして同じものはない。目が二個、口が一個、耳が二個、手は二本・・・同じ形態はとるが同じ人間は二度と生まれない。たとえ一卵性双生児で同じDNAを有していたとしても同じ人間にはならない。私たち一人一人は唯一無二。今までも、そしてこれからも「私」という存在はこの宇宙に二度と生まれない。それが生命。それが生命の尊厳。それなのに一個体の生命をみる医療現場が科学万能に傾倒していったら、人間の尊厳を踏みにじることとなっていく。ロボット(AI)は決定論の中を行き来するだけかもしれない。統計が当てはまっていく世界だろう。しかし人間は違う。決定論の上に自由意志という無限の可能性を秘めた存在なのだ。「人間とは」「生命とは」その答えを持たずに走っていく科学、その科学を万能として応用していく医学・・・そこを卒業していく時がきている。

      1
      テーマ:
    • ただ「私はある」というの私達の根源の感覚とは

      「私は在る」という感覚の原初は、皮膚感覚なのでしょう。目で存在を確かめるまでもなく、触って存在を確かめるまでもなく、「私は在る」・・・それは皮膚感覚。いや・・・もっと正確に表現するならば、膜感覚。私たちの体は一枚の膜でクローズされている。一枚の膜によって完結した系が一個体である。環境を認識する臓器として脳が一般的であるが、己の存在を捉えるのは膜のなせる技なのだろう。一つの臓器には2枚の膜がある。壁側と臓側(外と内)例えば肺を包んでいる2枚の膜は、壁側胸膜と臓側胸膜と呼ばれる。細胞一個の膜には、リン脂質が二重になっている。そのように膜の外を認識するものと内を認識するものがある。皮膚は外界の宇宙と内界の宇宙を同時に捉えている。外界の宇宙はどこまでもどこまでも・・・宇宙の果ての膜まで繋がり、内界の宇宙はどこまでもどこまでも・・・素粒子〜ヒモの振動〜膜(M理論)まで繋がる。ここにメビウスの輪が出来上がる。∞外に行っても、内に行っても・・・一枚の膜に突き当たるのだ。目が見えず、音が聞こえず、味もなく、香りもない、触れるものもなにもない・・・そんな世界では一体なにが「私」を認識するだろう?この僅かな膜感覚なのだろう。私たちの皮膚は、五感覚の中で一番原初(私は在る)の感覚であると思う所以です。そして皮膚感覚は、いや膜感覚は境界線をたった一つ持つだけの平和な感覚とも言える。境界線を無数に作る五感覚に人間が頼っていたのでは、この世界が一向に平和にはならない。五感覚を超え、ただ「私は在る」という膜感覚、そしてさらには膜感覚すら消える究極のAll Zero感覚がこれからの人類には必要不可欠なのでしょう。

      1
      テーマ:
  • 12 Dec
    • 医療と医学の違いとは? 鍵となる「ゆらぎ」の秘密

      「医学」と「医療」は違う。「医学」とは、近代物理学・近代化学・近代生物学を総合した応用学である。それはニュートン力学のような決定論、すなわち1+1=2となる世界。しかし「医療」は違う。個体差というものがあるように、一つ一つの系は決定論であったとしても一個体では複雑系を表す。すなわち人体は混沌なのだ。自然界には「絶対的な正解」がありえない。自然界にある「ゆらぎ」を無視して作られる「診断基準」「マニュアル」の作成は・・・人間不在の医療を招く。東洋は、自然界にある「ゆらぎ」を当たり前とした文化文明を築き上げた。西洋は、コペルニクスの地動説から始まり、ガリレオ・ニュートン・プランクにいたるまで「決定論」に基づいた文化文明を築き上げた。どちらかが優れ、どちらかが劣っているという論争ではなく、今ここにきて東洋と西洋が融合していく新しい時代に差し掛かっているということだ。東洋は感覚的に「ゆらぎ」を取り入れているが感覚のためどこまでも主観を脱することはできない。西洋は今、インフレーション理論で「量子ゆらぎ」を取り入れ始めた。どこまでも客観を追求する姿勢は主観を凌駕する説得力を持つ。しかし理論が人間とは繋がらない・・・。人間不在は永遠に続く。東洋と西洋を融合させたとき、両者の弱点を補い合う地球における新しい文化文明のBig Bangが起こるだろう。融合の鍵、それは・・・「ゆらぎ」を作っている本質とはなにか?このたった一つの問い。ノ ジェス (Noh Jesu)はその本質をdefineした。彼は言う。「「ゆらぎ」とはなにか?の質問の投げかけでは答えはこない。なぜなら本質は存在ではないから。存在の中に答えはない。すべてを貫く本質をdefineし、そこからすべての事象をみる。すべては一つの動きで整理されてしまうから。」なるほど。そしてその本質をinstallしてみた。そしてInstall完了したとき、意識の爆発が次々に起こる!・・・・・「見えてしまった」そう独り呟き・・・Game over。人類Gameの2nd stageへの幕が開く。

      13
      テーマ:
  • 11 Dec
    • 私とは、、時間も空間もない永遠なる点

      認識が広がってくる・・・。まるで気球に乗って登っていくように、見える景色が広がりをみせる。それは視点だけの移動・・・そう表現したらいいのだろうか。五感覚の目で見ていた世界が全体の部分を切り取っていたことがよく分かる。視野が120度、360度と広がり、見える面積が拡張し続ける。しかし驚くことに気球はどんどん上昇し、さらには720角度すなわち球体の内と外が同時に見える。その中で自分と思っていた者は、透明な球体の中心の点となる。そこでふと私は思うのだ。「空間移動などしていなかった。時間など経っていなかった。・・・私は永遠に中心の点であり、そこから外れたことなどななかったのだ。」と。この世をVR(Virtual Reality)と表現されるが、そのことがよく分かる。点には意志があり、その意志が「私」というドラマを生み、ドラマを見せる。私はまるでドラマの主人公になったように錯覚し、一生という人生を過ごしたかのように思い込む。本当は・・・人生などなかったのに。私などいなかったのに。意志しかなかったのに。大丈夫!私は正気です。(笑)私は虚無が言いたいのではない。「私たちが見ている世界がもし集団で見ているドラマだとしたら、私たちはどんなドラマを演出したいと思うかい?」と人類に問うてみたいのだ。ダーウィンの進化論を教義とした「生存闘争」のドラマを見たいのか?・・・それとも、全人類がお互いの個性を活かし合い賛美し合いTeam Playでさらに美しいドラマを創っていこうと一致団結するドラマを見たいのか?私は後者のドラマを創りたいと心底思うのです。

      10
      1
      テーマ:
  • 10 Dec
    • 病の原因 ストレス・プレッシャーを自ら選び取る自由

      昨日は、毎月恒例になりました新板橋クリニックでの『リセット医療〜認識疾患』でした。「心」と「細胞」の繋がりをメインに話させていただきました。病の根本原因はストレスです。いや、もっと丁寧に言うとストレスを外から与えられたと捉える心です。ストレスとは自他との関係性から生まれ、関係性とは自分のアイデンティティを土台に構築されるもの。「あなたは自分をなにものだと規定していますか?」もし「自分は体である」と規定しているならば、皮膚で隔てられた外はすべて ストレス.プレッシャーを与える対象となるだろう。もし「自分は意識である」と規定しているならば、自他の境界線一本だけを残し、すべては自分の意識となるだろう。もし「自分は存在しない。ただ刹那の気づきだけだ。」と規定しているならば、ストレス.プレッシャーは0となるだろう。そのように認識の出発がどこにあるのかが、すべてとの関係性の土台となる。しかしストレス.プレッシャー0は理論上可能な話であり、肉体を持ち重力の影響を受けている私たちは、「ストレスの意味価値に気づき続けることができる」だけだ。ストレス.プレッシャー0の境地から見たら、ストレス.プレッシャーがどれほど価値のある境地なのかが分かるだろう。もしそれが想像し難かったら…真っ白い部屋の中に独りぼっちでずっと置かれたことを想像する。その時、部屋の外に出て様々な存在との出会いが、様々な存在との摩擦衝突がどれほど価値あるものかが分かるだろう。私たちはそもそも無だ。すなわちストレスもプレッシャーも感じることすらできない無そのもの。そこに気付き続けていれば、ストレスに嵌る自由が自らにあることを知る。ストレスは他から与えられるものではなく、自らの意志でアイデンティティを創り出してわざわざ創り出していた事実を知る。私たちとは受け身の存在などではなく、どんな瞬間をも創造する存在。能動そのものの存在。ちょっと講座の内容とは違ったことを書きましたが😆また来年、1月20日に開催しますので是非いらっしゃってください。お待ちしてます。A

      5
      テーマ:
    • 医師というモノの本来の役割

      自然療法医師 石川 眞樹夫先生の講座に飛び入り参加!先生を見ていると「医師とは人を気づきに導くのが本来の役割なのだ。」と感じずにはいられない。彼は言う。どのような認識で自分を捉えるか?アイデンティティはなにか?それこそがその人の世界、その人の宇宙。自分を体だと捉える人はすべてを物質と捉える。自分を心と捉える人はすべてを心と捉える。自分を気づきと捉える人はすべては気づきと捉える。と。彼は、「すべてに気づいているそのもの」「絶対的な自由そのもの」に相対する人を誘うのだ。そこに本来の医師の姿を見た。そして、薬を使わない小児科医 真弓定夫先生のドキュメント映画の鑑賞だった。真弓先生の伝えたかった世界も同じだ。「人間の本来に回帰しなさい。」医師という役割で、真弓先生はその啓蒙に人生を捧げた。最後の言葉が印象的だった。「一生懸命に訴えてきた。自分の周りは少しは変わったと思う。でも世界の状態をみれば、なにも変わってない…。個人の力ではどうしようもない。」と。確かに、現代は昭和20年の医療費の180倍に膨れ上がっている実情なのだ。人間はどんどん弱くなっている。なにを変えれば、変わるのか?なにを変えれば、人間は本来に回帰できるのか?なにを変えれば、医療は社会は変わるのか?真弓先生の心の叫びを聞いた気がした。私は思う。それは、石川先生が仰っていたように一人一人の「アイデンティティの変化」であり、「認識の変化」なのだと。「医者は治せない、ならば何をしたらいいのか?」…私は医師になってからずっとそんな問いを持ち続け、肉体の死を安らかに迎えさせてあげたいと緩和ケア医になった。そして今、勝手ながら、石川先生との出会いによって曙光が見えた。医師の役割は「本来の自分への回帰」その啓蒙なのだろう。一人一人への啓蒙、そして社会に向けての啓蒙。そこに挑戦して実践している医師たちがいることに勇気をいただく。ありがとうございました。

      25
      1
      テーマ:
  • 09 Dec
    • 進化とは「認識の拡張」である。

      進化とは「認識の拡張」である。もっと分かりやすい表現をすれば、「環境との出会いの多さ」である。出会いが多ければ多い存在ほど、進化していると言えよう。光よりも物質物質よりも植物植物よりも動物動物よりも人間そして宇宙は進化の歴史であるならば、次!人間はどんな認識の拡張を起こしていけばいいのだろう?細胞は細胞膜で環境を認識すると言われている。認識を拡張するために膜を広げるには限界があり、そのため細胞は共同体を形成した。単細胞生物から多細胞生物に進化していった。人間も同じ。一人の人間の認識能力には限りがある。多少の広い狭いはあるだろうがそんなに変わりはない。認識を格段に拡張させるには一人よりも二人。二人よりも三人。三人よりも四人。四人よりも五人。それは一人の観点よりも数が多い観点の方が指数関数的に認識能力は高まるということ。「それを選ばない手はないだろう?」と誰もが思うが・・・そう簡単ではないのが人類歴史を見ていたら分かる。いつの時代でも観点の衝突が必ず起こってきたから。歴史は「観点の統制」といっても過言ではない。どうしたらいい?絶対権力(神、王という概念)を作り、そこに従うようにすればいいか?・・・ごめんだ。人間に恐怖を植え付け(例えば不足という概念)、不足を補うように仕向け行動統制をすればいいか?・・・まっぴらだ。そのように一人一人が必ず持っている「観点の問題」をclearしなければ共同体は作れない。ここで秘密を言おう。(笑)「観点の問題」をclearするには、観点の外に出てしまうことなんだ。外に出るためには、観点とは「なにで?」「どんな目的で?」「どんな仕組みで?」出来ているのかを知ること・・・脳の機能と密接な関係があるけどね。それを知った刹那、ふと観点の外を認識する。自分が悟ったことに気づく。なぜなら、観点の外=境界線のない世界=無 だから。悟りとはGoalではなく、共同体を作り認識拡張をする(=進化)ための通過点でしかないのです。

      14
      テーマ:
  • 08 Dec
    • シリーズ動画「美妃先生の診察室!」 第一回 意識・潜在意識・無意識とは

      おはようございます!昨晩、友人の清本 菜穂子さんと一緒に動画を撮ってみました。楽しい(╹◡╹)顕在意識、潜在意識、無意識について語ってみました。顕在意識…脳潜在意識…体無意識…体の外「意識は見えるのか…?」と菜穂子はんはボソッと言った。そうなんだよね。実は意識しか見ていない。私たちはすべて自分の意識の世界を内と外に見ているにすぎない。自分でないものなど何もない。そうなると、世の中の見え方が変わってくる。今ここ刹那しかないことに気づく。そして、Aという事象が起こる原因追求はしなくなり、自分の顕在意識では捉えきれないメッセージを見ていることに気づいてしまう。どうだい?これだけでも人生が楽にならないかい?人生の操縦桿は自分にあることに気づかないかい?ってね(^^)動画、まだ始めたばっかりなのでクオリティが高くないです。喋りも上手くないです。どうぞ暖かくみてくださいませ。いつもありがとうございます。※東京へ向かう飛行機の中です。

      18
      テーマ:
  • 06 Dec
    • 「人間の可能性を開かせる!」そのために絶対に知らなければならない事

      小中学校の教師をやっていた聡明なる友人、宮川 古都 (Koto Miyagawa)さんと話した。「教育とはなにか?」彼女は言う。「人間の可能性を開かせる!それに尽きる!」と。では、人間の可能性を開かせるために何が必要?そして、なぜ今の教育はそれができないのか?そもそも・・・「人間とはなにか?」の規定ができずに、人間の存在意義など見えないのだ。存在意義が分からずに、可能性など開けるはずがない。偏差値教育にしてみたり、ゆとり教育にしてみたり、道徳という授業を取り入れてみたり・・・試行錯誤しているが功を奏さない。今の教育はどうなのか?人間を小さな箱の中に閉じ込めていく。教壇に立つ教師の観点に従うように指導され、用意された答えを導き出さなければならない。・・・私たちは知らなければならない。自分たちは観点のネットを場に投げていることを。教師にしろ、医師にしろ、経営者にしろ、親にしろ、社会にしろ、国にしろ、・・・。子供達は無意識にそのネットを感じ取り、そこに合わせようとする。または反対の行為をしようとする。・・・どちらにせよ、己の存在の生存をかけてそれをする。意識よりも強烈なのが無意識(=観点)。私たちは皆、無意識(=観点)の規定を持ち、その観点のメガネをもって「人間(自分を含む)」を見ている。自分が「人間をどう規定しているのか?」・・・その観点のメガネで人を見る。子供を見る。「人間の可能性を開かせる!」それが教育だと言うのなら、人間の可能性とはなんなのか?を知る必要があるだろう。・・・人間とは、この体ではない。この宇宙に固定された存在ではない。生老病死に翻弄される存在ではない。人間とは、今目の前に広がる宇宙すべてを生み出しているそのもの。人間とは、規定される存在ではなく、すべてを規定していく存在。人間とは、なにかに隷属する存在ではなく、すべてを統制する存在。人間とは、無限の可能性そのもの。教育はまず、そのことを教えることが必要最小限なのです。そしてそれを知るためには、人間の脳の認識にアプローチすることは必要不可欠になるのです。「認識が人間を変え、世界を変える」のです。

      17
      テーマ:
  • 05 Dec
    • 「個人」というのは単なる概念である。

      「個人」というのは単なる概念である。他と独立して存在するものなどないのだから。個人という概念を生み、その啓蒙にどれだけの血が流れただろうか・・・今や誰もが「個人」を主張する時代となった。しかしこの作られた概念をベースにし、すべての物事を図るのはどうかと思うのだ。例えば、「点」「点」というものは真に存在するだろうか?私たちが捉えている世界は縦横高さの3次元である。しかし「点」の定義は、位置だけを持ち、長さ・面積・体積をもたない図形。・・・「点」はこの宇宙空間に存在しない、単なる概念なのだ。しかし実際、私たちは「点」が存在すると思い込み生きている。そのように、私たちは作られた「概念」の世界に生きているのだ。「個人」という概念を生んだ時、それはそれは夢と希望に溢れていたことだろう。誰もが絶対権力の下、神に権力に従わなければならなかった時代。自由という概念すらもなかった。「あなたも王であっていい!あなたにも自由はある!」人間一人一人に「個人」という概念を植え込んでいった。絶対権力を倒し、今や「個人」が溢れている。しかし・・・宇宙は進化し続ける。決して止まらないのが宇宙の意志。「個人」という概念に綻びがでてきたのだ。人と人とは繋がれず、明けても暮れても続く生存闘争に疲れ果て、たとえ自分がいなくなってもなにも変わらない世の中に個の存在理由がさっぱり分からない・・・これが「個人」だ。次の概念を生み出す時なのではなかろうか?全体から個にいった。次は「共同体」。細胞一個一個がコロニーを作ったように、人間一人一人が己の観点を解き繋がっていく。・・・しかしこの啓蒙は「そんなに甘くはないぜ」と呟く私がいる。笑観点の境界線1本が命取りになるのだから。Oneness、空、真空エネルギー、ブラフマン・・・それでは境界線が1本残るから。認識を大転換させること。有→有ではなく、無→有への大転換。大丈夫、私たち人類は必ずやり遂げるでしょう。

      19
      1
      テーマ:
    • すべての人に母がある。

      宇宙はエネルギーからできている。エネルギーの結集によってヒモができ、素粒子ができ、原子ができ、物質、生命、精神ができている。原初の一枚のエネルギーという膜(M理論)、そこに起こる揺らぎ・・・陰陽の誕生。一枚の膜は繋がり、バランスをとっている。この地球という星を考える。戦争、飢餓、鬱自殺、病、殺人、いじめ・・・それらがあっても星のバランスをとっているのは一体なにか?秋田にて、50人以上集まる講演会を立ち上げた安田 真理 (Mari Yasuda)さんと彼女を支える母の知美さんをみた。母の娘を思う愛・・・この世にこんな無私の愛はあるものか、と感じずにはいられなかった。我が母を思った。「子供のためなら怖いものなどなにもない。」そんな愛に包まれて私たち3人の子供は育った。無意識にある絶対なる安心感、根拠なき自信感、それを与えてくれたのはそんな母の愛が裏づいているからなのでしょう。すべての人に母がある。母の愛がある。子はそれを愛とは受け取れない時もあるかもしれない。・・・子供勝手にそんな物語を作り出すかもしれない。でも「今、私たちがここにある。」・・・それは母が居てくれたから。母が産んでくれたから。母の意思があったから。今まだこの星のバランスがどうにか保たれているのは、母という存在がこの星にあるからなのでしょう。秋田の帰り、表参道で待ち合わせ。娘のバイト先で3代の母娘で食事🎵

      7
      1
      テーマ:
  • 04 Dec
    • 次なる時代の個人の役割とは

      スタンフォード大学医学部で教鞭をとる細胞生物学者 ブルース・リプトン博士。彼の著書『思考のすごい力』、興奮する!「時代はきている!」と本を読み進めながら何度も何度も感嘆符を投げたくなった。興奮して読み終えるのが勿体無い!と思えるほど。いくつもいくつも挙げたいTopicsはあるのだが、まずは・・・「賢くなるために共同体をつくる細胞」だ。細胞には知性がある。すなわち脳がある。細胞膜=五感覚(receptor)と脳(effector)の構造。進化の道筋で、生物が生き延びる上で避けられないのが「環境を認識する力」である。細胞は考える。「どうしたら認識の度合いを増加することができようか?」閃くのだ!「共同体を作ることだ!」と。環境に対する認識度は、一個一個のバラバラの細胞があるよりも集団を作り相互作用を行いながら生活するのが効率的である。生存確率は指数関数的に上がる。一個の細胞の認識度Xならば、コロニーをつくっている生命体全体は「コロニーを構成する細胞数かけるX倍」の認識力を持つ。単細胞生物→多細胞生物その後さらに、細胞たちは悟る。構造化を起こし、個々の細胞が特殊化した仕事をする方が共同体にとってはより効率的であることを。そして植物→動物→人間 というように進化していく。高機能社会を形成していく。宇宙はすべてがフラクタル(相似形)である。人間社会・・・人間を一個の細胞として考えてみよう。現代は個人主義の時代である。個人にモチベーションをかけ、個人のエゴを育てる啓蒙教育がなされた結果が今である。個の力はついただろう。SNSの発展によって個人という概念はさらに強化されていっている。みな口を揃えて言う。「自分の夢」「自分のvision」「自分の〜」個人主義の啓蒙教育は成功を極めたが・・・どうだろう?これ以上のエゴの膨張は、地球という一個の生命体を転覆しかねないほどに膨れ上がった。今や個人主義、完成なのだ。単細胞生物としての個の確立はもう十分、次は多細胞生物へ向かう時ではないだろうか?共同体主義という新しい概念の導入!全体主義→個人主義→共同体主義→地球が一個の精神体そのためには個人一人一人が持っている「観点の殻」をAll zero化することが必要条件である。それなくして真のTeam playなど不可能だ。私は思う。そのモデルを作りやすい場がある。・・・それが日本という国。なによりもTeam playが好きで、祭りが好きで、和を以て貴しとなす、足を踏まれても踏まれた者が「すみません」と言ってしまうほどに個という概念が薄い、相手の気持ちを察する心の繊細さ・・・共同体にはもってこい!の国 Japan!成熟した個、しかしそこに嵌ることなくAll zero化も自由自在にできる観点の自由度を持つ共同体のモデルを世界に発信していこう。そして地球を一個の精神体の完成へともっていこう。進化の過程において、この次元上昇は必須です。

      16
      テーマ:
  • 03 Dec
    • 秋田にて、講演会でお話させて頂きました

      12月2日 秋田にて『秋田美心』理学療法士である安田 真理 (Mari Yasuda)さんの「秋田から日本を元気にしたい!」という情熱によって企画された講演会。素晴らしい秋田との出会いとなり、秋田の秘めたるポテンシャルを感じ、秋田に日本を見ました。日本には美という言葉がとてもよく似合う。侘び寂びの美、関係性の美、おもてなしの美、Team Playの美、恥を重んじる美、そして・・・命よりも尊いものを持つ美日本という国の根っこには美がある。「間」という言葉を持つこの国は、目に見えないエネルギーに敏感な繊細な神経を持つ。しかし戦後、この国は自国の美に蓋をして個人主義に走り、お金がすべてという経済システムに飲み込まれていった。勝国アメリカの真似をし、「アメリカ最高!」とばかりに自国の文化文明を軽んじた。自国のために死んでいった者たちが未来のこの国に託した思いを忘れてはて・・・エゴを膨らませるゲームに没頭する。恥を知れ!そんな言葉が聞こえてくるのは幻聴か・・・。そうそう、講演会!!のこと♬会場に来てくださったみなさまと相互交流を起こし、とても素晴らしい会でした!ありがとうございました!現代医療の行き詰まりはなぜ起こっているのか?それは「この世界は物質でできている。」という根強いドグマ(教義)のせいなのです。私たちは「細胞」からしか考えない。細胞の変化などもっと小さな分子レベル、イオンレベル・・・・エネルギーレベルから起こっていることを見ようとしないから。そしてエネルギーレベルの変化は心レベル(=アイデンティティレベル)から起こっている。しかし「心と物質を繋げられない!!」ここが科学の限界。無を取り入れない科学の限界。無限大を取り入れない科学の限界。ノ ジェス (Noh Jesu)さんは「今ここの自分」とすべてを繋げられる『認識技術』を世界に提示する。『無』を動きとしてdefineすることによって、心と物質は一直線に繋がる。イメージ言語という独特の相対と絶対をつなぐ言語の発明で、無と有を繋ぐ。医療の限界は「私たちは物質の塊である」というドグマからきています。違う。私たちは物質、エネルギー、そしてこの宇宙すべてを作っているそのもの。小さな体に閉じ込められた、体に支配されるのが私たちの本当ではありません。私は医療を変えたい。そのために人類がかかっているドグマを払拭したい。そんな思いを込めて、秋田より講演会をさせていただきました。雪降る寒い中、たくさんのご来場に心から感謝しています。ありがとうございました。

      3
      テーマ:
  • 30 Nov
    • 「原因と結果」の世界を超える、次元の違う『治癒』とは

      「抗がん剤をした方がいいでしょうか?」・・・そのような質問をよく受けます。私はまず「あなたがどのlayer(層)で生きようとしているかで答える内容が変わります。」と言います。なぜなら、この現象世界おいて真実はlayerによって変わるから。私たちは一人一人、違うlayerで生きている。違う宇宙をもって生きている。物質の宇宙は一つ。しかし・・・意識の宇宙は人の数だけある。そして、それぞれの宇宙にはその人が決めた真実がある。「現代医療だけが絶対だ。」と確信している人。「現代医療は悪だ。」と確信している人。「自然療法のみが正しい。」と確信している人。その確信がその人の宇宙の真実。rule。そしてそのruleは物理現象に影響を与える。プラシーボ効果があるように。このように現象世界では自分の確信の道を突き進むことが最善の道となる。・・・ただし、これは現象世界の『治療』というlayer、すなわち「原因があって結果がある。」「Aという働きがありBという現象が生じる。」という力の概念が適応されるlayerの話。『治癒』はlayerが違う。もう一つ高い Meta観点が必要とされるlayerです。『治療』のlayerが因果という物理法則に従う世界だとすると、『治癒』のlayerは因果を生みだす量子力学の重畳の世界。因果が消え、自他の境界線が消える世界。そこに自らの心を置いた時、病という概念も、現代医療という概念も、自然療法という概念も・・・あらゆる概念がなくなり、残るのはたった一つ、すなわちすべては自らを存在足らしめようとするメッセージとなる。私たちは今はまだ、物理法則に従う世界だけが現実であると思い込み、その中だけで足掻いている。しかし人間の認識が拡張していけば、量子力学の重畳の世界を使いこなせるようになる。それを使いこなすためにはさらに一つ高い Meta meta観点が必要になるが、・・・それは量子力学の重畳の世界を生み出している「そのもの」に対する認識です。

      22
      テーマ:
  • 29 Nov
    • 人生という旅の目的

      「人生とは何か?」・・・そんな命題を投げかけられるのが緩和ケア病棟である。82才の彼は、燦々と陽のあたる部屋でリクライニングチェアにゆったりと身を預け言う。「全般的に悪くない人生だった。でも・・・ただ人生という旅をしただけだった。」人生はよく旅に例えられる・・・旅とは何か?私たちはどんな意思の発動があり旅に出るのか?出会うために、ショックを受けるために、感動を享受するために、変化のために・・・しかしそれらの一番深いところに流れる欲求は・・・「本当の自分」と出会うため。マンネリという日常から離れ、違う角度からの刺激を入れ、自分の殻を破りたいのだろう。この殻の下にこそ、「本当の自分」がいることを無意識は知っているから。彼の「でも・・・ただ人生という旅をしただけだった。」という言葉の裏に、彼の呟きが聞こえたような気がした。私たちは「本当の自分」に出会うために、幾重の殻を破ればいいのか?どれだけのショックを受ければいいのか?どんな刺激、感動を経験すればいいのか?・・・・・・そう。どんなショック、刺激、経験をしたとしても、「この体が自分である」という認識からでは不可能に近い。自分というアイデンティティの重さを持って旅をするならば、「本当の自分」には出会える確率はzeroに近い。なぜなら・・・「本当の自分」は存在の外だから。遠い異国、日常の外に「本当の自分」が居るのではない。認識で存在の殻を破った今ここ!この刹那!、私たちは「本当の自分」に出会うことができる。

      7
      テーマ:
  • 28 Nov
    • Visionの実現に不可欠な3つのモノ

      子供の頃は無邪気に語っていた。「〜がしたい!」「〜になったらいい!」しかし大人は知っている・・・思い、情熱だけではVisionなど実現しないことを。Visionの実現のためには必要不可欠なものがある。それ無くして夢は夢で終わる。必要不可欠なもの・・・それは3つ。・時代のNeedsの発見・新しい技術、道具・新しいシステムこの3つが揃い、情熱というエンジンが回り、Visionを形化する。Visionを持つとは、今に対する物足りなさがあるからだ。それがあればもっと良くなる!もっと便利になる!もっと幸せになる!そんな思いがVisionを生みだす。故に・・・Visionと同時に新しい商品が誕生するのは当然だ。そして商品は流通しなければならない故、新しい流通システムが必ず生まれる。例えば、厳しい自然に翻弄されることにNo!を突きつけた人間たちが、科学技術を生んだ。(新しい技術道具)自然を開発開拓し、人間がもっと安全に心地良く過ごせる道を人類に提案した。(時代のNeedsの発見)お金という流通システムを作り、全世界に広げていった。(新しいシステム)そして 産業革命以降の今の時代を生み出した。・・・これがVisionの形化である。今、私は「世界が融合して行く」というVisionを持っている。Visionを語る上で必要条件の3つを語ろう。人間が寝ても覚めても、死んでも決して外すことのできない「観点」が、この世のありとあらゆる問題の根源である。戦争に然り、環境問題に然り、教育経済政治に叱り、健康に然り、人と人との関係性に然り・・・etc.すべては人間の観点が生み出した。この人間一人一人の観点の問題を解決することが核戦争の危機に瀕している時代のNeedsである。(時代のNeedsの発見)その問題を解決する技術、それは観点(=認識)をAll zero化させる認識技術である。(新しい技術道具)人間の関係性という流通システムを作り、地球72億が一つの精神体となって行く。まるで一個体の生命体のように。(新しいシステム)それが私のVisionです。ご静聴ありがとうございました。おやすみなさい。

      3
      テーマ:

プロフィール

dr-miki

性別:
女性
自己紹介:
H8年東京女子医科大学卒業。 同大学消化器病センター外科にて がん治療に従事。 国立国際...

続きを見る >

読者になる

AD

カレンダー

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。